その峰の彼方

本書『その峰の彼方』は、北米最高峰マッキンリーを舞台とする長編の山岳小説です。

山岳小説の第一人者が描く冬のマッキンリーの姿は必読です。

 

厳冬のマッキンリーで消息を絶った津田悟。最愛の妻は出産直前、アラスカを舞台にした新規事業がようやく端緒につくという大事な時期に、彼はなぜ無謀ともいえる単独行に挑んだのか。極限状態の中、親友の吉沢を始めとする捜索隊が必死の探索行の末に辿り着いた奇跡とは?山岳小説の最高峰がここに!(「BOOK」データベースより)

 

北米最高峰のマッキンリー山は、今ではその名称をデナリと変更されています。

詳しくは

北米最高峰マッキンリー、デナリに名称変更

を参照してください。

 

津田悟がマッキンリーの厳冬の未踏ルートの挑戦し連絡を絶った。吉沢國人は現地の山岳ガイドたちと共に冬のマッキンリーに登ることになる。

アラスカを舞台にした一大プロジェクトが進行している中、津田は何故マッキンリーに挑んだのか。吉沢國人を始め、救助に同行した現地のガイドたちや津田の妻の祥子、山仲間で仕事のパートナーでもある高井らの、津田に対する、また山に対する思いが語られる。

 

本書『その峰の彼方』は新刊書で492頁、文庫版で564頁という大部の本です。

そして、その紙面の多くが登場する個々人の山に対する思いの吐露、独白で占められていると言っても過言ではありません。

本書『その峰の彼方』の中での皆の独白は、津田悟は何故マッキンリーに命をかけてまで登ったのかと問いかけます。

その問いは津田悟という人間その人の内面を深いところまで考察しようとし、次いで人は何故山に登るのかという問いに至り、最後には「人は何故生きるのか」という問いにまで辿り着きます。

作者は、登場人物の一人であるワイズマンに、人は「自分で輝かそうとしない限り、人生は生まれて生きて死ぬだけ」だと言わせています。

そして「自分の人生に意味を与えられるのは自分だけ」であり、それは「義務」だと言わせているのです。この言葉が作者の心情なのでしょう。

 

笹本稜平の手による山岳サスペンス小説の『還るべき場所』や、冒険小説としての色合いが濃い『天空への回廊』のような、エンターテインメント性の強い小説を期待していると違和感を感じるでしょう。

娯楽作品以上の何かを求めていない人にとっては、もしかしたら随所で語られる教訓めいた台詞に食傷するかもしれません。

 

 

しかし、そうした人たちにとっても、本書『その峰の彼方』の山岳小説としての迫力は十二分に堪能することができると思います。

津田を救出する過程で語られる冬のマッキンリーの描写は相変わらずに圧倒的な迫力で迫ってきます。

更に、津田は生きているのか、吉沢たちは津田を助けることができるのか、というサスペンス感も満ちており、その先に津田がマッキンリーに登った理由の解明という関心事もあります。

その上で登場人物たちの言葉をかみしめることができれば、更に読み応えのある作品になると思うのです。

逆流 越境捜査

本書『逆流 越境捜査』は、『越境捜査シリーズ』の四冊目の長編の警察小説です。

神奈川県警と警視庁の軋轢の中、シリアスに描かれたという印象の作品だったシリーズ一冊目の『越境捜査』に比べ、本書は今一つだった印象です。

 

警視庁捜査一課特命捜査二係の鷺沼は、十年前の死体遺棄事件を追っている最中、自宅マンションの外階段で刺された。一命は取り留めた鷺沼に、神奈川県警の宮野が、十二年前に起きた不可解な殺人事件の概要を告げる。新たな仲間とともに捜査を始める鷺沼と宮野。やがて捜査線上にある人物が浮かぶが―。真実のため、組織と犯罪に闘いを挑む刑事たちの熱い姿を描いた「越境捜査」シリーズの第4弾。この巨悪、容易には斃れない…。(「BOOK」データベースより)

 

