マル暴ディーヴァ

マル暴ディーヴァ』とは

 

本書『マル暴ディーヴァ』は『マル暴シリーズ』の第三弾で、2022年9月に刊行された、350頁の長編の警察小説シリーズです。

本書ではまた新しいキャリア警察官も登場し、ユーモアに満ちたこのシリーズの作品世界も安定してきてさらに面白く感じた作品でした。

 

マル暴ディーヴァ』の簡単なあらすじ

 

弱気なマル暴刑事・甘糟達男は、コワモテの上司・郡原虎蔵と、麻薬売買の場と噂されるジャズクラブに潜入する。惚れ惚れするような歌声を披露する歌姫・星野アイの正体はまさかのー!?“任侠”シリーズの阿岐本組の面々や警視総監も登場、事態は思いがけない展開にー。(「BOOK」データベースより)

 

甘糟が『任侠シリーズ』の阿岐本組での情報収集から帰ると、仙川係長からジャズクラブ「セブンス」への銃器・薬物班のガサ入れを手伝うように言われた。

甘糟と郡原が下見に行った「セブンス」では、女性ボーカルの星野アイの歌が素晴らしいもので、意外なことに群原がジャズに詳しく、何よりその店に警視総監がお忍びで来ていたのだ。

その後「セブンス」にガサ入れをするが空振りに終わった後、警視総監から呼び出しがあり「セブンス」へ戻ると、「セブンス」のオーナーでマスターが警察庁のOBであることを知らされる二人だった。

そのオーナーによると、シマジ不動産の島地という男が「セブンス」を手に入れたいらしく、嫌がらせにやったことだろうというのだった。

 

マル暴ディーヴァ』の感想

 

本書『マル暴ディーヴァ』は新しい人物も登場してくる『マル暴シリーズ』の第三弾であって、シリーズの他の作品と同様に軽く読めて、その上面白いという今野敏らしい作品でした。

 

登場人物としては、主人公の北綾瀬署刑事組織犯罪対策課・組織犯罪対策係の甘糟達夫巡査部長、そしてその甘糟は先輩刑事である郡原虎蔵とコンビを組んでいることは同じで、上司が仙川という係長です。

この係長が前巻も登場していたかは手元に本がないため不明で、分かり次第更新します。

また、ガサ入れに行った先の「セブンス」というジャズクラブで新しい人物が登場します。

一人目が、その店の歌姫(ディーバ)の星野アイという歌手で、本名は大河原和恵という警察庁刑事局捜査支援分析管理官である現職のキャリア警察官です。

加えて、この星野アイが歌っていたジャズクラブ「セブンス」のオーナーが警察庁OBである谷村政彦元警視監であって、これに前巻の『マル暴総監』に登場した栄田光弘警視総監まで客として登場します。

ただ、この大河原と谷村という現・元の両キャリアは今後もこのシリーズの常連となるかはいまだ不明であり、ですからジャズクラブ「セブンス」の相沢孝典というバーテンダーもこの後登場するかは不明です。

他に新たに、キャリアではない東美波巡査という交通課の巡査まで加わっていますが、この人物も同様レギュラーとなるかは不明です。

 

さて、本書『マル暴ディーヴァ』の物語の流れですが、基本的には「セブンス」というジャズバーの乗っ取りを企てているシマジ不動産の島地進の思惑を潰し逮捕することが目的です。

スピンオフである本シリーズの本編の『任侠シリーズ』に登場する阿岐本組の代貸日村誠司によれば、このシマジ不動産は佐木山組のフロントだということでした。

そこに、島地と一緒に「セブンス」にやってきたのがフラットラインというラウンジのオーナーである斉木一という男です。

この斉木を手掛かりに、島地が隠しているであろう薬物を見つけ、逮捕に持ち込もうというのです。

 

その過程で、所轄の綾瀬署署員である甘糟や群原と、島地を挙げたい綾瀬署銃器・薬物犯罪対策班班長の金平行雄らと、警視庁薬物銃器対策課の宮本達とが協力し捜査に当たるのです。

その過程で、自分の実績になるか否かだけに関心がある上司の仙川係長の思惑なども絡み物語は進みます。

本『マル暴シリーズ』は、マル暴、つまりは暴力犯対策班に属してはいるものの、気が弱く、出世には全く関心がない甘糟が結果的に事件解決に役に立つ働きを見せるというギャップこそが眼目です。

ただ、物語自体はまさに警察小説であり、事件解決に警察官たちが奔走する姿が普通に描かれています。

そこに、『任侠シリーズ』の阿岐本組の組員たちがほんの少しだけ顔を見せ、甘糟の情報収取の手伝いをする、というのがパターンになっているようです。

 

そんな中、本書『マル暴ディーヴァ』では、前巻『マル暴総監』で登場してきた栄田警視総監に加え、大河原和恵という警察庁刑事局捜査支援分析管理官と、警察庁OBである谷村政彦元警視監という二人のキャリアと元キャリアが新たに登場し、変な物語世界に色を添えています。

彼らが今後本シリーズのレギュラーになるかは不明ですが、少なくともユニークな登場人物であることは間違いないでしょう。

普通は嫌われ者として描かれることが多いキャリア警察官ですが、『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎にも見られるように、今野敏という作家の作品ではキャリアはそれなりに優秀な存在としてその意義を認め、登場させることが多いようです。

その中で、ユーモアに包まれた本書の存在は楽しく読める警察小説として希少価値があると言えると思います。

 

