未来のおもいで 白鳥山奇譚

未来のおもいで 白鳥山奇譚』とは

 

本書『未来のおもいで 白鳥山奇譚』は2004年10月に光文社文庫から、2022年12月に徳間文庫から256頁で出版された、長編のSF小説です。

著者お得意のタイムトラベルもののロマンス作品で、熊本県と宮崎県との県境に実在する白鳥山を舞台とした、軽く読める作品です。

 

未来のおもいで 白鳥山奇譚』の簡単なあらすじ

 

イラストレーターをしている滝水浩一は、熊本県の白鳥山を登っていた。白鳥山は立地の不便さゆえに入山者が少なく秘境のイメージがある。滝水の目的は、湿地を抜けた所に咲く山芍薬の花の群生。この光景は一年のうちに数週間しか見ることの出来ない。しかし、今年は登山中に雨に降られた。そのとき、彼の前に現れた、美しい女性・沙穂流。滝水は彼女に惹かれ、置き忘れた手帳を手がかりに訪ねてゆく。そこで、彼女がまだこの世に誕生していない存在であることを知るのだった……。
時を超えて出会った男女の恋愛を描く、長編SFファンタジー。

初版刊行時に映画化企画があり、著者本人により書かれたシナリオを収録。

解説:犬童一心(映画監督)(内容紹介(出版社より))

 

 

未来のおもいで 白鳥山奇譚』の感想

 

本書の著者梶尾真治はロマンチックなラブストーリー、それも時間旅行を背景とするラブロマンスを得意とする作家だと言えます。

そして、本書『未来のおもいで 白鳥山奇譚』はまさにロマンチシズム溢れるタイムトラベルもののラブストーリーそのものです。

SFそれも時間旅行ものに関してはタイムパラドックスの処理をどうするか、という点が一つの関心事だと思うのですが、本書はその点をもそれなりに解決してあります。

というよりも、ラブストーリーである以上は二人の恋の行方の処理もまた重要な点ですが、その点も併せてうまく処理してありました。

 

本書は頁数も少ないのですが、私が読んだ光文社版では一頁の行数が十三行と文字数も少ないため、簡単に読むことができます。

近年出版された徳間文庫版では改定もされているらしいのですが、内容に大きな変更はないということです。

 

本書『未来のおもいで 白鳥山奇譚』の主人公は滝水浩一というイラストレーターです。この男が熊本県と宮崎県との県境にある白鳥山へ上ったときに突然の雨に遭い、同じく雨具を持たないでいた藤枝沙穂流という美しい女性と出会います。

後にその女性に再度会いたくて、忘れ物の手帳を頼りに書かれていた住所を探しますが、藤枝という家はあっても藤枝沙穂流という女性は存在しませんでした。

一方、藤枝沙穂流もまた滝水から預かっていたリュックカバーに書かれていた住所を頼りに滝水を探しますが、その住所に滝水という人物はいませんでした。

しかし、再度白鳥山の件の洞窟へ行くと、藤枝沙穂流からの手紙の入った箱が置いていあったのです。

 

本作は、物語が単純であるだけに、設定や展開が簡単に過ぎるという印象は否めず、、梶尾真治のタイムトラベルものの面白さという点では『クロノス・ジョウンターの伝説』や『つばき、時跳び』のような作品の方に軍配が上がるかもしれません。

 

 

ただ、軽く、気楽に読めるわりには二人のロマンスは心惹かれます。そこは梶尾真治という作家の筆の力なのでしょう。

軽い気持ちで読むには適した作品だと思います。

 

ちなみに、本書も「キャラメルボックス」という演劇集団により「すべての風景の中にあなたがいます」というタイトルで舞台化されています。

クロノス・ジョウンターの黎明

クロノス・ジョウンターの黎明』とは

 

本書『クロノス・ジョウンターの黎明』は『クロノス・ジョウンターシリーズ』の第二弾で、2022年10月に272頁の新刊書で刊行された長編のSF小説です。

待望のと言ってもいい、続編が書かれるとは思ってもいなかった作品なのですぐに読みましたが、若干の期待外れの一面もありました。

 

クロノス・ジョウンターの黎明』の簡単なあらすじ

 

