『幾世の鈴 あきない世傳 金と銀 特別巻(下) 』とは
本書『幾世の鈴 あきない世傳 金と銀 特別巻(下) 』は『あきない世傳 金と銀シリーズ』の特別巻で、ハルキ文庫から2024年2月に文庫本書き下ろしで刊行された長編の時代小説です。
本書をもって『あきない世傳 金と銀シリーズ』は完結してしまいます。
『幾世の鈴 あきない世傳 金と銀 特別巻(下) 』の簡単なあらすじ
明和九年(一七七二年)、「行人坂の大火」の後の五鈴屋ゆかりのひとびとの物語。
八代目店主周助の暖簾を巡る迷いと決断を描く「暖簾」。
江戸に留まり、小間物商「菊栄」店主として新たな流行りを生みだすべく精進を重ねる菊栄の「菊日和」。
姉への嫉妬や憎しみに囚われ続ける結が、苦悩の果てに漸く辿り着く「行合の空」。
還暦を迎えた幸が、九代目店主で夫の賢輔とともに、五鈴屋の暖簾をどう守り、その商道を後世にどう残すのかを熟考し、決意する「幾世の鈴」。
初代徳兵衛の創業から百年を越え、いざ、次の百年へ──。(内容紹介(出版社より))
『幾世の鈴 あきない世傳 金と銀 特別巻(下) 』の感想
本書『幾世の鈴 あきない世傳 金と銀 特別巻(下) 』は、前巻『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上) 』同様に、それぞれに主人公を異にする四編の短編からなる作品集です。
まず「第一話 暖簾」は、八代目五鈴屋店主の周助を主人公にした物語です。
周助は、大坂天満にある五十鈴屋本店の八代目五鈴屋店主です。
本シリーズの主人公の幸は大坂では女店主が認められないこともあって五鈴屋の江戸出店を果たし、五鈴屋江戸本店の店主となり、大坂の五鈴屋本店店主は周助にまかせていました。
この周助はもともと同業の「桔梗屋」の番頭でしたが、「桔梗屋」の主だった孫六は乗っ取りに遭いかけたときに手を差し伸べてくれた五鈴屋に店を任せることとし、周助も五鈴屋高島店の支配人として奉公することとなったものです。
そのときの五鈴屋店主は五代目の智蔵でしたが、いずれ五鈴屋別家として「桔梗屋」の暖簾と屋号を引き継がせる約束をしていたのです。
「第二話 菊日和」は、小間物問屋「菊栄」店主の菊栄を主人公にしています。
明和九年(一七七二年)に起きた「行人坂の大火」の二年の後、幸と賢輔は大坂へ帰ることになりました。
幸と菊栄は、やっと架けられた大川橋を眺めながら名残のひとときを過ごしている場面からこの物語は始まります。
本シリーズへの登場時は五鈴屋四代目店主徳兵衛の嫁としての立場であった菊栄ですが、後には小間物問屋「菊栄」の店主となり、この物語の主人公である幸の良き相談相手となった人物です。
その菊栄は、幸が江戸を去るにあたり一人江戸に残り、次の一手を考えていました。
「第三話 行合の空」は、本シリーズ主人公の幸の妹、結が主人公です。
姉である五鈴屋江戸本店店主の幸のもとを飛び出し、江戸屈指の本両替商音羽屋忠兵衛の後添いとなり、呉服商「音羽屋」の女店主となって何かと幸と対立してきた結でした。
しかし、その忠兵衛が重追放と闕所を言い渡されたとき、結も姉の元には戻らずに忠兵衛と共に流れて今では二人の娘にも恵まれ、ここ播磨の国、赤穂郡の東の端、揖西との境で旅籠を営んでいます。
二人の娘は姉の桂が十一歳、妹の茜が七歳で、忠兵衛は日がな釣りに出かけてお客へ出す魚を釣るという毎日でした。
二人の娘は一生懸命に母を手伝っていますが、特に姉の桂はなにからなにまで「あのひと」にそっくりだったのです。
そして「第四話 幾世の鈴」は、本シリーズ主人公の幸の物語となっっています。
天明五年(一七八五年)睦月朔日、幸は六十一歳となり、夫の賢輔も九代目五鈴屋徳兵衛を継いで十年、五十四歳となりました。
五鈴屋も大坂本店、高島店と合わせて、手代五十名、丁稚十五名、大番頭に中番頭、小番頭も加わり大所帯となっています。また、江戸本店も佐助から壮太へと代替わりも済みました。
五鈴屋は昨年創業百周年を迎え、今日は次の百年へと新たな一歩を踏み出す日でもありました。
そして、五鈴屋初代徳兵衛の墓参へと、伊勢五十鈴川の傍へと旅立つ賢輔、幸夫婦があり、幸の懐には益彦から渡された播磨国の旅籠でもらった延命地蔵のお守りが入っていたのです。
以上のように、本書『幾世の鈴 あきない世傳 金と銀 特別巻(下)』は、周助、菊栄、結、そして幸の四人の物語です。
特に第二話から第四話に関しては、前巻の『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上) 』にも増して、よりシリーズの中心になる人物たちのその後が語られています。
幸と結の姉妹については、二人の関係が何も進展しないままにシリーズ本編が終わってしまったので、この二人のその後について語られている第三、四話は興味が持たれる内容でした。
特に、第三話の結の物語は自然であり、幸とのつながりについても通り一遍の展開ではない関係性を示していることは感心するばかりです。
本書をもって本シリーズは完結します。残念ですが仕方ありません。あとはただこの作者が新しい物語を紡ぎだしてくれることを願うばかりです。