御上覧の誉-口入屋用心棒(37)

寛永寺御上覧試合に東海代表として出場が決まったものの、未だ負傷した右腕が癒えない湯瀬直之進は、稽古もままならず、もどかしい日々を送っていた。続々と各地の代表が決まる中、信州松本で行われた信越予選では、老中首座内藤紀伊守の家臣室谷半兵衛が勝ち名乗りを上げる。だが、江戸では内藤家に仕える中間の首なし死体が発見され、内藤紀伊守の行列を襲う一団が現れた。不穏な気配が漂う中、遂に御上覧試合当日を迎える!人気書き下ろしシリーズ第三十七弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十七弾の長編痛快時代小説です。

 

沼里で行われた東海地方予選を勝ち抜いた直之進は、沼里で退治した盗賊の首領から受けた傷が未だ癒えていないままに、近く行われる上覧試合本選へと出場しなければならないのだ。

「秀士館」の医術方教授の雄哲の治療を期待していたものの、雄哲は他出していて不在であり、治療もままならないでいた。そんなときに訪ねてきた新美謙之介の持っていた霊鳴丸という薬を飲んで本選へと臨む直之進だった。

一方、富士太郎は老中首座内藤紀伊守の中屋敷に奉公する中間のものと思われる首なし死体の探索に振り回されていた。

また佐之助は、淀島登兵衛の頼みで内藤紀伊守の警護を頼まれる。普段は四月ほど前の襲撃を防いだ室谷半兵衛を召し抱え、その者に警護を任せているというが、室谷半兵衛は内藤紀伊守の為した理不尽な移封で家禄半減となった遠州浜松井上家の家臣だったのであり、佐之助への依頼にはその室谷の監視もあるということだった。

 

御上覧試合という一大イベントでもう少し物語を続けていくものかと思っていたところ、本巻で試合は終わってしまいます。

代わりに、本書冒頭から不在だった「秀士館」の医術方教授の雄哲は、物語の最後になっても「秀士館」に戻っていません。次巻はこの雄哲不明の謎が軸になるものだと思われます。

ともあれ本書では、直之進は勿論上覧試合を勝ち抜いていきます。天下一の剣士は誰なのかは実際に読んでもらうとして、その試合の様子も読みごたえがあります。

また、それとは別に佐之助の見せ場も作ってあります。かつては互いに仇敵のように闘っていた相手ではありますが、今では死線を越えた者同士の交流があり、繋がりがあるのです。

それに加えて、富士太郎の探索が絡んでくるのもいつものパターンです。

ただ、特に富士太郎の探索の場面は簡潔です。物語の流れの上であまり必要がないからということもあると思われますが、もう少し丁寧に描いて欲しいという印象はありました。

でも、痛快時代小説としてテンポよく読み進めることができる物語です。そして鈴木英治という作家の代表シリーズの一作として、一定水準の面白さは確保できているのです。面白いシリーズであり、作品であるのも当たり前でしょう。

ついでに言えば、本作の四分の一ほどは上覧試合の試合の描写が為されています。このように、剣術の立ち合いのみで見せる物語といえば、海道龍一朗の『真剣 新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱』があります。剣聖と言われた上泉伊勢の守信綱の生涯を描いたこの作品は、求道者の一つのあり方を描いた作品としては最高の作品の一冊だと思います。

旅立ちぬ: 吉原裏同心抄

幼馴染の汀女とともに故郷の豊後岡藩を出奔し、江戸・吉原に流れ着いた神守幹次郎は、剣の腕を見込まれ、廓の用心棒「吉原裏同心」となった。時は流れ、花魁・薄墨太夫が自由の身となり、幹次郎は汀女、薄墨改め加門麻との三人で新しい生活を始める。幼い頃に母と訪ねた鎌倉を再訪したいと願う麻に応え、幹次郎らは鎌倉へ向かう。旅からはじまる新しい物語、開幕。 (「BOOK」データベースより)

シリーズも新しくなり名称も「吉原裏同心抄」となった、吉原裏同心新シリーズの第一弾です。

 

