師弟 新・軍鶏侍

七年の歳月が過ぎ、齢五十四となった園瀬藩の道場主岩倉源太夫。だれにも避けることのできぬ“老い”を自覚しつつも、かつて退けた剣士の挑戦を再び受けて立つ。挑戦者の註文は「真剣で」だった―(『歳月』)。道場を開いて弟子を持ち、後添いにみつを娶って、思いがけず子を得た源太夫。息子の成長と旅立ち、弟子の苦節と克服を見守る、逃徹した眼差しの時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

新・軍鶏侍シリーズの第一弾である連作の短編集で、本巻から新しいシリーズが始まります。

 
歳月
七年前に一度立ち会った川萩伝三郎と名乗っていた男が、古枝玉水と名を変え、立ち合いの約定を果たしにきた。目付の岡村に立ちあいを願い、並木の馬場での戦いに臨む源太夫だった。

夢は花園
藩の中老を務める芦原讃岐からの誘いで向かった料理屋に藩主九頭目隆頼の腹違いの兄の次席家老九頭目一亀が来た。上意討ちで倒した立川彦蔵の息子市蔵、元服して名を改めた龍彦を長崎に遊学させたいというのだ。

軍鶏の里
若鳥の味見(稽古試合)にまだ闘鶏は初心者の笈田広之進が琥珀と名付けられた若鳥を出したものの、琥珀は悲鳴を上げて逃げ出したのだ。「軍鶏は飼い主に似る」とあざけられ広之進を心配する権助だった。

師弟
「一刀流 岩倉道場」の正面、神棚の下には道場訓と並んで軍鶏の絵が飾ってある。その絵は、源太夫の弟子であった森正造が描いたものだったが、江戸で狩野派の絵を学び園瀬に帰ってきた正造に妙な話が浮かんできた。

 

長年待ちわびた『軍鶏侍シリーズ』が再開しました。とはいっても、新しいシリーズとして始まったのです。ただ、内容は五年が経過しているというだけで、時の経過に応じた変化以外何も変わりません。

 

一話目の「歳月」では、「園瀬の盆踊りを、ぶち壊すために潜入した一味を撃退してからも、五年の歳月が流れていた。」とあります。つまりは、前のシリーズの第六巻「危機」から五年が経っています。

その「歳月」で語られるのは源太夫と武芸者との立ち合いの場面ですが、ここで語られるのは五十四歳になった源太夫です。源太夫には道場の後継者のこと、そして「老い」が避けられない問題として迫っていました。

そうした意味も込めての「歳月」という題としたと思われます。

 

その後、十六歳になった源太夫の息子市蔵の長崎留学の話「夢は花園」があり、次いで軍鶏侍らしく、軍鶏の話に乗せた若者の成長の話である「軍鶏の里」へと続きます。

この「軍鶏の里」でも五年の歳月は大きく、そろそろ傘寿になる下男の権助の姿があります。この権助は園瀬の里をいつの間にか軍鶏の里へと変えてしまうほどに軍鶏のことに詳しく、また話しの運び方も巧みなのです。

歳を取った権助の跡継ぎとしてやはり十六歳になる亀吉が育っています。そしてここの話ではもう一人、軍鶏を飼い始めた笈田広之進という若者の話でもあります。

 

最後は森正造という絵師の話「師弟」です。

ここで当時の絵の話題となり、この作者の『大名絵師写楽』という作品との関連性を見ることができます。ともに大名間での錦絵の贈答が流行っていることをテーマに、錦絵を描いています。

この正造にからめて園瀬の里の盆踊りの話もあり、本シリーズの番外編である『遊び奉行』で描かれた盆踊りの様子がふたたび描かれているのです。

 

 

ともあれ、軍鶏侍シリーズが再開したのは喜ばしいことです。このシリーズの持つ物語の流れ、浄景描写の美しさなど、私の感性に見事にはまる一番の物語です。

野口卓という本書の作者の『ご隠居さんシリーズ』や、先に挙げた『大名絵師写楽』は、この作者が学んだた知識がこれでもかと全編にちりばめられており、読み進めるに少々邪魔に感じたものです。

そうした知識欲に満ちた読者にはいいかもしれませんが、エンターテイメントを望む私にとっては少々読みにくい作品でした。

 

