影武者徳川家康

慶長五年関ヶ原。家康は島左近配下の武田忍びに暗殺された!家康の死が洩れると士気に影響する。このいくさに敗れては徳川家による天下統一もない。徳川陣営は苦肉の策として、影武者・世良田二郎三郎を家康に仕立てた。しかし、この影武者、只者ではなかった。かつて一向一揆で信長を射った「いくさ人」であり、十年の影武者生活で家康の兵法や思考法まで身につけていたのだ…。(「BOOK」データベースより)

 

徳川家康は偽物だった、という前提の荒唐無稽な、しかし痛快この上ない長編の時代小説です。

 

この本こそもしかしたら隆慶一郎ワールドの核をなすものと言っても良いかもしれません。

関ヶ原の戦いの直前に徳川家康は暗殺されており、その影武者である世良田二郎三郎が関ヶ原の戦いを乗り切っていた、というのです。

問題はそれからの展開で、影武者としての世良田二郎三郎が、徳川秀忠や諸武将との争いを生き延び、更には影武者としての立場から踏み出し、世良田二郎三郎の意思をもって生きる姿には心打たれるものがあります。

 

文庫本で三冊という長編ですが、終わるのが哀しいくらいに引き込まれます。面白いです。お勧めです。

 

本書も一夢庵風流記を原作とする「花の慶次 - 雲のかなたに」と同様に、原哲夫の画で「影武者徳川家康complete edition」として出版されています。

 

花の慶次 - 雲のかなたに

絢爛豪華な完全版!!雑誌掲載時のカラーページ完全再現!!カバーイラスト折込ポスター付富にも権力にも屈せず乱世を駆けた天下の傾きモノ前田慶次の生涯!!
あらすじ
「傾奇者(かぶきもの)」――。「傾(かぶ)く」とは異風の姿形を好み、異様な振る舞いや突飛な行動を愛することを指す。死が日常の戦国の世で、いかなる権力にも屈せず、ひたすら己の義に忠実に戦い抜いた天下一の傾奇者がいた。その漢(おとこ)の名は前田慶次――!!( Amazon 内容紹介 )

 

作画担当の原哲夫は、一世を風靡したコミック『北斗の拳』(Kindle版)の作者でもあります。その迫力のある画で前田慶次を描いているのです。原作の面白さと、画の迫力がマッチして、原作の世界を視覚的に見せてくれます。

 

 
この作品は他の出版社からも出されていて、

花の慶次 ジャンプ・コミックス

花の慶次 文庫版 コミック 全10巻完結セット

花の慶次-雲のかなたに- (完全版) 全12巻完結(BUNCH WORLD)

他のコミックスがあります。

一夢庵風流記

戦国末期、天下の傾奇者として知られる男がいた。派手な格好と異様な振る舞いで人を驚かすのを愉しむ男、名は前田慶次郎という。巨躯巨漢で、一度合戦になるや、朱色の長槍を振り回し、敵陣に一人斬り込んでいく剛毅ないくさ人であり、当代一流の風流人でもあった。そして何より、自由を愛するさすらい人でもあった。故あって、妻子を置き旅に出た男の奔放苛烈な生き様を描く時代長編。(「BOOK」データベースより)

 

戦国時代末期、あの加賀百万石の前田利家の義理の甥にあたる前田慶次郎の破天荒な生涯を描く長編時代小説です。

 

この本を原作とした原哲夫の漫画「花の慶次 - 雲のかなたに」が大ベストセラーになり、傾奇者(かぶきもの)前田慶次郎の名も一般に知られるようになりました。

 

 

強いけれど情には厚く、剛毅かと思えば繊細な感性を持つ、文武両道に秀でたヒーローが戦国の世を生き抜く様が読者の心に迫ります。お勧めです。

漫画も面白いですが、原作であるこの本もそれ以上の面白さを持っています。

リンクは新潮社版に貼っていますが、集英社版もあります。
 

剣の天地

「戦国武将」から「剣聖」へ。新陰流創始者・上泉伊勢守の勇壮な生涯。
時は戦国——のちに「剣聖」と仰がれる上泉伊勢守は関東制覇の要衝・上州は大胡の城主。上杉謙信・武田信玄・北条氏康の野望に巻き込まれ、戦場から戦場へ体を休める暇もない。その武勇を「上州の一本槍」と天下に轟かせるも、一介の剣士として剣の道に没入できる平穏な日々の訪れを秘かに願う伊勢守だった。折しも国盗り合戦は佳境を迎え、上州の勢力図にも大きな変化が……。(上巻 : Amazon内容紹介 より)

