青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』とは

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』は『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十九弾で、2020年11月に文庫本で刊行された355頁の長編の痛快時代小説です。

 

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』の簡単なあらすじ

 

江戸で有名な盗人「鼠小僧」は自分だ、とついに明かした子次郎。忍び込んだ旗本の屋敷で出会った盲目の姫君を救って欲しい、と小藤次に頼む。姫を側室にと望んでいるのは、大名・旗本の官位を左右する力を持つ高家肝煎の主で、なんと「幼女好み」と噂のある危険な人物だという…懐剣を携え悲壮な決意をする姫を毒牙から守れるか。(「BOOK」データベースより)

 

第一章 桃井道場様がわり
前巻『鼠異聞』で、桃井道場の年少組の五人と北町奉行所与力見習の岩代壮吾を加えた六人と共に、久慈屋の紙納めの旅の付き添いという大役を終えた小籐次親子だった。この旅は岩代壮吾や年少組にも学びがあったようで、剣術の稽古も見違えるものとなっていた。

第二章 望外川荘の秘密
久しぶりに鈴とお夕の望外山荘宿泊が決まった日、小籐次とおりょうは夕の父桂三郎の悩みについて相談をしていた。また、子次郎は件の懐剣の持ち主を助けてほしいと願ってきていた。また、駿太郎は望外山荘に新たに見つけた屋根裏部屋について二人に話していた。

第三章 桂三郎の驚き
望外山荘へとやってきた夕の両親の桂三郎とお麻は小籐次から独立の話を聞いたが、世話になっている小間物屋との関係で不安があった。すべてを委ねられた小籐次は小間物屋へ行き、今後品物を納めることはないとの話をつけるのだった。

第四章 おりょうの迷い
おりょうは久慈屋の隠居所を飾る画としては余生を過ごす場には萍(うきくさ)紅葉の方がいいと考えながら筆を動かしていた。一方小籐次は懐剣の持ち主の三枝家の目の見えない薫子に会い、三枝家のために高家肝煎に差し出されたのちに自害するつもりであることを知る。

第五章 旅立ちの朝(あした)
小籐次は薫子を望外山荘へ隠したところ高家肝煎大沢基秌に雇われた五人組が現れたものの、駿太郎と岩代壮吾が待ち構えていた。小籐次は新八やおしん、それに子次郎と共に高家肝煎大沢基秌を三枝家で待ち構えるのだった。

 

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』の感想

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』では、前巻の『鼠異聞』で登場した子次郎が研ぎを依頼してきた懐剣の持ち主の薫子姫をめぐる物語が中心になっています。

と同時に、小籐次のもとの住まいである新兵衛長屋の住人である錺職人の桂三郎とその娘のお夕の新しい仕事場を設けることに奮闘する小籐次の姿もあります。

つまりは、常と変わらない小籐次親子のいつもの日常が描かれているのですが、そこでは駿太郎の成長とあわせて桃井道場の年少組の仲間たちの成長も描かれることになります。

こうした小籐次の周りの人々についての描写もシリーズの魅力の一つになっていると思われます。

 

とはいえ本シリーズの一番の魅力は、もくず蟹に似ている来島水軍流の遣い手である小籐次という人物その人のキャラクターであることは間違いありません。

そもそも小籐次は、浪人となって四家の大名行列に斬り込み掲げられている御鑓を奪って旧主の恥辱を雪いだことから一躍江戸の人気者となったという人物ですからよくできています。

その小籐次も初期の設定からはかなり変化を見せ、今ではおりょうという昔から片想いの女性とも結ばれており、駿太郎という大人顔負けの息子も授かっています。

親子で研ぎ仕事をこなしながら、久慈屋やそのほかの様々な人たちから持ち込まれる難題をこなし、久慈屋の主からも皆小籐次に頼り過ぎだと言われるほどになっているのです。

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』でもそのことは同様で、前巻『鼠異聞 新・酔いどれ小籐次』から登場してきている子次郎の持ち込んだ懐剣にまつわる姫君を救うという難題に挑むことになります。

この姫君がまた小説の中にしか存在しえないだろうほどの純真無垢な存在で、だからこそ子次郎も命懸けでこの姫君を守ろうという気にさせられるのですが、こうした存在も小籐次シリーズならではのことかもしれません。

時代小説で「男の夢」を描いてきたという佐伯泰英という作家ならではの一つの証がこういう点にも表れていると言えるのでしょう( 本の話 : 参照 )。

また、本書『青田波』では新兵衛長屋に住む小籐次の昔馴染みのお夕親子の新しい職場も久慈屋の力を借りて設けたりと、実に忙しい小籐次です。

 