そんなユニークなキャリア警察官が存在する一方、作者の今野敏は、群原のような現場で地道に働く警察官のおかげで日本は高い犯罪検挙率を誇っていることを示しています。

主人公である甘糟が、群原たちの存在を認めながら、では「僕みたいな刑事が検挙率を下げているんだろうか。」と自問する姿はほほ笑ましくも、軽く胸を打ちます。

 

今後、本『マル暴シリーズ』どのように展開するかは不明ですが、『任侠シリーズ』と同様に、本シリーズの更なる展開が読めることを願い、続巻を待ちたいと思います。

マル暴シリーズ

マル暴シリーズ』とは

 

本『マル暴シリーズ』は、今野敏の『任侠シリーズ』に登場するマル暴刑事甘糟達夫を主人公としたスピンオフシリーズです。

『任侠シリーズ』の登場人物も少しだけ登場し、『任侠シリーズ』と同じようにユーモアたっぷりではあるものの、警察小説としても面白く読みやすい作品です。

 

マル暴シリーズ』の作品

 

マル暴シリーズ(2022年10月26日現在)

  1. マル暴甘糟
  2. マル暴総監
  1. マル暴ディーヴァ

 

マル暴シリーズ』について

 

本『マル暴シリーズ』は、今野敏が『任侠シリーズ』の続編を書くにあたりネタに困って、マル暴の刑事にしては気が弱く、上昇志向もない甘糟というキャラクターが目につき、彼を主人公にした新しい作品を書くことになったそうです( Jnovel : 参照 )。

そこで『任侠シリーズ』のスピンオフとして『マル暴甘糟』という作品が生まれ、それがシリーズ化されたものです。

 

登場人物としては、主人公がマル暴刑事らしからぬ甘糟達夫であり、そして甘糟の先輩刑事で相棒でもあるベテランの郡原虎蔵が甘糟をこき使いながらも、やる気の無さそうな甘糟の捜査を助けます。

彼らの上司として第三巻『マル暴ディーバ』では仙川修造係長がいますが、この人物はとにかく成果を挙げたがり、逮捕状請求にしても自分の実績になるか否かが判断の基準となる人物です。

ただ、シリーズ第二巻の『マル暴総監』以前も同じ上司だったかは手元に本がないため確認できませんでした。

 

ほかにシリーズを通してみると、第二巻『マル暴総監』で登場する栄田光弘警視総監が重要です。

さらには第三巻『マル暴ディーバ』では、警察庁刑事局捜査支援分析管理官の星野アイこと大河原和恵や、警察庁OBの谷村政彦元警視監などが登場します。

そして忘れてはならないのが、日村を始めとする阿岐本組の面々が少しだけ顔を見せ、甘糟との絡みを見せてくれることです。

このちょっとだけの阿岐本組の組員が顔を見せることで、両シリーズが同じ物語世界で展開されていることが確認できます。

 

本『マル暴シリーズ』は、現職の警視総監であったり、警察庁の管理官などのキャリアが登場し始め、何となく当初のシリーズの印象とは異なってきています。

でも、軽いユーモアのなか繰り広げられるそれぞれの物語は楽しく読むことができるシリーズ作品として仕上がっています。

続巻が楽しみなシリーズです。

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第二弾で、1998年3月に幻冬舎から単行本が刊行されて、2007年9月に384頁で新潮社から文庫化された、長編の警察小説です。

警察小説と言うよりは家族小説と言った方が適切かもしれないと思わせるほどに家族の問題が語られていますが、それでもなお、樋口警部補の活躍が見ものでした。

 

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

あの日、妻が消えた。何の手がかりも残さずに。樋口警部補は眠れぬ夜を過ごした。そして、信頼する荻窪署の氏家に助けを求めたのだった。あの日、恵子は見知らぬ男に誘拐され、部屋に監禁された。だが夫は優秀な刑事だ。きっと捜し出してくれるはずだー。その誠実さで数々の事件を解決してきた刑事。彼を支えてきた妻。二つの視点から、真相を浮かび上がらせる、本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

ある日、氏家との飲み会を終え家へと帰りつくと、妻の恵子の不在に気が付く。

恵子が黙って家を空ける筈もなく、しかし恵子を探そうにも実家以外どこを探していいのか分からず、所轄の警察署に尋ねてもなんの事故も起きていないという。

他を探そうにも、自分が妻のことを何も知らないことに驚く樋口だった。

とりあえず妻が見つからないままに、捜査一課第一強行犯係官の天童隆一警部補から、警備部長の自宅に脅迫状が届いたという話を聞かされ、樋口が担当するようにと言われる。

脅迫事件の捜査開始まで時間が限られる中、氏家の力を借りて妻の姿を探し始める樋口だった。

 

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は、妻の失踪という主人公の樋口顕警部補の個人的な事柄だけで物語が進んだと言ってもいいかもしれません。

妻の失踪について事件性があるかどうかもわからずに誰にも相談できないまま、警備部長のもとに届いた脅迫状の捜査を抱えざるを得ない樋口の苦悩が描かれます。

 

結局、樋口が現時点でできることは、捜査本部が置かれる月曜日までに妻恵子の行方を探し出すしかないのであり、一人では何もできないため荻窪署の氏家の力を借りることにするのです。

本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』では、この氏家との二人だけの捜査の過程での樋口と氏家との会話がメインになってきます。

