付添い屋・六平太 妖狐の巻 願掛け女

『付添い屋・六平太 妖狐の巻 願掛け女』は、『付添い屋六平太シリーズ』第十三弾の、文庫本で282頁の連作短編小説集です。

変わらずに読みやすく、面白さ自体は維持していますが、あまり変化を感じない話となっているようです。

 

『付添い屋・六平太 妖狐の巻 願掛け女』の簡単なあらすじ 

 

浪人・秋月六平太が付添い屋として稼ぐ手当てを得てからそろそろ十年になろうとしていた。ある夜、頬被りをした男に刃物で寝床を襲われて以来、只ならぬ殺意が六平太の身辺を漂いはじめる。訝しみつつも、『飛騨屋』のお内儀・おかねの咳止め願掛けの付添いや、日本橋堀江町の湯屋『天津湯』での見張り番など、慌ただしい日々を送っていた。一方江戸では「行田の幾右衛門」一味による残忍な手口の押し込みが頻発していた。その幾右衛門の素性に心当たりを得た六平太は盗賊の捕縛に助力し始めるが…。伝説のドラマ脚本家が贈る、王道の人情時代劇十三弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 幽霊息子
ある夜、刃物を手にした何者かに襲われた六平太。知らず知らずのうちに恨みを買ったかと思案するも、心当たりが見つからない。そんな折、音羽の顔役・甚五郎から、一人息子の穏蔵に婿養子の口がかかったと告げられる。
※ なお、この話のタイトルはAmazonには「幽霊息子」とありましたが、文庫本では「幽霊虫」とあります。そのままに載せておきます。
第二話 願掛け女
六平太に湯屋での見張りの仕事が舞い込むも、居眠りをし、盗っ人に入られてしまう。一方で、「市兵衛店」の弥左衛門の家に通う女中・お竹から、殺された弟の敵打ち成就の為、願掛けの付添いをしてほしいと依頼される。
第三話 押し込み
六月の晦日、六平太は妹の佐和と亭主の音吉たちに連れられ、橋場にある明神社に参拝に訪れていた。賑わう境界を歩いていると、背後から女の悲鳴と男の怒鳴りが聞こえ、振り返ると見覚えのある女が包丁を持って立っていた。
第四話 疫病神
六平太が足繁く通う料理屋「吾作」の料理人・菊次と、お運びのお国が所帯を持つことになった。六平太とおりきで二人の家移りを手伝っていると、佐和と伜の勝太郎が人質に取られたと知らせが届く。色めきたつ六平太は一人覚悟を決め、助けに向かう!(「内容紹介」より)

 

『付添い屋・六平太 妖狐の巻 願掛け女』の感想

 

今回の物語『妖狐の巻 願掛け女』でも、おりきとの中も含め六平太自身の暮らしぶりに特別な変化はありません。

今回の物語では、少し前から市兵衛長屋に移り住んできた弥左衛門こと行田の幾右衛門との話が中心になります。

と同時に、六平太の息子である穏蔵に養子の話が起こり、親代わりである音羽の甚兵衛や竹細工師の作蔵、養い親の豊松らが穏蔵のために奔走します。

幾右衛門が絡んだ話と穏蔵の養子の話が本書の全編を貫き、他に音羽の「吾作」の菊次お国との話や木場の「飛騨屋」の娘登世のいかず連の話なども息抜きのように語られます。

 

どうもこのところこの『付添い屋・六平太シリーズ』にはあまり変化がありません。

長尺のテレビシリーズのようにその回での中心人物の活躍だけが取り上げられて、痛快時代小説のシリーズ物としての面白さがマンネリ化しているように思えます。

 

 

それは一つには、シリーズ物としては各巻での細かなエピソードの積み重ねがあるにしても、そのエピソードが現実感を欠いている場面が少なからず感じられるようになってきたことがあるのでしょう。

例えば、本書『付添い屋・六平太 妖狐の巻 願掛け女』でそのことを最も感じた個所として、お竹自身が六平太を衆人環視の中で襲い殺そうとした点です。

いくら何でも六平太の剣の腕が立つことを知っているはずのお竹が、人ごみの中を書き分けつつ六平太を殺しに来るとは設定が荒いと感じられます。

また、六平太がしくじった湯屋での盗難事件の解決にしても偶然に頼っており、あり得ない話だと思ってしまいました。

確かに、先に述べた行田の幾右衛門の登場などはそうしたマンネリを避けるための仕掛けの一つなのでしょうが、このシリーズに変化をもたらしたとまでは言えないようです。

 

