椿落つ 新・酔いどれ小籐次(十一)

小藤次は、久慈屋昌右衛門との伊勢道中で知り合った三吉と再会したが、彼は酒飲みで乱暴者の父親のもとで苦労していた。職人になりたいという三吉に力を貸そうとするそんな折、父親が殺された。下手人は三吉を我が物にしようとする「強葉木谷の精霊」一味。敵は人か物の怪か、三吉を守るため小藤次は死闘を繰り広げる―。(「BOOK」データベースより)

 

新・酔いどれ小籐次シリーズの第十一弾です。

 

以下は簡単なあらすじです。

第一章 二頭の犬
前々巻「船参宮」で三吉らと共に伊勢詣でをした野良犬のシロが望外川荘の新しい家族になった。このシロは体毛は純白でクロスケとは全く対照的だったが、クロスケも難なく受け入れるようだった。その三吉が父親によって男娼に売られようとし、やはり、小籐次のもとで暮らすことになる。
第二章 三吉の迷い
腕に技を持つ職人になりたい三吉は、小籐次に錺職のお夕らの仕事を見せられ何か考え込む。ところが、三吉の父親が「強葉木谷の精霊」の名が記された木片を持ったまま殺されてしまうのだった。
第三章 森藩の奇禍
久慈屋の店頭にいる小籐次らのもとに密偵のおしんがやってきて、強葉木谷の精霊の様子を知らせて来た。一方、森藩久留島家の池端恭之介が、前巻「げんげ」で采女と逃げた国兼鶴之丞が殺されたと言ってきた。
第四章 初めての真剣勝負
国兼の葬儀を済ませた小籐次は、神奈川宿で見つかった采女らのことを処理したが、三吉が攫われてしまう。
第五章 強葉木谷の変
三吉を救い出すために小籐次と俊太郎らは品川御殿山裏の強葉木谷の精霊一味と対決すべく向かうのだった。

 

本書では、前々巻「船参宮」で登場した三吉シロとがふたたび登場し、彼らを巻き込んだ騒動が描かれ、更に前巻「げんげ」で問題になった采女国兼鶴之丞らのその後が描かれています。

 

 

采女の件は、小籐次の旧主森藩藩主久留島通嘉の火遊びのぼや消しに小籐次が駆り出された、ということであり、小籐次はただ手間を食う処理に追われます。

もう一つの事件である三吉の件は、三吉の将来にもかかわり、また強葉木谷の精霊と称するはっきりとはしない存在まで登場した一応の活劇になってはいます。

 

職人になろうとする三吉の姿はさすがにそれなりに練られ、納得のできるストーリーとしてあるのですが、その親や敵役の描写が少々中途半端に感じられました。

とはいえ、出来すぎの俊太郎や三吉など、本書に登場する子供らはよく成長しているものです。

 

小籐次が若い頃を過ごした品川近くを舞台にしている「強葉木谷の精霊」一味の、三吉が絡んだ話についてはその実態がよくわかりません。

何か敵役を登場させなければならないため、それらしき存在を作り出した、という印象が強く、敵役としてあまり存在感がないのです。

強葉木谷の精霊の手下の品川宿の呉徳という男も、単に坊主頭のどでかい男というだけですし、クライマックスに突然登場する薙刀使いの白草丸と名乗る人物などただ登場するだけです。

 

結局、本書の感想と言えば、小籐次の魅力はわかっているので、もう少し敵役を丁寧に描いてほしいといことになるでしょう。

それくらい、本書の敵役には魅力を感じませんでした。

 

次作を期待します。

木枯らしの: 吉原裏同心抄(四)

久しぶりに幹次郎を訪ねてきた左吉。身代わりで入牢した間に財産を盗まれたという。それが吉原を巻き込む陰謀の一端と想像もしなかった幹次郎だが、周囲を危難が襲う。引手茶屋・喜多川蔦屋の沽券が狙われ、会所頭取・四郎兵衛には南北町奉行から圧力が。決死の幹次郎は吉原を守るため、ある危険な賭けに出る―。冬を迎える吉原が緊迫する、シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

吉原裏同心新シリーズの第四弾です。

 

前巻まで何かと問題があった桜季もやっと立ち直りつつありました。

ところが今度は、身代わりの佐吉が幹次郎に会いに来てドジを踏んだと言ってきます。

身代わりで入牢している間に依頼人の店は畳まれており、口利きした人物は殺され、その上に佐吉が塒に貯め込んでいた金子がそっくり盗まれていたというのでした。

一方、読売屋の門松屋壱之介という男は幹次郎に、引手茶屋の喜多川蔦屋が見世仕舞いをし、そのうえ面番所の村﨑季光同心が喜多川蔦屋の新しい主の饗応を受けているという話を伝えます。

