安藤 祐介

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生きる希望を失い、死に場所を求めて河川敷をさまよっていた丸川は、泥まみれになって楕円のボールを追う男たちと出会う。40歳以上限定の「不惑ラグビー」に打ち込む彼らのおせっかいで、生き続ける道を選んだ丸川。心を通わせていくなかでかつて背負った罪と向き合っていくが、過去をチームメイトに知られてしまう。仲間もそれぞれ事情を抱えていて…。人は何度でも立ち上がることができる。大人の青春ラグビー小説!(「BOOK」データベースより)

一人の男のラグビーというスポーツを通しての人生の再生を描いた、長編のヒューマンドラマです。

 

誤って人を殺して服役し、家族とも別れ出所後もその日暮らしを続けてきた丸川良平は、死に場所を求めてやってきた河川敷で、ウタヅと呼ばれる初老の男と出会い、ラグビーに誘われる。

楕円形のボールを追いかけるうちに死ぬことも忘れた丸川は、ラグビーをやることに生きがいを見出し、そのうちに生きること自体に意味を見つけていくのだった。

 

ラグビーをテーマにした小説といえば、まずは堂場瞬一の『二度目のノーサイド』や『10 -ten-』が思い浮かびます。

特に『10 -ten-』は、ラグビーの試合自体を描き出してあって、堂場瞬一の小説の描き方のうまさも相まって、ラグビーというスポーツそのものを文章で楽しみたいという人にとっては最適の作品として仕上がっていたと思います。

 

 

本書『不惑のスクラム』もまた、ラグビーというスポーツに小説を通して接したいという人にとっては適した作品ではないでしょうか。

確かに、堂場瞬一の描くところの『10 -ten-』ほどのコンタクトスポーツとしてのラグビーの迫力はありません。

しかし、本書で描き出されているのは「不惑」ラグビーチームです。四十歳を超えた人たちだけが参加できるチームであり、ろくに体の動かなくなった中年のおっさんたちが動かない体に鞭打って走り回る姿を描いてあります。

そうしたおっさんたちの行うコンタクトスポーツであるラグビーの魅力が詰まった作品として本書は存在し、おっさんたちが行うスポーツだからこその感動が待っているのです。

 

そこで描かれているのはラグビーというハードなスポーツそのものというよりは、肉体をぶつけながらもチームとしてのスポーツを楽しむ個々人の姿です。

本書『不惑のスクラム』の場合、それはまずは主人公の丸川良平であり、宇多津貞夫であり、陣野進、緒方真一郎といったメンバーの姿です。

 

「不惑」という言葉はあらためて言うまでもなく、論語の中の「四十にして惑わず」という言葉からきているものです。この言葉の元、日本全国に「不惑ラグビーチーム」が存在しています。

著者の安藤祐介氏は、ラグビーの経験は全くないにもかかわらず、そうしたチームの一つに身を置き、二年の間、練習に試合に汗を流したらしく、その結果が本書として結実しているのだそうです。

なにせ登場人物は皆四十歳を超えているのですから、社会においてもそれなりの地位、暮らしをしている人がほとんどです。中には丸川のようにネットカフェ暮らしの人もいるかもしれません。

そうした事情は抜きにして、グラウンドだけが彼らのつながりだといいます。

 

個人的には、高校時代にラグビークラブに属してはいたものの、全くラグビーには縁のない生活であって、「不惑ラグビー」のことは全く知りません。ですから、本書のようなチームも多分そうしたものとしてあるのだろうと思うだけです。

 

過失で人を殺した人物をチームメイトとして受け入れることができるか、そうした問いも本書のテーマの一つになっています。

ひき逃げ事件で甥っ子を亡くした麦田は、前科者と一緒にプレーはできないという立場ですし、そんな事情を知ったうえで受け入れてくれた宇多津のような人物もいれば、主務をやっている緒方は「わたしは麦田さんともマルさんとも、ヤンチャーズで一緒にラグビーを続けたい。」と宣言します。

 

ラグビーは十五人のメンバーが必要です。試合中には喧嘩になることもあります。それでもなお、というか、だからこそ、試合が終われば「ノーサイド」になるのです。

自分が経験したスポーツだからというのではなく、コンタクトスポーツとしてのラグビーの魅力を伝えるとともに、中年おっさんたちの人生の一断面を描いたなかなかに読みごたえのあった作品です。

意外にといっては作者に失礼ですが、ほかの作品も読んでみたいと思う作品との出会いでした。

 

蛇足ながら、本書『不惑のスクラム』は、NHKの土曜ドラマ枠において高橋克典さん主演でドラマ化されそうです。全く私のアンテナにかからず、残念なことに見逃してしまいました。まだDVD化されるという情報もなく、オンデマンドで見るか悩ましいところです。

「不惑のスクラム」番組ホームページ : 参照

[投稿日]2018年12月10日  [最終更新日]2018年12月10日
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