その中で、家族という存在にあらためて向き合い、考える樋口の姿が本書の主要テーマということになると思われます。

従って、何らかの事件が起き、その捜査の過程で浮かび上がる犯人探しや、よく分からない犯行手段の解明などという通常の警察小説とのその趣を異にします。

 

ただ、本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』でも樋口の妻恵子を誘拐したのは誰か、という点は解かれるべき謎としてあるといえばあります。

しかし、誘拐犯は早々に明かされ、焦点はどのようにして妻の所在を確かめるか、という点に移ります。

というよりも、妻の所在場所の発見、という一点が警察小説としての面白さを残しており、読みがいもあると言えるのです。

 

加えて、樋口の考える家族という存在に対する考えもまた見どころだと言えるのではないでしょうか。

前巻では、樋口の考えの根幹として団塊の世代に対する作者の思いを樋口に代弁させていましたが、同様に、家族というものに対する作者の思いをまた代弁していると言えるのでしょう。

そして、子供に対する躾ということもその考察の中に展開されていて、この点が作者が一番言いたかったことではないか、と思われるのです。

即ち、大人になり切れていない子供に対する悲しみであり、それは「大人が子供を躾けられない」ということの裏返しでもあると思われるのです。

努力が報われないこともあることを理解できない、大人になり切れない子供という存在を嘆いているのです。

 

そうした作者の思いを乗せて本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は展開されます。

妻に対する自分の認識の薄さを実感する樋口は、世の中の多くの男性にも当てはまる事柄であり、その点でも共感を得るのかもしれません。

このように、普通の警察小説とは異なる物語の進め方ではあるものの、小気味よい会話に乘って展開する本書のストーリーは、やはり今野敏の物語であり、それなりに面白い作品でした。

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第一弾で、1996年6月に幻冬舎からハードカバーが刊行され、2007年6月には新潮社から香山二三郎氏の解説まで入れて436頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

犯行現場から逃走する姿を目撃された一人の少女をめぐる樋口顕刑事の活躍を描く、人間味豊かな警察小説で実に面白く読んだ作品でした。

 

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査一課強行班の樋口顕警部補は東京・荻窪で起きたデートクラブの支配人の刺殺事件を追っていた。目撃者によると、事件後、現場から逃走する少女の姿があったという。捜査本部はその少女「リオ」に容疑を深めるが、樋口は直感から潔白を信じる。だが、「リオ」の周囲で第二の殺人が…。刑事たちの奮闘をリアルに描いた長編本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

マンションの一室でデートクラブの経営者が殺され、美少女が逃走する姿が目撃されていた。

警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補も荻窪署に設置された捜査本部に加わることとなり、荻窪署の植村というベテラン刑事と組み、予備班に入れられることとなる。

事件現場で目撃された美少女は、名をリオということは判明するものの、その所在がつかめないままに、第二、第三の事件が起きてしまうのだった。

 

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第一弾作品です。

本書冒頭で起きた殺人事件の現場から逃げる姿を目撃された重要参考人の美少女リオをめぐる樋口警部補らの対応が焦点になっています。

捜査本部はリオこと飯島理央を犯人だとする意見にまとまる中、樋口はリオのことを信じ、何とかその疑いを晴らすべく行動するのです。

 

本書の主人公である警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補は、謙虚であり自己評価が低く常に他人の顔色を窺っているキャラクターとして紹介されています。

そして荻窪署の生活安全課に所属する三十八歳になる氏家譲巡査部長は、そんな樋口の相棒のような存在として樋口の思考を補完し、樋口の考えに同調して真犯人の探索に力を貸すことになります。

捜査の過程で樋口はリオの美しさに惹かれリオをかばう態度を見せるのですが、この様子を見た氏家は樋口はリオに女として惚れている、といい、この視点が本編を貫いています。

 

樋口自身は、自分たちは既存の価値観の破壊だけをした全共闘世代の後始末をさせられている、との考えをもっています。

そして抑制がなくなった団塊の世代の離婚ブームがあり、その一環として離婚して新しい妻の機嫌を取ることに夢中のリオの父親の子に対する無関心があるというのです。

そんな樋口に対し、駆けだし刑事であった樋口に捜査のイロハを教えてくれた先輩刑事の警視庁捜査一課強行犯第一係係長天童隆一警部補は、樋口は自分の感情よりも責任や義務というものを大切にしようとしていると言います。

真面目に生きていて女性に対する免疫もない樋口のリオに対する、純粋で複雑な思いを心配しているのです。

同じような思いを抱いていた氏家も樋口の純粋さを大切に思い、樋口と氏家はシリーズを通して長い付き合いとなっていきます。

 

こうして本書は、ミステリーとしての犯人探しの醍醐味と共に、リオという美少女に対する樋口の複雑な心情を背景にしつつ、登場人物たちの人柄までも描いている点に魅力を感じることができるのです。

それは、今野敏作品の魅力の一端が本書にも表れている、ということもできるかもしれません。

 

ここでの樋口と氏家という二人を見ていると、先に出版されていた『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志と交通機動隊の速水直樹小隊長との関係を思い出します。

両刑事ともに他人の目を必要以上に気にすることや、安易な妥協を許さず一般市民を守るためには権威と衝突することも辞さないなどの共通点が見えるのです。

とは言っても、樋口警部補のほうがより自己評価が低く、他人の評価が気になる性格だとは言えるかもしれません。

ただ、今野敏の警察小説では、以上のような謙虚で自己評価が低い主人公と、若干型破りの側面も持つその友人という組み合わせはよく見られると言えます。

そしてこの関係性は、『隠蔽捜査シリーズ』のキャリア警察官である竜崎伸也警視長と刑事部長の伊丹の関係性へと繋がっていくのだと思います。

本書では、こうした登場人物の性格についての考察があり、細かな人物像を作り上げ、単なる謎解きではない人間としての刑事の姿を描き出しています。

それは、天童係長や氏家に対してもそうであり、他の警察小説とは異なる味わいを醸し出しているのです。

 