こうした違和感が積み重なり、この物語への感情移入もしにくくなり、面白味を失ってくる、そんな危惧を感じてしまうのです。

なんてこったい!-若旦那道中双六(4)

四日市宿で伊佐蔵の意外な正体を知ってしまった巳之吉。自分を子供扱いした祖父の儀右衛門に怒り心頭の巳之吉は、東海道の旅を放り出し伊勢を目指す。その途上、蝦夷から来た二人の客を伊勢詣に連れていくという大坂の海産物問屋『北海屋』の手代と知り合うが、辿り着いた伊勢の地で、蝦夷の二人が行方知れずになり―。愛嬌たっぷりの若旦那が繰り広げる、笑いと涙の珍道中!時代劇界の超大物脚本家が贈る人気シリーズ第四弾!!(「BOOK」データベースより)

 

若旦那道中双六シリーズの第四巻目の長編人情小説です。

前巻『べらぼうめ!』で、京を目指す巳之吉を陰から助けてきた伊左蔵が、実は「渡海屋」の先代儀衛門の指示を受けた子守役であったことを知った巳之吉は、京への旅をつづける意欲をなくし、伊勢へと方向転換をするのでした。

 


 

清吉という男の連れの急病の蝦夷人のために持っていた薬を分け、そのとき言われた伊勢国安濃郡の「津」にある「奈良屋」という旅籠で彼らを待つことになります。しかし、その宿では盗人に間違われたり、と散々な目に逢う巳之吉でした(>第一話 奉納金泥棒)。

その後、たどり着いた伊勢で知り合った江戸深川にいた庄助という男が居候しているお房という女の家に泊まる巳之吉です。翌日、伊勢の内宮で連れの蝦夷人を探す清吉と再会した巳之吉は、旅の途中で聞いた話から蝦夷人を探し出し、これを救い出すのでした(第二話 庄助饅頭)。

清吉らと別れた巳之吉は、伊勢内宮で女衒に連れていかれそうな娘を助けます。しかし巳之吉はそれが騙りであったことに気付くのでした(第三話 伊勢音頭)。

やっと伊勢を離れた巳之吉は再び伊勢路を京へと向かいます。その後、騙りの一味の悪事を暴いた巳之吉は、その一味に捕まってしまうのでした(第四話 雲助峠)。

一方、江戸では巳之吉の帰りを待つお千代が巳之吉の仲間になにかと面倒をかけているのでした。

 

前巻『べらぼうめ!-若旦那道中双六(3)』についての項で、「はっきりしないと思われていたこの物語の色が、その漠然とした色こそが持ち味だと感じてきた」と書きました。

でも、その「漠然とした色」も二巻と続くとやはり何となくそれなりの刺激が欲しくなるようです。

それは、なにもヒーローが活躍する活劇や剣戟でなくてもいいのです。人情ものとして読み手の心に残る話でも、爆笑もののコミカルな話でも、ほかの何かでも構いません。

 

前巻でそれなりに本シリーズの特色を捕らえようと思ったのですが、やはり私の嗜好とことなる路線としか言いようがありません。

本シリーズも残りはあと一巻です。なんとか最後まで読み終えようと思います。

べらぼうめ!-若旦那道中双六(3)

赤坂宿で土地のやくざの抗争に駆り出されそうになるもなんとか逃げ出した巳之吉は、赤坂から遠ざかるべく先を急ぐが、橋の袂で下りた河原でお峰という女と知り合い、岡崎宿まで同道することに。奉公の年季が明けて生まれ在所に帰る途中だというお峰だが、思わぬ事実を打ち明け、巳之吉にある願いを託してくる―。愛嬌たっぷりの若旦那が繰り広げる、笑いと涙の珍道中!時代劇界の超大物脚本家が贈る人気シリーズ第三弾!!(「BOOK」データベースより)

 

若旦那道中双六シリーズの第三巻目の長編人情小説です。

 


 

前巻で「人斬りの磯吉」と間違われ逃げ出した巳之吉は、藤川宿を過ぎ岡崎宿へとやってきました。そこで、足抜けをしたらしいお峰という女と知り合い、矢作川上流にあるお峰の里の様子を見てきてほしいと頼まれるのでした(第一話)。

池鮒鯉宿の問屋で難儀していた娘を助けた巳之吉は、次の鳴海宿の手前で駕籠かきにからまれている先ほどの娘を助けようと声を掛けますが、逆にやられてしまいます。そこを弥三郎という旅人に助けられるのでした(第二話)。

