『テミスの不確かな法廷 再審の証人』とは
本書『テミスの不確かな法廷 再審の証人』は『テミスの不確かな法廷シリーズ』の第二弾で、2025年12月にKADOKAWAから240頁のソフトカバーで刊行された、長編の推理小説です。
発達障害という特性を持った主人公をうまくうごかした、暖かさに満ちたミステリー作品です。
『テミスの不確かな法廷 再審の証人』の簡単なあらすじ
任官8年目の裁判官・安堂清春は、抜群の記憶力を持つものの、極度の偏食で、感覚過敏、落ち着きがなく、人の気持ちが分からない。そんな発達障害の特性に悩みながら、日々裁判に向き合っている。7千万円を盗み起訴された女性銀行員が囁いた一言、飼い犬殺害事件に潜むかすかな違和感。彼はわずかな手がかりから、事件の真相を明らかにしていく。そんな中に現れた、殺人の濡れ衣を着せられたと訴える男。その再審裁判で証人として出廷したのは、検察ナンバー3の地位にいる、安堂の父だった…。衝撃と感涙のラストが待ち受ける、逆転の法廷ミステリ!(「BOOK」データベースより)
『テミスの不確かな法廷 再審の証人』の感想
本書『テミスの不確かな法廷 再審の証人』は『テミスの不確かな法廷シリーズ』の第二弾で、発達障害という特性を持った特例判事補という主人公がとても魅力的な、温もりにあふれたミステリー作品です。
本書の主人公は、多分山口県だとおもわれるY市の地方裁判所に勤務する安堂清治という特例判事補です。
ただ、彼は普通の人とは異なる特性を持っていました。それが発達障害と呼ばれる、人の気持ちを読み取るのが苦手な自閉スペクトラム症(ASD)と、衝動性がじっとしていることを許さない注意欠如多動症(ADHD)と診断された人物だったのです。
彼は十歳の頃にASDとADHDと診断してくれた精神科医の山路薫子が教えてくれた通りに自分が発達障害であることを自覚し、並外れた記憶力と頭脳を武器に司法試験に合格し、今では特例判事補として人の役に立っているのです。
でも、人の気持ちを読み取るのが苦手な安堂は人の言葉をそのままに受け取ってしまい、変な人だという評価を受けてしまいます。
しかしながら、判事や書記官、執行官などの今の職場である地方裁判所の人たちは彼のことを優しく見守ってくれていて、さらには第一巻でも登場してきた弁護士の小野崎乃亜もよき理解者として本巻でも登場し、安堂と仲のいいところを見せてくれています。
登場人物としては、一巻目と同様に藤木久志地裁所長、定年まで残りわずかの総括判事の門倉茂、判事補の落合知彦、そして弁護士の小野崎乃亜らがそのままに登場します。
また、本巻からの新しい登場人物として、この春に大阪地検から異動してきた任官六年目の女性検事の大石玲依が、一巻目からいた古川真司主任検察官とともに登場してきます。
主任書記官の八雲恭子が一巻目から登場していたかは覚えていません。
シリーズ二巻目の本書では、安堂の発達障害という特性についての説明は一巻目に比べると抑えられています。
でも、一つのことに集中して他が見えなくなってしまう、などの特徴については読者が戸惑わない程度には説明されていてます。
そして、弁護士の小野崎乃亜や書記官の八雲恭子たちが横道にそれがちな安堂を正常な道に引き戻す役として配置されているのはうまいと感じます。
ただ、判事補が法廷外で動き回って事件について気になる事実を調べて回るという点は、前巻同様に気になるところではありますが、その点は小説ということで無視していいのでしょう。
また、法廷外で判事と弁護士や検事とが直接会って法廷で取りあげる事件について話し合う点も実務を知らない私にはなんとも言えない点ではあります。
そうした疑問点を除けば、主人公の性格、本書での特性設定などはうまいものだとしかいうほかなく、事件の処理もきれいに描いてあると思います。
そのことは、裁判所に勤務する書記官や執行官の描写にしても同じで暖かさに満ちていて、楽しく読めた作品でした。
