ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客

ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』とは

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』は『ごんげん長屋シリーズ』の第八弾で、2024年3月に双葉社から272頁の文庫本書き下ろしで出版された連作の短編小説集です。

本シリーズについては、この頃あまりその面白さを感じなくなってきていたのですが、江戸の庶民を描き出した人情小説として普通に面白く読むことができました。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』の簡単なあらすじ

 

根津権現社にほど近い谷中三崎町の寺で、行き倒れの若い女が見つかった。女は激しい折檻を受けていたらしく、医師である白岩道円の屋敷に運び込まれたという。目明かしの作造から、女がうわ言で、娘のお琴への詫びを口にしていたとの話を聞いたお勝は、女に事情を質すべく、道円の屋敷に足を運ぶのだがー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第八弾!(「BOOK」データベースより)

第一話 ひとり寝
お勝の幼なじみである近藤沙月の近藤道場に泊りがけで遊びに行った子供たちだったが、帰ってからの幸助は素読や木剣での素振りを始めるのだった。しかし、素振りは門人の建部源六郎様に教えてもらったという話を聞き、心配になるお勝だった。

第二話 お直し屋始末
お勝が「岩木屋」の道具類の直しをとする下谷同朋町に住む要助のもとを訪れていたとき、おつやという婀娜な女が要助を訪ねてきた。後日、「岩木屋」に来ていた要助を探して伝八という男を伴ってきたおつやは、金を貸して欲しいと言ってきたのだった。

第三話 不遇の蟲
料理屋「喜多村」の隠居の惣右衛門が「小兵衛店」の家主の小兵衛という男を連れて来た。住人に対して文句ばかりを言う店子の長三郎という男に出ていってもらいたいのだが、お勝の話を聞きたいというのだ。

第四話 初春の客
正月七日のこの日、目明しの作造がお勝を訪ねて「岩木屋」へとやってきた。谷中三崎町の龍谷寺で行き倒れていた女を白石道円先生の屋敷へ運んだが、その女がうわ言で「おことちゃん、ごめん」言っていたというのだ。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【八】 初春の客』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第八弾で、これまで同様の四編の連作短編からなる人情小説集です。

本シリーズの「普通さ」に関してはこれまでとほとんど変わりません。

第一話はお勝の子の、第二話は「岩木屋」の職人の一人についての、第三話はお勝のもとに持ち込まれた困りごとの、第四話もお勝の子の話をそれぞれにテーマとした作品です。

このように、面倒見のいい一人のおせっかいな女の周りで巻き起こる江戸庶民の姿が描かれているのです。

 

第一話 ひとり寝」は、お勝の子供たち、なかでも幸助の姿が描かれています。

近藤道場から帰った幸助が素振りや学問をするのはいいのですが、素振りなどを教えてくれたのが建部源六郎だというのが問題だったのです。

というのも、建部源六郎はお勝が産んだ子だというのが、このシリーズを通してのお勝の抱える大きな秘密だったのです。

お勝が育てている三人の子供たちはお勝の本当の子供ではありませんが、実の親子のような関係性を保っていて、子供たちはもちろん、周りの人達も皆そのことを知っています。

 

第二話 お直し屋始末」では、お勝が番頭を務める質屋「岩木屋」の道具類の直しを仕事としている要助という男の話です。

この要助のもとを訪ねてきた女が要助の足を引っ張りそうで、「岩木屋」の番頭であるお勝が職人の困りごとを見過ごす筈もなく、やはり乗り出すのでした。

先にも述べたように、この『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』はお勝のおせっかいで成り立っていますが、そのおせっかいが繰り広げられる物語になっています。

 

第三話 不遇の蟲」もお勝のおせっかい話と言えそうな話です。

物語自体はお勝が頼まれて乗り出す話になっていますが、他人の困りごとに首を突っ込んで問題を解決するという点では同じです。

つまりは相手かまわずに些細なことに文句をつけてばかりいる老爺の物語であって、長三郎というその老人が抱えている悩みに隠された人情話がこの話の眼目です。

 

第四話 初春の客」は、お勝の子の一人であるお琴に絡んだ物語です。

お勝が育てているお琴、幸助、お妙という三人の子供たちはお勝とは血のつながりはありませんが、家族四人で仲良く暮らしています。

そこに、お琴の実の親に関係していると思われる人が登場し、お勝とお琴との親子関係はどうなるかという話です。

お勝は事情があって自分の実の子とも一緒に暮らすことができていないこともあり、親子について考えさせられる話でもあります。

 

以上、江戸の町に暮らす庶民の日常が描かれたこの『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の通常の展開となった作品集です。

どうしても山本周五郎藤沢周平といった人情話の大家たちの物語集と比較してしまい、どことなく人情話としてもう一つ足りないものを感じてしまうのです。

読み手の勝手な要求であり、我ながら理不尽な要求だとは思いますが、正直な感想です。

付添い屋・六平太 犬神の巻 髪切り女

付添い屋・六平太 犬神の巻 髪切り女』とは

 

本書『付添い屋・六平太 犬神の巻 髪切り女』は『付添い屋・六平太シリーズ』の第六弾で、2023年4月に274頁の文庫本書き下ろしで刊行された、連作短編の痛快時代小説集です。

 

付添い屋・六平太 犬神の巻 髪切り女』の簡単なあらすじ

 

冬空の下、浪人の秋月六平太は若党に扮して笹郷藩主登城の行列に加わっていた。かつて信州十河藩の警固役だった身としてほろ苦い思いに浸る中、突如現れた曲者たちの襲撃に遭う。藩主は難を逃れたものの、立ちはだかった六平太には影が付きまといはじめる。そんなある日、巣鴨で娘が髪を切られる事件が。最初に起こった品川から四件目だが、娘に怪我を負わせるわけでもないという。下手人の意図が気になる六平太が毘沙門の親方・甚五郎に相談すると、四つの事件には意外な繋がりがあると分かり…。六平太最愛の女に危機が迫る、王道の人情時代劇第十六弾!(「BOOK」データベースより)