警視庁刑事部捜査一課特命二係所属の鷺沼は自分のマンションの外階段で見知らぬ男に刺されてしまう。

自分が刺された理由もわからない鷺沼だったが、神奈川県警の嫌われ者の万年巡査部長である宮野は、鷺沼の抱えている荒川河川敷で発見された白骨死体の捜査と、宮野自身が聞きこんだ殺人事件の端緒らしき事案との関連を疑う。

それは小暮孝則という現職の参議院議員が持っていた家屋に絡んでくるかもしれないという、雲を掴むような事柄ではあった。

しかし、白骨死体の捜査が進む中、宮野の言葉が現実味を帯びて来るのだった。

 

冒頭で鷺沼が刺されてしまうため鷺沼本人はあまり動き回れません。代わりに鷺沼の相方の井上巡査やお調子者の宮野が走り回ることになります。

結局、物語は彼らの持ってくる事実をもとにして、鷺沼を中心としての全体の推理がメインになります。決して会話劇というわけではないのですが、スケールは小さく感じられてしまいました。

 

ストーリーも物語に没入してしまうほどに面白い、とは言えないでしょう。

十年前という時間的な隔たりを設けて立証を困難にする点は別としても、どうしても事件解明の段階ごとに少しずつ無理を感じてしまいました。

この作者の「天空への回廊」「未踏峰」「春を背負って」などの迫力のある読み応えのある作品を読んだ後なので、とても辛口に読んでいるのかもしれませんが、少々残念な読後感でした。

 

 

この作者だからこそのスケールの大きな物語展開を期待していただけに、少々小じんまりとした印象は残念な作品でした。

恋する組長

本書『恋する組長』は、名前が示されない探偵を主人公とする全六話からなる連作短編小説です。

コメディタッチの小説ではなく、軽いハードボイルド小説と言うべき作品でしょう。

 

“おれ”は、東西の指定広域暴力団と地場の組織が鎬を削る街に事務所を開く私立探偵。やくざと警察の間で綱渡りしつつ、泡銭を掠め取る日々だ。泣く子も黙る組長からは愛犬探しを、強面の悪徳刑事からは妻の浮気調査を押しつけられて…。しょぼい仕事かと思えば、その先には、思いがけない事件が待ち受けていた!ユーモラスで洒脱な、ネオ探偵小説の快作。(「BOOK」データベースより)

 

名前が示されない探偵といえば、プロンジーニの『名無しの探偵』や、ダシール・ハメットの『コンチネンタル・オプ』、日本では三好徹の『天使シリーズ』の「私」などが思い出されます。

 

 

少々おっちょこちょいで能天気さを持つという点では東直己の『ススキノ探偵シリーズ』に似ているのですが、内容はかなり違います。何しろ本書の探偵は暴力団に敵対するのではなく、主だった顧客が暴力団なのです。

 

 

本書『恋する組長』について最初イメージしていたのは今野敏の『任侠シリーズ』だったのですが、そうでは無く、軽いタッチのハードボイルド小説でした。

ただ、笹本稜平という作家の力量からすると少々中途半端に感じられます。

『恋する組長』の登場人物は、主人公”おれ“の事務所の電話番である尻軽女の由子とS署一係の門倉権蔵刑事(通称ゴリラ)、そして山藤組や橋爪組といった地場であるS市の独立系の暴力団暴力団関係者と限定していて、こじんまりとまとまってしまっています。

登場人物だけでなく、主人公の”おれ”も暴力団の親分の言葉には逆わない使い走り的な立ち位置なのですが、それなりに存在感を出していこうとする雰囲気もあり、何となくキャラがはっきりとしません。

もう少し、コメディなのかハードボイルドなのかのメリハリをつけてもらいたいと、読んでいる途中から思ってしまいました。

笹本稜平という作家のスケールの大きさからすると、この『恋する組長』という物語ももっと面白くなる筈だと、ファンならではの勝手な言い分ではありますが、思ってしまったのです。