仁科克男は、ある日勤務先近くのレストランの店主が撮った自主映画を観せてもらい、そこに映っていた女性・清水杏子に惹かれた。しかし、彼女は撮影直後、事故で亡くなったという。その直後、会社の人事異動で、系列の新会社P・フレックに出向することになり、開発業務に就くことになった。仕事内容は「時間軸圧縮理論」を応用した装置を作り出すという途方もないこと。同僚の野方によると、それは時間を操作し、過去や未来へ行くことが出来る装置らしい。そして、彼はこの装置を”クロノス”と呼んでいた。克男は、この装置を使えば、杏子を助けることが出来るのではないか、と思いつき……。
前作『クロノス・ジョウンターの伝説』(全7篇。徳間文庫)に収録された作品は、二度の映画化(2005年「この胸いっぱいの愛を」、2019年「クロノス・ジョウンターの伝説」)と、5回舞台化され、再演を繰り返した人気シリーズ。その最新作を刊行。
(また、この舞台版の上演台本は、毎年数件以上、学生・社会人演劇で上演され続けている人気作)(内容紹介(出版社より))

 

クロノス・ジョウンターの黎明』の感想

 

タイムマシン物としてはかなりの人気を誇る著者 梶尾真治 の前巻『クロノス・ジョウンターの伝説』は短編小説集だったのですが、本書は長編小説です。

クロノス・ジョウンター」とは物質過去射出機、つまりはタイムマシンのことであり、本ブログの『クロノス・ジョウンターの伝説』の項で簡単に説明してあります。

それが、

「クロノス・ジョウンター」とは「時間軸圧縮理論」を採用したタイムマシンであり、過去に戻ればその反発で戻った過去の分以上の未来へ飛ばされてしまうという欠点を持っています。

ということであり、通常のタイムトラベルもののパラドックスの問題に加え。この欠点故のドラマが繰り広げられます。

 

 

そして、その「クロノス・ジョウンター」の開発の様子が描かれているのが本書『クロノス・ジョウンターの黎明』です

短編集だった前巻『クロノス・ジョウンターの伝説』は「クロノス・ジョウンター」の持つ欠点を焦点にした物語だったのですが、本書は「クロノス・ジョウンター」開発のきっかけや開発行為そのものを描き出しています。

そのためでしょうか、前巻『クロノス・ジョウンターの伝説』に比べて物語の持つ熱量が今一つのような印象を受けました。

前巻は基本的にラブストーリーであり、それもクロノス・ジョウンターの持つ欠点からくる制限故の、自己犠牲的な愛情の発露が要になっていました。

ところが、本書『クロノス・ジョウンターの黎明』ではその過去への遡行とその反発による未来へのジャンプという現象がないために、ラブストーリーの哀切感があまり感じられません。

 

物語は、たまたま見かけた八ミリ映画に登場していた清水杏子という女性に恋をしてしまった仁科克男という人物と、未来から送られてきた手紙を受け取りやはり清水杏子に恋をしてしまう青井秋星の二人の物語からなっています。

正直なところ、前著『クロノス・ジョウンターの伝説』の内容をあまり覚えていませんでしたので、本書読了後に前著の内容を調べたところ、前著での登場人物が幾人か本書で登場していました。

本書の最後に付されているクロノス・ジョウンター関連の年表でも、前著でのそれぞれの短編の主人公であった野方耕市吹原和彦などのエピソードがさらっと触れられているのです。

これはもう一度『クロノス・ジョウンターの伝説』を読み直す必要があると痛切に感じました。

そうすれば本書の印象ももう少し変わったかもしれません。

 

著者 梶尾真治 は、時間旅行をテーマにした純愛ものが一番得意な分野であり、面白いと思っているのですが、そうしたいくつかの作品の中に『クロノス・ジョウンターの伝説』にも登場してくる機敷埜風天などというキーマンが登場してくるのも一興です。

例えば『デイ・トリッパー』という作品がそうで、合わせて読んでみるのもいいと思います。

機敷埜風天とは個人的な収集物を展示した博物館の館長という設定ですが、そこに「クロノス・ジョウンター」も展示してあったりするのです。

 

 

こうした点から、梶尾真治の得意とする時間旅行ものとロマンス物とのミックスである筈の本書が、ロマンスの点でも時間旅行の面でも若干の不満を残す結果となってしまったのは残念でした。

とはいえ、今更ではありますが、ほかの作品と比較して残念だったというだけであり、それなりの面白さを持っている物語だった、とも言えるのです。

彼女は弊社の泥酔ヒロイン :三友商事怪魔企画室

本書『彼女は弊社の泥酔ヒロイン :三友商事怪魔企画室』は、コミカルと言い切っていいのか不明なヒーローものの長編SF小説です。

文庫本で261頁というあまり長くない作品ですが、私の好みからは少し外れた作品でした。

 