このシリーズもすでに四十巻を軽く超え、そうは長くないという情報もあります。

個人的には佐伯泰英の書く痛快時代小説シリーズの中では一番好きなシリーズですから終わるのはとても残念なことですが、それも仕方のないことなのでしょう。

残り少ない物語をゆっくりと楽しみたいと思います。

異変ありや 空也十番勝負(六)

異変ありや 空也十番勝負(六)』とは

 

本書『異変ありや 空也十番勝負(六)』は『空也十番勝負シリーズ』の第六弾で、2022年1月に文庫本で刊行された、佐伯泰英自身のあとがきまで入れて351頁の長編の痛快時代小説です。

何とか生き永らえた空也が、江戸の家族や長崎の仲間たちのあたたかな眼差しのなか新たな冒険へ旅立つ姿が描かれ、しかしどこかで似た場面を見た気もする作品でした。

 

異変ありや 空也十番勝負(六)』の簡単なあらすじ

 

3年ぶりの書き下ろし新作!

武者修行中の嫡子・空也の身を案じる
江戸の坂崎磐音のもとに、
長崎会所の高木麻衣から文が届く。

薩摩の酒匂一派最後の刺客、太郎兵衛との勝負の末、
瀕死の重傷を負った空也は、
出島で異人医師の手当てを受けたものの、
いまだ意識が回復しないという。

懸命の介護を続ける麻衣のもとを高麗の剣術家が訪れ、
二日間、空也とふたりだけにしてほしいと願い出るが……。

目覚めた空也は何をなすのか!?

空也の武者修行が再び動き出す!(内容紹介(出版社より))

 

異変ありや 空也十番勝負(六)』の感想

 

本『空也十番勝負シリーズ』は、一旦は第五弾『青春篇 未だ行ならず(上・下巻)』をもって、「青春篇完結!」ということが言われました。

 

 

しかし、ここに『空也十番勝負シリーズ』は再掲することになったようです。

このシリーズ再開の経緯は著者佐伯泰英本人が本書のあとがきで書いておられます。

このあとがきは下記サイトにも「「空也十番勝負」再開によせて」として再掲してありますのでそちらを参照してください。

ただ、それほど詳しいことは書いてありません。

 

 

本書読み初めからしばらくは、江戸の磐根らの心配をよそに空也の意識が戻らないままに進みます。

何とか意識を取り戻してからは今度は逆にそれまで死にかけていた人物とは思えないほどの活躍を見せることになります。

 

本書『異変ありや 空也十番勝負(六)』で意識を取り戻してからの空也は上海へと乗り出し、彼の地で活躍する姿を見せることになりますが、どうもどこかで読んだような印象です。

それが何に似ているのか、未だはっきりとは思い出せませんが、多分佐伯泰英の『上海 交代寄合伊那衆異聞』ではないかと思います。

この作品はこのブログを書き始めるよりもだいぶ前に読んだ作品なので内容もよく覚えてはいないので、はっきりとしたことは言えません。

 

 

ともあれ、江戸の磐根や、空也の妹の睦月中川英次郎と結ばれることになったり、磐根のもとにいてそれなりに落ち着いていた薬丸新蔵も再びその行方が分からなくなったりと、何かと変化が起きているようです。

このシリーズも空也の物語ではありながらも、『居眠り磐音シリーズ』の続編としての趣きが強く感じられるようになってきました。

今後の展開を強く待ちたいと思います。

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』とは

 

本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』は『空也十番勝負シリーズ』の第四弾で、2021年11月に文庫本で刊行された317頁の長編の痛快時代小説です。

相変わらずに長崎の島々での逃避行を続けている空也ですが、次第に幕府との絡みが出てくる展開へと移行しています。

 

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』の簡単なあらすじ

 

眉月に縁がある高麗の陸影を望む対馬へと辿り着いた空也。坂崎磐音の嫡子だと知った藩の重臣から藩士への剣術指導を請われ、道場でともに稽古することになる。しかし、朝鮮の剣術家と立ち合う案を断ったことで、藩からの追跡を受ける身に。山越えの途中に立ち寄った杣小屋で出会った、江戸弁を話す小間物商と同道するが…。(「BOOK」データベースより)

 


 