汀女と共に吉原に拾われ、吉原のために働いてきた夫婦が、新しい家族を得、三人として吉原と共に生きてゆく物語が始まりました。

新しいシリーズの第一弾は、加門麻の新しい人生の門出に、幼い頃の記憶をたどり母と行った鎌倉へ行ってみたいとの麻の望みに応えて汀女との三人での旅にでます。

ただ、その前に今の吉原で起きている事件を片付ける必要がありました。一つは吉原にある四か所の社の賽銭泥棒であり、もう一つは麻が薄墨時代に可愛がっていて今は新造になったばかりの桜木の様子が気にかかるということでした。

賽銭泥棒は廓外で世話になっている同心の桑平市松の力を借りて事件を解決し、桜季の異変は桜季の姉の死の原因について噂を吹き込んだ人物いたことを突き止め、これをもまた一応の解決を見ます。

やっと鎌倉へと旅立った三人でしたが、そこでも三人を監視する目がつきまとい、館蔵においてもちょっとした事件が待っているのです。

 

新シリーズとなり、新たな物語の門出、ということになりますが、物語としてはそれほどに変わったところはありません。

ただ、薄墨改め加門麻が神守幹次郎と汀女の住む柘榴庵に共に住むことになったことが変化ではあります。しかし、物語の流れとしてみると変化はないと言っていいと思われます。

「旅からはじまる新しい物語、開幕。」という惹句ではありますが、本書を読む限りでは新しい物語とは言えないようです。今後の展開を期待していようと思います。

狂犬の眼

狂犬の眼』とは

 

本書『狂犬の眼』は、『孤狼の血シリーズ』の第二巻目であり、2018年3月に刊行され、2020年3月に文庫化された作品で、文庫本で384頁の長編の警察小説です。

大上に育てられた日岡のその後の様子を描いてあり、第一巻『孤狼の血』に比して若干迫力に欠けますが、それなりの面白さを持った小説です。

 

狂犬の眼』の簡単なあらすじ

 

広島県呉原東署刑事の大上章吾が奔走した、暴力団抗争から2年。日本最大の暴力団、神戸の明石組のトップが暗殺され、日本全土を巻き込む凄絶な抗争が勃発した。首謀者は対抗組織である心和会の国光寛郎。彼は最後の任侠と恐れられていた。一方、大上の薫陶を受けた日岡秀一巡査は県北の駐在所で無聊を託っていたが、突如目の前に潜伏していたはずの国光が現れた。国光の狙いとは?不滅の警察小説『孤狼の血』続編!(「BOOK」データベースより)

 

狂犬の眼』の感想

 

本書『狂犬の眼』は、日本推理作家協会賞を受賞し、直木賞の候補作ともなった『孤狼の血』の続編です。

 

 

前作『孤狼の血』の終わりで、駐在所に飛ばされたあと復帰した日岡は、マル暴担当の刑事として、まるで大上がそこにいるかのような姿で後輩を導いている場面で終わっていたと覚えています。

二年も前に読んだ作品なのでもしかしたら間違っているかもしれませんが、でもあまりは外れてはいない筈です。

 

県北部の町の駐在所に飛ばされている日岡秀一は、久しぶりに訪れた「小料理や 志の」で、対立する組の組長を殺し、指名手配を受けている国光寛郎と出会い、その人生が変わってしまいます。

「暴力団は所詮、社会の糞だ。しかし、同じ糞でも、社会の汚物でしかない糞もあれば、堆肥になる糞もある。」という日岡は、国光寛郎が「堆肥になる」ものかどうか見極めようとし、国光を見かけたことを上司にも報告しないのです。

 

日岡の眼を通した大上章吾という強烈なキャラクターとその周りの極道の男同志の付き合いの姿を描いた前作と比べると、本書『狂犬の眼』は、は全くと言っていいほどに異なります。

本書で描かれているのは日岡と国光の二人だけと言ってもいいかもしれません。

孤狼の血』で描かれていたのが菅原文太の映画『仁義なき戦い』であるとするならば、本作は高倉健の映画『日本侠客伝』と言えるかもしれません。

バイタリティーに満ち溢れた前者と、様式美の後者と言うと言い過ぎでしょうか。


ただ、疑問点もあります。例えば、冒頭の場面で、国光が初対面の日岡に心を許す理由は不明です。

日岡との間にかつて大上と懇意にしていた瀧井一之瀬といった男たちがいたにしても、やるべきことをやったら日岡に手錠をかけさせる、と言うまでに日岡を認めた理由はよく分かりません。

