風雪の檻 獄医立花登手控え(二)

「娘と孫をさがしてくれねえか」半年以上も牢に入り、今は重い病におかされる老人に頼まれ、登が長屋を訪ねてみると、そこには薄気味悪い男の影が―。一方、柔術仲間の新谷弥助が姿を消し盛り場をさまよっているという噂に、登は半信半疑で行方を追う。青年獄医が数々の難事件に挑む傑作連作集第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

獄医立花登手控えシリーズの第二巻です。

 

本巻では、五編の連作短編が収められていて、全体を貫く出来事として、主人公の立花登の柔術仲間の新谷弥助が悪所に染まり、家にも帰らない事態になっているのを、新谷を普通の生活に連れ戻そうと奮闘する姿が描かれています。

また、いとこのおちえとの関係が、次第に風向きが変わって良くなっていく様子も示されています。

各話は、前巻と同様に牢内の囚人の話をきっかけに、隠された事実を暴きだすという流れですすみます。らの柔術での立ち合いの場面も勿論用意してあり、痛快さがあるのも同じです。

 

本書「処刑の日」では、江戸の町を、うすい霧がつつんでいる。もう日がのぼっているのに、霧は執拗に地表からはなれず、そのために町は不透明な明るみに満たされていた。と始まります。こうした情景描写のうまさはこの人の右に出るものはいないと、あらためて思わされます。

 

以下、各話のあらすじです。

老賊
新谷弥助が道場に出てこず、奥野研次郎らも心配する日が続いていた。一方、東の二間牢にいる具合の悪い捨蔵という老人が、娘と孫を探して欲しいというのだった。ところが、捨蔵が溜りに移った後、牢名主の長右衛門が、捨蔵守宮の助(やもりのすけ)という新入りとこそこそと話をしていたと知らせてきた。

幻の女
は、新谷を見かけたというおちえから、新谷と一緒にいた女は飲み屋の女だと聞かされる。
東の大牢にいる巳之吉は、自分が十八のときに少しだけ遊んだおこまという十五の娘について嬉しそうに話し始めるのだった。しかし、そのおこまは思いもかけない女になっていた。

歳月の経過は男も女もそれなりに変化するものであり、それでもなお、心の奥底には幼い頃の純な気持ちがなお生きているものだと、もの悲しさとあたたかさとを共に感じさせてくれる好編でした。

押し込み
は、前巻の「落葉降る」で登場してきたおしんの店で、囚人と似た雰囲気の三人の男を見かける。その三人は、足袋屋川庄への押し込みの相談をしているのだった。ところが、牢の中にいた金平から、おしんの店で見かけたという登に、仲間の源治と保次郎に「じゃまが入った。やめろ。」と伝えて欲しいと言ってきた。

化粧する女
新谷弥助の遊び仲間である御留守番与力の村谷徳之助から、新谷はその小舟屋のおかみにたぶらかされているようだと聞かされる。
奉行所吟味方与力の高瀬甚左衛門房五郎という畳職人だったという囚人に加えている牢問いは定法を踏んだものではなかった。高瀬与力のあまりの仕打ちに房五郎をつかまえた百助という岡っ引きに捕縛の事情を聞く登だった。

一途な女の姿を描いたかと思うと、二面性を持つ女、不可思議な女心をもまた描きだしてあります。男と女の姿も醜くいと思いながら、またおしんの顔でもみようかと思う、それほどに心の落ちつく女としてのおしんでもあるようです。

処刑の日
大津屋の主人の助右衛門は妾のおつまを殺しで死罪の言い渡しが来るのを待つだけだった。しかし、大津屋のおかみと手代の新七とが出合茶屋から出てくるのを見たというおちえの言葉から、事件の裏を探り出す登だった。
一方、新谷のことを藤吉に相談し、相手の悪辣さを聞いたは、連中が押し掛けそうな店に待ち伏せして新谷を連れ帰ることとするのだった。

大津屋への死罪の言い渡しを阻止しようとするの面目躍如という話です。また、新谷を連れ戻す痛快な場面も用意されています。

春秋の檻 獄医立花登手控え(一)

医者になる夢を叶えるべく江戸に出た登を迎えたのは、はやらない町医者の叔父と口うるさい叔母、驕慢な娘ちえ。居候としてこき使われながらも、叔父の代診や小伝馬町の牢医者の仕事を黙々とこなしている。ある時、島流しの船を待つ囚人に思わぬ頼まれごとをするが―。若き青年医師の成長を描く傑作連作集。(「BOOK」データベースより)

獄医立花登手控えシリーズの第一巻です。

十九歳で江戸に出てきてもう三年。二十二歳になった獄医立花登の、小伝馬町の牢に入っている科人との話を通して見えてくる人間模様を描き出す、捕物帳であり、青春期でもあります。

