塩田 武士

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踊りつかれて』とは

本書『踊りつかれて』は、第173回直木賞候補作となった2025年5月に文藝春秋から480頁のハードカバーで刊行された長編の現代小説です。

ネット上の匿名の暴力に対する非難を如実に感じると同時に、物語のテーマのあいまいさを感じた作品でもありました。

本稿は、とても簡単にですが全体の流れを記していますので、若干のネタバレ的な文章ともなっています。詳しいことは書いていませんが、全くの白紙の状態で読みたい方はここで読むのをやめてください。

踊りつかれて』の簡単なあらすじ

言葉が異次元の暴力になるこの時代。不倫を報じられ、SNSで苛烈な誹謗中傷を受けた人気お笑い芸人・天童ショージは自ら死を選んだ。一方、バブル期の華やかなりし芸能界を駆け抜けた伝説の歌姫・奥田美月は写真週刊誌のデタラメに踊らされ、人前から姿を消した。彼らが目にした絶望、それはー。(「BOOK」データベースより)

踊りつかれて』の感想

本書『踊りつかれて』は、SNSなどでの「匿名性の暴力」を明瞭に描き出して第173回直木三十五賞の候補作となった長編の現代小説です。

匿名性をはく奪された加害者が一転して被害者となる姿と、当初の被害者の人生をもミステリー風に描いており、それなりに惹きこまれて読んだ作品でもありました。

 

SNSなどで理不尽な誹謗中傷を受けたのはお笑い芸人の天童ショージと、伝説の歌姫と呼ばれた天才歌手奥田美月という二人であり、その結果、天童は自殺し、美月はその行方をくらましてしまいます。

その後、この二人のファンであったと自称する「枯葉」なる人物が「踊りつかれて」というブログに「宣戦布告」という長文と、天童と美月を叩いた人たち八十三人の正体を晒すという事件が発生します。

この「枯葉」という人物の正体が瀬尾政夫という高名な音楽プロデューサーであることはすぐに判明します。

また、「枯葉」に正体を晒された中の一人で瀬尾を告訴したのが天童ショージの中学時代の同級生だった藤島一幸でした。

そこで、瀬尾から依頼を請けたのが同じく天童の中学時代の同級生であった久代奏という弁護士です。

この久代は山城新伍弁護士を代表とする「山城法律事務所」に勤務しており、同僚に、青山勝治弁護士がいました。

 

著者の塩田武士の作品は、2017年と2024年の本屋大賞の候補作となった『罪の声』も『存在のすべてを』もその内容が濃かったため、本書も読み通すのに時間がかかるだろうと構えて読み始めたのですが、冒頭からその後の展開が気になり一気に読み続けることになりました。

事実、その後の物語の展開は私が思っていた以上に広がりを見せていきます。

しかしながら、本書はとても面白く読んだ作品ではありましたが、最終的には読み通すのに体力が要求されるとともに結末に少し不満が残り、全体としてテーマがあいまいに感じた作品となりました。

 

というのも、480頁という本書の分量の多さもさることながら、書かれている情報の量が膨大にすぎるのです。

まず、序章では天童ショージと奥田美月の詳しい人物紹介から始まり、次の「第一章」ではネットに誹謗中傷を書き込んだ人たちがその正体を晒され、今度はその人たちがネット上で叩かれる立場になった様子が描かれています。

その後、物語は「枯葉」なる人物の正体と彼の弁護士の久代奏の行動の詳細な描写へと移り、その後も天童と美月の人生に関わってきた人物たちが登場し、そのそれぞれが緻密に描写されて行きます。

加えて天童や美月の人生の節目に関係した「裏切りのサーカス」や「踊りつかれて」など、映画や音楽などのタイトルまで示されてきます。

こうした映画、音楽、書籍のタイトルは調べてみるとそのほとんどが実在した作品であり、そうなると簡単にでもその内容が気になってきました。

 

このような情報量の多さに加え、本書の持つ印象の変化にも振り回されました。

当初のマスコミやネット社会の匿名性の暴力を描くという態度が、天童ショージというお笑い芸人と奥田美月という歌姫の人生の描写へと方向性が変わってきたのです。

つまり、本書の読み初めに感じた「安全圏のスナイパー」などの言葉で象徴されるネット社会の問題点を糾弾するという観点は、途中から、自殺した芸人と身を隠した歌手の人生の描写へと変わってしまったのです。

ただ、このような印象の変化は私が勝手に当初の印象と違うと思い込んだだけであり、作者は問題の二人の人生を描くことが主眼であり、「匿名性」の問題はその手段に過ぎなかったのかもしれません。

 

ところで、ネット上の理不尽な書き込みの理不尽さを描いた小説としては、例えば浅倉秋成の『俺ではない炎上』などの作品があります。

しかし、この作品はネット上で突然に濡れ衣をかけられて必死で逃走する男の姿を描いたサスペンスミステリーであって、本書のように正面から「匿名性の暴力」を描いたものとは言えません。

ほかに、インターネット上で為された理不尽な書き込みをした犯人を突き止め、逆にその名前をネット上に晒すというミステリーの短編を読んだ気がしますが、その作者、タイトルを思い出しません。

 

いずれにせよ、本書は第173回直木賞の候補作となるほどに高い評価を受けた作品です。

色々書いては来ましたが、期待して読んだだけに私の要求が大きすぎたのだと思いますし、高い評価に値するだけの力作だと思います。

[投稿日]2026年02月12日  [最終更新日]2026年2月12日

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