 

しかし、本シリーズはそうした知識に裏付けされた物語が岩倉源太夫という魅力的なキャラクターを得て絶妙に構築されていて、読みやすいエンターテイメント小説として仕上がっているのです。

今後も続くことを願うばかりです。

家族 新・軍鶏侍

「軍鶏侍…か」十九年かけて敵討ちをなし、武士の鑑と讃えられた園瀬の英雄大野礼太郎は、岩倉家の庭でぼそりと漏らした。その大野が突然の乱心を起こし、岩倉源太夫に上意討ちの命が下る。長い歳月を孤独のうちにすごさねばならなかった藩士の胸の内とは(『孤愁』)。淡々と、しかしはっきりと移ろう園瀬の日々に、家族の姿を浮かび上がらせる珠玉の四編を収録。(「BOOK」データベースより)

 

再始動した『新・軍鶏侍シリーズ』の第二巻の連作の短編時代小説集です。

 


 
「孤愁」
六歳で父を殺されてから三十一年、十八歳で園瀬を出てからでも十九年を経て艱難辛苦の末に父親の仇を討った大野礼太郎は、園瀬の里で一代の英雄として迎えられた。しかし、三十八歳で藩士として復帰するまで世の常識を知らずにいたのだった。

「似たもの夫婦」
かつては才二郎と呼ばれていた東野弥一兵衛と妻の園は、園が「住めば都さん」と呼ばれていることを初めて知った。五歳になった二人の子である勝五は、早く剣を習いたくて仕方がない様子だった。

「遊山の日」
園瀬では領民には盆踊りが、武家には初代藩主九頭目至隆公に由来する、藩祖お国入りの日の前山遊山が許されていた。今回の原太夫の前山遊山には、養子龍彦が長崎遊学の若手の一人に選ばれた挨拶をまとめてしておこうという目的もあった。

「藍と青」
戸崎喬之進が十二歳になる息子の伸吉を入門させたいとやってきた。幾人かの弟子と立ち会わせると、勝つがかろうじてというところであり、原太夫は「真に強い者は圧勝しない」という師の日向主水の言葉を思い出していた。

 

本書のタイトルは「家族」となっています。本書の各短編は、第一話こそ一人の藩士の“武家社会に対する異議申し立て”の物語となっていますが、それ以外はまさに「家族」を考えさせる話になっています。

でも、その第一話でさえも、「武家である以上、一寸先が見えないと心得ていなければならない。」「だからこそ、日々を、そして周りの者を大切に、愛しまねばならないのである。」と結んでいます。

描かれている内容は、個々の事情をまったく考慮せずに武士のあるべき姿を押し付けるだけの理不尽な武家社会の姿です。だからこそ日々の生活での家族の大切さが浮かんできます。

第二話では、「軍鶏侍」シリーズの第五弾『ふたたびの園瀬』の表題作「ふたたびの園瀬」で描かれていた東野才二郎夫婦の今の姿が描かれています。

かつての東野才二郎、今の弥一兵衛とその家族の話ですが、何よりも二人の間の五歳になる息子勝五の姿が生き生きとしています。

また、「住めば都のお園さん」と親しみを込めて呼ばれる園の姿が、今の弥一兵衛一家の幸福感をあらわし、「ふたたびの園瀬」にも登場した六谷哲之助がまた現れるのも、弥一兵衛の幸福感を強調する役目を果たしています。

そして第三話では、前山遊山に名を借りての園瀬という土地の説明と、原太夫の二人の息子のうち、養子である龍彦のようすが語られます。

第四話になると、「軍鶏侍」シリーズの第一弾『軍鶏侍』の第四話「ちと、つらい」で語られた戸崎喬之進の息子の伸吉と、伸吉を通してみた原太夫のもう一人の息子幸司の物語になっています。

 

やはり、野口卓という作家の中でもこの『軍鶏侍シリーズ』は特に私の好みに合致します。

なかなか続巻が出ないと思っていたところ、「新・軍鶏侍シリーズ」として再開しました。残念ながら再開第一巻の『師弟』はいまだ図書館に購入されておらず、再開第二巻の本書『家族』から読み始めることになってしまいました。