空也はいま、五島列島野崎島を後にして対馬の北端にある久ノ下崎にいて、はるかに渋谷眉月の血に流れる高麗の地を眺めていた。

その場所で対馬藩与頭の唐船志十右衛門と出会うものの、唐船志との朝鮮の帆船への同道を断り佐須奈を出立したため唐船志から追われる身となってしまう。

そのまま下島へ向かう途中、対馬藩の阿片密輸を調べている隠密の鵜飼寅吉と名乗る男と出会うのだった。

鵜飼の仕事の手伝いも終わり壱岐の島へと行った空也は、空也を追っている李智幹の息子の李孫督という高麗人から剣の教えを受けていた。

一方、寛政十年正月の江戸では、尚武館小梅村道場にいた薬丸新蔵が薩摩から来た東郷示現流の五人の刺客を退け、行方をくらますのだった。

また磐根のもとを眉月の父親の渋谷重恒や、空也が世話になった肥後人吉藩御番頭常村又次郎が訪れ、空也のことについて話していくのだった。

 

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』の感想

 

本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』では、東郷示現流・酒匂兵衛入道一派の手から逃れ、五島列島から対馬へとたどり着いた空也の姿が描かれます。

とはいえ、江戸の磐根たちの消息もかなり詳しく描かれていて、磐根の息子空也の武者修行の物語でありながらも、やはり磐根シリーズの続編という趣きがかなり強くなって来ているようです。

空也自身の出来事としては、空也の息の根を止めようとする東郷示現流からの討手との戦いの日々という側面があります。

その上で、行く先々の土地特有の流派や腕達者から教えを請いながらの旅の一面は本書でも同様であり、新たに鵜飼寅吉や李孫督という知己を得ることになります。

 

この『空也十番勝負シリーズ』は、佐伯泰英という作家の作品の中でも剣豪ものと分類できる『密命シリーズ』と同じように、剣の道を志す者、ストイックなその生き方と強さへの憧れを満たしてくれていると思われます。

 

 

特に本『空也十番勝負シリーズ』では、若干十六歳の空也が武者修行の旅に出て、十九歳の今ではかなりの腕になっている姿を、いかにも痛快小説の形式で描き出してあるのですから人気があるのも当然だと思われます。

つまりは、若干のご都合主義的な進展と、結果的に誰にも負けない強さを持つ主人公の目を見張る活躍という展開の時代小説であり、読者の興味を引くストーリーがあるのです。

 

居眠り磐音シリーズ』も、当初は市井に暮らす素浪人の活躍する物語でしたが、巻を重ねるにつれ磐根の姿も変化し、剣の遣い手としての磐根の姿を描くシリーズとなっていました。

でも、剣の遣い手としてストイックな一面をのぞかせてはいたものの、磐根の立ち位置として身元の確かな腕の立つ浪人という位置づけはそのままでした。

ところがその子の空也の姿を描くこの『空也十番勝負シリーズ』は、まさに『密命シリーズ』同様の剣豪ものと言える雰囲気を持っています。

それに加えて『居眠り磐音シリーズ』の登場人物もまたそのままに登場し、磐根の物語の続編としての面白さも持っているのですから、面白くないはずがありません。

さらには、本『空也十番勝負シリーズ』では肥後藩人吉から始まり、薩摩、そして再び肥後八代を経て五島列島、そして対馬、壱岐と熊本、長崎を旅しており、その土地々々の歴史などが紹介してあるのも興味を惹きます

 

こうして本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』もまた佐伯泰英の作品らしい物語として、気楽に楽しく読める作品だと言えるのです。

陰の人 吉原裏同心 36

陰の人 吉原裏同心 36』とは

 

本書『陰の人 吉原裏同心 36』は、作者本人のあとがきまで入れて文庫本で347頁の、『吉原裏同心シリーズ』第三十六弾となる長編痛快時代小説です。

これまでにない危機が迫った吉原に神守幹次郎はどのように動くのか、若干の期待外れの感はあったものの、今後の展開に期待が高まる一冊でした。

 

陰の人 吉原裏同心 36』の簡単なあらすじ

 

吉原を過去最大の危機が襲う。会所頭取、四郎兵衛の無残な姿。すべてを乗っ取らんと着々と勢力を固める一味。その周倒な計略に、残された面々は苦境に耐えるばかり。一方、修業中の京から姿を消した神守幹次郎。最後の頼みの綱ともいえる彼は一体どこにいるのか?そして、吉原は生き残れるのか…!?いま「吉原裏同心」は新たなる時代へと踏み出す!(「BOOK」データベースより)

 

