『初陣 隠蔽捜査3.5』に続く、『隠蔽捜査』シリーズのスピンオフ作品で、このシリーズの様々な登場人物の視点で描かれた、全7編からなる短編集です。
「漏洩」 貝沼副署長自身も報告も受けていない、誤認逮捕さえ疑われる連続婦女暴行未遂事件の記事が東日新聞に載っていた。竜崎署長の耳に入る前に解決しようとする貝沼副署長だったが・・・。
「訓練」 警視庁警備企画係の畠山美奈子は、大阪府警本部に行き、スカイマーシャルの訓練を受けるようにとの指示を受けた。しかし、キャリアの、しかも女性である畠山に対して、現場の人間の対応は冷たく、心が折れそうになる。
「人事」 第二方面本部の野間崎管理官は、新本部長として赴任してきた弓削篤郎警視正の、新たな職場について「レクチャー」を受けたいとの要望に対し、問題のある警察署として、竜崎の勤務する大森署の名を挙げるのだった。
「自覚」 大森署刑事課長の関本良治は、強盗殺人事件の現場で警視庁捜査一課長らと臨場しているところに発砲音が聞いた。大森署の問題刑事である戸高が発砲したというのだ。
「実施」 大森署地域課長の久米政男のもとに、突然、刑事課長の関本が、「地域課のばか」が犯人に職質をかけて取り逃がした、と怒鳴りこんできた。職質をかけたのは研修中の新人であり、地域課と刑事課との全面的な喧嘩にもなりかねない事態となる。久米は職を賭しても新人を守ろうと決意する。
「検挙」 大森署刑事課強行犯係長の小松茂は、警察庁からの通達として検挙数と検挙率のアップを申し渡されるが、戸高からは「どんなことになっても知りませんよ。」との言葉が返ってきた。
「送検」 警視庁刑事部長の伊丹俊太郎は、大森署管内で起きた強姦殺人事件の捜査本部に臨席し、被害者の部屋の中から採取された指紋と、防犯カメラの映像などから逮捕状請求とその執行とを指示した。しかし、竜崎に連絡を取ると「それでいいのか?」という質問が返ってきた。
この物語の各短編は、中心となる人物の目線で語られます。そして、登場人物それぞれの立場や人間性に基づいて個々の難題に直面し、行き詰るのです。その絡まってしまい、解きほぐすことのできない糸が、最終的に竜崎署長のもとに持ち込まれると、いとも簡単に解きほぐされてしまいます。それはまるで、黄門さまの印籠のようでもあります。
それはあまりに都合が良すぎると感じる側面も確かにあります。しかし、その都合の良さでさえもこの作者の手にかかると小気味良さへと変化し、実に面白い短編に昇華してしまうのです。
何より、この物語は、本体である『隠蔽捜査』シリーズの世界観を立体的なものとし、シリーズの世界に奥行きを持たせてくれています。スピンオフ作品のもつ効果が最大限に発揮され、本書自体の面白さと相まって、より世界観の広がる作品として仕上がっていると感じます。