明暗 手蹟指南所「薫風堂」

本書『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」』シリーズ第四巻の文庫本で268頁の長編の人情時代小説です。

シリーズとして、物足りないと言う人が多く出るのではないかと危惧される作品です。

 

明暗 手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ

 

手習所「薫風堂」で師匠を務める雁野直春の許に、遠く本郷から新たな手習子がやってきた。河出屋の番頭・半次の息子、善次は、どうやら前の手習所でいじめに遭っていたようだ。直春は、面倒見のいい儀助を一緒に通わせて、早く皆と馴染めるよう気遣いを見せるが…。一方、心身ともに患う美雪との関係は、進展のないまま時が過ぎていた。だが、直春は突如訪ねてきた美雪の幼馴染・菜実から、衝撃の言葉を告げられる―。(「BOOK」データベースより)

 

雁野直春が手習所を譲り受けて丸二年が経とうとしていたある日、以前の手習所でいじめにあっていたらしい善治という九つの男の子が入ってきます。

また、新入りの手習子たちのまとめ役である太一を、望みに従い日本橋にある書肆の捻書堂北斗屋庄兵衛の店へ連れていき、気に入られたこともうれしく感じていました。

ところが、やっと慣れてきた善治を連れて父親の半次が店の金に手を付けて夜逃げをしたという報せが舞い込んできたのです。

そんな出来事が起きつつも、直春は北斗屋庄兵衛との約束の手習所とその師匠に関する本の出版について悩んでいましたが、手習子が一番という忠兵衛の言葉に深く納得していました。

そうするうちに、美雪との仲は変化のないままに菜実の訪問を受けることになります。

 

明暗 手蹟指南所「薫風堂」』の感想

 

薫風堂ももうすぐ丸二年が経とうとしていましたが、直春は手習子の奉公先を決めるという難しい仕事を忠兵衛の助けを受けながらなんとかこなそうとしていました。

手習所の師匠として知識を授けるだけでなく、子供たちの一生を決めることにもなるのだからと、子供たち一人ずつに沿った奉公先を選定する様子なども描かれていきます。

その過程で、書肆であれば一冊の本ができるまでの過程を紹介したり、櫛職人であれば櫛造りの様子を紹介したりと、細かなところまで作者の目が行き届いているのです。

そうした点が、単なる痛快小説ではない、主人公の成長を見せる物語であるとともに、江戸の町の生活の様子までも紹介している物語となっています。

 

そんな、江戸の庶民の生活をいち浪人の目を通して描き出す物語、という点では本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』は面白い小説だろうとは思います。

しかしながら、ストーリー展開を楽しめる小説だと言えるかと問われれば、その点では今一つと言うしかないでしょう。

本書『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』で第四弾になりますが、結局心躍る展開は殆どありません。

普通の手習所の日常と、作者野口卓の博識に支えられた江戸の町の日常風景を織り込んだ物語ということになります。

この点は本シリーズを通して繰り返し言ってきたことですが、それは本書でも変わりません。

ただ、主人公の直春の子供たちへの教育についての考えを、それはつまりは作者野口卓の考えでもあるのでしょうが、子供たち第一という視点を貫くという基本は貫かれています。

 

一方で、直春の出生にまつわる秘密に絡んだ父親との確執や、美雪という女性との成り行きなども描いてはありますが、あまり力点があるようには思えません。

はっきりした人情小説や痛快小説を読みたい人にはやはり物足りない物語だと言うしかないようです。

三人娘 手蹟指南所「薫風堂」

本書『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の第二巻で、文庫本で275頁の長編の時代小説です。

二巻目となった本書では薫風堂の内外の三人娘に翻弄される直春の姿が描かれていて、また作者野口卓の博識ぶりが健在な、爽やかな青春小説です。

 

三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ

 

初午の時期を迎え、「薫風堂」に新しい手習子がやってきた。四カ所の寺子屋に断られたほどの悪童を、師匠の雁野直春は、引き受ける決心をする。一方、端午の節句が過ぎてほどなく、二人の武家娘が直春を訪ねてきた。ノブと菜実は、幼馴染の美雪が想いを寄せる直春を、ひと目見ようとやってきたのだ。だが菜実は、誠実な直春に只ならぬ関心を寄せるのだった―。静かな感動が心に広がる、著者の新たな代表シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