第一話 日雇い浪人
天保四年の冬、笹郷藩主の登城の列に加わるため、若党に扮していた六平太。乗り物とともに御成街道を進んでいると、不意に幾つかの黒い影が飛び出し、行列を襲いはじめた。立ちはだかった六平太に、曲者は引き上げていったものの……。
第二話 髪切り女
品川で娘が髪を切られる事件が起きてから、ひと月半。巣鴨で四件目となったが、怪我を負わせるわけでもないという。いまだに手掛かりを得られない下手人の意図が気になる六平太が、毘沙門の親方・甚五郎に話を振ってみると意外な繋がりが……。
第三話 内輪揉め
「市兵衛店」で夫婦喧嘩が! やきもち屋のお常は、天気が悪いのに仕事に行くと言ってきかない大工の夫・留吉が、若い女とできてい円熟の第16弾!ると疑って引かないのだ。六平太が留吉に事情を聞くと、仕事先で妙なものを見つけてしまい、気になっているという。
第四話 春待月
六平太は『飛騨屋』の主・山左衛門の相談に乗っていた。店の養子を決めたと言うが、お登世の婿としてではないらしい。独身娘の集まり『いかず連』はどうなるのか? 翌日、六平太の恋仲のおりきが行方れずに。笹郷藩の行列を襲った者が怪しいが。(内容紹介(出版社より))

 

付添い屋・六平太 犬神の巻 髪切り女』の感想

 

本書『付添い屋・六平太 犬神の巻 髪切り女』での巻を通してのエピソードは、「第一話 日雇い浪人」での笹郷藩主登城の際の襲撃事件に関する話です。

この襲撃事件の裏にあった笹郷藩内での派閥争いに巻き込まれた秋月六平太が、その剣の腕を見込まれて派閥の双方から助力を頼まれ、また反感を買うことになります。

そこで六平太に最後までつきまとう武士として笹郷藩江戸屋敷の徒歩頭である跡部与四郎という角ばった顔の侍が配置されています。

藩主の命を救った六平太ですから、感謝されることはあっても恨みを買うことはないはずですが、そこが主持ちの武士の融通の効かないところであり、厄介なところでした。

 

前巻『河童の巻 噛みつき娘』の項で書いたように、本書『犬神の巻 髪切り女』でも魅力的な主人公とその周りの人々の人情話が語られています。

第一話 日雇い浪人」は前述したように主持ちの武士の融通の利かない振る舞いについての話でしたが、第二話「第二話 髪切り女」は近頃江戸の町で起きている娘が髪を切られるという事件の顛末です。

四谷にある相良道場で久しぶりに道場で顔を合わせた北町奉行所同心の矢島新九郎と汗を流した後に、娘が髪を切られるという事件が起きているという話を聞きます。

その後、この事件は「いかず連」の登勢お千賀らへと伝わり、彼女らも巻き込んで展開するのでした。

第三話 内輪揉め」は、「市兵衛店」に住む留吉お常夫婦の物語です。

お常が、近頃留吉がため息ばかりをついているため留吉に女ができたと思い込み、夫婦仲が険悪になっていると聞いて、二人の間に入り話を聞いた六平太でしたが、話しは意外な方向へと向かいます。

第四話 春待月」は、これまでの三話それぞれの総仕上げのようになっていて、本シリーズにしては珍しい構成です。

つまり、留吉とお常の夫婦にはお礼として届き、また「飛騨屋」の主の山左衛門からは店のために養子を決めたと聞かされます。そんなとき、おりきが行方不明になったとの知らせが届くのでした。

 

前にも書いたように、本書『付添い屋・六平太 犬神の巻 髪切り女』ではシリーズを通した大きな敵はいませんし大きな出来事もありません。

秋月六平太という素浪人の日々の生活が描かれていくだけであり、ただ、付添人である六平太の周りには人より揉め事が多く存するというだけです。

そこに痛快時代小説としてのネタがあるわけですが、若干派手さが欲しいという気がしないでもありません。

本書も、そうした流れの中に普通に位置づけられる作品だと思います。

ただ、そういう声が聞こえたのか、本書の終わりにちょっとした出来事が用意してあり、次巻へと続きますので、続巻を待ちましょう。

ごんげん長屋つれづれ帖【六】-菩薩の顔

ごんげん長屋つれづれ帖【六】-菩薩の顔』とは

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【六】-菩薩の顔』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第六弾で、2023年3月に276頁の文庫本書き下ろしで刊行された、連作の短編小説集です。

シリーズ六冊目ともなると読み手の目も厳しくなったのか、その物語展開に、若干ですが面白味を感じなくなってきました。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【六】-菩薩の顔』の簡単なあらすじ

 

お勝たちの隣に住まう足袋屋『弥勒屋』の番頭治兵衛。二十六夜待ちで月光の中に菩薩様のお姿を見たと言ってご機嫌だったはずのこの男が、ここ数日浮かぬ顔をしているという。『弥勒屋』の主の徳右衛門から話を聞いたお勝は仕事帰りに店の前を通りかかるが、そこで船頭姿の若者と揉めている治兵衛の姿を目にしてー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第六弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 貸家あり
お勝の住む「ごんげん長屋」の空き家に三、四日寝泊まりすると挨拶に来た米助という男が、その夜長屋の決まりや近隣の様子などを聞く集まりをするといってきた。そこに八卦見のお鹿が、あの米助は以前はキンジと呼ばれていたという話をするのだった。

第二話 鶴太郎災難
七月十六日の盆の送り火を済ませた長屋に、十八五文の薬売りの鶴太郎を訪ねて神田の目明しの丈八親分と南町奉行所の同心の佐藤利兵衛がやってきた。鶴太郎が売った薬で死人が出たというのだ。死んだのは神田須田町二丁目の乾物屋「栄屋」の主の丹治だという。

第三話 身代わり
七月下旬のある日お勝は医者の白岩導円から、導円の屋敷の女中のお玉が身籠ったという相談を受けた。相手は備中国から江戸に来て導円の屋敷に寄宿している祐筆の中村権十郎だという。問題は、中村には国許に妻女と二人の子がいるということだった。

第四話 菩薩の顔
ある日、足袋屋「弥勒屋」の主の徳右衛門が、この頃番頭の治兵衛の様子がおかしくはないか、と<岩木屋>のお勝を訪ねてきた。お勝は、治兵衛が自分が二十六夜待ちの夜に自分が見た菩薩は「常光寺」で見た阿弥陀如来像の脇に立つ勢至菩薩像に間違いない、と言ってきたことを思い出していた。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【六】-菩薩の顔』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【六】-菩薩の顔』は、これまでと変わらない四編の連作の短編小説からなる人情小説集です。

本『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の基本的な流れである主人公のお勝のおせっかいぶりもいつも通りで、さまざまな事柄に首を突っ込っ込まずにはおれないお勝の姿が描かれています。

