真夏の方程式

真夏の方程式』とは

本書『真夏の方程式』は『ガリレオシリーズ』の第六弾で、2011年6月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2013年5月に文春文庫から463頁の文庫として出版された、長編の推理小説です。

長編としてはシリーズ第三作目であり、環境保護をテーマにした、相変わらずの面白さを持った作品でした。

真夏の方程式』の簡単なあらすじ

夏休みを玻璃ヶ浦にある伯母一家経営の旅館で過ごすことになった少年・恭平。一方、仕事で訪れた湯川も、その宿に宿泊することになった。翌朝、もう1人の宿泊客が死体で見つかった。その客は元刑事で、かつて玻璃ヶ浦に縁のある男を逮捕したことがあったという。これは事故か、殺人か。湯川が気づいてしまった真相とは―。(「BOOK」データベースより)

真夏の方程式』の感想

本書『真夏の方程式』は、ガリレオシリーズの第六弾となる作品で、たまたま列車の中で一緒になった少年の恭平を中心にしたミステリー作品です。

やはり、さすが東野圭吾という作品でした。この作家さんにたまに見られる少々強引な設定という感じもあったけれど、でも、やはりこの人の作品は一級の面白さがあります。

 

海の美しい玻璃ヶ浦での開発の話が持ち上がります。学者としての意見を求められ現場に参加する湯川学でしたが、行きの列車で偶然一緒になった恭平少年と同じ宿に泊まることにしました。

ところが、翌日同じ宿に泊まり合わせた宿泊客が死体で見つかります。事故として片付けられようとした事件でしたが、亡くなった人物が元警官であることが判明し、身元確認のために来る夫人に同行してきた警視庁の管理官はそこに事件性を見出すのでした。

 

恭平と湯川が泊まったこの宿は、恭平の伯母一家の経営する旅館で、玻璃ヶ浦自体がさびれていくのに伴い老朽化している旅館でした。

その旅館で、恭平少年に湯川が物理学の面白さ、学問の面白さを少しずつ説いていき、恭平が、わずかずつ湯川に心を開いて行く過程が描写されています。

この二人の関係が謎解きとは異なる本書のもう一つの見どころになっていて、事件の背景のせつなさに一つの救いを与えているようです。

 

このシリーズにしては珍しく、湯川の方から事件の背景の調査に乗り出します。

その折に何時ものことながら草薙刑事との掛け合いもあるのですが、今回は草薙の方からの捜査依頼ではないので、この二人の会話も草薙の報告という形で終始します。

何となくこのシリーズの感じがこれまでと異なるのは、やはり、本作品が恭平少年を軸に据えた描写になっているからのようです。

結論にしても、恭平少年の存在があればこそ、としか考えられず、通常であれば違った結論になるのではないかと思われます。

 

この作家の作品はその殆どを読んでいるのですが、いかにも近年の作品らしく、人間ドラマを中心に据えた読み応えのある作品に仕上がっています。

結論のあり方に関しては異論も少なからずあるようですが、小説としての面白さはさすがのものです。

いつものことながら、それなりの水準の作品を発表し続けるその力量にはただ脱帽するばかりです。

 

ちなみに、本書は『容疑者Xの献身』に次ぐ、劇場版ガリレオシリーズの第二弾として、もちろん福山雅治主演で映画化されています。

残照

残照』とは

本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾で、2000年3月に角川春樹事務所から刊行されて2003年11月にハルキ文庫から267頁で文庫化された、長編の警察小説です。

警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補に焦点が当てられた読みごたえのある作品でした。

残照』の簡単なあらすじ

東京・台場で少年たちのグループの抗争があり、一人が刃物で背中を刺され死亡する事件が起きた。直後に現場で目撃された車から、運転者の風間智也に容疑がかけられた。東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補は、交通機動隊の速水警部補とともに風間を追うが、彼の容疑を否定する速水の言葉に、捜査方針への疑問を感じ始める。やがて、二人の前に、首都高最速の伝説を持つ風間のスカイラインが姿を現すが…。興奮の高速バトルと刑事たちの誇りを描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)

残照』の感想

本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾となる長編の警察小説です。

本シリーズの主要メンバーの一人である速水警部補部に焦点が当たった物語であり、その意味でも面白い作品でした。

 

東京台場であるカラーギャングのリーダーである吉岡和宏という若者が背中から刺されて殺されるという事件が起き、容疑者として現場から逃走したと思われるスカイラインGT-Rを運転していた風間智也が挙がりました。

しかし、捜査本部に加わっていた交機隊の速水直樹警部補は吉岡の犯行とは思えないと言うのです。

捜査本部には本庁から来た佐治係長相良警部補などがおり、当然のことながら安積剛志警部補たちとは意見が対立することになるのでした。

 

本書『残照』について述べるとすれば、前述した本シリーズの人気キャラクターの一人である警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補がフューチャーされていることを挙げる必要があります。