好みの文庫本くらいは買えよという話ですが、まあ、待ちましょう。

 

本シリーズは、主人公岩倉源太夫というキャラクターも良いのですが、一番は園瀬という里の自然描写を物語の中にうまく取り入れてあるところだと思われます。

本書においてもそれは変わらず、美しい園瀬の里を舞台にドラマが展開されます。それも、以前のシリーズでの登場人物のその後の紹介を兼ねての展開です。

今後のさらなる展開を楽しみに待ちましょう。

心の鏡 ご隠居さん(二)

「松山鏡」
得意先の嫁から、鏡の出てくる落語を訊ねられた梟助じいさんだったが、鏡の出てくる落語がほとんどない。ひねり出した落語が「鏡のない村」という名も持つ「松山鏡」という話だった。
「祭囃子が流れて」
仕事一筋に生きてきて、ただ一つの楽しみが梟助じいさんの話を聞くことだという「狒狒
「婦唱夫随」
津和野屋の主人夫婦の宇兵衛と佐和が、犬や猫も人間の言葉がわかるのだろうか、と聞いてきた。そこで梟助じいさんは、根岸鎮衛(やすもり)の「耳嚢(みみぶくろ)」に書かれている「猫物をいう事」の話をするのだった。
「夏の讃歌(ほめうた)」
ある日、梟助じいさんは呉服問屋丹後屋の隠居のナミ婆さんと話す機会を得た。婆さんは人生の三つの節目、誕生と結婚そして死に一日で巡り合わせたことがあったというのだ。
「心の鏡」
初めての武家屋敷で、「古鏡記」という古い本に書かれている白銅の鏡と思われる古びた鏡の磨ぎを頼まれた。梟助じいさんはその本について知りたいこともあり、鏡の磨ぎを引きうけるのだった。

ご隠居さんシリーズ二作目の連作短編集です。

前作の最後「庭蟹は、ちと」の中で梟助じいさんの正体は明らかになったのですが、爺さんは変わらずに町を流し鏡を磨ぐ日々です。

いつもは爺さんの話を客が聞くのですが、本作では「祭囃子が流れて」と「夏の讃歌(ほめうた)」では爺さんが聞き役に回っています。特に「夏の讃歌」では話をするナミ婆さんの若やぐ姿が描かれ、梟助じいさんの聞き上手としての姿も見えています。ただ、「祭囃子が流れて」は今一つ分かりにくい話でした。

「婦唱夫随」に出てくる根岸鎮衛の「耳嚢」とは、南町奉行に就任した根岸肥前守鎮衛というという実在の人物の随筆のことで、 風野真知雄が『耳袋秘帖』という小説にしています。これは、「耳嚢」とは別に怪異譚を集めた『耳袋秘帖』という雑記帳があったという設定の物語です。

また、「心の鏡」で出てくる「古鏡記」という本は、隋末唐初頃の文語小説で「作者が,かつて師事した侯生という人物から受けた古鏡が,妖怪の正体をあばくなど,霊妙を現すいくつかの事件を綴ったもの。」のようです。(「古鏡記(こきょうき)とは – コトバンク」:参照)

ご隠居さん

腕利きの鏡磨ぎである梟助じいさんは、落語や書物などの圧倒的な教養があり、人あたりもさわやか。さまざまな階級の家に入り込み、おもしろい話を披露し、ときにはあざやかに謎をときます。薀蓄は幅広く、情はどこまでも深い。このじいさんの正体やいかに…。江戸の“大人”を描く、待望の新シリーズ誕生! (「BOOK」データベースより)

「三猿の人」
主人公の梟助じいさんの紹介を兼ねた物語です。双葉屋の内儀に梟助じいさんの仕事である鏡磨ぎの説明をし、そのまま「鰻の落とし話」を語ります。
「へびジャ蛇じゃ」
客先の若旦那の「巳年に因んで、蛇の話を」して欲しい、という求めに応じて、蛇尽くしのお話を語る梟助じいさんです。
「皿屋敷の真実」
瀬戸物商但馬屋の出戻り娘真紀の話で、鏡作りについての説明もあって、また怪談話の「番町皿屋敷」をめぐるトリビアにもなっている話です。良質な人情話でもあります。
「熊胆殺人事件」
旗本の殿様を相手に、熊の胆(い)売り殺しを巡る捕物帳の趣きを持った話。
「椿の秘密」
高名な「八百比丘尼」の物語を絡めたファンタジーです。
「庭蟹は、ちと」
息子に問い詰められた梟助じいさんの独白で爺さんの正体が明らかにされ、その話が極上の人情話として仕上がっています。