叔父の家に厄介になりながら、金に吝い叔母のもとで、遊びに明け暮れるいとこのおちえに振り回されながらも、牢医として成長しているです。

全編を通しておちえが少しずつ顔を見せていて、最後におちえの絡んだ話で本書は終わります。多分この先も登の周りにはおちえが貌を見せることになるのでしょう。

一方、が幼いころから鍛錬している柔術は鴨井道場で免許取りの腕であり、三羽烏とも呼ばれるほどになっています。

この柔術の腕をもって科人の頼みを引き受けるなかでまきこまれる様々な暴力から身を守りつつ、通常の痛快小説で見られる剣戟の場面の代わりに柔術での立ち合いの姿がふんだんに描かれています。

以下、各話のあらすじです。

雨上がり
牢内に病人が出たが、その病人の勝蔵は、伊四郎という男から十両の金を貰い、おみつという女に渡して欲しいと頼んできた。しかし、受け取った金を渡しに行った先にいたのは、伊四郎と共にいた女だった。

善人長屋
自分ははめられたという吉兵衛という男の言葉を真に受け、通称善人長屋で吉兵衛の盲目の娘おみよに会いに行くだった。長屋の人達によくしてもらっているおみよの様子を知るが、藤吉の手下の直蔵に調べてもらうと、善人長屋の連中の裏の顔が見えてくるのだった。

女牢
は朝の見回りで見知った女が入牢しているのに気付いた。おしのというその女は亭主の時次郎を刺し殺し、死罪と決まっているらしい。時次郎の知り合いの参吉という男から、金貸しもやっている能登屋政右衛門の話を聞きこむのだった。

「胸が晴れたわけではなかった。胸の底に、いま照りわたっている月の光のように、澄明なかなしみが残っていた。」という一文で終わるこの話は、の、若者らしい行いと、哀愁が漂う一編です。

返り花
幸伯老人が帰り際に、揚り屋に入っている御家人の小沼庄五郎に届けられた食べ物に毒が盛られていたらしいという。その後、その事実に気付いた下男の甚助という男が小沼家をゆすりに行ったらしい。直蔵に調べてもらうと、小沼の妻女と井崎という侍とが密会していることに気づくのだった。

「狂い咲きの花が、四、五輪ひらいている。不可解な女心に似ている。」との文章は、女心の不可思議を感じるの心象を示しています。

風の道
三十半ばの傘張り職人の鶴吉は、度重なる牢問い(拷問)にも必死で耐えていた。喋れば殺されると言う鶴吉は、女房に今の住まいから逃げろと伝えるように頼まれるのだった。しかし、女房は鶴吉が帰ってくる場所が無くなると困るからと、逃げることを拒むのだった。

藤沢作品の物語としては珍しくあまり余韻の残らない話だった

落葉降る
平助という名の近所に住む男が牢に入っていた。手癖が悪くちょいちょい牢に入っている五十男で、清吉という錺職人との祝言が待っているおしんという娘がいた。鋳かけ屋をしながら手癖が悪く世間を狭くしていた平助だったが、おしんの出来がよく、近所の者もなにかと気を使ってくれるようになっていた。

牢破り
を待ち構えていた男たちから、おちえを預かっているから東の大牢にいる金蔵という男に渡してくれと小さな鉄(かね)の鋸を渡された。

浅き夢みし: 吉原裏同心抄

鎌倉の旅から帰った幹次郎らは、玉藻と正三郎の祝言を数日後に控え、忙しい日常に戻る。麻のための離れ家も着々と完成に近づき、祝いの空気が流れる秋。しかし幹次郎は、吉原が公儀から得た唯一無二の御免状「吉原五箇条遺文」が狙われていると直感していた。襲撃される幹次郎と汀女。張り巡らされる謀略と罠。新吉原遊廓の存続を懸けた戦いが、再び幕を明ける! (「BOOK」データベースより)

 

吉原裏同心新シリーズの第二弾です。

 

加門麻と共に行った鎌倉への旅も終り、麻も幹次郎や汀女との土居生活にも慣れてきており、麻のための別棟の建築も進んでいます。再び吉原での日常が始まった幹次郎らでした。

しかしその吉原では、対外的には鎌倉での「吉原五箇条遺文」をめぐる一件が待ち構えており、また吉原の中では麻が薄墨と名乗っていた頃可愛がっていた桜季の問題があって、更には祝い事の玉藻と庄三郎の祝言があり、やるべきことが待ち構えているのです。

そうした中、江戸町にある萬亀楼の長男が絞殺されていたことを知った幹次郎は、南町奉行所定廻り同心の桑平市松に、事件の詳細を調べてもらうのでした。

 

吉原の「吉原五箇条遺文」に絡んだ事件が起きますが、その事件が子のシリーズでの今後の展開にどのように繋がっていくものか、吉原に敵対する者たちがどのような巨大な勢力につながるのか、など不明なことばかりです。

今後のこの物語に「吉原五箇条遺文」がどのように関わってくるのかも勿論分かりません。しかし、この新しいシリーズの核となって物語を進めていく役割を果たすのではないかと思われます。