前巻で書いた本シリーズの何となくの物足りなさ、も残念ながら本書でも何らの変更もありません。

これまでと変らずに、今一つ心に迫るものがないままに終わってしまった作品でした。

 

第一話 貸家あり」では、本書の主な舞台となるごんげん長屋の一軒だけ空いている貸家についての話です。

この話については、あまり書くこともないほどでした。七夕や七月十日の四万六千日などの季節の行事についての記述はあるものの、出来事自体は特に語るべきものはありません。

貸し家を借りに来た人物についての話ですが、その顛末があまりに都合がよすぎ、何とも言いようもない話としか言えません。

 

第二話 鶴太郎災難」は、ごんげん長屋の住人である十八五文の薬売りの鶴太郎に関する話です。

神田須田町二丁目の乾物屋「栄屋」の主の丹治が薬物により亡くなったが、その薬物というのが鶴太郎の売った薬らしいというのでした。

この話も事件自体は特別なことは無く、その後の展開も取り立てて言うべきこともありません。

 

第三話 身代わり」は、お勝が日頃世話になっている医者の白岩導円に絡んだ話です。

導円の屋敷の女中のお玉が身籠ったというのですが、その相手とされた侍の振る舞いが何とも気にかかる振舞でした。

読む人にとっていろいろな感想が出てくる話ではなかったでしょうか。

 

第四話 菩薩の顔」は、ごんげん長屋の住人である治兵衛についての話です。

自分が夢で見たのは「常光寺」にある阿弥陀如来像の脇に立つ勢至菩薩像に間違いないという治兵衛の、来歴が明らかにされます。

この話は、人情物語としてそれなりに読みがいがある物語でした。

ごんげん長屋つれづれ帖【五】 池畔の子

ごんげん長屋つれづれ帖【五】-池畔の子』とは

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【五】-池畔の子』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第五弾で、2022年9月に280頁で文庫本書き下ろしで出版された連作の短編時代小説集です。

シリーズ五冊目ともなると読み手の目も厳しくなったのか、その物語展開に、若干ですが面白味を感じなくなってきました。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【五】-池畔の子』の簡単なあらすじ

 

お勝の息子の幸助が、顔に傷をこしらえて帰ってきた。なんでも、不忍池の畔に暮らす“池の子”と呼ばれる孤児たちと喧嘩になったのだという。青物売りのお六が川に捧げた胡瓜が喧嘩のもとだと知ったお勝は、お六とともに孤児たちのもとに向かう。これを機に、お勝とお六は“池の子”たちとの絆を深めていくのだがー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第五弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 片恋
お勝は弥太郎と共に損料貸しの品物の引き取りを終えて帰る途中、ある武家の奥方らしき人物と出会った。その息子の小四郎を紹介する弥太郎は、弾けそうな笑みを浮かべているが、奥方は、小四郎が覇気もなくなかなか成績も上がらいことに頭を悩ませていた。

第二話 ひとごろし
ある朝、根津宮永町の妓楼でひとごろしがあったと大騒ぎになっているなか、近藤道場下働きの鶴治が沙月がお勝のことを心配していると言ってきた。翌日、沙月のもとへ行ったお勝は銀平から、鶴治の剣術の稽古は親の敵討ちのためだということを聞いた。

第三話 紋ちらし
お勝は、庄次から「安囲い」の喜代という名の女に子ができたものの、誰の子か分からずに困っている話を聞いた。男たちの話し合いの場について行くことになったお勝だったが、女の長屋の地主である日本橋の漬物問屋「大前屋」の内儀磯路と話すことになった。

第四話 池畔の子
ある日、幸助が不忍池の畔に暮らしている子供たちと喧嘩をしたと怪我をして帰ってきた。長屋のお六が子供たちが水で溺れないように河童にやっている残り物の胡瓜を横取りしていると思い注意をしたところ喧嘩になったというのだった。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【五】-池畔の子』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【五】池畔の子』も、全四編からなる連作の短編小説集となっています。

市井の長屋に暮らす普通の人達の日常を描き出すこのシリーズも五巻目となりました。

相変わらずにおせっかいなお勝の日常が語られ、江戸の庶民の暮らしが目の前に展開される興味深いシリーズとなっています。

シリーズ物として落ち着きを見せてきたこの『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』ですが、一方では何となく物足りなさも感じてくるようになりました。

 

冒頭から否定的なことを述べることになり申し訳ないのですが、これまでもなんとなくは思ってきたことではありますが、このシリーズのもつ雰囲気が今一つ心に迫る場面が少ないように思えます。

おなじ人情物語ではあるのですが、例えば宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話シリーズ』や、西條奈加の『心淋し川』などのように心の奥深くに染み入るような情感、余韻を感じないのです。

 

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【五】池畔の子』のような出来事中心の物語展開は、主人公お勝という人物の男勝りという人物設定のためかもしれませんが、だというよりもこの作者金子成人の文章のタッチそのものがそうだと言う方が正解だと思われます。

というのも、この作者の『付添い屋・六平太シリーズ』などを見ても、人情話ではあるもののやはり心象を深く描くというよりは種々の出来事に振り回されている人々の姿を描くほうに重点があるように思えるのです。

 

 

本『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』においても、お勝の身のまわりの人物に関連して巻き起こる出来事について、黙って見過ごすことのできないお勝が、いわばおせっかいとして乗り出し、問題を収めていくという構造が殆どです。

そこではお勝の行動を追いかけ、さらにおせっかいを受ける側の事情を縷々説明してあります。

しかし、そんな中でのお勝やその相手方の心象はあまり詳しくは描いてありません。

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【五】池畔の子』の第一話「片恋」にしても、お勝が番頭を務める「岩木屋」で働く弥太郎の斉木芳乃という武家の奥方らしき人物との恋心と、その奥方のその息子小四郎にかける期待などの話であり、その設定自体は特別なものではありません。

そこにお勝が絡むことで問題の親子の行く末が、少しなりともいい方向へ向かいのではないか、という若干の明かりが見えるだけですが、ただ、そこには分かれの悲しみもあったのです。

まさに通俗的な人情話そのものの物語です。

しかし、個人的には、物語の流れが俯瞰的な描写のままに流れている、と感じ、もう少しの感情のゆらぎがあれば、と思ったのです。

 