高速道路をその管轄下に置く交機隊の存在は大きく、また速水警部補は暴走族やカラーギャングに詳しいことから、安積が捜査本部に参加させたものでした。

その速水が容疑者の吉岡は犯人ではないというのですから、安積も速水の意見を尊重し、吉岡の犯行と決めつけずに捜査を進めることとするのです。

それはまた、相良たち本庁のチームとの対決ともなり、本シリーズのパターンの一つともなっています。

 

また、本書で速水に焦点があてられるということは、必然的に速水の運転技術が描かれることとなり、その点でもシリーズの中でも特異な地位を占めると言えます。

事実、被疑者として手配された黒いスカイラインGT-Rに乗った風間智也と、速水の運転するスープラ―との筑波スカイラインでのカーチェイスの場面はかなりの読みごたえがあります。

速水の運転するスープラーに同乗した安積に恐怖と同時に興奮をも覚えさせたバトルだったのです。

 

同時に、速水と吉岡という少年との関係性もまた読みごたえのあるものでした。

個人的には、今野敏の作品にはこのような人と人との目に見えない繋がりを描く場面が少なからずあり、そうした点も人気の理由だと思っています。

また、速水が安積に対して自分たち二人には共通点があると言い、それは「二人とも大人になりきれないところだ」と言い切る場面がありますが、こうした場面がなぜか心に残っています。

このような場面もまた先の人と人とのつながりを描く場面と同様の、表面的でない人間関係のあり方として共感を呼ぶと思うのです。

 

本書『残照』は、チームとしての警察の働きを描いた『安積班シリーズ』の中でも、速水交機隊小隊長という個人の活躍を描いた珍しい警察小説だと言えます。

そして、その点こそが魅力の一冊であり、魅力の作品だと思います。

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』とは

本書『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第三弾で、最初は1991年8月に大陸ノベルスから刊行され、その後2022年2月には角川春樹事務所から256頁で文庫化された、長編の推理小説です。

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

東京湾岸で乗用車の中からテレビ脚本家の絞殺死体が発見された。現場に駆けつけた東京湾臨海署(ベイエリア分署)の刑事たちは、目撃証言から事件の早期解決を確信していたが、間もなく逮捕された暴力団員は黙秘を続け、被害者との関係に新たな謎がー。華やかなテレビ業界に渦巻く麻薬犯罪。巨悪に挑む刑事たちを描く安積警部補シリーズ。新装版第三弾は、上川隆也氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想

本書『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は、『安積班シリーズ』の第三弾の長編の推理小説です。

1991年8月刊行の作品だけに、仕事を終え飲んでいた安積班への連絡もポケベルでの呼び出しでなされているほどに古い時代の作品です。

しかし、ストーリー自体に古さは感じられず、シリーズも三作目となり一段と脂がのってきている印象です。

 

テレビ脚本家の絞殺死体が発見され、安積班が捜査に当たることになります。しかし、犯人らしき人物の目撃者もいてすぐに暴力団関係者も逮捕されて、この事件は終結すると思われました。

その結論に何となく割り切れないものを感じていた安積警部補でしたし、被疑者を逮捕した三田署の柳谷捜査主任からも黙秘を続ける被疑者に疑義があり捜査本部を置くべきではないか、との相談を受けることになります。

ところが、その後捜査本部が置かれて捜査は続行することになり、警視庁から相楽警部補がくるため、安積警部補自身に捜査本部へ来てくれるようにと柳谷主任からあらてめの依頼があったのでした。

 

今野敏の描く警察小説の主人公は、ほとんどの主人公が自分の評価を気にしています。

警察官としての勤務評価ではなく、自分が部下から上司としてどうみられているかという評価です。

それは、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』や『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』でも同じです。

そして本『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志警部補の場合も同様であり、いつも班員の心情を気にかけているのです。

 

その上で、部下から慕われている上司像を描き出しています。

私が読んだのは2006年9月出版のハルキ文庫版だったのですが、その本にあった関口笵生氏の解説の中では、「部下をかわいがり、上司からの防波堤ともなる、理想的な中間管理職ですね、そういう警察官がかければ面白いと思った。」という作者の今野敏の言葉を引用しておられました。

そしてその言葉のとおり、いつも部下が自分のことをどのように思っているかを気にしていながら、その部下が理不尽な扱いをされると身を挺してかばおうとする理想的な上司の姿が描かれています。

そして、その姿が読者の支持を得ていると言えるのです。

 

その安積班の中でも、安積が警察官らしい警察官と評する村雨秋彦部長刑事、逆に警察官らしくないという須田三郎部長刑事の心情を気にする傾向が強いようで、二人が上司としての自分をどう評価しているのかを気にしているようです。

また、若手班員である黒木和也巡査長桜井太一郎巡査、それに大橋武夫巡査に対してもまたその心情を気にかけているのです。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動しており登場してきません。ただ、『最前線: 東京湾臨海署安積班』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。