それ以前に、「志の」の晶子が日岡を引きとめる理由もよく分かりません。日岡に会わせたくない客がいるのなら、日岡を追い返さないまでも、早めに帰ると言う日岡を引きとめるべきではないでしょう。

他にも細かな疑問点はありますが、そうした点は覆い隠すほどの迫力を持っている作品です。本作『狂犬の眼』で、警察という組織よりは個人と個人との繋がりを選んだ日岡は、大上章吾の跡継ぎとして成長していると言うべきかもしれません。

いずれにしろ、日岡というキャラクターの成長、そして国光という極道との交流は、読み手の「漢」または「侠(おとこ)」に対するある種の憧れを体現するものであり、心をつかんで離さないのです。

 

極道ものの走りといえば、尾崎士郎が自分自身をモデルとした青成瓢吉を主人公とした『人生劇場』という長編小説の中の「残侠篇」から作られた映画「人生劇場 飛車角」があります。任侠、ヤクザ映画の大本になった作品とも言えるでしょうか。

 

 

また、火野葦平の『花と竜』も繰り返し映画化された作品です。北九州を舞台にした玉井金五郎という港で荷物の積み下ろし作業を行う沖仲士の物語であり、作者火野葦平の父親をモデルとした作品だそうです。

 

 

ついでに言えば、筑豊の炭坑を舞台にした五木寛之の『青春の門』の「筑豊篇」でも、主人公の父親伊吹重蔵と塙竜五郎というヤクザを描いた作品もありました。

 

 

話はそれましたが、何よりも映画『仁義なき闘い』こそが前作『孤狼の血』のイメージです。

本書『狂犬の眼』もその流れに乗ってはいますが、どちらかと言うと前述のように高倉健の演じた日本任侠伝に出てくる男たちの印象の方が近いと思います。

バイタリティに満ち溢れた前作から、男の美学を中心に描いた本作へと変化しているように思えるのです。

いずれにしろ、本作後の日岡という大上とは異なる出来上がった日岡の物語を読んでみたいものです。

それにしても、改めて柚月裕子という作者の極道の描き方のうまさには関心させられました。

 

また、映画も続編が作られており、その内容は全くのオリジナルだそうです。

配役を見ると鈴木亮平が敵役を演じていて評判も悪くはないのですが、どうも印象が「悪役」ではないのが気にかかります。

ところで、実際に映画を見ると鈴木亮平の印象はかなりハードなものになっており、さすがの役者さんとは思えました。

しかし、肝心の映画のストーリー自体が現実味にかけており、他の俳優さんたちがヤクザ映画としての迫力はなく、残念でした。

 

ちなみに、本書『狂犬の眼』の続編として『暴虎の牙』が出版されています。そこでは本書以後の日岡の姿が描かれています。

 

ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常

鎌倉の片隅にひっそりと佇むビブリア古書堂。その美しい女店主が帰ってきた。だが、入院以前とは勝手が違うよう。店内で古書と悪戦苦闘する無骨な青年の存在に、戸惑いつつもひそかに目を細めるのだった。変わらないことも一つある―それは持ち主の秘密を抱えて持ち込まれる本。まるで吸い寄せられるかのように舞い込んでくる古書には、人の秘密、そして想いがこもっている。青年とともに彼女はそれをあるときは鋭く、あるときは優しく紐解いていき―。(「BOOK」データベースより)

「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズの第二作目です。

プロローグ 坂口三千代『クラクラ日記』(文藝春秋)I
第一話 アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(ハヤカワNV文庫)
第二話 福田定一『名言随筆 サラリーマン』(六月社)
第三話 足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房)
エピローグ 坂口三千代『クラクラ日記』(文芸春秋社)II

 

栞子がやっと退院してきました。大輔は、坂口三千代の『クラクラ日記』を五冊も店先にある均一台に置くように頼まれます(プロローグ)。

第一作目の第二話『落穂拾ひ・聖アンデルセン』で登場した小菅奈緒が、妹の小菅結衣の読書感想文を見て欲しいと言ってきます。しかし、栞子は、結衣は『時計じかけのオレンジ』は読んでいないと言い、何故そう考えたかを聞かせるのでした(第一話)。