思いがけないことから直春が手習所を引き受けて一年が経ち、年が明けて初午ともなると手習所「薫風堂」でも新しい手習子たちが入ってきました。

乱暴やいたずらのために他で四度も断られたことのある儀助という子供もそうですが、今のところなんとかやっているようです。

そんな直春の元を、美雪の親友だという共に旗本の娘だというノブと菜実という二人が訪ねてきますが、そのうちの菜実という十六歳の娘が女を武器に初心な直春を翻弄してきます。

そうしたその菜実の振る舞いを知った美雪はふさぎ込んでしまい、食事ものどを通らない状態になってしまうのです。

そんな美雪を見て侍女の久が直春に相談して一応の落ち着きを見せますが、その後さらなる行動に出る奈美に皆振り回されてしまいます。

一方、薫風堂にもいる三人娘、つまりひふみ、美代子、文代の三人は、直春を訪ねてくる三人のお姫様は何者なのかを問い詰めてくるのでした。

 

三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』の感想

 

薫風堂の内外の、とくに外の三人娘に翻弄される直春の姿が描かれています。

女という存在を全く知らない、若干二十歳の本シリーズの主人公雁野直春という男が初めて知り合ったと言える石川美雪という女性でしたが、彼女には二人の女友達がいました。

それが菜実とノブという娘でしたが、このうちの菜実が直春に惹かれてしまったらしく、一人で直春の元に来るようになって、美雪をそして直春を振り回すことになります。

ここらの経緯は、全くの青春物語であり、それも今どきの青春小説ではあり得ないような設定です。

もちろん、本書は時代小説であり、青春小説と言っても手習所師匠としての雁野直春が主人公ですから、現代の青春小説と比べること自体が意味がないことです。

しかしながら、江戸時代という時代背景を思うとこのような青春ものもありかと思ってしまいます。

同時に、後に語られる忠兵衛夫婦による直春らへのいわゆるおせっかいの話では、その中で忠兵衛と梅の馴れ初めが語られていて読ませます。

この馴れ初めの部分は少々ご都合主義的かと思わないこともありませんが、本書のような娯楽エンターテイメント小説では改めて苦情を言うことでもないでしょう。

 

そうしたことよりも、本書では様々な豆知識の方が関心がありました。

例えば、本書では手習所に通い始めることを「初登山」と表現していますが、何故「登山」と山に例えるているのか疑問でした。

それは、上野のお山のお寺のことを正式には東叡山寛永寺というような、山号と寺号と関係する事柄です。

またそれに関連してかつては「寺子屋」と呼ばれた由来や、それが手習所とか手蹟指南書とか呼ばれるようになった理由なども記してあります。

また、本の行事として七月に入ると大店では大瓜形の白張提灯を吊るして本を迎える話や、七夕の短冊に書くと習字の腕前が上がるといい、それを励みに手習所の師匠たちは子供たちに習わせていたなどの表現もありました。

こうした江戸の豆知識が随所に書かれているのです。

 

一方、薫風堂の手習子のことでは、四か所もの手習所から追い出された新しい手習子の儀助を受け入れることとします。

さらに、太一が顔を見せなくなります。稼ぎ手だった祖父が倒れ、束脩は払えず、奉公に出すという話です。

そこで、暮しに困った手習子の太一のために、新入りの手習子の世話をさせ、代わりに賃金は払えないものの小遣い程度のものを払ったりと便宜を図るのです。

 

正直なところ、のめり込んで読み進むというほどの物語ではありませんが、江戸の町での暮らしのありようや、子供たちとの掛け合いなどはかなり面白く読んでいます。

ただ、美雪という娘とのやり取りに関しては個人的には好みではないと言わざるを得ません。

しかし、続編は期待したいものです。

手蹟指南所「薫風堂」

本書『手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の第一巻で、文庫本で293頁の長編の時代小説です。

「薫風堂」という名の手習所を舞台とするこの作者らしい、学問の大切さを大きく掲げた、しかし読みやすく心地よい青春記でした。

 

手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ

 

月夜の中、辻斬りから老人を助けた浪人・雁野直春。彼は幼くして両親を亡くすも養父母の愛情に育まれ、まっすぐな好男子に成長していた。救った老人―忠兵衛は手習所を営んでおり、直春の人柄を見込んで後を継いでくれないかと依頼してきた。逡巡も束の間、忠兵衛の子どもの育て方に共鳴した直春は依頼を快諾し、「薫風堂」の看板を掲げた。だが直春は、人には言えぬ複雑な家庭事情を抱えていた…。(「BOOK」データベースより)

 

二十歳の雁野直春は団子坂で辻斬りに襲われていた忠兵衛という名の老人を助けたことから、ちょうど手習指南所の跡継ぎを探していたという忠兵衛に頼まれて手習指南所を継ぐことになります。

