『アトミック・ブレイバー』とは
本書『アトミック・ブレイバー』は、2025年10月に光文社から464頁のハードカバーで刊行された、長編のエンターテイメント小説です。
近未来の世界で、ネットワーク上で展開される情報戦そして格闘ゲームが中心の、個人的には今一つの作品でした。
『アトミック・ブレイバー』の簡単なあらすじ
決めてほしいんだ、人類の行く末を。小型核爆弾による世界同時多発テロ《ヴァージン・スーサイズ》から27年。平凡なサラリーマン・堤下与太郎は、愛用している国家推奨の睡眠補助アプリ《ORANGE》をハッキングされていた。友人の天才プログラマー・西丸昴の仕業らしく、《ORANGE》の周波学習機能で与太郎だけが格闘ゲーム《アトミック・ブレイバー5》の西丸改造版をプレイできるように教育されたのだ。西丸の行方を追う国家機関・平和安全庁と、謎の反社会的組織《ウリヨラ教》による与太郎争奪戦が勃発。わけがわからないまま西丸版アトブレ5をひたすらプレイし続ける与太郎だが、次第にゲームの勝敗が人類の未来を左右する重大なシステムに関わっていることがわかりー。ゲームに勝って、世界を救え!正気じゃないエネルギーがあなたに呼びかけるエンタメ大作、誕生。(「BOOK」データベースより)
『アトミック・ブレイバー』の感想
本書『アトミック・ブレイバー』は、平凡なサラリーマンが格闘ゲームを勝ち抜くことで世界的な惨事を未然に防ごうと活躍するエンターテイメント小説です。
でも、こう言い切ってしまうと、本書がネットワークを駆使した管理社会下での抵抗勢力、特に一人のハッカーの戦いをエンタメ的に描き出しているという本質を見失うことになりそうです。
本書の舞台は、「ヴァージン・スーサイズ(VS)」と呼ばれる欧州を中心とする五つの首都でほぼ同時に小型核爆弾が爆発したテロ事件後の世界であり、その五つの都市の一つに「東京」も含まれていたという設定です。
この社会では、対テロリスト対策のために国民の情報は個々人に埋め込まれたチップを通して生体電子住民票を得ることが普通であり、極限にまで管理されています。
また睡眠補助アプリケーション「ORANGE」によって心地よい睡眠を得るとともに、睡眠学習も進んでいます。
こんな管理社会に反対する一派がいて、国家との軋轢を生んでいるというのです。
本書は、この作者の『爆弾』やその続編の『法廷占拠 爆弾2』でのスズキタゴサクが存在感を発揮した世界とは異なり、今一つのめりこめない作品でした。
SF的な設定のもと、この作者らしいアクション場面やロジックの展開も見られ、作品自体の面白さがないというわけではありません。
この作者らしく各場面の書き込みも細密であり、ほかの作者であれば数行で済みそうなところを時には数頁かけて描写してあり、かなり重厚な作品になっています。
しかし、本書に限って言えば、通常であればリアリティを増すであろうこの手法も、まだ物語が本格的に展開する前は冗長に感じられたのです。
冗長に感じた理由として、背景となる舞台設定が今一つ分かりにくいということがあると思います。
というのも、上記のような世界を前提としたいくつかの勢力が入り乱れ展開される物語であるため、若干世界観をつかみにくいのです。
たしかに、主人公の与太郎の運命を見ると正体不明の力により拉致されたり、拷問を受けたりとミステリアスに展開していて、理不尽な扱いを受ける理由が明かされることを期待するものではあります。
さらには、この作者ならではの論理の運びに魅了されるところも少なからずありました。
ただ、その謎解きがなかなかに始まりません。それどころか、与太郎しかできないゲームの描写が続き、この点が私の感覚と合わなかったのだと思います。
私が本書に共感できなかった大きな理由の一つに、この与太郎が遊ぶ格闘ゲームが重要な意味を持っていることも挙げられます。
というのも、与太郎がのめり込んでいる格闘ゲームを私はほとんど経験したことがなく、ボタン操作の描写にあまりその実感を感じることができなかったのです。
ちなみに、作品の中で戦われるゲームが人類に未来にかかわってくる、という本書を読んでいると、すぐにオーソン・スコット・カードの名作SF『エンダーのゲーム』を思い出しました。
しかし、本書はその作品とはかなり内容が異なるものでしたが、『エンダーのゲーム』も名作であり一読に値する作品だと思っています。
この『エンダーのゲーム』はハヤカワ文庫SFから上下二巻の新訳版が出ており、下記はその上巻だけを載せています。
繰り返しますが本書は同じ呉勝浩の『爆弾』で見られたようなサスペンス感に満ちた物語の展開があるかと言えば、それはありません。
それでも投げ出さずに読み通したのは、やはりこの作者の作品で最初に読んだ『スワン』や『おれたちの歌を歌え』を面白く読んだという思いがあったからです。
そして、そうした面白さがあることを頭から否定もできないところが難しいのだと思います。
ちなみに、こうした濃密な物語世界が構築されている作品と言えば、近年の作品で言えば、まずは1980年代のバブル景気を時代背景として、一人の青年僧が伝統仏教最大宗派の宗教法人の組織内部をのし上がっていくノワール小説である、月村了衛の『虚の伽藍』を思い出します。
また、満州国を時代背景として、架空の街を主な舞台としながら複数の人間の数十年を描く群像劇である小川哲の『地図と拳』などの作品も挙げてもいいかもしれません。
ともあれ、重厚で読み応えのある作品、若しくは重厚ではあってもゲーム感の漂う作品を好む人にとってはかなり面白く読める作品ではないでしょうか。
ただ、私が関心の持てるポイントからは微妙にずれていたために今一つ飲める混むことはできなかったというだけです。
次回作に期待したいと思います。