梅原 克文

もう10年以上も前のことですが、久しぶりに「法螺話の面白さ」を持った作家に出会った、という印象を持ったことを覚えています。

その「法螺話の面白さ」とは、驚きという点ではひと昔前のSFで言われていた「センス・オブ・ワンダー」という言葉にも似ていると思うのですが、若干異なるものと考えています。

「センス・オブ・ワンダー」とは、誤解を恐れずに言えば「新鮮な驚き」とでも言うべきもので、単なる驚きを越えたその基礎に科学的な根拠がある「驚異」のことを言い、一方「法螺話」は、既存(既知)の事実の積み重ねの中に嘘を紛れ込ませて、如何にもホントらしい話を組み立てることを言う、と思っています。その根拠を真実らしく見せているだけで全くの嘘なのです。

この梅原克文という作家の「二重螺旋の悪魔 」「ソリトンの悪魔 」という初期の2作はこの嘘の上に積み上げられた物語の面白さが群を抜いていると感じたのです。

残念ながら、その後に続く先品はどんどん法螺話の展開が無くなり、物語としての面白さが無くなっていきました。勿論これは私の感想なので、私の感覚と合わなくなっただけのことでしょう。しかし、それこそが私にとって問題なのです。

でも、とにかくこの2作品は絶対のお勧めです。

ちなみに、この作家の作品をSF小説と言ってはいけないそうで、サイファイ小説を言うべきだとか。まぁ、呼称はどうでもいいですけどね。

上橋 菜穂子

著者は立教大学で文化人類学を学び博士号を取得している学者さんで、その代表作である「守り人シリーズ」は中央アジアの民俗の見聞の影響が大きいと述べているそうです。

幼い頃から膨大な量の本を読んでおられ、そのジャンルもSF、ファンタジー、時代小説から学術書まで実に多岐に及んでいます。だからと言ってインドア派かと思えばそうでもなく、小学生の時は相撲が好きだったとか、高校生の時はパワーリストを着けて学校に行っていたとか、同じく高校生の頃には英国研修旅行21日間という企画で英国に行き、私はその名前も知らないのですが、実際に「グリーン・ノウの子どもたち」を著したL・M・ボストン夫人という人に会いに行ったりもしておられるなどと実に意外なエピソードも語っておられます。

その作品は二つのシリーズしか知りませんが、共に異世界ファンタジーで、構成がしっかりとした作品で、大人にとっても面白さは勿論、読みごたえも十分にある作品です。両作品ともにアニメ化されています。

「月の森に、カミよ眠れ」で 日本児童文学者協会新人賞、「精霊の守り人」で第34回野間児童文芸新人賞と第44回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、「闇の守り人」で第40回日本児童文学者協会賞、「守り人シリーズ」で第25回巌谷小波文芸賞、神の守人 来訪編、帰還編」で第52回小学館児童出版文化賞、「狐笛のかなた」で第42回野間児童文芸賞を受賞し、第51回産経児童出版文化賞の推薦作品となっています。

宇江佐 真理

時代小説作家の中でも「人情もの」に分類される作家は多々おられます。
そのなかでも宇江佐真理作品はお勧めです。

宇江佐真理作品では私はどちらかと言えば武家ものではなく、市井の人々を描いた作品が好きです。主人公を軽妙に動かし、読み手の心をつかむ文章は絶妙です。

この作家は函館在住の人らしいのですが、江戸の町、中でも深川についての描写は見てきたように描かれています。その舞台を背景にいつもの一日が始まり、それでも個々の人にとっては大事な出来事が起きて、そこに生活をする人々の思惑や情がからんでくる。そこを取り上げて極上の物語として私達の目の前に見せてくれるのです。

読み終えたあとの余韻がとても心地よく、ゆったりとその感動に浸るひと時があります。

特に「髪結い伊三次捕物余話シリーズ」がいい。

2015年11月11日のこと、突然、宇江佐真理氏が亡くなられたという記事が飛び込んできました。2015年11月7日に、乳癌のため函館市の病院で死去されたそうです。文藝春秋に闘病記「私の乳癌リポート」を書かれていたことも全く知りませんでした。
残念という言葉しかありません。合掌。