しかし直春は手習所の師範としては何も知らないことばかりであり、手習所を譲ってくれた忠兵衛に教えを請いながらの船出になります。

そこに、親代わりに育ててくれた清蔵夫婦から自分の本当の父親の話を聞かされます。

直春の父親である春田仁左衛門は、焼餅焼きの奥方が亡くなったことから、直春を自分の養子として石川家に婿入りさせようとします。

しかし、自分の母親に対する仁左衛門の仕打ちを許せない直春は、「薫風堂」を継いだばかりでもあり自分のことしか考えない仁左衛門の話を断り続けるのでした。

ただ。仁左衛門の婿の話は石川家の美雪という娘との出会いを生み、二人は一緒になることを誓いますが、仁左衛門への養子の話を受け入れない直春の言動が軋轢を生んでいくのでした。

 

手蹟指南所「薫風堂」』の感想

 

『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の項でも書いたように、本シリーズは『軍鶏侍シリーズ』のような痛快小説ではなく、また『ご隠居さんシリーズ』ほどにトリビア三昧というわけでもありません。

とはいえ、江戸の町の風景を随所にちりばめ、江戸時代の庶民の暮らしをよく描写してあります。

その意味では、野口卓の面目躍如といったところではあるのですが、やはり主人公直春の手習所師範としての描写がよく書き込まれています。

その意味では、野口卓の面目躍如といったところではあるのですが、やはり主人公直春の手習所師範としての顔の描写が読みごたえがあります。

新米の師範である直春が、十二、三歳くらいの、この手習所の一番の年かさでお山の大将らしい定吉という腕白坊主に、オキクムシについて聞かせ、さらには孵化の様子まで見せ、一気に手習子たちの心を掴む様子など、博識の野口卓ならではの描写でしょう。

ちなみに、オキクムシとはアゲハ蝶の蛹であり、番長皿屋敷の後ろ手に縛られているお菊に似ているところから呼ばれたらしいと本書の中に書いてありました。

これ以外に、「薫風堂」の前の師範である忠兵衛という師匠との学問についての会話など、なかなかに読みごたえがあります。

 

ただ、どうしても『軍鶏侍シリーズ』と比べてしまいます。それほどに『軍鶏侍シリーズ』は私の好みと合致した作品でした。

 

 

それに比べると本作『手蹟指南所「薫風堂」』は知識面での面白さはあるものの、情景描写やストーリー展開などでは追いつくものではないのです。

特に、私の好みが情緒面が豊かなストーリーにあるようで、その点は物足りなく感じたものです。

手蹟指南所「薫風堂」シリーズ

『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』は、手蹟指南所の師匠をしている若干二十歳の浪人を主人公とする長編の時代小説です。

手蹟指南所「薫風堂」シリーズ(2021年03月31日現在 完結)

  1. 手蹟指南所「薫風堂」
  2. 三人娘
  3. 波紋
  1. 明暗
  2. 廻り道

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の主人公は雁野直春というまだ二十歳という年齢ながら剣の腕もたち、通っていた塾では塾頭を務めていたほどの人物です。

その直春が辻斬りから一人の老人を救ったことからこの物語は始まります。

その老人は名を忠兵衛といい、手蹟指南書を開いていたのですが、直春を見込んでその手蹟指南書を直春に任せることになったのです。

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』には二つの流れがあり、ひとつは当然のことながら「薫風堂」と名付けられた手蹟指南所の物語です。

いろいろな子供たちを導き、卒業していく手習子たちの奉公先までも選定し、その後も彼らの人生にかかわっていき、直春自らも成長していきます。

そしてもう一つの流れが、主人公の雁野直春の個人的な事柄です。

直春は父親である春田仁左衛門との間に複雑な事情があり、そのことが直春の恋模様とにも影を落とし、その顛末もまた本シリーズの一つの流れとして展開するのです。

 

『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の作者である野口卓という作家さんには、私が今の時代小説の中でベストと思う作品の一つである『軍鶏侍シリーズ』があります。

この『軍鶏侍シリーズ』は、西国にある園瀬藩で道場を構えている岩倉源太夫という人物を主人公とする痛快人情小説です。

この源太夫は「蹴殺し」という秘剣を使う剣士であり、幾多の挑戦者を退けてきた人物ですが、物語の主眼はその戦いよりも園瀬の里における源太夫の生き方を主軸に描かれています。