また、当初は予備班に組み込まれた樋口が相棒となったのが荻窪署のベテランの植村警部補でしたが、この植村との関係も次第に変化していくさまもまた今野敏の作品の醍醐味と言えます。

つまりは、痛快小説の爽快感と同様の心地よさを感じることができ、そのことも今野敏の作品の人気につながっていると思うのです。

本シリーズは2022年9月の時点でシリーズ第七弾の『無明』まで出版されています。

今後も続いていくものと考えますが、楽しみに待ちたいと思います。

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』とは

 

本書『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、自己評価が低い強行犯係の刑事を主人公とする警察小説シリーズです。

常に他人の眼、上司の評価が気になりつつも正義感は強く、権威と衝突することも辞さない硬骨漢で、一般市民の安寧のために働く姿が描かれる、ちょっと変わった警察小説シリーズです。

 

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の作品

 

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ(2023年10月29日現在)

  1. リオ
  2. 朱夏
  3. ビート
  1. 廉恥
  2. 回帰
  3. 焦眉
  1. 無明
  2. 遠火

 

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』について

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の主人公は、警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補です。

このキャラクターがユニークで、先に出版されていた『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志をどことなく彷彿とさせるキャラクターでもあります。

他人目を必要以上に気にする点や、両刑事ともに安易な妥協を許さず一般市民を守るためには権威と衝突することも辞さないなど、の共通点が見えるのです。

とは言っても、樋口警部補のほうがより自己評価が低く、他人の評価が気になる性格だとは言えるかもしれません。

 

さらに、この両刑事は後の『隠蔽捜査シリーズ』のキャリア警察官である竜崎伸也警視長というキャラクターへと繋がっているといえます。

もちろん、それぞれのシリーズごとに個性は異なり、読みごたえのあるシリーズですが、本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、キャリア警察官の姿を描く『隠蔽捜査シリーズ』、所轄署の強行犯係のチームとしての姿が描かれる『安積班シリーズ』とは異なり、警視庁強行犯係の樋口顕警部補という自己評価の低い刑事の姿が描かれます。

 

また、今野敏の警察小説らしく、『安積班シリーズ』の速水交機隊隊長のような主人公のよき助言者ともなる友人として、荻窪署生活安全課の氏家譲巡査部長(のち警部補、警部へと昇進)の存在が大きく感じられます。

さらに、警視庁捜査一課強行犯第一係係長の天童隆一警部補(第一巻『リオ』登場時)や、現場をよく知るたたき上げで人望も厚い田端守雄捜査一課課長などの樋口のよき理解者であり上司たちにも恵まれていると言えるでしょう。

この田端守雄捜査一課課長は、本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の他に『安積班シリーズ』や『隠蔽捜査シリーズ』、『「同期」シリーズ』、『警部補・碓氷広一シリーズ』、『倉島警部補シリーズ』などにも登場している名物課長でもあります。

また、樋口警部補の家族として翻訳家の下請けの仕事をしている妻の恵子、高校生の一人娘の照美がいます。

妻の恵子は本シリーズ第二弾の『朱夏』では何者かに誘拐されてしまう立場におかれてしまう、重要な役どころを担っています。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は今野敏の多くの警察小説シリーズの中でも主人公個人の内心をわりと前面に出しているという印象です。

特に今野敏は謎解きを重視している作家ではなく、各作品の主人公を中心とした人間ドラマや警察組織そのものを描いたりする場合が多いと思います。

警察小説として謎解きを軸にしたミステリー作品というよりも、登場人物の会話の妙や人間関係の面白さの方がメインになっている印象なのです。

そのためか、特に本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は人によっては、ミステリーではない、などと言われる方もいるようですが、個人的には今野敏の一側面を描き出した作品として、好ましいシリーズだと思っています。

 

なお、本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』はNHK、テレビ東京、WOWOWと繰り返しテレビドラマ化されており、樋口顕役も鹿賀丈史、緒形直人、内藤剛志と演じています。

 

任侠楽団

任侠楽団』とは

 

本書『任侠楽団』は『任侠シリーズ』の第六弾で、2022年6月に362頁のハードカバーで刊行された長編のユーモア小説です。

今回、日村たちが駆り出されるのはオーケストラです。クラシックには全く縁がない日村たちですが、いつもとはちょっと異なる展開ですが、相変わらずに面白い作品です。

 

任侠楽団』の簡単なあらすじ

 

問題だらけの「オーケストラ」を立て直しにきたら…まさかの事件発生で阿岐本組、大ピンチ!?あの警視庁捜査一課・碓氷弘一が「任侠」シリーズにやってきた!(「BOOK」データベースより)

 

阿岐本組長の兄弟分である永神健太郎が、北区赤羽にあるイースト・トウキョウ管弦楽団の内輪もめで定期公演の開催が危ういので何とかして欲しいという話を持ってきた。

阿岐本がこの話を請けない筈もなく、日村は早速翌日からオーケストラ事務局に顔を出すこととなった。

ステージマネージャーの片岡静香によると、改革者で実力主義である新任の指揮者のエルンスト・ハーンの方針に反発するベテランと、発言の機会が増えると期待する若手との間で確執が起きているらしい。

