あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇

あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』とは

 

本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』は『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第十三弾で完結編でもある、2022年8月に文庫本書き下ろしで刊行された長編の時代小説です。

 

あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』の簡単なあらすじ

 

宝暦元年に浅草田原町に江戸店を開いた五鈴屋は、仲間の尽力を得て、一度は断たれた呉服商いに復帰、身分の高い武家を顧客に持つことで豪奢な絹織も扱うようになっていた。だが、もとは手頃な品々で人気を博しただけに、次第に葛藤が生まれていく。吉原での衣裳競べ、新店開業、まさかの裏切りや災禍を乗り越え、店主の幸や奉公人たちは「衣裳とは何か」「商いとは何か」、五鈴屋なりの答えを見出していく。時代は宝暦から明和へ、「買うての幸い、売っての幸せ」を掲げて商いの大海へと漕ぎ進む五鈴屋の物語、いよいよ、ここに完結。(「BOOK」データベースより)

 

宝暦十四年(1764年)弥生十一日、幸と菊枝は吉原きっての大見世の大文字屋の楼主である市兵衛から誘われ、吉原の花見に来ていた。

二人は、吉原の真ん中を貫く大通りである「仲の町」に移植された、人の手で揃えられた桜並木に感嘆の吐息を漏らしていた。

ただ、高尾太夫のいた三浦屋も今はなく、揚屋も町の名前にその名残を留めるだけになっていて、客層の変化を感じざるを得ない吉原であり、客あっての商売という意味では同じ立場にある幸と菊枝であった。

帰り道に聞こえてきた五鈴屋の衣裳を着る予定の歌扇の唄声に、今のままの歌扇では花魁からも芸者からも疎まれて潰されるだろう、という市兵衛の声が聞こえてくるのだった。

 

あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』の感想

 

驚いたことに、本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』をもって本『あきない世傳 金と銀シリーズ』も終わりだそうです。

本書を手に取り、その裏表紙に「いよいよ、ここに完結」という文字を認め、初めて本書が完結編だということを知りました。

 

しかし、本書を読み進めながらも本巻をもって完結ということがなかなかに納得できません。

というのも、本書序盤早々に、創業八十年を迎えるこの年に八代目徳兵衛の周助の命で鶴七亀七松七の手代三人と、天吉神吉という二人の丁稚が大坂から江戸へとやってくる場面があります。

また、屋敷売りを専らとする五鈴屋の新店を持つことや、孫六織という新たな織物を売り出す考えを温めている幸の姿があって、これからの展開が一段と広がりそうな話の進み方です。

つまりは、これからさらに店を大きくし、人手も増やそうという思惑があって実際に江戸五鈴屋も大所帯となる様子が描かれているのに、完結という言葉が素直には入ってこないのです。

 

それはともかく本書を見ると、本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』では、まずは幸たちの吉原での衣裳比べの催しが開かれます。

そこに五鈴屋の衣裳を着るのが芸者の歌扇であり、対抗場として登場するのがいつもの日本橋音羽屋屋です。

この衣装比べに五鈴屋の出す着物はどんなものなのか、その結果はどうなるのか、が楽しみなのです。

さらには、菊枝は新たな店を出すのですが、その新店舗についてもまた沽券場が絡んだ新たな問題が出てきます。

いつものように、何とかその危機を乗り切ろうとする幸たちですが、そのさまは読みごたえがあります。

 

また、穂積家の姫君の婚礼装束や嫁荷を五鈴屋に任せるとの申し出や、また人気役者の吉次が欲する吉次の色が染め上がったことなど、喜びごとも訪れます。

しかし、このような思いもかけないありがたい話が舞い込んでくるのはいいのだけれど、この物語ではいつも喜びを打ち壊す不幸ごと、乗り越え難い壁がまた降りかかるのではないかと気になるのです。

そうした気持ちは、それだけこの物語にのめり込んでいるということであり、惹かれているということでしょう。

などと思っていると、すぐに新たな障害が巻き起こります。それもかなりの難題です。幸は、この難題を如何にして乗り越えるのだろうか、と読みながらドキドキしてしまいます。

 

これまで数々の難題を乗り越えてきた幸であり、みごとに五鈴屋を発展させてきました。

菊枝もまた彼女自身の夢を見事に花開かせ、幸と共に、助け合いながら店も、そして自らも成長しているのです。

そして、強く生きてきた幸の「買うての幸い、売っての幸せ」という思いを見事に果たしてこの物語を終えることになります。

 

本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』においても、高田郁の文章はいつもながらに硬質な印象を受けながらも情感豊かに物語を紡ぎ出していました。

