鼠草紙 新・酔いどれ小籐次(十三)

本書『鼠草紙 新・酔いどれ小籐次(十三)』は、『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十三弾です。

今回は俊太郎の実の父母の故郷丹波篠山への小籐次おりょう、そして駿太郎の三人での旅がテーマで、いつもとは異なった土地での活躍が描かれます。

 

小籐次一家三人は、老中青山忠裕の国許であり駿太郎の実母・小出お英の故郷でもある丹波篠山へと旅立つ。駿太郎はお英の墓に参り、実父の須藤平八郎の足跡をたどって亡き両親への想いを募らせるが、同時に養父母である小籐次とおりょうとの絆を盤石なものとした。しかしその小籐次一行を、お英の実兄・雪之丞が付け狙っていた。(「BOOK」データベースより)

 

第一章 篠山入り
文政八年(一八二五年)秋、丹波篠山ではおしんの従妹のお鈴らの篠山藩挙げての歓迎があった。お鈴の実家の旅籠に泊まった翌日、城代家老小田切越中らと会い、さらに家臣らとの立ち合うこととなる。

第二章 国三の頑張り
小籐次らのいない江戸では、久慈屋の店先に、手代の国三が作る小籐次父子の看板代わりの人形を飾ることとなった。一方、小籐次ら三人は浄土宗高仙山少音寺にある俊太郎の母親お英の墓へと参ったのち、お英の乳母お咲の従妹うねのいる柏原家へと向かった。

第三章 人形の功徳
柏原へと着いた一行は、お鈴の親戚の旅籠へと投宿した。翌日、小籐次とおりょうは俳人田ステ女の生家を訪れ、駿太郎はお鈴とともにお英の従妹うねに会う。その俊太郎をお英の兄小出雪之丞らが襲ってきた。

第四章 篠山の研ぎ師
久慈屋店頭の小籐次父子の人形には、評判を聞いた老中青山忠祐まで見物に来る始末だった。篠山城下に戻った小籐次は、城中の道場での対抗戦が十日後と迫っていた。他方、おりょうは篠山城の蔵の中で御伽草紙の「鼠草紙」に接し驚きを隠せないでいた。

第五章 八上心地流
五日後に迫った対抗戦を前に、小籐次父子だけで馬を駆って須藤平八郎を知る高山又次郎の誘いに乗って、須藤平八郎が心地流の稽古をしたであろう八上城址へと行く。そして、いよいよ江戸へと帰る三人がいた。

 

本書の主な舞台は江戸ではなく、丹波篠山です。

駿太郎の実の親である須藤平八郎とお英の故郷へ行って二人の墓に参り、小籐次とおりょうとの親子関係をより強固なものにしようとする旅でもありました。

ただ、小籐次には、老中青山忠裕からの密かな頼み事もあったのです。

 

江戸の描写が全く無いというわけでもありません。久慈屋の店先の寂しさを紛らわせようと、小籐次父子の紙人形を飾ることになり、そのことがひと騒動を巻き起こす、その姿が描かれています。

ともあれ、丹波篠山での小籐次の姿は相変わらずです。よそ者の小籐次を素直に受け入れることができない篠山藩士の様子も当然ながらあり、それに対する小籐次父子の活躍が描かれます。

 

ここで、本書に限らずではありますが、ちょっと気になったことがあります。

一つには、小籐次の言葉遣いです。一介の浪人の物言いとして、藩の家老などの高い役職に就くものに対しては別として、一般の藩士に対しての言葉遣いはこれでいいのだろうかということです。

かつては厩番でしかなかった、それも老人と言える浪人の小籐次が、藩士に対し本シリーズで描かれているような上からの物言いに聞こえる言葉遣いをしていいのだろうかと思いました。

痛快時代小説として看過できない間違いということでもなく、物語としては面白いのでまあ無視していいことなのでしょう。

もしかしたら、年寄りであるがゆえに年齢が上のものの言葉遣いとして当たり前なのかもしれません。

 

もう一つの疑問は、小籐次と俊太郎の剣の強さが半端ではないことです。勿論、子供の頃から船を漕ぎ、父親に鍛えられてきた小籐次ですから「御槍拝借」の騒動を起こすこともできたのでしょう。

とはいえ、れっきとした一藩の指南役を名乗る剣士に対しても、小籐次は何のこともなく対処し、これを倒してしまいます。小籐次と互角近くに渡り合った剣士と言えば、駿太郎の父親である須藤平八郎くらいしか覚えていません。

他にもいたのでしょうが、あまり印象にないのです。

小籐次の剣の強さは、宮本武蔵や上泉伊勢守信綱ほかの剣豪に並ぶ強さと思えるほどです。とはいえ、この疑問もあえて異を唱えるほどでもないことと思われ、単純に小籐次の強さを楽しめばいいのでしょう。

 