また、吉原会所の七代目頭取の四郎兵衛は南北両町奉行から頭取の辞任を示唆されたらしいのでした。

 

やっと桜季のことが落ち着いてきたと思っていた矢先、再び吉原の存続そのものに関わりかねない事件が起きます。

本書では新しく門松屋壱之介という男が登場します。この男は読売屋と板元を兼ねた仕事をしており、仕事柄かなりの情報通であり、何かと幹次郎に情報を知らせてくれます。

しかし、その正体はまだ何もわかってはいません。多分、本シリーズの今後にもかかわってくるのではないでしょうか。

この情報は当然幹次郎の出番となり、番方らにも知らせずに密かに動くことになります。

 

また、本書では喜多川蔦屋という引手茶屋が舞台となります。この喜多川蔦屋はその名が示すように、蔦屋重三郎の養家です。

蔦屋重三郎は吉原の生まれであり、山東京伝らの黄表紙・洒落本や、喜多川歌麿や東洲斎写楽の浮世絵などの出版で知られる人物です。寛政の改革で身代半減の処罰を受けたことでも知られています( ウィキペディア : 参照 )。

 

この蔦屋重三郎を描いた作品としては、例えば 宇江佐真理の『寂しい写楽』という作品などがあります。この作品は、その実像が分かっていない東洲齋写楽の正体を探る作品で、蔦屋重三郎を寛政の改革令に反旗を翻した浮世絵板元として描いています。

 

 

本書での更なる登場人物として浅草弾左衛門という人物がいます。

これまで、吉原の南西側にある「浅草溜」の車善七は何度か登場してきていました。今回はその善七をも支配していたとされる浅草弾左衛門が登場します。

浅草弾左衛門は、江戸の身分制度のなかで、被差別民の支配者として絶大な力を持っていたとされる人物です( ウィキペディア : 参照 )。

幹次郎は車善七に加え、弾左衛門までも味方につけ、次第に強大な力を身につけていくことになります。

私らの世代では江戸時代の被差別民を描いた作品としてはまず白戸三平の『カムイ伝』が思いかびます。抜け忍の物語ですが、単なる漫画を超えた意味を持つ作品として、当時の大学生などに億読まれた作品でした。

 

 

本書の敵役は直接的には「公用人」を名乗る坂寄儀三郎という人物ですが、その背景には、坂寄が仕えていると公言している老中の松平定信の姿が垣間見えます。

この松平定信が吉原の明確な敵として表舞台に出てくるものなのか、今後の展開を待つしかないと思われます。

秋霖やまず: 吉原裏同心抄

浅草御蔵前で、亡き先代伊勢亀に代わる札差の新筆頭行司がなかなか決まらない。父の跡を継いでの就任を固辞する伊勢亀の当代半右衛門の元に、不可解な企てとも取れる文が届き、幹次郎は危ぶむ。巨額の富と莫大な権力を手にする筆頭行司の座を巡り、長い秋雨にけぶる吉原の町にも陰謀が蠢き始め、狙われる西河岸の桜季、そしてついに―。大人気シリーズ第三弾。(「BOOK」データベースより)

 

「吉原裏同心抄」としてシリーズも新しくなっての第三弾となる痛快時代小説です。

 

麻のための“うすずみ庵”が完成し、新築祝いをする運びとなります。しかし、その祝いに正客の一人と考えている八代目伊勢亀半右衛門から、札差筆頭行司を受けよとの文が来ているとの相談を受けた幹次郎は、まずは文を認めた人物を調べようと桑原市松に頼むのでした。

翌日、津島道場へ行くと、赤井武右衛門という侍が道場の弟子たちを叩き伏せてしまいます。傳兵衛は札差筆頭行司の選出に関わり合いがあると考え、幹次郎はこの赤井の本名が開源総一郎ということを調べ出します。

一方、桜季の周りには不審な男たちを見るようになり、ある日桜季が誘拐され、金五百両の金を要求する文が届くのでした。

 

今回は、直接的には吉原自体のトラブルではなく、先代伊勢亀の死去に伴う出札差の新筆頭行司選にまつわる事件が描かれています。

また、サブストーリとして桜季の問題もあって、一つの事件として収斂していきます。ただ、これらの事件が吉原に敵対する一味と関連するものかどうかはよくわかりません。

とはいえ、本書はこのシリーズの中で一息ついてる話であるとは言えそうです。

 

本書では、珍しく著者自身の手による「あとがき」が付されています。

そこでは、現代の出版不況に触れたと、「現代から見た江戸世界」を描いてきた、と書かれています。

作者は、「吉原のことは全く知らない。吉原が例え『苦界』であったとしても、そこに生きてきた遊女たちの絶望や、悲哀に焦点を当てるより、『苦界』にわずかな楽しみを、救いを見出しながら生きていく『遊女たちの物語』を提供できればいい、と思っている」、と言われるのです。