極めよ、剣の道! 「剣聖」上泉伊勢守が最後に見せた奥義。

押し寄せる武田軍によって上州は陥落寸前。死を覚悟し、最後の出陣に臨んだ上泉伊勢守に「兵法を広めよ」との伝令が……。隠居を決意した伊勢守は、剣の道を極めるため、旅に出る。柳生の里や京都で「心と躰は二にして一」という「活人剣」を標榜し、無益な殺生を拒否した伊勢守が、最後に見せた凄まじくも静かな剣技。「新陰流」の創始者となった戦国武将の勇壮な生涯を描いた長編時代小説。(下巻 : Amazon内容紹介 より)

 

剣聖と呼ばれた上泉伊勢守信綱の生涯を描く長編時代小説です。

 

上泉伊勢守信綱は戦国時代に今の群馬県(上州)の城持ちの武将でありながら、剣聖と呼ばれた人です。上杉謙信の力を借りて武田信玄や北条氏康等と戦い抜きながら、後に城を嫡男にまかせ、剣の道を極めるために旅に出ました。

本書ではそうした上泉伊勢守信綱の武将としての側面を描いてあります。

本書での上泉伊勢守は冒頭で既に三十八歳であり、北条との戦いの只中にいます。そして上泉伊勢守信綱が武田信玄との戦いに敗れ、一介の剣士として旅立つまでの話を中心に、その後の伊勢守の消息も含め描写してあります。

また、伊勢守とある女性との係わりをも描いて物語に色を添え、もう一方で伊勢守に対立する剣士として十河九郎兵衛という剣士を登場させています。勿論、柳生宗巌や宝蔵院胤榮等も登場します。

 

上泉伊勢守信綱を描いた作品として他に海道龍一朗の「真剣」があります。「真剣」では剣聖としての上泉伊勢守信綱に焦点を当て、少年期から宝蔵院胤榮との戦いまでを「剣」との関わりを中心に描いてありました。

 

 

私個人の好みは「真剣」の剣聖としての上泉伊勢守信綱の面白さを買うのですが、人間上泉伊勢守信綱を読みたい人はこの本でしょう。池波正太郎の「鬼平犯科帳」や「剣客商売」と同じレベルとまではいかないでしょうが、十分に面白い物語です。

仕掛人・藤枝梅安

品川台町に住む鍼医師・藤枝梅安。表の顔は名医だが、その実、金次第で「世の中に生かしておいては、ためにならぬやつ」を闇から闇へ葬る仕掛人であった。冷酷な仕掛人でありながらも、人間味溢れる梅安と相棒の彦次郎の活躍を痛快に描く。「鬼平犯科帳」「剣客商売」と並び称される傑作シリーズ第一弾。(「BOOK」データベースより)

 

池波正太郎の人気シリーズの一つの痛快時代小説です。

 

仕掛人・藤枝梅安シリーズ(完結)

  1. 殺しの四人
  2. 梅安蟻地獄
  3. 梅安最合傘
  4. 梅安針供養
  1. 梅安乱れ雲
  2. 梅安影法師
  3. 梅安冬時雨

 

もしかしたら本好きの方は別として、緒形拳(もしかしたら渡辺謙の方でしょうか)が梅安役を演じて大ヒットしたテレビの「必殺仕掛人」の原作と言った方が通るかもしれません。

 

 

 

でも、原作の方は更に面白い。

この作品も映画、テレビ、漫画と制作されています。

剣客商売シリーズ

剣客商売シリーズ(完了)

  1. 剣客商売
  2. 辻斬り
  3. 陽炎の男
  4. 天魔
  5. 白い鬼
  6. 新妻
  1. 隠れ蓑
  2. 狂乱
  3. 待ち伏せ
  4. 春の嵐(長編)
  5. 勝負
  6. 十番斬り
  1. 波紋
  2. 暗殺者(長編)
  3. 二十番斬り
  4. 浮沈(長編)