高校時代に大輔と付き合っていた晶穂が、亡くなった父親の蔵書を売ることになっていたと言ってきます。大輔は栞子と二人で晶穂の実家へと向かい、数十万円の本があると言われますが、そうした本はありませんでした。そして栞子は亡くなった父親の晶穂に対する思いをとあることから推測し、伝えるのです(第二話)。

一人の男がビブリア古書堂まで抱えてきた本の査定を頼んだまま、帰ってしまいます。その男が足塚不二雄の『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房版の初版)の買い取り価格を聞いてきたため、栞子は、何故か男は同書を持っているとして、男の家を推理して男の家へと向かうのでした(第三話)。

後日、大輔は栞子から、栞子の三冊の『クラクラ日記』を均一台に出すように言われ、その本を新たに買った理由を当てて見せるのでした(エピローグ)。

 

第一巻で見せた雰囲気をそのままに、古書にまつわる知識をミステリーとして仕立て、読ませる手腕には脱帽するしかありません。

また、『クラクラ日記』や『時計じかけのオレンジ』など、個人的にも懐かしいタイトルが見られ、そういう点でも興味を持った作品でした。

坂口三千代の『クラクラ日記』は、主人公の坂口三千代にあたる役を若尾文子が、そして夫の坂口安吾にあたる役を藤岡琢也が演じたテレビドラマとして、1968年に放映されました。高校生だった筈の私ですが、坂口安吾のことは知らなくても、テレビドラマとして面白く見た記憶があります。

また、アントニイ・バージェスの『時計じかけのオレンジ』は、『2001年宇宙の旅』などで有名なスタンリー・キューブリック監督の手により映画化され、原作は読まないままに映画だけを見たものです。衝撃的な映像作品で、暴力に満ちた作品でありながら独特な感性でスタイリッシュに仕上げてあったと覚えています。日本では1972年4月に公開されたそうですから、私が大学生の時に見たことになります。マルコム・マクダウェルのメイクを施したポスターが印象的でした。

更には第三話の足塚不二雄にしても、漫画家の藤子不二雄のペンネームであり、漫画好きにはたまらない作品です。私も貸本屋世代であり、かなりの作品は読んでいるはずですが、残念ながらこの作品は読んだ記憶はありません。

ともあれ、第三話では栞子の母親の篠川智恵子の名前が登場してくることを忘れてはいけません。この女性は、シリーズを通して栞子と大輔との物語に影に日なたに現れ、二人の生活をかき乱していくのです。

ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち

鎌倉の片隅でひっそりと営業をしている古本屋「ビブリア古書堂」。そこの店主は古本屋のイメージに合わない若くきれいな女性だ。残念なのは、初対面の人間とは口もきけない人見知り。接客業を営む者として心配になる女性だった。だが、古書の知識は並大低ではない。人に対してと真逆に、本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも、彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。これは“古書と秘密”の物語。 (「BOOK」データベースより)

本書は、「ビブリア古書堂の事件手帖シリーズ」の第一作目であり、著者の書物に対する愛情と、膨大な知識量とが明瞭に読みとれる、そして軽く読めるのですが、読後はしっかりとした手ごたえを感じることができるミステリー小説です。
 

「プロローグ」
第一話 夏目漱石『漱石全集・新書版』(岩波書店)
第二話 小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』(新潮文庫)
第三話 ヴィノグラードフ・クジミン『論理学入門』(青木文庫)
第四話 太宰治『晩年』(砂子屋書房)
「エピローグ」

 

高校生の五浦大輔は、北鎌倉駅近くの古書店で一人の女性を見かけ心惹かれます(プロローグ)。

幼い頃のトラウマから本を長い時間読むことがでいないという奇妙な体質になっている五浦大輔は、母親の言いつけでビブリア古書堂へと出かけ、祖母の遺品である『漱石全集』に記載されている漱石のサインの鑑定を頼みます(第一話)

入院先まで店主の篠川栞子を訪ねますが、サインは多分祖母の手による偽物だと指摘されます。しかし、叔母から祖母と祖父との話を聞き、自分に関係する秘密が隠されていることを知った大輔は、栞子を見舞いそのことを話しますが。栞子からはビブリア書店で働くことを持ちかけられるのでした。

ビブリア古書堂で働き始めた大輔です。この店の常連だというせどり屋の志田が文庫本『落穂拾ひ』を女子高校生に盗まれ、その本を捜して欲しいとやってきます。入院中の栞子は大輔に、志田が文庫本を主まれたときの状況を詳しく調べるように指示します(第二話)。