第二話「第二話 ひとごろし」も、近藤道場の下働きの鶴治の話ですが、このシリーズの登場人物のある一人の背景に目を向け、そこに焦点を当てた物語です。

確かに心打たれる話ではありますが、それだけ、という印象も否めません。

妓楼で客が女郎の腹を刺して逃げたという騒ぎを背景にしてありますが、鶴治の話との関係は今一つ分かりませんでした。

 

第三話第三話 紋ちらしは、長屋の住人の庄次が為していた「安囲い」の女が身籠ったための、その後始末の話です。

この「安囲い」という言葉は『付添い屋・六平太シリーズ』の第三話でも「安囲いの女」というタイトルの話があります。

また、他にも数人がお金を出し合って一人の女を囲うという話があったように覚えていますが、そのタイトルをはっきりとは覚えていません。

数人の男を相手にする妾ですから、この物語のような出来事も当然あったことでしょうが、この話は若干都合がよさ過ぎるようにも感じます。

 

第四話「第四話 池畔の子」は、不忍池の畔に住んでいる子供たちの話で、彼らの行く末を周りの大人たちが見守るという話です。

お六が子供達のことを思い流した胡瓜をきっかけに浮浪児との交流が始まるというのは心あたたまる話です。

江戸時代に、孤児たちの将来のことを近所の皆で考えるということは聞いたことがありますが、役人たちも加わっていることも当然あったでしょう。

ご都合主義的に思えないこともありませんが、ほのぼのとした話ではあります。

 

ここまで、このシリーズにもっと情感が欲しいという観点からの批判めいた文章を綴ってきました。

しかしながら、これまでもこのシリーズについては若干ながらもそうした印象は持っていたはずで、そうニュアンスのことも書いてはきていました。

とはいえ、それなりの魅力があればこそこれまで読んできたものですし、これからも読み続けると思います。

ごんげん長屋つれづれ帖【四】迎え提灯

ごんげん長屋つれづれ帖【四】迎え提灯』とは

 

本書『迎え提灯』は『ごんげん長屋シリーズ』の第四弾で、2022年3月に275頁で文庫本で書き下ろされた連作の短編時代小説集です。

シリーズ第四作目の作品として、このシリーズの世界観にも慣れ、それなりの面白さを持った人情小説集としてその位置を確立している印象でした。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【四】迎え提灯』の簡単なあらすじ

 

およしを失った悲しみを乗り越え、日常を取り戻しつつある『ごんげん長屋』。新たな住人も長屋に馴染んで、より絆も深まる中、数年前に捨てた乳飲み子の行方を捜す旗本家の女中が現れる。お勝の下の娘お妙が捨てられていたときの状況と何かと符合する話を聞いたお勝だが、女中はお妙がその乳飲み子だと決めつけてー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る大人気シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 貧乏神
文政二年(1819)三月のある日、岩木屋で女房を質に入れられるか聞いてきた大工の男が、その日の夕刻に今度は仕事道具一式を質入れしたいと言ってきた。それでは稼げなくなると言い聞かせると、再び女房と相談すると言って帰ってしまうのだった。

第二話 竹町河岸通り
ある日、お勝は南町奉行所同心の佐藤利兵衛らから、五日ほど前に殺されたお春という女のことで、ごんげん長屋の貸本屋の与之吉の当日の所在がはっきりしないので調べてほしいと頼まれた。しかし、与之吉は意外な人物と共にいた。

第三話 法螺吹き男
ごんげん長屋の藤七が一緒に飲んで意気投合した重兵衛という男を泊めた。しかし、その重兵衛はごんげん長屋の楽しさが忘れられずに再び顔を見せてきたのだ。ところが、ここ数日、三人連れの侍が探している男が重兵衛に似ているというのだった。

第四話 迎え提灯
夏になったある日、目明しの作造が六年前に捨てた赤子を探している女がいると言ってきた。その後、捨子探しをしているお牧という女から相談を受けたと作造から呼び出しがかかり、どうもお勝のもとにいるお妙の話と似ていると言ってきた。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【四】迎え提灯』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【四】迎え提灯』も、これまで本『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』と同じ全四編からなる連作の短編小説集です。

シリーズの四巻目ともなると、本シリーズと同じ金子成人の『付添い屋・六平太シリーズ』と同様に安定した物語世界が構築されたシリーズ作品になっています。

そして本書では、主人公のお勝の過去や子供たちに関係するだろう細かな出来事は別として、シリーズ全体にかかわるような大きな出来事はなく、安定した人情話の物語集となっています。

 

第一話 貧乏神」では、お勝が番頭を務める質屋の「岩木屋」に来た、女房を質に入れることができるかと聞いてきたお客の話です。

断ると、今度は仕事が大工であるにもかかわらず、大工道具一式を質に入れたいとやってきたのです。

こうなると、世話焼きのお勝としては黙っているわけにはいかず、そのお客の私生活にまで口をはさむことになるのでした。

 

第二話 竹町河岸通り」では、お春という囲われ者の女が殺された事件に関連し、ごんげん長屋の与之吉が怪しいという話です。

殺された女の家に出入りしていた者の中で、所在が不明なのがごんげん長屋の与之吉だというのです。

与之吉のその日の所在を確かめて欲しいと頼まれたお勝でしたが、与之吉は意外な人物と共にいたことが判明するのでした。

同時に、殺されたと思われていたお春について、また別な心温まる挿話が準備してありました。

 

第三話 法螺吹き男」は、一人暮しの藤七が酔いにまかせて連れてきた重兵衛という男にまつわる人情話です。

近江の鉄砲鍛冶だという重兵衛は、江戸に連れてこられて三年の間の武家屋敷での暮らしの味気なさに耐えかねて屋敷を抜け出し、江戸の町を見て回る途中で藤七に出会ったというのです。

その際のごんげん長屋の住人の温かみに触れ、再びごんげん長屋を訪ねてきたというのでした。

しかし、屋敷の侍は鉄砲鍛冶の振る舞いをそのままにはしておけず、探し回っていたのです。

酒を飲んでは大騒ぎをし、問題を抱えた人間には共に解決の道を探そうとする、貧乏だけれども人情味豊かなごんげん長屋の暮らしに触れ、人間味豊かな生活を思い出した重兵衛だったのです。

 

第四話 迎え提灯」は、本書の主人公のお勝が育てている子供たちの一人であるお妙にまつわる話です。

お勝は本『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の舞台となる「ごんげん長屋」で、十二歳のお琴、十歳の幸助、七歳のお妙という三人の子と共に住んでいます。