吉原会所頭取の四郎兵衛が殺されてしまった前巻『祇園会』のあと、残された三浦屋の四郎左衛門が吉原会所の仮の頭取を務めていた。

しかし、七代目頭取の四郎兵衛ほどの人脈も経験もない四郎左衛門は、吉原の今後について何も手を打てないでいた。

そうした中、江戸の南町奉行所定廻り同心の桑原市松や身代わりの佐吉からの文を受けてすぐに京都祇園から姿を消した神守幹次郎は姿を見せずにいた。

そのことは幹次郎の妻の汀女をはじめ吉原会所の番方である仙右衛門や吉原の女裏同心の嶋村澄乃にしても同様であり、依然その行方が分からずにいたのだった。

 

陰の人 吉原裏同心 36』の感想

 

本書『陰の人 吉原裏同心 36』は、大きな転換期を迎えた吉原の危機に際し、神守幹次郎がいかなるように動き、どのようにして吉原の危機を救うのか、に焦点が当てられます。

同時に、シリーズの構成として大きな変化をもたらしている巻でもあります。

それは、この巻の最後に作者の「あとがき」で述べられているのですが、これまで吉原裏同心の神守幹次郎を主人公とするこのシリーズは「吉原裏同心」「吉原裏同心抄」「新・吉原裏同心抄」と名前を変えて続いてきました。

しかしそれをいったん解消し、すべての巻を通して『吉原裏同心シリーズ』として通し番号を振ることになるというものです。

このことは「吉原裏同心|佐伯泰英 特設サイト | 光文社」でも、本書名として『吉原裏同心 36 陰の人』と表記してあります。

そして同サイトにはまた、作者佐伯泰英本人の「読者へのメッセージ」として、文庫本の「あとがき」と同文も掲載してありますので、ここらの経緯はそのサイトを参照してください。

 

ともあれ、四郎兵衛という吉原の実力者を失うことになった吉原最大の危機は本書で一応の終結を見ます。

しかし、もう少し様々な出来事を経たうえで皆の力を合わせた末に吉原の本来の姿が戻ってくると思っていた私にとって、その処理の仕方は一読者としては決して納得のいくものではありませんでした。

そのことの大きな理由の一つとして、本書『陰の人 吉原裏同心 36』のクライマックスの処理がいまひとつ納得のいかないものではあったことも挙げられます。

 

しかしながら、シリーズとしては『居眠り磐音シリーズ』や『酔いどれ小籐次シリーズ』などと並ぶ人気シリーズと育っている本『吉原裏同心シリーズ』シリーズです。

多分、第八代目の吉原会所頭取に就くであろう神守幹次郎の新たな活躍を期待したいものです。

続巻を楽しみに待ちたいと思います。

狐火ノ杜 ─ 居眠り磐音江戸双紙 7

狐火の杜 ─ 居眠り磐音江戸双紙 7』とは

 

本書『狐火の杜 ─ 居眠り磐音江戸双紙 7』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第七巻の、文庫本で355頁の長編の痛快時代小説です。

本書ならではの特別な出来事というよりはシリーズの流れに乗っていて、磐根の波乱万丈の日常がいつものとおりに描かれています。

 

狐火の杜 ─ 居眠り磐音江戸双紙 7』の簡単なあらすじ

 

晩秋の風情が江戸を包む頃、深川六間堀、金兵衛長屋に住む坂崎磐音は相も変らぬ浪々の日々を送っていた。そんな折り、両替商・今津屋の心遣いもあり、働きづめのおこんの慰労を兼ねて、品川柳次郎らと紅葉狩りにでかけたが、悪行をなす不埒な直参旗本衆に付け狙われて…。春風駘蕩の如き磐音が許せぬ悪を薙ぐ、大好評!痛快時代小説第七弾。(「BOOK」データベースより)

 

今津屋吉右衛門の内儀である艶の葬儀も済み、おこんの慰労を兼ねての紅葉狩りでも暇を持て余した旗本の部屋住との騒動も決着をつけた磐根だった。

その磐根には、不満を抑えつつ何とか産物の品質向上に努める話し合いができたとの中居半蔵からの文が届いていた。

また、磐根の加賀行きの折に縁を持った鶴吉の問題の処理を終えた磐根のもとに、中川淳庵を狙う血覚上人を頭にする裏本願寺別院奇徳寺一派が再び淳庵をつけ狙っているという報せがもたらされた。

さらに能登湯の主の加兵衛の頼みごとを片付けた磐根だったが、王子稲荷への新しい幟を納める由蔵とおもんの共をしながら、噂の王子稲荷で見られるという噂の狐の行列の見物へ行くことになる。

ところが、狐の行列の見物中にお紺がさらわれてしまうのだった。

 

狐火の杜 ─ 居眠り磐音江戸双紙 7』の感想

 