その文章、物語に惹かれて本『あきない世傳金と銀 シリーズ』もまた前の『みをつくし料理帖シリーズ』同様のベストセラーになっています。

高田郁が描き出す、大坂から始まり、その後江戸で苦労する一人の娘の成長譚であるとともに、痛快小説でもあるこれらのシリーズは多くの読者に受け入れられました。

その物語も、とりあえずは本書をもってひと段落がつくことになります。

しかし、高田郁という作家はまた新たな物語を私たちの前に届けてくれることでしょう。その日を心待ちにしたいと思います。

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』とは

 

本書『あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』は『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第十二弾で、2022年2月に文庫本で刊行された、328頁の長編の痛快時代小説です。

一旦は取り上げられた呉服の商いでしたが、本巻でやっと再び呉服の商いができそうになりますが、やはり高い壁が立ち塞がります。その壁を如何にして乗り越えるか、シリーズの醍醐味を本巻でも味わうことができます。

 

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』の簡単なあらすじ

 

浅草田原町に「五鈴屋江戸本店」を開いて十年。藍染め浴衣地でその名を江戸中に知られる五鈴屋ではあるが、再び呉服も扱えるようになりたい、というのが主従の願いであった。仲間の協力を得て道筋が見えてきたものの、決して容易くはない。因縁の相手、幕府、そして思いがけない現象。しかし、帆を上げて大海を目指す、という固い決心のもと、幸と奉公人、そして仲間たちは、知恵を絞って様々な困難を乗り越えて行く。源流から始まった商いの流れに乗り、いよいよ出帆の刻を迎えるシリーズ第十二弾!!(「BOOK」データベースより)

 

五鈴屋江戸本店の創業十年という記念の日に到着した近江商人の茂作やその孫の健作も旅立って、浅草太物仲間には駒形町の丸屋が仲間入りし、お上への呉服商いの願いを出すばかりだった。

年明け直ぐに願い出た浅草呉服太物仲間の件への返事もないままに、幸は呉服の新たな小紋染めとしてかつて賢輔が考えていた「家内安全」の文字散らしの図案を手掛けることを考えていた。

一方、雨で中断されていた勧進相撲も卯月八日となってやっと再開され、力士の名入りの藍染浴衣を纏うものが増え、各店にもお客が押し寄せるのだった。

そんな中もたらされたお上からの浅草呉服太物仲間の件の返事は、太物仲間に更なる難題をもたらすものでしかなく、皆は頭を抱えるだけだった。

 

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』の感想

 

本書『あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』では、念願だった呉服を扱うことができるかが一つの焦点となります。

そしてそこにはまたまた乗り越えるべき壁が立ちふさがるのです。

それとは別に、呉服商いに際し、また新たなアイデアをひねり出し、この壁を乗り越える様子が描かれているのはいつものとおりです。

同時に、商売が順調でお客が増えるのは非常にいいことですが、同時に五鈴屋の客層として富裕層が増えてくるにつれ、それまでの普通のおかみさんたちにとって店の敷居が高くなってく気配も出てきます。

そうした状況をいかに乗り越えるかが今後の課題となりそうです。

 

前巻『あきない世傳 金と銀(十一) 風待ち篇』で、二代目徳兵衛の口癖であった「買うての幸い、売っての幸せ」という言葉を商売の心得として押し寄せる困難を乗り越えていく姿が描かれる、ということを書きましたがそのことは本巻でも同様です。

というよりは、この言葉はこのシリーズを通しての幸ら五鈴屋の商売上の心得としてあり、皆で押し寄せる難題に対処していると言うべきなのでしょう。

 

また、前巻で書いたことでいえば“幸だけが正論すぎる”ということも同様で、本書ではそれ以上に出来事の都合がよすぎる気もします。

例えば、本書『出帆篇』ではある自然の出来事がストーリーに大きな影響を与えますが、この出来事があまりに五鈴屋に都合がよすぎる気がしないでもありません。

幸の妹の結がいる日本橋音羽屋も、特に大きな商売においてはそれなりの危機管理をなしているからこそこれまで大店として生き延びてきたと思われるのですが、その点が無視されている印象です。

 

そうした割り切れない気持ちはあるものの、本シリーズが面白いシリーズであることに違いはなく、いろいろ言っても続巻が楽しみなことに間違いはありません。

その理由の一つに、幸ら五鈴屋の仲間が様々な困難を乗り越えていく様子がカタルシスをもたらすということが挙げられます。

そしてまた、このシリーズでは毎回呉服や太物の商売上の知識などを紹介してあったり、巻末にまとめて説明してあったりしていますが、そうした豆知識も魅力の一つです。

本書でもそれは同様で、例えば、大阪では女子の持ち物が借銀の形にとられることはないため、大坂商人は女房や娘の衣裳に金銀の糸目をつけない、など初めて聞いた知識などがそうです。

こうした細かな知識を知ることも読んでいて楽しいものですし、物語自体に深みが出てきます。

 

さらに、今回は吉原での「衣裳競べ」が一つのイベントとして出てきますが、その際に幸が「衣裳」の意味について「衣裳は暑さ寒さからひとを守り、そのひとらしくあるためのもの、誰かと競い合うための道具では決してない」と言っています。