三友商事の新入社員、中田栄子は、酒を飲むと超人的な能力を発揮する特異体質の持ち主。だが飲酒により異界から「怪魔」と呼ばれる化け物をも呼び寄せる、というジレンマがあった。その力に注目した従姉の美宇と上司の友田は、戸惑う栄子を「Aクライ・プリンセス」というスーパーヒロインに仕立て、会員制護衛ビジネスを立ち上げる―。新人OLの成長を見守るSF的お仕事小説!(「BOOK」データベースより)

 

SF小説とは書きましたが、むしろファンタジー小説といった方がよさそうなほどに科学的な根拠は全く無視した作品です。

そして、シリアスな物語とは到底言えず、しかしコミカルと言い切っていいのかは疑問で、おふざけ作品と言い切る人もいそうな、何とも形容しがたい作品でした。

主人公は中田栄子という女性で、娘とともに住む祖父の家に居候することになります。その家には従姉の美宇という娘がいて、この娘が何かと栄子の面倒を見ることになります

そして何より栄子には、酒を飲むと魔物を呼び寄せてしまい、自分はその魔物を退治するべきス―パーウーマンへと変身するという大きな秘密があったのです。

三友商事の新入社員であった栄子は、社長の息子でもある上司の友田の下で、美宇の助けを借りながら、スーパーヒロインとして会員制の護衛組織を立ち上げることになるのでした。

 

もともと、梶尾真治という作者は時間旅行ものを得意とし、更にはシリアスというよりはロマンチックな語りを得意としている作家さんだと思ってきました。

もちろん、日本SF対象を受賞した『サラマンダー殲滅』や『黄泉がえり』のようなシリアスな作品も書かれないわけでありません。

 

 

しかし、梶尾真治作品の中では本書『彼女は弊社の泥酔ヒロイン』のように「ゆるい」物語は初めて読んだような気がします。少なくともすぐに思い出せる物語はありません。

スーパーヒロインものだからというわけではありません。そのヒロインが飲酒をきっかけに変身するからというわけでもなく、物語自体の設定自体が全て「ゆるい」のです。

主人公がスーパーヒロインになる理由が曖昧なのはまあいいでしょう。

しかし、主人公の就職先での配属先が新設部署であったり、そもそも上司が二代目であり自由度が高くスーパーヒロインになる主人公を利用した事業を起こそうと考えることなど、どうにも安易です。

もちろん、その前に主人公の祖父の家である下宿先にいた従姉がスーパーヒロインオタクであり、コスチュームまで作っていたことなどまさにそうです。

そして、そうした「ゆるい」設定だから物語がドタバタコメディになっているというわけでもなく、主人公は彼女なりに深刻に悩んでいたりもします。

 

ところが、さすがに梶尾真治作品だと思い知らされます。

それは、すべてが「ゆるい」中で進行する物語の中で、主人公がスーパーヒロインに変身すること自体が化け物を呼び寄せるというユニークな設定になっていることです。

それゆえに主人公は自分がスーパーヒロインになるべき理由への疑問に加え、そもそも怪物を呼び寄せてしまう、というの自分の存在理由への根本的な謎を持つのです。

こうした点で、作者お得意の時間旅行をテーマにした物語においても、いろいろなアイデアで異なる状況下での時間旅行の物語を紡ぎだしてきた作者の力量が示されます。

そうした、妙にゆるゆるの設定の中で悩みながら、母親や祖父、そして従姉たちの力を借りつつ、「怪魔」と呼ばれる化け物を退治していく主人公が描かれるのです。

 

ただ、さすがに梶尾真治の物語としての魅力は持っているものの、個人的な好みはまた別であり、やはりすべてを肯定し面白い、とまでは思えない作品でした。

黄泉がえりagain

あの大地震から二年。熊本で、死者が次々生き返る“黄泉がえり”現象が再び発生した。亡くなった家族や恋人が帰還し、驚きつつ歓迎する人々。だが、彼らは何のために戻ってきたのだろう。元・記者の川田平太は、前回黄泉がえった男とその妻の間に生まれた、女子高生のいずみがその鍵を握ると知るのだが。大切な人を想う気持ちが起こした奇跡は、予想を遙かに超えたクライマックスへ―。(「BOOK」データベースより)

 

梶尾真治著の『黄泉がえりagain』は、かつて映画化もされたベストセラー『黄泉がえり』の続編の長編のSF小説です。

 

その『黄泉がえり』には、「益城町下を走る布田川活断層の熊本市寄りの地域」で「震度7の揺れ」が起きかけるという、まるで2016年に発生した熊本地震を予言したかのような設定があったそうです。私は全く忘れていました。

もちろん偶然ですが、この熊本地震をきっかけに本書『黄泉がえりagain』が書かれたそうで、小説は『熊本日日新聞』土曜夕刊に、1999年4月10日から2000年4月1日まで連載されました。

