あきない世傳 金と銀(六) 本流篇

大坂天満の互服商「五鈴屋」は、天災や大不況など度重なる危機を乗り越え、江戸進出に向けて慎重に準備を進めていた。その最中、六代目店主の智蔵が病に倒れてしまう。女房の幸は、智蔵との約束を果たすべく立ち上がった。「女名前禁止」の掟のもと、幸は如何にして五鈴屋の暖簾を守り抜くのか。果たして、商習慣もひとの気質もまるで違う江戸で「買うての幸い、売っての幸せ」を根付かせたい、との願いは叶えられるのか。新たな展開とともに商いの本流に迫る、大人気シリーズ待望の第六弾!(「BOOK」データベースより)

 

「あきない世傳金と銀」シリーズの第六巻目「本流篇」です。

 

前巻の終わり、卯月朔日に五鈴屋店主六代目徳兵衛こと智蔵が急逝しました。本書はその初七日の法要の場面から幕を開けます。

二七日を過ぎても悲しみに沈む間もなく幸には次から次へと難題が降りかかります。

まずは、天満組呉服仲間からの「女名前禁止」という掟がありました。跡目のことを六代目の忌明けまでに寄合での許しを得る必要があったのです。

そしてまた、四代目徳兵衛が重傷を負った新町廓の呼屋の泉屋の番頭という男が、四代目の子がいると言ってきたのです。五鈴屋の跡目のことを考えるまでもない、新たな候補者の出現でした。

これらの問題に、幸はどのように対処するのでしょうか。

 

相変わらず幸の身の上には難題ばかりが降りかかります。

第四巻目の貫流篇の項で、「幸が一番力を発揮できるような環境を整えた」と書き、また「この作者のことですからまた意外な設定を準備しているのかもしれません。」と書いたのですが、前巻のような終わり方をするとは思ってもみませんでした。

たしかに、「幸が一番力を発揮」してはいくのですが、女としての幸せはやはりその手から逃げて行ってしまいます。作者は、商売という戦場で勝ち抜くためには女の幸せは不要、といっているかのようです。

そうした苦労ばかりを背負っている幸の姿をあまり暗くもなく、悲しみの中にも強く、そしてたくましく描き出して違和感を感じさせないのは作者の力量というほかはないのでしょう。

 

そうした悲しみを乗り越え、ついには江戸への出店を果たし、新たな商いの戦へと乗り出す幸の姿が描かれています。

これまでの大阪での商売とは異なる慣習の中での新規出店には私らの思いもよらない困難が待ち構えていることでしょう。

今はまだ間口二間半という小さな店ですが、これからの五鈴屋の発展を大いに期待して見守りたいと思います。

あきない世傳 金と銀(五) 転流篇

大坂天満の呉服商、五鈴屋の六代目店主の女房となった主人公、幸。三兄弟に嫁す、という数奇な運命を受け容れた彼女に、お家さんの富久は五鈴屋の将来を託して息を引き取った。「女名前禁止」の掟のある大坂で、幸は、夫・智蔵の理解のもと、奉公人らと心をひとつにして商いを広げていく。だが、そんな幸たちの前に新たな試練が待ち受けていた。果たして幸は、そして五鈴屋は、あきない戦国時代を勝ち進んでいくことができるのか。話題沸騰の大人気シリーズ待望の第五弾!(「BOOK」データベースより)

 

「あきない世傳金と銀」シリーズの第五巻目「転流篇」です。

 

天満組呉服仲間の寄合で、五鈴屋が桔梗屋を買い上げることが正式に認められ、結果として真澄屋の買取の話も退けることができた五鈴屋であり、店も一気に大きくなりました。

そこで、幸も江戸への出店を具体的に考え始めます。

しかし、その年の霜月(旧暦11月)には、幸の母親の房が逝ってしまい、妹の結も幸らと住むことになります。それでも何とか店の女衆とも馴染み、明るく暮らしていく結でした。

そんなとき、幸の妊娠が判明し、喜びに沸く五鈴屋だったのです。

 