本書ではそうしたことよりもほかに、おりょうの関連で面白いことが書かれていました。それは「田ステ女 」であり「鼠草紙」です。

田ステ女」は実在の人で、江戸時代の女流歌人で、私も聞いたことがあった「雪の朝 二の字二の字の下駄の跡」という句は六歳の時に詠んだ句だそうです。

そして「鼠草紙」は、人間になりたい鼠が姫君と結婚するという話で、「御伽草子」の中でも絵巻物のかわいらしさから人気が高い話だそうです。

 
「田ステ女」に関しては、

 
「鼠草紙」に関しては、

をそれぞれ参照してください。
 

これらの歴史上の事柄を挟みながら、駿太郎の両親の物語と、老中青山忠裕が治める丹波篠山藩の事情が語られる話になっています。

なんとも、特別に大きな敵役が現れるわけでもなく、普通(?)に小籐次親子の話が語られるこの物語が妙な魅力を持っているのは何故でしょう。

やはり、小籐次というキャラクターの持つ魅力、そしその小籐次というキャラクターが自在に動ける世界を見事に作り出していることにあるというべきでしょうか。

今後も楽しみに読みたいシリーズです。

夏の雪 新・酔いどれ小籐次(十二)

本書『夏の雪 新・酔いどれ小籐次(十二) 』は、『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十二弾です。

特別に大きな事件が起きるわけではないのですが、小籐次というキャラクターがいいためなのか、あい変らずに面白く読み終えることができた作品でした。

 

小籐次父子は公方様に拝謁し、見事な芸を披露して喝采を浴びた。数日後、小籐次は駿太郎の乳母を務めたおさとと再会する。彼女の舅は名人と呼ばれる花火師だったが怪我を負って引退し、さらに余命数か月という。半端な花火職人の義弟が作った花火を舅に見せてやりたいというおさとの願いを知った小籐次は、一計を案じる―。(「BOOK」データベースより)

 

第一章 書院の舞
十一代将軍家斉と対面をすることとなった小籐次父子だったが、御目見えの際、将軍の御詰衆との立ち合いを避けるために、小籐次は久慈行灯とともに白の紙束を数度切り分けて座敷に夏の雪を、更には色とりどりの紙で夏の花火を見せる。

第二章 墓参り
小籐次父子の将軍家斉との対面が騒動になり仕事ができないからと、駿太郎の父須藤平八郎の墓参りに行った帰り、望外川荘で待っていたのは四十樽を超える四斗樽だった。そこで、駿太郎の乳の面倒を見てもらったおさとの義父のことを聞いていた小籐次は一計を案じる。

第三章 八右衛門新田の花火屋
息子の華吉が作った花火を見て死にたいという名人と呼ばれたおさとの義父の望みをかなえようと、小籐次は八衛門新田にある花火屋の緒方屋の六左衛門をたずねた。そして、命を懸けた俊吉の指図のもと華吉らが一丸となって墨田の花火を盛り上げることを依頼するのだった。

第四章 義兄と義弟
一方、小籐次のもとには美人局にあって困っているとの、義兄弟の契りを交わした成田屋こと市川團十郎からの相談が持ち掛けられる。その相手は悪清水の名で通っている南町奉行所非常取締係石清水正右衛門であり、奉行も困っている人物だった。

第五章 夏の夜の夢
悪清水を退けた小籐次は、おさとの義父の俊吉の指導のもと造られた花火の打ち上げを楽しみながら、老中青山忠裕のすすめに従い、おりょうと駿太郎とを連れて、駿太郎の故郷へと旅することを考えるのだった。

 

今回の小籐次では、「夏の雪」というタイトルの裏にある「夏の花火」が主なテーマになっています。

隅田川の川開きの花火をメインに据え、不景気で下火に終わるかもしれない今年の川開きをより華やかにするために小籐次が活躍する舞台を考えてあるのです。

そのために本書『夏の雪 新・酔いどれ小籐次 』は、まずは駿太郎とともに将軍家斉への拝謁という大事件から始まります。

その御目見えの場で小籐次は余興として、剣により座敷に「夏の雪」を降らせ、さらに「夏の花火」を打ち上げるのです。

また、この将軍への拝謁は、あとで花火を打ち上げるための費用捻出にも役立つ仕掛けとなっています。

 

その後、花火師親子の人情物語があって隅田川の川開きの花火となるのですが、さすがに作家の想像力は見事なもので、いかにも小籐次らしい人情物語として仕上げられています。

ただ、ここでの花火師の人情話の場面で、死期を迎えた名人と呼ばれた花火師の父親と未だ半人前の花火師でしかない息子との描写自体はあまりありません。

佐伯泰英という作家は、人物の心象を深く掘り下げ情感豊かに描写する、という手法は取らないようです。本書『夏の雪』でのこの場面でも、どちらかというと物語は淡々と進みます。

それでいて、物語全体として、小籐次の関係した話の一場面としてきれいに成立しているのですから見事です。

そして、本書『夏の雪』では市川團十郎の絡んだ事件を語ってあり、小さくではありますが小籐次の剣戟の場面もはさんで見どころを作ってあります。

 

本書『夏の雪 新・酔いどれ小籐次』は、素浪人小籐次の人情噺ここにありという話です。小籐次がその多方面にわたる顔の広さを思い知らせる一編にもなっています。

この調子で進んでいってもらいたいものです。

春淡し: 吉原裏同心抄

本書『春淡し: 吉原裏同心抄(六) 』は、吉原裏同心抄シリーズの第六弾です。

いよいよ本『吉原裏同心抄シリーズ』も最終巻となったようです。今後の神守幹次郎と汀女、麻、それに吉原の行く末はどうなるのか、今後の展開が待たれます。

 