ところが翌日、練習のために現れたハーンが襲われるという事件が起きた。

しかし所轄の刑事たちは事件にしたくないようで、代わりに本庁捜査一課の碓氷という刑事が登場するのだった。

 

任侠楽団』の感想

 

まず、本書『任侠楽団』の表記ですが、Amazonの表記に合わせ、書籍記載の『任俠』ではなく『任侠』という文字を使用しています。

 

さて本題ですが、本書『任侠楽団』でも、例によって阿岐本組組長の阿岐本雄蔵の兄弟分である永神健太郎が話を持ってきます。

これまでも出版社、学校、病院、浴場、映画館といろいろな業種の建て直しを図ってきた阿岐本組の面々ですが、今回はオーケストラの再建話です。

つまり、北区赤羽にあるイースト・トウキョウ管弦楽団で内紛が起こり、二週間後の十二月十八日の定期公演の開催が危ういので何とかして欲しいというものでした。

これまで同様に、クラシック音楽に関心があるわけでもない日村がオーケストラのことなど分かる筈もなく、現場で右往左往する姿が描かれます。

ところが今回は、クラシック音楽の知識はないもののジャズなどには関心があるらしく、音楽とまったく無関係でもなさそうな阿岐本組長が自ら乗り出すことになります。

 

本書『任侠楽団』の登場人物としては、阿岐本組関係レギュラーとして組長の阿岐本雄蔵、代貸の日村誠司、組員の三橋健一二之宮稔市村徹志村真吉といったメンバーがいます。

ほかに北綾瀬署のマル暴刑事の甘糟達男とその上司の仙川修造という係長が顔だけ出します。

それよりも警視長捜査一課の碓氷という刑事の登場が本書における大きな目玉と言えます。

次いでイースト・トウキョウ管弦楽団の関係者として、事務局長の高部友郎、ステージマネージャーの片岡静香、新任指揮者のエルンスト・ハーン、前任指揮者の岩井鷹彦などが重要な登場人物です。

ほかに楽団員としてクラリネット奏者の峰岸秀一やフルート奏者の坂上京介の名が上がります。

 

本書『任侠楽団』がこれまでの『任侠シリーズ』の流れと異なるのは、阿岐本組長自らが乗り出す場面が多く、日村が様々な出来事に振り回されるという場面がいつもよりも少なくて済んでいることです。

そして何より大きな違いは、本書では新任の指揮者が何者かに襲われるという傷害事件が起きてしまうことでしょう。

そのことで犯人探しの要素が大きくなっており、これまでのようなシリーズ作品のように依頼を請けた業界独特の展開の中での物語という特色は、若干薄れていると思います。

 

しかしながら、犯人探しの要素が出てきたからこそ警視長捜査一課の碓氷という刑事が登場してくるのであり、シリーズ中の大きな目玉を持った作品になっていると思います。

さらに言えば、そのことで阿岐本雄三という組長も、阿岐本自身の活躍はほとんどないにもかかわらず、その魅力がより発揮されていると言えるかもしれません。

 

警視庁捜査一課の碓氷と言えば今野敏の作品群の中に『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』というシリーズ作品があります。

本書に登場する碓氷刑事がこのシリーズの「碓氷弘一」かと思いつつ読後にネットを見ると、本書の内容紹介に「警視庁捜査一課からあの名(?)刑事がやってきて」という文言がありました。

あの「碓氷弘一」かどうかは本書内部では明記してないので正確なことは不明ですが、公式の内容紹介文に「あの警視庁捜査一課・碓氷弘一」とある以上は多分同一人物なのでしょう。

ともあれ、阿岐本組長とあの碓氷刑事とがタッグを組んで事件を解決するのですから面白くない筈がありません。

 

今回は甘糟刑事も上司の仙川と共にちょっとだけですが登場します。

本シリーズの今後の展開がさらに楽しくなりそうです。続巻が期待されます。

石礫 機捜235

石礫 機捜235』とは

 

本書『石礫 機捜235』は『機捜235シリーズ』の第二弾で、2022年5月に刊行された、バディものの長編の警察小説です。

気楽に読める今野敏の作品そのままに、胸のすく場面を織り交ぜながらの罰発物テロ犯を追い詰める捜査過程は読みごたえがあります。

 

石礫 機捜235』の簡単なあらすじ

 

警視庁機動捜査隊渋谷分駐所の機捜車コールサイン235に乗る名コンビ、高丸と縞長は、密行中に指名手配の爆弾テロ犯・内田を発見し追跡するが、内田は建築現場に人質を取って立てこもる。二人は発見前の内田が何者かと爆発物の入った可能性のあるリュックを交換したという情報を入手した。新たなテロ計画か?警視庁の精鋭たちが捜査本部に招集され大規模捜査が展開される中、高丸、縞長たちは特捜班となり事件を追う!エリートじゃない、石ころみたいな俺たちだからこそ、できることがある――ベテランと若手の魅力的なコンビの活躍を描き、大人気のシリーズ、堂々の長編で登場!( 光文社 書籍 | 詳細 より)

 

石礫 機捜235』の感想

 

