『踏切の幽霊』とは
本書『踏切の幽霊』は、2022年12月に文藝春秋から289頁のハードカバーで刊行された長編のミステリー小説です。
第169回直木三十五賞の候補となった作品ですが、読みながらも今一つのめり込むことができなかった作品でもありました。
『踏切の幽霊』の簡単なあらすじ
マスコミには、決して書けないことがあるー都会の片隅にある踏切で撮影された、一枚の心霊写真。同じ踏切では、列車の非常停止が相次いでいた。雑誌記者の松田は、読者からの投稿をもとに心霊ネタの取材に乗り出すが、やがて彼の調査は幽霊事件にまつわる思わぬ真実に辿り着く。1994年冬、東京・下北沢で起こった怪異の全貌を描き、読む者に慄くような感動をもたらす幽霊小説の決定版!(「BOOK」データベースより)
『踏切の幽霊』の感想
本書『踏切の幽霊』は、ホラーとミステリーが融合した第145回直木賞の候補となった作品です。
著者の高野和明の、第65回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門、第2回山田風太郎賞を受賞するなど多くの受賞歴がある『ジェノサイド』以来、十一年年ぶりとなる作品です。
主人公はかつては全国紙の社会部遊軍記者だったのですが、妻を亡くして以来仕事にもやる気をなくし、現在は「月刊女性の友」という女性雑誌の記者となっている松田法夫という男です。
その女性雑誌で松田を拾い上げてくれた編集長の井沢勉から野口進という衆議院議員の収賄疑惑を追う仕事をあきらめ、新たに心霊ネタを取材するように言われます。
ある8ミリ映像と写真を見せられ、その映像の真偽も含め調べるようにと言われたのですが、その夜から深夜午前一時三分になると無言電話がかかるようになります。
この写真の調べが進むと、幽霊の映った踏切では一年前に若い女が被害者の殺人事件が起きており、未だ犯人は捕まっていないことが判明します。
心霊写真などの調査に入った筈の松田は、知らないうちにその裏に潜む巨悪へと繋がる事件へと迫るのでした。
先にも書いたように、本書『踏切の幽霊』は高野和明という作家の『ジェノサイド』という作品以来、十一年ぶりの作品だそうです。
言われてみれば、高野和明の作品は何冊か読んでいたのですが、久しぶりにその名を聞いた気がします。
どちらかというまでもなく、この作家の作品には重いトーンの作品が多く、特に江戸川乱歩賞を受賞した『13階段』などは死刑制度をテーマにしていることもあり、途中で読むのをやめようかと思ったほどです。
また、幽霊そのものが主人公となった、「49日以内に100人の自殺志願者を助ける」という内容の『幽霊人命救助隊』という作品も書いています。
「死」というものを正面から見つめながら考えさせる物語ですが、エンターテイメント小説として仕上がっている作品です。
本書は、『幽霊人命救助隊』とは異なり、幽霊をテーマにしたエンターテイメント小説ではあるものの、ミステリー作品であり、けっしてホラーではありません。
超自然的な現象により調査のきっかけが得られたり、方向性が示されたりはしますが、きちんとしたミステリーです。
ただ、この超自然的現象の存在を受け入れることができない人はミステリーとして楽しめないかもしれません。
事実、私がそうであり、本書が直木賞の候補作品となっていることが理解できないでいる一人でもあります。
ただ、こうしてあらためて本書『踏切の幽霊』の内容を思い返しているうちに、本書の価値を見直す気持ちになっていることも事実です。
主人公松田の、亡くした妻を思いやる心、気持ちは随所に示されており、夫婦について考えさせられる作品でもありました。
そうした点でも物語としてそれなりに面白く読んだのは事実であり、ただ、直木賞候補作品であることからか、ミステリーとはいっても幽霊により主人公の取るべき道筋が示される点に違和感を感じてしまったと思われます。
あとは読み手の好みによって変ってくる作品ではないでしょうか。