また、加門麻の新しい生活がどのように変化していくものかも関心事になると思われます。幹次郎と汀女との共同生活ではあっても、新しい住まいを得ることでもあり、麻の生まれ変わった人生が語られていくことでしょう。

汀女も玉藻の代わりに店を切り盛りしていることでもあり、それなりに忙しい生活を続けています。

彼ら三人の吉原との繋がりは改めて深くなっていくのでしょう。そこに、吉原の存続に関わる事件が起きて、幹次郎の活躍があり、その陰で汀女と麻が関わってくる、そうした流れになるのだろうと普通に考えます。

 

とはいえ、今のままでは新シリーズになった意味がそれほどには感じられません。ただ、麻が吉原の外に出ただけ、ということにもなりかねません。

新しいシリーズにふさわしい展開を期待したいものです。

銀花 風の市兵衛 弐

唐木市兵衛と暮らした幼き兄妹小弥太と織江の親戚にあたる金木脩が酔漢に襲われ重傷を負った。柳井宗秀の治療で一命をとりとめたものの、酔漢は実は金木の故郷北最上藩の刺客であることが発覚する。急遽、北最上に奔る市兵衛。そこでは改革派を名乗る一派による粛清の嵐が吹き荒れていた―領民を顧みず私欲を貪る邪剣集団が、市兵衛暗殺に牙を剥く!(「BOOK」データベースより)

 

序章 忠犬 | 第一章 大川 | 第二章 羽州街道 | 第三章 江戸の男 | 終章 無用の用

 

新シリーズ『風の市兵衛 弐』の第三弾です。

 

柳橋北の船宿≪川口≫で襲われ重傷を負った北最上藩石神伊家馬廻り役助の金木脩は、からくも脱出し市兵衛に連絡を取る。脩から話を聞いた市兵衛は、北最上藩へと旅立つのだった。

北最上藩の金木家へとやってきた市兵衛は、隠居の了之助らに脩の状況を話しているところに、≪神室の森≫で伐採が始まったとの知らせが入った。早速了之助らと共に駈けつけた市兵衛は、伐採に付き添っていた黒装束の侍らを退ける。

小弥太と織江の親が死なねばならなかった原因である金木家の本家である中原家と宝蔵家との争いに巻き込まれざるを得ない市兵衛だった。

 

これまでも面白く、読み応えがある時代小説のシリーズものとして人気を獲得してきたこのシリーズですが、若干のマンネリ感を抱いていたのもまた事実です。

そうしたことは作者も感じておられたからこそ、シリーズを新たにされたのだと思います。そして本書でシリーズも新しくなって三巻目になりますが、かなり読み応えがありました。

 

新シリーズの第一巻目で登場し、市兵衛が斬り捨てた信夫平八に関連した北最上藩石神伊家にまつわる話が本書でも続いています。

信夫平八と、数年前に病に倒れたその妻由衣との間の小弥太と織江という子らの実家である金木家、その本家の中原家と宝蔵家との争いに巻き込まれた市兵衛は、横暴な宝蔵家を懲らしめ、小弥太と織江の実家の金木家を助けるという痛快小説の王道の物語になっています。

その市兵衛が中原家を助けるに至るまでの筋道が、丁寧に、しかも物語の流れの中で自然に為されているところがこの物語の魅力になっているのだと思います。

加えて言えば、市兵衛の剣の冴えは本書でも十分に見せ場を作ってありますし、勧善懲悪の定番の流れを裏切ることの無い、安定したおもしろさを保っています。

 

今回の話は、市兵衛の仲間が登場する場面はほとんどありません。新しい岡っ引きである紺屋町の文六だけが、脩が襲われた経緯について調べ上げているだけです。しかし、この探索も、市兵衛の活躍自体にはあまり役には立っていません。ただ、読者に物語の背景を説明するという意味では大きく役に立っています。

そしてもう一点。中原家の娘が市兵衛に熱い視線を注ぎますが、そのことについてはあまり触れてないところは若干物足りなく思いました。

本シリーズで不満があるとすれば、その点の市兵衛の回りの女性の影の無さでしょう。以前、京都時代の市兵衛の恋人らしき人物が登場してきたことはありますが、この頃はそれもありません。市兵衛ではなく、弥陀ノ介の恋の成就が少し描かれていたくらいでしょう。

また、新シリーズになってすぐの市兵衛の過去の一端が明かされましたが、今のところは新しいシリーズでは何も変化はありません。今後どのように市兵衛の過去が関わってくるものか、そちらも楽しみです。

 

いずれにしろ、本書は面白さを取り戻した作品だと思われます。今後の更なる活躍を待ちたいと思います。

本を守ろうとする猫の話

本を守ろうとする猫の話』とは

 

本書『本を守ろうとする猫の話』は2017年1月に小学館からハードカバーで刊行され、2022年9月に小学館文庫から288頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