本書『石礫 機捜235』は文字通り警視庁機動捜査隊の物語で、機捜235とは、第二機動捜査隊の第三方面を担当する車両番号が5の車という意味です。

そして、そのコールサイン235の機捜車に乗るのが主人公の高丸卓也であり、その相棒が縞長省一という五十代後半のベテランです。班長は徳田一誠警部補であり、渋谷分駐所のある渋谷署に勤務しています。

この縞長はかつて見当たり捜査班にいたという経歴の持ち主であって、指名手配犯を記憶し、見当たり捜査の達人なのです。

 

見当たり捜査班」とは、警視庁では刑事部の捜査共助課にあって人間の記憶力で被疑者を見つけることを任務とするそうで( ウィキペディア : 参照 )、本書でもその能力を発揮して街中で見かけた爆弾テロの指名手配犯の内田繁之を発見したことが立てこもり事件へと結びついていきます。

また、警視庁機動捜査隊(略称は機捜)とは「特に捜査第一課が担当する事件(強盗、傷害、殺人等)の初動捜査を担当する」とありました( ウィキペディア : 参照 )。

本書『石礫 機捜235』でも、縞長が見つけたテロ犯の内田繁之が立て籠もった際に、初動捜査だけにかかわる機捜隊について駆けつけた特殊班捜査一係(SIT)の班員から邪魔者扱いされる場面が描かれています。

つまり、捜査一課はエリート集団であり、なかでもSITは人質事件などの現在進行形の事件を担当するエリート中のエリートだ描かれているのです。

そして、このエリート集団の一員が縞長をないがしろにするさまが描かれていますが、後にその点について痛快なしっぺ返しが用意してあり、まさに痛快な気持ちを味わえます。

 

本書『石礫 機捜235』には他にも「自動車警ら隊」や「公安機動捜査隊」、それに「特殊班」と呼ばれる警視庁刑事部捜査第一課の特殊犯捜査第一~七係のうちの第一から第三係などの普通の警察小説ではあまり焦点が当たらなさそうな部署が合同で捜査するという形で登場します。

さらに、今野敏作品のファンであれば捜査一課長の田端守雄の登場が喜ばれることと思います。

田端捜査一課長は、今野敏の『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』、『安積班シリーズ』、『隠蔽捜査シリーズ』、『萩尾警部補シリーズ「確証」』にも登場、『「同期」シリーズ』、『警部補・碓氷広一』シリーズ、『倉島警部補シリーズ』などにも登場している名物課長です。

この田端が出てきてからは、物語の動きが一気に加速します。それまでも徳田や新堀などの高丸の上司たちもそれなりに動いてはくれているが、田端の行動力はその上を行きそうなのです。

それは捜査一課長という地位の持つ権限の大きさを意味するとともに、同時に田端という男の性格をも表しているのではないかと思われます。べらんめえで話すところなどはそうしたことも意味しているのではないでしょうか。

また「自ら隊」の吾妻という存在は、『安積班シリーズ』の速水小隊長のような小気味よさを感じ、この物語の清涼剤的な爽快感を与えてくれているようです。

 

今野敏の物語では、本書で言えば高丸の捜査一課の増田の言動に対する不満に対して、増田の立場にも一応の配慮するなどのそれなりの手当を為したうえで高丸の言葉を肯定しています。

つまりは、非難すべき対象の性格や立場などを考慮するなどの筋を通したうえで、非難の対象への懲罰を加えるという流れになっているのです。

単純に非難するだけではなく、公平な視点を前提に物語の流れを組み立ててあり、その点も人気の一つになっていると思われます。

 

先にも述べたように、本書『石礫 機捜235』では特捜と特殊班と自ら隊との合同での捜査という形式になっています。

その中での年長者としての縞長の扱いが難しそうです。特殊班の二人は縞長のことをレジェンドといって尊敬しており、その後は高丸も縞長の経験を重視し、縞長に家宅捜査などの指揮を任せるようになっています。

役立たずと言われていた縞長が後にはレジェンドと呼ばれる存在となり、特捜でも実績を残す姿は読んでいても気持ちのいいものです。

本『機捜235』シリーズは今後も続くことでしょう。

続編が楽しみです。

機捜235シリーズ

機捜235シリーズ』とは

 

本『機捜235シリーズ』は、第二機動捜査隊に所属のコールサイン「機捜235」の機捜車に乗る隊員を主人公とする警察小説シリーズです。

特捜隊という珍しい部署を舞台としている今野敏らしく読みやすいバディものの作品で、とても面白く読みました。

 

機捜235シリーズ』の作品

 

機捜235シリーズ(2022年07月24日現在)

  1. 機捜235
  2. 石礫 機捜235

 

機捜235シリーズ』について

 

本書『機捜235シリーズ』の舞台となる「機動捜査隊(きどうそうさたい)」とは、都道府県警察本部の刑事部に設置されていて、犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目的としている組織のことを言い、通称は機捜隊(きそうたい)、または機捜(きそう)と呼ばれています。

普段は捜査用車で警ら活動をしており、重要事件発生の際は犯罪現場に急行し、事件の初動捜査に当たることを任務としています。( 以上 ウィキペディア : 参照 )

本書『機捜235』のタイトル「機捜235」というのは主人公らが乗る機捜車のコールサインのことです。最初の2は第2機動捜査隊を、次の3は第3方面隊を、最後の数字はこの班の5番目の車ということを意味します。

本書『機捜235』の主人公は30代の高丸卓也巡査部長であり、その相棒は縞長省一という50代後半の巡査部長です。

この縞長という相棒が、見当たり捜査の達人という設定であり、縞長が指名手配犯を発見するところから物語が展開するのが基本の形のようです。

2022年7月の時点でシリーズ第二弾の『石礫 機捜235』まで出版されています。

 