 

 

前回の「黄泉がえり」から十七年、熊本の街に再び黄泉がえり現象がおきます。

本書の中心人物の一人で『黄泉がえり』にも登場していて今はフリーランスのライターである川田平太は、二年前に死んだはずの母親が黄泉がえったことを知ります。

そこに肥之國日報時代の後輩の室底から連絡が入り、調べてみると熊本市電のB系統沿線で黄泉がえりが発生していること、今回の黄泉がえり現象の中心にいるのは一人の女子高校生であることに気が付きます。

また、意外な人物も黄泉がえり、前回の黄泉がえりとは少々その様相を異にしていることが次第に明らかになっていくのでした。

 

今回の黄泉がえりは前回ほどのロマン性はないと言っていいかもしれません。黄泉がえりという不可思議な現象自体は超生命体の存在という一応の解明がなされているので、今回は何故再び黄泉がえり現象が起きたのか、という点に焦点が当たっています。

途中、本書の現象の中心に位置する一人の女子高生をめぐる出来事が起きたりもしますが、そのこと自体はあまり意味を持ちません。その出来事自体は尻切れトンボと言ってもいいほどです。

すべてはクライマックスに向かって突き進みます。ただ、その過程の描き方がいかにも梶尾真治であり、熊本に、そして人間に対する優しさに満ち溢れているのです。

 

本書は「熊本」が舞台で、それも熊本地震がテーマであるため、実際熊本地震に遭遇した私にとっては一段と身近に感じられる小説でした。

事実、本書の冒頭で、ある女性の、「秘密のケンミンSHOW」を見ていた、という一文がありますが、まさに前震が来たとき、私も家族とともに「秘密のケンミンSHOW」を見ていました。そして、その翌日の深夜(16日)に本震が来たのでした。

さらに言えば、熊本城内にある「熊本城稲荷神社」についても書かれていますが、この神社の先代宮司は私の飲み友達でもありました。若い頃に、仲間とグループを作り飲み歩いた仲間でしたが、先年若くして逝ってしまったのは残念です。

そしてもう一点。本書には天草をかすめ宇土半島方向から上陸した1991年の19号台風、通称「りんご台風」についての記述があります。

私も熊本に被害をもたらした台風が1991年の19号台風だとずっと信じていたのですが、調べてみるとこの19号台風は長崎の佐世保付近に上陸していて、宇土半島付近には上陸していません。この点は作者の勘違いなのか、私のさらなる間違いなのか、定かではありません。

 

話題が本書から離れてしまいましたが、本書の「解説」の中で大矢博子氏は、本書の主人公は「熊本」だ、と書いておられますが、まさにその通りだと思います。

以上述べてきたように熊本という街が舞台になっていることもそうではあるのですが、梶尾真治という作家は、熊本県民の、「熊本」という地方の再生に対する“思い”そのものを描いていると思うからです。

そんな「思い」を実感したのが、地震に関する情報が整理されていく中で、熊本城の悲惨な状況を見て胸が苦しくなったのを感じたときでした。熊本のシンボルとは言っても、まさかこのような哀しみにとらわれるとは自分でも意外でした。

周りの人たちにしても、自分の家の復旧も大変なのに、熊本城の復旧に多額の費用を費やすことに異論を聞いたことがありません。それだけ、熊本城が市民、県民の心に息づいているものだと、あらためて思い知らされたものでした。

 

本書では、ネタバレにはならないと思うので書きますが、その熊本城の築城主である加藤清正が登場してきます。

熊本県民が清正公(せいしょこ)さんと親しみを込めて呼ぶ清正公は、思いのほかに熊本市民、熊本県民の心に根差しているのです。ただ、本書での加藤清正に対する登場人物たちの思い入れを、他の地方の読者にどれだけ分かってもらえるのだろうか、その点に若干の心配があります。

 

今回、再び黄泉がえりが始まったのは何故か。物語はクライマックスに向けてテンポよく進みます。

その結末そのものは納得がいくかどうかはさておいても、少々まとまりが良すぎる気もします。

とはいえ、素直に考えれば文句を言う方がおかしいのであり、そうした感想は一読者の身勝手な感想でしかないでしょう。

怨讐星域(全三巻)

タイムトラベルものを得意とする梶尾真治による、星間宇宙船内部での出来事や未知の惑星での冒険心にあふれた生活を描く、「ノアズ・アーク」「ニューエデン」「約束の地」とそれぞれにサブタイトルがついた、文庫本で全三巻という長さを持つ大河小説です。