その面白くなるはずの続編は、今現在(2018年12月)の時点では書かれていないようです。

天空への回廊

第一級の山岳小説と冒険小説が合体した、実に贅沢な長編の冒険小説です。

山岳小説も冒険小説も笹本稜平という作家の得意とする分野だそうで、評判通りの面白い作品でした。

エベレスト山頂近くにアメリカの人工衛星が墜落!雪崩に襲われた登山家の真木郷司は九死に一生を得るが、親友のフランス人が行方不明に。真木は、親友の捜索を兼ねて衛星回収作戦に参加する。ところが、そこには全世界を震撼させる、とんでもない秘密が隠されていた。八千メートルを超える高地で繰り広げられる壮絶な死闘―。大藪賞作家、渾身の超大作。(「BOOK」データベースより)

 

世界的なアルピニストに名を連ねる真木郷司はエベレストの山頂近くで人工衛星の落下の場面に遭遇した。自らは無事だったものの、親友であるマルク・ジャナンが行方不明となってしまう。人工衛星の回収の手助けを頼まれた郷司は、マルクの捜索のこともあって、再度エベレストに登ることになった。しかし、この事故の裏にはテロリストの絡んだ秘密が隠されており、真木は八千メートルを超えるエベレスト山中でのテロリストとの死闘に巻き込まれることになるのだった。

冒頭に書いたように冒険小説としても非常に読み応えのある作品で、文庫本で六百頁を越えるという長さを感じさせない物語です。

ただ、難を言えば、主人公の真木郷司が少々スーパーマンに過ぎるというところでしょう。

八千メートルを超える高所で無酸素のまま数日を過ごすという話は、少々現実味を欠くのではないか、と読んでいる途中で思ってしまいました。こちらは山の素人ですから、作中に普通はあり得ない行為であることも示してあるので、状況によっては全くの不可能ではない話なのだと、それなりに納得したつもりで読み進めたものです。

それともう一点。物語の根幹にかかわる、テロリストの犯行の動機が少々弱いのではないか、と気になりました。

でも、作者の圧倒的な筆力は、地球で一番高い場所という未知の環境を現実感を持ってに描写しています。この筆力の前には、少々の疑問点など大したことでは無いように思えてしまいます。それだけの力量のある作家の、読者をひきつける面白さを持った物語だったということでしょう。

とにかく、読んでいるといつの間にか物語世界に引き込まれています。評判の高い作品であるのも当然だと思いました。

山岳小説と言えば新田次郎です。この人の書いた山岳小説は多数あって、どれか一つに絞ることさえ難しいのですが、あえて言うならば、「単独行の加藤」と呼ばれた登山家加藤文太郎をモデルとしたノンフィクション小説の『孤高の人 』を挙げてもいいかなとは思います。山岳小説と言えば、この人の作品は避けては通れないと思うのです。

 

 

海外に目を向けると、やはりボブ・ラングレー北壁の死闘をまずは挙げることになります。「J.ヒギンズをして「比類なき傑作」と言わしめた」(「BOOK」データベースより)傑作で、冒険小説としての第一級の作品です。

 

未踏峰

遺骨の入ったケースを胸に、それぞれに事情を抱える橘裕也と戸村サヤカ、勝田慎二の三人は、ヒマラヤ未踏峰に挑んでいた。彼らをこの挑戦に導いたのは登山家として世界に名を馳せ、その後北八ヶ岳の山小屋主人になった“パウロさん”だった。祈りの峰と名づけた無垢の頂きに、はたして彼らは何を見るのか?圧巻の高所世界に人間の再生を描く、著者渾身の長編山岳小説。(「BOOK」データベースより)

 

第一級の面白さを持つ長編の山岳小説です。

 

橘裕也は薬への依存から万引き事件を起こし、戸村サヤカは人とのコミュニケーションをとりにくいアスペルガー症候群という病に罹っていて、勝田慎二は軽度の知的障害を持つ身でした。

そうした三人が力を合わせ、自分たちでビンティ・ヒュッテと勝手に名付けたヒマラヤの未踏峰の初登頂に挑戦する物語です。

 