今井 絵美子

1945年 広島県生まれ

成城大学文芸学部卒
画廊経営、テレビプロデューサーを経て、執筆活動に入る。

1998年「もぐら」で第16回大阪女性文芸賞佳作
2000年「母の背中」で第34回北日本文学賞選奨。
2002年第2回中・近世文学大賞最終候補作となった「蘇鉄の人 玉蘊」を郁朋社より刊行。
2003年「小日向源伍の終わらない夏」で第10回九州さが大衆文学大賞・笹沢佐保賞受賞。
(出典 : 今井絵美子のページ 今井絵美子 略歴 より)

 

宇江佐真理高田郁と読んできて、他に読後感が心地よい作者はいないかと探している時に出会ったのが「立場茶屋おりきシリーズ」でした。

読んでみるとなかなかに読みやすいのです。文章もリズムがあり、何より、四季の移ろいの描写、人物の心理描写が丁寧な語り口で語られ、読後感が気持ちのいいものがありました。

宇江佐真理高田郁の語り口とはまた違った趣で人情を語っていて、お勧めです。

ただ、初期の作品での表現と現在とではその作風に少々違いが出てきています。丁寧な描写ではあるのですが、特に会話文で若干独特な言いまわしが出てきていて、少々感情移入しにくくなっているのです。

また、状況説明を会話の中で語らせたりする場面があったりと、私個人の好みの問題に過ぎないかも知れませんが、若干の違和感を感じています。当初の透明感のある作風が好みだったのですが。

健康を害されている旨のメールを頂いております。

無理をしない範囲で、納得のいかれる作品を書かれてください、としか言いようがありません。お大事になさってください。

追記

本稿の最終更新日が2017年2月25日だったのですが、その年の10月8日に永眠されていたそうです。

先に書いたように、近年の今井美恵子さんの作風が私の好みと離れていたため、最終更新日のあと一度も本稿を見ていませんでした。

そのため四年以上も今井さん死去の事実を知らずにいたことを悔いております。

遅ればせながらご冥福をお祈りいたします。

稲葉 稔

「問答無用」「糸針屋見立帖」「囮同心」といったシリーズものを夫々一、二冊ずつ読んでみました。

しかし、どうも面白いと思えない。キャラや舞台設定に入り込めませんでした。

「武者とゆく」や「研ぎ師 人情始末」は結構おもしろかったのに、その後に書かれた作品には面白さを感じることができませんでした。

なので、紹介もその二作品だけです。この作者は他にも多数の作品を出されていますので、それらの作品を未読の私は波長の合うものにあたっていないだけかもしれません。我が郷土熊本が輩出した作家さんでもあり、もう少し読み込んでみようと思います。

安生 正

1958年生まれ。京都大学大学院工学研究科卒業。

2013年、『生存者ゼロ』で作家デビュー。同作で第11回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。

2014年11月の現在で出版されている2冊は共に自衛官が主人公として活躍しています。作者の経歴は詳しくは判ってはいないのですが、なんらかの自衛隊関連の職務に就いていたのではないかとも思う程に自衛隊関連の描写がリアルです。しかし、単に「建設会社勤務」との記述だけがあるので、資料により書かれたのでしょう。作家であれば当然なのかもしれませんが、『生存者ゼロ』での細菌などの生物学、『ゼロの迎撃』での国内防衛システム、自衛隊関連法規等の描写など、その調査は詳細で良く調べられていると感じました。

2014年11月の時点でまだ二冊しか出されていないので、これからが楽しみな作家さんです。

夢枕 獏

30年以上前に、今は「朝日文庫」その他のレーベルになっているらしい、ジュブナイルと分類される「ソノラマ文庫」という文庫がありました。この文庫で菊地秀行の「魔界都市〈新宿〉」や高千穂遙の「クラッシャージョウ」などを見つけたものです。

後に「キマイラ・吼」シリーズとなる「幻獣少年キマイラ」を、天野喜孝氏(だったと思う)のイラストが印象的で購入したと覚えています。変身もののこの本は格闘技小説の片鱗も見え、SF、ファンタジーいずれともつかない変な魅力がありました。

その後この作家はエロスとバイオレンスの世界で花開くことになりますが、「闇狩り師」にしても「サイコダイバー」にしても、人の精神世界を描くという点では一致していると思います。