本書は、このように個性的な特例判事補を探偵役としている作品ですが、そのミステリーとしての側面もなかなかに読み応えのあるものとなっています。
第一話「アリンコは左の足から歩き出す」は、黒江藍子という元銀行員が顧客の貸金庫から七千万円という現金を盗んだとされる窃盗事件です。
安堂は、この被告人の事件について「言えない」と言った時の表情が忘れられないでいました。ところが、盗まれたはずの七千万円が弁護人を通じて返却されたというのです。
第二話「ABC、そしてD」は、仲の悪い隣同士のうちの一軒の引退した大学教授が買っていた犬を、隣の無職の男が腹いせに殺鼠剤を与えて殺したというものです。
ただ、境界の塀は簡単に犬が飛び越えられる程度のものであってしょっちゅう飛び越えて隣家に侵入していたというのです。にもかかわらず、被告人が何度注意しても元大学教授は何も対応しなかったというのでした。
第三話「法服のサンタクロース」殺人で十八年の刑期を終えた元受刑者で何度も再審請求をしていた紅林静夫が、工事現場の崖から落ちで重症だというのです。
再審のための新証拠が見つかったと言っており、また安堂と小野崎乃亜とに会う約束をしていたのに、何故なのか不思議に思う安堂でした。
第三話「法服のサンタクロース」では、殺人で十八年の刑期を終えた元受刑者で何度も再審請求をしていた紅林静夫が、工事現場の崖から落ちで重症を負ってしまいます。
しかし、紅林は再審のための新証拠が見つかったと言っており、安堂と小野崎乃亜とに会う約束をしていたのに、何故なのか不思議に思う安堂でした。
また、登場人物の一人は、安堂は発達障害であり、人の気持ちを理解できないため裁判官としてはふさわしくない、という趣旨のことをSNSに書き込んだりもしています。
第三話の当事者の紅林は第一話目から登場してきており、彼の再審請求について本書の全体を通しての一つの謎として提示されています。
さらには、本書では安堂の父親の結城秀敏が重要な役割を果たしていて、父親として安堂に「裁判」というものについて教え諭します。
安堂は、人の感情を読み取るのが苦手な自閉スペクトラム症の自分は「共感の扉」を大切にしたいと言いますが、父親の結城は「ただ一つの真実を法廷に導き出す以上の価値は司法にはない。」と言い切るのでした。
このことが、第三話の中において重要な意味を持ってきます。
ここでの”裁判とは何か”という設問は、真実発見こそ第一義だというのが日本的な考え方であり、一方でアメリカでは、「スポーツ訴訟感」ということを言われていると教わった記憶があります。
この議論はここで語るべきものでもないので、これくらいにしておきますが、ただ、安堂の父親の結城の言葉は本書の圧巻のラストに関係してきますので、ひとこと記しておきます。
一風変わった特性を持つ裁判官、正確には特例判事補を主人公に据えたこのシリーズは、独特の視点で持ち込まれた謎を解いていくユニークなミステリーであるとともに、全体として優しさにあふれた心温まる作品でした。
蛇足ですが、本書に出てくる裁判官たちの会話の中で、アメリカのトランプ大統領の相互関税政策についてのものが出てきます。
米最高裁判所は共和党寄りの保守派が多いため、下級審で違法と判断された関税政策もひっくり返されるのではないかという意見に対し、落合判事補は、アメリカの保守派は法律の条文に忠実にものごとを判断するから保守派なんです、と言い切ります。
そして先日(日本時間の2026年2月21日)その通りに米最高裁判所は違法という判断が下されました。
本書で書かれていた通りの判断がなされたことになります。
ちなみに、NHK総合テレビで「テミスの不確かな法廷」というタイトルで主役の安堂清春を松山ケンイチ、門倉茂を遠藤憲一が演じて話題になっています。
実際、松山ケンイチは安堂の雰囲気をうまく表していて、脚本も丁寧に書かれていて、とても好感の持てるドラマとして仕上がっていました。