本作品は、「還るべき場所」ほどの手に汗握るサスペンス色はありませんし、「春を背負って」に見られる山小屋での人との出会いからもたらされる人間ドラマもありません。

しかし、俗世のプレッシャーに押しつぶされかけた、橘裕也を中心とした前記の三人の再生の物語としてみると、これはまたなかなかに捨てがたいものがあります。

 

この三人は、かつての世界的なアルピニストであるパウロさんこと蒔本康平の営む山小屋で働くことになり知り合います。このパウロさんが三人に山のこと、また生きることの大切さを教えるのです。

K2のような名のある高峰ではないし、標高こそ7千メートルに満たないけれど、素人だった三人が登るに決して荒唐無稽では無いというその設定がいいです。

とはいえ、山は山です。死が隣り合わせでいることには間違いはありません。頂上を目指す三人の姿は、予想外の出来事や気象の変化といったサスペンスの要素も加味され、感動的です。

 

先に書いたように、小説としての面白さからすれば「還るべき場所」の方が数段面白いと思います。それでも、この本もなかなかに捨てがたい物語ではないでしょうか。

還るべき場所

世界第2の高峰、ヒマラヤのK2。未踏ルートに挑んでいた翔平は登頂寸前の思わぬ事故でパートナーの聖美を失ってしまう。事故から4年、失意の日々を送っていた翔平は、アマチュア登山ツアーのガイドとして再びヒマラヤに向き合うことになる。パーティに次々起こる困難、交錯する参加者の思い。傑作山岳小説、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

 

山岳小説としてもサスペンス小説としても、共に第一級の面白さを持つ長編の山岳小説です。

 

ヒマラヤ山脈のK2で、恋人であり山のパートナーでもある栗本聖美を失った矢代翔平は、その後の四年の間失意の底から立ち直れずにいた。

そこに、山の仲間でる板倉亮太の登山ツアーのガイドの手伝い依頼が来る。K2に再度挑戦し、聖美の最後を確認するために翔平は再び山に登る決心をするのだった。

 

ただでさえ山での自然との対峙それ自体が緊張感をはらむものであり、サスペンスフルな物語であるのに、そこに更なる仕掛けを施し、より緊張感を持った手に汗握る物語が構築されている、そんな物語として仕上がっています。

その上で上質の人間ドラマが展開されるのですから見事としか言いようがありません。

確かに、読み始めてから暫くの間は冗長に感じるところもああるのですが、ヒマラヤに挑戦する第三章のあたりからはそれまでの印象は異なり、文字通り本を置くことができないほどに入り込んでしまいました。

 

山を舞台にした小説は一般の小説とは異なり、常に自然からもたらされる「死」を見据えて語られるので緊張感があるのでしょう。

その緊張感の中で人間ドラマが展開されるのですが、作者の描写力が無ければ緊張感も表現できるものではないし、読者の共感を得られるものではないことは勿論です。

笹本稜平という作家は、その描写力でその緊張感を持続させながらも、サスペンスに満ちた上質な山岳小説を仕上げています。

 

本書は人物設定もまた良くできています。中でも登山ツアーの一員として財界の大物である神津という男がいるのですが、この男が少々出来過ぎかと思えるほどにやり手で魅力的な男として描かれています。

物語進行上のキーマンでもあるのですが、秘書の竹原との会話がなかなかに読ませます。

山に登る、そのことについての考察もこの二人の会話で為されているのです。この二人を中心に据えた物語を読みたいと思ってしまいました。

 

この作家には他に、山小屋で展開される人間ドラマを中心とした「春を背負って」、高所での諜報戦がらみの冒険小説である「天空への回廊」、エベレストを舞台にした魅力あふれるドラマが展開される「未踏峰」など、他にも面白そうな山の物語があります。

 

春を背負って

先端技術者としての仕事に挫折した長嶺亨は、山小屋を営む父の訃報に接し、脱サラをして後を継ぐことを決意する。そんな亨の小屋を訪れるのは、ホームレスのゴロさん、自殺願望のOL、妻を亡くした老クライマー…。美しい自然に囲まれたその小屋には、悩める人々を再生する不思議な力があった。心癒される山岳小説の新境地。(「BOOK」データベースより)