高齢の四郎兵衛に代わり、廓を御する吉原会所の八代目頭取を誰が継ぐのか。五丁町名主の話し合いは紛糾し、画策や探り合いが始まった。新春の吉原、次期頭取候補と目される神守幹次郎を狙い、送りこまれる刺客に、張られる罠。危機を覚えた幹次郎は、故郷の豊後岡藩藩邸を訪れるとともに、ある決意を固める。吉原百年の計を思い、幹次郎の打つ、新たな布石とは。(「BOOK」データベースより)

 

寛政三年(一七九一)師走、吉原会所で開かれた町名主の集まりで神守幹次郎の八代目頭取就任についての話し合いがもたれた。当然のことながら反対意見はあり、なかでも駒宮楼六左衛門の反対は激しいものがあった。

新たな年を迎えた幹次郎らが浅草寺へと初詣に行った留守宅が襲われ、仔犬の地蔵が攫われる。しかし、同心桑原市松の助けを借り、駒宮楼の娘婿の直参旗本小普請組淀野孟太郎を倒し、地蔵を助け出すのだった。

旧藩の豊後岡藩江戸藩邸への年賀の挨拶の帰りに読売屋に自身の旧藩への復縁を漏らしてしまった幹次郎は、そのことで会所の七代目四郎兵衛から永の謹慎処分を受けることになる。

 

本『吉原裏同心抄シリーズ』も最終巻となってしまいました。

神守幹次郎の吉原会所八代目就任という思惑は、吉原の町名主全員の承諾という難題が待ち構えていて、案の定、この問題は紛糾することになります。

結局は自らが会所の頭になりたいという名主の存在がある以上は意見の一致を見ることは叶わないでしょう。

そこで本書『春淡し』では、幹次郎の八代目就任反対の旗頭である駒宮楼関係者の暗躍に対する幹次郎の姿が描かれることになります。

とはいえ、物語としての大きな流れは幹次郎の八代目就任の前に、一旦、京の島原遊郭という吉原の手本となった地へと主人公らを動かすことにあったようです。

その京への旅は一人旅なのか、それとも幹次郎の傍にはだれかいるのかが気になります。

 

京の島原遊郭を描いた作品としては、最初に思い浮かべるのは 浅田次郎が書いた新撰組三部作の一冊である『輪違屋糸里』です。

この作品は、新選組の話の中でも芹沢鴨の暗殺を中心に据えた物語であり、直接的には新選組を取り巻く女たちの物語でした。映画化もされた作品です。

 

 

そこに出てきた「角屋」という大店は今でもあります。

 

ともあれ、本書『春淡し: 吉原裏同心抄』では自らが八代目頭取になろうとする駒宮楼の主六左衛門とその娘のお美津などの画策を退ける幹次郎の姿が描かれます。

ただ、定番の構図とは言え、駒宮楼の主父娘の行動は少々雑に過ぎ、魅力的な敵役とは到底言えない存在ではあります。

その点は少々残念ではありますが、今後の展開が読めないだけに、そちらに期待が持たれます。

夢を釣る: 吉原裏同心抄

本書『夢を釣る: 吉原裏同心抄(五)』は、吉原裏同心抄シリーズの第五弾です。

長期シリーズ物に見られるマンネリの雰囲気が若干ですが見えないこともありません。それでも、多方面に活躍する幹次郎の姿は相変わらずに楽しめる作品です。

 

廓の用心棒・神守幹次郎は、姉妹の売れっ子見番芸者が、禁忌を犯し客と床入りをしているとの噂を聞く。同時に年の瀬、煤払いの賑やかな吉原で、二人の間抜けな掏摸が捕まる。二つの小さな出来事の陰には、吉原を貶める大胆な企てが蠢いていた。命を懸け大捕物に挑む幹次郎は、苦悩の果てに、新たな使命を心に誓うことになる―。急展開を迎えるシリーズ第五弾。(「BOOK」データベースより)

 

引手茶屋「山口巴屋」の女将の玉藻の懐妊の知らせがある中、神守幹次郎は局見世の初音のもとにいる桜季を五丁町へと戻す心積もりをしていた。

そうした折、引手茶屋浅田屋出入りの見番芸者の二人が吉原の決まりに反して客と床入りをしているとの話がもたらされる。

また、吉原で掏摸を働き捕まった吉祥天の助五郎らを村﨑同心が取り逃がしてしまうが、すぐに殺害されて発見される事態となった。

村﨑同心によれば、吉祥天の助五郎は中山道筋で押し込み強盗を繰り返してきた赤城の十右衛門一味の下働きをしていたらしかった。

 

五丁町へ復帰する桜季、吉原の決まり事を破った浅田屋、吉原の操りやすい村﨑同心の復帰、赤城の十右衛門らの押し込み、それに幹次郎の抱える屈託と、いつも以上に忙しく、多方面で活躍する幹次郎の姿が描かれます。