こうした言葉はいかにも幸が発しそうな言葉であり、また幸が周りの人から認められる理由でもあるのでしょう。

こうした箴言めいた言葉は読み手の心に染み入ることになり、この物語の魅力となっていると言えます。

 

ちなみに、ここで使われている「衣裳」という言葉は「上半身に着る衣(きぬ)と、下半身につける裳(も)」とありましたが、ほぼ着衣の総称と考えて良さそうです( コトバンク : 参照 )。

ただ、「裳」は常用漢字ではありませんので、「衣装」が一般になった、と様々な箇所で書いてありました。

また、本シリーズで何話か前から出てくる「親和文字」ですが、巻末の「治兵衛のあきない講座」によると、三井親和という実在の人物がいたそうです( ウィキペディア : 参照 )。

ともあれ、続巻が待たれるシリーズであることに間違いはありません。

あきない世傳 金と銀(十一) 風待ち篇

あきない世傳 金と銀(十一) 風待ち篇』とは

 

本書『あきない世傳 金と銀 風待ち篇』は、『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第十一巻で、2021年月に文庫本で刊行された305頁の長編の時代小説です。

常に「買うての幸い、売っての幸せ」という言葉を胸に商いを続ける五鈴屋の皆の姿がある本シリーズですが、本書でもそれに応えるように大きな喜びが訪れます。

 

あきない世傳 金と銀(十一) 風待ち篇』の簡単なあらすじ

 

湯上りの身拭いにすぎなかった「湯帷子」を、夕涼みや寛ぎ着としての「浴衣」にーそんな思いから売り出した五鈴屋の藍染め浴衣地は、江戸中の支持を集めた。店主の幸は「一時の流行りで終らせないためにはどうすべきか」を考え続ける。折しも宝暦十年、辰の年。かねてよりの予言通り、江戸の街を災禍が襲う。困難を極める状況の中で、「買うての幸い、売っての幸せ」を貫くため、幸のくだす決断とは何か。大海に出るために、風を信じて帆を上げる五鈴屋の主従と仲間たちの奮闘を描く、シリーズ第十一弾!!(「BOOK」データベースより)

 

五鈴屋江戸本店も開店丸八年を迎えることとなった。しかし、三河万歳に「末禄十年辰の年」という一節からきたものか、宝暦十年辰年の今年は災厄に見舞われるという噂が流れていた。

実際、数年前には麻疹禍に襲われた江戸の町を、その年の二月、後に「明石家火事」と呼ばれる神田明神下から出た火が江戸の町の多くを焼いてしまう。

幸いなことに五鈴屋は焼けなかったものの中村座、市村座などの芝居小屋も焼き尽くしてしまった。

江戸の町を普請の槌音が響く中、幸は、店が焼けた日本橋音羽屋が今度は太物にも手を出すという話を聞いた。

しかし、「生きていればこそ」争うこともできる、というお竹の言葉を胸に、幸は男女やの違いや身分の差を越えて木綿の橋を架けたいという願いを果たすためにある決意をするのだった。

 

あきない世傳 金と銀(十一) 風待ち篇』の感想

 

本書『あきない世傳 金と銀(十一) 風待ち篇』では、いつも以上に、商売の心得を掲げるの姿が大きく見えるようです。

それは、番頭であった治兵衛から教えられた富久の夫である二代目徳兵衛の口癖であったという「買うての幸い、売っての幸せ」という言葉であり、幸が商売を続けていくうえでの心得でもありました。

本書で語られる浅草太物仲間とのとある話も、この心得を念頭にした行動でしょう。

 

でも、見事なまでにお客のために正直に、という幸の思いをそのままに生きていくのはいいのですが、あまりに幸だけが正論すぎて周りがかすむような気がしないでもありません。

物語の中では確かに正義が勝つでしょうが現実はそううまくいくものか、という声が聞こえてきそうなのです。

しかし、逆を言えば現実が世知辛いからこそ、小説の中くらいは正論が正論として、正直者が馬鹿を見ない話があってもいいのではないかという気もします。

だからこそ、読者の多くが心地よさを感じ、痛快さ、爽快さをを覚え、そして幸の生き方に喝采を送ると思われるのです。

 

こうした心地よさは例えば『居眠り磐音(江戸双紙)シリーズ』のような痛快時代小説の爽快感にも似ていますが、それよりもどちらかというと『半沢直樹シリーズ』の痛快感に似ている気がします。

状況も時代も異なりますが、やはり正論が正論として認められ、正義が勝つ姿は気持ちのいいものです。

 

 

一方で、本『あきない世傳金と銀 シリーズ』のこの頃は幸の敵役として音羽屋忠兵衛が登場し、それも妹のが日本橋音羽屋の主として立ちふさがっています。

この結は幸の反対に姉の妨害、店の利益を優先する商売という、幸の対極的な商いの仕方をすることで幸の存在を際立たせています。

 

