10 -ten-

リーグ戦四連覇を目指す強豪・城陽大ラグビー部が初戦に大勝した夜、監督が急死。チームはヘッドコーチから昇格した七瀬に引き継がれた。彼は従来の城陽ラグビーと相反する戦術を試みるが、亡き監督の息子でキャプテンの進藤は反発。OBも介入し、チーム内に不協和音が。新たな戦術にこだわる七瀬の真意とは。そして、最後に栄冠をつかむのは誰か!?(「BOOK」データベースより)

 

スポーツ小説の第一人者だといえる堂場瞬一がラグビーをテーマに描いた長編小説です。

 

ヘッドコーチの七瀬は、リーグ戦の途中で急死した進藤監督のあとを継ぐことになります。

現在の城陽大ラグビー部は、フォワードの突進力こそ鍵であり、現チームのキャプテンで進藤前監督の息子である進藤はその戦術こそ進藤前監督の意思だと信じて疑いません。

しかし七瀬は選手自身が自分の頭で考えてその場でゲームメイクをする、それこそが自分の高校時代の恩師だった進藤前監督の意思だと信じていました。

理不尽なOBたちの圧力や、前監督の亡霊に縛られているように思える選手たちとの壁に拒まれ、なかなか自分の意思を実行できずにいた七瀬ですが、リーグ戦もあと数試合を残すまでになっていました。

 

本書は、この七瀬と進藤現キャプテンとの対立を中心に、現在のチームがどのように変貌していくかを描いてあります。

そして、試合の進め方が問題になっているのですから、当然ラグビーの試合の様子を描くことになります。ラグビーというあまりルールも知られていないスポーツを紹介しながらの描写ではありますが、蹴り上げられたボールを確保すべく飛び込む選手の恐怖感やぶつかりう肉体とその痛みなどが実に真に迫っているのです。

スポーツ小説である以上、クライマックスとなる試合の描写などは一番の見せどころであり、それは陸上でも野球でも変わりません。

ただ、ラグビーの場合一般にルールが知られていないこともあり、更にはやはり道具を使わない肉体の闘いであるチームプレイという特殊性から、その描写は困難だっただろう思います。

その壁を超えたところで描き出してある本書の描写は見事です。

 

先般読んだこの作者の『二度目のノーサイド』という作品よりもより、ラグビーというスポーツそのものを描いてある小説といえます。

 

池井戸潤の経済小説が人気です。その作品の要は『陸王』にしろ『下町ロケット』にしろ、主人公による胸のすく終盤の逆転劇にあります。思いもよらない反撃により敵をたたきつぶし凱歌を挙げるのです。

 

 

本書も同様のカタルシスがあります。ただ、本書では勝負の結果は二次的です。結果はどうあれ、悔いのない戦い方をしたという事実のもたらす爽快感は明確に残り、感動の余韻に浸ることができます。

 

ラグビーの試合をそう何度も描くことができるとは思えません。仮に描いたとしても新たな仕掛けを用意する必要はあるでしょう。でなければ本書のような試合の感動は描けないと思います。

ということは本書のような小説は最早読めないのかもしれません。再度の機会を待ちたいと願うばかりです。

二度目のノーサイド

元実業団ラガーマンの桐生は仕事にも家庭にも中途半端な生活を送っている中年会社員。同点の末、くじ引きで負けた最終試合が忘れられない。そんな時、元マネージャーだった同僚の死を知る。「俺はこのままでいいのか」スポーツキャスターになった者、田舎で教師になった者、問題のある金融会社に入り、警察に追われている者…。予算削減による廃部以来、離散していたチームメイトたちと、もう一度あの日の試合に決着をつけるために、連絡を取り始めた桐生。果たして再試合を迎えることはできるのか。(「BOOK」データベースより)

 

ラグビーを主題にした長編小説です。

 

作者の堂場瞬一は、どちらかというと警察小説、それもハードボイルド系の警察小説の書き手という印象が強い作家さんだと思われます。

しかし、そもそもデビュー作が野球、それもメジャーリーグに挑戦する日本人を描いた『8年』というスポーツ小説であったし、その作品で第13回小説すばる新人賞を受賞もしておられます。