熱田神宮を擁する宮宿の七里の渡しで船に乗り損ねた巳之吉は、満員の宿に泊まれず芝居小屋の道具置場に潜り込む羽目になります。そこで芝居の台本を書くことになるのでした(第三話)。

第三話での芝居小屋で、見知らぬ女三人に自分を捨てるのかと押しかけられた巳之吉は、何とか七里の渡しを越え四日市にある「高倉屋」へと挨拶にやってきます。そこで気になったのが、巳之吉の世話をしてくれる綱七という男とお勢という幼馴染みの仲でした(第四話)。

 

本シリーズの前巻までの印象として、人情小説でもなくかといって痛快小説とも言えなくて、今一つ焦点が定まっていない印象だと書きました。

しかし、第三巻となる本巻では、伊左蔵の正体も明らかになるなどの事情もあってか、前巻ほどの中途半端さはないように思えます。

というのも、人当たりがよく、家業以外では思いもかけない能力を発揮している巳之吉の姿が次第にはっきりとしてきたからでしょうか、それなりの魅力を持った人物に思えてきたからでしょう。

 

もともとは能力はあるもの「渡海屋」の跡継ぎとしての意欲も自覚も見せなかった巳之吉の性根を叩き直すためにと考えられた京都行きの話でした。

それが、巳之吉の旅姿を眺めているうちに、いい加減で口八丁なところはあるものの、座付き作家としての能力を発揮したり、妙なところでの人の良さを見せたり、おとこ気のあるところを示したりと意外な魅力を見せ始めます。

加えて、巳之吉のいない江戸での儀右衛門のもとを訪れる巳之吉の遊び仲間である丑寅や岩松、右女助らから聞く巳之吉の姿に意外なものもあったりしたからだと思われます。

 

つまりは、はっきりしないと思われていたこの物語の色が、その漠然とした色こそが持ち味だと感じてきたというところでしょうか。

しかしながら、時代小説に明確な人情話や痛快な剣戟の場面などを求める向きにはやはり向かない物語かもしれません。

こうした文章を書いている私自身が本巻は読むのをやめようかと思ったほどですから、そうした考えも無理はないと思うほどの物語です。

ただ、ここまで読み進めてくるとそれなりの味わいのある物語であり、以降の展開が気になる物語でもあります。

いますこし付き合ってみようと思います。

すっとこどっこい!-若旦那道中双六(2)

女に金を騙し盗られ、逗留を余儀なくされた岡部宿をあとにした『渡海屋』の若旦那の巳之吉は遅れを取り戻すべく先を急ぐ。小夜の中山峠も無事越えて見付宿に辿り着くが、無理が祟ったのか、街道の辻で倒れてしまう。目浚え女のおしげに助けられ、事なきを得た巳之吉だが、おしげの家にしばらく厄介になることになり―。愛嬌たっぷりの若旦那が繰り広げる、笑いと涙の珍道中!時代劇界の超大物脚本家が贈る痛快シリーズ第二弾!!(「BOOK」データベースより)

 

世間知らずの大店の若旦那の京都までの一人旅をユーモアたっぷりに描く、若旦那道中双六シリーズの第二巻目の長編人情小説です。

 


 

霊岸島南新堀にある廻船問屋『渡海屋』の若旦那の巳之吉は、祖父の儀右衛門の図りごとにはまり、後継ぎとしての成長のために京都へと旅立ちました。

前巻では小田原では船中に閉じ込められ、富士川では川止めに会い、岡部宿では道行を共にした女に有り金を持ち逃げされたりもした巳之吉でした。

そんなこんなで、本来であればひと月もあれば京都へ行ってすでに江戸へと帰りついてもいい頃だったのですが、未だ京までの行程の半分にも満たない駿河国にいます。

 

やっと日本橋から数えて二十四番目の金谷宿に着いた巳之吉でしたが、大井川の川止めがとけ、更に参勤交代の行列も重なっていたため、やっと宿を見つけた巳之吉でした。しかし、飲み屋で知り合った脇本陣からも追い立てられた参勤交代の侍と知り合い、意趣返しを思いつくのです(第一話)。

そのいたずらの後、松の葉を煎じた飲み物を飲まされた巳之吉は急な腹痛に襲われ、目さらし女の家に担ぎ込まれます。そのころ江戸ではお千代という亭主持ちの女が巳之吉を訪ねてきていました(第二話)。

目さらし女の家で養生した巳之吉は儀衛門の名代として新居宿の「黒松屋」へと挨拶に訪れますが、主の新左衛門から逗留するように言われ、断わり切れないでいました(第三話)。