後記の文藝春秋の本の話WEBでスポーツライター・ジャーナリストの生島淳氏が「『ご隠居さん』を読んだときの驚きは、「時間でもつぶしていくか」と気軽に寄席に入ったら、泣きながら寄席を後にした――そんな体験と似ている。」と書いておられます。

まさにその通りで、第二話の「へびジャ蛇じゃ」あたりまでは著者の落語に対する知識や当時の生活についての博識ぶりは分かっても、物語としては外れかもしれない、などと思っていたのですが、その後、さすがに野口卓という思いに代わるほどの作品へと変化していました。

ご隠居さんシリーズ

『あらすじで読む古典落語の名作』や『さわりで覚える古典落語80選』、『落語一日一話 傑作噺で暮らす一年三六六日』など、野口卓という作家は落語に造詣が深く、幾冊かの本も出版されています。本書は、そうした作者の特色が色濃く、というか持っている知識を総動員して書かれたシリーズです。

このシリーズはもっぱら梟助じいさんのキャラクターでもっている物語で、客先での爺さんの語る話という形式をとっていますが、この爺さんの博識ぶりは眼を見張るものがあります。また、その正体はシリーズの最初の方で明らかにされ、爺さんが何故にこのようにものを知っているのか、なども一応の説明はなされています。

キャラクター設定のうまさは、主人公の梟助じいさんの職業設定にもあります、すなわち爺さんの職業は「鏡磨ぎ」であり、得意先でいろいろなお喋りをしてお客を楽しませますが、そこに落語の知識が。十二分に生かされているのです。落語家の柳家小満んさんが「あとがき」で書いていますが、「鏡磨ぎ」という職業設定は「あらゆる階層の老若男女と接することができる」のです。

落語をテーマとする小説としては、私が読んだ本の中では何といっても中公文庫から出ている結城昌治の『志ん生一代(上・下)』が一番でした。名人五代目志ん生の壮絶な生涯を描いた作品だったことを記憶しています。壮絶という言葉は正確ではありませんね。放蕩息子という言葉の上を行く、人に迷惑をかけるなど当然のことであり、かみさんや子供のことなどこれっぽっちも考えていない遊び人です。しかし、落語という一点でこの物語は救われ、内容の割に爽快感があったと覚えています。ちなみに、志ん生の長男が十代目金原亭馬生であり、その子が俳優中尾彬の妻である女優の池波志乃です。また、右のリンクイメージは単行本を載せていますが、文庫版もあります(Amazon参照)。

また、落語評論家の安藤鶴夫という人が書いた、河出文庫から出ている『三木助歳時記(上・下)』という作品が実に魅力的だったと記憶しています。安藤鶴夫という人についてはウィキペディア(安藤鶴夫)でも見ていただくとして、正直なところ、この本の内容は『志ん生一代』ほどには覚えてはいないのですが、それでも個人的にはこの人の落語「芝浜」が好きな、三代目桂三木助を描いたこの作品を読んで落語家という人種に興味を覚え、以後落語家を描いた小説を読むようになったと覚えています。

他にも何冊か読んでいるのですが、思い出せません。古い本だなをひっくり返し、探してみましょう。

落語に関してもう一冊。近年ネットで読んだコミックがかなり面白く、そのうちに全巻そろえなくてはと思っている作品が、『夏子の酒』を書いた尾瀬あきらの手になる『どうらく息子』です。落語界に飛び込んだ若者が、独特なその世界で苦労しながらの成長譚という、これだけではありきたりの話のようですが、数々の古典落語の説明もあり、かなり本格的に描かれた作品でした。これは監修されている柳家三三師匠の力も大きいのでしょう。