こんな話、あるはずもないよな、と思いつつ一時楽しんでもらえれば作者としてこれ以上の幸せはない、とも書いておられます。

 

たしかに、本シリーズで描かれる遊女たちは、他の吉原を描いた作品で描き出される、遊女たちの減らない借金や性病ほかの病などといった現実の吉原の負の側面についてはあまり触れられてはいません。

作者としては、そうした悲哀には光を充てずに、そんな中でも生きていた遊女たちの物語を描いていると言われるのです。

 

そんな吉原の遊女の物語としては第137回直木賞を受賞した 松井今朝子の『吉原手引草』という作品が、小説としても面白い作品です。吉原の負の側面を描き出しているかといえば、疑問はありますが、一読される価値ありだと思います。

 

 

本シリーズを神守幹次郎の物語としてみたとき、まだ先が見通せません。吉原と共に生きるしかない幹次郎夫婦と加門麻という女性の生き方が、今後どのように変転していくものか、楽しみにしていたいと思います。

恨み残さじ-空也十番勝負 青春篇

直心影流の達人・坂崎磐音の嫡子空也は十六歳で武者修行に出た。最初の地、薩摩での修行を終えた空也は肥後国へと戻る。人吉城下にあるタイ捨流丸目道場の門を再び叩いた空也は、山修行を思い立ち、平家落人伝説が残る秘境・五箇荘へと向かう。その頃、薩摩では不穏な動きを見せる東郷示現流の一党が、空也に向けて次なる刺客を放とうとしていた。シリーズ累計2000万部突破の「居眠り磐音 江戸双紙」に続く新たな物語、波乱の二番勝負が開幕!(「BOOK」データベースより)

 

『空也十番勝負』の第二弾めの長編の痛快青春時代小説です。

 


 

薬丸新蔵が江戸で暴れているころ、人吉城下のタイ捨流丸目道場に世話になっていた空也は、五箇荘の山中で修行をしていた。ある山小屋で一夜を明かした空也は“くれ”と名乗る女たちと出会うが、下山途中、“くれ”は空也もろともに同行の三人の男が渡る吊り橋を落として逃げ出してしまうのだった。

なんとか助かった空也は川辺川流域の樅木へとたどり着く。地頭の佐々儀右衛門に訳を話すと、“くれ”は武一郎という男の妹のひなであり、山賊の一味となって隠し金を狙ってくるというので、空也の指揮で襲ってきた山賊一味を迎え撃つのだった。

宮原村の浄心寺家へ帰ってきた空也は、空也が東郷示現流の酒匂兵衛入道を倒したことで刺客が放たれたという眉月からの手紙を受け取る。丸目種三郎は毎夜タイ捨流の神髄を空也に教えるが、襲い来る薩摩からの刺客を倒した空也は八代へと向かう。

そのころ江戸では薬丸新蔵が磐根と立ち合い、武芸者としてその高みを知り、小梅村の道場を紹介されるのだった。

 

鹿児島の国境を守る外城衆徒という強敵を倒した空也ですが、今度は東郷示現流という新たな敵を迎えることになり、彼らが放った刺客との闘いに明け暮れることになります。

人吉の丸目道場に世話になっていた空也ですが、結局はこの刺客のために人吉を離れ、新たな土地へと旅立つのです。

 

この人吉の丸目道場というのは、時代小説、それも剣豪を描いた時代小説では結構有名な存在で、その源流を上泉伊勢守信綱の弟子である四天王の一人、タイ捨流の開祖である丸目長恵に見ることができます。丸目長恵は丸目蔵人といった方が通りがいいかもしれません。

このタイ捨流は、現在も熊本県人吉市の小田家に伝わっているそうです( ウィキペディア : 参照 )

 

本書のエピソードとして、五箇荘の山の中で出会った“くれ”という女にまつわる出来事があります。でも、この出来事自体は物語の流れの中では単なる挿話であり、本筋はやはり東郷示現流との闘いということになるのでしょう。

本来は、空也の武者修行の様子が描かれると思っていたのですが、結局は物語を通しての敵役ができたようです。その方が作者としても書きやすいのでしょうか。それとも、読者にとっても読みやすいからとそうされたのでしょうか。

『密命シリーズ』でも、当初は市井に暮らす金杉惣三郎の姿が描かれていたのですが、のちには尾張徳川家との闘いへと移っていったのも同じことなのでしょう。

 