とにかく、宝暦の大火以降、何かと音羽屋の横やりが入るようになった陰には、音羽屋の太物商売への参入や、中村座の顔見世興業での二代目吉之丞の「娘道成寺」の演目が無くなることなど、音羽屋の横槍が入っていたのでした。

そうした難題を乗り越えての幸の行動が読者の心を打ちます。正義は勝つという王道を見せてくれるのです。

 

そして、今回もまた意外なラストに胸を打たれてしまいました。

高田郁というひとは物語の運び方がうまいとは思っていたのですが、今回は改めてそのうまさを感じるラストでした。

これでは続巻を読まずにはいられません。

あきない世傳 金と銀(十) 合流篇

本書『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』は、『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第十巻となる、文庫本で317頁の長編の時代小説です。

数々の困難を乗り越えてきた幸や五鈴屋江戸本店の奉公人たちですが、本書では考え抜かれた思案もそれなりに見通しがつき、珍しく明るい展開となっています。

 

あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』の簡単なあらすじ

 

呉服太物商でありながら、呉服仲間を追われ、呉服商いを断念することになった五鈴屋江戸本店。だが、主人公幸や奉公人たちは、新たな盛運の芽生えを信じ、職人たちと知恵を寄せ合って、これまでにない浴衣地の開発に挑む。男女の違いを越え、身分を越えて、江戸の街に木綿の橋を架けたいーそんな切なる願いを胸に、試行錯誤を続け、懸命に精進を重ねていく。両国の川開きの日に狙いを定め、勝負に打って出るのだが…。果たして最大の危機は最高の好機になり得るのか。五鈴屋の快進撃に胸躍る、シリーズ第十弾!!(「BOOK」データベースより)

 

前巻『あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇』で、の行いによりもたらされた衝撃を何とか乗り越えたところに、呉服商いができないという危機が訪れたのですが、何とか新たな道に乗り出した五鈴屋でした。

 

 

つまり、木綿や麻の織物を意味する「太物」を扱う中でいかにして生き残るかが、五鈴屋の新たな挑戦になります。

ここで、呉服太物という言葉ですが、もともと「呉服」とは絹織物のことを言い、「太物」とは木綿や麻の織物のことをさしました。という一文がありました。( 木下着物研究所 : 参照 )

 

その新たな壁に対する挑戦として、白地も鮮やかな木綿地の藍染の反物という新たな品を生み出そうとし、元来は湯屋の身拭いとして用いられていた「湯帷子(ゆかたびら)」を普段着としても着ることができる浴衣として世に送り出そうとしていたのです。

染物師の力造が表裏両面に糊を置き「浸け染め」で染める方法を考えついて苦労していた折、五鈴屋の隣家の三島屋から五鈴屋に家屋敷を買い上げてもらえないかとの話がもたらされます。

そんな時、遅れに遅れていたお梅菊栄がやっと大坂から到着し、五鈴屋大坂本店や高島店ともに商いは順調だとの知らせがもたらされます。

こうして、江戸本店でも新しく店先での「裁ち方指南」も始めた五鈴屋は、薄利ながらも順調に商売ができているのでした。

ただ、菊栄が大坂には帰らずに江戸で暮らすと言い出したころから、はお梅の様子がおかしいことに気付くのでした。

 

あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』の感想

 

三人称視点で登場人物の心象を豊かな表現力で浮かび上がらせてゆく高田郁の手腕は本書『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』でも健在です。

高田郁という作家の文章はけっして美しいとは思わないのですが、言葉の一つ一つを大切に扱い、情景を、そして人物の心象を丁寧に描写しようとするその姿勢は非常に好感が持てるものです。

その決して急がない文章で、新たな文様を考え、その文様を型紙に起こし、その型紙を用いて布に糊をおく作業を表現し、読む者に作業の困難さを示してくれています。

ここでの作業の一端に関しては、下記サイトがありました。

 

幸自身は、そうした職人たちの苦悩を分かっていながら任せるしかないなく、自らは職人たちの手によって生み出された商品を売る方法をいろいろと考えるのです。

その様子もまた、お竹やお梅といった奉公人たちの、それ以上に五鈴屋のお客の力をも借りて成し遂げようとする様子が描かれています。

そこでも「買うての幸い、売っての幸せ」という五鈴屋の教えが生きている様子が示されます。

そうした様子は、常に前に向かって力強く生きていこうとする幸の生き方をも示しています。そしてそれは読む者の心に響いてくるのでしょう。

だからこそ、本シリーズがベストセラーとして多くの読者を確保している理由となるものなのでしょう。

 

本『あきない世傳 金と銀シリーズ』も、まだ決着のついていない事柄が多く残っています。

本書『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』で江戸へ出てきた菊栄の今後も気になりますし、幸の妹の結や元夫である惣次のこともそうです。

