藤原 伊織

59歳という若さで亡くなられましたが、その作品群はどれも第一級の面白さがあります。

その小説はハードボイルドとも言われ、また冒険小説とも言われるようですが、分類は二の次として、エンターテイメントとして十分な読み応えで、物語としての厚みを感じさせてくれます。

ある文庫本のあとがきに郷原宏氏がこの作家の特徴について書いておられました。

第一は「端正で拡張の高いその文体」であり、第二に「軽快で歯切れのいい会話の面白さ」、第三に「個性的な登場人物の威力」だそうです。文芸評論家というプロの力を思い知らされました。

藤原伊織に限らず、面白い作品の書き手である作家は他の作家とどこが違うのだろうと常々思っていました。勿論それはストーリー構成であろうし、また、文体でもあるだろう、などと漠然と思っていたものです。しかし、これほど端的に示されると感心するしかありません。

作品の中で気のきいた会話に出会うと内心「やった!」と思います。厭味にもならず場面を壊しもしない、粋と言うしかない会話は、それ自体読み手である私を嬉しくさせてくれます。「やった」という表現はおかしいかもしれませんが、快哉を感じつつ読み進めさせてくれるのです。そして、そうした場面によく出会うのが藤原作品なのです。

藤原伊織の作品は、この気のきいた会話と無駄のない文体で非常にテンポよく読み進むことが出来ます。

面白い小説として自信を持ってお勧めできます。

還暦を前にして亡くなられたので新しい作品はもう読めません。作品数もそれほど多くは無いので是非一読されることをお勧めします。

藤沢 周平

(1927-1997)山形県生れ。山形師範卒業後、結核を発病。上京して五年間の闘病生活をおくる。1971(昭和46)年、「溟い海」でオール讀物新人賞を、1973年、「暗殺の年輪」で直木賞を受賞。時代小説作家として、武家もの、市井ものから、歴史小説、伝記小説まで幅広く活躍。『用心棒日月抄』シリーズ、『密謀』、『白き瓶』(吉川英治賞)、『市塵』(芸術選奨文部大臣賞)など、作品多数。( 藤沢周平 | 著者プロフィール | 新潮社 : 参照 )

この人の大半の作品は読んだと思います。

最初読んだときは、ある武士の日常を淡々と描き、そのまま格別の山場を迎えるでもなく終わってしまったことにあっけなさを感じたことを覚えています。それからしばらくは藤沢周平という人の作品からは遠ざかっていました。

しかし、知人から面白いからと渡されたことをきっかけに再度読み始めたらのめりこみました。以前の感じはなんだったのでしょう。

 

藤沢周平作品の魅力は、ストーリー展開もさることながらその文章、特に情景描写にあると思っています。町なみや田舎、山あいなどの物語の舞台があるがままに描かれ、その舞台上で登場人物が更に描きこまれ、自然な場面展開を促すのです。

前に藤沢周平作品について物足りなく思ったのは、その自然な物語展開にあったのかもしれません。

 

文章の美しさといえば三島由紀夫がまず挙げられると思いますが、三島由紀夫の華麗な文体とも異なる、強いて言えば『越前竹人形』の水上勉を思い出しました。

藤沢周平の作品も特定の本を選ぶことは困難です。参考程度のものと思ってください。

藤沢 周

一冊しか読んでいないので藤沢周という作家についての感想は未だ書けません。

その読んだ一冊についての感想を一言で言うと、人間の内心へ踏み込んだ描写が巧み、ということでした。経歴を見てみると芥川賞を受賞されていると知り、一人で納得したものです。「花村萬月」氏もそうなのですが、芥川賞を受賞するような作家さんはやはり「人間」を描くことが中心になるのでしょう。

ということで芥川賞受賞者をざっと眺めてみたところ、近年の受賞者の作品は吉田修一、辺見庸を除けば殆ど読んでいませんでした。1970年代の村上龍の「限りなく透明に近いブルー」、三田誠広、池田満寿夫、宮本輝、高橋揆一郎、高橋三千綱と結構読んでいるのですが、やはり純文学系の作品は読むのに体力を必要とするのでしょうか。