個人的には市井の暮らしの中での主人公を見たいし、その中でシリーズを通した魅力的な敵役を設けてもらいたいのですが、それは個人的な“好み”での意見ですね。

でも、その私の好みに一番近い作品を挙げると、今のところは佐伯泰英作品の中では『酔いどれ小籐次シリーズ』であり、時代小説全体を見ると、 辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』や 野口卓の『軍鶏侍シリーズ』ということになるのです。

 

 

ともあれ、本シリーズは舞台を熊本から対馬へと移すことになります。そこではどのような展開になるものか、期待して待ちたいと思います。

げんげ 新・酔いどれ小籐次(十)

北町奉行所の年番与力が、小籐次に面会を求めてきた。極秘の依頼があるらしい。その晩遅く、酔った小籐次が嵐のなか望外川荘に帰ろうとするのが目撃される。だが翌朝、小籐次は帰宅しておらず、小舟や蓑などだけが発見された。奉行所の依頼とは何だったのか、そして小籐次は死んでしまったのか!?緊迫の書き下ろし第10弾!(「BOOK」データベースより)

 

新・酔いどれ小籐次シリーズの第十弾の長編の痛快時代小説です。

 

第一章 殿様の愛妾
お伊勢参りから帰った小籐次は、近習頭の池端恭之介から、旧主森藩の久留島通嘉がわりない仲になった娘の采女のことが奥方に知られたため、何とかしてほしいと泣きつかれた。小籐次は阿蘭陀宿の長崎屋へ、お納戸役の国兼鶴之丞をつけて送り込むのだった。

第二章 げんげ見物
帰りそびれた小籐次を心配して久慈屋へと様子を見に来た俊太郎は小籐次とともに久慈屋の店先で研ぎに精出すが、明日は押上村にげんげの花を見に行こうと仕事も早々に帰り支度を始めるのだった。「げんげ」とは蓮華草のことであり、翌日、おりょうらとともに押上村へとげんげの花を見に行く小籐次らだった。

第三章 妙な頼み
小籐次が北町奉行所年番方与力の米郷主水から頼まれごとをした翌日、小籐次の小船が転覆しているのが見つかり、小籐次の死去が確実となった。そこに公儀の呉服御用達後藤縫殿助の店について空蔵が、呉服師後藤家三代の奇禍について老中青山忠裕の密偵おしんが、それぞれ小籐次を訪ねてきた。

第四章 小籐次の死
俊太郎は新兵衛長屋に隠しておいた次直も金子もなくなっていることに気づき、小籐次の死について中田新八とおしんに尋ねるのだった。俊太郎はその夜から新兵衛長屋で過ごすこととしたが、案の定「今晩九つ半、芝口橋」との文が届いた。

第五章 死に損ない
九つ半近く、陣笠に羽織袴の捕物出役姿の与力が、同心二人と御用提灯を手にした小物数人を従えて久慈屋に戸を開けるように言ってきた。

 

今回は小籐次の旧主である森藩の久留島通嘉の女遊びの後始末に奔走する小籐次の姿から始まります。

ただ、この藩主の尻ぬぐいの話は本筋ではなく、小籐次死亡の疑いこそが本筋の物語です。こちらの話だけで一編の物語ができそうと素人ながらに思うのですが、作者はわざわざ細かなエピソードとして挿入しています。

作者は、小籐次と旧主久留島通嘉との繋がり、それも久留島通嘉の女遊びの尻ぬぐいという下世話な世話焼きまでやるという親密さを描いておくことに意味があると思われたのでしょう。

 

ともあれ、小籐次の死亡という一大事件が巻き起こる本書ですが、そこにはこの事件の裏をも見通すまでに成長した息子俊太郎の姿がありました。

この作者には人気シリーズの『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』があり、そちらでも磐音の息子の空也の活躍が描かれています。そちらは剣豪小説であり、また剣の道に邁進する少年の姿を描いた青春小説とも言えそうですが、本書の場合はあくまでも小籐次がメインであり、俊太郎はシリーズの彩りでしかありません。

とはいえ、大きな彩りであり、今後このシリーズの大きな柱となっていくことに間違いはないと思われます。

 

この物語も、市井に暮らす浪人小籐次の普通の生活、という流れから、おりょうを娶り、優雅な生活を得、とてものことに貧乏浪人の物語からは遠ざかっています。

磐音の物語が途中から高尚な剣豪小説の趣をまとい始めたようにはならずにいてほしいと思います。本来は貧乏浪人小籐次の活躍をこそ見たいのですが、せめて現在の小籐次のままでいてほしいのです。

船参宮 新・酔いどれ小籐次(九)