その他の主な登場人物を見ると、安積警部補の同期である速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補が彩を添えています。

また安積をライバルと思っている節のある警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補などがいて、安積の対立軸としてその存在感を見せています。

 

本書の後、本シリーズの舞台は、湾岸開発の後退機運に乗って渋谷の新設警察署である神南署に移ります。

そこで五作品が出され、その後再び東京湾臨海署へと戻ってくることになるのです。

2024年7月の時点で第二十二弾『夏空』まで出版されている本シリーズですが、そのままずっと続いてくれることを望むばかりです。

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾で、2000年10月に幻冬舎からハードカバーで刊行されて2008年5月に新潮文庫から545頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

警察小説ではありますが、家族小説の側面がかなり強い作品でもあり、またストリートダンスについて語られたスポーツ小説的ニュアンスをも含んだ作品でもあります。

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査二課・島崎洋平は震えていた。自分と長男を脅していた銀行員の富岡を殺したのは、次男の英次ではないか、という疑惑を抱いたからだ。ダンスに熱中し、家族と折り合いの悪い息子ではあったが、富岡と接触していたのは事実だ。捜査本部で共にこの事件を追っていた樋口顕は、やがて島崎の覗く深淵に気付く。捜査官と家庭人の狭間で苦悩する男たちを描いた、本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾となる警察小説です。

若者の取り組むストリートダンスについてもかなり詳しく描いてあり、さらには家族小説の側面も強い作品となっていて、かなり面白く読んだ作品です。

ここで、英次が通うダンススクールは「いわゆるオールドスクール系」のダンススクールということですが、ここで「オールドスクール」とは「70~80年代に生まれたストリートダンスの総称」だということです( ダンススクール【NOAダンスアカデミー】 : 参照 )。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の主役はもちろん樋口顕警部補ですが、本書の本当の主人公は警視庁捜査二課に所属する島崎洋平という刑事であり、その次男の島崎英次という若者です。

父洋平も兄の丈太郎も同じ大学の柔道部の出身であり、英次も幼い頃は近所の柔道教室に通っていたのですが、体格に劣っていた英次は優秀な兄と比較され挫折を味わい、いつか柔道をやめて夜の街へと遊びに出るようになってしまいます。

そんな英次に対し父親の洋平は厳格さだけを求め、英次をさらに家から遠ざけてしまいますが、英次はダンスと出会い、これに夢中になっていたのです。

ところが、兄の丈太郎が、所属していた大学柔道部の先輩で日和銀行に勤める富岡和夫という男に父親の捜査情報を漏らしてしまったことから、父親の洋平も捜査情報を漏らすように脅迫を受け、日和銀行本店への家宅捜査情報を教えてしまいます。

そのため、その家宅捜査は失敗に終わってしまいますが、その富岡が何者かに殺されてしまったのでした。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、チームとしての協同という点を除けば『安積班シリーズ』にも似た警察小説として人気を博しているシリーズですが、本書の場合は若干毛色が異なるようです。

何しろダンスに対する作者の思いがかなり強く、同時に体育会系の縦社会への反発が明確に記されているのです。

作者の今野敏自身が武道家であり、体育会系の人間関係についてはよく分かっているはずで、その作者がはっきりと言うのですからその意思は明確です。

 

また作者自身が、もともとストリートダンスなどについては不良のやるものという偏見があり、ストリートダンサーは不良とかに見られがちだが、本格的にダンスを学ぶというのは半端な覚悟でできることではない、とあとがきに書いておられます。

作中でも、島崎洋平に、ダンスの練習をする若者を見て「そこには、一種の禁欲的ですがすがしい雰囲気があった。」と言わせているのです。

 

今野敏という作家は『安積班シリーズ』の『イコン』でアイドルについてかなり深く論じ、『蓬莱』では日本国の成り立ちについても論じていることからも分かるように、ある分野に関心を持つとそのことについての自身の意見を深く反映させているように思えます。


そのことがまた物語を面白くしているのですから、作家さんの好奇心は様々な形で作品に反映されるものです。

そして本書ではストリートダンスについての作者の意見が反映されていて、そこに体育会系の縦社会の問題点や警察官の家族の問題などが同時に描かれているのです。

 

文庫本で500頁以上の長さを持つ、作者自身の力の入った少々長めの作品ですが、それだけの内容、そして面白さがあると言える作品だと思います。

 

追伸

前回本ブログでの投稿をアップして以来、丁度一月が経ってしまいました。

じつは、夫婦してコロナに罹ってしまい、ひたすら閉じこもり倦怠感に耐えていたのです。

私自身は高熱が出ることもなく、割と軽く済んだのですが、妻は処方された咳止めの薬が合わず、高熱と筋肉に力が入らずに立ち上がることもできず、私が補助しなければ寝返りも打てないでいたのです。