そのスポーツ系の小説の中で2018年の11月現在で、三冊ほどラグビーを主題にした作品を書かれていて、本書はそのうちの一冊です。ただ、そのうちの一冊は『風色デイズ』というアンソロジー短編集なので長編としては本書のほかに『10 -ten-』の一冊だけということになるのでしょう。

 

スポーツ小説といえば、ほとんどの場合、それは即ち青春小説と言ってもいいと思われます。例えば箱根駅伝に挑戦する若者たちを描いた 三浦しをんの『風が強く吹いている』や陸上のスプリンターの道をまい進する少年の物語である 佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』(講談社文庫全三巻)などがあります。

 

 

しかし本書はそうではありません、既に消滅してしまった社会人ラグビーチームの最後の試合に心残りを感じていたラガーマン達が、自分の中でのけじめをつけるただそれだけのために再度試合をして決着をつけようとする、言わば再生の物語です。

そのため、当時の仲間の全員を集めようとするその過程を描いてあるのですが、中でも問題を抱えている三人の様子を描いてあります。

その第一番目が、最後の試合に負けた責任を一人で背負っている当時のキャプテンである島幸彦です。同点でのくじ引きで外れくじを引いてしまった自分を責めて一人自分の内に閉じこもっています。

次に、今は花形のスポーツキャスターとして人気の村瀬潤です。キックのスペシャリストのスタンドオフとしてラグビーは生き様であり、だからこそ仕事で汚したり、恥をかいたりしたくないのだと言います。

そして、今回の再試合のきっかけを作った小塚良知がいます。彼の勤める会社「ゴールドトレーニング」が詐欺容疑で立件されるらしく、彼も行方不明になっているのです。

 

彼等はそれぞれに問題を抱えていて、実はラグビーに対し情熱を燃やしていながらもどこか臆病になっていて再試合への参加を拒むのです。

主人公である桐生威は、そんな彼らを必死にくどき落とすためにあがきます。その姿が胸をうちます。

 

ここで一歩引いてみると、本書は描かれるスポーツがラグビーでなくても成立する物語でもあります。問題は自分たちが関わったスポーツをきっかけとして自分の生き方を見つめなおす、そうした物語であるようです。

ただ、ラグビーには肉体がぶつかるコンタクトスポーツでありながらチームワークが強く要求されるスポーツであることからくる特有の“熱さ”があります。この“熱さ”が本書の原動力になっていると言えないこともありません。

 

ところが、若干ですがこの熱さが前面に出すぎという気がするのです。

確かに、最終試合の内容が決して納得のいくものではないところからくる不完全燃焼感を引きずることがないとは言えないでしょう。

しかし、そのことが五年も経ってからの再試合へと結びつくかというと疑問はあります。もっと気楽な試合であれば理解できないでもありませんが、本書のような熱意は少なくとも自分にはありません。

作者もラグビーの経験者であり、グラウンドの熱気を体験したことのある人ですから、その思いが強烈に出ているのでしょう。

その点ではもう一冊の『10 -ten-』のほうがラグビーそのものを描いてある印象はあります。

 

とはいえ、「熱い」物語である本書の面白さを否定するものではありません。自分の生きざまをもう一度見つめなおす、そうした「熱い」物語です。

ちなみにタイトルの「ノーサイド」とは、戦い終えたら両軍のサイドが無くなって同じ仲間だという精神」を意味します( ノーサイド : 参照 )。激しいスポーツであるがゆえに言われる言葉なのでしょう。

交錯

白昼の新宿で起きた連続殺傷事件―無差別に通行人を切りつける犯人を体当たりで刺し、その行動を阻止した男がいた。だが男は、そのまま現場を立ち去り、そして月日が流れた。未解決事件を追う警視庁追跡捜査係の沖田大輝は、犯人を刺した男の僅かな手がかりを探し求めていた。一方、同係の西川大和は、都内で起きた貴金属店強盗を追って、盗品の行方を探っていた。二人の刑事の執念の捜査が交錯するとき、それぞれの事件は驚くべき様相を見せはじめる。長篇警察小説シリーズ、待望の第一弾。(「BOOK」データベースより)