この子たちはお勝がお腹を痛めた子ではなく、捨子だった子たちを自分で育ているのであり、そのことは子供たちも知っています。

そこに、六年前に子供を捨てた女がその子を探しており、その子の年まわりからしてお勝のもとにいるお妙ではないかという話が持ち上がるのでした。

お勝と子供たちの心温まるエピソードの一つであり、お勝の子供たちに対する思いが垣間見える話でした。

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【四】迎え提灯』は、『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の一冊として、まさに市井の暮らしを描き出した通俗的な時代小説の典型ともいういべき長屋小説です。

舞台となる「ごんげん長屋」と、そこに暮らす庶民。そして、長屋の中心人物として、皆から頼りにされているお勝というお人よしの女性。

人情小説としての要素を十分に持った、心温まる小説であり、今後の展開を大いに期待させてくれるシリーズだと言えるでしょう。

続編を楽しみに待つシリーズの一つだと言えます。

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』とは

 

本書『付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』は『付添い屋・六平太シリーズ』の第十五弾で、2021年12月に文庫版で刊行された280頁の作品で、人情味豊かな連作の短編小説集です。

 

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』の簡単なあらすじ

 

天保四年秋、秋月六平太は豪商の娘たちの舟遊びに付添った。その会食の席で酔った若侍が狼藉を働く。残された脇差から侍は旗本の次男・永井丹二郎と知れた。意趣返しを警戒し永井に接触した六平太は、逆に剣の腕を見込まれ、道場師範に乞われてしまう。その頃『市兵衛店』に付添い仲間の平尾伝八夫婦が越してきた。さらには妹の佐和母子も六平太宅に居候することになり、長屋は俄に賑やかに。稼業のためにと剣術修業を始めた伝八に、六平太は祝儀代わりの仕事を融通した。だが翌朝、伝八は何者かに斬られ瀕死状態で見つかる。日本一の王道人情時代劇、最新刊!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 深川うらみ節
天保四年秋、材木商の娘らが徒党を組む「いかず連」に付添うことになった六平太。その会食の席に酔った若侍が乗り込み、狼藉を働く。残された脇差から侍は旗本の次男・永井丹二郎と知れた。意趣返しを警戒した六平太は丹二郎に接触する。
第二話 付添い料・四十八文
『市兵衛店』に付添い仲間の平尾伝八夫妻が越してきた。さらに妹の佐和とその子らが六平太宅に居候することに。そんなある日、桶川への付添いの依頼が舞い込む。依頼主は奉公人で全財産はわずか四十八文。成り行きで引き受けるが……。
第三話 噛みつき娘
相良道場での稽古後、穏蔵の養父・豊松が死亡したとの知らせが入る。養家を継ぐのか、江戸に残るのか、穏蔵の将来を皆が心配する中、自分が実の父であることを隠しながら、六平太は厳しい言葉を突き付ける。
第四話 闇討ち
六平太の剣の腕を買い、丹二郎は自身の道場に招こうと躍起になっている。そんな頃、平尾伝八が剣術稽古を始めたことを知った六平太は、祝儀として付添い仕事を譲ることに。しかしその翌日、伝八が何者かに斬られているのが見つかった。(内容紹介(出版社より))

 

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』の感想

 

本書『付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』での巻を通してのエピソードは永井丹二郎という旗本の次男坊が六平太にまとわりつく話であり、それとは別の各々の話での個別のエピソードとがあります。

本書を読んでいる途中でただただ六平太の日常を描く、そうした小説もまたいいものではないかと思いながら読み終えました。

その後本ブログのシリーズ前巻『猫又の巻 祟られ女』の項を読み返すと、本シリーズは六平太を取り巻く人間模様を描き出す物語なので特別な敵役など必要ではない、と記しています。

つまりは、シリーズ物の痛快時代小説といえば、例えば『居眠り磐音シリーズ』での田沼意次のように、主人公と対立する敵役があった方が面白い、と思っていたのです。

しかしながら、そうではないのだと、魅力的な主人公がいてその周りの人々の人情話を語り続けるだけでも十分に面白いシリーズがあり得るのだとあらためて思っていたようです。

それが、前回も、そして今回もこのシリーズを読んでいる中で同じように感じていたのだと思えます。

 

 

ですから、シリーズでは巻ごとに特有の人物が現れたり、長屋の住人の入れ代わりもあって、物語としての新陳代謝を図っているのでしょう。

また、物語としての派手な展開もなく、人情話に重点が置かれることになるのでしょう。

それはそれで話さえ面白くできていれば何の問題もないのであり、事実、本シリーズはそうした展開になっていると思われます。

ごんげん長屋つれづれ帖【三】望郷の譜

ごんげん長屋つれづれ帖【三】望郷の譜』とは

 

本書『望郷の譜』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第三弾で、2021年9月に文庫本で刊行された、285頁の連作の短編小説集です。

シリーズ第三巻目の作品として、シリーズの世界観にも慣れ、それなりの面白さを持った人情小説集としてその位置を確立している印象でした。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』の簡単なあらすじ

 

お勝たちの隣の部屋に住まう、彦次郎とおよしの夫婦。古くから『ごんげん長屋』に暮らし、賑やかな住人たちを温かく見守る穏やかな二人の元へ、常陸国から一人の男が訪ねてきた。男を追い返すとともに、慌てて長屋を引き払おうとする彦次郎たちを引き留めたお勝は、老いた夫婦の哀しい過去を知ることになるー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第三弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 一番かみなり
元日には長屋での部屋の取り換えが、二日には「岩木屋」で若侍らの出来事があり、また田舎に帰るという「喜多村」の女中頭のおたねを見おくり、近藤道場の沙月のもとで建部家跡取りの源六郎の姿を見ったお勝だった。松が取れ、長屋には青物売りのお六と足袋屋「弥勒屋」の番頭の治兵衛という新しい住人が移ってきた。

第二話 藍染川
ある日、お琴と沢木栄五郎の手蹟指南書で一緒の志保と五十吉の姉弟が父親の仲三に打たれたと言って逃げてきた。お勝は仲三と直接話した後、入れ込んでいる女と話をつけると、仲三がお勝のもとへ怒鳴り込んできたのだった。

第三話 老臣奔走す
初午も数日後に控えたある日、彦坂伴内と名乗るとある旗本家の用人が荷車に積んだ荷を持ち込んできた。しかしその用人の望む金額には到底足らないため、今度は彦坂家の持ち物まで見積もってほしいと願ってきた。そこで彦坂の主筋の旗本家の内情を調べるお勝だった。