そして幸自身の今後がどうなるのか、何より五鈴屋のこれからが非常に気にかかります。

続刊を心待ちにしたいと思います。

あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇

本書『あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇』は、『あきない世傳金と銀シリーズ』の第九巻目「淵泉篇」です。

幸の商売、人生に立ちはだかる壁を設定する作者の努力が目に浮かぶ、シリーズとして変わらぬ面白さを維持している作品です。

 

大坂から江戸に出店して四年目、まさにこれから、という矢先、呉服太物商の五鈴屋は、店主幸の妹、結により厳しい事態に追い込まれる。形彫師の機転によりその危機を脱したかと思いきや、今度は商いの存亡にかかわる最大の困難が待ち受けていた。だが、五鈴屋の主従は絶望の淵に突き落とされながらも、こんこんと湧き上がる泉のように知恵を絞り、新たなる夢を育んでいく。商道を究めることを縦糸に、折々の人間模様を緯糸に、織りなされていく江戸時代中期の商家の物語。話題沸騰の大人気シリーズ第九弾!!(「BOOK」データベースより)

 

前巻『あきない世傳 金と銀(八) 瀑布篇』の終わりにの妹であるが小紋の型紙を抱えての失踪という事件が起きました。

本書『あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇』ではそれを受け、結の思いつめたとんでもない行動の末に振り回される幸の姿から始まります。

 

 

手代の賢輔が図案を考え、型彫師の梅松が精魂傾けて彫った、十二支の漢字を散らした文様の伊勢型紙を持ち出した結の行方はすぐに判明します。

その結の行き先がこれからの五十鈴屋に大きな影を落とすことになるのです。

ただ、梅松が問題の型紙に施したという仕掛けが予想外の効果をもたらすことになります。

 

その後も、結が日本橋音羽屋の女主人となったのに合わせて「五鈴屋江戸本店」店主となった幸に、新たに為した商いが、呉服商いができなくなるという災難をもたらします。

そんな幸の前に再び現れた儒学者が、父親の重辰のもとで兄の雅由と共に学んだお人だったことが判明し、新たな芽生えは何もかも失ったとき既に在る、との言葉を告げるのでした。

この機会に大坂へと帰る気になった幸は、旅慣れた茂作と梅松と共に旅立ちます。

大坂で、そのうちに江戸へと出るという菊栄にも会った幸は、新たに豆七と大吉という小僧たちを連れて再び江戸へと向かうのでした。

 

この『あきない世傳金と銀シリーズ』で、これまでも多くの困難を乗り越えてきた幸ですが、今回の危難は自分の妹がもたらした危難です。

その結は姉の心も知らず、自分の気持ちだけを大切に、単に五十鈴屋に困難をもたらしたというだけにとどまらずに、今度は新たな商売敵としての立場で幸の前に現れるのでした。

次から次へと困難が襲い来る幸の商売ですが、物語としての興味は幸がどのようにしてこの困難を乗り越えていくのかということにあります。

その乗り越える手段、アイディアこそが作者の腕の見せ所です。

 

こうした困難を乗り越え、さらにその困難をもたらした相手に「倍返し」を行い、爽快感をもたらし大成功した作品として、池井戸潤の『半沢直樹シリーズ』を思い出しました。

勧善懲悪の痛快経済小説としての『半沢直樹シリーズ』は、その時の敵に対して報復にも近い行動をとることで読者にカタルシスをもたらしてくれます。

しかし本『あきない世傳金と銀シリーズ』の場合、幸、そして五十鈴屋に危難をもたらした相手に対する報復措置をとることはまずありません。

あくまで、当面の危難を幸や五十鈴屋の奉公人、出入りの業者などの仲間が力を合わせ乗り越えていくその姿が心を打つのです。

 

 

ここで、本『あきない世傳金と銀シリーズ』の、「買うての幸い、売っての幸せ」という言葉を胸に商売をする五十鈴屋の一同の姿は、半沢直樹の「仕事は客のためにする。ひいては世の中のためにする」という信念と通じるものがあります。

共に、現実には通りにくい青臭い書生論に過ぎないと言われるような言葉です。

物語の中ではその言葉が貫かれ、主人公らは数々の困難を乗り越えていきます。読者はそこに喝采を送りカタルシスを得ると思います。

花登筺の『どてらい男』の昔からこうした物語の根底に流れる、正直に生きる、という基本的なことを誰しもが望んでいるということだと思います。

今後もはらはらしながらこの物語を読み続けていきたいものです。

 

あきない世傳 金と銀(八) 瀑布篇

本書『あきない世傳 金と銀(八) 瀑布篇』は、「あきない世傳金と銀」シリーズの第八巻目です。

あい変らずに面白い物語の運びです。商いも順調な五鈴屋江戸店ですが、いつものように次から次へと降りかかってくる難題をどうやって乗り越えるのか、幸の活躍が気になります。