高熱などの原因が薬害にあると判明してからは、妻も数日で平熱に戻り、筋肉にも力が戻ってきました。

ただ、私は咳がなかなか収まらないでいたものの、お医者さんや私の周りの人に聞けばコロナ後に咳で悩まされる人が多いとのことでしたし、ひどい倦怠感が続いていたのですが、なんとかこうやって文章を書けるほどになっています。

ということで、再び本ブログをのんびりと開始したいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

二重標的 東京ベイエリア分署

二重標的 東京ベイエリア分署』とは

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾で、大陸ノベルスから1988年10月に刊行されて、2021年12月にハルキ文庫から新装版として288頁で出版された、長編の警察小説です。

作者の今野敏が言っていた理想的な中間管理職としての警察官の姿を持った、大変な人気シリーズの第一弾として十分な面白さを持っている作品です。

二重標的 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補のもとに、殺人事件の通報が入った。若者ばかりが集まるライブハウスで、30代のホステスが殺されたという。女はなぜ場違いと思える場所にいたのか?疑問を感じた安積は、事件を追ううちに同時刻に発生した別の事件との接点を発見。繋がりを見せた二つの殺人標的が、安積たちを執念の捜査へと駆り立てるー。ベイエリア分署シリーズ第一弾。(「BOOK」データベースより)

二重標的 東京ベイエリア分署』の感想

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾となる作品で、以降ベストセラーシリーズとなる本シリーズの魅力が十二分に感じられる作品です。

これまでの、一人の探偵役の刑事が推理を働かせて事件を解決するという警察小説ではなく、エド・マクベインの『87文書シリーズ』と同様の、警察チームが主役となる、人間としての警察官が描かれている警察小説です。

 

本シリーズの舞台の東京湾臨海署は、当初は東京湾岸の新副都心構想のもと設けられたという通称ベイエリア分署と呼ばれるほどに小さな警察署です。

しかし、バブル崩壊と共に湾岸構想が停滞し、新たに原宿に「神南署」が設定されて数作が書かれたものの、再び進み始めた湾岸開発と共に再度東京湾臨海署が復活し、新たなベイエリア分署を舞台に安積班の物語が始まることになります。

 

そこで本書ですが、神南署に移る前の新設の東京湾臨海署を舞台にした物語として本書『二重標的 東京ベイエリア分署』が始まります。

安積班の班員を挙げると安積剛志警部補のもと、村雨秋彦須田三郎の両部長刑事、それに黒木和也巡査長桜井太一郎巡査大橋武夫巡査という安積班の六人が活躍します。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動してしまい登場してきません。ただ、『最前線』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。

さらに、東京湾臨海署には他に本庁所属の交通機動隊の速水直樹小隊長や臨海署刑事捜査課鑑識係係長の石倉進巡査部長らがいて重要な役割を担っており、また刑事捜査課課長の町田警部といった面々がいてこのシリーズの厚みを増しています。


本書では、「エチュード」というライブハウスで一人の女性が殺されるという事件が発生します。ただ、その日の客層は半分以上が未成年であり、三十五歳という被害者は明らかに浮いた存在でした。

翌日、安積班に入った衣料メーカーからの窃盗の通報や晴海ふ頭での銃撃戦への応援依頼などをこなした後に、安積は桜井を連れて高輪署に設けられた前日の殺人事件の捜査本部へと駆けつけます。

ところが、安積はそこで居眠りをしてしまった桜井を怒鳴りつけた本庁捜査一課所属の刑事と対立してしまいます。

その上司がシリーズを通して安積のライバルとなる相楽啓警部補だったのです。

 

この相良警部補がシリーズに色を添えることとなる存在で、何かと安積に対し対抗心を燃やして作品を盛り上げることになります。

本書でも、ライブハウスの殺人事件に関して安積と対立し、物語を盛り上げてくれるのです。

 

一方安積警部補は、数年前に妻とは七年前に離婚していましたが、娘の涼子とだけは今でも連絡を取っていました。

中目黒にある自宅マンションに帰っても一人住まいのため、一人で酒を飲むしかない安積だったのです。

 

こうして、安積個人の家庭の問題や安積班個々の班員との関係性に悩みながらも日々巻き起こる事件に対処している安積剛志警部補の姿が描かれることになります。

そこにはまさに次巻の『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の関口笵生氏による解説の中で作者の今野敏の言葉として紹介されているように、「理想的な中間管理職」の姿があります。

そしてその姿が多くの読者の支持を受けていて、以降2024年8月現在で第22巻の『夏空 東京湾臨海署安積班』が出版されるほどの人気シリーズとなっているのです。


ブラック・ショーマンと覚醒する女たち

ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』とは

 

本書『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第二弾で、2024年1月に352頁のソフトカバーで光文社から刊行された短編推理小説集です。

あるマジシャンを探偵役とするミステリーで、若干の心残りはあるものの心地よく楽しむことができた短編小説集です。

 

ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』の簡単なあらすじ

 