本書『夢を釣る: 吉原裏同心抄』では、多くの出来事が一度に押し寄せますが、吉原自体の一番の事件としては赤城の十右衛門一味が吉原のいずこかを押し込み先としている可能性があることでしょう。

その押し込みを未然に防ごうと調べに走る幹次郎であり、桑平市松でした。

 

新しいシリーズとなって五作目となる本書ですが、シリーズが新しくなった意味がいまだに分かりません。

確かに、花魁の“薄墨”こと加門麻が、幹次郎と汀女夫婦と共に同じ屋根の下で住むようになりましたが、それ以外のシリーズとしての変化が分からないのです。

ただ、本書で幹次郎の抱える個人的な問題が次巻で対外的に表面化し、それが大きな変化と言えば変化になるのでしょう。

ところが、本『吉原裏同心抄シリーズ』も、次の第六巻をもって一旦終わり、あたらしく『新・吉原裏同心抄シリーズ』として舞台も新たに始まっています。

勿論、江戸吉原の話はそのままに残っており、本シリーズの延長線上にある物語ではあるようです。

 

本書『夢を釣る: 吉原裏同心抄』は、そんな新しいシリーズに連なる下地を固める物語としての意味もあるようで、これまで吉原で起こってきた数々の事件なども、本書で一応の区切りをつけていると思われます。

ただ、前巻の『木枯らしの: 吉原裏同心抄(四)』で登場していた「公用人」の坂寄儀三郎という人物は本書では全く登場してきませんでした。

前巻での何となく匂わせてあった吉原の敵の存在がどうなるものか、新しいシリーズに引き継がれるものか、本書の時点では何もわかりません。

今後の展開を待つのみです。

椿落つ 新・酔いどれ小籐次(十一)

本書『椿落つ 新・酔いどれ小籐次(十一)』は、新・酔いどれ小籐次シリーズの第十一弾です。

あい変らずの小籐次の活躍ですが、少々敵役に難ありという印象の一冊でした。

 

小藤次は、久慈屋昌右衛門との伊勢道中で知り合った三吉と再会したが、彼は酒飲みで乱暴者の父親のもとで苦労していた。職人になりたいという三吉に力を貸そうとするそんな折、父親が殺された。下手人は三吉を我が物にしようとする「強葉木谷の精霊」一味。敵は人か物の怪か、三吉を守るため小藤次は死闘を繰り広げる―。(「BOOK」データベースより)

 

以下は簡単なあらすじです。

第一章 二頭の犬
前々巻「船参宮」で三吉らと共に伊勢詣でをした野良犬のシロが望外川荘の新しい家族になった。このシロは体毛は純白でクロスケとは全く対照的だったが、クロスケも難なく受け入れるようだった。その三吉が父親によって男娼に売られようとし、やはり、小籐次のもとで暮らすことになる。
第二章 三吉の迷い
腕に技を持つ職人になりたい三吉は、小籐次に錺職のお夕らの仕事を見せられ何か考え込む。ところが、三吉の父親が「強葉木谷の精霊」の名が記された木片を持ったまま殺されてしまうのだった。
第三章 森藩の奇禍
久慈屋の店頭にいる小籐次らのもとに密偵のおしんがやってきて、強葉木谷の精霊の様子を知らせて来た。一方、森藩久留島家の池端恭之介が、前巻「げんげ」で采女と逃げた国兼鶴之丞が殺されたと言ってきた。
第四章 初めての真剣勝負
国兼の葬儀を済ませた小籐次は、神奈川宿で見つかった采女らのことを処理したが、三吉が攫われてしまう。
第五章 強葉木谷の変
三吉を救い出すために小籐次と駿太郎らは品川御殿山裏の強葉木谷の精霊一味と対決すべく向かうのだった。

 

本書『椿落つ 新・酔いどれ小籐次』では、前々巻「船参宮」で登場した三吉シロとがふたたび登場し、彼らを巻き込んだ騒動が描かれ、更に前巻「げんげ」で問題になった采女国兼鶴之丞らのその後が描かれています。

 

 

采女の件は、小籐次の旧主森藩藩主久留島通嘉の火遊びのぼや消しに小籐次が駆り出された、ということであり、小籐次はただ手間を食う処理に追われます。

もう一つの事件である三吉の件は、三吉の将来にもかかわり、また強葉木谷の精霊と称するはっきりとはしない存在まで登場した一応の活劇になってはいます。

 

職人になろうとする三吉の姿はさすがにそれなりに練られ、納得のできるストーリーとしてあるのですが、その親や敵役の描写が少々中途半端に感じられました。

とはいえ、出来すぎの駿太郎や三吉など、本書に登場する子供らはよく成長しているものです。

 

小籐次が若い頃を過ごした品川近くを舞台にしている「強葉木谷の精霊」一味の、三吉が絡んだ話についてはその実態がよくわかりません。

何か敵役を登場させなければならないため、それらしき存在を作り出した、という印象が強く、敵役としてあまり存在感がないのです。

強葉木谷の精霊の手下の品川宿の呉徳という男も、単に坊主頭のどでかい男というだけですし、クライマックスに突然登場する薙刀使いの白草丸と名乗る人物などただ登場するだけです。

