『ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』とは
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』は『ごんげん長屋シリーズ』の第八弾で、2024年3月に双葉社から272頁の文庫本書き下ろしで出版された連作の短編小説集です。
本シリーズについては、この頃あまりその面白さを感じなくなってきていたのですが、江戸の庶民を描き出した人情小説として普通に面白く読むことができました。
『ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』の簡単なあらすじ
根津権現社にほど近い谷中三崎町の寺で、行き倒れの若い女が見つかった。女は激しい折檻を受けていたらしく、医師である白岩道円の屋敷に運び込まれたという。目明かしの作造から、女がうわ言で、娘のお琴への詫びを口にしていたとの話を聞いたお勝は、女に事情を質すべく、道円の屋敷に足を運ぶのだがー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第八弾!(「BOOK」データベースより)
第一話 ひとり寝
お勝の幼なじみである近藤沙月の近藤道場に泊りがけで遊びに行った子供たちだったが、帰ってからの幸助は素読や木剣での素振りを始めるのだった。しかし、素振りは門人の建部源六郎様に教えてもらったという話を聞き、心配になるお勝だった。
第二話 お直し屋始末
お勝が「岩木屋」の道具類の直しをとする下谷同朋町に住む要助のもとを訪れていたとき、おつやという婀娜な女が要助を訪ねてきた。後日、「岩木屋」に来ていた要助を探して伝八という男を伴ってきたおつやは、金を貸して欲しいと言ってきたのだった。
第三話 不遇の蟲
料理屋「喜多村」の隠居の惣右衛門が「小兵衛店」の家主の小兵衛という男を連れて来た。住人に対して文句ばかりを言う店子の長三郎という男に出ていってもらいたいのだが、お勝の話を聞きたいというのだ。
第四話 初春の客
正月七日のこの日、目明しの作造がお勝を訪ねて「岩木屋」へとやってきた。谷中三崎町の龍谷寺で行き倒れていた女を白石道円先生の屋敷へ運んだが、その女がうわ言で「おことちゃん、ごめん」言っていたというのだ。
『ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』の感想
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第八弾で、これまで同様の四編の連作短編からなる人情小説集です。
本シリーズの「普通さ」に関してはこれまでとほとんど変わりません。
第一話はお勝の子の、第二話は「岩木屋」の職人の一人についての、第三話はお勝のもとに持ち込まれた困りごとの、第四話もお勝の子の話をそれぞれにテーマとした作品です。
このように、面倒見のいい一人のおせっかいな女の周りで巻き起こる江戸庶民の姿が描かれているのです。
「第一話 ひとり寝」は、お勝の子供たち、なかでも幸助の姿が描かれています。
近藤道場から帰った幸助が素振りや学問をするのはいいのですが、素振りなどを教えてくれたのが建部源六郎だというのが問題だったのです。
というのも、建部源六郎はお勝が産んだ子だというのが、このシリーズを通してのお勝の抱える大きな秘密だったのです。
お勝が育てている三人の子供たちはお勝の本当の子供ではありませんが、実の親子のような関係性を保っていて、子供たちはもちろん、周りの人達も皆そのことを知っています。
「第二話 お直し屋始末」では、お勝が番頭を務める質屋「岩木屋」の道具類の直しを仕事としている要助という男の話です。
この要助のもとを訪ねてきた女が要助の足を引っ張りそうで、「岩木屋」の番頭であるお勝が職人の困りごとを見過ごす筈もなく、やはり乗り出すのでした。
先にも述べたように、この『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』はお勝のおせっかいで成り立っていますが、そのおせっかいが繰り広げられる物語になっています。
「第三話 不遇の蟲」もお勝のおせっかい話と言えそうな話です。
物語自体はお勝が頼まれて乗り出す話になっていますが、他人の困りごとに首を突っ込んで問題を解決するという点では同じです。
つまりは相手かまわずに些細なことに文句をつけてばかりいる老爺の物語であって、長三郎というその老人が抱えている悩みに隠された人情話がこの話の眼目です。
「第四話 初春の客」は、お勝の子の一人であるお琴に絡んだ物語です。
お勝が育てているお琴、幸助、お妙という三人の子供たちはお勝とは血のつながりはありませんが、家族四人で仲良く暮らしています。
そこに、お琴の実の親に関係していると思われる人が登場し、お勝とお琴との親子関係はどうなるかという話です。
お勝は事情があって自分の実の子とも一緒に暮らすことができていないこともあり、親子について考えさせられる話でもあります。
以上、江戸の町に暮らす庶民の日常が描かれたこの『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の通常の展開となった作品集です。
どうしても山本周五郎や藤沢周平といった人情話の大家たちの物語集と比較してしまい、どことなく人情話としてもう一つ足りないものを感じてしまうのです。
読み手の勝手な要求であり、我ながら理不尽な要求だとは思いますが、正直な感想です。