亡き夫から莫大な遺産を相続した女性の前に絶縁したはずの兄が現れ、「あんたは偽者だ」といいだす。女性は一笑に付すが、一部始終を聞いていた元マジシャンのマスターは驚くべき謎解きを披露する。果たして嘘をついているのはどちらなのかー。謎に包まれたバー『トラップハンド』のマスターと、彼の華麗なる魔術によって変貌を遂げていく女性たちの物語。(「BOOK」データベースより)

目次
トラップハンド | リノベの女 | マボロシの女 | 相続人を宿す女 | 続・リノベの女 | 査定する女

 

ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』の感想

 

本書『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第二弾となる、あるマジシャンを探偵役とする、小気味いい短編小説が収納された作品集です。

 

本書の感想を一言で言えば、長編の方が面白いという感想になるのでしょうか。本シリーズ第一弾の『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』のような長編作品の方が東野圭吾の良さを示すことができると思うのです。

また、東野圭吾の社会派の一面が前面に出た作品の方が私の好みには合致しているとも思います。

この点、前作は長編ではあるものの私の好みである社会派作品ではなく普通の謎解きメインの作品であり、その点は少々残念でした。

さらに本書に関して言うと、本書を先に読んだためか探偵役の神尾武史の背景描写や武史と神尾真世との関係性についての叙述が少なく、物語の背景描写が薄いと感じました。

ただ、本書の主役の神尾武史や神尾真世に関してはシリーズ第一弾の前作でその人となりや関係性などについては詳しく述べてあるため、第二弾である本書ではどうしても物語の背景が薄く感じるとは言えるでしょう。

 

とはいえ、さすがに東野作品であり楽しく読ませてもらったというのも事実です

本書が普通の推理小説と異なるところは、提供される謎が殺人などの事件ではないところです。本書で提供される謎解きはあのシャーロックホームズが見せたような、ある人の人となりや行動などからその場でその人の言動の嘘を見抜くことです。

 

本書の冒頭の「トラップハンド」は、ある男の言動からその男の嘘を見抜き、ある女性が毒牙にかかろうとするところを助ける話です。

この話は22頁と実に短く、それでいてこの女性が本書における他の話でも顔を見せたり、物語に関わってきたりとそれなりの役割を担った人物として登場しています。

 

次の「リノベの女」は、夫の財産を相続した上松和美は、生き別れになっていたという和美の兄の上松孝吉から偽者との指摘をうけます。しかし、ことの真相は意外なものでした。

この話は続編があり、それが「続・リノベの女」であって、再び隠された真相が明らかになるとき、そこに意外な事実が隠されていたのです。

 

マボロシの女」は、不慮の事故で亡くなった不倫関係にあった男のことを忘れることができないでいた火野柚希を何とか救いたいと思う親友の山本弥生との話ですが、少々無理があるのではないかと感じる話でもありました。

 

相続人を宿す女」は、ある老夫婦が息子の富永遥人が急死したため遥人が住んでいた部屋のリフォームを計画したのですが、リフォームを請負った真世に突然に工事の停止を言ってきたという話です。

遥人の死の直前に離婚した妻がお腹にいる子が相続する権利があると言ってきたためのことでしたが、一見不合理な主張の裏には読む者の胸を打つ話が隠されていました。

 

査定する女」は、「トラップハンド」やそのほかの話に少しずつ顔を見せていた陣内美奈という女性の話です。

それまで結婚相手の査定を武史に頼んでいたのですが、ついに栗塚正章という理想の男性と巡り合うのでした。しかし、この話も若干無理筋を感じた話でもありました。

 

何となく違和感を感じた話もありましたが、全体的には心地よく楽しむことができた作品集でした。

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』とは

 

本書『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第一弾で、2020年11月に光文社から刊行されて、2023年11月に520頁で光文社文庫から文庫化された、長編の推理小説です。

ミステリーとしての側面はその謎解きの過程をそれなりに楽しめたものの、探偵役のキャラクターは別として、東野作品の中では普通といわざるを得ない作品でした。

 

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』の簡単なあらすじ

 

故郷で父が殺害された。仕事と結婚準備を抱えたまま生家に戻った真世は、何年間も音信不通だった叔父・武史と再会する。元マジシャンの武史は警察を頼らず、自らの手で犯人を見つけるという。かつて教師だった父を殺した犯人は、教え子である真世の同級生の中にいるのか。コロナ禍に苦しむ町を舞台に、新たなヒーロー“黒い魔術師”が手品のように華麗に謎を解く長編ミステリー!(「BOOK」データベースより)

 

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』の感想

 

本書『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第一弾となる長編の推理小説です。

ミステリーとしては楽しく読みましたが、個人的には東野作品は社会性を持った作品の方が好みであり、この作者の作品としては普通といわざるを得ない作品でした。

ただ、探偵役の神尾武史がなかなかにユニークな人物であって、その点では読みがいのある作品でした。

 