この作者にしては珍しい(と思える)、二人の刑事の活躍を描く長篇警察小説です。シリーズ化されており、その第一作目でもあります。

行動派の沖田大輝と頭脳派の西川大和という二人の刑事が主人公です。沖田は、新宿で起きた無差別殺人犯人を刺して小学生を助けた男を探し、西川は青山で起きた貴金属店強盗を追っています。沖田は時計マニアであって、そのことを通じて西川刑事の追う事件との繋がりが生じてくるのです。

ただ、私が予想する展開になればご都合主義的だと思っていたらその通りになったりと、若干私の好みとは違うところもありますが、それでもなお面白いと思う小説です。それだけ私の好みに合った作家であり、物語だと言えるのでしょう。

ちなみに、西上心太氏の「あとがき」によると、本作品の舞台となる「警視庁追跡捜査係」とは架空の部署ですが、この作品が発表された2009年の11月に「特命捜査対策室」という未解決事件(コールドケース)を専門的に捜査する部署が設けられたそうです。

そしてこの「特命捜査対策室」を舞台とした小説としては、佐々木譲の『特命捜査対策室シリーズ』や、今野敏の『スクープシリーズ』、曽根圭介の『TATSUMAKI 特命捜査対策室7係』などがあります。

検証捜査

神谷警部補は、警視庁捜査一課の敏腕刑事だったが、伊豆大島署に左遷中。彼に本庁刑事部長から神奈川県警に出頭命令が下る。その特命は、連続婦女暴行殺人事件の犯人を誤認逮捕した県警そのものを捜査することだった。本庁、大阪、福岡などから刑事が招集されチームを編成。検証を進めるうち、県警の杜撰な捜査ぶりが…。警察内部の攻防、真犯人追跡、息づまる死闘。神谷が暴く驚愕の真実!警察小説。(「BOOK」データベースより)

何らかの失策により伊豆大島署に左遷されていた神谷警部補が、その腕を見こまれ再び警視庁本庁に特命チームのメンバーとして復帰し、過去の自分の失策にも絡む誤認逮捕事件を調査することになります。

このチームのメンバーが警察庁の永井管理官をリーダーとし、尋問能力に長けた大阪府警監察室の島村、体力バカの福岡県警捜査一課の皆川、北海道警の婦警である保井凛、それに神谷警部補というメンバーなのですが、このチームの個々人の書き込みをもう少し丁寧に描いてくれていたらもっと私好みの物語になったのではないかという印象はぬぐえません。

とは言え、当初はバラバラだった彼ら特命班が、個々に抱える闇を暴かれることに対する恐れを抱いていたりしながらもそれぞれに個性を発揮し活躍するという、決して目新しい設定ではないのですが、個人的には面白く読みました。そこはやはりこの作者の上手さと言うべきなのでしょう。

このようなチームで活躍する警察小説と言えば、まずはエド・マクベインの『87分署』を筆頭に挙げるべきでしょう。美文調で知られるマクベインのタッチで、アメリカ東部に位置する都市アイソラを舞台に、スティーブ・キャレラを筆頭とする87分署刑事課の刑事達が様々な事件に立ち向かう様子を描いています。黒沢明の映画『天国と地獄』もこのシリーズの『キングの身代金』が基になっていることでも有名です。

近時の日本の小説で言えば、今野敏の『安積班シリーズ』が思い浮かびます。今野敏のテンポのいい文体に乗せられて、人情味豊かな安積警部補率いる刑事課強行犯係安積班の面々が力を合わせ事件を解決していく人気シリーズです。佐々木蔵之介主演でテレビドラマ化もされ、かなりの人気を博しているそうです。

警察小説とは全く関係ない話で恐縮ですが、私は、このような分野ごとのプロが集まってチームを作り特定の目的を達成するという構図は、どうしても『プロフェッショナル』という結構古い映画を思い出してしまうのです。バート・ランカスターや リー・マービンといった往年のスターが出ているアクション映画で、銃や馬、追跡などのプロが活躍する1966年の西部劇映画です。本書とは全く関係のない映画の話でした。

十字の記憶

新聞社の支局長として20年ぶりに地元に戻ってきた記者の福良孝嗣は、着任早々、殺人事件を取材することになる。被害者は前市長の息子・野本で、後頭部を2発、銃で撃たれるという残酷な手口で殺されていた。一方、高校の陸上部で福良とリレーのメンバーを組んでいた県警捜査一課の芹沢拓も同じ事件を追っていた。捜査が難航するなか、今度は市職員OBの諸岡が同じ手口で殺される。やがて福良と芹沢の同級生だった小関早紀の父親が、20年前に市長の特命で地元大学の移転引き止め役を務め、その後自殺していたことがわかる。早紀は地元を逃げるように去り、行方不明になっていた…。(「BOOK」データベースより)