小説好きの私ですが、落語もなかなかに魅力があります。その落語の要素を取り入れながら、梟助という鏡磨ぎの爺さんの魅力的なキャラクターを作り上げたこの物語は、普通のエンターテインメント小説とはかなり趣の異なった小説だ、と言い切れるでしょう。しかし、それだけに物足りなさを感じる人もいるかもしれません。でも、その先にほんのりと見えてくる、梟助じいさんのかたりを堪能してもらいたいものです。

ご隠居さんシリーズ(2016年11月27日現在)

  1. ご隠居さん
  2. 心の鏡
  3. 犬の証言
  1. 出来心
  2. 還暦猫

隠れ蓑: 北町奉行所朽木組

小池文造が両国で目撃された、という。藤原道場で共に汗を流した仲ではあるが、もとより傲岸きわまりない男だった。私闘に敗れ逐電した後、どのように命を繋いできたのだろうか。やがて、定町廻り同心・朽木勘三郎は宿命の対決へ歩みを進めてゆく(表題作)。勘三郎とその配下朽木組の痛快無比な活躍を描く全四篇。「時代小説に野口卓あり」と高らかに告げる、捕物帳の新たなる定番。(「BOOK」データベースより)

北町奉行所朽木組シリーズの第二弾で、四編の短編が収められた時代短編小説集です。シリーズも二作目となり作者も慣れたのか第一作目よりも楽しく読むことができたように思います。

「門前捕り」
「門前捕り」を任された新任同心の名倉健介は、途中で賊を取り逃がしてしまう。町方は面目にかけても捕まえなければならず、朽木勘三郎も朽木組を挙げて探索に乗り出すのだった。
「開かずの間」
下り酒問屋和泉屋のひとり息子文太郎は、女の幽霊の言葉を聞いて寝付いてしまう。文太郎の幼馴染である弥太の調べた結果を聞き、岡っ引きの伸六は一つの結論を得るのだった。
「木兎引き」
小鳥を育てることに執着している千八百石旗本大久保家の隠居の主計(かずえ)は「ズク引き」を見ることになったのだが、そこに珍しい鳥がかかり・・・。
「隠れ蓑」
勘三郎は、藤原道場時代に免許皆伝を巡り遺恨のあった小池文造の非常に荒んだ姿を見かけたとの話を聞いた。店の者をすべて、用心棒まで殺すという賊を追い掛けていた勘三郎は、小池文造を見かけたという見世物小屋を調べるのだった。

第一話の表題ともなっている「門前捕り」。町奉行所の管轄は町方だけだった時代、武家屋敷内で捉えた賊には手を出させず、門前で待つ町方に引き渡し、逮捕させたそうで、これを「門前捕り」と言ったそうです。

第二話は勘三郎はほとんど出てこずに、弥太の親分である伸六が安楽椅子探偵のような立場になる珍しい構成です。

第三話の「ズク引き」とは、ミミズクをおとりにして小鳥を捕らえることを言うそうです。この物語は捕物帳というよりは、江戸期における小鳥の飼育についての知識が披露されています。小鳥の話と言えば、小鳥屋の物語なので当然ですが 梶よう子の『ことり屋おけい探鳥双紙』がありました。梶よう子の作品らしい優しい目線の人情ものでした。

第四話では小池文造という勘三郎の藤原道場時代の物語が絡んできます。時代小説にありがちな過去の人物像とは異なった古い知己という設定とは異なり、荒んではいても普通なのです。強くて人情味豊かというありふれた人物像の背景、つまりは勘三郎の人間像本体が少しずつ明らかになってくる物語でもあります。

前作で感じた物足りなさを、少しずつではありますが補ってくる作品です。単なる捕物帳の域を越えたところでの面白さをもたらしてくれる、さすがの野口卓の物語になってきました。

闇の黒猫: 北町奉行所朽木組

闇の黒猫。水際立った手口で大金を奪い去る盗賊は、いつしかその異名で呼ばれていた―。腕が立ち、情にも厚い定町廻り同心・朽木勘三郎と、彼に心服する岡っ引たちは、商家の盗難騒動、茶問屋跡取り息子失踪事件を鮮やかに解き、いよいよ江戸の闇夜に跋扈する「黒猫」の正体へと迫ってゆく…。文芸評論家・縄田一男氏に大器と絶賛された、野口卓、入魂の書き下ろし時代小説。(「BOOK」データベースより)

