伊坂 幸太郎

殺し屋シリーズ

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グラスホッパー』とは

 

本書『グラスホッパー』は『殺し屋シリーズ』の第一弾作品で、文庫本での杉江松恋氏の解説まで入れて345頁の長編のエンターテイメント小説です。

読んでいる途中は何となく自分の好みとはずれた作品だと思っていましたが、読了後は何故かこの作品に心惹かれている自分がいる、不思議な作品です。

 

グラスホッパー』の簡単なあらすじ

 

「復讐を横取りされた。嘘?」元教師の鈴木は、妻を殺した男が車に轢かれる瞬間を目撃する。どうやら「押し屋」と呼ばれる殺し屋の仕業らしい。鈴木は正体を探るため、彼の後を追う。一方、自殺専門の殺し屋・鯨、ナイフ使いの若者・蝉も「押し屋」を追い始める。それぞれの思惑のもとに―「鈴木」「鯨」「蝉」、三人の思いが交錯するとき、物語は唸りをあげて動き出す。疾走感溢れる筆致で綴られた、分類不能の「殺し屋」小説。(「BOOK」データベースより)

 

鈴木と鯨は、《令嬢》という会社の社長の息子が「押し屋」に押されて交通事故に見せかけ殺される場面を目撃してしまう。

鈴木は押し屋を追い、押し屋の家までたどりつくが自分が後をつけた男が押し屋であるかどうかの確信は持てずにいた。

鯨は自分が自殺をさせた仕事の依頼者に呼び出され、新たな仕事を依頼されようとしていた。

ところが、鯨への依頼者は鯨を信用できずに、蝉に鯨の殺害を依頼していたのだった。

 

グラスホッパー』の感想

 

妻の敵を討とうとする元教師の「鈴木」、それに人を自殺に誘う超能力かと思われる能力を持つ「」、もっぱらナイフでの殺害を旨とする「」という二人の殺し屋を交えた三人の視点の不思議な小説です。

このように、三人の男の一人称視点での話が交互に繰り返されるのですが、ただ、三人相互間では時系列は無視されており、話と話の間では時間が前後していることもあるので要注意です。

 

中心の三人を見ていくと、まず「鈴木」という男は、自分の妻を轢き殺した男の父親寺原の会社《令嬢》に雇われて妻の敵を討つ機会を狙っています。

次に「鯨」という殺し屋は、相手を自殺したいと思い込ませることができる能力を有しており、その力で依頼者の望む相手を殺す仕事を請け負っています。

最後に「蝉」という殺し屋は、岩西という男が請けてきた殺害の依頼を得意のナイフを使ってこなしているのです。

 

鈴木は、詐欺専門の会社《令嬢》に勤めてはいますが、やはり素人であり、上司の比与子に復讐者ではないかと疑われています。

鯨は自殺をさせるというその能力のためか、しょっちゅう幻覚に悩まされています。その幻覚に出てくるのは自分が殺した相手であることが多く、自分の仕事に支障を来し始めています。

蝉は、仕事を持ってくる岩西という男を嫌い、いつも岩西のもとから自由になることを望んでいます。この岩西が、いつもジャック・クリスピンという人物の歌詞を引用するユニークな人物です。

 

本書『グラスホッパー』は、2018年本屋大賞の五位となった『AX アックス』という作品を読んで素晴らしいと感じたため、そのシリーズを読んでみようと思ったものです。

しかし、読み始めたのはいいのですが、どうにも本書に没入できません。

確かに、独特の文体で描かれる中心となる三人の姿は、他にはなく、伊坂幸太郎ならではの世界です。

しかし、『AX アックス』で感じた、主人公兜の妻や友への思いを大切にすることで兜の行動の様子が変容していく様の魅力は、少なくとも本書『グラスホッパー』の途中まででは感じることがありませんでした。

でも何故かシリーズ第二作の『マリアビートル』も読んでみようと思っています。

何となく伊坂幸太郎の作品の魔力に魅せられているというか、不思議な感覚です。

 

 

ただ、疑問点もあります。

まず、本書『グラスホッパー』は、「虫」という存在をフィーチャーしてあります。

そもそも本書の『グラスホッパー』というタイトルからしてバッタのことであり、文中にも昆虫について触れているところが多々ありますが、こうした「虫」に関しての描写の意図がよく分かりません。

第一頁からして鈴木が昆虫の生態について考えている場面から始まり、人間という存在の個体の接近度合いは、哺乳類というよりもむしろ昆虫に近い、という大学教授の言葉を引用してあります。

こうした描写の意図がよく分かりませんでした。もしかして、生存のためではなく他者を殺すという行為を昆虫になぞらえてあるのでしょうか。

 

また、鯨のみに亡霊を出現させているのはどういうことでしょう。

この亡霊が結構存在感があり、物語の進行にも重要な点で絡んでくるのでまた分かりにくいのです。

 

ともあれ、なんとも独特な物語の展開があり、会話があるのです。

読んでいる途中は好みと少し違うという印象を持ちながらも、結局はまた次の作品を読んでみたいと思うようになったのは、この不思議感のためなのでしょう。

早速次を借りたいと思います。

[投稿日]2021年10月01日  [最終更新日]2022年2月21日

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