香坂又十郎は、石見国、浜岡藩城下に妻の万寿栄と暮らしている。奉行所の町廻り同心頭であり、斬首刑の執行も行っていた。浜岡藩は、海に恵まれた土地である。漁師の勘吉と釣りに出かけた又十郎は、外海の岩場で脇腹に刺し傷のある水主の死体を見つける。浜で検分を行っていると、組目付頭の滝井伝七郎が突然現れ、死体を持ち去ってしまった。義弟の兵藤数馬によると、死んだ水主の正体は公儀の密偵だという。後日、城内に呼ばれた又十郎は、謀反を企んで出奔した藩士を討ち取るよう命じられる。その藩士の名は兵藤数馬であった。大河時代小説シリーズ第一弾!(「BOOK」データベースより)
金子成人の新しいシリーズである「脱藩さむらいシリーズ」の第一弾となる長編の痛快時代小説です。
石見の国の浜岡藩で奉行所町廻りの同心頭をしていた香坂又十郎は、田宮神剣流鏑木道場師範代の腕を買われ、藩内の抗争の末に出奔した藩士を討ち取るように命じられます。
その藩士こそ、又十郎の妻である万寿栄の弟の兵頭数馬でした。
又十郎は、数馬を斬らねば万寿栄や又十郎の実家である戸川家にも類が及ぶというどうにもならない状況に追い込まれてしまいます。
こうして数馬を追って江戸まで出てきた又十郎でしたが、妻らを人質に取られたも同様の又十郎は、浜岡藩江戸屋敷目付の嶋尾久作の理不尽な命にも従わなければならなくなっているのです。
本シリーズは、この作者金子成人の人気シリーズ『付添い屋・六平太シリーズ』のような、市井で気ままに暮らす素浪人の日常ではなく、強制的に江戸での暮らしを強いられている主人公の、その意にそわない日常が描かれるのであり、かなりシリアスな状況です。
物語の雰囲気も当然ながらかなり異なり、藩内の大きな力の前に身動きの取れなくなった主人公又十郎のこれからがどのように展開していくものなのか、かなり興味を惹かれます。
又十郎が江戸での浪人生活を送らなければならない理由もそれなりの必然性を設けてあります。
即ち、浜岡藩内での権力闘争のなりゆきがあり、その上で浜岡藩に公儀隠密が暗躍する理由などもそれなりの理由付けがなされています。
そうした細かな設定が物語の舞台背景に真実味を与え、読み手も違和感を感じずに物語世界に浸ることができると思われるのです。
本書はまだまだシリーズの第一巻に過ぎませんが、早々に藩内での対立が描かれ、そこに巻き込まれる主人公の又十郎の姿があります。
その上で、例えば妻の万寿栄と山中小一郎とが切迫したやり取りを交わす様子を垣間見てしまう又十郎の姿が描かれ、少なくとも本書ではその理由が明かされていないなど、本巻で解決しない謎がいくつか残されています。
それは巻を重ねることが予定されている作品だということを意味していると思われ、かなり期待できるシリーズになりそうです。