その際の描写が園瀬の里の四季折々の風景を取り混ぜながら情感豊かに描き出してあり、藤沢周平を彷彿とさせる作家だと言われる所以でもあります。

 

一方、この作者には『ご隠居さんシリーズ』という作品もあります。

このシリーズは『軍鶏侍シリーズ』とは異なり、主人公が博識なおじいさんであって活劇の場面はありません。

代わりにご隠居さんの豊富な知識をもとにした様々なトリビアを開陳し、ご隠居さんのもとに持ち込まれるさまざまな相談や難題を解決していくのです。

 

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』はそのちょうど中間にあるような物語です。

つまり『軍鶏侍シリーズ』のような活劇の場面は殆どなく、また『ご隠居さんシリーズ』ほどに作者の豊富な知識を披露する場面があるわけでもありません。

しかしながら、江戸の町の庶民の姿も描きながら、いろいろな職業や習俗などに関する細かな知識も散りばめてあります。

そういう点ではシリーズを通してのストーリー性は保っていると言え、直春の父親春田仁左衛門との確執と、美雪という女性との恋模様を絡めながら話は進みます。

ただ、本シリーズは全五巻で完結しているのが残念です。

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』をひとことで言うと、雁野直春という主人公の、子供たちに対する学問を始めとする人間形成に対する熱い情熱を描き出した作品だ言えると思います。

主人公の雁野直春は、人は幼い時期、つまりは手習所の段階できちんと道をつけねばならないと思っていました。

そこに、忠兵衛と出会って「子供は神の世から人の世のものとなる七つ、八つのころが最も大事だ」という忠兵衛の考えに共感し、手習所を引き受けることになります。

自分が学んだ私塾で学んだ多くが旗本の子弟であり、人はどうあるべきかという、一番重要なことを学ばずに大きくなってしまった者が多いと感じていたのです。

 

そうした直春の思いを軸にした手蹟指南所「薫風堂」の様子とともに、父親の春田仁左衛門や許嫁の美雪との恋模様などが描かれることになります。

全五巻で完結したこのシリーズは、野口卓の物語としては『軍鶏侍シリーズ』ほどの面白さは持っていないものの、江戸時代の庶民の子の学問の様子を記した作品としてはそれなりだと言えるかもしれません。

羽化 新・軍鶏侍

兄龍彦が長崎に留学し、甥の佐一郎や新弟子の伸吉らが頭角を現す岩倉道場で、源太夫の実子幸司は二代目を継ぐ決意をする。しかし、幸司には悩みがあった。それは、偉大な剣客である父の秘剣「蹴殺し」を未だその目で見ていないこと。悩める幸司は父の一番弟子を訪ねるが…(『羽化』)。園瀬の里に移ろう時と、受け継がれる教え。それぞれの成長を描く豊穣の四編。(「BOOK」データベースより)

 


 

新・軍鶏侍シリーズの三作目です。

 

羽化」 幸司は源太夫の岩倉道場の二代目あるじを自分が継ぐことの自覚を持ち始めた。しかし、佐一郎と幸司兄弟は、兄弟子たちは見知っている源太夫の秘太刀「蹴殺し」を自分たちだけが知らないことに焦りを感じていた。

兄妹」 幸司は、かつて才二郎と名乗っていた今の東野弥一兵衛のもとを訪れ、何かを感じたらしい。今では佐一郎との立ち合いでも三本に一本はとるようになっていた。また、戸崎伸吉の姉のすみれに対する恋心も見える幸司だった。

異界」 ある日突然、岩倉道場を訪れてきた「影奉行」と呼ばれた九頭目一亀は、幸司と佐一郎とを相手に稽古を願ってきた。一亀の子鶴松の学友、それも心の友となるべき人材を探しているというのだった。

ひこばえ」 ある朝突然、下男の亀吉が飛び込んできて権助が亡くなったと言ってきた。権助は源太夫の飲み友達でもあり、恵山と名を改めた大村圭二郎のいる正願寺へ埋葬することとした。権助を偲んでいる居る処に戻ってきたのはサトだった。

 

佐一郎と幸司は共に切磋琢磨し、道場の仲間からも一目置かれている存在になった異母兄弟です。特に弟の幸司は岩倉道場の跡継ぎとしての自覚が出てきています。

ただ、正確には幸司だけですが、自分ら兄弟だけが源太夫の秘剣を見ていない、知らないことに焦りを感じつつも、幸司は森正造の描いた絵や、東野弥一兵衛やその子勝五との話などから何かを感じ取っています。