小籐次は久慈屋の大旦那・昌右衛門に同道を請われ、手代の国三を供に伊勢神宮へと旅立った。昌右衛門はなにか心に秘すことがあるようだが、なかなか小籐次にも心の内を語らない。
小籐次一行は大井川で川止めにあい、島田宿に留まることを余儀なくされるが、たまたま地元の悪に絡まれていた旅籠・紋屋鈴十の隠居を助けたことから、紋屋の舟型屋敷に逗留させてもらうことになった。その間、島田宿の本陣で賭場を開き、旅人や地元の人間を餌食にしていた自称・京都所司代勘定方と、地元の悪党勢力を一掃する。
ようやく川止めが明け旅を再開することになったが、紋屋に勧められ、旅程を急ぐために船を使って海路伊勢に向かう「船参宮」をすることとなった。
その道中、そして伊勢に入ってからも、島田宿で小籐次から逃げおおせた神路院すさめと名乗る妖しい黒巫女が一行をつけ狙うが……。
昌右衛門の出生の秘密が明かされ、小籐次が留守の江戸では駿太郎が研ぎを請け負う。それぞれが人生の新たな一歩を踏み出すことを予感させる、書き下ろし第9弾。(「BOOK」データベースより)

 

新・酔いどれ小籐次シリーズの第九巻の長編の痛快時代小説です。

 

第一章 川止め
手代の国三とともに久慈屋昌右衛門の供で伊勢に向かう小籐次は、島田宿の問屋場で川止めを知らされた。立ち往生する小籐次たちは渡世人らにからまれている老爺紋屋鈴十とその孫娘らを助け、紋屋鈴十の舟形屋敷に泊めてもらうことになった。しかし、この島田宿では京都所司代勘定方の猿橋飛騨が胴元の博場が皆に迷惑をかけているのだった。

第二章 島田宿の騒ぎ
白髪の熊五郎と宮小路の猪助を倒した小籐次と鈴十は、島田宿の人が中本陣と呼ぶ久保田家に忍び込み、猿橋飛騨らも倒してしまう。ただ神路院すさめだけはいち早く逃げ出していた。鈴十の口利き状を手に遠江国の舞坂宿まで来た小籐次らは、白犬を連れた三吉らの七~八人の抜け参りの子供らに出会うのだった。

第三章 抜け参り
鈴十から船参宮という知恵を授けられた昌右衛門らは、廻船問屋の遠江屋助左衛門を訪ねた。渡し船に乗れないでいた抜け参りの子供らもともに連れて乗り込んだ龍吉主船頭の松坂丸は、途中神路院すさめに操られた二見丸に追い越されたものの、小籐次らを五十鈴川河口まで送るのだった。

第四章 内宮参拝
古市宿の御師彦田伊右衛門が代々経営する旅籠彦田屋に泊まった小籐次らは、先代の御師彦田伊右衛門大夫に会う。この旅の目的だったお円という女性のことを尋ねた昌右衛門は、お円が幸せに暮らし、十七、八年も前に亡くなったことを知る。

第五章 高麗広の女
神宮の鎮護の霊場金剛證寺に参った小籐次らを待っていたのは、弟の勉次が女にさらわれたと泣きじゃくる三吉がいた。小籐次らはシロを先導として神路院すさめから勉次を助けるべく出立するのだった。

 

今回の小籐次はかねてから昌右衛門との約束だったお伊勢参りへの旅の物語です。

昌右衛門の出自にまつわる秘密が明らかになる旅でもありますが、そのこと自体は小籐次の物語としてはあまり重要ではありません。

それよりも、お伊勢参りという江戸の庶民の一大イベントの紹介文という趣が大きい印象の物語でした。

 

そもそも本書のタイトルである「船参宮」という言葉が初めて聞いたものでしたし、他に「抜け参り」などの仕組みも紹介してあります。

「御師」とは「特定の寺社に所属して、その社寺へ参詣者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする者のこと」であり、特に伊勢神宮のものは「おんし」と読んだとありました( ウィキペディア : 参照 )

こうした「御師」や「抜け参り」などのお伊勢参りの仕組みも物語の中に組み込まれていて、つまりはトリビア的な知識も散りばめられながらも、もちろん小籐次の活躍する場面も準備された一編になっています。

 

お伊勢参りをテーマにした物語といえば、 朝井まかての『ぬけまいる』などの三人の女の道中記を描いたコミカルな物語もありました。この作品はNHKの「土曜時代ドラマ」でもテレビドラマ化されました。

 

 

新しくなった小籐次の物語も若干落ち着いてきたように感じます。つまりはこれまでの物語がそうであったように、あまり意外性や爽快感を感じにくくなってきています。

ここまで長いシリーズですからある程度は仕方がないところでしょうが、それでもなお痛快時代小説としての面白さを取り戻してほしい切に願う次第です。

声なき蝉-空也十番勝負 青春篇

直心影流の達人坂崎磐音の嫡子空也は十六歳で武者修行の旅に出た。向かったのは他国者を受け入れない“異国”薩摩。そこに待ち受けるのは精霊棲まう山嶺と、国境を支配する無法集団の外城衆徒。空也は名を捨て、己に無言の行を課して薩摩国境を目指す。出会い、試練、宿敵との戦い…若武者の成長を描いた著者渾身の青春時代小説が登場( 上巻 :「BOOK」データベースより)