本書の主人公は、マンションのリフォームを手掛ける部門に勤務し、同じ会社の先輩である中条健太という男性との結婚を予定している神尾真世という女性です。

真世は郷里での中学時代の同窓会を間近にしていたのですが、突然、自分が通った中学校の教師でもあった父親の神尾英一が殺されたという連絡が入ります。

急いで郷里へ戻り警察に話を聞いていると、そこに真世の伯父の神尾武史という男が現れるのでした。

 

この神尾武史は、真世の父親英一の弟であり、かつてはサムライ・ゼンという名前でアメリカでかなり人気を博したマジシャンだった人物です。

今は「トラップハンド」というバーを営んでいる人物ですが、何故かアメリカでマジシャンとして活躍していた時代のことは語りたがりません。

しかし、彼の手先の器用さと、話術の巧みさはさすがのものがあり、その技を駆使して探偵役を果たしていくのです。

 

登場人物を見ると、中学の同級生としてまず何かと真世と連絡を取っていた池永(旧姓 本間)桃子がいて、歳上ではありますがやはり英一の教え子でもある桃子の夫の池永良輔がいます。

次いで、倒れていた英一の発見者でもある酒屋を営む原口浩平、IT企業経営者の杉下快斗、地方銀行の三つ葉銀行に勤務する牧原悟、漫画「幻脳ラビリンス」の作者針宮克樹、「幻脳ラビリンス」を利用しての町おこしを狙う柏木広大、釘宮のマネージャー的立場で動く九重梨々香他の人物が真世の中学の同級生として登場してきます。

 

謎解き自体は本格派推理小説に対する私の印象と変わらずに特別なものはありませんでしたが、探偵役である神尾武史のキャラクターこそが本シリーズの醍醐味だと思います。

姪っ子の真世にまで自分の飲食代や宿泊代を負担させ、挙句の果てには警察にまで負担させようとするそのキャラは独特です。

それでいてマジシャンとしての腕は超一流であり、スマホを盗み取り履歴を見て元に戻したり、相手がスマホで電話を掛けるその姿を見て押した電話番号を読み取るなど、器用という言葉では足らないほどの能力をも有しているのです。

ここで、主人公神尾真世の父親が殺され、さらに事件の関係者が神尾真世のかつての同級生たち、探偵役が主人公真世の叔父というという舞台が設けられることになります。

 

本『ブラック・ショーマンシリーズ』の項でも書きましたが、マジシャンが登場するミステリーとして忘れてならないのは泡坂妻夫という作家さんです。

中でも『11枚のとらんぷ』という作品は正直あまり覚えてはいないのですが、マジックを駆使した内容に驚いた記憶が残っている作品です。

 

本シリーズは続編の『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』も出版されています。

本書と異なり短編集ですが、やはりホームズのような活躍を見せる神尾武史がその魅力を発揮しています。

個人的には短編集である続編よりも本書の方が好みではあったかもしれません。

ブラック・ショーマンシリーズ

ブラック・ショーマンシリーズ』とは

 

本『ブラック・ショーマンシリーズ』は、あるマジシャンを探偵役とするミステリーシリーズで、第一弾作品が2020年11月に光文社から刊行されています。

東野圭吾の作品の中では謎解き重視のシリーズであって、社会性を抑えたタッチのシリーズとなっています。

 

ブラック・ショーマンシリーズ』の作品

 

ブラック・ショーマンシリーズ(2024年7月28日現在)

  1. ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人
  2. ブラック・ショーマンと覚醒する女たち

 

ブラック・ショーマンシリーズ』について

 

ブラック・ショーマンシリーズ』は、かつてサムライ・ゼンという名前でアメリカでかなり人気を博したマジシャンだった神尾武史という人物を探偵役とするミステリー作品です。

謎解き重視のシリーズであって、東野圭吾の作品としては社会性を抑えたタッチのシリーズとなっています。

 

本シリーズの主人公としては、一応は探偵役である神尾武史の姪の神尾真世という女性がいます。

この神尾真世は不動産会社でマンションのリフォームを手掛ける部門に勤務し、同じ会社の先輩である中条健太という男性との結婚を控えている女性です。

先に「一応は」と書いたのは、この女性はいわば狂言回しであり、物語で提起されている謎を解明する探偵役は先に述べた神尾武史というマジシャンだからです。

 

特に第一弾の『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』で発生する事件は、神尾真世の父親神尾英一が殺されるという事件であり、まさに神尾真世が被害者の娘として物語の中心になります。

そこに何年も音信不通だった叔父の神尾武史が現れ、事件の謎をとき、自分の兄を殺した犯人を見つけるという流れになっているのです。

第二弾の『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』は短編集であって、この神尾真世自身が持ってくる話や、神尾武史の店を訪れる客の抱える問題を解決するというのが基本的な流れです。

 

本シリーズのようなマジシャンが登場するミステリーと言えば、少し前の作品になりますが泡坂妻夫の『11枚のとらんぷ』という作品があります。

もう三、四十年も前に読んだ作品なので内容は覚えてはいないのですが、ただそのマジックを駆使した内容に驚いたという記憶だけが残っているほどの作品であり、作家さんです。