姫街道との合流点からすぐの御油宿にたどり着いた巳之吉でしたが、ここで「人斬りの磯吉」という人物と間違われ、この御油宿と一つ先の金谷宿の貸元同士の争いに巻き込まれてしまうのでした(第四話)。

 

本シリーズは、基本的に落語で言えば与太郎的な人物が巻き起こすコミカルな騒動を渡海道中膝栗毛のような道中記として展開する物語を企図したのでしょう。

しかし、第二巻の本作品までを読む限りでは、人情小説とも言い切れず、かといって痛快小説というにはそうでもなく、今一つ焦点が定まっていない印象です。

基本的に各巻は四つの章でなり立っていくと思われますが、その各章が主人公巳之吉の与太郎ぶりを主張したいのか、巳之吉は単なる傍観者としてその章の登場人物の人情物語を展開したいのかはっきりとしないのです。

そんなことは関係なく、巳之吉のいい加減さからくる顛末記をただ眺めていればいいと言われればそれまでですが、そのいい加減さもまたなんとも言いにくい状況です。

今後の続巻の展開では巳之吉のそれなりの成長ぶりが描かれていることを期待したいと思います。

 

このような道中記としては、朝井まかての『ぬけまいる』や『若旦那道中双六シリーズ』の項にも挙げた鈴木英治の『若殿八方破れシリーズ』などがあります。

前者『ぬけまいる』は、かつて「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれたアラサー三人組が突如、仕事も家庭も放り出し、お伊勢詣りに繰り出すという、女三人組の珍道中を描いた作品であり、後者『若殿八方破れシリーズ』は、信州真田家の跡取りである主人公が自分に尽くしてくれていた家来が殺されたため、本来許されない筈の仇打ちの旅に出るという物語です。

ともにユーモアたっぷりな物語であり、軽く読める作品です。

 

 

てやんでぇ! -若旦那道中双六(1)

南新堀の廻船問屋『渡海屋』の若旦那である巳之吉は、家業には目もくれず、遊興三昧。気ままな日々を過ごしていたが、業を煮やした祖父の儀右衛門から、見聞を広げるため東海道を一人で旅するよう命じられる。そんなのはごめんだと拒否した巳之吉だが、とある事情から、泣く泣く江戸を離れざるを得なくなり―。愛嬌たっぷりの若旦那が繰り広げる、笑いと涙の珍道中!時代劇界の超大物脚本家が贈る、期待のシリーズ第一弾!(「BOOK」データベースより)

 

世間知らずの若旦那の、江戸から京までの一人旅の様子をユーモアたっぷりに描き出す、若旦那道中双六シリーズの第一巻目の長編人情小説です。

 


 

江戸は霊岸島の南新堀にある廻船問屋『渡海屋』の若旦那の巳之吉は、家業を顧みることなく放蕩三昧の日々を送っていました。そこで「渡海屋」の跡取りである巳之吉の将来を心配した祖父の儀右衛門は、巳之吉を一人旅に送り出すことにします。

なにかと一人旅を渋っていた巳之吉でしたが、義右衛門の仕掛けにはまり京都へと旅立つことになりました。

しかし、出立したのはいいものの、世間知らずの巳之吉は早速かどわかしに会い、二百両という身代金を渡海屋に請求される羽目に陥ってしまいます(第一話)。

何とか助かったものの、富士川の川止めの間に鬼火が出る赤沼という村に出かけたり(第二話)、旅の途中で知り合った加倉井源蔵という浪人の顛末を見届けたり(第三話)、知り合った女に騙されたりしながら旅を続ける巳之吉です(第四話)。

とはいえ、儀右衛門も世間知らずの巳之吉の一人旅を心配し、巳之吉の旅を見守るようにと伊左蔵という男に頼みます。実際、随所に登場して巳之吉が陥った危険から巳之吉を助けていくのです。

こうして、章ごとに巻き起こる様々な人間模様に巻き込まれる巳之吉の様子を面白おかしく展開してあります。

 

この巳之吉に関しては、巳之吉の妹のおるいが、巳之吉は悪運が強いから大丈夫、いつの間にか悪運も良運になると言いきっています。

巳之吉という人間は、自分にとって嫌なことを頭から追い出したらそれはもうあにさんにとってはなかったことになるし、輝かしい思い出だけが残るんだ、というのです。

実際、旅の途中で知り合った人間に適当な話を面白おかしく話聞かせ、事件に書き込まれたりもしますが、伊左蔵の手助けもあって何とか窮地から脱出しています。

 