本書には記者である福良孝嗣と刑事である芹沢拓という二人の探偵役がいます。彼らは高校時代の同級生であり、扱う事件の根底に二十年前の高校時代の一夜が絡むことから協力関係を築くのです。

この作家の中では異色の雰囲気を持った作品でした。というのも、この作者の描く推理小説は作品の情景描写等の書き込みも緻密で、大部分の作品は、どちらかというとハードボイルドタッチの孤高な男を主人公に据えたものが多かったように思います。

しかし、本作品は作者自身も「本作は警察小説ではありますが、一方で青春小説でもあります。」と言っているように、探偵役の二人の高校時代からの友情に対する試金石のような側面もあってか、いつもなら登場人物の書き込みなどが緻密に為され、物語のリアリティを増しているのに、今回はその緻密さをあまり感じませんでした。

この作家には推理小説作家とは別の貌があります。それはスポーツ小説の書き手という貌であり、ベストセラーともなった『チーム』やラグビーを描いた『二度目のノーサイド』など、そちらでは見事な青春小説を書かれています。とくにラグビーの世界を描いた小説を私は他に知りません。作者本人が経験者ということもあるのでしょうが、推理小説の世界での男くさい物語がスポーツの世界でも描写されているのです。

ところが、本書では推理小説でありながら青春小説としての側面も持つ、という試みをされたと言われてますが、決して上手くいっているとは思えなかったのです。過去の青春時代につながるという犯罪動機の面で読者である私を納得させるものではなく、不満が残ったものと思われます。

新聞記者と警察官という、慣れ合ったり、情報の交流などはあってはいけない対立的な立場にあって、しかし青春の一時期を共有した二人の関係性を主軸に、謎解きは謎解きとしてそれなりに面白く読んだ小説でした。しかしながら、この作家の他の作品と比すとどうしても要求が大きくなってしまうのです。

警察(サツ)回りの夏

甲府市内で幼い姉妹二人の殺害事件が発生し、その母親が犯人の疑いをかけられていた。日本新報甲府支局のサツ回り担当の南は本社復帰への足がかりにと取材していたが、警察内部のネタ元から母親逮捕の感触を得る。特ダネであるその情報は、しかしとんでもない事態を引き起こすのだった。

最初は普通のミステリーとして、犯人と目されている母親とは別に意外な犯人像を持ってくる、くらいの軽い気持ちで読み進めました。しかし、途中からどうも雲行きが怪しくなります。それが、ネット社会や報道のあり方への問題提起でした。でも、物語としてはそこから更により大きな問題を見据えていることに気づきます。

話はの視点は日本新報の南という記者から南の恩師である高石のそれへと変わっていきます。ここから例の朝日新聞の誤報問題へとつながるテーマが浮かび上がってくるのです。小説の設定としては勿論全く異なる状況ではあるのですが、構造は朝日新聞の問題と似たものを持っているのです。

本書は直接には表現の自由の一環としての「報道」のあり方について考えさせられる作品です。「報道の自由(表現の自由)」は民主主義の根幹をなす重要な権利であり、報道の自由が確保されないところに国民の知る権利は絵に書いた餅にすぎなくなります。近時わが国でもきな臭さを感じないこともないのですが、本書を読んでいると、そうしたことまで考えてしまいます。

ここで表現の自由をテーマにした小説として有川浩の『図書館戦争』が思い浮かびました。こちらはより娯楽性の強い物語で、直接的に図書館を守ろうとする図書隊という武装組織を設定し、そこに恋模様を絡ませながら楽しく読める物語として仕上げられています。岡田准一と榮倉奈々を配して映画化もされました。

より大きく、社会的なテーマを潜ませた小説をみると、名作と言われるものが数多くあります。古くは松本清張の『砂の器』や高木彬光の『白昼の死角』に近時では雫井脩介の『検察側の罪人』や柚月裕子の『最後の証人』などが面白く読んだ小説と言えるでしょうか。