そんな成長を見せる幸司は兄佐一郎とも剣を通しても強いつながりで結ばれているようです。

更には幸司の、戸崎伸吉の姉すみれへほのかな恋心を抱く場面や、また幸司の妹花とすみれ、加えて佐一郎の妹の布美との深いつながりを感じさせる場面などもあります。

そんな幸司は、九頭目一亀の嫡男の学友となることで、人間的にも成長を遂げようとしています。

 

このシリーズも時は移り、以上のように話の中心も源太夫からその子らへと移ってきています。

本編ではそのあたりが明確になってきています。特に本書では岩倉道場のあとを継ぐことを意識し始めた幸司の成長が著しく、その幸司の日々を中心として話が展開していきます。

また、園瀬藩の今後のことを考える九頭目一亀が登場することで、話は岩倉道場だけのことではなく、園瀬藩において生きる岩倉家の物語としての色合いが濃く出てきたように思えます。

ただ、シリーズの当初より源太夫を支えてきた人物との別れが待っているのには驚かされました。幸司の成長もさることながら、シリーズの中での時の移ろいを実感させる出来事でした。

大名絵師写楽

天才絵師「写楽」を売り出す―。それは知られざる“絵師”を中心にした空前のプロデュースだった。関わる者をわずかにとどめ、世間を欺く大仕掛け。正体不明の絵師は、噂が噂を呼んで大評判に。だが、気づいた者がいた…。思わぬ窮地に陥った仕掛人は、まさかの“禁じ手”を打つ。写楽は、なぜ謎のまま姿を消したのか。それが「写楽事件」を解く鍵だ―。傑作時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

その実像が分かっていない江戸時代の謎の浮世絵師・東洲斎写楽の正体を明かす、長編の時代小説です。

物語としてみるとき、感情移入して惹き込まれるとまではいきませんでした。

 

松平定信の寛政の改革により、板元としての耕書堂は刊行本の発禁処分を受け、主の蔦屋重三郎は重過料を受けていた。

そこで蔦屋重三郎は、出羽国久保田藩佐竹家留守居役筆頭であり、筆名を朋誠堂喜三次という戯作者でもある狂歌仲間の平沢常富から渡された祭りで踊り狂う男の絵をみて、錦絵を書かせようと思い立つ。

その絵師は描くことができないという平沢の言葉はあったものの、重三郎は絵師の正体を突き止め、結局は東洲斎写楽という架空の人物を作り上げ、大首絵を描かせることになった。

 

写楽と言えば、北斎や広重と並ぶ浮世絵の大家ですが、その人物については何もわかっていません。

写楽の物語としては宇江佐真理の『寂しい写楽』という作品があります。

この作品は、現在の通説とも言える「斎藤十郎兵衛」説をもとに、板元である蔦屋重三郎を中心に、山東京伝や葛飾北斎、十返舎一九らを周りに据えて「写楽」を描き出した物語です。

本書『大名絵師写楽』でも、この阿波徳島藩主蜂須賀家お抱えの能役者斎藤十郎兵衛こそが写楽である、という説の存在を認めています。

その上で、写楽の正体がそのような推測になる理由を本書冒頭に持ってきており、だがしかし、と作者野口卓という作家のまでも物語の中で解消しています。

 
 

 

他に島田荘司が著した『写楽 閉じた国の幻』や泡坂妻夫の『写楽百面相』などもあるそうですが私は共に未読です。

 

 

先に、本書に感情移入できなかったと書きました。

それは、本書『大名絵師写楽』を一編の物語としてみた場合、物語として起伏のあるストーリが展開されているとは言い難く感情移入できなかったものと思われます。

確かに、本書は当時の資料をかなり読み込み書かれた作品であることは分かります。その上で野口卓という作家の腕があるのですから面白くないわけではありません。

しかしながら、野口卓という作家の知識人としての側面が勝った作品だと思うのです。

当時の時代背景、芝居小屋や錦絵に対する幕府の取り締まりなどについての説明がかなり詳しく述べられていて、そちらの方に重点が置かれている印象を受けてしまいました。

本書『大名絵師写楽』の野口卓は、『軍鶏侍シリーズ』の野口卓、ではなく、『ご隠居さんシリーズ』の野口卓なのです。

 

 