 

本を守ろうとする猫の話』の簡単なあらすじ

 

夏木林太郎は、一介の高校生である。幼い頃に両親が離婚し、小学校に上がる頃からずっと祖父との二人暮らしだ。祖父は町の片隅で「夏木書店」という小さな古書店を営んでいる。その祖父が、突然亡くなった。面識のなかった叔母に引き取られることになり本の整理をしていた林太郎は、店の奥で人間の言葉を話すトラネコと出会う。トラネコは本を守るために林太郎の力を借りたいのだという。林太郎は、書棚の奥から本をめぐる迷宮に入り込むー。アメリカ、イギリス、フランスをはじめ世界三十五カ国以上で翻訳出版された記録的ロングセラー、待ちに待たれた文庫化!(「BOOK」データベースより)

 

本を守ろうとする猫の話』の感想

 

本書『本を守ろうとする猫の話』は、ベストセラーとなった『神様のカルテシリーズ』の作者である夏川草介による、本を好きな人に贈る長編のファンタジー小説です。

 

 

祖父を亡くした高校生の夏木林太郎は、祖父が残した「夏木書店」を閉じることになりました。

その日まで数日となったある日、一匹のトラネコが林太郎のもとを訪れてきます。

ただ、この猫はヒトの言葉を話すことができ、そのうえ、林太郎を「4つの迷宮」のある不思議な世界へと連れて行くのです。

 

第一の迷宮「閉じ込める者」では、整然と配列された白いショーケースに整然と平置きされた本を前に、一度読み終えた本は二度と読まず、一万冊の本を読む人間よりも二万冊本を読む人間のほうが価値が高い、と断言する男が登場します。

読書した量こそ大事であり、また本を愛しているからこそ読み終えた本はその証として丁寧に並べておくのだそうです。

 

同じように読書量が大事だという男が第二の迷宮「切りきざむ者」でも登場します。

ただ、この第二の迷宮の男は読書の効率化こそが大事であり、読書量を増やすためには要約と速読が重要だと言います。例えば、「走れメロス」の要約は「メロスは激怒した」と要約できるのだそうです。

更には、難解な本は難解というだけでもはや書物としての価値を失う、とまで言うのです。

しかし、林太郎は亡くなった祖父の「読書には苦しい読書というものがある」という言葉を思い出していました。

 

次の第三の迷宮「売りさばく者」では、本は「売れることがすべて」という「世界一番堂書店」の社長が登場します。

「手軽なもの、安価なもの、刺激的なもの。読み手の求める本」が大事であり、本を好きだと言った以上は、好きじゃない本は作れなくなると言うのです。

刺激的で、読みやすいエンターテインメント小説を読みふけり、人間の本質を追求するような小説は敬遠している私ですから、ここで言われていることが一番身に沁みたような気がします。

同じような言葉は本書の終わり近くにもありました。それは「読んで難しいと感じたら、それは新しいことが書いてあるから難しい」のであり、「読みやすいってことは、知っていることが書いてあるから読みやすい」のだそうです。

ここで言われていることに対しては、私自身では未だ答えが出ていません。読みにくいと思う作品、例えばいわゆる純文学作品には手が出ないのです。

ただ、作者もエンターテインメント小説を否定してはいませんし、そもそも純文学作品だけが価値があるとも言ってはいないのです。

そこには書物に対する愛情こそが大切だという作者の心情が述べられています。その上で読書という行為を通じて自ら考えることの大切さを言っているのでしょう。

 

そして第四の迷宮では学級委員長の柚木沙夜がさらわれるという事件が起き、林太郎は彼女を助けに再度迷宮へと踏み込みます。

そこでは、これまでの三つの迷宮の住人たちが憔悴しきった様子で苦しんでいました。

林太郎のために彼等は苦しんでいます。本には心がある。しかし、本の心も歪むことがあり、そして暴走するのです。書物に対する理想と現実の狭間で林太郎は悩みます。

林太郎が柚木沙夜を助け出す様子はこの本の要ですから直接読んでもらうしかないでしょう。

 

本書はいわゆる「面白い」本かと言われれば、若干首をひねる作品です。

ファンタジーとしての面白さはあります。しかしそれ以上に、本を読むことについて考えること自体を要求してくる作品です。

本を好きだという人たちには是非読んでもらいたい一冊と言えます。

錠前破り、銀太 紅蜆

蕎麦が不味いので有名な「恵比寿蕎麦」を切り盛りする(?)銀太、秀次の兄弟。幼馴染の貫三郎が、色っぽい後家に言い寄られてると知って気が気でない。なんでも、首筋に赤い蝶の痣を持つこの女、亭主が次々に死ぬんだという。さらに、兄弟にとって因縁浅からぬ闇の組織が、意趣返しに動き出す。 (「BOOK」データベースより)

「錠前破り、銀太シリーズ」第二弾の長編の痛快時代小説です。

 