次いで、店には坂口という初老の男が現れ、古びた『論理学入門』という文庫本の査定を頼んできますが、その売却には隠された秘密がありました。その後坂口の妻という女性がその本を返してほしいと言ってきますが、そこに現れた坂口本人は、本の売却に隠された自分の過去の秘密などを妻に明かすのです(第三話)。

その後、大輔は栞子から、栞子が所持する大変貴重な、太宰治の『晩年』、それも署名入りでアンカットの初版本を譲れという大庭葉蔵という男から、石段から突き落とされた事実を明かされます(第四話)。

大輔は、就職試験の帰りに栞子に会い、『晩年』の事件の解決後に、本を読めない自分にその内容を離して欲しいと頼むのでした(エピローグ)。

 

本書で取り上げられている作品は全部で四冊ありますが、 漱石も太宰もその名前を知っているだけで作品は読んだことがありません。勿論他の二冊は作者の名前すら知りませんでした。

これらの書物をテーマに書物の絡んだミステリーが展開されるのですから、本書の著者の書物に対する知識は推して知るべしというところでしょうか。資料の読みこみも膨大な数に上ったであろうことは容易に推測できます。

本書の特徴は本がテーマであることに加え、主人公の篠川栞子や五浦大輔、それにせどり屋の志田らの人物像も丁寧に、それでいながらいわゆるライトノベルというジャンルに分類される小説であるからなのか、会話文と改行が多く、テンポよく読み進めることができることでしょう。

いわゆる人情小説によく見られるような情緒豊かな作品ではありません。どちらかというと、大輔の一人称で進む本書は、情景描写や大輔ら登場人物の心象はあまり描かれていません。

でありながら、軽薄感はなく、先に述べたように読後感は読み応えのある作品として仕上がっています。この作品の持つ全体の雰囲気としては、文字通り古書店のもつ落ち着いたたたずまいすら持っていると言えます。

 

今後、各巻で提示される書物にまつわる謎が解決されていき、加えて栞子の生い立ちや母親との確執、それに登場人物らそれぞれの生活背景や、思いもかけない繋がりまでも展開していき、本巻での書物にまつわる謎を解決していく物語という印象は少しずつ変貌していきます。

まあ、大輔の書物を読めないという体質の原因や、人間関係の意外な複雑さなど、首をひねる点が無いとは言いませんが、シリーズ全体の流れからすれば大したことではない、と割り切って読み進めれば、かなり面白く読むことができると思います。

天下流の友-口入屋用心棒(36)

将軍家の肝煎りで、日の本一の剣客を決める御上覧試合の開催が決まった。主君真興の推挙を受け、湯瀬直之進は予選が行われる駿州沼里の地を踏んだが、城下を押し込みの一団が跳梁していた。その探索に乗り出そうとした矢先、直之進の前に尾張柳生の遣い手が現れる。果たして直之進は故郷に平穏を取り戻し、上野寛永寺で行われる本戦出場を果たせるのか!?人気書き下ろしシリーズ第三十六弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十六弾の長編痛快時代小説です。

 

日本一の剣客を決める御上覧試合が行われることになり、駿州沼里城主真興とその弟房興とが秀士館の直之進のもとを訪れ、沼里藩の代表として出て欲しいと言ってきました。

寛永寺で開催される御上覧試合は、全国が十二の地域に分けられており、東海地方での予選は沼里で行われるそうです。そのため、御上覧試合を勝ち抜くためには、同じ東海地方の強豪である尾張藩の柳生新陰流を倒す必要がありました。

予選に参加するために、直之進は、おきくや、主持ちではないために試合に参加できない佐之助と共に沼里に赴きます。

沼里に来る船の中で、沼里で跳梁しているという押し込みの一団の話は聞いていましたが、突然に直之進の屋敷を訪ねてきた尾張柳生の剣士新美謙之介とともに、この一団を退治した直之進らは予選試合へと臨むのでした。

 

今回は、これまでとは異なる話の流れになっていて、シリーズのマンネリ化を感じていた私としては待ちかねた展開になった物語でした。

剣術の勝ち抜き戦という舞台設定自体は決して珍しいものではないにしても、これまでのこのシリーズの流れからすると毛色が変わってきたと思われ、何にせよ期待したい流れなのです。