このように各章ごと事件を巻き起こす巳之吉ですが、その合間に儀右衛門やおるいらの江戸の様子を息抜きのように描いてあります。

人気の『付添い屋・六平太シリーズ』の当初からすると、物語の進め方がかなりテンポよくなってきている気がするのは私の気のせいでしょうか。

 

 

本書はお調子者の巳之吉の様子を軽妙なタッチで読ませてくれる、そうした物語として仕上がっています。

とりあえずはしばらくこのシリーズに付き合った見ようと思わせられるのです。

若旦那道中双六シリーズ

若旦那道中双六シリーズ(2019年11月20日現在)

  1. てやんでぇ!
  2. すっとこどっこい!
  3. べらぼうめ!
  1. なんてこったい!
  2. あばよっ!

 

登場人物
巳之吉  南新堀の廻船問屋『渡海屋』の若旦那
おるい  巳之吉の四つ下の妹

儀右衛門 巳之吉の祖父
鎌次郎  巳之吉の入り婿の父親
多代   巳之吉の母親

岩松   霊岸島銀町にある鍛冶屋の倅 火消し弐番組「千」組の平人足
丑寅   東湊町の船宿の長男 八丁堀亀島町の目明し・稲次郎親分の下っ引き
為三郎  北新堀の油屋の三男
染弥・小勝 巳之吉らの馴染みの辰巳芸者
秀蝶・千代 巳之吉の女たち 踊りの師匠と亭主持ちの女

 

主人公は南新堀の廻船問屋『渡海屋』の若旦那の巳之吉という男です。

 

水運・海運の要地である霊岸島にあって、主に西国、上方から江戸への海上物流を担っていたのが巳之吉の実家である「渡海屋」だった。

その「渡海屋」の跡取りである筈の巳之吉は、家業にはめもくれず、放蕩三昧の日々を送っていた。

しかし、巳之吉が勝手に婿取りするものと思っていた妹のおるいは嫁に行ってしまい、つまりは巳之吉が家業を継がねばならなくなってしまう。

そこで、巳之吉の祖父の義右衛門は、世間の狭い者に旅が一番だとして、巳之吉を跡取りとして鍛え直すために京への一人旅へと送り出すのだった。

 

世間知らずの若旦那の一人旅という設定が、まず『東海道中膝栗毛』の一人旅版のようなコメディータッチの作品を思い起こさせますが、まさにその通りのユーモアに満ちた気楽な物語になっています。

こうした、主人公の旅の様子をそのままに小説にしている作品としては、鈴木英治の『若殿八方破れシリーズ』や佐伯泰英の『夏目影二郎始末旅シリーズ』などがあります。

後者の『夏目影二郎始末旅シリーズ』は幕府の密命を帯びて諸国の悪人を懲らしめるという活劇小説であり、本書のタッチとは少々異なります。

しかし、前者は信州真田家跡取りである主人公が、本来許されない筈の自分の家来のための仇打ちに出るというもので、まさに本書『若旦那道中双六シリーズ』のようなコミカルなタッチの作品です。

 

 

本シリーズは全部で五巻で完結しています。この作者の作品としては他に『付添い屋・六平太シリーズ』を読んだだけですが、他の作品も読んでみたいものです。

ただ、私がお世話になっている図書館に他の作品がありません。単発の作品は二~三冊あるようですが、やはりシリーズ物を期待したいと思います。

 

脱藩さむらい

香坂又十郎は、石見国、浜岡藩城下に妻の万寿栄と暮らしている。奉行所の町廻り同心頭であり、斬首刑の執行も行っていた。浜岡藩は、海に恵まれた土地である。漁師の勘吉と釣りに出かけた又十郎は、外海の岩場で脇腹に刺し傷のある水主の死体を見つける。浜で検分を行っていると、組目付頭の滝井伝七郎が突然現れ、死体を持ち去ってしまった。義弟の兵藤数馬によると、死んだ水主の正体は公儀の密偵だという。後日、城内に呼ばれた又十郎は、謀反を企んで出奔した藩士を討ち取るよう命じられる。その藩士の名は兵藤数馬であった。大河時代小説シリーズ第一弾!(「BOOK」データベースより)

 

金子成人の新しいシリーズである「脱藩さむらいシリーズ」の第一弾となる長編の痛快時代小説です。

 