本書冒頭で、前巻で「三日月会」の取りまとめをしていた蓑吉が登場し、「三日月会」が再び動き出したと告げてきます。

数日後、「亭主を取り殺した後家」として噂の綾乃という女について相談があるとやってきた貫三郎でしたが、その後家について調べてきた秀次と言い争いになり帰ってしまい、そのうちに行方不明になってしまいます。

貫三郎を探しに出かけたものの、仙雀という知り合いの家にいた“おしん”という女の子の爺さんもいなくなったという話を聞き、おしんの爺さんも一緒に探すことになる銀太でした。

 

本書に至り、前巻で簡単に触れられていた、銀太の店に現れる女形集団は『濱次シリーズ』に登場する森田座の大部屋女形たちだということがはっきりします。

そして、何よりも、『濱次シリーズ』の主要登場人物の一人である有島千雀が、本書でも重要な役割を持った人物として登場してきたことは驚きであり、同時に物語の幅が一段と広がった感じがしました。

 

 

ただ、前巻でも感じた、鍵のなる出来事に偶然の要素がからんでいることは本書でも同様に感じます。銀太と仙雀の出会い自体は別としても、仙雀の家にたまたまおしんがいて、そのことが本書を貫く事件におおきく関わってくる、など少々気になります。

とはいえ、今さらではありますが、こうした偶然の出会いはある程度は仕方のないことではないかとこのごろは思うようになりました。物語の展開上、偶然ではない出会いの場面を設けることの困難さは素人でも分かりますし、その労苦は別なことに向けてもらいたいとも思うのです。

ただ、あくまで最小限の出来事に限って欲しいとは思います。また、その偶然性を感じさせないストーリー展開にしてもらえればなおいいのですが。

 

田牧大和という作家の描く物語の世界は、市井に暮らす普通の人のようでいて、じつは裏社会に身を置いている、少なくとも置いていたという人物が多いようです。

例えば『鯖猫(さばねこ)長屋ふしぎ草紙』の主人公の売れない絵師の拾楽もそうですし、『とんずら屋シリーズ』の「松波屋」の面々もそうです。

 

 

その裏社会に通じる登場人物らが、巻き起こる難題を解決して行く様は痛快で、そこに描かれている人情話は実に小気味いい物語となっているのです。

道標 東京湾臨海署安積班

道標 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『道標 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』第十八作目の、文庫本で368頁の短編の警察小説集です。

登場人物の個々人に焦点を当てた、シリーズを理解するにも有用な面白い作品集です。

 

道標 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署刑事課強行犯第一係、通称「安積班」。そのハンチョウである係長・安積剛志警部補の歩んできた人生とは?警察学校や交番勤務時代、刑事課配属から現在の強行犯第一係長に至るまで、安積剛志という一人の男の歴史をたどる短篇集。安積班おなじみのメンバー、村雨、須田、水野、黒木、桜井、そして安積の同期、交通機動隊小隊長・速水の若かりし頃や、鑑識・石倉との最初の出会いなど「安積班」ファンにも見逃せない一冊がここに誕生!(「BOOK」データベースより)

 

目次
初任教養/捕り物/熾火/最優先/視野/消失/みぎわ/不屈/係長代理/家族

初任教養
警察学校の術科での柔道の班対抗の練習試合で、安積剛志、速水直樹らの五人の班は組んだオーダーが裏目に出てしまう。そのうち、皆のためにも学校をやめるという内川を、もう一度柔道の練習試合で負けた相手に勝てばよく、その自信こそが大事だという安積だった。

捕り物
卒配で中央署地域課に配属になった安積は、ある日被疑者の身柄確保を前提とする家宅捜索の助っ人に行くか尋ねられた。ただ、地域の不良といわれているリョウと約束をした同じ日だというのだった。

熾火
目黒署の強行班係の三国が、新任刑事の安積剛志巡査のお守りをすることになった。翌日、ある非行少年が被害者の傷害事件が起き、高校生の永瀬準が自分が殴ったと認めていた。皆自供が取れたと家裁に送致しようとするが、安積一人動機がはっきりとしないので認めたとは言えないと主張するのだった。

最優先
石倉進は東京湾臨海署の刑事課鑑識係の係長として赴任してきた。ある日、安積が管内で起きた強盗事件の被疑者の身柄を確保したので証拠が必要だと言ってきた。そのとき、鑑識課員の児島が証拠品を紛失したことを知った安積は、班を挙げて紛失した証拠品を見つけ出すのだった。

視野
村雨巡査部長に鍛えられていた大橋武夫巡査の班に、須田巡査部長とは旧知の新任の係長がやってくることを知った。そこに起きた強盗事件の現場では安積が石倉と衝突しているようだった。交機隊の速水の助けで被疑者は逮捕されたが、安積は班員全員で鑑識課員が紛失した証拠品を見つけ出すのだった。