デビュー作は『ゾーンを左に曲がれ』(『死亡遊戯』と改題)で、『ブエノスアイレス午前零時』で第 119 回芥川賞を受賞されています。

福井 晴敏

スケールの大きな小説を書く人です。それでいて、ディテールまでこだわっておられるようで実に細かなところまで書き込まれています。

多くの作品で舞台となる世界は共通していて、防衛庁情報局のDAIS(ダイス)という架空の組織や特定の個人が複数の作品にわたって登場しています。

少々無理と思われる設定でさえも押し切ってしまい、それがあまり違和感も無く物語として成立するのは筆力のためでしょうか。それでいて、人間関係もかなり細かく描写してあるので夫々の立ち位置がはっきりしており、読み進む上でメリハリが付いて、読みやすさの一因ともなっているようです。

また、自衛隊がかなり重要な位置を占める作品が多く見受けられます。思想的にはどうなのかは良く分かりません。本人の言葉として「書いた時にはそれほどでもなかったテーマが、数年のうちに時代の方が作品に追いついてきた」という意味のことを言っておられます。あくまでアクション小説の舞台としての自衛隊を描いたのに結果としてリアリティーを持ってきたに過ぎないのか、そもそも「国を守る」意識の薄いと思われる現代に対する警鐘としてのきもちがあったのかは不明です。

描写が詳細にわたるためどの物語も長文になっています。構成のしっかりした、重厚の物語を読み込みたいひとにはうってつけでしょう。当たり前ですが、軽い物語を読みたい人には向かないと思います。

深町 秋生

「果てしなき渇き」が第3回『このミステリーがすごい!』大賞の受賞作品だと聞いてこの作家の作品を始めて読みました。

次いで読んだ「東京デッドクルージング」については当時のメモで「面白くない」と書いています。その一年後、何故か今度は「アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子」を読んでいるのです。

似た印象の作家で木内一裕という人がいますが、この人の作品は続けて読んでいるので、深町秋生という作家とどこが違うのか、そのうちにまた深町秋生の違う作品を読んで比べて見たいと思います。

上記は2015年5月に書いた文章です。その後この作者の作品を読み続けていたのですが、次第に面白くなってきているように思います。

特に近年の作品の『探偵は女手ひとつ』や『卑怯者の流儀』などの面白さからは眼を話せなくなってきています。

上記の二冊は共に短編集なのですが、軽いハードボイルドミステリーで読みやすく、それでいて主人公の造形が良くできているとともに、脇役の登場人物たちも生き生きとしていて引き込まれます。

両者ともに続編を期待するところですが、今のところ出版されていません。

平井 和正

青春時代が昭和30年代から40年代前半だという人なら殆どの人は知っている桑田次郎作画でヒットした名作「8マン」や、石森章太郎作画の「幻魔大戦」の原作者です。

SF作家として「メガロポリスの虎 」「アンドロイドお雪」など実に面白かった事を覚えています。当時私は中学生ではなかったでしょうか、狼男を主人公とした「狼男だよ」を読んで、その一人称のかっこいい文体に驚き、憧れたものでした。

はっきりとは覚えていないのですが、多分平井和正のどの本かのあとがきで大藪春彦について書いていたはずなのです。その文章で大藪春彦という作家と作品を知り、ハードボイルドという言葉も知ったと記憶しています。

百田 尚樹

1956(昭和31)年、大阪市生まれ。同志社大学中退。放送作家として「探偵!ナイトスクープ」などの番組構成を手がける。2006(平成18)年『永遠の0』で作家デビュー。他の著書に『海賊とよばれた男』(第10回本屋大賞受賞)『モンスター』『影法師』『大放言』『カエルの楽園』『雑談力』などがある。( 百田尚樹 | 著者プロフィール | 新潮社 : 参照 )

百田尚樹という人は「探偵!ナイトスクープ」などの構成作家として長年勤めていると聞きます。だからこの作家は読み手の心に迫るストーリーの組み立が上手く、人間を描くのが上手いのでしょう。

作品ごとにその舞台設定が全く異なり、更には読者が全く知らない世界についての情報小説的なところもありながら、その上で登場人物が個性的で小説としての面白さがあるのですから、人気が高いのは良く分かります。

この人を語る上ではその舌下事件を抜きにしてはいけないでしょうね。その数も多すぎて、例示すらも困難なほどですが、NHK経営委員を務めたりする公的な身分をも有する人としては、如何なものかという気はします。