第四話 望郷の譜
ある日、彦次郎が打ったという短刀を見つけたのだと、刀鍛冶の久市の倅だという常陸国の恭太という男が彦次郎を訪ねてきた。それを聞いた彦次郎は慌ててごんげん長屋を出て行くと言い出すのだった。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』も、全四編からなる連作の短編小説集で、お勝を中心とした小気味よい人情話が展開されています。

 

「第一話 一番かみなり」ではごんげん長屋の住人の部屋の入れ代わりや、お勝のかつての奉公先にいた女中頭のおたねとの別れ、などがあります。

そして岩木屋に押し寄せた旗本の小倅たちの嫌がらせがあり、そのことがお勝のお腹を痛めた源六郎の話と絡んだりと、お勝の話が中心となっています。

特別に何か事件がおきるというわけではなく、お勝らの日常が描かれていくだけです。

 

「第二話 藍染川」は、沢木栄五郎の手蹟指南書でお琴と一緒だった志保五十吉という姉弟とその家族の話です。

父親の仲三が何かと母親のおきわや子供たちに手をあげるようになったという話を聞いて、お勝が乗り出すのです。

ただ、仲三一家の問題を解決する方法、そして仲三の目を覚ます出来事があまりに都合がよすぎる印象です。

軽く読める時代小説の常として、ある程度のご都合主義は仕方のないところかもしれませんが、この話の場合はちょっとばかり出来すぎだと思われます。

ちなみに、仲三が働く染屋があるという藍染川は、西條奈加の直木賞受賞の『心淋し川』という作品の中で「心淋し川」と呼ばれている川が合流する川です。

申し訳ないけれど、本シリーズも軽く読める面白い作品ではあるものの、人情時代小説としての作品の深み、人間の描き方では、やはり『心淋し川』に軍配が上がるのは仕方のないところです。

 

 

「第三話 老臣奔走す」は、後に判明する旗本榊原家の用人である彦坂伴内という侍が、主家のために自らの財産までをも投げうって奉公しようとする姿が描かれています。

彦坂伴内から主家の事情を聞かされたお勝は、いつものように情報を収集し、彦坂に裏の事情を教えるのです。

そこから先は彦坂ら侍の判断で動くことになります。侍はそうした裏事情を知り得ない、という前提での話ですが、そこらをつつく必要もないでしょう。

 

「第四話 望郷の譜」は、ごんげん長屋の住人である彦次郎およし夫婦の物語です。

まさに人情物語であって、哀しみに満ちた物語でもあり、愛情にあふれた物語だともいえるかもしれません。

とはいえ、微妙に無理筋の話、だという気もしていて、なんとも言いようのない作品でもあります。

 

本シリーズは、通俗的な人情小説として軽く読める作品を期待する向きにはもってこいのシリーズだと言えるでしょう。

これからも続編を期待したいと思っています。

ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に

ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』とは

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第二弾で、2021年3月に双葉文庫から272頁の文庫書き下ろしで出版された連作の人情時代短編小説集です。

シリーズ第二巻目であり、主人公のお勝はもちろん、ごんげん長屋の住人についても一通り様子が知れたあとの、楽しく読めた作品でした。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』の簡単なあらすじ

第一話 天竺浪人
文政元年(1818)十一月、目明しの作造大森源五兵衛という浪人を探しにやってきた。その夜、大家の伝兵衛もまた作造が探している人物は沢木栄五郎ではないかと言うのだった。栄五郎は天竺浪人、つまり逐電をひっくり返してんじく、天竺浪人だというのだ。

第二話 悋気の蟲
火消し「れ」組の梯子持ちの岩造が持っていた手ぬぐいやお守り見つけた女房のお富が、どこの女のものだと焼もちを焼いて大騒ぎとなった。ところがその翌朝、今度は囲われ女のお志麻の家に白山の提灯屋「菊乃屋」の内儀が怒鳴り込んできた。

第三話 雪の首ふり坂
お勝は、冬だというのに質草の炬燵や掻巻などを取りに来ない錺職の芳次郎という岩木屋の客の様子を見に行った。芳次郎は病で寝付いていたが、お勝は芳次郎の最後の弟子だった沢市という職人から、芳次郎の妻と娘の死に絡む話を聞くのだった。

第四話 ゆく年に
おる日おたかが苦しみ始めた。お腹の赤ちゃんのこともあり、長屋の女たちが入れ替わり世話をすることになった。ところが、国松夫婦は子の弥吉も連れて長屋を出て行きたいと言い始めるのだった。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』も、全四編からなる長編と言っていい連作の短編小説集です。

第二巻ともなるとこのシリーズの雰囲気も少しは分かっており、お勝という主人公の性格、暮らしぶり、皆には知られていない過去、などの様子も分ってきています。

そうしたよく練られた人情話シリーズとして認知された前提で本書を読むことになりますが、それによく答えた作品だという印象です。

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』では、第一話の沢木栄五郎、第二話の岩造とお富夫婦、第四話の国松とおたか夫婦というごんげん長屋の住人の話があって、残りの一話が錺職の芳次郎という「岩木屋」の客の話です。

 

第一話 天竺浪人」では、物語の始めはごんげん長屋の井戸端でのおかみさんたちの文字どおりの井戸端会議の場面から始まります。

こうした風景で、各家庭の内所の様子が垣間見え、庶民の生活を知らしめてくれています。

メインとなる話では沢木栄五郎が旧藩を逐電した理由が明かされます。タイトルの「天竺」は逐電という言葉からくる遊び言葉です。

同時に、貧しくて手蹟指南所に通えない、ごんげん長屋の住人のおたかの息子の弥吉の話や、岩木屋の妙な客、そしてお勝の幼馴染の近藤沙月がやってきたりもします。

 

第二話 悋気の蟲」は、ごんげん長屋の二組の住人にからむ、女のヤキモチの話です。

一組は火消し「れ」組の梯子持ちの岩造とその女房のお富の物語で、もう一組は囲われ女のお志麻の話です。

岩造は江戸の町娘に大人気だった火消しであるがゆえの女房の悋気の話であり、お志麻は妾としての本妻からの悋気の話ですから、ともに仕方のない話ではあります。

本話では、お勝がいない間に建部家の用人の崎山喜左衛門がお勝の家を訪ねて来るということも描かれています。

 