剣客商売シリーズ 番外編(完了)

  1. 黒白
  2. ないしょないしょ

あまりにも有名なシリーズです。この作者には他にも多くの作品群がありますが、中でも『鬼平犯科帳』シリーズや『仕掛人・藤枝梅安』シリーズといったベストセラーが有名です。

主人公は、無外流の達人の秋山小兵衛と言っていいと思います。また、小兵衛の妻おはるや、小兵衛の息子の大治郎、後に大治郎の嫁となる田沼意次の妾腹の娘の佐々木三冬、更に小兵衛の手足となって探索の手伝いをする、小兵衛の門人だった四谷伝馬町の御用聞き弥七とその手下である徳次郎らが主要な登場人物です。

同様な設定の物語として、鳥羽亮の『剣客春秋 』というシリーズがあります。千坂藤兵衛とその娘里美、そしてその婿の彦四郎、弥八、徳次郎といった下っぴきらが活躍する痛快時代小説です。今では新しいシリーズにもなっています。

全部読んでしまうほどに面白い小説ではありますが、改めて本シリーズを読むと、申し訳ないけれど本シリーズの魅力には及ばないようです。

この秋山小兵衛は、江戸の剣術の世界では知る人ぞ知ると言う剣客です。もうすぐ還暦という年齢でありますが、鐘ヶ淵の隠宅に小兵衛の身の回りの手伝いに来ていたおはるという娘に手をつけてしまい、後に結婚してしまうような人物です。

一口で言えば、小兵衛親子の話を中心とした人情味あふれる活劇小説ですが、池波正太郎という作家の手になるこの小説は、単なる活劇小説の域を越えた物語として読み手の心に迫ってきます。

小兵衛の若い頃から、今に至るまでの剣術修行の中で得た修行仲間や立ち合い相手などが入れ代わりながら物語の中に登場してきます。また、一子大治郎も幼いころから小兵衛の師である辻平右衛門のもとへと修行に出ており、今では小兵衛に並ぶほどの腕前になっているのです。

ただ、シリーズの始めでは、剣術修行のみに専念してきた大治郎はそれ以外のこと、例えば女性に関しては全くのうぶであり、どう対処してよいのか分からなかったりもします。そこらは三冬と結ばれていく過程の物語で詳しく語られていて、この物語のユーモラスな一面となっているのです。

また、大治郎について言うと、そうした朴念仁であった人柄が、次第に人間が練れてくる様も見どころです。ちょっとした居酒屋で酒をたしなむようにもなり、酸いも甘いも噛み分けるとまではいかないにしても、当初の姿からはかけ離れた人物として成長していく様子もまた見どころです。

 

しかし、何と言っても一番なのは秋山小兵衛の人間的な魅力です。三冬という息子の嫁を通して時の権力者田沼意次とも知己を得、その力を借りながら事件を解決していく様子は実に小気味いいのです。

その田沼意次にしても、巷間言われるような賄賂に染まった悪徳政治家ではなく、広い視野を持つ優秀な政治家として描いてあります。

弥七や徳次郎といった小兵衛の手足となって動く回る人物もまた魅力的です。コミカルな内容の短編から、侍の生きざまを重厚に描き出すも掌編など、バラエティに富んだ内容の物語です。

また、池波正太郎作品といえば料理関連の描写が有名ですが、本シリーズでも随所においしそうな料理の場面が出てきます。

 

また、このシリーズは何度も映像化されており、テレビドラマでは山形勲と加藤剛、中村又五郎と加藤剛、藤田まことと渡部篤郎・山口馬木也、北大路欣也と斎藤工のものと四パターンで制作されているようです。

ちなみに、DVDは五シーズンも放映されたという藤田まこと版しか見当たりませんでした。

ついでに言えば、本シリーズはコミック化もされていて、さいとう・たかをと大島やすいちの夫々の作品が出ています。

私は画が丁寧い描いてあり好みだった大島やすいち版を購入しつつあります。このコミック版は、だいたい文庫本の一巻分をコミック二巻で描いてあると思われます。

ぬけまいる

一膳飯屋の娘・お以乃。御家人の妻・お志花。小間物屋の女主人・お蝶。若い頃は「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれ、界隈で知らぬ者の無かった江戸娘三人組も早や三十路前。それぞれに事情と鬱屈を抱えた三人は、突如、仕事も家庭も放り出し、お伊勢詣りに繰り出した。てんやわんやの、まかて版東海道中膝栗毛!(「BOOK」データベースより)