瀕死の状態で薩摩入りを果たした坂崎空也は前薩摩藩主島津重豪の御側御用を務めた渋谷重兼と孫娘の眉月に命を救われる。再起した空也は、野太刀流の薬丸新蔵と切磋琢磨して薩摩剣法を極めていく。そんな中、空也を付け狙う外城衆徒が再びその姿を現した。試練に立ち向かう若者の成長を描いた著者渾身の書き下ろし青春時代小説。( 下巻 :「BOOK」データベースより)

 

居眠り磐音江戸双紙シリーズ』が終了し、多分その続編として位置づけられる『空也十番勝負』の第一巻となる長編の痛快時代小説です。

 

 

朝稽古を終えた磐根のもとに薩摩藩島津家江戸藩邸用人膳所五郎左衛門からの、薩摩藩国境見廻り衆の「外城衆徒」により、若い武芸者が闘争し身罷ったとの知らせが届いた。

その少し前、浄心寺新左衛門らは、薩摩に入るために口を利かぬ行を己に課した若者に宿を貸したため、薩摩藩国境見廻り衆の「外城衆徒」らに殺されてしまう。

晩秋にいたり、若者は肥後国球磨郡宮原村の名主である新左衛門の息子の浄心寺帯刀らとともに新左衛門らの亡骸の回収をしに牛の峠へと入り、襲い来る外城衆徒らを退け、遺体を火葬に付し、旅立つのだった。

その後、若者を案じで調べに出かけた霧子が峡谷で見たものは、石卒塔婆の頂で襲い来る外城衆徒の一団を撃退しつつ、力尽きて滝壺に落下する若者の姿だった。

寛政七年の師走、渋谷重兼と十四歳の孫娘眉月は枯れ葭にに引っかかった一人の若者を見つけ看病をする。若者は記憶を断片的には失いながらも生き延びたのだった。

白木軍兵衛の名を借りた若者は、重兼らとともに薬丸新蔵の野太刀流の薬丸道場へと行き、加治木島津家の当代領主島津久微の見守る中、薬丸新蔵と本気の稽古をし、記憶を取り戻すのだった。

 

居眠り磐音江戸双紙シリーズ』は、市井に暮らす浪人を主人公とした痛快時代小説として始まったのですが、巻を重ねるにつれ物語はスケールアップをし、田沼意次や更には将軍家をも巻き込む一大大河小説へと成長してきました。

主人公の磐根も、悲惨な過去を背負いながらも明るく爽やかに過ごす素浪人として、まさに痛快小説の主人公であったのですが、襲い来る敵を倒し続ける間に、いつの間にか天下無双の剣豪へとなってしまった印象があります。

空也十番勝負シリーズ』の項でも書いたように、佐伯泰英のすでに終了していたもう一つの人気シリーズ『密命シリーズ』の主人公金杉惣三郎の影をも重ね合わせて見える気がしたものです。

 

 

ところで、本『空也十番勝負シリーズ』は、その剣豪磐根の姿を継いだ磐根の息子空也を主人公とする長編の痛快青春時代小説です。

つまりは『密命シリーズ』において金杉惣三郎の息子清之助の物語へと変貌していったように、本シリーズも磐根から空也へと主人公がバトンタッチしたとも言えそうです。

 

空也は剣の道を極めようと武者修行に出立し、まずは薩摩で示現流を学ぼうとします。そこでわが郷土熊本の南に位置する人吉から薩摩に入ろうとする空也からこの物語は始まります。

薩摩藩の国境を守る「外城衆徒」という一団との闘いは、薩摩藩内部における権力闘争とも絡み、空也をめぐり熾烈な戦いが繰り広げられることになります。

そして、そのことは薩摩示現流との闘争をも生むことになり、今後の空也の敵役として戦い続けることになるのでしょう。

 

また、青春小説としての恋模様も描かれ、空也を助け介抱した渋谷重兼の孫娘眉月との今後の展開もまた気になるところではあります。

勿論、江戸にいる磐根一家の姿も描写されていて、一度は空也の死を覚悟した磐根やおこんの悲痛な日々さえをも見ることができるのです。

とにかく、居眠り磐音の新たな物語として期待が高まるシリーズであることは間違いなく、その期待に十分に応えることができているのが本『声なき蝉-空也十番勝負 青春篇』だといえると思います。