いつものように、本巻でも相変わらず幸を難題が追いかけてきます。

そんな中でも「買うての幸い、売っての幸せ。」という信条を胸に商売に精を出す幸の姿があります。

あらためて考えると、常に厄介な状況の中にいる幸の姿は、読者にとっても息を抜く暇もなく疲れるのではないかという、要らぬ心配をしかねないほどです。

しかし、それをあまり感じさせないのが作者の力量でしょう。

 

たまには幸にも明るい話題をという意図があったかはわかりませんが、智蔵との夫婦生活は幸せな毎日です。幸の才能を十分に発揮できるようにとの智蔵の配慮は当を得ていたようです。

そんな中、幸の妊娠が判明し、一段と幸福感が増す五鈴屋でした。

しかしながら、そうした幸せが続かないのがこの手の物語の通例であり、本書のその例に漏れません。

反動ともいうべき事柄が次々に幸を襲います。

 

そうした幸を襲う様々な困難とは別に、五鈴屋の商売もそれなりのアイデアを出して発展させなければなりません。

そのアイデアはもちろん現実的なものでなければならず、本書で提示される商売上の工夫は過去の現実の流行などを調べたであろう作者の苦労がしのばれる点でもあります。

本書の最後では、今後話がどのように広がるものか分からなくなるほどに大きな展開が幸を待っています。

あらためて続巻の発売を心待ちにさせるのです。

あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇

江戸時代中期、長く続いた不況を脱し、景気にも明るい兆しが見え始めた。大坂天満の呉服商、五鈴屋でも、五代目店主の惣次とその女房幸が、力を合わせて順調に商いを広げていた。だが、徐々に幸の商才を疎むようになった惣次は、ある事件をきっかけに著しく誇りを傷つけられ、店主の地位を放り出して姿を消す。二度と戻らない、という惣次の決意を知ったお家さんの富久は、意外な決断を下す。果たしてその決断は五鈴屋を、そして幸を、どのような運命へと誘うのか。大人気シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

「あきない世傳 金と銀」シリーズの第四巻目「貫流編」です。

 

惣次が家を出て、智蔵が惣次の隠居の手紙を持ってきた日に、何かと世話になってきた桔梗屋もやってきて、惣次が相談に来て、「離れて生きる不幸」を選んだというのでした。

お家さん(富久)は三男の智蔵が五代目徳兵衛を継ぐことを望みますが、智蔵は煮え切りません。そこで、幸を養子にと考えるお家さんでしたが、智蔵は幸もろともに五鈴屋を引き受けることを決心します。

智蔵は六代目徳兵衛となり、自分は人形となって幸の思うとおりに五鈴屋を動かしてもらおうと考えるのでした。

 

次から次へと運命に翻弄される幸です。

何かと困難な出来事を設定し、それを乗り越える姿を描くことで、読者に爽快さ、痛快さを感じてもらうのが痛快小説に限らない小説の手法の一つでしょう。

またそれこそが作者の腕の見せ所だと思うのですが、本書のように主人公が三人もの夫に嫁す、それも三兄弟に嫁すというのは意外な設定でした。

 

そんな中でも、よくもまあ兄弟三人それぞれに性格設定を色分けし、最終的(かどうかはわかりませんが)に幸が一番力を発揮できるような環境を整えたものだと感心します。

ですから、今後はそうした環境の中で幸が五鈴屋をさらに発展させていく姿が描かれることになるのでしょう。

 

ただ、この作者のことですからまた意外な設定を準備しているのかもしれません。

今後は、智蔵という良き理解者を得て、商の戦場に乗り出していく幸の姿が十分に描かれていくのでしょう。

しかし、大阪という商売人の町での商売上の障害がまだ少ししか描かれてはいないことを考えると、幸にはより大きな試練が待っているのではないかと思うのです。そしてその試練を乗り越える展開が予想されます。

花だより みをつくし料理帖 特別巻

澪が大坂に戻ったのち、文政五年(一八二二年)春から翌年初午にかけての物語。店主・種市とつる家の面々を廻る、表題作「花だより」。澪のかつての想いびと、御膳奉行の小野寺数馬と一風変わった妻・乙緒との暮らしを綴った「涼風あり」。あさひ太夫の名を捨て、生家の再建を果たしてのちの野江を描いた「秋燕」。澪と源斉夫婦が危機を乗り越えて絆を深めていく「月の船を漕ぐ」。シリーズ完結から四年、登場人物たちのその後の奮闘と幸せとを料理がつなぐ特別巻、満を持して登場です!(「BOOK」データベースより)