ちなみに、2020年4月から、中村梅雀が演じる縞長省一が主役となり、テレビ東京系列でテレビドラマ化されているそうです。

無明 警視庁強行犯係・樋口顕

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』第七弾の2022年3月に刊行された354頁の長編の警察小説です。

相変わらずの今野敏の名調子の作品であり、本庁の捜査一課と所轄署の捜査員との対立の様子を描きながらも、とても読みやすく面白い作品でした。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

東京の荒川の河川敷で高校生の水死体が見つかった。所轄の警視庁千住署が自殺と断定したが、遺族は納得していない。遺体の首筋には引っかき傷があったうえ、高校生は生前、旅行を計画していたという。両親が司法解剖を求めたものの千住署の刑事に断られ、恫喝までされていた。本部捜査一課の樋口は別動で調べ始める。しかし、我々の捜査にケチをつけるのかと千住署からは猛反発を受け、本部の理事官には「手を引け」と激しく叱責されてしまう。特別な才能はなく、プライドもないが、上司や部下、そして家族を尊重するー。等身大の男が主人公の人気シリーズ最新作(「BOOK」データベースより)

 

東洋新聞の遠藤記者は、千住署で起きた高校生の自殺事件について家族は捜査をやり直すべきと言っているが、調べ直すべきではないかと相談してきた。

樋口が所轄警察署が事件性はなく自殺と判断した以上は傍から口をはさむことはできないと言っても、遠藤は家族の主張には理由があるというのだ。

そのことを天童管理官に伝えると、千住署の機嫌を損ねないようにしろと、殺人事件の捜査から樋口を外し、樋口と部下の藤本の専従を認めるのだった。

自分はそのつもりはなくても、結局は動かざるを得ないと思いながらも千住署へ行き、高校生の自殺の件について調査を始める樋口だった。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は警察小説であり、ミステリーと分類されるだろう作品ではありますが、捜査そのものの描写と同程度に組織内の人間関係を描き出してあります。

このことは他の今野敏作品とも似ていて、また主人公の描写という点でも『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也や『安積班シリーズ』の安積剛志という主人公たちの人物設定を思わせるところがあります。

前者はキャリア警察官と他のキャリアや組織との関係を描いており、後者は捜査班というチーム内部やほかの捜査チームとの軋轢などの問題を描き出しています。

こうして本書は推理小説とは言っても謎解きメインの本格派ではなく、また犯罪の動機を重視した社会派と言われる作品群とも異なる、まさに組織と個人であったり、また組織の内部そのものを描く作品だと言えます。

組織を描くという点では、本書は樋口という個人に一番光が当たっていると言えるかもしれません。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』のように組織を重視した警察小説として横山秀夫の『64(ロクヨン)』があります。

D県警内部の人事に絡んだ警察庁との軋轢や警務部と刑事部の争いを描きながらも、広報官として勤務しながら発生した幼児誘拐事件の解決に尽力する主人公の姿を描いた好編です。

 

 

謎解きそのものを重視するのではなく、組織と個人との関りを描いた警察小説としては佐々木 譲の『北海道警察シリーズ』もあります。

このシリーズの始めの三作品が特に、まさに腐敗した北海道警察と個人としての警察官との対立を描いたハードボイルドの香りも漂う読みがいのある作品でした。

 

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』を含む今野敏の描く警察小説の魅力としては上記の組織の中の個人を描き出している点もあると思うのですが、同時に、今野敏らしさとしては、会話文のうまさが挙げられます。

説明的でないにもかかわらず、会話により物語の流れを進めていく描き方は非常に読みやすいのです。

 

そしてもう一点、本書の魅力をあげるとすればやはり主人公のキャラクターに始める登場人物たちの魅力にあります。

先に挙げた今野敏の人気シリーズの各主人公や登場人物たちと同様に、本書での樋口顕や、その友人の氏家譲、それに天童隆一管理官たちといった個性的で魅力的な人物たちがそこにはいるのです。

そんな中でも本シリーズの主人公の樋口顕という人物は、いつも自分に自信がないために他人の顔色を伺って暮らしていると思っているような人物です。

ところが、客観的な評価はそれとは反対に明確な自己主張を持ち、いつも他者を思いやることのできる人物との評価を得ています。

本書でも、そうした樋口の人物像があるからこそ樋口のところに話が持ち込まれることになり、樋口のことを評価している天童管理官も樋口の専従捜査を認めるのです。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の他ではあまり見ない面白さの一つに、樋口の上司との衝突の場面が挙げられます。

所轄の捜査に口を出すなという上司と対立し、組織の秩序維持のためには上司の命令は絶対だという理事官に対し、樋口は秩序の維持も大切だが真実を明らかにすることも大切だと言い切り、懲戒免職まで言い渡されてしまう場面です。

こうした場面はまさにカタルシスを味わえる場面であり、こうした筋を通す人物を描いている点も今野敏作品の魅力の一つだと言えるでしょう。

今後も続巻を期待したいシリーズです。

探花 隠蔽捜査9

探花 隠蔽捜査9』とは

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は『隠蔽捜査シリーズ』の第九弾作品で、2022年1月に刊行された、新刊書で334頁の長編の警察小説です。

新天地である神奈川県警に移って二作目となる本作ですが、相変わらずに主人公の特異なキャラを生かしながら、さらに管轄内に抱える横須賀米軍基地という特殊性を考慮した面白い作品でした。