第三話 雪の首ふり坂」は、病で職人としての腕を振るえなくなった錺職の芳次郎の話です。

芳次郎の弟子の沢市から、芳次郎の妻子の過去の話を聞いたお勝でしたが、どうにも手の打ちようがありません。

師匠と弟子との心が通う話ではありますが、悲劇だとも言え、どうにもやるせない話です。

本話でも、左官の庄次や十八五文の薬売りの鶴太郎、貸本屋の与乃吉らが声をかけて出ていくと、井戸端の女らが「行っといで」と声を揃えて送り出します。

また、十二月八日は「事始め」といい、新年を迎える支度にとりかかる日だそうで、正月用の道具を取り出す習わしがあると記してありました。

本話などを読むと、『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』は、同じ作者金子成人の書く『付添い屋・六平太シリーズ』よりも登場人物の心象についてかなり細やかな表現をするようになっているように思えます。

痛快ものと人情ものとの差なのでしょうか。それとも、作者の作家としての経験の差なのでしょうか。

 

第四話 ゆく年に」は、長屋の国松とおたか夫婦の話です。

いかにも助け合いの精神で生きている長屋暮らしの物語です。お腹が大きいおたかを皆で助けようというのです。

しかし、国松夫婦に三両の金が転がり込んだ時も、貧乏人の哀しさで持ち付けない金を持ったそのこと自体が夫婦の日常を狂わせてしまいます。

今回も似たようなもので、その三両の金はあるのに長屋の皆の世話になることの負担を覚えてしまいます。人の良さの表れでしょうか。

また、お勝の一場面として、字を教えていた弥吉との別れがつらくぐずるお妙にお勝が雷を落とす場面があります。その様子を、後にお琴が「落ちた」と一言告げる様子がほほ笑ましいし、細かな描写が一段をうまくなっていると感じました。

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』は、前巻『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』以上に、人情時代劇としての魅力が詰まった一冊になっていました。

ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝

ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』とは

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第一弾で、2020年10月に双葉文庫から280頁の文庫書き下ろしで出版された連作の人情時代短編小説集です。

根津権現門前町にある「ごんげん長屋」を舞台に江戸の普通の庶民の生活が描かれる、心温まる物語でした。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』の簡単なあらすじ

 

岡場所で賑わう根津権現門前町の裏店、通称『ごんげん長屋』に住まうお勝は、女だてらに質屋の番頭を務め、女手ひとつで三人の子供を育てる大年増。情に厚くて世話焼きで曲がったことが大嫌いなお勝は『かみなりお勝』とあだ名され、周囲に一目置かれる存在だ。そんなお勝の周りでは、今日も騒動が巻き起こり―。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本が贈る、傑作シリーズ第一弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 かみなりお勝
お勝が番頭を務めている質屋「岩木屋」は損料屋も営んでいた。今回も「紫雲堂松月」という菓子屋へ貸した塗り膳に疵を見つけ修理代の交渉へと赴くが、「紫雲堂松月」主人の妻おていは納得できないという。そのとき、こちらを見ている男児を見つけるお勝だった。

第二話 隠し金始末
ある日、ごんげん長屋の住人の弥吉おたか夫婦のもとに、半年前に弥吉が拾った三両という金が払い下げになることとなった。ところが、持ちつけない金を握った弥吉夫婦は呆然とするばかりだった。

第三話 むくどり
お勝は、旗本の池本家から返してもらった刀の損料の交渉に行った帰り、口入屋「桔梗屋」の主人が旅姿のお末という娘を相手に困っている様子を見つけた。お末の兄の貞七が帰ってこないらしいが、貞七の奉公先があの池本家だというのだった。

第四話 子は宝
お勝の子の幸助が手蹟指南書で殴り合いの喧嘩をしてきた。お妙によると、幸助が相手に「捨子」と言われたというのだ。幸助やお琴は自分たちが「捨子」であったことは知っていたが、お妙は自分も捨子だったことを知らされて泣き出していまう。

そんなお勝は、ごんげん長屋の家主の惣右衛門が隠居である料理屋「喜多村」へ呼び出された。そこには旗本建部左京亮家の用人の崎山喜左衛門が待っていた。喜左衛門は、お勝が建部家を追い出された後のお勝の事情もよく知っているのだった。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』は、全四編からなる連作短編小説集ではありますが、連作ものによくあるように、実際は長編と言ってもいい作品です。

本書の舞台は「岩木屋」という質流れ品を利用した損料屋も営んでいる質屋で、本書の主人公はこの「岩木屋」の番頭を務めているお勝という名の三十八歳の女性です。

男勝りのこの女性が、質屋、損料屋の「岩木屋」を訪れる客や、住まいの「ごんげん長屋」の住人達に巻き起こる様々な出来事に対処しながら、怒り、泣き、喜ぶ姿が描かれています。

 

「第一話 かみなりお勝」では本シリーズの紹介も兼ねて、岩木屋の質屋としての仕事よりも、質屋の質流れの品物を利用したレンタル業である損料屋としての仕事の紹介が主になっています。

菓子屋「紫雲堂松月」に貸した塗り膳に疵があったことからその損料の交渉へと行ったことからちょっとした人情話が語られます。

 

「第二話 隠し金始末」では、ごんげん長屋の住人の弥吉夫婦に思いもかけず転がり込んできた三両という金を巡る物語です。

普段持ち付けない大金を持った庶民の姿を描きだす小さな悲喜劇です。

 

「第三話 むくどり」は、帰らぬ兄を訪ねて一人江戸まで出てきた田舎暮らしの娘の悲しみをうまく描いてある作品でした。

また、お勝が困っている人を見ると口を出さずにはおられない人柄であることもよく分かります。

別の話として、お妙が自分だけ着物を仕立てて貰うことが納得がいかない様子もまた描写してあります。お勝の家庭が互いに助け合って暮らしていることが分かるエピソードでした。

ここで、「岩木屋」の主人の吉之助の妹のおもよが登場します。お勝の娘の七つになるお妙の七五三の帯解のためにと反物を土産に持ってきたのでした。

ここで「帯解」とは付け紐で着物を着ていた女の子が七つの七五三を機に普通の帯を使い始めるという祝儀だとの説明がありました。我が家には女の子がいないので分からないのですが、こうした風習は今でも行われているのでしょうか。

 