 

結局、本書『椿落つ 新・酔いどれ小籐次』の感想と言えば、小籐次の魅力はわかっているので、もう少し敵役を丁寧に描いてほしいといことになるでしょう。

それくらい、本書の敵役には魅力を感じませんでした。

 

次作を期待します。

木枯らしの: 吉原裏同心抄(四)

久しぶりに幹次郎を訪ねてきた左吉。身代わりで入牢した間に財産を盗まれたという。それが吉原を巻き込む陰謀の一端と想像もしなかった幹次郎だが、周囲を危難が襲う。引手茶屋・喜多川蔦屋の沽券が狙われ、会所頭取・四郎兵衛には南北町奉行から圧力が。決死の幹次郎は吉原を守るため、ある危険な賭けに出る―。冬を迎える吉原が緊迫する、シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

吉原裏同心新シリーズの第四弾です。

 

前巻まで何かと問題があった桜季もやっと立ち直りつつありました。

ところが今度は、身代わりの佐吉が幹次郎に会いに来てドジを踏んだと言ってきます。

身代わりで入牢している間に依頼人の店は畳まれており、口利きした人物は殺され、その上に佐吉が塒に貯め込んでいた金子がそっくり盗まれていたというのでした。

一方、読売屋の門松屋壱之介という男は幹次郎に、引手茶屋の喜多川蔦屋が見世仕舞いをし、そのうえ面番所の村﨑季光同心が喜多川蔦屋の新しい主の饗応を受けているという話を伝えます。

また、吉原会所の七代目頭取の四郎兵衛は南北両町奉行から頭取の辞任を示唆されたらしいのでした。

 

やっと桜季のことが落ち着いてきたと思っていた矢先、再び吉原の存続そのものに関わりかねない事件が起きます。

本書では新しく門松屋壱之介という男が登場します。この男は読売屋と板元を兼ねた仕事をしており、仕事柄かなりの情報通であり、何かと幹次郎に情報を知らせてくれます。

しかし、その正体はまだ何もわかってはいません。多分、本シリーズの今後にもかかわってくるのではないでしょうか。

この情報は当然幹次郎の出番となり、番方らにも知らせずに密かに動くことになります。

 

また、本書では喜多川蔦屋という引手茶屋が舞台となります。この喜多川蔦屋はその名が示すように、蔦屋重三郎の養家です。

蔦屋重三郎は吉原の生まれであり、山東京伝らの黄表紙・洒落本や、喜多川歌麿や東洲斎写楽の浮世絵などの出版で知られる人物です。寛政の改革で身代半減の処罰を受けたことでも知られています( ウィキペディア : 参照 )。

 

この蔦屋重三郎を描いた作品としては、例えば 宇江佐真理の『寂しい写楽』という作品などがあります。この作品は、その実像が分かっていない東洲齋写楽の正体を探る作品で、蔦屋重三郎を寛政の改革令に反旗を翻した浮世絵板元として描いています。

 

 

本書での更なる登場人物として浅草弾左衛門という人物がいます。

これまで、吉原の南西側にある「浅草溜」の車善七は何度か登場してきていました。今回はその善七をも支配していたとされる浅草弾左衛門が登場します。

浅草弾左衛門は、江戸の身分制度のなかで、被差別民の支配者として絶大な力を持っていたとされる人物です( ウィキペディア : 参照 )。

幹次郎は車善七に加え、弾左衛門までも味方につけ、次第に強大な力を身につけていくことになります。

私らの世代では江戸時代の被差別民を描いた作品としてはまず白戸三平の『カムイ伝』が思いかびます。抜け忍の物語ですが、単なる漫画を超えた意味を持つ作品として、当時の大学生などに億読まれた作品でした。

 

 

本書の敵役は直接的には「公用人」を名乗る坂寄儀三郎という人物ですが、その背景には、坂寄が仕えていると公言している老中の松平定信の姿が垣間見えます。

この松平定信が吉原の明確な敵として表舞台に出てくるものなのか、今後の展開を待つしかないと思われます。

秋霖やまず: 吉原裏同心抄

浅草御蔵前で、亡き先代伊勢亀に代わる札差の新筆頭行司がなかなか決まらない。父の跡を継いでの就任を固辞する伊勢亀の当代半右衛門の元に、不可解な企てとも取れる文が届き、幹次郎は危ぶむ。巨額の富と莫大な権力を手にする筆頭行司の座を巡り、長い秋雨にけぶる吉原の町にも陰謀が蠢き始め、狙われる西河岸の桜季、そしてついに―。大人気シリーズ第三弾。(「BOOK」データベースより)

 

「吉原裏同心抄」としてシリーズも新しくなっての第三弾となる痛快時代小説です。

 

麻のための“うすずみ庵”が完成し、新築祝いをする運びとなります。しかし、その祝いに正客の一人と考えている八代目伊勢亀半右衛門から、札差筆頭行司を受けよとの文が来ているとの相談を受けた幹次郎は、まずは文を認めた人物を調べようと桑原市松に頼むのでした。