空也十番勝負シリーズ

空也十番勝負シリーズ(2019年04月15日現在)

  1. 青春篇 声なき蝉(上・下巻)
  2. 青春篇 恨み残さじ
  3. 青春篇 剣と十字架
  1. 青春篇 異郷のぞみし
  2. 青春篇 未だ行ならず(上・下巻)

 

2016年1月に完結した人気シリーズ『居眠り磐音 江戸双紙シリーズ』の続編と言ってもいいのかもしれません。

居眠り磐音 江戸双紙シリーズ』の主人公の坂崎磐音の嫡子である空也を主人公とし、空也の武者修行の様子が描かれています。

 

空也シリーズの第一弾目の『声なき蝉(上・下)』の「あとがき」に、著者佐伯泰英氏の父親の故郷が熊本県球磨郡だとありました。

本シリーズが、まずは熊本県の南部にある今の人吉市あたりから鹿児島に入り、薩摩を舞台としていること、第二巻の『恨み残さじ』はまさに球磨郡五木村あたりを舞台としていることに納得がいったものです。

この人吉には「タイ捨流」という新陰流の流れをくむ流派があります。この流派は上泉伊勢守秀綱の弟子丸目蔵人佐を始祖とする流派であり、本シリーズにも空也が世話になる「丸目道場」として登場しています。

 

本シリーズは青春小説としての色合いよりも、この佐伯泰英という作者による金杉惣三郎とその子清之助とを主人公とする『密命シリーズ』に似ているかもしれません。

まだ数巻しか読んでいないので確たることは言えないのですが、『密命シリーズ』の金杉惣三郎・清之助親子は剣の道にストイックに邁進する剣豪小説そのものと言ってもいいと思われますが、本シリーズは同じ剣豪ものでも少し色合いが異なるようです。

やはり、空也の成長がメインであり青春小説の側面が強く、それに磐根も身を引いたわけではなく『居眠り磐音 江戸双紙シリーズ』の登場人物も顔を見せていますので、より庶民的な印象があると思われます。

 

いずれにしても、磐根シリーズのあとを継ぐにふさわしいシリーズだと思われます。

 

ちなみに、『空也十番勝負シリーズ』の第五弾『青春篇 未だ行ならず(上・下巻)』をもって、「青春篇完結!」という表示がありました。

第五弾の『青春篇 未だ行ならず(上・下巻)』が五番勝負ですので、『空也十番勝負シリーズ』の中の「青春篇」が終わるのだろうとは思いますが、この後どのような展開になるものか、ただ、楽しみに待つだけです。

夢三夜 新・酔いどれ小籐次(八)

正月。小籐次は望外川荘で新年の膳を囲んだほか、おりょうの実家に駿太郎も連れて挨拶に行き、さらには久慈屋でも祝い酒を頂戴するなど宴席続きだった。そんな中、昨年来、同行を求められている伊勢参りについて昌右衛門と相談したが、どうも昌右衛門の歯切れが悪い。なにか悩みか、心に秘めたものがあるようだ。
一方、年末年始に立て続けに掏摸を捕まえた駿太郎は、奉行所から褒美をもらうことになった。駿太郎とともに招かれた小籐次は、面倒ながらも町奉行と面会し、帆船の絵本と眼鏡を贈られた。
そんな折、小籐次は望外川荘で何者かに襲われた。小籐次は難なく撃退し、その刺客の腕を惜しんで手加減したが、刺客は口封じのため雇い主の矢に射抜かれて死んだ。しかも、その矢を見たおりょうが驚愕の声を発した。なんと、刺客の雇い主とはおりょうの実兄だったのだ。おりょうの兄は、なぜ小籐次を狙うのか。そしてその結末は――。(「BOOK」データベースより)

新・酔いどれ小籐次シリーズの第八弾です。

 

以下は簡単なあらすじです。

第一章 宴続き
文政八年(1825年)の年も明けた。俊太郎は初稽古に来た創玄一郎太や田淵代五郎とともに弘福寺の道場で稽古をしており、目覚めた小籐次もそこに現れ稽古をつけるのだった。

おりょうは、実家の北村家への年賀について、自分とは仲が悪い六歳年長の兄靖之丞が、小籐次や俊太郎に不快な思いをさせるのではと案じていいた。実際、翌二日に北村家を辞する際、靖之丞と入れ違いになった折、研ぎ屋風情の亭主を伴い、訪れてはならぬ、と言い放つのだった。

第二章 年始回り
久慈屋への年賀の折、話の出ていたお伊勢参りの同行は手代の国三だけでいいということになる。その後新兵衛長屋に寄り、お夕を連れて望外川荘へと帰った小籐次達だった。翌日、皆で浅草寺へ初詣に出かけた折り、またも晴れ着を切り、騒ぎを起こす掏摸を捕まえる俊太郎だった。、