ある日、太陽の異変により地球の消滅が現実のものとなります。各国は秘密裏に一隻の巨大星間宇宙船ノアズ・アークを作り、密かに選抜された人たちを乗せて、百七十二光年先に見つかった人類の生存が可能を思われる惑星(「約束の地」)へと旅立ちます。

地球に残された人々は、アジソン米大統領を始めとする宇宙船で旅だった人たちについて、自分たちが助かるために地球を見捨てたとして非難するのでした。

しかし、宇宙船が旅立てすぐに物質転送機が発明されます。地球に残された人々はこの物質転送機を使い、ノアズ・アークが向かった移住先の星へとジャンプするのです。

第一巻目はこの間の事情が説明され、ノアズ・アークが旅立った後の地球で新世界へとジャンプする人、地球と共に死に絶えようとする人々、そして新世界についての何の情報も無く未知の惑星に放り出された人々のそれぞれの生活が、個別に、独立した短編のように描かれています。

第二巻目になると、地球は既に無く、星間宇宙船ノアズ・アーク内、そして「約束の地」のそれぞれで新しい環境に応じた生活が営まれ、また世代交代が進んでいくのです。

つまりはこの物語を通しての主人公というものは存在せずに、当初登場してきた登場人物の子孫や、新たに登場する人たちが物語を引き継いでいきます。そして、今は消滅してしまった地球を全く知らない世代も登場し、宇宙船内部での生活や「約束の地」での暮らしが、やはり独立した物語として語られています。

ただ、「約束の地」においては、ノアズ・アークで旅立った人々をアジソン米大統領一派として憎しみの対象として捉えるようになっていました。見知らぬ惑星で生き延びるために、憎しみの対象を別途設け、その憎しみを生き抜くエネルギーとしていたのです。

そして、最終巻では「約束の地」へとたどり着いたノアズ・アークと、「約束の地」で一応の安定した生活を営むようになっている人々との邂逅が描かれます。

ここでは憎しみの対象となっているアジソン米大統領一派の乗るノアズ・アークが「約束の地」に近づくにつれ、「約束の地」での庶民の生活が、一人のアジテーターにより、憎しみが宗教的な教義のような主張へと変化していく様が描かれています。

この物語は、これまでの梶尾真治の物語からするとかなり違和感を感じるものではありました。

特に結末は一千頁を超える分量の物語の結末としては淋しく、若干物足りなさを感じたものです。この点は著者自身が「異論もあるでしょう」と書かれておられますから、まんざら個人的な好みの問題というわけでもなさそうです。

その意味でも梶尾真治の作品の中ではベストに入るとは思えない作品でした。

こうした恒星間旅行をテーマにした作品といえば、R・A・ハインラインの『宇宙の孤児』やA・C・クラークの『遙かなる地球の歌』などが思い出されます。でも、宇宙船内部での物語というと『宇宙の孤児』ということになるのでしょう。

「物質転送」という観点から見ると、小説では思いだす作品はありませんが映画にはよく出てきますね。一番メジャーなものとしては『スタートレックシリーズ』があります。エンタープライズ号からの転移の場面が随所に出てきます。下掲のイメージは現時点(2018/03/08)での最新作で、クリス・パイン主演の「スター・トレック BEYOND」のものです。

また、ちょっと前の作品になりますが、ジェフ・ゴールドブラムでリメイクされた『ザ・フライ』という映画があります。物質転送機に紛れ込んだ一匹の蠅と合体させられてしまった男の恐怖を描いた作品でした。

杏奈は春待岬に

「春待岬」に建つ洋館。そこに住む少女に、ぼくは一目惚れした。でも、そのときは知らなかった。会えるのが、桜の咲いている間だけだなんて。もちろん、歳をとるのがぼくだけで、彼女が永遠に、少女であり続けることも―“時の檻”に囚われた彼女を、なんとしても救い出す!そのためには、“クロノス”を―気がつけば、愛する人よりも大人になっている。そんなとき、あなたは、どうしますか?そして“ぼく”の選択を、どう思いますか? (「BOOK」データベースより)

梶尾真治の一番得意とする変形のタイムトラベルものの長編恋愛小説です。

天草で銃砲店を営む祖父母のもとに行ったときに、春待岬の先端で十歳の白瀬健志少年が見かけたのは「杏奈」と呼ばれている美しい少女でした。一目でその少女に恋をした健志は、それからは春になれば毎年のように天草を訪れ密かにその少女を眺めているのでした。