 

 

みをつくし料理帖シリーズの番外編です。

澪が去ったあとの「つる屋」店主の種市や戯作者の清右衛門の様子を描く「花だより」。
かつての澪の想い人である小野寺数馬の妻乙緒の姿を描く「涼風あり」。
澪の幼馴染みで吉原に売られた野江のその後を描く「秋燕」。
そして源斉と一緒になり大阪で暮らす澪の様子を描く「月の船を漕ぐ」の四編が収められています。

 

花だより ―愛し浅蜊佃煮
自分が助けた水原東西と名乗る行き倒れの易者から寿命を告げられた「つる屋」店主の種市は元気をなくし、戯作者の清右衛門とともに、大坂にいるお澪坊に会いに出立した。ところが、小田原宿で本物の水原東西と会い元気を取り戻したものの、箱根宿で腰を痛め、江戸へと引き返さざるを得なくなる種市だった。

涼風あり ―その名は岡太夫
御前奉行の小野寺数馬の妻乙緒(いつを)は義妹の早帆(さほ)から、数馬のかつての想い人の澪という娘のことを聞き、「出来うるならば、己よりも相手の人生を重んじるほどに、想われたかった。」という思いに囚われてしまう。そこに、今は亡き義母の言葉を思い出す。

秋燕 ―明日の唐汁
二十年前の享和の大水で淡路屋はなくなったが、野江が事実上の主人となって「高麗橋淡路屋」として再興されていた。「女名前禁止」という大阪の掟のために新しい主人を決める必要があった野江は、自分が信頼している番頭の辰蔵を相手に、自分の吉原での生活、さらには又次とのかかわりについて話し始める。

月の船を漕ぐ ―病知らず
澪の夫源斉は、ころりが去った今も体調がすぐれず、ある日倒れてしまい、澪の心尽くしの料理にも手を付けることができないでした。医者としての無力感に心が折れかけていたものだろう。「奈落の底」を味わった野江から教えられた澪は、源斉の母親から教えられた源斉の子供のころの好物を食べさせるのだった。

 

一旦は終了したはずの「みおつくしシリーズ」の番外編が登場しました。

全部で四編の物語からなる短編集です。

 

どの物語も「みおつくしシリーズ」そのままの話であり、人情話しとして心温まる話ばかりです。

私の好みからすると若干物足りない話でもありましたが、全体的に好ましく読み終えました。

 

物足りないという点を挙げるとすれば、一つには第一話の「花だより」では“偶然”の出来事が話の要になっているところです。

またもう一つは、「秋燕」での野江の物語での、摂津屋ら江戸のお大尽たちの遊び相手として野江が選ばれ、野江の年季明けまでを買い上げてくれていたことであり、かなり野江に都合がよく、いくら短編の人情噺とはいえできすぎです。

 

とはいえ、高田郁らしい人情ものとして好ましい作品集であったことは間違いありません。物語の全体が完璧に好みに合致する話などそうはあるはずもなく、特に本書などは人気シリーズの思いもかけない番外編として気楽に楽しむことができました。

本作品をもって「みをつくしシリーズ」も終わるとの言葉が、本書巻末の「瓦版」にありました。

まだまだ、澪の物語を読みたい気もしますが、それでは作者としてもけじめもつかないということでしょう。残念ですが、高田郁の新しい物語を楽しみにしたいものだと思います。

あきない世傳金と銀〈3〉奔流編

大坂天満の呉服商「五鈴屋」の女衆だった幸は、その聡明さを買われ、店主・四代目徳兵衛の後添いに迎えられるものの、夫を不慮の事故で失い、十七歳で寡婦となる。四代目の弟の惣次は「幸を娶ることを条件に、五代目を継ぐ」と宣言。果たして幸は如何なる決断を下し、どのように商いとかかわっていくのか。また、商い戦国時代とも評される困難な時代にあって、五鈴屋はどのような手立てで商いを広げていくのか。奔流に呑み込まれたかのような幸、そして五鈴屋の運命は?大好評シリーズ、待望の第三弾!(「BOOK」データベースより)

 