翌日、津島道場へ行くと、赤井武右衛門という侍が道場の弟子たちを叩き伏せてしまいます。傳兵衛は札差筆頭行司の選出に関わり合いがあると考え、幹次郎はこの赤井の本名が開源総一郎ということを調べ出します。

一方、桜季の周りには不審な男たちを見るようになり、ある日桜季が誘拐され、金五百両の金を要求する文が届くのでした。

 

今回は、直接的には吉原自体のトラブルではなく、先代伊勢亀の死去に伴う出札差の新筆頭行司選にまつわる事件が描かれています。

また、サブストーリとして桜季の問題もあって、一つの事件として収斂していきます。ただ、これらの事件が吉原に敵対する一味と関連するものかどうかはよくわかりません。

とはいえ、本書はこのシリーズの中で一息ついてる話であるとは言えそうです。

 

本書では、珍しく著者自身の手による「あとがき」が付されています。

そこでは、現代の出版不況に触れたと、「現代から見た江戸世界」を描いてきた、と書かれています。

作者は、「吉原のことは全く知らない。吉原が例え『苦界』であったとしても、そこに生きてきた遊女たちの絶望や、悲哀に焦点を当てるより、『苦界』にわずかな楽しみを、救いを見出しながら生きていく『遊女たちの物語』を提供できればいい、と思っている」、と言われるのです。

こんな話、あるはずもないよな、と思いつつ一時楽しんでもらえれば作者としてこれ以上の幸せはない、とも書いておられます。

 

たしかに、本シリーズで描かれる遊女たちは、他の吉原を描いた作品で描き出される、遊女たちの減らない借金や性病ほかの病などといった現実の吉原の負の側面についてはあまり触れられてはいません。

作者としては、そうした悲哀には光を充てずに、そんな中でも生きていた遊女たちの物語を描いていると言われるのです。

 

そんな吉原の遊女の物語としては第137回直木賞を受賞した 松井今朝子の『吉原手引草』という作品が、小説としても面白い作品です。吉原の負の側面を描き出しているかといえば、疑問はありますが、一読される価値ありだと思います。

 

 

本シリーズを神守幹次郎の物語としてみたとき、まだ先が見通せません。吉原と共に生きるしかない幹次郎夫婦と加門麻という女性の生き方が、今後どのように変転していくものか、楽しみにしていたいと思います。

恨み残さじ-空也十番勝負 青春篇

直心影流の達人・坂崎磐音の嫡子空也は十六歳で武者修行に出た。最初の地、薩摩での修行を終えた空也は肥後国へと戻る。人吉城下にあるタイ捨流丸目道場の門を再び叩いた空也は、山修行を思い立ち、平家落人伝説が残る秘境・五箇荘へと向かう。その頃、薩摩では不穏な動きを見せる東郷示現流の一党が、空也に向けて次なる刺客を放とうとしていた。シリーズ累計2000万部突破の「居眠り磐音 江戸双紙」に続く新たな物語、波乱の二番勝負が開幕!(「BOOK」データベースより)

 

『空也十番勝負』の第二弾めの長編の痛快青春時代小説です。

 


 

薬丸新蔵が江戸で暴れているころ、人吉城下のタイ捨流丸目道場に世話になっていた空也は、五箇荘の山中で修行をしていた。ある山小屋で一夜を明かした空也は“くれ”と名乗る女たちと出会うが、下山途中、“くれ”は空也もろともに同行の三人の男が渡る吊り橋を落として逃げ出してしまうのだった。

なんとか助かった空也は川辺川流域の樅木へとたどり着く。地頭の佐々儀右衛門に訳を話すと、“くれ”は武一郎という男の妹のひなであり、山賊の一味となって隠し金を狙ってくるというので、空也の指揮で襲ってきた山賊一味を迎え撃つのだった。

宮原村の浄心寺家へ帰ってきた空也は、空也が東郷示現流の酒匂兵衛入道を倒したことで刺客が放たれたという眉月からの手紙を受け取る。丸目種三郎は毎夜タイ捨流の神髄を空也に教えるが、襲い来る薩摩からの刺客を倒した空也は八代へと向かう。

そのころ江戸では薬丸新蔵が磐根と立ち合い、武芸者としてその高みを知り、小梅村の道場を紹介されるのだった。

 

鹿児島の国境を守る外城衆徒という強敵を倒した空也ですが、今度は東郷示現流という新たな敵を迎えることになり、彼らが放った刺客との闘いに明け暮れることになります。

人吉の丸目道場に世話になっていた空也ですが、結局はこの刺客のために人吉を離れ、新たな土地へと旅立つのです。

 

この人吉の丸目道場というのは、時代小説、それも剣豪を描いた時代小説では結構有名な存在で、その源流を上泉伊勢守信綱の弟子である四天王の一人、タイ捨流の開祖である丸目長恵に見ることができます。丸目長恵は丸目蔵人といった方が通りがいいかもしれません。

このタイ捨流は、現在も熊本県人吉市の小田家に伝わっているそうです( ウィキペディア : 参照 )

 

本書のエピソードとして、五箇荘の山の中で出会った“くれ”という女にまつわる出来事があります。でも、この出来事自体は物語の流れの中では単なる挿話であり、本筋はやはり東郷示現流との闘いということになるのでしょう。