消失
村雨は須田のようなのろまが刑事でいることが不思議だった。ある被疑者の身柄確保の手助けに赴くと対象者がいない。引きあげるには早いという須田の話を聞いた安積は再度対象者の部屋を調べるのだった。

みぎわ
管内で発生した強盗致傷事件の被疑者の潜伏先が判明したが、須田は被害者は一人だったかが気になるといい、村雨は様子を見るべきだというのだった。その姿に自分の新人時代を思い出す安積だった。

不屈
水野真帆巡査部長は、東報新聞の山口由紀子から水野の同期の須田について聞かれた。頼りなさそうな須田の、先輩に怒鳴られても、被疑者は過去や現在の見かけで犯人と思われているとして再調査を主張する須田の話をするのだった。

係長代理
研修に行くことになった安積係長の代わりに村雨がそのひと月の間の係長代理をすることになった。そこに起きた強盗事件の被疑者の身柄を確保したが、強盗を認めない被疑者の扱いに迷う村雨だった。

家族
水野は安積と共に強盗事件の現場へと向かう途中、安積が娘からの電話に行けるかどうかわからないと返事をする姿を見る。速水の助けですぐに被疑者を確保したため、安積に娘との約束に行くようにと進言する水野だった。

 

道標 東京湾臨海署安積班』の感想

 

今野敏のシリーズの中でも一、二を争う人気シリーズと言っていいこのシリーズですが、その人気の秘密の一つに、安積班のチームワークの良さが挙げられるのではないでしょうか。

そうした魅力的なチームワークができた理由は何なのか、本書は安積班の個々のメンバーの過去に焦点を当てて、その理由の一端に触れることができる『安積班シリーズ』ファン必見の短編集です。

 

また、各話ごとに視点の主や、視点の置き方、登場人物などに工夫を凝らしてあって、物語の作り方という観点からも、短編集全体として実に魅力的な構成になっています。

例えば第四話「最優先」と第五話「視野」では同じ事件を別人の視点で描写してあります。

つまり、東京湾臨海署刑事課鑑識係の係長となっている石倉から見た新任の安積係長の姿と、村雨巡査部長の下にいる大橋巡査から見た安積係長の姿という描き方をしてあるのです。

 

第六話「消失」では村雨が語り部となり、刑事でいられることを不思議に思っていた須田というのろまな男についての村雨の態度を描いています。

村雨は、安積掛長は須田の真価に気づいているのだと、須田の能力を生かせるように働くのが自分の役割だと思うのです。

その姿は第七話「みぎわ」の中での村雨の態度としても描かれていて、安積班というチームが成り立っていることを示しているのです。

 

そして次の第八話「不屈」で、水野巡査の語りで、須田が先輩刑事に怒鳴られても、被疑者は過去の非行歴や現在の見かけで犯人と思われているとして再調査を主張する姿について話し、安積に出会ったことで警察に残ることにした須田の話をします。

また、シリーズとしては新人の水野巡査という人物を視点の主に設定するきっかけとして、東報新聞の山口由紀子記者という珍しい人物との会話の中での話と設定していることなど、なかなかに考えられています。

 

こうした構成により、本書は、他から一目も二目もおかれるチームとして育ってきた安積班を、時系列に沿い、また立体的に描き出してある魅力的な一冊となっていると言えるのです。

武者鼠の爪-口入屋用心棒(38)

友垣を見舞いに品川に行くと言い残し、秀士館から姿を消した医者の雄哲。さらにその後を追うように、雄哲の助手だった一之輔も行方を晦ました。二人を案じる湯瀬直之進ら秀士館の面々は、南町同心の樺山富士太郎と中間の珠吉に品川での探索を依頼する。一方、倉田佐之助と秀士館教授方で薬種問屋古笹屋のあるじ民之助は江戸を発ち、川越街道を北上していた。書き下ろし人気シリーズ第三十八弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十八弾の長編痛快時代小説です。

 

前巻で上覧試合も終わり、優勝こそ逃したものの見事な成績を収めた直之進でした。しかし、決勝では室谷半兵衛に打たれ骨折した右腕を治療しようにも、前巻で行方不明になった秀士館の医術方教授の雄哲は未だ秀士館には帰ってきていませんでした。

そこで、秀士館館長の佐賀大佐衛門らは、共に雄哲を探しに行くと言って出掛けたまま帰らない一之輔の生国だと思われる川越へ、佐之助と薬種教授方で薬種問屋古笹屋主人の民之助とを探索へと送り出します。

また、怪我のために留守番をしていた直之進も、雄哲が川越行きの船に乗り込んだことを聞き込んできた富士太郎からの知らせで川越へと向かうことになったのでした。

そのころ、川越の新発田従五郎の屋敷では、藩内の権力闘争に巻き込まれた八重姫を助けるために、雄哲が必死の看病を続けて居ました。しかし、その新発田屋敷を見張る目があったのです。

 