以上の次第で本書は読み終えるのにかなりの時間を費やしてしまいました。途中で他の面白そうな本があれば本書は後回しとなり、結局は半年以上が経ってしまっていました。

ストーリー展開ではなく、写楽の正体というミステリー色を帯びた時代小説という認識で読めば、そうした知識欲を満たすことが好きな方にはいいかもしれません。

師弟 新・軍鶏侍

七年の歳月が過ぎ、齢五十四となった園瀬藩の道場主岩倉源太夫。だれにも避けることのできぬ“老い”を自覚しつつも、かつて退けた剣士の挑戦を再び受けて立つ。挑戦者の註文は「真剣で」だった―(『歳月』)。道場を開いて弟子を持ち、後添いにみつを娶って、思いがけず子を得た源太夫。息子の成長と旅立ち、弟子の苦節と克服を見守る、逃徹した眼差しの時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

新・軍鶏侍シリーズの第一弾である連作の短編集で、本巻から新しいシリーズが始まります。

 
歳月
七年前に一度立ち会った川萩伝三郎と名乗っていた男が、古枝玉水と名を変え、立ち合いの約定を果たしにきた。目付の岡村に立ちあいを願い、並木の馬場での戦いに臨む源太夫だった。

夢は花園
藩の中老を務める芦原讃岐からの誘いで向かった料理屋に藩主九頭目隆頼の腹違いの兄の次席家老九頭目一亀が来た。上意討ちで倒した立川彦蔵の息子市蔵、元服して名を改めた龍彦を長崎に遊学させたいというのだ。

軍鶏の里
若鳥の味見(稽古試合)にまだ闘鶏は初心者の笈田広之進が琥珀と名付けられた若鳥を出したものの、琥珀は悲鳴を上げて逃げ出したのだ。「軍鶏は飼い主に似る」とあざけられ広之進を心配する権助だった。

師弟
「一刀流 岩倉道場」の正面、神棚の下には道場訓と並んで軍鶏の絵が飾ってある。その絵は、源太夫の弟子であった森正造が描いたものだったが、江戸で狩野派の絵を学び園瀬に帰ってきた正造に妙な話が浮かんできた。

 

長年待ちわびた『軍鶏侍シリーズ』が再開しました。とはいっても、新しいシリーズとして始まったのです。ただ、内容は五年が経過しているというだけで、時の経過に応じた変化以外何も変わりません。

 

一話目の「歳月」では、「園瀬の盆踊りを、ぶち壊すために潜入した一味を撃退してからも、五年の歳月が流れていた。」とあります。つまりは、前のシリーズの第六巻「危機」から五年が経っています。

その「歳月」で語られるのは源太夫と武芸者との立ち合いの場面ですが、ここで語られるのは五十四歳になった源太夫です。源太夫には道場の後継者のこと、そして「老い」が避けられない問題として迫っていました。

そうした意味も込めての「歳月」という題としたと思われます。

 

その後、十六歳になった源太夫の息子市蔵の長崎留学の話「夢は花園」があり、次いで軍鶏侍らしく、軍鶏の話に乗せた若者の成長の話である「軍鶏の里」へと続きます。

この「軍鶏の里」でも五年の歳月は大きく、そろそろ傘寿になる下男の権助の姿があります。この権助は園瀬の里をいつの間にか軍鶏の里へと変えてしまうほどに軍鶏のことに詳しく、また話しの運び方も巧みなのです。

歳を取った権助の跡継ぎとしてやはり十六歳になる亀吉が育っています。そしてここの話ではもう一人、軍鶏を飼い始めた笈田広之進という若者の話でもあります。

 

最後は森正造という絵師の話「師弟」です。

ここで当時の絵の話題となり、この作者の『大名絵師写楽』という作品との関連性を見ることができます。ともに大名間での錦絵の贈答が流行っていることをテーマに、錦絵を描いています。

この正造にからめて園瀬の里の盆踊りの話もあり、本シリーズの番外編である『遊び奉行』で描かれた盆踊りの様子がふたたび描かれているのです。

 

 

ともあれ、軍鶏侍シリーズが再開したのは喜ばしいことです。このシリーズの持つ物語の流れ、浄景描写の美しさなど、私の感性に見事にはまる一番の物語です。

野口卓という本書の作者の『ご隠居さんシリーズ』や、先に挙げた『大名絵師写楽』は、この作者が学んだた知識がこれでもかと全編にちりばめられており、読み進めるに少々邪魔に感じたものです。

そうした知識欲に満ちた読者にはいいかもしれませんが、エンターテイメントを望む私にとっては少々読みにくい作品でした。

 

 

しかし、本シリーズはそうした知識に裏付けされた物語が岩倉源太夫という魅力的なキャラクターを得て絶妙に構築されていて、読みやすいエンターテイメント小説として仕上がっているのです。