コミカルなタッチで三人の女の道中記をえがいた長編の時代小説です。

 

最初はこの作家には珍しい(と思える)作品でした。これまで読んだ作品は皆この人の格調高い文章を生かした内容だったので、本書のようなを書かれるとは思っていなかったのです。

 

本書は、一膳飯屋の行かず後家の「お以乃」、御家人の妻の「お志花」、小間物を商う大店の女主人の「お蝶」という、かつて「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれたアラサー三人組が織りなすコメディです。

「抜け参り」とは、「親や主人の許しを受けないで家を抜け出し、往来手形なしで伊勢参りに行くこと。」だそうで、本書の三人もある日突然、誰にも、何も言わずにお伊勢参りへと出立します。その旅先で繰り広げられる騒動記なのですが、結論から言うと結構面白く読みました。

最初は何となくストーリーの運びに乗り切れず、この朝井まかてという作家さんはコミカルなタッチには向かないとまで思い始めていたのですが、江戸を抜け箱根の山を超える頃からでしょうか、はっきりとしたイベントが起き始めるとテンポ良く感じてきました。

結末に絡んできそうな、あの人との出会いなどもありつつ、人情話も絡め、格調の高い、しっとりと読み込ませる文章だけではないこの作家の別な側面を知りました。

楽しい作品でした。

ところで、本書『ぬけまいる』という作品は、お蝶を田中麗奈 お以乃をともさかりえ、お志花を佐藤江梨子というキャストで、竹内まりやの曲を主題歌として「ぬけまいる〜女三人伊勢参り」と題して、2018年10月にNHKで「土曜時代ドラマ」枠でテレビドラマ化されています。

ぬけまいる~女三人伊勢参り : 参照

ちゃんちゃら

江戸・千駄木町の庭師一家「植辰」で修業中の元浮浪児「ちゃら」。酒好きだが腕も気風もいい親方の辰蔵に仕込まれて、山猫のようだったちゃらも、一人前の職人に育ちつつあった。しかし、一心に作庭に励んでいた一家に、とんでもない厄介事が降りかかる。青空の下、緑の風に吹かれるような、爽快時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

市井に生きる一人の若者の成長を見守る、長編の人情時代小説です。

 

その子が庭師の辰蔵の家に来た当初「俺のことを親とも思え」といった辰蔵の言葉に「チャンちゃらおかしいや」と答えたものだ。それからその子は「ちゃら」と呼ばれるようになり、庭師見習いとして成長してきた。

その庭師辰蔵の一家「植辰」に、嵯峨流という京の名門庭師が目をつけ、何かと言いがかりをつけてくるようになった。心当たりのないまま、「植辰」の仕事先の庭木が次々と枯れていき、「植辰」はその始末に追われるのだった。

 

この本の「ちゃんちゃら」という題名と、冒頭での辰蔵の娘百合の江戸っ子らしいおきゃんな言いまわしなどで、宇江佐真理の『おちゃっぴい』のような、ユーモアあふれる人情ものだと思っていました。ところが、少しずつ作庭のうん蓄などを織り交ぜながらの「ちゃら」の成長譚へと雰囲気が変わっていきます。

 

 

登場人物も石組みの名手の玄林、水読みの名手である福助、そして京で庭師の修業をしてきたという辰蔵、その娘百合等個性的な面々が揃っています。

 

本作が2作目だそうです。私は先に「恋歌」などのより作家として成長していると思われる作品を読んでいたので、先入観があるのかもしれませんが、既にこの作品でテンポ良く、読みやすい文章だと感じました。

ただ、最後の詰めの段階で、アクション性が高い見せ場であるにも関わらず、物語の展開が少々分かりにくくなっていたのが残念でした。「ちゃら」の行動の描写に少々辻褄が合わない個所があるのです。

その最後の点に若干の不満はあるものの、面白い作品だと思います。