 

遠目には無地、近づけば小さな紋様が浮かび上がる「小紋染め」。裃に用いられ、武士のものとされてきた小紋染めを、何とかして町人のものにしたい―そう願い、幸たちは町人向けの小紋染めを手掛けるようになった。思いは通じ、江戸っ子たちの支持を集めて、五鈴屋は順調に商いを育てていく。だが「禍福は糾える縄の如し」、思いがけない禍が江戸の街を、そして幸たちを襲う。足掛け三年の「女名前」の猶予期限が迫る中、五鈴屋の主従は、この難局をどう乗り越えるのか。話題沸騰の大人気シリーズ第八弾!!(「BOOK」データベースより)

 

町人は身につけるものではないとの思い込みから、町屋では売られていなかった小紋染めを売り出した幸の思惑は見事に当たり、五鈴屋は売り上げを伸ばしていました。

そこに襲い掛かったのが思いもかけない流行り病です。身近な人が病に倒れる中身を飾ることがためらわれる、という思いは五鈴屋のような商売には正面からの逆風となったのです。

更には幸の妹の結のことも大きな問題となっていました。二十七歳という嫁に行くにも遅い年齢となっていた結に縁談の話が起きますが、結自身の秘めた思いもあったのです。

そんな中、今度はお上からの難題が押し付けられます。

 

本書『あきない世傳 金と銀(八) 瀑布篇』はこれまでにも増して盛沢山の内容になっています。

五鈴屋江戸店が出店したのは二年前の師走十四日のことでしたが、今では小紋染めの売り上げも順調であり、結やお竹らの「帯結び指南」も町屋のおかみさんたちにも受け入れられています。

基本的にお客様のことを思い、その上で店の利益をも考えるという『買うての幸い、売っての幸せ』という言葉のもと、五鈴屋七代目の幸や店の皆の努力もあって順風満帆な五鈴屋の商売です。

そこに流行り病が襲い、順調だった商売は停滞してしまいます。

また今年になって型紙商人の型売りが株仲間として正式に認められ、型売りの行商が見られるようになりました。つまり、色々な伊勢型紙も江戸へ入ってくるということです。

そのこと自体は喜ばしいことという幸でしたが、幸には天満組呉服仲間からの「女名前禁止」の期限も間近となっていました。

そこにお上からの上納金の申し渡し、そして惣次の再登場、加えて最後の予想もしない展開へとつながる本書『瀑布篇』なのです。

 

ただ、こうした障害も、幸自身の必死の努力があればこそ乗り越えられたものです。

また、小紋の新しいデザインを考え抜いている手代の賢輔や、これまでとは異なる手法での染めを考えたりもする、五鈴屋が染めを頼んでいる型付師の力造などの知恵や努力が実を結んだ結果でもあったのです。

そんな五鈴屋全員の働きの結果として今の五鈴屋があるのですが、それにしても本書『あきない世傳 金と銀(八) 瀑布篇』のラストはこれまで以上に驚きの出来事だったと言えるかもしれません。

この苦境を幸たちはどのように乗り越えるのか、五鈴屋の皆はこの衝撃に耐えられるのか。もうすぐ出版されるだろう『あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇』を待つしかありません。

あきない世傳 金と銀(七) 碧流篇

本書『あきない世傳 金と銀(七) 碧流篇』は、「あきない世傳金と銀」シリーズの第七巻目です。

本書では、いよいよ江戸へと出店した五鈴屋の、新たな商売の環境の中でいかに売上を伸ばすかを中心に描かれます。

 

大坂天満の呉服商「五鈴屋」の七代目店主となった幸は、亡夫との約束でもあった江戸に念願の店を出した。商いを確かなものにするために必要なのは、身近なものをよく観察し、小さな機会を逃さない「蟻の眼」。そして、大きな時代の流れを読み解き、商いに繋げる「鶚の目」。それを胸に刻み、懸命に知恵を絞る幸と奉公人たちだが―。ものの考え方も、着物に対する好みも大坂とはまるで異なる江戸で、果たして幸たちは「買うての幸い、売っての幸せ」を実現できるのか。待望のシリーズ第七弾!(「BOOK」データベースより)

 

江戸への出店を果たした幸です。しかし呉服商「五鈴屋」七代目店主としての幸には天満組呉服仲間からの「女名前禁止」という制限があり、あと一年で新しい店主を見つけなければならない立場にあります。

そんな中、「帯結び指南」という新しい試みも、お竹や、やっと大坂からやってきた幸の妹の結らの努力により軌道に乗ってきつつありました。

しかし、江戸での売り上げは伸び悩み何らかの手当てをしなければなりません。

幸は、番頭の次兵衛から「知恵は何もないところからは生まれない。盛大に知識を蓄えよ。」というかつて言われた言葉を思い出していました。

そこで考えたのが値も抑えられる型紙を使って染める小紋染です。士分のものしか身につけてはいけないと思われている小紋染めを、町人も切られたらどうだろうと考え始める幸だったのです。