近年の時代小説の掘り出しものである『軍鶏侍』を書いた 野口卓による、北町奉行所定町廻り同心の朽木勘三郎を主人公とした連作の時代短編小説です。

「冷や汗」
呉服・太物商の桜木屋の支配役の金兵衛が、いつ盗られたかは不明だが金百両が無くなっていると言ってきた。勘三郎は、父親が「闇の黒猫」と呼んでいた凄腕の盗賊の仕業ではないかと疑う。
「消えた花婿」
諸国銘茶問屋の大前屋の息子俊太郎が行方不明だという。気が弱く、仲間からの誘いを断れない俊太郎の最後の望みの綱として祝言をあげたばかりだというが、何か隠し事があるらしい。
「闇の黒猫」
夜遅く、塗物問屋の北村屋から出てきた盗人を捉え、この男こそ「黒猫」だとの思う勘三郎だったが、男は名を歌川吉冨という絵師で、一時の気の迷いだと言いはるのだった。

主人公の勘三郎は「口きかん」との異名を持つ同心ですが、その勘三郎についての描写はあまりありません。物語の主体は勘三郎の手下である岡っ引の伸六を中心とした仲間に置かれています。勘三郎や経験豊かな岡っ引きの伸六の指示のもと、若者らは探索し成長していくのです。

この伸六の元に集う朽木組の仲間たちのそれぞれがユニークで、捕物帳の醍醐味を満喫させてくれます。警察小説の分野では良く見られるチームワーク主体の捜査法がここでも見ることができるのです。 今野敏の『安積班シリーズ』にその例が見られますね。

メンバーのそれぞれに「減らず口の安」とか「地蔵の弥太」などの一人前のあかしとされる渾名がつけられており、それは見習いである安吉と弥太も同様で「独言和尚」「ぼやきの喜一」と付けられているのです。当たり前ではありますが物語が進むにつれこの安吉と弥太の成長も描かれていたりと思いもかけない楽しみもありました。

ただ、何故か『軍鶏侍シリーズ』ほどの喜びは感じられません。本書は本書として面白い物語ではあります。しかしながら『軍鶏侍シリーズ』の世界観があまりにも私の感性にはまったというところでしょうか。もしかしたら、それは朽木勘三郎の性格づけが明確でないことなどにも起因しているのかもしれません。

北町奉行所朽木組シリーズ

北町奉行所定町廻り同心の朽木勘三郎を主人公にした捕物帳です。朽木勘三郎という同心は、岡っ引の伸六をまとめ役とし、その手下である安吉と弥太、それに見習の和助と喜一という若者をチームとして探索をさせ、事件を解決します。一人のヒーローによる事件解決という従来の捕物帳とは一線を画しているのです。

更には、勘三郎とその息子の葉之助という親子の関係も見どころになっています。親の子に対する暖かな眼があって、その眼は伸六配下の手下たちにも注がれていて、常に彼らの成長を見守る親としての、そして若者を預かる同心としての姿までをも緻密に描き出しているのです。ここらの描き方は『軍鶏侍』での源太夫の、息子や弟子たちに対する目線と似たものがあると言えると思います。

どうしても、この作家の園瀬藩という風光明美な舞台を設けていた『軍鶏侍シリーズ』との比較になってしまいますが、江戸の町を舞台にした捕物帳だからでしょうか、より客観性が増しているようです。主人公の「口きかん」との異名を持つ朽木勘三郎についての描写もあまり無く、物語の主体は勘三郎の手下である岡っ引の伸六を中心とした仲間に置かれています。

勿論、最終的な解決は勘三郎が行うのですが、勘三郎の指示で伸六らが動き、伸六らが情報を収集するその様子がこのシリーズの魅力になっているようです。その情報収集の過程でまた勘三郎の指示があったり、若者の成長する姿を見たりと、物語の全体的な構成は違いますが、 池波正太郎の『鬼平犯科帳』シリーズの火付盗賊改方長官長谷川平蔵というキャラクターと似たところが無いとも言えません。

とにかく、まだこのシリーズは2016年11月の時点でも二冊しか書かれていないので、今後のシリーズの展開を待ちたいと思います。

北町奉行所朽木組シリーズ(2016年11月19日現在)