本書『狐火の杜 ─ 居眠り磐音江戸双紙 7』は、前巻『雨降ノ山』と同様に、再び取り戻した江戸での日常の延長線上にある物語です。

関前藩の産物を江戸で売りさばくという関前藩の財政再建の話は進捗状況が少しだけ示されるだけで、本書での話は細かな個別のエピソードで構成されているのです。

最初は、艶の看護や葬儀で気の遣い通しだったおこんのために企てられた紅葉狩りの際に出会った旗本の部屋住みの連中とのいざこざがあります。

次いで、加賀の金沢で縁を持った鶴吉が磐根を訪ねてきてひと騒動が巻き起こります。

また、これまでも登場してきた磐根の長崎行きの折に知り合った中川淳庵を付け狙う血覚上人の一味がいて、この一味との事件が語られますが、この話決着は次巻への持ち越しとなっています。

次いで、馬喰町の能登湯の主の加兵衛の頼みごとを解決し、最後に王子稲荷で毎夜狐の行列見物に言った際におこんが攫われるという事件がおきるのです。

 

本書では、このように小さなエピソードが語られる痛快時代小説の典型と言える構成になっています。

先に述べたように、シリーズを通しての関前藩の再建などの大きな流れはその様子が紹介されるだけです。

その意味では特別なことは何も起きない回だということができると思います。

普通に痛快時代小説として単純に楽しんで読むべき巻だということでしょう。

大河小説である以上はこうした回もあってしかるべきでしょうし、一息ついた巻だということができるかもしれません。

雨降ノ山 ─ 居眠り磐音江戸双紙 6

雨降ノ山 ─ 居眠り磐音江戸双紙 6』とは

 

本書『雨降ノ山 ─ 居眠り磐音江戸双紙 6』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第六巻の、文庫本で357頁の長編の痛快時代小説です。

シリーズの序盤での物語の主な流れである関前藩の財政再建への道筋が見えてきてなか、磐根の波乱に満ちた日常は続いていきます。

 

雨降ノ山 ─ 居眠り磐音江戸双紙 6』の簡単なあらすじ

 

夏を彩る大川の川開きを間近に控えた頃、深川六間堀の金兵衛長屋に住む浪人、坂崎磐音は日々の生計に追われていた。川開きの当日、両替商の今津屋から花火見物の納涼船の護衛を頼まれる。不逞の輩が出没するというのだが、思わぬ女難にも見舞われ…。春風駘蕩の如き磐音が許せぬ悪を斬る!痛快時代小説第六弾。(「BOOK」データベースより)

 

藩実収のおよそ五年分の借財がある豊後関前藩は、今津屋の助けを借りて関前藩の海産物を江戸で高値で卸し増収をはかるという財政再建に着手したところだった。

その道筋をつけた磐根は、今津屋吉右衛門とその妻お艶、艶の世話係のおこんと荷物持ちの小僧宮松の四人と共に大山詣でをすることになった。

旅の途中でならず者の駕籠かきや無頼の侍らの襲撃を退けた磐根だったが、艶の具合が悪くなってしまう。

お艶は数年前から体の不調を自覚していたはずであり、今回の大山詣でも自分の死を自覚したお艶の実家への里帰りをも兼ねた意思だったのだろうと思われた。

磐根がお艶を背負っての参拝を済ませた一行は思いもかけず伊勢原滞在が長引き、磐根とおこん、宮松は先に江戸へと帰るのだった。

そんな中、吉右衛門、お艶らが滞在する伊勢原宿子安村から便りが届いた。

 

雨降ノ山 ─ 居眠り磐音江戸双紙 6』の感想

 

本書『雨降ノ山 ─ 居眠り磐音江戸双紙 6』は、前巻で奈緒を追っての旅も終わり、日常を取り戻した磐根でした。

本書からは磐根がかつて仕えていた関前藩の財政再建という難題に藩の外から道筋をつける姿が描かれます。

ただ、そこでも今津屋の力を借りることとなり、磐根の今津屋との付き合いもより深くなっていくのでした。

 

痛快時代小説である本『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』では、物語の軸となる関前藩の財政再建と、今津屋に降りかかる災難や周りの人々の困りごとをともに助けながら、それでも力強く生きていく磐根の姿に惹かれるのです。

本書『雨降ノ山』では、今津屋夫婦の大山詣でに付き添いながら襲い掛かる暴漢を撃退する磐根の姿があります。

当然のことながら磐根の剣が暴漢を撃退し、今津屋一行を無事に送り届けるのです

このほかにも今津屋の両国川開きで仕立てる屋根船の護衛や、騙りの安五郎こと一蔵という無宿者を追って危ない目に逢いかける幸吉を助けたりと、あい変らずに忙しい磐根です。