なお、「永遠の0」「モンスター 」は共に2013年に、「海賊とよばれた男」は2016年に映画化され、好評を博しました。ただ、「モンスター 」は2014年11月現在ではまだDVDとしては発売されていません。

半村 良

半村良の作品は「およね平吉時穴道行」というSF短編集に始まり、ほぼ全部を読破していると思います。

その作品ジャンルは多岐にわたり、一つに絞ることはできません。でも少々乱暴に分ければ「産霊山秘録(むすびのやまひろく)」を始めとする伝奇小説の分野と、直木賞を受賞した「雨やどり」等の現代の人情ものとに大別できるのではないでしょうか。

不確かな記憶で申し訳ないのだけれど、「物語を紡ぐ作家でありたい」という趣旨のことを本のあとがきだったかどこかで半村良本人が語っていた記憶があります。また、これまた曖昧なのですが、影響を受けた本として国枝史郎の「神州纐纈城」(しんしゅうこうけつじょう)を挙げていた記憶があり、そのような物語を書きたいと思っていたそうです。

とにかく半村良という人は面白い物語の語り手として、確かにその仕事を果たしていると言えるのではないでしょうか。本当に残念なのですが2002年に68歳で亡くなられました。伝奇小説が好きな人はぜひ読んでみてください。

原 尞

日本でハードボイルド小説といえばこの作家、原尞を挙げないわけにはいかないでしょう。そのくらい正統派のハードボイルド作家として愛されてきた作家さんだと思うのですが、いかんせん寡作です。そのすべてが沢崎探偵の物語ですが、19年間で長編4作、短編1作、エッセイ集が一冊という出版数なのです。

この少ない出版数で第102回直木賞、ファルコン賞、第9回日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞を受賞し、第2回山本周五郎賞の候補に挙がっています。

どこか東直巳の畝原探偵を思い出しました。ただ、畝原探偵の方は家族を守ると言う意味も含めて生活臭が前面に出でいるのに比べ、沢崎探偵にはその匂いは全くありません。個人的には畝原探偵の方好みなのですが、正面からチャンドラーのような物語というと原尞作品になるでしょうか。

この作者はレイモンド・チャンドラーが好きなそうです。であればフィリップ・マーロウということになりそうなのだけれども、マーロウのような軽口は叩かないのです。まあ、そのような探偵であればフィリップ・マーロウものを読めばいいわけで、わざわざ原尞が同じような主人公を描く必要もないので、それは当り前なのでしょう。

蛇足ながら、原尞という人は元々フリーのジャズピアニストだそうです。この人のジャズを聴いてみたい気がします。

花村 萬月

この作家はあまり数を読んでいないので大きなことは言えないのですが、もともと芥川賞出身の作家のためでしょうか、人間の「生」を突き詰めていく人のように思えます。その結果、直截的な生の発露としての「性」、「暴力」といった、人の営みの中でも他者との係わりの極限とも言うべき行いが前面に出ているようです。その人間の根源を問う作品の代表として「ゲルマニウムの夜」から始まる、「王国記」シリーズがあるのでしょう。

一方、「武蔵」他のエンターテインメント性の高い作品もあります。

どちらにしても花村萬月という作家の行う単語の選択、そしてその単語で綴られる文章は強烈です。あまりこういう作家は知らなかったので、ある意味新鮮でもありました。具体例をと思いましたが、手元に本がなく、今後調べて載せたいと思います。

ウィキペディアでこの人の履歴を読んでみると結構なアウトローでした。だからこその作品群なのでしょう。その個性は強烈なだけに好き嫌いが分かれると思います。個人的には作品によっては好きな作家さんだと思います。

なぜかこの人の作品を読みながら馳星周を思い出してしまいました。共通点はあまり無いように思うのですが、何故連想してしまったのでしょう。強いて言えば、共に人間の暗部を描いているということでしょうが、だからといって、文体もあまり似ているとは思えないのですが、よく分かりません。

1989年に「ゴッド・ブレイス物語」で第2回小説すばる新人賞を、1998年に「皆月」で第19回吉川英治文学新人賞を、1998年には「ゲルマニウムの夜」で第119回芥川龍之介賞受賞を受賞しておられます。