「あきない世傳金と銀」シリーズの第三巻目「奔流編」です。

 

卒中のため番頭の治兵衛が店を辞めた後、四代目徳兵衛の妻となった幸ですが、突然阿呆ボンが逝ってしまいます。

その後、店のために四代目の弟である惣次が跡を継ぐことになりましたが、惣次は自分が跡を継ぐためには幸が自分の妻になることを条件としてきたのでした。

やっと町内にも認めてもらい晴れて「五鈴屋」のご寮さんとなった幸に、惣次は、五鈴屋を日本一の店にするために力を貸してほしいと言います。しかし、お家さんの冨久には、奉公人を怒鳴りつける惣次の姿は、心のない商いとしか思えません。

五鈴屋の商売は順調に進みます。しかしながら「商いは情でするもんやない」と言う惣次は、幸に感謝をしつつも「私の陰に居ったらええ。」として、商いの上での戦国武将になるつもりの幸の心とは異なる道をすすむのでした。

 

「五鈴屋」にも幸自身の身の上にも大きな変化が訪れています。「五鈴屋」の主人が四代目から五代目へと変わり、そのことは幸の夫が変わることを意味します。

そうした中にも幸の考えを五代目徳兵衛の惣次が実行し、商いの上での戦国武将になるという幸の思いが次第に現実のものになっていくのです。

商いの道に踏み出した幸の姿がそこにはありました。

 

しかしながら、女としての幸をみると決して幸せだとは言えず、四代目には泣かされ、その弟の惣次もまた結局は自分についてくればいいという夫だったのです。

その上、商売上でも幸を超えようとする惣次、つまり五代目徳兵衛は本巻の終わりには大きな問題を抱え込むことになってしまいます。

そしてそのことはまたまた幸の身の上にも大きな変化をもたらすことになるのです。

商売人として大きく成長しようとする幸、そのことと幸の女としての幸せとは相いれないのでしょうか。

 

幸の波乱に満ちた人生を描いてありますが、高田郁の筆は決して暗くはありません。もちろんコミカルというのではありませんが、この人の書く小説の主人公は常に未来を見つめています。

厳しい人生のなかにも一定の目的、生きがいを見つけ、そのことに邁進する主人公の姿は感動的です。人気があるのもよくわかる作家さんです。

あきない世傳金と銀〈2〉早瀬篇

学者の娘として生まれ、今は大坂天満の呉服商「五鈴屋」に女衆として奉公する主人公、幸。十四歳の幸に、店主徳兵衛の後添いに、との話が持ち上がった。店主は放蕩三昧で、五鈴屋は危機に瀕している。番頭の治兵衛は幸に逃げ道を教える一方で「幸は運命に翻弄される弱い女子とは違う。どないな運命でも切り拓いて勝ち進んでいく女子だす」と伝える。果たして、「鍋の底を磨き続ける女衆」として生きるのか、それとも「五鈴屋のご寮さん」となるのか。あきない戦国時代とも呼べる厳しい時代に、幸はどのような道を選ぶのか。話題沸騰のシリーズ第二弾! (「商品の説明 」より)

 
「あきない世傳金と銀」シリーズの第二巻目「早瀬篇」です。

 

九歳という年齢で大坂天満の呉服商「五鈴屋」に女衆として奉公し、同じ女衆のお竹やお梅に助けられながら、番頭の治兵衛らの庇護もあり、商売人としての知識も少しずつながらも身につけていく幸でした。

しかし、「五鈴屋」の店主四代目徳兵衛は、同業者からも、更には奉公人からでさえも「阿呆ボン」と呼ばれる程の放蕩三昧の日々を送るどうしようもない四代目だったのです。

いまの店主では「五鈴屋」がつぶれるのは目に見えており、ただ、商才に富むものの分家を待つのみである四代目の弟の惣次や、「五鈴屋の要石」と呼ばれている番頭の治兵衛が支えているからこそ生き延びている状態でした。

その番頭の治兵衛は、十四歳になった幸を四代目徳兵衛の後沿いにしようと図ります。その話を四代目や惣次を交えて話しているとき、怒って富久を蹴りつける四代目を押さえていた治兵衛が卒中を起こし倒れ、「五鈴屋」からは身を引くことになります。