本来は、空也の武者修行の様子が描かれると思っていたのですが、結局は物語を通しての敵役ができたようです。その方が作者としても書きやすいのでしょうか。それとも、読者にとっても読みやすいからとそうされたのでしょうか。

『密命シリーズ』でも、当初は市井に暮らす金杉惣三郎の姿が描かれていたのですが、のちには尾張徳川家との闘いへと移っていったのも同じことなのでしょう。

 

個人的には市井の暮らしの中での主人公を見たいし、その中でシリーズを通した魅力的な敵役を設けてもらいたいのですが、それは個人的な“好み”での意見ですね。

でも、その私の好みに一番近い作品を挙げると、今のところは佐伯泰英作品の中では『酔いどれ小籐次シリーズ』であり、時代小説全体を見ると、 辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』や 野口卓の『軍鶏侍シリーズ』ということになるのです。

 

 

ともあれ、本シリーズは舞台を熊本から対馬へと移すことになります。そこではどのような展開になるものか、期待して待ちたいと思います。

げんげ 新・酔いどれ小籐次(十)

本書『げんげ 新・酔いどれ小籐次(十)』は、『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十弾の長編の痛快時代小説です。

今回は小籐次が死んだという噂が流れるとともに、そうした噂が流れる理由が関心事となります。

 

北町奉行所の年番与力が、小籐次に面会を求めてきた。極秘の依頼があるらしい。その晩遅く、酔った小籐次が嵐のなか望外川荘に帰ろうとするのが目撃される。だが翌朝、小籐次は帰宅しておらず、小舟や蓑などだけが発見された。奉行所の依頼とは何だったのか、そして小籐次は死んでしまったのか!?緊迫の書き下ろし第10弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一章 殿様の愛妾
お伊勢参りから帰った小籐次は、近習頭の池端恭之介から、旧主森藩の久留島通嘉がわりない仲になった娘の采女のことが奥方に知られたため、何とかしてほしいと泣きつかれた。小籐次は阿蘭陀宿の長崎屋へ、お納戸役の国兼鶴之丞をつけて送り込むのだった。

第二章 げんげ見物
帰りそびれた小籐次を心配して久慈屋へと様子を見に来た俊太郎は小籐次とともに久慈屋の店先で研ぎに精出すが、明日は押上村にげんげの花を見に行こうと仕事も早々に帰り支度を始めるのだった。「げんげ」とは蓮華草のことであり、翌日、おりょうらとともに押上村へとげんげの花を見に行く小籐次らだった。

第三章 妙な頼み
小籐次が北町奉行所年番方与力の米郷主水から頼まれごとをした翌日、小籐次の小船が転覆しているのが見つかり、小籐次の死去が確実となった。そこに公儀の呉服御用達後藤縫殿助の店について空蔵が、呉服師後藤家三代の奇禍について老中青山忠裕の密偵おしんが、それぞれ小籐次を訪ねてきた。

第四章 小籐次の死
俊太郎は新兵衛長屋に隠しておいた次直も金子もなくなっていることに気づき、小籐次の死について中田新八とおしんに尋ねるのだった。俊太郎はその夜から新兵衛長屋で過ごすこととしたが、案の定「今晩九つ半、芝口橋」との文が届いた。

第五章 死に損ない
九つ半近く、陣笠に羽織袴の捕物出役姿の与力が、同心二人と御用提灯を手にした小物数人を従えて久慈屋に戸を開けるように言ってきた。

 

本書『げんげ 新・酔いどれ小籐次(十)』では、小籐次の旧主である森藩の久留島通嘉の女遊びの後始末に奔走する小籐次の姿から始まります。

ただ、この藩主の尻ぬぐいの話は本筋ではなく、小籐次死亡の疑いこそが本筋の物語です。こちらの話だけで一編の物語ができそうと素人ながらに思うのですが、作者はわざわざ細かなエピソードとして挿入しています。

作者は、小籐次と旧主久留島通嘉との繋がり、それも久留島通嘉の女遊びの尻ぬぐいという下世話な世話焼きまでやるという親密さを描いておくことに意味があると思われたのでしょう。

 

ともあれ、小籐次の死亡という一大事件が巻き起こる本書『げんげ』ですが、そこにはこの事件の裏をも見通すまでに成長した息子俊太郎の姿がありました。

この作者には今では完結している人気シリーズの『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』があり、その続編『空也十番勝負シリーズ』でも磐音の息子の空也の活躍が描かれています。この続編は剣豪小説と言え、また剣の道に邁進する少年の姿を描いた青春小説とも言えそうです。

しかし、本『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の場合はあくまでも小籐次がメインであり、俊太郎はシリーズの彩りでしかありません。

とはいえ、大きな彩りであり、今後このシリーズの大きな柱となっていくことに間違いはないと思われます。

 

 

この『酔いどれ小籐次留書シリーズ』も、市井に暮らす浪人小籐次の普通の生活、という流れから、おりょうを娶り、優雅な生活を得た『新・酔いどれ小籐次シリーズ』へと変化していて、とてものことに貧乏浪人の物語からは遠ざかっています。