この泡坂妻夫という名前は杉井光の『世界でいちばん透きとおった物語』を読んだときにも、献辞の中で挙げられていた名前であって、マジックをテーマにしている作品では避けては通れない名前だと思います。

そこでも挙がっていた作品が『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』という作品で、ミステリーの内容とは別に驚きが待っていた作品でした。


 

本『ブラック・ショーマンシリーズ』は、2024年7月28日現在までは第二弾までしか出版されていませんが、今後続編を期待したいシリーズです。

イコン

イコン』とは

本書『イコン 新装版』は『安積班シリーズ』の第5弾で、1995年10月に四六判で刊行されて、2016年11月に文芸評論家の関口苑生の解説まで入れて505頁の新装版として講談社文庫から出版された長編の警察小説です。

インターネット全盛の現代からするとかなり古さを感じるパソコン通信の世界を取り上げ、アイドルとは何かまで考察されている珍しい警察小説です。

イコン』の簡単なあらすじ

「十七歳ですよ。死んじゃいけない」連続少年殺人の深層に存在した壮絶な真実とは!?熱狂的人気を集めるも正体は明かされないアイドルのライブでの殺人事件。被害者を含め現場にいた複数の少年と少女一人は過去に同じ中学の生徒だった。警視庁少年課・宇津木と神南署・安積警部補は捜査の過程で社会と若者たちの変貌に直面しつつ、隠された驚愕の真相に到達する。『蓬莱』に続く長編警察小説。

「十七歳ですよ。死んじゃいけない」
連続少年殺人の深層に存在した壮絶な真実とは!?

世紀末”日本”が軋(きし)む。
バーチャルアイドルの影に隠されたものは?
傷つけあう”未成年”の衝撃のリアル!
警視庁少年課・宇津木と神南署・安積警部補が動く!
『蓬莱』続編ともいうべき今野敏警察小説の源流。

熱狂的人気を集めるも正体は明かされないアイドルのライブでの殺人事件。被害者を含め現場にいた複数の少年と少女一人は過去に同じ中学の生徒だった。警視庁少年課・宇津木と神南署・安積(あづみ)警部補は捜査の過程で社会と若者たちの変貌に直面しつつ、隠された驚愕の真相に到達する。『蓬莱(ほうらい)』に続く長編警察小説。(内容紹介(出版社より))

イコン』の感想

本書『イコン』は、『安積班シリーズ』の第五弾作品ですが、細かに見るとシリーズ内の初期三作品「ベイエリア分署」時代に続く「神南署」時代の第二弾作品でもあります。

ただ、本書での安積警部補はどちらかというと脇役に近い存在であり、『安積班シリーズ』に位置付けていいのかは疑問がないわけではありません。

この点、「神南署」時代の第一弾作品『蓬莱』という作品も同様に安積警部補の物語というよりは「蓬莱」というゲームの話を借りた「日本」という国の成り立ちを考察した作品となっていますが、一応は安積警部補の物語とはなっています。

しかしながら、『蓬莱』も含めて『安積班シリーズ』とするのが一般的なようですので、本稿でもそのような位置付けとしています。

 

本書『イコン』はそのパソコン通信上で人気となっているアイドルの有森恵美をめぐり起こった殺人事件について、神南警察署刑事課強行犯係の安積剛志警部補が、同期の警視庁生活安全部少年課警部補である宇津木真とともに活躍する警察小説です。

今野敏の作品での少年課に所属している警察官といえば、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』に出てくる警視庁生活安全部少年事件課の氏家譲や『鬼龍光一シリーズ』に登場する富野輝彦巡査部長などが思い出されます。


彼ら少年事件課の捜査員たちが重要性を持って描かれているのは、今野敏という作家の中で少年事件がそれなりに重きが置かれているということなのでしょう。

本書でも、少年らの行動に振り回される安積や宇津木らの姿があります。

 

情報収集のために有森恵美というアイドルのライブを訪れていた警視庁生活安全部少年課の宇津木真警部補の眼の前で、一人の少年が乱闘騒ぎの中殺されるという事件が発生します。

通報により駆けつけたのが安積警部補らだったのですが、このライブのアイドルの有森成美という存在がパソコン通信の中での存在ということで、宇津木も安積も全く理解ができないのでした。

 

本書『イコン』では「パソコン通信」が重要なアイテムとして登場していますが、それもそのはずで本書は初版が1995年10月に出版されている三十年近くも前の作品です。

ここで登場する「パソコン通信」とは、モデムというアナログ信号をデジタル信号に相互変換する機器などを介して電話回線を通じてデータを送受信し、基本的にテキストベースで会話をする通信システムで、現在のインターネットの前身と言ってもいいシステムだと思います。