 

六篇の作品から成る連作短編集です。

非常に読みやすく、感動な物語であると共に清々しさも漂い、爽やかな読後感でした。

 

春を背負って / 花泥棒 / 野晒し / 小屋仕舞い / 疑似好天 / 荷揚げ日和

 

長嶺亨は父を山の事故で亡くし、父の残した山小屋の運営を引き継ぐことを決心した。そこに父親の大学の後輩だというゴロさんというホームレスが現れ、何かと山について未熟な亨を手助けしてくれるのだった。

 

先般読んだ漫画の『岳』も山小屋を舞台にした物語で、同じように山小屋を訪れる人々の人間ドラマが描かれていました。

 

 

例えば時代小説の旅籠や現代小説のホテルなど、ある宿を訪れる人々の人間ドラマという設定自体は特別なものではなありません。

しかし、山小屋という設定は特別なようです。普通の人にとっては山行自体が非日常なのですが、加えて、そこに「自然」が要素として入ってきます。その自然は、一旦牙をむくと即「死」に結びつくものであり、展開される人間ドラマも苛烈なものとなりやすいからです。

 

本書でも自然と対峙する人の死が描かれており、そこには街中でのそれとは異なる素の人間の生存そのものが描写されています。

勿論、山を知らなければ山での人間ドラマを描くことはできないでしょうから、笹本稜平という作家さんは山を良く知っておられるのでしょう。山と言えばハイキングコースしか知らない私のような読者にも牙をむいた山の苛酷さがよく伝わり、また山の美しさも同様に感じる、奥行きの深い小説でした。

私にとって山の小説と言えば新田次郎でした。『孤高の人』や『銀嶺の人』を始めとする殆どの作品に魅入られ、読みつくしました。

 

 

この新田次郎の作品は山と人間とが対峙していたのですが、笹本稜平の描く本書『春を背負って』の場合、山を舞台にしてはいますが、山と共に生きようとする人間たちのドラマが展開されています。

 

この笹本稜平という作家さんには他にも山を舞台にした作品があります。かなり評判も高く、実際『天空への回廊』などの、かなり読み応えのある作品を書かれています。

 

 

また、本作品は「劔岳 点の記」を撮った木村大作監督により映画化されました。松山ケンイチが主人公で豊川悦司、蒼井優らが脇を支えるらしく、こちらもまた面白そうで期待したいです。

 

白日夢 素行調査官2

警察組織の腐りきった体質は外からじゃ治せない。なかにいるおれたちじゃないとできない仕事だ。警務部人事一課監察係の本郷岳志たちは、山形へ元刑事の遺骨を引き取りに向かう。自殺したその男は元潜入捜査員で、退職時、多量の覚醒剤を持ち出していた。単独犯なのか?背後関係を調査した本郷たちは、警察組織のなかに元刑事の男を追いつめた黒い人脈が存在する痕跡をみつける。裏切り者は誰だったのか。二転三転する真相!最後まで息をつけない痛快警察小説最新作待望の完成。(「BOOK」データベースより)

 

警察内部の警察という立場の監察官を主人公とする長編の警察小説です。

 

図書館で目の前にあったので借りてしまったため、「素行調査官」の1ではなく2になっています。

警察ものの中でも犯人が警察官だった、という設定はありがちなものですが、そもそも主人公が監察官という設定ですから、舞台は警察内部の物語として描かれます。

 

本郷岳志は元探偵だったのですが、キャリアである警視正の入江透主席監察官が監察官として引き抜いたのです。

その本郷たちは山形で潜入捜査官だった男の遺骨を引き取りに行くことになります。ところがその捜査官は退職時に多量の覚醒剤を持ち出していました。その覚醒剤の背後関係を調査するうちに警察内部の暗部をあぶりだすこととなるのでした。

 

この本自体は私の好みとは若干合わなかったような記憶があります、それで、このシリーズを続けて読まなかったと思うのです。「痛快警察小説」とあるわりにはそれ程痛快な読後感を得られなかったのでしょう。