今後も続くことを願うばかりです。

家族 新・軍鶏侍

「軍鶏侍…か」十九年かけて敵討ちをなし、武士の鑑と讃えられた園瀬の英雄大野礼太郎は、岩倉家の庭でぼそりと漏らした。その大野が突然の乱心を起こし、岩倉源太夫に上意討ちの命が下る。長い歳月を孤独のうちにすごさねばならなかった藩士の胸の内とは(『孤愁』)。淡々と、しかしはっきりと移ろう園瀬の日々に、家族の姿を浮かび上がらせる珠玉の四編を収録。(「BOOK」データベースより)

 

再始動した『新・軍鶏侍シリーズ』の第二巻の連作の短編時代小説集です。

 


 
「孤愁」
六歳で父を殺されてから三十一年、十八歳で園瀬を出てからでも十九年を経て艱難辛苦の末に父親の仇を討った大野礼太郎は、園瀬の里で一代の英雄として迎えられた。しかし、三十八歳で藩士として復帰するまで世の常識を知らずにいたのだった。

「似たもの夫婦」
かつては才二郎と呼ばれていた東野弥一兵衛と妻の園は、園が「住めば都さん」と呼ばれていることを初めて知った。五歳になった二人の子である勝五は、早く剣を習いたくて仕方がない様子だった。

「遊山の日」
園瀬では領民には盆踊りが、武家には初代藩主九頭目至隆公に由来する、藩祖お国入りの日の前山遊山が許されていた。今回の原太夫の前山遊山には、養子龍彦が長崎遊学の若手の一人に選ばれた挨拶をまとめてしておこうという目的もあった。

「藍と青」
戸崎喬之進が十二歳になる息子の伸吉を入門させたいとやってきた。幾人かの弟子と立ち会わせると、勝つがかろうじてというところであり、原太夫は「真に強い者は圧勝しない」という師の日向主水の言葉を思い出していた。

 

本書のタイトルは「家族」となっています。本書の各短編は、第一話こそ一人の藩士の“武家社会に対する異議申し立て”の物語となっていますが、それ以外はまさに「家族」を考えさせる話になっています。

でも、その第一話でさえも、「武家である以上、一寸先が見えないと心得ていなければならない。」「だからこそ、日々を、そして周りの者を大切に、愛しまねばならないのである。」と結んでいます。

描かれている内容は、個々の事情をまったく考慮せずに武士のあるべき姿を押し付けるだけの理不尽な武家社会の姿です。だからこそ日々の生活での家族の大切さが浮かんできます。

第二話では、「軍鶏侍」シリーズの第五弾『ふたたびの園瀬』の表題作「ふたたびの園瀬」で描かれていた東野才二郎夫婦の今の姿が描かれています。

かつての東野才二郎、今の弥一兵衛とその家族の話ですが、何よりも二人の間の五歳になる息子勝五の姿が生き生きとしています。

また、「住めば都のお園さん」と親しみを込めて呼ばれる園の姿が、今の弥一兵衛一家の幸福感をあらわし、「ふたたびの園瀬」にも登場した六谷哲之助がまた現れるのも、弥一兵衛の幸福感を強調する役目を果たしています。

そして第三話では、前山遊山に名を借りての園瀬という土地の説明と、原太夫の二人の息子のうち、養子である龍彦のようすが語られます。

第四話になると、「軍鶏侍」シリーズの第一弾『軍鶏侍』の第四話「ちと、つらい」で語られた戸崎喬之進の息子の伸吉と、伸吉を通してみた原太夫のもう一人の息子幸司の物語になっています。

 

やはり、野口卓という作家の中でもこの『軍鶏侍シリーズ』は特に私の好みに合致します。

なかなか続巻が出ないと思っていたところ、「新・軍鶏侍シリーズ」として再開しました。残念ながら再開第一巻の『師弟』はいまだ図書館に購入されておらず、再開第二巻の本書『家族』から読み始めることになってしまいました。

好みの文庫本くらいは買えよという話ですが、まあ、待ちましょう。

 

本シリーズは、主人公岩倉源太夫というキャラクターも良いのですが、一番は園瀬という里の自然描写を物語の中にうまく取り入れてあるところだと思われます。

本書においてもそれは変わらず、美しい園瀬の里を舞台にドラマが展開されます。それも、以前のシリーズでの登場人物のその後の紹介を兼ねての展開です。

今後のさらなる展開を楽しみに待ちましょう。

心の鏡 ご隠居さん(二)