 

本書『雨降ノ山 ─ 居眠り磐音江戸双紙 6』はこのように、シリーズを通しての出来事としての関前藩の財政再建と、各巻のなかの章単位で巻き起こる出来事という二本立ての出来事に対しての磐根の対応という定番の形で話は進みます。

シリーズものですから、こうした構成が基本となり、これまでも、そしてこれからも進んでいくことになります。

そうした中で新しい敵の存在が語られ、新規の魅力を持ったシリーズとして展開されていくことになるのです。

龍天ノ門 ─ 居眠り磐音江戸双紙 5

龍天ノ門 ─ 居眠り磐音江戸双紙 5』とは

 

本書『龍天ノ門 ─ 居眠り磐音江戸双紙 5』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第五巻の、文庫本で361頁の長編の痛快時代小説です。

家族のために遊郭にその身を売った磐根の許嫁であった奈緒を追って江戸まで帰ってきた磐根の日常が始まりました。

 

龍天ノ門 ─ 居眠り磐音江戸双紙 5』の簡単なあらすじ

 

新玉の年を迎えた江戸深川六間堀、金兵衛長屋。相も変わらぬ浪人暮らしの磐音だが、正月早々、八百八町を震撼させる大事件に巻き込まれる。さらに生まれ故郷の豊後関前藩でも新たな問題が出来する。日溜まりでまどろむ猫の如き磐音の豪剣が砂塵を巻いて悪を斬る。著者渾身の書き下ろし痛快時代小説第五弾。(「BOOK」データベースより)

奈緒を追って長崎から江戸までの旅を終えた磐根にやっと日常が戻る。

それは関前藩の財政の建て直しであり、今津屋の手伝いであり、また南町奉行所与力の笹塚孫一の手伝いの日々だった。

まずは、関前藩のことは今津屋に関前藩の後ろ盾となってもらい、中居半蔵と共にあたらしく江戸家老となった福坂利高に関前藩の実情や江戸の町の暮らしを知ってもらうことだった。

笹塚の手伝いとしては、漆工芸商の加賀屋の家族など十五人が殺される事件があり、次に竹村武左衛門から頼まれた仕事は霜夜の鯛蔵という盗賊が絡んだ仕事となり、さらには武左衛門が仕事先から帰らないという事件が起こる。

共に南町の笹塚孫一の懐を潤すことになるが、今度は金兵衛長屋に新しく越してきたお兼という女が何かと問題を起こすのだった。

磐根故人のことでは、今では白鶴と呼ばれている奈緒が浮世絵として売り出され、そのことを知った関前藩江戸家老の福坂利高が藩の恥だとして吉原の白鶴の元へ行くと言い出すのだった。

 

龍天ノ門 ─ 居眠り磐音江戸双紙 5』の感想

 

本巻『龍天ノ門 ─ 居眠り磐音江戸双紙 5』では、再び笹塚孫一の手により金の匂いのする事件現場に駆り出される磐根の姿が描かれます。

同時に、借財に苦しむ磐根の故郷である豊後関前藩のために、紛争する磐根の姿もあります。

また、自ら苦界に身を落とした今では白鶴と呼ばれている吉原の奈緒を見守る磐根の姿もあるのです。

 

そういう意味では、大河小説である本『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の基本的なかたちに戻っているということができるかもしれません。

それは、主人公の立ち回りであり、恋物語であり、市井での暮らしの姿でもあり、その全てを普通に読ませてくれるのが本『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』であり、佐伯泰英作品でもあります。

痛快時代小説としての型をきちんと押さえ、読み手の心を離さない細かな仕掛けとストーリーは本書『龍天ノ門』でも生きています。

一夜の夢 照降町四季(四)

一夜の夢 照降町四季(四)』とは

 

本書『一夜の夢 照降町四季(四)』は、『照降町四季シリーズ』の第四弾で、文庫本で368頁という長さの長編の痛快人情時代小説です。

本書では佳乃の姿は脇へと追いやられ、照降町の復興の姿が描かれてはいるもののそれは背景でしかなく、結局は八頭司周五郎という浪人の痛快時代小説になっている物語です。

 

一夜の夢 照降町四季(四)』の簡単なあらすじ

 

派閥争いで命を落とした周五郎の兄。存続の危機に立たされた旧藩・豊前小倉藩から呼び出された周五郎は、照降町を去らなくてはならないのか。そして、佳乃との関係はー大火から九ケ月、新設された中村座で佳乃をモデルにした芝居の幕が開く。大入り満席の中には、意外な人の姿があった。勇気と感動の全四巻ついに完結!(「BOOK」データベースより)