ある年、その洋館に忍び込み、直接に杏奈と話すことになった健志ですが、そこで聞いた話は信じられないものでした。彼女は春先の桜の咲く頃の数日間だけこの岬にあらわれる存在であり、一年後に会うときは、健志にとっては一年後のことでも、彼女にとっては連続した日、今日の翌日でしかないというのです。

健志は何とか時間の罠にとらわれてしまった杏奈を救うために、タイムマシンの研究に生涯をかけようと決心します。

登場人物としては、ほかに杏奈の兄や、健志を岬の洋館に連れて行ってくれたカズヨシ兄ちゃん、それに青井梓という女性などの登場人物がいて、健志の成長を見守り、そして時だけが流れるのでした。

この梶尾真治という作者のデビュー作である『美亜へ贈る真珠』も似た設定でした。ただ、こちらの場合は恋人同士の存在する空間の時間の流れが異なるために、彼の前では彼女は塑像のように硬直して見えるのです。じっくりと時間をかけて観察すればほんの少しずつ動いているのが分かります。勿論、彼女の流す涙も長い時間をかけて落ちて行くのでした。

一歩間違えば感傷過多のロマンチシズムに陥りそうな設定を、ほのかな恋模様を背景にしながらも、変形のタイムトラベルもののSFとして仕上げられているこの物語は、その後の梶尾真治の方向性を示す作品だったと思います。


タイムトラベルをテーマにした小説は数多くありますが、私が読んだ中ではR・A・ハインラインの『夏への扉』を外すわけにはいきませんし、近頃読んだ作品で言うと、畑野智美の『タイムマシンでは、行けない明日』はなかなかに面白い作品でした。

夏への扉』は、冷凍睡眠により未来で目覚めた主人公が、タイムマシンで過去に戻り、過去に裏切られた仲間への復讐を果たそうとする話です。「夏への扉」を探す猫のピートの話から、猫の小説としても高名なこの物語は、古くからの日本のSFファンの間では一番人気の作品だといっても過言ではない名作です。

なお『夏への扉』に関しては福島正実訳のものが有名ですが、2009年に小尾芙佐氏による新訳版も出ていて、こちらも評判が良いようです。

タイムマシンでは、行けない明日』は、高校1年生の丹羽光二が、自動車事故で死んだ同級生の長谷川さんを助けるべく過去へ戻るためのタイムマシンの研究をしようと進んだ仙台の大学で、思いもかけず過去へと旅をすることになる物語です。青春小説ともいえるこの物語は、序盤から貼られていた伏線が丁寧に回収されていくその過程がなかなかに読み応えがありました。

タイムトラベルものといえば、映画も多くの名作があります。まず思い出されるのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』であり、『バタフライ・エフェクト』や『LOOPER/ルーパー』『デジャヴ』ですし、日本では『時をかける少女(実写版)』『地下鉄に乗って』など、きりがありません。ここでは内容までは立ち入りませんが、どの作品も面白く見た映画です。

まろうどエマノン

地球に生命が誕生して以来の記憶を受け継がせるため、エマノンは必ず一人の娘を生んできた。しかし、あるとき男女の双生児が生まれて…。「かりそめエマノン」小学四年生の夏休みを曾祖母の住む九州で過ごすことになったぼく。アポロ11号が月に着陸した日、長い髪と印象的な瞳をもつ美少女エマノンに出会った。それは忘れられない記憶の始まりとなった。(「BOOK」データベースより)

エマノンシリーズの三作目です。中編の「かりそめエマノン」「まろうどエマノン」という二編が収められた作品集です。

「かりそめエマノン」は、養護施設の愛童園で育てられ、江口夫妻の養子になったという過去を持つ荏口拓麻という少年を中心として話は進みます。このシリーズの主人公であるエマノンは、一人の娘を産み、その記憶を引き継ぐことで太古からの記憶を受け継ぐのですが、昭和二十年前半に生まれた男女の双子の片割れが拓麻だったのです。

その拓麻は自分には女の兄弟がいたと言う記憶を持っていました。また自分に不思議な力があることにも気づいており、そのためか常に自分の存在意義を探し求めていたのですが、物語の最後にその理由を探し当てます。

残念ながら、安っぽいC級のSF映画のような印象でした。梶尾真治という作家の力からすると、こんなものではなく、同じ設定でももう少しきちんと練り上げられた物語を紡ぎだすことができたと思うばかりです。

このシリーズにはときおり十分考えられていないという印象を受ける作品があるのですが、本作品もその中の一遍でした。

「まろうどエマノン」は、廣瀬直樹という小学四年生の、九州の中ほどにある父親の田舎で過ごしたひと夏の物語です。十歳になった直樹は、長い黒髪をしたエマノンと名乗る女性と出会います。エマノンの頼みに応じ、罠にかかった「ましら」を助けることになった直樹は、ちょっとした冒険に乗り出すことになるのです。

