『最後の外科医 楽園からの救命依頼』とは
本書『最後の外科医 楽園からの救命依頼』は『最後の外科医シリーズ』の第一弾で、2025年10月に文藝春秋から304頁の文庫として出版された、長編の医療小説です。
手塚治虫の有名な医療漫画の『ブラックジャック』を彷彿とさせる天才医師を主人公にした医療小説ですが、今一つと思われた作品でした。
『最後の外科医 楽園からの救命依頼』の簡単なあらすじ
モグリの天才外科医が究極の〈不可能手術〉で命を救うーー。
累計70万部突破『泣くな研修医』の著者で現役外科医・中山祐次郎さんが満を持してお届けする新シリーズ!
主人公は29歳の天才外科医カイ。10歳の頃から戦地でメスを握り、命の現場を駆け巡ってきた経験が彼を「不死身の医師」に。
しかし、「ふつうじゃない手術」には相応の覚悟がなければーー。
カイの相棒・交渉人の神園がふっかける法外な報酬金と、ヒリヒリする患者との駆け引き。そして圧巻の手術シーン……まさにブラック・ジャックを思わせる緊迫感がたまりません。夢にまで見た世界タイトルマッチ目前に癌に冒された21歳ボクサーに、美しすぎる顔を棄て別人になりたい人気女優。失明に怯える米軍スナイパー。
彼らの切なる願いに、カイはどんな「答え」を出すのか?(「BOOK」データベースより)
『最後の外科医 楽園からの救命依頼』の感想
本書『最後の外科医 楽園からの救命依頼』は『最後の外科医シリーズ』の第一弾で、一人の天才医師を主人公にした、これまでのこの著者の作品とは異なるタッチの医療小説ですが、今一つの作品でした。
本書の著者は、若手外科医の成長を描き出している『泣くな研修医シリーズ』を書いた中山祐次郎であり、その新シリーズと銘打って出版されたものです。
それも、あの手塚治虫が描く人気漫画であるブラックジャック風の医者の物語で、高額の医療費を請求する代わりに不可能と言われた症例をも可能にする手技を持った医者の話です。
本書の体裁はどちらかというとハードボイルドタッチであり、クールな医者のカイが不可能と言われた手術をこなしていきます。
その際に、患者との医療費の交渉など医療行為に付随する様々な事柄を処理するのが神園拓也というカイの幼馴染と言ってもいい存在です。
しかし、その物語は前出の『泣くな研修医シリーズ』におけるものとは全くその雰囲気を異にします。
これまで何冊かの作品を書いてきた方の文章とは思えず、それぞれの話は厚みを感じられず、どうにも感情移入しにくい物語でした。
「カルテ#1 楽園からの救命依頼」は、奄美大島で起きた航空機事故に駆け付け、その神業を披露するカイの姿が描かれます。
この話は、主人公であるカイの人となりを紹介する物語であると同時に、その技術力と同時に医療費も高いことを示しています。
ただ、著者は新しいジャンルに挑戦されているためか、ハードボイルドタッチの物語の進行は説明的で、もう一つ感情移入できるものではありませんでした、
同様の医者を描いた話である手塚治虫のブラックジャックは、単純な話ではあっても「絵」という情報があって、文字だけの小説とは異なりかなりその差を感じてしまいました。
「カルテ#2 ゴングが鳴る前に」では、三カ月後に世界タイトルマッチを控えているのに、甲状腺未分化癌に侵された天才ボクサーの話です。
この話では、手術の結果がうまくいったとしてもボクサーは戦いの中に身を投じていかなければなりません。手術の結果はそこで台無しになる可能性が高いのです。
詳しくは書けませんが、設定は本当に「生きる」ということの意味を問いかけていると思われます。
「カルテ#3 華と虎」は、これまでもカイの手術の手伝いをしてきた播州会新宿総合病院VIPオペ専門ナースの津城華の娘の美咲が心臓病で緊急手術が必要になる話です。
第二話でも名前こそ出ないままにカイの手術を補助していた手術室看護師が物語の中心になっているのです。
美咲の手術を行うにあたりカイたちが要求する高額の医療費は、裏社会の目にとまる金額でもあったということです。
でも、医療小説という点ではもの足らず、ハードボイルド作品としては焦点が定まっていない印象であって、今一つのめり込めない話でもありました。
「カルテ#4 仮面の人生」は、は、人工的につくられた美貌の女優が、他人に作り出された人生から抜け出て、別の人生を生きたいと願う物語です。
絶大に人気を誇っている女優の二階堂桐子が、その人気故に「ただの人間として、誰にも注目されずに生きたい」と願い、カイに整形手術を依頼してきます。
しかし、彼女が属するプロダクション側は、桐子の代わりを見つけてこない限り手術は認めないというのでした。
この物語に関しては、どうにも舌足らずのように感じます。身代わりとなった桐子の腹違いの妹の水野珠貴の書き込みが舌足らずのためか、二人の行く末の描写が感情移入できませんでした。
「カルテ#5 スコープの奥の瞳」は、脳内に弾丸の破片が残り視力を失う危険がある狙撃手を、狙撃手としての視覚機能を完全に保持したままで破片を取り出してほしいとの国からの依頼でした。
患者である狙撃手は神園やカイたち同様に中東の難民キャンプで育った男であり、カイは手術にためらいを感じます。
結局は再び戦場に戻れるようにするための手術の依頼だったのです。
とりあえず最後まで読み通しましたが、物語として楽しむことが困難な作品でした。
ただ、すぐに重版されたそうですから( PR TIMES : 参照 )、評判は悪くはなかったのでしょう。しかし、個人的には続編が出たとしてもたぶん読まないと思います。