なかなか秀士館に帰ってこない医術方教授の雄哲ですが、今度は雄哲を探しに行くと言って出掛けた一之輔まで帰った来ない事態となり、雄哲を探索する秀士館の仲間らの姿が描かれています。

シリーズとして特別なことが起こるわけではありません。秀士館の日常のちょっとした異常が描かれるという程度です。

直之進や佐之助らの剣戟の場面もそれなりに準備してはありますが、今ひとつの盛り上がりでした。それは、今回の倒すべき相手の姿が妙にはっきりとしていない、曖昧な印象があるところからきているようです。

 

このところの本『口入屋用心棒シリーズ』は、少々物語としての緊張感というか、勢いがなくなってきているように感じます。

それは、やはり何度も書いているように直之進と佐之助との間の対立が無くなった頃から感じていたことと思えます。そのことがより鮮明になってきているのではないでしょうか。

本シリーズの場合、キャラクターは悪くないと思うのですが、何とも微妙なところで物語が進んでいると思います。つまらないということではなく、だからといって絶賛できる、ということもないのです。

 

本作品『武者鼠の爪-口入屋用心棒』にしても、物語の進み方に必然性というか、納得感があまり感じられないうえに、敵役の存在があまり存在感がありません。

面白いと思える物語の条件は、魅力的な主人公の存在に加えて、説得力のあるストーリーと存在感のある敵役があってこその話なのでしょう。

 

残念ながら、私の書き込みにしても同じようなことばかりを書いている気がします。このシリーズは私の好きなシリーズでもあり是非、大きな転換を期待したいものです。

夜叉萬同心 親子坂

夜叉萬同心 親子坂』とは

 

本書『夜叉萬同心 親子坂』は『夜叉萬同心シリーズ』の第三弾で、2013年8月にベスト時代文庫から文庫本書き下ろしで刊行され、2017年4月に光文社文庫から309頁の文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。

 

夜叉萬同心 親子坂』の簡単なあらすじ

 

中越・永生藩の山村から、奇妙な男が江戸に送り込まれた。無垢な心を持ち、鷹のように一瞬に獲物に止めを刺す、森で育った忍びの者、西上幻影。北町奉行所の隠密廻り方同心・萬七蔵は相次ぐ豪商の不審死を調べるうち、ある腹黒い商人と永生藩国家老周辺との癒着に気づく。巻き込まれる誇り高い鷹、幼影の運命に、七蔵はどう立ち向かうか。傑作シリーズ第三弾。 (「BOOK」データベースより)

序 十万億土
吉原の男たちによる警動騒ぎが起こって引きたてられ、翌正月に江戸町では女たちの入札が始り、一人の女に対する暴行を止めたのが七蔵だった。一方、永生藩では国家老の河合三了西上幻影にある命令を発していた。

第一章 湯島の白梅
ある日七蔵の家に猫のに誘われて、お美濃という幼子が遊びに来た。世話になっている叔父は帰ってこずに、賭け弓のうまい兄の健太と暮らしているという。しかし、七蔵が掛かりである殺人事件に絡んでいるのが健太が世話になっている白梅という女であり、また健太を利用した白梅の企みの裏には中丸屋康太夫という米問屋が絡んでいる疑いがあった。

第二章 寒椿雪化粧
新吉原の面番所に詰めていた七蔵は、正月に助けた本名を椿、今は寒椿と名乗る女郎から父親の河野佐治兵衛を斬った者を捜し出したいという相談を受けた。河野佐治兵衛の事件を調べると、かつては椿の許婚だった疋田籐軒、今の根津籐軒の身代わりに仕置を受けた事件に関連しているらしいが、根津籐軒の仕置は難しいと伝えるのだった。

第三章 幻の鷹
永生藩の河合三了から命を受けた西上幻影は鏡音三郎の昔馴染みであった。幻影は例の中丸屋に寝泊まりしていた。永生藩御用達を務める笹井屋太佐衛門室生屋利三郎と不審な死が続き、残された荷送問屋大樽屋文右衛門が調べを願い出てきた。中丸屋は永生藩蔵元の地位を望んでいるらしく中丸屋を見張る七蔵らだった。

 

夜叉萬同心 親子坂』の感想

 

本書『夜叉萬同心 親子坂』は、『夜叉萬同心シリーズ』の第三弾となる、連作短編の痛快時代小説です。

 

本書では、登場人物の一人である鏡音三郎が仕える藩の御用達の中丸屋が絡んだ話が第一話と第三話とに出てきます。それは、つまりは「序 十万億土」で登場してきた西上幻影の物語であり、ひいては鏡音三郎の話にもなります。

また前巻から登場してきている猫の倫が結構重要な役割を勤めていて、本書の雰囲気も和らいでいるようにも思えます。

 

猫に重要な役割を担わせている物語は少なからずありますが、時代小説に限ると、田牧大和の作品にはよく猫が登場します。

中でも『鯖猫(さばねこ)長屋ふしぎ草紙』で登場するサバという名の猫は殆ど主人公といってもいいくらいで、この猫の指図で絵師の青井亭拾楽がさまざまに振り回されるのです。

