恋のライバルは草でした(マジ)。洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?道端の草も人間も、必死に生きている。世界の隅っこが輝きだす傑作長篇。(「BOOK」データベースより)
端的に言えば、本書は三浦しをんらしさにあふれた、植物学という学問の世界を背景にしたとある女性植物学者の研究の様子を紹介した作品です。
そして、本書は2019年の本屋大賞にノミネートされた長編の長編の青春恋愛小説でもあります。
ただ、残念ながら私の感性とは少々異なる作品でした。
三浦しをんという作家は、綿密な取材をもとにある専門的な分野を素人にもわかりやすく紹介しながら、面白い物語を紡ぎ出してくれる作家です。
その作家が今回選んだのは、植物学という分野でした。その植物学のなかでも全ゲノム解析が終了している「モデル植物」であるシロイヌナズナの研究が取り上げられ、その研究に没頭するT大学の院生本村紗英の姿が描かれます。
ただ、主人公はもう一人います。T大学近くの洋食屋「円服亭」でコック見習いをしている藤丸陽太という若者です。
この藤丸が店の客でもあった本村に恋をするのです。
しかし、この作者の他の作品、例えば『神去なあなあ日常』、『舟を編む』などと比べると、面白さという点で個人的には評価の低い作品でした。
これらの作品は、物語自体が読者を引き付ける面白さを持った作品であり、『舟を編む』に至っては本屋大賞を受賞しています。
ところが、本書も2019年の本屋大賞にノミネートされているほどに評価をされている作品であるにもかかわらず、これらの作品ほどには感情移入することはできなかったのです。
確かに、本書の場合、本村紗英が属する研究室の教授である「神経質な殺し屋みたいな外見」の松田賢三郎を始め、研究室の川井や、岩間、加藤といった登場人物たちは個性的であり、魅力的です。
でも、植物学というあまり身近でない分野が対象であるためか、今一つ関心を持てませんでした。
葉っぱが大きくなる仕組みを知りたいと、シロイヌナズナという植物の四重変異体を作り出す過程を説明されても、読者として関心を持てないのです。
『神去なあなあ日常』での林業や、『舟を編む』での辞書の編纂作業ほどの関心を持てればよかったのでしょうが、こればかりは仕方ありません。
それに、本書『愛なき世界』の場合、ストーリー自体の展開にそれほど波がない、という点も私の心に響きにくかった理由の一つだと思われます。
なにせ、全部で447頁という本書の殆ど四分の三を占める本村紗英の視点の部分では、シロイヌナズナに関する実験の過程が語られるのであり、物語としてのストーリー展開は事件結果の進展のみと言ってもいいほどなのです。
本書の冒頭100頁近くは、もう一人の主人公藤丸陽太の視点で語られています。この部分には、藤丸自身の来歴を紹介しながら、本村との出会い、そして本書の本筋である本村の研究へと導く役割があります。
ここらは青春恋愛小説として気楽に読み進めていたのですが、藤丸から本村へと視点が移り変わるとともに、テーマは恋愛から研究へと移ります。
藤丸は本村の研究の行き詰まりなどの場面で、藤丸の気楽さゆえになされる助言などでその存在感を発揮することになります。
でも、本村の主眼はあくまでシロイヌナズナの変異体の作成であり、藤丸の存在は脇へと退き、読者の関心は植物を通しての生物の生命の不思議へと導かれていきます。
そして終わりの50頁程はまた藤丸の視点に戻り、彼らのこれからへとつながっていくのです。
本書が2019年の本屋大賞にノミネートされたということは、それだけ書店の方々の支持があったということですが、残念ながら本書に限っては私の感覚とは一致しなかったようです。。
先に述べたように、本村紗英という植物学者とその植物学者に恋をした藤丸陽太というコック見習いとの恋模様を描いた作品、だと思っていましたが、そうではなかったのです。
三浦しをんが好きな読者にはそれなりに受け入れられる作品だとは思いますが、それ以上のものだとは思えなかったということです。