 


 

八頭司周五郎は、二年数か月ぶりに、実家の八頭司家のある豊前小倉藩十五万石小笠原家の江戸藩邸を訪れた。兄裕太郎が何者かに殺されたというのだ。

周五郎は、当主を失った八頭司家の、そして豊前小倉藩の先行きを考えなければならず、兄の死は病死として処理される必要があった。

そこで当代藩主小笠原忠固の直用人鎮目勘兵衛に会い、兄裕太郎の死の真相を告げ、藩のためにも病死としての届け出を願い出た。

ところが、その足で藩主の忠固本人に会うこととなり、つまりは周五郎の藩内の内紛へのかかわりを余儀なくされることになるのだった。

 

一夜の夢 照降町四季(四)』の感想

 

前巻の『梅花下駄 照降町四季(三)』では、「佳乃が主人公の人情話というには無理がありそうな展開」と書いたのですが、本書『一夜の夢 照降町四季(四)』でもその言葉はそのままにあてはまりそうです。

というのも、本書冒頭早々に八頭司周五郎の兄八頭司裕太郎の死が告げられ、兄の死は小倉藩の内紛に巻き込まれての落命であったことが示されます。

そして、当然のごとく藩内抗争に巻き込まれる周五郎がいて、早晩照降町から消えなければならない定めが示唆されています。

その後、己丑の大火で焼失した照降町の復興の様子を挟みながら、結局は周五郎の活躍する姿が描かれることになります。

つまりは、佐伯泰英の他の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』(または『居眠り磐音シリーズ』)や『酔いどれ小籐次シリーズ』などの痛快時代小説と同じく、市井に暮らす浪人が、かつて仕えていた藩内の抗争などに巻き込まれ、藩主に助力してその抗争を終わらせる、という定番の物語になってしまっているのです。

 

 

それは、せっかくの佐伯泰英の新しい試みと思えた本『照降町四季シリーズ』も従来の佐伯泰英の物語と同様であり、何ら変化はなかったという他ありません。

本『照降町四季シリーズ』は、当初こそ鼻緒挿げ職人の佳乃という女性を中心にした物語であり、若干の新鮮味を感じなくもありませんでした。

しかし、結局は八頭司周五郎という浪人の物語へと変化していき、それで終わったというほかない話だったと言うしかありません。

 

本書『一夜の夢 照降町四季(四)』でこの『照降町四季シリーズ』は終わることになるのですが、どうにも微妙なシリーズというしかないと思います。

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』とは

 

本書『雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第四巻で文庫本で345頁の長編の痛快時代小説です。

何とか豊後関前藩内部の争いを終えた磐根の、自ら苦界に身を落とした奈緒を追う旅はまた江戸へと戻る旅になる、シリーズ中休みの一冊でした。

 

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』の簡単なあらすじ

 

秋の気配をただよわす西海道の峠道をいそぐ一人の若い武士。直心影流の達人、坂崎磐音であった。忽然と姿を消した許婚、奈緒の行方を探す途上、道連れとなった蘭医が因で、凶暴な異形僧たちに襲撃されることに…。些事にこだわらず、春風駘蕩のごとき磐音が、行く手に待ち受ける闇を断つ。大好評!痛快長編時代小説第四弾。(「BOOK」データベースより)

 

坂崎磐根の親友小林琴平の妹でもあり許嫁でもあった奈緒が長崎の丸山遊郭に売られていったと聞いた磐根は、安永二年(1773)旧暦七月、長崎へと向かっていた。

その長崎では、磐根らの働きで不正を明らかにされて関前藩を追放され長崎の出店にいた西国屋の襲撃を退けるが、奈緒は小倉城下に新たにできる岩田屋善兵衛の遊女屋へ売られてしまっていた。

小倉の町では岩田屋善兵衛の遊女を赤間の唐太夫がすべてさらったと聞いて、岩田屋と唐太夫との出入りに加わるが、菜緒はその前日に京の島原へと売られていた。

奈緒を追って京都へとたどり着いた磐根だったが、奈緒は京の朝霧楼から加賀金沢の遊郭へと売られた後だった。

金沢では金沢藩内部の抗争に巻き込まれかけた磐根だったが、奈緒が売られた先の一酔楼へ行くと、奈緒は江戸へと送られたという話だった。

吉原会所の四郎兵衛によると奈緒は吉原にいた。しかし、江戸町二丁目の大籬丁子屋は吉原でも一、二を争う格式の大見世であり、丁子屋が京に支払った金子は千二百両だといい、もはや磐根にはどうしようもない金額になっていた。