「松山鏡」
得意先の嫁から、鏡の出てくる落語を訊ねられた梟助じいさんだったが、鏡の出てくる落語がほとんどない。ひねり出した落語が「鏡のない村」という名も持つ「松山鏡」という話だった。
「祭囃子が流れて」
仕事一筋に生きてきて、ただ一つの楽しみが梟助じいさんの話を聞くことだという「狒狒
「婦唱夫随」
津和野屋の主人夫婦の宇兵衛と佐和が、犬や猫も人間の言葉がわかるのだろうか、と聞いてきた。そこで梟助じいさんは、根岸鎮衛(やすもり)の「耳嚢(みみぶくろ)」に書かれている「猫物をいう事」の話をするのだった。
「夏の讃歌(ほめうた)」
ある日、梟助じいさんは呉服問屋丹後屋の隠居のナミ婆さんと話す機会を得た。婆さんは人生の三つの節目、誕生と結婚そして死に一日で巡り合わせたことがあったというのだ。
「心の鏡」
初めての武家屋敷で、「古鏡記」という古い本に書かれている白銅の鏡と思われる古びた鏡の磨ぎを頼まれた。梟助じいさんはその本について知りたいこともあり、鏡の磨ぎを引きうけるのだった。

ご隠居さんシリーズ二作目の連作短編集です。

前作の最後「庭蟹は、ちと」の中で梟助じいさんの正体は明らかになったのですが、爺さんは変わらずに町を流し鏡を磨ぐ日々です。

いつもは爺さんの話を客が聞くのですが、本作では「祭囃子が流れて」と「夏の讃歌(ほめうた)」では爺さんが聞き役に回っています。特に「夏の讃歌」では話をするナミ婆さんの若やぐ姿が描かれ、梟助じいさんの聞き上手としての姿も見えています。ただ、「祭囃子が流れて」は今一つ分かりにくい話でした。

「婦唱夫随」に出てくる根岸鎮衛の「耳嚢」とは、南町奉行に就任した根岸肥前守鎮衛というという実在の人物の随筆のことで、風野真知雄が『耳袋秘帖』という小説にしています。これは、「耳嚢」とは別に怪異譚を集めた『耳袋秘帖』という雑記帳があったという設定の物語です。

また、「心の鏡」で出てくる「古鏡記」という本は、隋末唐初頃の文語小説で「作者が,かつて師事した侯生という人物から受けた古鏡が,妖怪の正体をあばくなど,霊妙を現すいくつかの事件を綴ったもの。」のようです。(「古鏡記(こきょうき)とは – コトバンク」:参照)

ご隠居さん

腕利きの鏡磨ぎである梟助じいさんは、落語や書物などの圧倒的な教養があり、人あたりもさわやか。さまざまな階級の家に入り込み、おもしろい話を披露し、ときにはあざやかに謎をときます。薀蓄は幅広く、情はどこまでも深い。このじいさんの正体やいかに…。江戸の“大人”を描く、待望の新シリーズ誕生! (「BOOK」データベースより)

「三猿の人」
主人公の梟助じいさんの紹介を兼ねた物語です。双葉屋の内儀に梟助じいさんの仕事である鏡磨ぎの説明をし、そのまま「鰻の落とし話」を語ります。
「へびジャ蛇じゃ」
客先の若旦那の「巳年に因んで、蛇の話を」して欲しい、という求めに応じて、蛇尽くしのお話を語る梟助じいさんです。
「皿屋敷の真実」
瀬戸物商但馬屋の出戻り娘真紀の話で、鏡作りについての説明もあって、また怪談話の「番町皿屋敷」をめぐるトリビアにもなっている話です。良質な人情話でもあります。
「熊胆殺人事件」
旗本の殿様を相手に、熊の胆(い)売り殺しを巡る捕物帳の趣きを持った話。
「椿の秘密」
高名な「八百比丘尼」の物語を絡めたファンタジーです。
「庭蟹は、ちと」
息子に問い詰められた梟助じいさんの独白で爺さんの正体が明らかにされ、その話が極上の人情話として仕上がっています。

後記の文藝春秋の本の話WEBでスポーツライター・ジャーナリストの生島淳氏が「『ご隠居さん』を読んだときの驚きは、「時間でもつぶしていくか」と気軽に寄席に入ったら、泣きながら寄席を後にした――そんな体験と似ている。」と書いておられます。

まさにその通りで、第二話の「へびジャ蛇じゃ」あたりまでは著者の落語に対する知識や当時の生活についての博識ぶりは分かっても、物語としては外れかもしれない、などと思っていたのですが、その後、さすがに野口卓という思いに代わるほどの作品へと変化していました。