この物語も、梶尾真治の他の作品で読んだことがあるような物語でした。私の郷里熊本を思わせるとある田舎町での、十歳の少年のひと夏の出来事が描かれますが、主人公が私と似た年齢でもあり、郷愁を感じさせる物語ではあるのですが、やはり、この作者の物語にしては何となく物足りない、と言う印象を抱いてしまう作品でした。

両作品共に面白くないとまでは言いませんが、梶尾真治と言う作者への期待の高さもあって、物足りなさばかりが目立つ結果でした。

でも、梶尾真治の物語としての雰囲気は十分持っているので、SF若しくはファンタジーとしての完成度をそれほど求めることもなく、カジシンワールドを楽しむことが第一義の読者にはそうした不満は無いかもしれません。

さすらいエマノン

ながい髪に、印象的な瞳とそばかす。ジーンズをはき、E・Nとイニシャルを縫いこれまたナップザックをかかえた少女。彼女の名前はエマノン―四十億年分の記憶とともに生き続ける存在。彼女の身体の中には、『地球』とおなじだけの喜びや悲しみが積み重なっていた。人類の祖先をすくった意思を描く「さすらいビヒモス」や、化学兵器汚染地区での物語「まじろぎクリィチャー」などの五篇を収録。前作「おもいでエマノン」同様、鶴田謙二のイラストでおくるシリーズ第二弾。待望の初文庫化。(「BOOK」データベースより)

エマノンシリーズの二作目の連作短編小説集です。勿論、膨大な記憶を受け継ぐエマノンを巡る物語ではあるのですが、前作とは若干物語の構成が異なり、エマノン個人の物語というより、すでに起きている超自然的な現象を解決するためにエマノンが関わっていくという流れになっています。

「さすらいビヒモス」では町中で暴れる象、「まじろぎクリィチャー」ではアメリカのメイン州にある禁忌区に出現する怪物、「あやかしホルネリア」では意思をもった赤潮、「まほろばジュルバリ」ではアマゾンの乱開発現場の悪い精霊、「いくたびザナハラード」では人間を滅ぼそうとする超意識、といった超自然的な存在に対し、エマノンがその現象に対処するべく現れるのです。

結局は、物語の中では自然を越えた現象への対応が語られますが、それは人間の自然に対する敬意が無くなってきているところに起きる自然の反応であり、梶尾真治という作家の自然に対する姿勢が表れているのでしょう。

人間に対する自然の反抗というテーマはSFのジャンルでは結構普遍的なものとして在るのではないでしょうか。名作と言われるB・オールディスの『地球の長い午後』や日本では貴志祐介の『新世界より(文庫版全三巻)』もそうだと言えるでしょう。共に、遠い未来の人類が衰退し、植物相が異常に発達していたり、動物が変な進化をしていたりする世界を舞台にしている作品で、共にアイディアというよりは物語の世界のイメージの秀逸さ、壮大さに驚かされます。

異常な植物相という点では、大人気の宮崎アニメの一つである『風の谷のナウシカ』の腐海のイメージなども同じと言えるかもしれません。そう言えばこの物語も人間の欲により一度は滅んだ世界が再度人間の欲により危機を迎えるという物語でした。

本書は、こうした自然と人間とをテーマに、タイムトラベルの変形というべき物語です。前にも書いたように、梶尾真治という作家のアイデアに満ちた小説です。

おもいでエマノン

大学生のぼくは、失恋の痛手を癒す感傷旅行と決めこんだ旅の帰り、フェリーに乗り込んだ。そこで出会ったのは、ナップザックを持ち、ジーンズに粗編みのセーターを着て、少しそばかすがあるが、瞳の大きな彫りの深い異国的な顔立ちの美少女。彼女はエマノンと名乗り、SF好きなぼくに「私は地球に生命が発生してから現在までのことを総て記憶しているのよ」と、驚くべき話を始めた…。(「BOOK」データベースより)

本書を第一巻とするエマノンのシリーズは現時点で五冊が出ています。そして、本書『おもいでエマノン』には生命誕生から現在までの記憶をもった少女を主人公とした、八作の短編が収納されています。

簡単に一、二作の内容を紹介すると、一番最初の「おもいでエマノン」はフェリーの中で知り合ったエマノンと名乗る少女との出会いと別れがあり、そして十三年の後の、エマノンの過去の記憶を持った八歳ほどの少女との出会いと別れがあります。その少女は、自分にとっては、好きだったという思い出は数時間も数十年も同じく刹那であって変わらない、と言うのです。彼女の負っている時の記憶の凄まじさの一端が示されます。