「第四話 子は宝」は、江戸時代、親のない子は珍しくもないという事実を前に綴られていきます。

また、お勝が大家の惣右衛門の「喜多村」に十五年前に、惣右衛門の子の利世と婿養子の与一郎の間の子の惣吉お甲の世話係として雇われていたことも明らかにされます。

それ以上にお勝自身の子供のことつまり、お勝がかつて奉公していた二千四百石の旗本、建部左京亮の手がついてお勝は子供を産んだという事実が知らされます。

名は市之助、元服して今では源六郎と名乗り、十九歳になっています。

しかし、左京助の正室の久江がお勝の家柄を理由にお勝を追い出したのです。

その後お勝は「亀屋」という旅籠、菓子屋「清水緑風堂」、料亭「喜多村」に勤め、今の「岩木屋」に至っています。

男勝りのお勝、その三人の子供は皆捨子だった、という前提で進んできた物語ですが、ここでお勝自身の過去が語られ、お勝という人間を立体的に浮かび上がらせてあるのです。

 

一点、疑問があります。

お勝が談判に行った炭屋「笹熊」の主人の亥太郎が「あのかみなりお勝」とつぶやいて金を出したのはどういう意味なのでしょう。

お勝の名がそれだけとおっているということなのか、それとも亥太郎がなにか訳ありの男なのか、今後の展開を気にしていたいと思います。

 

ともあれ、本書『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』は、作者金子成人が痛快時代小説だけではなく、落ち着いた人情話の書き手としても一流だということを示した作品だと言えます。

ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ

ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』とは

 

『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』は、ごんげん長屋に住むお勝というアラフォー女性を主人公とする人情時代小説シリーズです。

誰にも言えない過去をもつものの、男勝りで誰からも頼られる人柄のお勝を巡る物語はかなり面白く読んだ作品でした。

 

んげん長屋つれづれ帖シリーズ』の作品

 

ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ(2024年10月06日現在)

  1. かみなりお勝
  2. ゆく年に
  3. 望郷の譜
  1. 迎え提灯
  2. 池畔の子
  3. 菩薩の顔
  1. ゆめのはなし
  2. 初春の客

 

ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』について

 

ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の主人公は、根津権現門前町の根津権現社の近くにある「岩木屋」という質屋の番頭をしているお勝という女性です。

このお勝の実家は馬喰町で「玉木屋」という旅館をやっていましたが、二十年前に近所から出た火事のために二親は逃げ遅れ、助けに飛び込んだ三つ違いの兄の太吉もまたともに焼け死んでしまいました。

そのときお勝は奉公先の旗本家にいたため無事でしたが、以来、縁者とも疎遠になり、三十八歳になる現在(第一巻)まで一人でいます。

 

お勝の住まいは、同じ根津権現門前町の南端にある、路地を挟んで北側に九尺三間、南側に九尺二間という間取りで並んだ二棟の六軒長屋で、正式名称は「惣右衛門店」、通称を「ごんげん長屋」といいます。

お勝はその「ごんげん長屋」の北側の棟の真ん中あたりに、十二歳のお琴、十歳の幸助、七歳のお妙という三人の子と共に住んでいます。

このお勝について作者の金子成人は第一巻の始めで、お勝の兄の太吉を慕っていた銀平というお勝の三つ年下の目明しに、お勝は「餓鬼の時分から小太刀をものにして、近所の年上の悪餓鬼からも恐れられてた」と言わせています。

また、今のお勝は根津の方では「かみなりお勝」と呼ばれているそうだ、とも言わせているのです。

それだけお勝自身が鉄火肌であり、親分肌でもあるといえそうです。

 

ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の登場人物としては、まず「ごんげん長屋」の面々は、各巻の最初に長屋の見取り図があり、住人の名前も書いてあります。

その中で主だった人物としては、大家の伝兵衛、それに手習の師匠をしていますが金がないために厠の隣の賃料が安い部屋に住む沢木栄五郎がいます。

その他に挙げるべき人物としては、善光寺町にある料理屋「喜多村」があり、その隠居で「ごんげん長屋」の家主でもある惣右衛門がいます。

そして、お勝の過去にかかわる旗本建部左京亮家の用人の崎山喜左衛門や、香取神道流の近藤道場師範の妻で幼馴染の沙月などがいます。

もちろんその他にもいますが、各巻の中で語られていくことになります。

 

本シリーズでお勝が番頭として奉公する「岩木屋」は、質流れになった質草を損料を取って貸し出す「損料貸し」も営む「損料屋」でもありました。

主人は吉之助といい、慶三弥太郎という手伝い、それに初老の蔵番の茂平と修繕担当の要助らがいます。

これらの面々や、「岩木屋」へやってくるお客らの巻き起こす問題ごとにどうしても首を突っ込み、世話を焼くことになるのが主人公のお勝なのです。

 

本『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の作者金子成人は高名な脚本家でもあり、人気シリーズの『付添い屋・六平太シリーズ』も書かれています。

ということは、痛快小説のみならず人間ドラマもお手の物でしょうが、あらためて書かれた人情話はいかがなものかと思っていたところ、さすがに読ませる作品でした。

 

ところで、本シリーズは根津権現門前町を舞台としていますが、根津権現町といえば、先般西條奈加が第164回直木賞を受賞した『心淋し川(うらさびしがわ)』も根津権現付近の千駄木を舞台にした作品でした。

また、明治10年の根津遊郭を舞台に、御家人の次男坊だった定九郎の鬱屈を抱えながら生きている様子を描きだす、第144回直木賞を受賞した木内昇の『漂砂のうたう』という作品もあります。


また、田牧大和の『鯖猫長屋ふしぎ草紙シリーズ』も根津権現町の南隣の根津宮永町を舞台にした作品でした。

 

他にも根津という町を舞台にした作品はかなりの数がありそうです。この土地自体に人情話が生まれやすい土壌があるのでしょう。

ともあれ、金子成人という作者の、なかなかに面白そうな新シリーズが始まりました。

ゆっくりと読み続けたいシリーズになると思われます。

追記:

本シリーズも第六巻を読み終えてみると、この作者の作風は、いわゆる痛快時代小説と呼ばれる、無敵の主人公がその剣の腕などを駆使して悪漢を退治し爽快感を得る、というものとは異なるようです。

主人公のお勝こそ人には明かせない過去を持ち、それなりに悩むこともあるようですが、そのことはシリーズの根底に通して流れているだけで、大きな事件というわけでもありません。

本シリーズでは格別に大きな事件が起きることもなく、江戸の市井に暮らす人々の日常がただ淡々と描き出されています。

痛快時代小説的な物語を探している人には向かないでしょうが、格別に文学作品を求めるでもなく普通に通俗的な優しさで事足りる人にはもってこいのシリーズだと思います。