  1. 闇の黒猫: 北町奉行所朽木組
  2. 隠れ蓑: 北町奉行所朽木組

危機 軍鶏侍6

平和な里で突如、花火が鳴り響いた。軍鶏侍・岩倉源太夫が住む園瀬藩緊急の報せだ。番所に急行する藩士たち。現地には何の異変もなかったが、源太夫は公儀の企みであると看破。さまざまな疑惑が浮かぶ中、園瀬が最も沸く、盆踊りの季節がやってこようとしていた。もしや、狙いは祭りそのもの…。源太夫は園瀬の民を守れるのか。シリーズ初長編、緊迫の第六弾。

本篇は、軍鶏侍シリーズの第六弾です。番外編ともいうべき『遊び奉行』を除けば軍鶏侍シリーズ初の長編で、かつての藩の改革の時の仲間とともに再び源太夫が園瀬藩の政争に巻き込まれていく姿が描かれています。

突然打ち上げられた「雷」。その裏に存在する秘密を探るうちに、藩の重職と有力商人との結託や、園瀬藩の特産である莨栽培の秘密を狙う隣藩の存在などが浮かび上がってきます。その一つずつを確かめつぶしながら園瀬という土地の自然や成り立ちが明らかにされていくのです。

中でも『遊び奉行』でも語られていた園瀬の「盆踊り」には力を入れていることが感じられ、著者の多分徳島の「阿波踊り」に対する愛情をにじませる物語ともなっています。

こうした園瀬の情景を描く中、源太夫の、人との関わり合いを忌避して生きるという当初の思惑からは遠く離れ、道場で教える師弟の人生に深くかかわり、園瀬藩の重鎮との交流から藩の政にもかかわる立場になっている姿が生き生きと浮かび上がってきます。

巻を重ねるにつれ、物語の世界は奥行きを増し、若者たちの成長譚、剣豪もの、アクション、恋物語、そして軍鶏のことと、幾重もの貌を見せながら広がりを見せていくのです。

今のところ私が一番面白さを感じ、続刊を楽しみにしているシリーズとなっています。

ふたたびの園瀬 軍鶏侍5

軍鶏侍・岩倉源太夫の道場の若き師範代・東野才二郎は、藩命で赴いた江戸で、ならず者に絡まれる女性を救う。名を、園。源太夫に実父を斬られ、今は侠客の娘として育てられていた。園の気風の良さ、才二郎の誠実さに、やがて二人は惹かれあっていくが、園に忍び寄る不穏な影が…。美しき日本の風景を背景に静謐な文体で贈る本格時代小説。

「軍鶏侍」シリーズの第五弾です。「新しい風」「ふたたびの園瀬」「黄金丸」の三編が収められています。

「新しい風」
源太夫の息子市蔵が実の親のことで家を飛び出した折に、出先で市蔵と共にいたのが亀吉だった。その亀吉が軍鶏に魅せられ、岩倉道場に下働きとして加わることになる。

「ふたたびの園瀬」
岩倉道場師範代の東野才二郎は、芦原讃岐の命で出た江戸で、源太夫の親友である秋山精十郎の子の園がチンピラに絡まれているところを助ける。かつて園瀬藩に行き、いつも園瀬藩のことを思っていた園であったが、その偶然は二人の仲を急速に近づけるのだった。

「黄金丸」
ある日岩倉道場に、軍鶏を入れた小さめの駕籠を下げた鳥飼唐輔という浪人がやってきた。その浪人は源太夫との立ち合いを望むが、問題はその連れている軍鶏の素晴らしさだった。

(「とにかく読書録」参照)

「新しい風」「黄金丸」は共に軍鶏に絡んだ短編です。それに対し、「ふたたびの園瀬」は岩倉道場師範代の東野才二郎と源太夫の親友である秋山精十郎の子である園との恋物語です。この物語に関しては若干不自然さ、都合のよさを感じないでもないのですが、それ以上に物語としての瑞々しさ、園瀬の美しさの描写が勝ります。

シリーズを通して抒情豊かに紡がれていくこの物語で繰り広げられる世界に、ただひたすらに浸っていたいと強く思うばかりです。