当時はニフティサーブ(NIFTY-Serve、NIFTY SERVE)などが大手の通信会社として利用されていました。

また、今ではパソコンなどで普通に使われているアイコンについても、その由来が宗教画のイコンにあることの説明から為されています。

ただ、個人的にはDOS画面でコマンドベースで行うパソコン通信しか覚えておらず、アイコンでプログラムを立ち上げて行うパソコン通信は知りません。

 

でも、本書『イコン』で特筆されるべきなのは、作者今野敏による「アイドル論」ではないでしょうか。

妙に説得力のあるアイドル論だと思っていたら、今野敏は上智大学を卒業後、数年間ではあるものの東芝EMIに入社して芸能界に近いところにいたというのですから納得です。

加えて先に述べたパソコン通信に関する知識など、著者の作品は時代を取り込んだものが多いようで、そうしたアンテナもこの作者の人気の原因となっているのでしょう。

 

安積班シリーズ』初期作品で安積班のメンバーが勤務する警察署もまだ定まっていない時期の物語であり、またシリーズの中でも異色的な物語ではありますが、やはり今野敏の描く作品としての魅力は十二分に備わった作品です。

異色の作品であるからこその魅力があると言ってもいいかもしれない作品でした。

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』とは

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、大陸ノベルスから1990年3月に刊行されて、2022年1月にハルキ文庫から新装版として280頁で出版された、長編の警察小説です。

『安積班シリーズ』の基本の形が構築されていく過程にある作品ですが、安積警部補の心はすでに班員への気遣いであふれています。

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

東京湾臨海署ー通称ベイエリア分署の管内で、テレビ局プロデューサーの落下死体が発見された。捜査に乗り出した安積警部補たちは、現場の状況から他殺と断定。被害者の利害関係から、容疑者をあぶり出した。だが、その人物には鉄壁のアリバイが…。利欲に塗られた業界の壁を刑事たちは崩せるのか?押井守氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、安積班の面々がそれぞれに個性を発揮し活躍する読みがいのある作品です。

 

あるパーティーで、テレビ局のプロデューサーがビルから落ちて死亡しましたが、遺体には首を絞められた跡があり、他殺として捜査が始められます。

調べていくうちに、テレビ局内で権力争いがおこなわれている事実が発覚します。しかし被害者と対立関係にあったプロデューサーには、鉄壁のアリバイがあったのでした。

こうして本書はチームで行う捜査により、テレビ局という特殊な世界を舞台にした事件を解決していきます。

今野敏は本シリーズの第五弾の『イコン』で、かなり踏み込んだアイドル論を展開していますが、今野敏は数年間ではあるものの東芝EMIに入社し芸能界に近いところにいたそうなので納得です。

 

本『安積班シリーズ』の主人公は東京湾臨海署の刑事課強行犯の安積剛志警部補でしょうが、本当は「安積班」だというべきでしょう。

それは、この『安積班シリーズ』が、特定の探偵役の活躍による謎の解明ではなく、安積剛志を班長とする捜査チームの物語だからです。

つまりは、集められた事実をもとにした探偵役による推理の話ではなく、個々の具体的な人間の集まりとしての捜査チームの地道な活動の過程に主眼が置かれている物語なのです。

 

安積班には個性豊かな刑事たちがいて、彼ら個々人がその能力をフルに生かして捜査を行い、集められた事実をもとに班員皆で犯罪行為に隠された事実などをあぶり出し、犯人を特定します。

安積班のメンバーは、生真面目な村雨秋彦部長刑事、小太りな外見とは反対に緻密な頭脳を持つ須田三郎部長刑事、スポーツ万能で剣道五段の腕前の黒木和也巡査、安積班一で一番若い桜井太一郎巡査、そしてベイエリア分署時代だけの大橋武夫巡査です。

このほかに、安積警部補の警察学校時代の同期で速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補(初期の東京ベイエリア分署時代および『晩夏』では石倉進となっている:ウィキペディア 参照 )が安積の軽口や相談相手となっています

それに安積をライバル視している警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補を忘れてはいけません。この人物は後に東京湾臨海署刑事課強行犯第二係の係長として登場してきます。

 

関口苑生氏による本書の解説には、著者の今野敏は「ただただ刑事たちが右往左往する様が描かれる<警察小説>」をなかなか書かせてもらえなかった、とあります。

また、次巻『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』での関口苑生氏の解説では警察官や刑事も一人の人間であるのだから、組織の中に埋没していた「個」としての刑事を一個の人間として見つめ直し、警察小説としてのジャンルを確立した、とも書かれています。

それが、今ではベストセラーシリーズとなっており、刑事たちの地道な捜査を描く手法の警察小説が人気分野として確立されているのですから、それは今野敏の功績だというのです。

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』はシリーズのまだ二作目ということもあるためか登場人物の紹介に紙数を割いています。

物語の中心人物である安積警部補に関してはもちろん、特に村雨や須田に関してはそうです。

ただ、この二人に関してはシリーズが進んでもそれなりの人物紹介がなされているので、もしかしたらこうした印象は再読している私の思い込みなのかもしれません。