第三章 新兵衛の風邪
初仕事に出た小籐次とお夕を待っていたのは、新兵衛が高熱を発し寝込んでいたことで、久慈屋では、昌右衛門が伊勢から帰ると隠居するという話も決まっていた。また小籐次には、俊太郎の働きに対する褒美のため奉行所へ来るようにとの連絡があった。

第四章 異国の眼鏡
後日、小籐次は俊太郎、おりょうと共に南町奉行筒井和泉守政憲のもとへと行く。和泉守は小籐次に異国性の眼鏡を渡すのだった。ところが、望外川荘へ帰った小籐次らを待っていたのは三人の浪人者だった。

第五章 夢か現か。
久慈屋で仕事をする小籐次のもとに、北村家からの呼び出しがあった。行ってみると北村瞬藍は呼んでないという。そのころ、おりょうも俊太郎を伴い板村家へと向かっていた。

 

このシリーズを読んでいてあらためて思うことは、このシリーズが小籐次の日常を描くことで成立している作品だということです。

例えばこの作者の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の場合は、当初は市井の磐根の暮らしを描いていたのですが、そのうちに田沼意次という強大な権力者との闘いに身を置く磐根の姿が描かれるようになります。

このように、巨大な「悪」と戦う主人公という図式が痛快小説のシリーズ物としては作品を描きやすいでしょうし、読み手もパターン化された物語の流れに安心感を持てるようです。

 

しかし、本書の場合はそうではなく、小籐次の日常こそが物語の骨子になっています。小籐次に日常が面白いという珍しいキャラクターになっているのです。

もちろん、小籐次には幕府老中の青山忠裕のような権力側の大物や、また久慈屋のような大店の実力者がついていて、いざという時は彼らが助けてくれるという安心感もあります。

だからこそ、上記のあらすじも書いていいのではないかと、書いてもネタバレにはならないのではないかと思った次第です。

 

痛快小説の基本はきっちりと押さえたうえでの小籐次のキャラクターです。剣を取っては一藩を相手にしても引かないというその男気が、おりょうという想い人を得、江戸の民にも受け、そしてこのシリーズの読者にも受けていると思われます。

大晦り 新・酔いどれ小籐次(七)

落馬して打撲傷を負った小籐次は、久慈屋夫妻、おりょうとともに熱海に湯治に行ったことで恢復し、以前と変わらぬ生活を送れるようになっていた。
そんなある日、瀬戸物町で火事騒ぎが起こり、そのさなかに料理茶屋の娘が行方知れずになった。そもそも火事騒ぎはどうやら付け火で、焼け跡から二人の男の焼死体が出ており、男たちは御庭番だという。火をつけた上に金を盗む賊徒たちを追って、逆に殺されたようだ。そして行方知れずの娘は、その現場を目撃したことで攫われたのかもしれないという。
町奉行所も火付盗賊改も御庭番を殺した賊徒の探索を優先しており、行方知れずの娘には関心がない。老中・青山の意を受けたおしんに口説かれ、小籐次は娘の救出に乗り出す。その結果、小籐次は〝陰の者〟たちと死闘を繰り広げることになった――。
新シリーズ書き下ろし、第7弾。 (「BOOK」データベースより)

 

新・酔いどれ小籐次シリーズの第七巻の痛快長編時代小説です。

 

師走のある日、瀬戸物町での出火跡から、喉を断ち切られた二人のお庭番の焼死体が見つかる。密偵おしんに連れられその焼け跡へと赴いた小籐次だったが、九十年前の八代将軍吉宗の時代に由来するといわれる現在のお庭番十九家の表面的な来歴しか教えてくれない。

おしんや中田新八が仕える老中青山忠裕にこの事件の詳しい話を聞いた小籐次は、この火事の後行方不明となっている一人の娘がいると聞き立ち上がるのだった。

 

本書のストーリーは単純です。

きっかけは一件の火事ですが、そこで一人の娘が行方不明になり、その娘を助けるために小籐次が活躍する、それだけです。ただ、この事件の背景に老中をも巻き込んだ隠された事情があったというのです。

映画やドラマ、それに小説も含め、面白い物語というものは、基本となる物語の流れは単純であって、その単純な物語にいかに肉付けがなされているかにかかわってくる気がします。

その言う意味では、本書は典型的な面白さを持った物語だといえます。単純に一人の娘を助けるそのことにひたすら突き進む小籐次の姿があり、そこに八代将軍吉宗由来のお庭番などの伝記小説的な色合いが付加されているのです。

 

まあ、もともとこのシリーズのファンである私の感想なので多分に割り引いてもらわないといけないかもしれませんが、面白い作品として仕上がっていると思います。