その後、なんとか幸と四代目の祝言だけは済ませ、呉服屋の仲間からも認められ、晴れて「ご寮さん」となった幸でしたが、四代目は幸の体を触ろうともせず、お歯黒も許さない日々が続くのでした。

 

シリーズ第二巻となる本書から、いよいよ「五鈴屋」の一員となり、商売人としての力量を発揮していく幸の姿が少しずつ描かれていきます。

そのために、まずは五鈴屋四代目徳兵衛に嫁ぐことになるのですが、この四代目に嫁すこと自体が幸の変転する運命の序章に過ぎないのです。その詳しいきさつについては読んでもらうしかないとして、まずは本巻での幸です。

「阿保ボン」と呼ばれる四代目徳兵衛は、幸のことを認めようとはせず、床を共にすることは勿論、幸がお歯黒をすることも認めようとはしません。

でありながらも、幸の商売人としての才能を無視することもできず、ただ放蕩を繰り変えずだけの日々を送るばかりでした。

そうした辛さばかりの幸の暮らしですが、物語は決して暗くはなりません。それどころか、常に前を、明日を見つめる幸の姿は力強さすら感じるのです。

それは、「商い戦国時代を知恵を武器として商いの道を切り開いていけ」との治兵衛の言葉がこの物語の性質を表しているように、この話が幸の商人として成長をこそ描く物語であるところにあるのでしょう。

こうした点は、物語の内容は弱者の悲哀を描いているのに、主人公やその家族の明るさを肯定的に描き出す頃で、物語自体が重く、暗くなることを防いでいる 辻堂魁の『日暮し同心始末帖シリーズ 』に似ています。

物語は決して明るい内容ではないのですが、主人公の描き方で物語の雰囲気は壊さないままに明るい未来を感じさせる内容となっているのです。

この希望を描くとともに、幸の成長を前提として、読者の思いもかけない展開を描くことで物語としての面白さを維持しているのは勿論のことで、今後の展開が期待されるのです。

あきない世傳金と銀 源流篇

物がさっぱり売れない享保期に、摂津の津門村に学者の子として生を受けた幸。父から「商は詐なり」と教えられて育ったはずが、享保の大飢饉や家族との別離を経て、齢九つで大坂天満にある呉服商「五鈴屋」に奉公へ出されることになる。慣れない商家で「一生、鍋の底を磨いて過ごす」女衆でありながら、番頭・治兵衛に才を認められ、徐々に商いに心を惹かれていく。果たして、商いは詐なのか。あるいは、ひとが生涯を賭けて歩むべき道か―大ベストセラー「みをつくし料理帖」の著者が贈る、商道を見据える新シリーズ、ついに開幕! (「BOOK」データベースより)

あきない世傳金と銀シリーズの第一巻目です。

十八世紀初頭の江戸時代において第八代将軍徳川吉宗によって行われた幕政改革を、その時代の年号に基づいて「享保の改革」といいます。倹約と増税による財政再建を目指していたその改革により、幕府の財政は改善されたものの、農民は負担を強いられ、経済は冷え込んでしまうのでした。

そうした時代を背景とした物語です。

 

武庫川の河口域にある津門村で生まれた幸は、いわゆる享保の大飢饉で兄の雅由を、そして疫病により学者であった父も亡くしてしまいます。そのために大坂天満の呉服商「五鈴屋」へ女衆として奉公に出ることになりました。

その「五鈴屋」では、どうしようもない遊び人で周りからは阿呆ボンと呼ばれている長男の四代目徳兵衛を始め、商売の才能は豊かであるものの情に欠ける二男の惣次、戯作好きの三男の智蔵という三人の兄弟がいました。そして、この兄弟の祖母の富久が目を光らせており、更に番頭の治兵衛が実質的に店の切り盛りをしていました。

幸は、この五鈴屋で、生来の知識欲を発揮して商売について学んでいくのです。そうした幸の姿から商売の才能を見抜いたのは三男の智蔵であり、そして番頭の治兵衛でした。

 

このシリーズの主人公である幸の、呉服屋の勝手方の単なる下働きから始まり、女衆としての生活に身近な商売に関する知識を蓄えていき、思いもかけない運命の変転に翻弄される姿が描かれていきます。