その中で、特に尾張柳生の剣士新美謙之介というキャラクターは、多分ですが今後も登場する人物として設定されている気がします。

それほどに、この人物の登場の仕方や人物像にが軽い意外性があり、簡単に退場する人物像では無さそうな描き方をしてあるのです。

しかし、近時再読している池波正太郎の『剣客商売』シリーズを読んでいて改めて思うのですが、小説のストーリーの運び方、登場人物像の描き方などのうまさにおいて、どうしても比較してしまい、若干の物足りなさも感じています。

それは、本シリーズのみならず、近年の時代小説全般に対して思うことでもあります。近年の時代小説のありかたそのものに関わるものかもしれません。それは本シリーズも同様なのですが、ただ本シリーズの持つ独特の個性を失うことなく、更なる魅力的な物語を提供して欲しいと思うばかりです。

ノーマンズランド

本書『ノーマンズランド』は、『姫川玲子シリーズ』第九弾の、文庫本で460頁の長編推理小説です。

 

ノーマンズランド』の簡単なあらすじ

 

東京葛飾区のマンションで女子大生が殺害された。特捜本部入りした姫川玲子班だが、容疑者として浮上した男は、すでに別件で逮捕されていた。情報は不自然なほどに遮断され、捜査はゆきづまってしまう。事件の背後にいったい何があるのか?そして二十年前の少女失踪事件との関わりは?すべてが結びついたとき、玲子は幾重にも隠蔽された驚くべき真相に気づく!(「BOOK」データベースより)

 

葛飾署管内で起きた長井祐子殺しの現場から取れた指紋の主である大村敏彦は、サクマケンジ(佐久間健司)殺害の容疑で本所署に留置されていた。しかし、知能犯担当が取り調べを行うなど、何か不審なものがあった。

そこで、本所署の事件の裏を探る姫川玲子は、本所署の事件に隠された、北の工作員による拉致事件まで絡んだ事実を探り出すのだった。

 

ノーマンズランド』の感想

 

本書『ノーマンズランド』は、今、最も面白いエンターテインメント小説を書かれる作家のひとりである誉田哲也の大ヒットシリーズである『姫川玲子シリーズ』の一冊です。

本作では特に姫川玲子の魅力が満載でした。前作の『硝子の太陽R』という作品も非常に面白く読んだのですが、本作品も同じように読み始めたら手放すことを困難に感じるほどにのめり込みました

特に、誉田作品の定番でもありますが、会話文の最後に一言付けくわえられている地の文の心の声が、人物描写に実に効果的なのです。

何かとおちゃらける相手との会話の最後の「黙って聞け」などの一言が、小気味よく響きます。

 

 

本書書『ノーマンズランド』では登場人物の性格付けが少しずつ変化してきています。というか、より明確になってきているというほうがいいのかもしれません。

その一つとして、前の統括主任で殉職した林弘巳警部補に変わり登場した日下警部補が、姫川にとっては自分とは相容れない男として反感すら感じていたものが、あたかも林のような庇護者的な立ち位置へと変わってきていることがあります。

また、姫川を常に想い、守ってきた菊田和男警部補が、結婚してから自分の妻の扱いに困る男になっていることや、もと姫川班でいまはガンテツこと勝俣警部補のもとにいる葉山則之巡査部長が、それなりに逞しく育ってきていることなどもそうでしょう。

 

また特徴的な事柄としては、これまで語られることのなかった勝俣刑事の来歴が明確にされています。

そのすべてでは無いにしても、日本の権力の中枢部分につながるその背景は、このシリーズ全体の構成にも関わってくるのではないかと思われ、非常に興味深い設定になっています。

もともと勝俣というキャラクターは、その強烈なアクの強さと共に、時折見せるなかすかな人情味が魅力的だったのですが、そのキャラクターにより一層の深みを持たせているのです。

 

本書ではまた、魅力的に育ちそうなキャラクターが新たに登場します。それが東京地方検察庁公判部所属の武見諒太検事です。

「大きいけれど多少はかわいげのある上品な部類に入るシェパードのようなタイプ。それが、あるスイッチが入ると筋肉質で、獰猛で容赦がなく、俊敏で直線的という印象の軍用犬ドーベルマンに近い。」と描かれているそのキャラクターは、姫川の新たな恋の対象となるな可能性を秘めた人物像として描かれていて、目が離せません。