 

探花 隠蔽捜査9』の簡単なあらすじ

 

信念のキャリア・竜崎に、入庁試験トップの新ライバルが出現!? 「俺は、ただの官僚じゃない。警察官僚だ」次々と降りかかる外圧に立ち向かう、人気シリーズ第9弾! 神奈川県警刑事部長となった竜崎のもとに現れた、同期入庁試験トップの八島という男。福岡県警から赴任してきた彼には、黒い噂がつきまとっていた。さらに横須賀で殺人事件が発生、米海軍の犯罪捜査局から特別捜査官が派遣されることにーー。次々と降りかかる外圧に、竜崎は警察官僚としての信念を貫けるのか。新展開の最新刊。(出版社より)

 

竜崎が刑事部長として神奈川県警に赴任してきて初めての五月のある日、登庁してすぐに阿久津重人参事官と板橋武捜査一課長とが、横須賀のヴェルニー公園で遺体が発見されたと言ってきた。

阿久津参事官は、もし米軍絡みの犯罪であれば日米地位協定の関係で海軍犯罪捜査局が乗り出してくるかもしれないので、捜査本部の設置は早い方がいいという。

その後、白人男性が刃物を持って逃走していたとの目撃情報があり、結局米軍との調整のためにトップが出向く必要があるということになった。

しかし、そこに居合わせた警務部長として異動してきた八島圭介の「王将は必要はなく、飛車でも動貸しておけばいい」との言葉に、本部長は動かずに竜崎だけが出向くこととなった。

この八島圭介という男は竜崎の同期のキャリアであって入庁時の成績がトップであったらしく、二番の成績だった警視庁の伊丹刑事部長などは、八島は何かと黒い噂もある男であり気を付けるようにというのだった。

 

探花 隠蔽捜査9』の感想

 

本『隠蔽捜査シリーズ』の主人公の竜崎伸也は、一般の警察官や警察官僚が抱いている警察官僚像とは異なり、出世に関心がなく、警察官の仕事は事件の解決であり、事件の解決に役立つために合理的に動くことを身上としている人物です。

本シリーズの魅力は、そうした竜崎という人間にある意味振り回されている警察機構内部の人間模様の描き方にある、というのはあらためて言うことでもないでしょう。

そこには、硬直化した警察組織、警察官僚に対する著者今野敏なりの風刺・揶揄の意味もあると思われます。

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は、その竜崎が警視庁管轄外の神奈川県警に異動してからの第二弾となる物語です。

それは、マンネリに陥りかけていた本シリーズを再活性化するための処方であり、その試みが今のところ成功していると思います。

舞台を新たにすることで竜崎という特異なキャラも生きてきており、また新しい土地の特色も生かすことができていると思われるのです。

 

繰り返しまさうが、本隠蔽捜査シリーズの魅力は何といっても主人公の竜崎伸也の特異なキャラクターにあります。

ところが、シリーズも巻を重ねるにつれ、読者は、そして登場人物でさえも竜崎のキャラクターにも慣れてくるのは当然であり、竜崎の魅力が薄れてきました。

そこで、竜崎を異動させ新しい地での活躍が描かれることとなったのが前巻の『清明 隠蔽捜査8』であり、その試みは成功していると思えます。

 

 

つまり、前著『清明』では中華街が、本書『探花』では横須賀の米軍基地という神奈川ならではの特異性を織り込んである点がこれまでにない視点です。

確かに、東京にも横田などに米軍関連の基地などはありますが、これまでの竜崎がいた大森署を舞台にしたままでは描けない事案でしょう。

その点神奈川県警は横須賀という大規模米軍基地を抱えており、また米軍関係ではなにかと取りざたされることの多いいわゆる「日米地位協定」も問題となり得るのです。

 

この「日米地位協定」を取り上げた作品としては、誉田哲也の『ジウサーガ』第八弾の『ノワール 硝子の太陽』という作品があります。

この作品は『姫川玲子シリーズ』に属する『ルージュ: 硝子の太陽』とのコラボレーション作品で、日米地位協定が重要な意味を持つ事柄として取り上げてありました。

 

 

作者今野敏が本書『探花 隠蔽捜査9』のマンネリ化を回避するために打った二番目の手段が新しい人物を登場させることです。

そのことは、刑事部捜査一課長の板橋武と参事官の阿久津重人という新しい人物が脇を固めていることは当然として、米軍関連でリチャード・キジマ特別捜査官という担当者を引っ張り出していることもそうでしょう。

しかし、なにより一番のインパクトは八島圭介というキャリアが警務部長として登場してくることです。

この人物は竜崎や警視庁刑事部長の伊丹俊太郎とは同期であり、入庁時の成績が一位だったという人物で、キャリアにとって出世することが一番の目的だと言い切る、まさに官僚的な人物なのです。

この人物が赴任早々に起きた横須賀のヴェルニー公園で発生した殺人事件の捜査本部に本部長の佐藤実が出向くまでもなく、竜崎が行けば足るとして本部長を連れていこうとしていた竜崎の思惑を潰してしまいます。

伊丹によれば何かと黒い噂のある人物だといい、今回の事件でも竜崎の聴取を受けることになります。

 

こうした新天地での竜崎の活躍はこのシリーズのマンネリの印象を一掃するのに成功していると言えると思います。

少なくとも本書はとても面白く、シリーズの当初の新鮮さに近い印象を持った作品でした。