そもそも阿保ボンと呼ばれるほどの四代目徳兵衛が、放蕩三昧のすえ、やっと貰った嫁ともうまくいかず、結局は商売仲間からも見放され、五鈴屋の商売も出来なくなる瀬戸際にまで陥ります。

そこに高い能力を有する幸の出番が来るのですが、そこで幸の人生に新たな道筋をつけたのが、幸の能力を見抜いた番頭の治兵衛だったのです。

 

高田郁の作品では、『みをつくし料理帖しシリーズ』でも『出世花シリーズ』でも主人公となる娘がただひたすら誠実に、しかし一生懸命に生きる姿が描かれていて、そのひたむきな姿が読者の心を打ちます。

それは、主人公が一人頑張る姿が胸を打つ以上に、主人公が困難に直面した時に主人公の回りで彼女を支えてくれる人たちがいて、彼らに支えられながらその困難に立ち向かう主人公の姿に心打たれるのだと思います。

それをさせてくれる人たちが、本書では番頭の治兵衛であり、同じ女衆の朋輩であり、そしてお家さんになるのでしょう。

この『あきない世傳 金と銀シリーズ』はまだ一巻しか読んでいないのではっきりとしたことは言えないのですが、本シリーズと同様の一人の娘の成長譚である『みをつくし料理帖しシリーズ』よりも、本書のほうが物語として深みを増しているように感じます。

それは主人公が五鈴屋に奉公することになるのは九歳とまだ幼く、商売については全くの無知な状態で始まるために読者と同じような目線で商売を勉強していくことにあるのかもしれません。

その理由はよくは分からないのですが、高田郁の新しい物語として期待していいとおもわれます。

あきない世傳金と銀 シリーズ

あきない世傳金と銀シリーズ(2019年06月22日現在)

  1. 源流篇
  2. 早瀬篇
  3. 奔流篇
  1. 貫流篇
  2. 転流篇
  3. 本流篇

 

『みをつくし料理帖』シリーズが一大ベストセラーとなった高田郁が放つ、大坂商人をテーマにした物語です。

 

武庫川の河口域にある津門村で、学者であった父重辰の庇護のもと育った幸でしたが、いわゆる享保の大飢饉で兄雅由を亡くし、続いて父をも疫病で亡くしてしまいます。そのために九歳で大坂天満の呉服商「五鈴屋」へ女衆として奉公に出ることになるのでした。

五鈴屋には、まわりからは「阿呆ボン」と呼ばれるほどの遊び人である四代目徳兵衛という長男、商才はあるのですが他人への思いやりを持たない二男の惣次、戯作が好きな坊っちゃんである三男の智蔵という三人の兄弟がおり、更に彼らの祖母の富久がいて商売に目を光らせるなか、番頭の治兵衛が店の実質的な切り盛りをしていました。

兄からの「知恵は生きる力になる」という言葉を抱いていた幸は、元来の知識欲に火がつき、貪欲に商いについて学んでいきます。そのことに気が付いたのは番頭の治兵衛であり、三男の智蔵でした。

ここから、幸の大坂商人としての人生が始まり、生き抜いていく姿が描かれるのです。

 

『みをつくし料理帖』は料理の世界を舞台にした、一人の娘の成長譚でしたが、今回は大坂商人の世界、それも呉服商を舞台にしての一人の少女の成長譚です。

九歳という年齢で女衆として大坂の商店に奉公し、幸の才能を見抜いた治兵衛らの手助けもあり、商売の基礎からを勉強していく幸です。

その後思いもかけない出来事が重なり、五鈴屋のご寮さんとなります。現在三巻まで読んでいますが、今後、この物語は五鈴屋を盛りたてていく幸の姿が描かれるのだと思います。それはまた、幸自身が成長する姿を追いかけることにななるのでしょう。

大坂商人というアクの強い世界で成長していく娘の姿は、かつて見ていた『細うで繁盛記』というドラマを思いだしていました。新珠三千代という往年の美人女優を主人公とし、冨士眞奈美が憎まれ役を演じたこのドラマはかなりの人気をはくしました。