 

本書には時系列の異なる三つの流れがあります。一つは本筋である姫川玲子の事件捜査の流れです。

もう一つは、三十年前から始まるある高校生の純愛の物語です。

そして最後は、あの勝俣健作警部補の裏の顔につながる流れです。

これらの三本の流れが伏線となり、最終的に一本の物語となる過程で回収されていき、それぞれの話の本当の意味が判明するのです。

決して目新しい構造ではなく、それどころかこの作者ではわりとよく見られる構造ではあるのですが、それでもなおうまいとしか言えない物語の運びになっています。

 

今のりに乗っている誉田哲也という作家の作品です。これからはもう少し間隔を狭めた出版が期待できそうなことも発言しています。楽しみに待ちたいものです。

剣客春秋親子草 面影に立つ

島中藩の藩内抗争は若君の剣術指南役が千坂道場に決しても収まる気配がなかった。道場に通う二人の藩士が何者かに惨殺されるに至り事態は泥沼化する。折も折、彦四郎は梟組という謎の集団が敵方に加わり、里美や花も標的にされていることを知る。敵方の真の狙いとは何か?仁義なき戦いの行方は?人気時代小説シリーズ、血湧き肉躍る第三弾! (「BOOK」データベースより)

剣客春秋親子草シリーズの第三弾です。

 

前巻で島中藩の鬼斎流との争いの末に、島中藩の若君の指南役となり、里美は花と共に若君の稽古をつけ、彦四郎は島中藩藩士の稽古をつける毎日です。

ところが、千坂道場の門弟である島中藩の藩士二人が斬殺されてしまう事件が起きます。この事件は、島中藩の内部の者の仕業らしいと聞かされます。というのも、鬼斎流一門のある人物の一派に不穏な動きがあり、また国元から鬼斎流の遣い手二人の出府や、島中藩目付筋の「梟組」も江戸に入ったらしいというのです。

 

本書においても前巻同様に島中藩の剣術指南役をめぐる闘争はいまだ続いています。

千坂道場の門弟の命も失われており、このままにしておくことはできません。やはり弥八や佐太郎らの力を借り、敵対相手を探り、こちらから仕掛けることになるのです。

結局本書においてもこれまでと同じような物語の流れに終始することになりました。弥八、佐太郎の助けを得ることは勿論、当然ながら藤兵衛も参加し、皆で斬り込みをかけ相手を排除するという流れ自体も変わりません。

このシリーズは鳥羽亮という作者の作品の中でもかなり好みの作品であっただけに、同じような物語の流れが続くとやはり残念に思ってしまいます。

それは一つには、同時並行的に読み進めている池波 正太郎の『剣客商売』という名作の飄々とした底の見えない作風と比べてしまうということがあるのかもしれません。しかし、それにしても、鳥羽亮という作家の良さが今一つ見えてこないと感じられるのです。

鳥羽亮という作家の作品としては物足りない、というのが正直なところです。

もう少し千坂道場の物語としての展開を期待したいものです。

木乃伊の気-口入屋用心棒(35)

雨上がり、家族とともに和やかなときを過ごしていた湯瀬直之進が突如黒覆面の男に襲われた。さらに同じ日、秀士館の敷地内にある古びた祠のそばから、戦国の世に埋葬されたと思しき木乃伊が発見され、日暮里界隈が騒然となる。野次馬を巻き込んでの騒ぎが一段落したと思われたその矢先、今度は新たな白骨死体が見つかり…。人気書き下ろしシリーズ第三十五弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十五弾の長編痛快時代小説です。

 

三人田をめぐる物語も一応の決着を見、直之進の秀士館での日常も戻ってきたと思われた矢先、理由も不明のまま、何者かが直之進を襲ってきました。

からくも襲撃を退けた直のしいでうすが、今度は秀士館の敷地内から木乃伊が発見され、秀士館は大騒ぎとなります。そのさなか、直之進と共にいた佐之助はこの様子を冷めた目で見つめる一人の侍に気づきます。

永井孫次郎と名乗るその侍の後をつけ、その男の幸せそうな家庭を確認した後、秀士館に戻った佐之助ですが、今度は秀士館内で白骨死体が見つかり、富士太郎が探索に乗り出すことになります。