石見の国の浜岡藩で奉行所町廻りの同心頭をしていた香坂又十郎は、田宮神剣流鏑木道場師範代の腕を買われ、藩内の抗争の末に出奔した藩士を討ち取るように命じられます。

その藩士こそ、又十郎の妻である万寿栄の弟の兵頭数馬でした。

又十郎は、数馬を斬らねば万寿栄や又十郎の実家である戸川家にも類が及ぶというどうにもならない状況に追い込まれてしまいます。

こうして数馬を追って江戸まで出てきた又十郎でしたが、妻らを人質に取られたも同様の又十郎は、浜岡藩江戸屋敷目付の嶋尾久作の理不尽な命にも従わなければならなくなっているのです。

 

本シリーズは、この作者金子成人の人気シリーズ『付添い屋・六平太シリーズ』のような、市井で気ままに暮らす素浪人の日常ではなく、強制的に江戸での暮らしを強いられている主人公の、その意にそわない日常が描かれるのであり、かなりシリアスな状況です。

物語の雰囲気も当然ながらかなり異なり、藩内の大きな力の前に身動きの取れなくなった主人公又十郎のこれからがどのように展開していくものなのか、かなり興味を惹かれます。

 

又十郎が江戸での浪人生活を送らなければならない理由もそれなりの必然性を設けてあります。

即ち、浜岡藩内での権力闘争のなりゆきがあり、その上で浜岡藩に公儀隠密が暗躍する理由などもそれなりの理由付けがなされています。

そうした細かな設定が物語の舞台背景に真実味を与え、読み手も違和感を感じずに物語世界に浸ることができると思われるのです。

 

本書はまだまだシリーズの第一巻に過ぎませんが、早々に藩内での対立が描かれ、そこに巻き込まれる主人公の又十郎の姿があります。

その上で、例えば妻の万寿栄と山中小一郎とが切迫したやり取りを交わす様子を垣間見てしまう又十郎の姿が描かれ、少なくとも本書ではその理由が明かされていないなど、本巻で解決しない謎がいくつか残されています。

それは巻を重ねることが予定されている作品だということを意味していると思われ、かなり期待できるシリーズになりそうです。

脱藩さむらいシリーズ

本『脱藩さむらいシリーズ』は、『付き添い屋六平太シリーズ』で人気を博した金子成人の新しいシリーズです。

一巻しか読まないうちに気付いたら第四巻まで出ており、その上「最終巻」との表示がありました。できるだけ早めに読みたいと思います。

 

脱藩さむらいシリーズ(2020年08月28日現在)

  1. 脱藩さむらい
  2. 脱藩さむらい 蜜柑の櫛
  1. 脱藩さむらい 抜け文
  2. 脱藩さむらい 切り花

 

 

登場人物

  • 香坂又十郎 三十歳 浜岡藩奉行所町廻りの同心頭
  • 香坂万寿栄 又十郎の妻二十七歳
  • 香坂与一郎・いよ 又十郎の義父母
  • 戸川弥五郎 又十郎の兄で実家の戸川家当主
  • 兵藤数馬  万寿栄の弟で藩の勘定役
  • 山中小一郎 数馬の幼馴染で藩の祐筆
  • 山中小菊  小一郎の妹
  • 嶋尾久作  浜岡藩江戸屋敷目付
  • 伊庭精吾  浜岡藩江戸屋敷横目頭
  • 本田織部  浜岡藩国元筆頭家老
  • 都築彦衛門 浜岡藩勘定奉行
  • 垣内勘斎  浜岡藩船奉行
  • 平岩佐内  浜岡藩大目付
  • 滝井伝七郎 浜岡藩組目付頭
  • 万次    大坂の廻船問屋備中屋手代
  • 東華堂   日本橋岩倉町の蝋燭問屋
  • 和助    東華堂手代
  • 茂吉    源七店の大家
  • 友三    源七店の店子
  • お由    源七店の店子

 

本『脱藩さむらいシリーズ』は、脱藩浪人が江戸で浪々の身を過ごすという典型的なパターンですが、よく見るとかなり設定を異にしています。

まずは、主人公の香坂又十郎が禄を食んでいたのは石見の国の浜岡藩です。

この浜岡藩は実在した石見国の浜田藩をモデルにしていると思われますが、その位置は現代でいうと島根県浜田市だそうですから、殆ど広島市の真北であり、山口県にも近い位置になります。

 

本シリーズの主人公の香坂又十郎は浜岡藩で田宮神剣流鏑木道場師範代もしていたほどの剣の達人です。

又十郎の妻は万寿栄といい二十七歳です。その万寿栄の弟に兵藤数馬が居ますが、この数馬が藩内の抗争の中心人物と目され、脱藩し江戸へと向かいます。

そこで、又十郎に数馬討伐の命が下ったのです。

妻の弟で、普段から又十郎が可愛がっている兵藤数馬を斬らねば万寿栄や又十郎の実家である戸川家にも類が及ぶというどうにもならない状況に追い込まれてしまう又十郎でした。