また、そこまでではありませんが思い出すのは、池波正太郎の『剣客商売 二十番斬り』の中の「おたま」という短編に登場する猫も、重要な役割を担っていて、何故か心に残っています。

このシリーズの中では、久しぶりの出会いのきっかけを猫に求めるという、めずらしくファンタジー色が感じられる話であり、また、四十余年という歳月の経過の恐ろしさを描いた好編でした。

 

ともあれ本書『夜叉萬同心 親子坂』の第二話は、いつもの通りの世の中で起きた不条理な出来事の後始末をつける七蔵という流れの話ですが、他の二編は、永生藩の藩内抗争に絡んだ話であり、鏡音三郎が重要な役割を持って活躍する話になっています。

とはいえ、西上幻影という野に育った男が藩の重役の言動に踊らされるという悲哀を持った物語という点では、この作者がよく描く世界の話だとは言えるのでしょう。

変わらずに、一気に読める作品となっています。

夜叉萬同心 冥途の別れ橋

夜叉萬同心 冥途の別れ橋』とは

 

本書『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』は『夜叉萬同心シリーズ』の第二弾で、2008年3月にベスト時代文庫から文庫本書き下ろしで刊行され、2017年4月に光文社文庫から317頁の文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。

 

夜叉萬同心 冥途の別れ橋』の簡単なあらすじ

 

北町奉行所の隠密廻り方同心・萬七蔵は、「夜叉萬」と恐れられる存在だ。永代橋崩落の大惨事に揺れる江戸で、押しこみ強盗の末に一家を惨殺する卑劣な窃盗団「赤蜥蜴」の探索をすることに。直近の襲撃のみ、一味のやり口が変化していることに七蔵は戸惑うが、そこから導き出されるのは意外な真実だった。人間の業や情愛、運命を鮮やかに描き出す、シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

夜叉萬同心 冥途の別れ橋』の感想

 

本書、辻堂魁著の『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』は、『夜叉萬同心シリーズ』の第二弾となる、連作短編の痛快時代小説です。

この『夜叉萬同心シリーズ』は、クールな主人公萬七蔵が世の悪を懲らしめ、非道を正すという、まさに痛快時代小説の王道をゆく作品であり、本書では、文化4年(1807年)に起きた永代橋の崩落事故にまつわる三つのエピソードが語られています。

 

まず、「序 崩落」では、ある男が必死で逃げている最中に崩落事故に巻き込まれ、あるものを隠す様子が描かれています。

次いで「第一章 がえん太鼓」では、七蔵は崩落事故で行方不明となっている万吉という臥煙を探すように命じられます。七蔵らが調べると、そこでは定火消しの斉東家らが言うこととは異なり、高圧的な臥煙らの横暴な振る舞いが問題となっていた事実が浮かび上がるのでした。

そして「第二章 川向うの女」は、御公儀番方徒組三番組御家人・林勘助の溺死体が上がったことから、七蔵がその探索に乗り出します。崩落事故で行方不明になった妻袈裟を探す勘助の姿、そして一人の女を助けたある男の姿が浮かび上がってきたのでした。

また「第三章 散茶女郎の小判」では、残虐な手口で恐れられている「赤蜥蜴」と名乗る押し込みの一団を追う七蔵の姿があります。冒頭「序」で描かれた崩落事故は、事故の様子を描き出すとともに、この物語へとつながっていたのでした。

こうして永代橋の崩落事故にまつわる三つの物語が描かれるのですが、そこにあるのは、第一章では樋口屋という釘鉄銅物の問屋に降りかかった悲運であり、第二章では御公儀番方徒組三番組御家人・林勘助とその妻の袈裟の悲哀です。

これらの哀しみに隠された非道を暴き、懲らしめるのが萬七蔵とその仲間たちなのです。奉行からの切り捨て御免の暗黙の了解を得ている七蔵は、悪を前に思い斬り剣の腕をふるいます。

 

一方、七蔵の屋敷では、行儀見習いとして入った叔母由紀の孫娘で十三歳になるがいて、明るさを増しています。

また、第二章で登場した猫のが七蔵の家に住み着いたようで、文とに可愛がられる姿などが描かれていて、こうした描写は、殺伐とした内容が描かれることが多いこのシリーズの、息抜きともなっています。

また、このシリーズの第一巻『夜叉萬同心 冬かげろう』でも登場した鏡音三郎という男が今回も登場しますが、町娘のが音三郎に対し抱く愛情の場面などは実に爽やかであり、清涼剤ともなっているようです。

ここらは『日暮し同心始末帖シリーズ』での主人公日暮龍平の家庭の描写がいつも前を見つめていて希望を示していて、暗くなりがちな物語に明るさをもたらしているのと同じで、定番の手法だとは言えうまいものです。