富士太郎は、秀士館敷地の従来の持主の山梨家が、伊達家当主とのいさかいがきっかけで取り潰しにあい、山梨家当主の手により焼失した屋敷跡に秀士館が建っていることを調べ上げ、定岡内膳という目付の名前を突き止めます。

一方、直之進は自分を襲った賊と姿が良く似た桶垣郷之丞という伊沢家の家臣に目をつけます。桶垣は「侍は死を賭して主君に仕えるもの」と言い、富士太郎や佐之助のの探索にも繋がってくることになるのでした。

 

本書では、やっと活動を始めた秀士館の建つ土地にまつわる物語が展開されます。本書の軸となる直之進と佐之助、そして富士太郎らの中心人物が各々に事件の探索に動き、その探索の流れが一つに収斂していくというこのシリーズのパターンの形に収まっています。

このシリーズについては毎回同じようなことを書いていますが、このごろ物語の世界がこじんまりと小さな世界で完結しているように思います。

それは、このシリーズ当初は敵対していた直之進と佐之助が親友となり、二人共に家庭を持ち、かつては直之進に懸想していた富士太郎も今では普通に女性を愛し、家庭を設けるまでになっている、という事情にもよるのかもしれません。

結局普通の痛快時代小説の設定と変わるとことが無いようになってきているのです。際立っていた個性が減少してきたとも言えます。

物語として魅力的な敵役を作るなり、もっと大きな活躍の舞台を設定するなりのテコ入れを期待したいと思います。

痴れ者の果-口入屋用心棒(34)

定廻り同心樺山富士太郎を凶刃から救った米田屋のあるじ琢ノ介が倒れ、危篤状態に陥った。湯瀬直之進と倉田佐之助は急ぎ米田屋に駆けつけるが、そこには鎌幸をかどわかした張本人撫養知之丞の配下と思しき男らが様子をうかがっていた。二振りの名刀「三人田」を我が物にせんと企む撫養の狙いは一体何なのか。そして直之進は無事鎌幸を救い出せるのか!?人気書き下ろしシリーズ、第三十四弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十四弾の長編痛快時代小説です。ここ数巻では名刀三人田に絡んだ話が続いていましたが、本巻でも三人田の話が続きます。

 

前巻の終わりで賊に襲われている富士太郎を危機一髪のところで救った今では米田屋の主となっている琢之介でしたが、本書冒頭ではその琢之助が危篤状態に陥っているところから始まります。

その話を聞きつけた直之進と佐之助が駆けつけたところ、米田屋を見張る、前巻で鎌幸を攫った撫養知之丞の配下の者らしい気配がするのでした。とすれば、富士太郎を襲ったのは撫養知之丞ということになります。

撫養知之丞が江戸に出てきたのは、三人田の存在がありました。三人田の正と邪のふた振りの剣が揃うと天変地異が起きるそうで、撫養知之丞はそのことにより乱世を導こうとしていると考えられるのです。

一方、富士太郎は、太田源五郎殺しの下手人のおさんから、おさんの店に撫養知之丞が来たことを聞き、また、佐之助は撫養知之丞が故郷を出奔した理由が、忍びである撫養家が作っていた薬に関わるものであることを調べ出します。

ここで、おさんが犯した殺人や奉行所の不審な人事などの不審な出来事の裏に、撫養知之丞の薬による操作があったことを知るのでした。

 

本書でもまた、筋立ての粗さを感じてしまいました。撫養知之丞の行いの裏に、荒唐無稽としか言いようのない、ふた振りの三人田が起こすであろう天変地異により天下の転覆を企てがある、というのは少々乱暴に感じます。

この物語が、これまでの運びとしてこのような設定を受け入れる要素など全くない物語であったのですから、突然に伝奇的な事件を持ちだされても戸惑うばかりです。それであれば、伝奇的な要素を持ちこむ要素をもう少し設けておいてほしい、と思うのです。

直之進、佐之助、富士太郎、それに琢之助らのキャラクターの面白さ、それに鈴木英治独特の文章という救いがあるために読み続けていますが、もう少し丁寧なストーリーを願いたいものです。

ともあれ、本書で三人田の物語は終わったものと思われます。次巻からはまた新たな物語が始まると思われるので、そちらを期待したいと思います。