磐音の物語が途中から高尚な剣豪小説の趣をまとい始めたようにはならずにいてほしいと思います。本来は貧乏浪人小籐次の活躍をこそ見たいのですが、せめて現在の小籐次のままでいてほしいのです。

船参宮 新・酔いどれ小籐次(九)

小籐次は久慈屋の大旦那・昌右衛門に同道を請われ、手代の国三を供に伊勢神宮へと旅立った。昌右衛門はなにか心に秘すことがあるようだが、なかなか小籐次にも心の内を語らない。
小籐次一行は大井川で川止めにあい、島田宿に留まることを余儀なくされるが、たまたま地元の悪に絡まれていた旅籠・紋屋鈴十の隠居を助けたことから、紋屋の舟型屋敷に逗留させてもらうことになった。その間、島田宿の本陣で賭場を開き、旅人や地元の人間を餌食にしていた自称・京都所司代勘定方と、地元の悪党勢力を一掃する。
ようやく川止めが明け旅を再開することになったが、紋屋に勧められ、旅程を急ぐために船を使って海路伊勢に向かう「船参宮」をすることとなった。
その道中、そして伊勢に入ってからも、島田宿で小籐次から逃げおおせた神路院すさめと名乗る妖しい黒巫女が一行をつけ狙うが……。
昌右衛門の出生の秘密が明かされ、小籐次が留守の江戸では駿太郎が研ぎを請け負う。それぞれが人生の新たな一歩を踏み出すことを予感させる、書き下ろし第9弾。(「BOOK」データベースより)

 

新・酔いどれ小籐次シリーズの第九巻の長編の痛快時代小説です。

 

第一章 川止め
手代の国三とともに久慈屋昌右衛門の供で伊勢に向かう小籐次は、島田宿の問屋場で川止めを知らされた。立ち往生する小籐次たちは渡世人らにからまれている老爺紋屋鈴十とその孫娘らを助け、紋屋鈴十の舟形屋敷に泊めてもらうことになった。しかし、この島田宿では京都所司代勘定方の猿橋飛騨が胴元の博場が皆に迷惑をかけているのだった。

第二章 島田宿の騒ぎ
白髪の熊五郎と宮小路の猪助を倒した小籐次と鈴十は、島田宿の人が中本陣と呼ぶ久保田家に忍び込み、猿橋飛騨らも倒してしまう。ただ神路院すさめだけはいち早く逃げ出していた。鈴十の口利き状を手に遠江国の舞坂宿まで来た小籐次らは、白犬を連れた三吉らの七~八人の抜け参りの子供らに出会うのだった。

第三章 抜け参り
鈴十から船参宮という知恵を授けられた昌右衛門らは、廻船問屋の遠江屋助左衛門を訪ねた。渡し船に乗れないでいた抜け参りの子供らもともに連れて乗り込んだ龍吉主船頭の松坂丸は、途中神路院すさめに操られた二見丸に追い越されたものの、小籐次らを五十鈴川河口まで送るのだった。

第四章 内宮参拝
古市宿の御師彦田伊右衛門が代々経営する旅籠彦田屋に泊まった小籐次らは、先代の御師彦田伊右衛門大夫に会う。この旅の目的だったお円という女性のことを尋ねた昌右衛門は、お円が幸せに暮らし、十七、八年も前に亡くなったことを知る。

第五章 高麗広の女
神宮の鎮護の霊場金剛證寺に参った小籐次らを待っていたのは、弟の勉次が女にさらわれたと泣きじゃくる三吉がいた。小籐次らはシロを先導として神路院すさめから勉次を助けるべく出立するのだった。

 

今回の小籐次はかねてから昌右衛門との約束だったお伊勢参りへの旅の物語です。

昌右衛門の出自にまつわる秘密が明らかになる旅でもありますが、そのこと自体は小籐次の物語としてはあまり重要ではありません。

それよりも、お伊勢参りという江戸の庶民の一大イベントの紹介文という趣が大きい印象の物語でした。

 

そもそも本書のタイトルである「船参宮」という言葉が初めて聞いたものでしたし、他に「抜け参り」などの仕組みも紹介してあります。

「御師」とは「特定の寺社に所属して、その社寺へ参詣者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする者のこと」であり、特に伊勢神宮のものは「おんし」と読んだとありました( ウィキペディア : 参照 )

こうした「御師」や「抜け参り」などのお伊勢参りの仕組みも物語の中に組み込まれていて、つまりはトリビア的な知識も散りばめられながらも、もちろん小籐次の活躍する場面も準備された一編になっています。

 

お伊勢参りをテーマにした物語といえば、 朝井まかての『ぬけまいる』などの三人の女の道中記を描いたコミカルな物語もありました。この作品はNHKの「土曜時代ドラマ」でもテレビドラマ化されました。

 

 

新しくなった小籐次の物語も若干落ち着いてきたように感じます。つまりはこれまでの物語がそうであったように、あまり意外性や爽快感を感じにくくなってきています。

ここまで長いシリーズですからある程度は仕方がないところでしょうが、それでもなお痛快時代小説としての面白さを取り戻してほしい切に願う次第です。