 

本書『あきない世傳 金と銀(七) 碧流篇』では、いよいよ幸の江戸での活躍が本格的に始まります。

「帯結び指南」での工夫も上手くいくなか、大坂の筑後屋の人形遣いで智蔵の友人だった亀三から尋ねるように言われていた菊次郎という名の歌舞伎役者からも、弟子の木綿の稽古着の裏地を絹で仕上げるという新たな発想の仕立てを依頼されたりもします。

 

一方、天満組呉服仲間からの「女名前禁止」の件も、仮にではありますが一応の落ち着きを見せ、新しい挑戦である小紋染めも始まります。

この小紋染めという考えも、既成概念に縛られないという柔軟な考えのもとで出てきたものです。

 

それなりに順調に進んでいるように思える『あきない世傳 金と銀(七) 碧流篇』での五鈴屋の商売ですが、そううまいことばかりでもありません。

五代目徳兵衛の惣次の影がふたたび登場してきたことが、今後の五鈴屋の行く末にどのような影響を与えるものか、何となくの不安を感じさせる展開です。

そしてそのことは幸の生き方にもかかわってくるのであり、目が離せない展開となっています。

 

いまさらですが、高田郁という作者の文体も確立されていて、こちらのほうも心地よいリズムが感じられます。

短めの文章で情景を的確に描写し、その描写に乗せて人物の心象をも語り、その上で必要があれば一歩踏み込んだうえでの内心を記す。

そのリズム感がなかなかにいいのです。

あきない世傳 金と銀(六) 本流篇

本書『あきない世傳 金と銀(六) 本流篇』は、「あきない世傳金と銀」シリーズの第六巻目です。

大坂天満の互服仲間での「女名前禁止」の掟のもと、幸はどのようにこの難題を乗り越えるのか、更に江戸への出店はどうなるのか、目が離せない展開です。

 

大坂天満の互服商「五鈴屋」は、天災や大不況など度重なる危機を乗り越え、江戸進出に向けて慎重に準備を進めていた。その最中、六代目店主の智蔵が病に倒れてしまう。女房の幸は、智蔵との約束を果たすべく立ち上がった。「女名前禁止」の掟のもと、幸は如何にして五鈴屋の暖簾を守り抜くのか。果たして、商習慣もひとの気質もまるで違う江戸で「買うての幸い、売っての幸せ」を根付かせたい、との願いは叶えられるのか。新たな展開とともに商いの本流に迫る、大人気シリーズ待望の第六弾!(「BOOK」データベースより)

 

前巻の終わり、卯月朔日に五鈴屋店主六代目徳兵衛こと智蔵が急逝しました。本書はその初七日の法要の場面から幕を開けます。

二七日を過ぎても悲しみに沈む間もなく幸には次から次へと難題が降りかかります。

まずは、天満組呉服仲間からの「女名前禁止」という掟がありました。跡目のことを六代目の忌明けまでに寄合での許しを得る必要があったのです。

そしてまた、四代目徳兵衛が重傷を負った新町廓の呼屋の泉屋の番頭という男が、四代目の子がいると言ってきたのです。五鈴屋の跡目のことを考えるまでもない、新たな候補者の出現でした。

これらの問題に、幸はどのように対処するのでしょうか。

 

相変わらず幸の身の上には難題ばかりが降りかかります。

第四巻目の『貫流篇』の項で、私は「幸が一番力を発揮できるような環境を整えた」と書き、また「この作者のことですからまた意外な設定を準備しているのかもしれません。」と書いたのですが、前巻のような終わり方をするとは思ってもみませんでした。

たしかに、「幸が一番力を発揮」してはいくのですが、女としての幸せはやはりその手から逃げて行ってしまいます。作者は、商売という戦場で勝ち抜くためには女の幸せは不要、と言っているかのようです。

そうした苦労ばかりを背負っている幸の姿をあまり暗くもなく、悲しみの中にも強く、そしてたくましく描き出して違和感を感じさせないのは作者の力量というほかはないのでしょう。

 

そうした悲しみを乗り越え、ついには江戸への出店を果たし、新たな商いの戦へと乗り出す幸の姿が描かれています。

これまでの大阪での商売とは異なる慣習の中での新規出店には私らの思いもよらない困難が待ち構えていることでしょう。

今はまだ間口二間半という小さな店ですが、これからの五鈴屋の発展を大いに期待して見守りたいと思います。

あきない世傳 金と銀(五) 転流篇

大坂天満の呉服商、五鈴屋の六代目店主の女房となった主人公、幸。三兄弟に嫁す、という数奇な運命を受け容れた彼女に、お家さんの富久は五鈴屋の将来を託して息を引き取った。「女名前禁止」の掟のある大坂で、幸は、夫・智蔵の理解のもと、奉公人らと心をひとつにして商いを広げていく。だが、そんな幸たちの前に新たな試練が待ち受けていた。果たして幸は、そして五鈴屋は、あきない戦国時代を勝ち進んでいくことができるのか。話題沸騰の大人気シリーズ待望の第五弾!(「BOOK」データベースより)