同時に思いだしていたのが、『細うで繁盛記』の原作『銭の花』を書いた花登筺の別な作品である『どてらい男』というテレビドラマです。「株式会社山善」という実在の商社がモデルであり、花登筺の同名小説を原作としたドラマです。西郷輝彦が主演をしており、大阪立売堀の機械工具問屋を舞台にした物語でした。

大坂商人の姿を描いた物語といえば、あの山崎豊子の作品に、デビュー作である『暖簾』、吉本せいをモデルにして直木賞を受賞した『花のれん』、船場の老舗足袋問屋を描いた『ぼんち』などの作品があります。どの作品も私が若い頃に読んだ作品であり、今はもうそのあらすじも覚えてはいませんが、大阪商人のど根性を描いていて、一気に読んだ記憶があります。

本シリーズを読み始めてすぐに、これらの大坂商人を描いた作品を思い出しながら読み進めたほどに、大坂の商売人の在りようを良く調べて描き出してあります。また、このシリーズの主人公の幸も、前シリーズの『みをつくし料理帖』の主人公の澪を思い起こさせる魅力的なキャラクターであり、今後の展開にも期待の持てそうな始まりでした。

実際、巻を読み進めるにつれストーリーが意外な方向へと展開し、読み手も物語に引きずられてしまうのです。期待にたがわない読み応えのあるシリーズになりそうです。というより、なっています。

蓮花の契り 出世花

下落合で弔いを専門とする墓寺、青泉寺。お縁は「三味聖」としてその湯潅場に立ち、死者の無念や心残りを取り除くように、優しい手で亡骸を洗い清める。そんな三昧聖の湯灌を望む者は多く、夢中で働くうちに、お縁は二十二歳になっていた。だが、文化三年から翌年にかけて、江戸の街は大きな不幸に見舞われ、それに伴い、お縁にまつわるひとびと、そしてお縁自身の運命の歯車が狂い始める。実母お香との真の和解はあるのか、そして正念との関係に新たな展開はあるのか。お縁にとっての真の幸せとは何か。生きることの意味を問う物語、堂々の完結。

高田郁のデビュー作である『出世花』の続編です。

本書は、三昧聖という、死者の湯灌を職務とする主人公の姿を描いた物語です。「死」を日常のものとする物語でありながら感傷に流されずに描ききっているのは高田郁という作者の力量を示すものでしょう。

「ふたり静」
お縁こと正縁は、第一巻の『偽り時雨』に登場し行方不明のままであった女郎のてまりを見つける。かつての記憶を失っているらしいてまりは、記憶を取り戻すも、新たな家族のもと香弥と呼ばれているてまりは、認知症の富路をおいては行けないというのだ。
「青葉風」
桜花堂の得意先の主人治兵衛が急死し、桜花堂の菓子による毒殺の疑いで桜花堂主人の仙太郎が捕縛されてしまう。桜花堂に寄宿していた正縁は、治兵衛の死の真相を調べ始めるのだった。
「夢の浮橋」
桜花堂主人の仙太郎と女将の染とが仲たがいをし、染は実家に帰ってしまう。桜花堂の大女将で正縁の実母でもある香は仙太郎と正縁との縁組を望むが、正縁は深川八幡宮の祭礼に向かう途中、永代橋の崩落の現場に遭遇するのだった。
「蓮花の契り」
永代橋崩落事故の際の正縁の姿が生き仏として評判となるものの、人心を惑わすとして青泉寺は閉門となってしまう。一方、正念には還俗と、正縁と夫婦になる話が持ち上がっていたのだった。

前作では三昧聖の姿を正面から描いて、「死」の対極の「生」を描き出していたように思いますが、本書ではより正縁の姿を押し出して、彼女の実母との和解、そして正念との恋模様が描かれています。しかしながらそのことが全作品に比してより通俗的になったようで残念に思ったものです。

でありながら、高田郁の物語であることに違いはなく、この作者の丁寧に構築されていく世界感は、読み手にとっても受け入れやすいと言えるのではないでしょうか。

死者を弔う職種といえば、小説では俄かには思い出さないのですが、映画では滝田洋二郎監督で、本木雅弘が主演を務め、アカデミー賞の外国語映画賞や第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した『おくりびと』がありました。納棺の場面はもちろん、主人公の小林大悟が山形の鳥海山を背景にチェロを弾く場面は美しく印象的でした。