 

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』の感想

 

本書『雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』は、居眠り磐音江戸双紙シリーズの中休み、ともいうべき一編になっています。

前巻『花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』で磐根の活躍で豊後関前藩での抗争に終止符が打たれ、やっと磐根の個人的な事柄である奈緒の探索に移ったのですが、その菜緒は遊女として売られてどこにいるか分からないようになっていたのです。

関前の橦木町にある妓楼さのやの女将によれば、奈緒は関前から遠い地に身売りしたいと言っていたらし、女衒の言葉に従い長崎の丸山の望海楼に売られたという事実を聞き込んだのでした。

それから、長崎、小倉、京都、金沢へと辿り、ついに江戸吉原へとやってきたのです。

 

この間の様子が語られる一編となっており、いわば磐根版のロードムービーといった趣きでしょうか。

とはいえ、行く先々で奈緒が磐根に向けて書き置いた短歌が残されているなど、出来すぎに思えなくもないのですが、ともあれ痛快小説として単純に楽しめる作品です。

花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3

本書『花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第三巻の、文庫本で357頁の長編の痛快時代小説です。

前巻『寒雷ノ坂』で明らかになった関前藩国家老の宍戸文六らの横暴と直接に対決する磐根の姿が描かれる、まさに痛快小説の面白さを持った作品です。

 

花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』の簡単なあらすじ

 

安永二年、初夏。江戸深川六間堀、金兵衛長屋に住む坂崎磐音。直心影流の達人なれど、日々の生計に迫われる浪人暮らし。そんな磐音にもたらされた国許、豊後関前藩にたちこめる、よからぬ風聞。やがて亡き友の想いを胸に巨悪との対決の時が…。春風の如き磐音が闇を切り裂く、著者渾身の痛快時代小説第三弾。(「BOOK」データベースより)

 

磐根が親友二人を失った夏から一年が経とうとしていたある日、金兵衛長屋の磐根を富岡八幡宮前で金貸しとヤクザの二枚看板にしている権蔵一家の代貸の五郎造が迎えに来た。

前巻『寒雷ノ坂』で、泥亀の米次にさらわれた幸吉を探す手伝いをしてもらった際の借りを返してほしというのだった。

磐根は笹塚孫一と謀り、権蔵一家と敵対する顎の勝八が開帳する賭場に乗り込みこれを捕縛するとともに自分は用心棒たちを排除し、七、八百両の金を笹塚に渡すこととするのだった。

そんななか、上野伊織の許嫁の野衣から御直目付の中居半蔵に手紙を届けるために早足の仁助が国表から出てきたため磐根に会いたいと言ってきた。

そこで、仁助をつなぎとして中居半蔵に会うと、中居は佐々木玲圓門下でもあり、藩主の福坂実高本人の信任を得て入ることが判明し、今後はともに助力し合うことを誓う。

後日、国許の神伝一刀流中戸道場の先輩で藩主と共に江戸へ出てきた東源之丞と会い、国許へ帰ることを決心する。

 

花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』の感想

 

豊後関前藩江戸屋敷の勘定方を務める上野伊織の働きによって、関前藩国家老の宍戸文六を中心とする勢力の専横が明らかになりました。

本書『花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』では、坂崎磐根らが関前藩へと戻って活躍する姿が描かれます。

磐根の父親である豊前関前藩中老の坂崎正睦も閉門を言い渡されて動きが取れないなか、関前藩の江戸屋敷詰直目付の中居半蔵らと力を合わせ藩政改革の乗り出す磐根の姿があります。

そもそも、本シリーズの始めに親友を斬り江戸へ出ることになったのも、宍戸一派の策謀故であったことなどが明らかになるなか、磐根らの姿が爽快感をもって描かれるのです。

 

本書『花芒ノ海』の主軸はこのような関前藩に関する話ですが、その合間にヤクザの用心棒として働き、笹塚孫一に金を稼がせる様子や、酒飲みの亭主のために吉原へ女郎として売られる女性の話などの小さなエピソードが挟まれます。

そうした小さなエピソードの積み重ねが磐根の物語世界を形づくっていくのでしょうし、磐根のキャラクターを確立していく助けにもなっていると思われます。

 

ただ、本シリーズが進んでいくと磐根の印象が変化していきます。

本書『花芒ノ海』の時点では爽やかな青年剣士なのですが、ある頃から高みにいる孤高の存在のような印象になって来るのが残念です。

そうならない前の初々しい磐根を楽しみたいものです。