この作者の『越境捜査』という作品は結構面白く読んでいるので、本作品は私の琴線に触れなかったのだと思います。

越境捜査

警視庁捜査一課殺人犯捜査六係から、特別捜査係に異動した鷺沼は、継続捜査の任に着く。14年前に起きた、12億円を詐取した男が失踪後、死体となって発見された未解決事件の捜査に乗り出すが、難航する。真相解明を拒むかのような圧力。それは一体誰が?―警視庁と神奈川県警。組織と個人。悪と正義。さまざまな境界線を“越境”し、真実を抉り出す熱い警察小説。人気TVドラマシリーズの原作第1弾、待望の文庫化。(上巻:「BOOK」データベースより)

14年前の12億円詐取・殺人事件。再捜査を開始した鷺沼は、神奈川県警山手署刑事、宮野と手を組む。一匹狼を自認する宮野と型破りの捜査を展開し、12億円の行方をつかむ。それは、神奈川県警の裏金庫―。警察庁を含む、警察組織を覆う腐敗を見逃すか、それとも暴くか。組織の安泰をとるか、自らの信条をとるか。人生を賭けた闘いの果てにあるのは希望か絶望か。大藪春彦賞受賞作家が、静かに激しく生きる刑事たちを描く。(下巻:「BOOK」データベースより)

 

一大人気シリーズとなった「越境捜査シリーズ」の第一弾となる長編の警察小説です。

 

もう警察ものの定番と言ってもいいくらいに警視庁対神奈川県警の対立の物語は多い気がします。

 

警視庁の刑事である鷺沼は、12億円の行方が分からないまま迷宮入りになり、時効間近となった事件を洗い直していた。

そのときかつての上司で現在は神奈川県警監察官室長の韮澤から連絡を受け、その時効間近の事件が神奈川県警内部の者の犯行の可能性があることを匂わせられた。そこで、神奈川県警の宮野と共に管轄を超えて調査を開始することとなる。

しかし、その先には組織の腐敗が広がっており、韮澤も何者かの襲撃を受け入院することとなるのだった。

 

当初は警視庁と神奈川県警の対立が前面に出ていましたが、話の展開に伴い、主人公たちと警察組織そのものとの対立の図式まで重なってきます。

結局は警察内部の腐敗という話になるのですが、今野敏などのように軽く読める、とまではいかないにしても、物語のテンポがよくて、結構面白く読み進めることができました。

おとこ鷹

天下の直参、と言えば聞こえは良いが、勝小吉はお役に就くこともなく市井に生きる貧乏御家人。だが、人情に厚く腕も立つ小吉は、詐欺師や悪徳高利貸たちを懲らしめるため東奔西走し、町の人々に慕われている。そんな小吉の楽しみは、剣術と蘭学の修業に励む息子・麟太郎の成長だった。後の海舟の若き日を、貧しくとも鷹のように気高く清々しく生きる父子の物語として描いた傑作長編。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

私塾を開いて妻も娶った麟太郎。貧しい生活をつづけながらも、蘭学や砲術研究にますます磨きをかけ、その力量は諸大名や幕閣の目に留まるまでになった。息子の立身に目を細める小吉は、市井の人々と喜怒哀楽をともにする日々をおくっていたが、いつしか病を得るようになり…。幕末という時代のうねりと、たくましく生きる江戸ッ子たちの姿を生き生きと描いた畢生の歴史時代小説。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

父子鷹の続編であり、両方の本を合わせて小吉伝とでも言うべき作品になっています。

 

変わらずに勝小吉とその子勝海舟、いやこの作品の頃ですから勝麟太郎の親子の愛情にあふれた物語です。

暴れん坊の勝小吉も麟太郎が大人になり、幕府の役職に就くようになると息子に頭が上がりません。それでもやはりやんちゃばかりしているのです。

江戸末期の下町情緒豊かなこの物語を「父子鷹」とあわせて是非読んでみてください。

 

なお写真は新潮文庫版にリンクしていますが、他に講談社文庫新装版、嶋中文庫版もあります。ただ、殆ど古本になるようです。