 

「あきない世傳金と銀」シリーズの第五巻目「転流篇」です。

 

天満組呉服仲間の寄合で、五鈴屋が桔梗屋を買い上げることが正式に認められ、結果として真澄屋の買取の話も退けることができた五鈴屋であり、店も一気に大きくなりました。

そこで、幸も江戸への出店を具体的に考え始めます。

しかし、その年の霜月(旧暦11月)には、幸の母親の房が逝ってしまい、妹の結も幸らと住むことになります。それでも何とか店の女衆とも馴染み、明るく暮らしていく結でした。

そんなとき、幸の妊娠が判明し、喜びに沸く五鈴屋だったのです。

 

いつものように、本巻でも相変わらず幸を難題が追いかけてきます。

そんな中でも「買うての幸い、売っての幸せ。」という信条を胸に商売に精を出す幸の姿があります。

あらためて考えると、常に厄介な状況の中にいる幸の姿は、読者にとっても息を抜く暇もなく疲れるのではないかという、要らぬ心配をしかねないほどです。

しかし、それをあまり感じさせないのが作者の力量でしょう。

 

たまには幸にも明るい話題をという意図があったかはわかりませんが、智蔵との夫婦生活は幸せな毎日です。幸の才能を十分に発揮できるようにとの智蔵の配慮は当を得ていたようです。

そんな中、幸の妊娠が判明し、一段と幸福感が増す五鈴屋でした。

しかしながら、そうした幸せが続かないのがこの手の物語の通例であり、本書のその例に漏れません。

反動ともいうべき事柄が次々に幸を襲います。

 

そうした幸を襲う様々な困難とは別に、五鈴屋の商売もそれなりのアイデアを出して発展させなければなりません。

そのアイデアはもちろん現実的なものでなければならず、本書で提示される商売上の工夫は過去の現実の流行などを調べたであろう作者の苦労がしのばれる点でもあります。

本書の最後では、今後話がどのように広がるものか分からなくなるほどに大きな展開が幸を待っています。

あらためて続巻の発売を心待ちにさせるのです。

あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇

江戸時代中期、長く続いた不況を脱し、景気にも明るい兆しが見え始めた。大坂天満の呉服商、五鈴屋でも、五代目店主の惣次とその女房幸が、力を合わせて順調に商いを広げていた。だが、徐々に幸の商才を疎むようになった惣次は、ある事件をきっかけに著しく誇りを傷つけられ、店主の地位を放り出して姿を消す。二度と戻らない、という惣次の決意を知ったお家さんの富久は、意外な決断を下す。果たしてその決断は五鈴屋を、そして幸を、どのような運命へと誘うのか。大人気シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

「あきない世傳 金と銀」シリーズの第四巻目「貫流編」です。

 

惣次が家を出て、智蔵が惣次の隠居の手紙を持ってきた日に、何かと世話になってきた桔梗屋もやってきて、惣次が相談に来て、「離れて生きる不幸」を選んだというのでした。

お家さん(富久)は三男の智蔵が五代目徳兵衛を継ぐことを望みますが、智蔵は煮え切りません。そこで、幸を養子にと考えるお家さんでしたが、智蔵は幸もろともに五鈴屋を引き受けることを決心します。

智蔵は六代目徳兵衛となり、自分は人形となって幸の思うとおりに五鈴屋を動かしてもらおうと考えるのでした。

 

次から次へと運命に翻弄される幸です。

何かと困難な出来事を設定し、それを乗り越える姿を描くことで、読者に爽快さ、痛快さを感じてもらうのが痛快小説に限らない小説の手法の一つでしょう。

またそれこそが作者の腕の見せ所だと思うのですが、本書のように主人公が三人もの夫に嫁す、それも三兄弟に嫁すというのは意外な設定でした。

 

そんな中でも、よくもまあ兄弟三人それぞれに性格設定を色分けし、最終的(かどうかはわかりませんが)に幸が一番力を発揮できるような環境を整えたものだと感心します。

ですから、今後はそうした環境の中で幸が五鈴屋をさらに発展させていく姿が描かれることになるのでしょう。

 

ただ、この作者のことですからまた意外な設定を準備しているのかもしれません。

今後は、智蔵という良き理解者を得て、商の戦場に乗り出していく幸の姿が十分に描かれていくのでしょう。

しかし、大阪という商売人の町での商売上の障害がまだ少ししか描かれてはいないことを考えると、幸にはより大きな試練が待っているのではないかと思うのです。そしてその試練を乗り越える展開が予想されます。