 

『付き添い屋六平太シリーズ』は、江戸の市井で気ままに暮らす六平太の日常が描かれている、気楽に読める痛快人情小説でした。

しかし、本『脱藩さむらいシリーズ』は、はその雰囲気とはかなり異なります。

自分の意志を通すこともかなわない状況に置かれた又十郎が、強制的に脱藩の形をとらされた上で江戸での暮らしを強いられます。

つまりはその意にそわない又十郎の日常が描かれているのであり、六平太シリーズに比べるとかなりシリアスな状況ではあります。

 

文章のタッチも『六平太シリーズ』の場合とは異なり、それなりに落ち着いた雰囲気で推移していて、読みごたえがあります。

主人公の心情としては、主持ちの武士としての矜持を持ったままでの仮の浪人暮らしのつもりでいます。そこに気楽さはなく、緊張感をもって生きているのです。

物語の内容は全然異なるのですが、何となく野口卓の『軍鶏侍シリーズ』を思い出していました。

本シリーズは『軍鶏侍シリーズ』の主人公軍兵衛ほどに気楽ではありませんし、また、文章も『軍鶏侍シリーズ』での野口卓の文章のように、園瀬の里を情感豊かに描きだすような詩情に満ちた文章でもありません。

ただ、共に文章が落ち着いていて、主人公のたたずまいが常に侍としての矜持を持った存在としてある、その一点において似たものを感じたと思います。

 

 

まだ始まったばかりの本『脱藩さむらいシリーズ』です。

主人公が藩内の抗争に巻き込まれ過酷な運命に翻弄されそうな行く末が思われるものの、どのように展開するものか全く不明です。

編集者としては「不安はありました」と書いてありましたが、個人的にはなかなかに読みごたえがありそうなシリーズとなりそうで、また楽しみができたと思っています。

付添い屋・六平太 鵺の巻 逢引き娘

長年離れて暮らしていた穏蔵が、音羽の顔役・甚五郎の身内になって一月足らず、倅との微妙な間合いに、いまだ戸惑う、付添い屋稼業の秋月六平太。ある夜、仕事の帰り道で鉢合わせた賊を斬り伏せて以来、謎の刺客に襲われはじめる。きな臭さが漂う中、六平太は日本橋の箔屋から依頼を受け、千住の百姓家で暮らす幸七のもとへ、娘のお糸を送り届けることに。ひとり宿に泊っていた六平太だったが、ふと、お糸の父・新左衛門の「なんとしても娘を連れ帰って下さい」という一言が思い浮かび、急ぎ表へ飛び出した。嫌な胸騒ぎが…。王道の人情時代劇第十二弾!(「BOOK」データベースより)

付添い屋六平太シリーズの第十二弾です。

第一話 負の刻印
六平太は、行きつけの飯屋・吾作で、包丁鍛冶の政三と知り合った。吾作の主・菊次によれば、政三は三年前から雑司ヶ谷の鍛冶屋で働いているというが、詳しい身元は分からない。その政三に、殺意を向ける青年が現れた。六平太は音羽の顔役・甚五郎に呼び出され……。
第二話 夜盗斬り
ある夜、箱崎町で逃走中の盗賊一味と出くわし、一人を斬り伏せた六平太。襲われた鰹節問屋を調べた同心・新九郎によれば、数年前から関八州取締出役が行方を追っている、行田の蓮兵衛の手口と似ているらしい。数日後、謎の刺客に襲われた六平太は?
第三話 裏の顔
六平太は、根津に住む高名な絵師・仙谷透水に付添いを頼まれた。破門した男・相馬林太郎につけ狙われていたのだ。どうやら破門には、女弟子の川路露風が関わっていると見え――。そして透水には絵師のほかに、なんと、もうひとつの意外な顔があった!?
第四話 逢引き娘
日本橋に建つ箔屋の娘・お糸の付添いを請けた六平太は、千住へ足を向けた。お糸を幼馴染の幸七に会わせるためだった。翌朝早く、逃げ出そうとするふたりを止めた六平太が事情を聞くと、幸七が江戸払いになり、夫婦になれなくなったとお糸が訴え……。

 

