鎌倉の片隅でひっそりと営業をしている古本屋「ビブリア古書堂」。そこの店主は古本屋のイメージに合わない若くきれいな女性だ。残念なのは、初対面の人間とは口もきけない人見知り。接客業を営む者として心配になる女性だった。だが、古書の知識は並大低ではない。人に対してと真逆に、本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも、彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。これは“古書と秘密”の物語。 (「BOOK」データベースより)
本書は、「ビブリア古書堂の事件手帖シリーズ」の第一作目であり、著者の書物に対する愛情と、膨大な知識量とが明瞭に読みとれる、そして軽く読めるのですが、読後はしっかりとした手ごたえを感じることができるミステリー小説です。
第一話 夏目漱石『漱石全集・新書版』(岩波書店)
第二話 小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』(新潮文庫)
第三話 ヴィノグラードフ・クジミン『論理学入門』(青木文庫)
第四話 太宰治『晩年』(砂子屋書房)
「エピローグ」
高校生の五浦大輔は、北鎌倉駅近くの古書店で一人の女性を見かけ心惹かれます(プロローグ)。
幼い頃のトラウマから本を長い時間読むことがでいないという奇妙な体質になっている五浦大輔は、母親の言いつけでビブリア古書堂へと出かけ、祖母の遺品である『漱石全集』に記載されている漱石のサインの鑑定を頼みます(第一話)
入院先まで店主の篠川栞子を訪ねますが、サインは多分祖母の手による偽物だと指摘されます。しかし、叔母から祖母と祖父との話を聞き、自分に関係する秘密が隠されていることを知った大輔は、栞子を見舞いそのことを話しますが。栞子からはビブリア書店で働くことを持ちかけられるのでした。
ビブリア古書堂で働き始めた大輔です。この店の常連だというせどり屋の志田が文庫本『落穂拾ひ』を女子高校生に盗まれ、その本を捜して欲しいとやってきます。入院中の栞子は大輔に、志田が文庫本を主まれたときの状況を詳しく調べるように指示します(第二話)。
次いで、店には坂口という初老の男が現れ、古びた『論理学入門』という文庫本の査定を頼んできますが、その売却には隠された秘密がありました。その後坂口の妻という女性がその本を返してほしいと言ってきますが、そこに現れた坂口本人は、本の売却に隠された自分の過去の秘密などを妻に明かすのです(第三話)。
その後、大輔は栞子から、栞子が所持する大変貴重な、太宰治の『晩年』、それも署名入りでアンカットの初版本を譲れという大庭葉蔵という男から、石段から突き落とされた事実を明かされます(第四話)。
大輔は、就職試験の帰りに栞子に会い、『晩年』の事件の解決後に、本を読めない自分にその内容を離して欲しいと頼むのでした(エピローグ)。
本書で取り上げられている作品は全部で四冊ありますが、 漱石も太宰もその名前を知っているだけで作品は読んだことがありません。勿論他の二冊は作者の名前すら知りませんでした。
これらの書物をテーマに書物の絡んだミステリーが展開されるのですから、本書の著者の書物に対する知識は推して知るべしというところでしょうか。資料の読みこみも膨大な数に上ったであろうことは容易に推測できます。
本書の特徴は本がテーマであることに加え、主人公の篠川栞子や五浦大輔、それにせどり屋の志田らの人物像も丁寧に、それでいながらいわゆるライトノベルというジャンルに分類される小説であるからなのか、会話文と改行が多く、テンポよく読み進めることができることでしょう。
いわゆる人情小説によく見られるような情緒豊かな作品ではありません。どちらかというと、大輔の一人称で進む本書は、情景描写や大輔ら登場人物の心象はあまり描かれていません。
でありながら、軽薄感はなく、先に述べたように読後感は読み応えのある作品として仕上がっています。この作品の持つ全体の雰囲気としては、文字通り古書店のもつ落ち着いたたたずまいすら持っていると言えます。
今後、各巻で提示される書物にまつわる謎が解決されていき、加えて栞子の生い立ちや母親との確執、それに登場人物らそれぞれの生活背景や、思いもかけない繋がりまでも展開していき、本巻での書物にまつわる謎を解決していく物語という印象は少しずつ変貌していきます。
まあ、大輔の書物を読めないという体質の原因や、人間関係の意外な複雑さなど、首をひねる点が無いとは言いませんが、シリーズ全体の流れからすれば大したことではない、と割り切って読み進めれば、かなり面白く読むことができると思います。