その精神世界の描写のひとつの到達点として「陰陽師」シリーズがあり、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」があるのではないでしょうか。共に怪異譚を描くのですが、その本質は人間の精神を言っているようです。この作家の各作品を通して語られるのはそうした人間の心の哀しさであるような気がします。

その文体は会話文が多く、短めのセンテンスをたたみ掛けてくるので、テンポよく読み進めることができます。漫画チックという言い方もできるかもしれませんが、それがまた私のような読者にはたまりません。軽く読めて、お勧めです。

ただ、この作家のシリーズものはどれも長い。20年を経てもなお終わっていないシリーズが何本もあります。

彼の書いたバイオレンスは格闘技小説というジャンルを切り開いたと言っても良いのではないでしょうか。

他方「神々の山嶺」のような山岳小説、更には釣りをテーマにした作品まで著しています。

以下のおすすめの作品は参考にすぎません。他にも面白い作品がたくさんあります。

お勧めの作家のひとりです。

笹本 稜平

この作家の本領は山岳小説にあるようです。山という自然に対峙する人間という構図がもっともその力量を発揮するようで、対象となる山が八千メートルを超える冬山であろうと、二千メートルに満たない奥秩父の山であろうとそれは変わりません。

山岳小説としては「還るべき場所」が一番好きなのですが、「天空への回廊」は山岳小説と一級の冒険小説とが合体しており、読み応えがあります。一方、「春を背負って」では山小屋を舞台として人間模様が展開されます。ここでは山は乗り越えるべきものではなく共に生きるべき自然として描かれています。人と人との繋がりが丁寧な筆致で描かれており、暖かな読後感が待っています。

山岳小説が面白いので上記のように書いたのですが、それ以外の冒険小説、警察小説も勿論面白い作品がそろっています。どうも、笹本稜平という作家は”個人”を描くことが上手いのかもしれません。山岳小説では勿論チームを組むのですが、それは個人同士のつながりであって、組織的な存在ではありません。警察小説でも、今野敏のような組織としての警察の物語ではないようです。

こうしてみると、この作家の作品は基本的にはハードボイルドなのかも知れません。従来使われた意味での主観を排し客観的描写に徹するという意味からすると異なりますが、男の矜持を大切にするというこの頃の”ハードボイルド”という言葉の使われ方からすると、まさにそうではないかと思われます。

物語はテンポよく進んでいき、読みやすい作品ばかりです。まだまだ未読作品が多い作家さんですので、今後も読み続けたい作家の一人です。

蛇足ですが、「春を背負って」は映画化もされています。仕上がりが楽しみです。

山岡 荘八

新潟県生まれ。十四歳で上京の後、長谷川伸に師事。昭和13年、懸賞小説に入選し文壇デビュー。昭和25年から新聞に『徳川家康』を 連載開始。十八年がかりで完成したこの大河小説は「経営トラの巻」としても幅広い読者を獲得、五千万部突破という戦後、最大のベストセラーとなる。同作品 で「吉川英治文学賞」を受賞(Amazon「山岡荘八」の項 参照)1978年、死去

山岡荘八といえば、まず挙げられるのは『徳川家康』(全26巻 山岡荘八歴史文庫版))でしょう。新聞連載開始が1950年3月ですから、戦後日本復興期の精神的な支えにもなったというのも理解できる話です。それまでに既に人気作家ではあったのですが、『徳川家康』で国民的作家としての地位を確立しました。

『徳川家康』では、戦中の従軍作家として多くの特攻隊員を取材した経験から家康の欲した「泰平」に重ね合わせて描こうとしたそうです。また、そうした経験を経たためか、皇国史観の信奉者でもあり、1974年には、保守団体「日本を守る会」を結成し、自衛隊友の会会長も務めていました。

昭和十五年には村上元三らとともに十五日会を結成し、「股旅物」で有名な作家、長谷川伸に師事したそうです。そのため、演劇的な作風を取り入れていて、ストーリーも会話もテンポよく進む作風だと言います。この「十五日会」は、後に「新鷹会」と改称され現在に至っています。

1967年には長谷川伸賞を受賞し、昌平黌短期大学名誉学長に就任。1968年に第2回吉川英治文学賞を受賞され、1973年には紫綬褒章を受章されました。