小川 糸

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本書『ライオンのおやつ』は、一人の女性がホスピスで過ごした最後の日々を描いた、新刊書で255頁という長さの長編のヒューマンマンドラマです。

本の頁数はちょうどいいのですが、内容としてはあまり好みとは言えない作品でした。

 

余命を告げられた雫は、残りの日々を瀬戸内の島のホスピスで過ごすことに決めた。そこでは毎週日曜日、入居者がもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があった―。毎日をもっと大切にしたくなる物語。(「BOOK」データベースより)

 

一言で言って、ずるい、としか言いようのない小説です。

「ホスピス」という、ある意味究極の場で暮らす人たちの姿を描き出す本書は、もちろん作者のやさしい表現力、筆の力があって悲惨さがない物語として仕上がっています。

しかし、だからこそ、といってもいいと思うのですが、悲しみに満ち溢れています。特に本書の後半に入ると、数頁を読むごとに涙があふれてきて、本を置かずにはいれない状態でした。

ここで「ホスピス」についてよく知らない人もいるでしょうから、下記のサイトに詳しく説明してあります。関心のある方は参照してみてください。

 

主人公は海野雫という三十三歳の女性です。ステージⅣの癌を患い、余命を宣告されています。

この雫の最後の日々の様子を描きだすのがこの物語です。ですから、当然のことですが人の涙を誘います。

雫が最期を迎えるホスピス「ライオンの家」は、普通の人にとってはこれ以上ないというほどの環境にあります。

ライオンの家のある瀬戸内の島は温暖で、空気は柑橘系の香りがしており、雫が世話になる部屋は広く、窓からはレモン畑の先に海が見えます。

加えて、マドンナシマさん、さん姉妹のようなスタッフ、何よりもライオンの家にいた六花(ロッカ)という犬が雫になつき、常に共にいて、それなりの日々を送ります。

マドンナさんたちの助けを借りながら時には笑い、ときには自分の死という現実を前に泣きながら、「ライオンの家」でのおやつに込められた意味をかみしめつつ、こころの揺れ動くままに暮らすのです。

 

しかし、そうした環境を整えられる人がどのくらいいるのでしょうか。

見ようによってはある程度の資産を有し、それなりの人脈なりつながりを持っていないとこうした環境には入れないと思うのです。

日々の暮らしに追われて暮らしている普通の人にとっては本書のようなホスピスでの暮らしは夢のまた夢です。

そうしたうがった見方を持ちながら本書を読みました。

ある意味恵まれた死を迎える人を描くことで、作者は何を言おうとしているのだろうとの疑念を抱きながらの読書でした。

 

そうした感情の裏には、この春に母が急逝してしまった私にとって本書の内容が衝撃的であったことがあります。

転院を勧められたホスピスでの詳しい説明を聞いた晩に容体は急変し、結局ホスピスに世話になることはなく逝ってしまいました。

そんな自分にとって、本書のような死を迎える環境は夢のまた夢のことと感じられたのです。

自分自身にとってもそう遠くはない「死」においても、本書のような環境で死にたいものだと思いつつ、金もコネもない身には無理だと思ったのです。

そうしたことから、本書『ライオンのおやつ』で描かれている環境への反発があったと思います。

でも、雫の死にゆく環境はつけたしで、肝心なのは雫の心の裡にあると気付いてからはそうした読み方はしなくなりました。

 

とはいっても、やはり作者はどういう意図でこの物語を書いたのだろうという疑念は消えません。

そこで、作者の思いを探して、作者のお母さまが亡くなられたときに「死ぬのが怖い」とおっしゃっていたのを思い出し、「少しでも死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたい」という一文を見つけました。

また、瀬戸内のしまなみ海道に浮かぶ「大三島(おおみしま)」をモデルに、おいしい料理、それも滋養があり、食べると心も体も満たされる「お粥」をイメージして描いたとも書かれています。

そのうえで、読者に伝えたいこととして、

死があるからこそ生きる喜びや楽しさがあるということ。いかに自分を愛して、大事にして、人生を楽しむか。人生に喜びを見出していくか。良いことも悪いこともすべて受け入れて、“人生を最後まで味わい尽くす”ということ。

ともおっしゃっています。(世界で読まれる作家・小川糸さんインタビュー! : 参照)

 

そこで思い出したのが、夏川草介の『勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~』という作品です。

この作者にはベストセラーとなった『神様のカルテシリーズ』というシリーズがありますが、そちらで書くには重いと思われる内容を独立させたものという話でした。

勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~』という作品は終末医療の話であり、本書同様に死を迎える人を描いた作品です。

 

 

ただ本書『ライオンのおやつ』と違い、こちらは死ぬ行く人が主人公ではなく、そうした人を支える医者や看護師の話であるところが異なります。

しかし、ともに「死」を正面からとらえ、考える作品であることに違いはありません。

これらの作品でも、もちろん本書『ライオンのおやつ』においても、結局はそれぞれの立場において、自分自身の心のありようが大切なのだと感じます。

ただ、その心のあり方を自然に、そして死を受け入れるだけの平静さを持ちうるかどうかそのことが困難なことだろうというのは、あらためて考えるまでもなくわかることです。

その困難なことに立ち向かう本人やその周りの人々を描いているのが本書のような作品といえるでしょう。

そして死を間近にした本人の感情を直接に描いている作品であるため、ずるい、と思え、作者の意図に対し疑念を持ったのでしょう。

今でも本書のような作品を書くことについて完全に納得できたとは言えません。作者の意図にしてもインタビュー記事を読まなければくみ取れなかったほどなのです。

とはいえ、本書『ライオンのおやつ』はとても感動的な作品であることは否定しがたいものでした。

[投稿日]2020年11月22日  [最終更新日]2020年11月22日
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