本書での六平太はあまり大きな事件はありません。平凡な日常が、淡々と過ぎていく印象です。

そうした中、実は六平太の倅で今年十五歳になる穏蔵が、音羽の顔役である毘沙門の甚五郎のもとで皆に可愛がられながらもまっすぐと育っている様子が随所で描かれているのは、読んでいて心地よいものです。

もちろん、一時は身を隠していた髪結いのおりきとの仲も何の変わったこともありません。

付き添い屋の仕事も順調で、相も変わらずに依頼人の人生が横道にそれないように手を貸している六平太であり、まさに人情小説ここにありという仕上がりになっています。

 

ただ、町中で盗賊一味と出くわし、その一人を斬り伏せたことが気になる事件ではあります。この事件と、日々の暮らしの中で六平太が何者かに襲われることが続いたことが関係があるのかは何も書いてありません。

また六平太は、前巻から登場してきた新たな隣人である弥左衛門が、細かなことで長屋の住人に真実とは異なることを告げていることに気が付き、妙に気になっています。

今後の展開はこの弥左衛門が一つの柱となるのかもしれません。

 

とはいえ、本シリーズも順調に進んでいるようです。

今後どのように展開するかは分かりませんが、本シリーズを追いかけたいと思っています。

付添い屋・六平太 姑獲鳥の巻 女医者

鼠小僧治郎吉処刑の翌年、天保四年は全国的な凶作のうえ、江戸市中では刃傷沙汰が多発し、殺伐とした空気が漂っていた。秋月六平太は恩師に乞われ、相良道場の師範代として多忙な生活を送っていたが、堅実な暮らしに少しばかり飽きも感じていた。ある日、馴染みの材木商母娘に誘われた舟遊びで破落戸の喧嘩を諌めたことをきっかけに、妹佐和の進言もあって付添い屋稼業を再開する。命を狙われる女医者や傲慢な天才棋士の付添いを務めた六平太の帰りを待っていたのは、匕首を持った男たちだった。ドラマ時代劇の名手が贈る大ヒットシリーズ、待望の新章開幕!(「BOOK」データベースより)

付添い屋六平太シリーズの第十一弾ではす。本巻からシリーズの第四部が始まります。

第一話 春雷
秋月六平太は付添い屋をやめ、相良道場師範代を務めていた。ある日、飛騨屋母娘と舟遊びに出たところを破落戸に絡まれ、これを撃退。だが噂を聞いた口入れ屋に「隠れて付添い屋をしていたのか」と詰め寄られる。一方、十五歳になった穏蔵は八王子から江戸に出てきたが、肌に合わず奉公先を飛び出していた。
第二話 女医者
師範代を返上した六平太へ、中条流女医者かつ枝に付添う仕事が舞い込んだ。診療の帰り、外塀に貼られた姑獲鳥の札に、かつ枝は顔色を失った。そのころ、森田座の役者、河原崎源之助が行方不明になっていた。
第三話 鬼の棋譜
妙な男が市兵衛店を窺っているらしい。気になりながらも六平太は平岡宗雨の付添いへ出向く。将棋の才能に恵まれた宗雨だったが、態度が慇懃だと世間からの評判は悪かった。
第四話 一両損
穏蔵は甚五郎親分の下で働きたいという。二人を引き合わせた六平太は、音羽での騒ぎを耳にする。灰買いの女が集めた灰の中から高価な菩薩像が出てきたのだ。持ち主を探すため、六平太は町に噂話を流す提案をする。(「内容紹介」より)

 

今回の六平太の話は、おりきが六平太の元に戻っていることが一番の変化でしょうか。

ということで、六平太も元鳥越の市兵衛店での生活と、おりきのいる音羽の家での生活との二重の生活という以前と同じ状態に戻っています。

くわえて、相良道場の師範代という、いわば安定した生活から再び付添人という不安定な、しかし自由な生活に戻っていて、その点でも以前と同じになっています。

 

ただ、おりきがいない間、六平太には新たに博江という女性が現れていたと思うのですが、その“博江”のことについては何も触れられていないようです。

私の読み落としかもしれませんが、今後触れられるのでしょうか。

ともあれ、以前と同様の日常が戻った六平太です。

ただ、息子穏蔵が奉公先を逃げ出しており、今後、甚五郎親分のもとで修業をすることになるらしく、こちらも目が離すことができなさそうです。

 

相変わらず、この手の痛快時代小説の中では一番静かな物語と言えるかもしれません。目を見張る難敵もいなければ、大きな事件が起きるわけでもありません。

言ってみれば、六平太の日常が描かれているだけです。しかし、妙に心惹かれる物語でもあります。