髪結い伊三次捕物余話シリーズの一作目です。
「幻の声」 廻り髪結いをしている伊三次は、北町奉行定廻り同心の不破友之進の小者として、日本橋で起きたとある呉服屋の娘が誘拐された事件について調べていた。犯人は捕まったものの、自分が犯人だと名乗り出てきた駒吉という女について調べていたのだった。
「暁の雲」 お文が以前世話になっていた伊勢屋忠兵衛の二代目が自分もお文の世話をしたいと言ってきた。そうした中、おなみが魚花の亭主が亡くなったという知らせを持ってきた。魚花のお内儀はおすみといい、お文の先輩芸者だったのだ。
「赤い闇」 北町奉行所例繰方同心で不破友之進の隣人である村雨弥十郎は、このところの失火騒ぎが続いていることもあり、妻の火事見物に心を痛めていた。そこで友之進に妻の監視を頼むのだった。
「備後表」 伊三次には喜八という畳屋の幼馴染がいた。喜八の母親はおせいといい伊三次の母親代わりともいうべき人だった。おせいは、備後表と呼ばれる畳表を編んでいたが、死ぬまでに自分の編んだ畳表がどんなふうに使われているのかを見たい、というのだった。
「星の降る夜」 伊三次はやっと貯めた三十両という金を、大みそかの夜に盗まれた。自分の床を持ち、おぶんを嫁に迎えるための金だった。そのことを岡っ引きの留蔵にいうと、心当たりがありそうだった。
コロナ騒ぎで図書館が閉鎖されているなか、電子図書だけは借りることができましたので、読書メモも残していない昔に読んだ本書を読んでみました。
結論から言うと、やはり私個人としては紙の本がいいということです。検索出来たり、場所を取らなかったり、電子図書の長所はよくわかります。
それでもなお、紙の手触りと共にある読書に慣れているからでしょうか、紙の本を懐かしく思い起こしながらの読書となりました。
とはいえ、思ったよりも楽に読むことが来たのも事実であり、これからの読書はデジタル版も読むことを考えた方がいいかもしれないとは思った次第です。
本書は、宇江佐真理の新しいシリーズである『髪結い伊三次捕物余話』の登場人物紹介を兼ねた作品です。伊三次、お文、不破友之進という三人の関係を端的に表しています。
第一話目「幻の声」は、伊三次を中心とした話です。
ある誘拐事件の犯人だと名乗りを上げてきた女の心の裡を伊三次が明らかにする過程で、伊三次と文吉ことおぶんや、不破友之進との関係が描かれていきます。
次の「暁の雲」はおぶんです。お文と先代や当代の伊勢屋忠兵衛との関係を明らかにしながら、お文の先輩芸者とのやり取りの中、深川芸者の中でも気の強さで取っているお文の現在が語れます。
「赤い闇」は、不破友之進といなみをはじめとするその家族の姿が描かれます。とくに、いなみが抱える過去は波乱に満ちており、その過去をも飲み込んだ友之進との夫婦仲があります。一方、隣家の村雨家という不破家とは異なる事情を抱えた家族の姿もありました。
その次の「備後表」という話は、これぞ人情物語の典型ともいうべき心温まる物語です。王道すぎて、できすぎた話と言われかねないほどです。それでも私はこういう話が大好きだし、弱いのです。
最後の「星の降る夜」は、肝心なところで偶然の出会いがあり、そのことによって窃盗事件が終結に向かうという点で不満は残ります。
しかし、それでも伊三次を取り巻く人たちの心映えの温かさが感じられる、一息つける好編でした。