次の「さかしまエングラム」は、エマノンの血を輸血されたことで膨大な過去の記憶を引き継ぎ、その記憶に押しつぶされそうになっていた都渡晶一少年が、治療のために催眠術療法を施され、逆進化を始める物語です。

このように、本書の基本にある「記憶の継承」というアイディアが秀逸であることはもちろんなのですが、各短編もよくぞこれだけのアイディアが出てくるとただ感心するばかりです。

タイトルからすると少女漫画的な、メルヘンチックな物語のような印象を受けますが、そうではありません。そういう物語も無いとは言いませんが、梶尾真治という作家の本質をもった物語集ではないかと思えるのです。というのも、私が梶尾真治に出会ったデビュー作の『美亜へ贈る真珠』という短編とニュアンスが似ていて、そのことは梶尾真治の多くの作品にもあてはまると思えるからです。

『美亜へ贈る真珠』という作品は、細かな設定はもう覚えてはいないのですが、時間の流れが極端に遅くなる機械の中にいる青年と機械の外にいる娘の恋物語でした。そして、本作品集のタイトルにもなっている一作目『おもいでエマノン』も、ひたすらにエマノンを想うその心情を主題としています。共に、若干の感傷とロマンティシズムに彩られた小説だと思えます。

また、本書の主人公は地球上に生命が誕生した時から現在までのすべての記憶を受け継いでいる娘です。それこそ原初の海のアメーバの頃からの記憶を持っているのです。それは、時間軸と異にする二人の物語である『美亜へ贈る真珠』と同じく、タイムトラベルものの変形と言えると思います。

ただ、この小説『おもいでエマノン』が梶尾作品の中で最高だ、などと言うつもりはありません。それどころか、この作者の物語の完成度からするとかえって低い点数と思える作品が多いかもしれません。

物語自体の粗さもそうなのですが、エマノンが自分が過去の記憶を持っているということを簡単に他人に語っていることなど、この能力は誰しも目をつけるものでしょうし、記憶内容を欲しがることでしょう。が、そのことについては何も触れられてはいません。でも、まだ最初の一冊なので他の物語で語られるだろうことを期待しています。

でも、本書の書かれた時期をみると、三十年以上も前の作品ばかりなので、それも仕方のないことなのかもしれません。

壱里島奇譚

梶尾真治お得意の故郷熊本を舞台にした癒し系のファンタジー長編小説です。

現代の科学では解明できない謎の商品“おもしろたわし”を調査してほしい―。商社マン・宮口翔一は常務からの特命を受けて、生産地の天草諸島の壱里島へ飛んだ。しかし、その小さな島は強力なパワースポットと化し、奇妙な現象が次々と起こっていた。翔一は知り合ったオカルトライター・機敷埜風天とともに“問題の地”信柄浦岳を目指すが…。西の涯ての伝説の地で何が起こったのか?感動と驚愕の癒し&奇跡系ファンタジー。(「BOOK」データベースより)

主人公の宮口翔一は、故郷熊本の観光スポットでもある天草にある壱里島という島で「おもしろたわし」という不可思議な代物を調べるように命じられ、その地で不思議な出来事に出合います。

いつものタイムワープものではありません。その代わりに、ある不思議な存在が設定されています。いつもならば時間旅行を使うところをこの不思議な存在を道具としているのです。

更には、梶尾真治作品の特徴の一つであるロマンチシズムが、無いとまでは言いませんが一歩引いています。代わりに恋人や家族、そして家族に対する想いが全面的に展開されています。

この作品では、核廃棄物処理施設建設という現代的な問題が正面から取り上げられています。宮口は町長らが推進するこの建設に反対し、一大運動を展開しようとするのですが、そこに前述の不思議な存在がかかわってくるのです。

この作家はあまり現代の社会問題を正面から取り上げることはあまり無いように思います。『エマノンシリーズ』などをみると自然を破壊する人間の開発行為に対する警鐘を読み取ることができる作品が少なからずあります。でも、本書では主人公自らが反対運動の中心人物となって動くのです。

ただこの作家のことですから、一般の社会派の小説のように運動を描くことで核廃棄物処理施設の問題を浮かび上がらせる、などという道筋はたどりません。そこでファンタジーの系譜に連なる展開を見せるのです。

また、私個人としては梶尾真治の作品の中でベスト3に入る作品だと思う『クロノス・ジョウンターの伝説』に出てくる機敷埜風天という重要人物も顔を見せ、物語に深く絡む重要な役割を果たしている点も見逃せません。