『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』とは
本書『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第三弾で、最初は1991年8月に大陸ノベルスから刊行され、その後2022年2月には角川春樹事務所から256頁で文庫化された、長編の推理小説です。
『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ
東京湾岸で乗用車の中からテレビ脚本家の絞殺死体が発見された。現場に駆けつけた東京湾臨海署(ベイエリア分署)の刑事たちは、目撃証言から事件の早期解決を確信していたが、間もなく逮捕された暴力団員は黙秘を続け、被害者との関係に新たな謎がー。華やかなテレビ業界に渦巻く麻薬犯罪。巨悪に挑む刑事たちを描く安積警部補シリーズ。新装版第三弾は、上川隆也氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)
『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想
本書『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は、『安積班シリーズ』の第三弾の長編の推理小説です。
1991年8月刊行の作品だけに、仕事を終え飲んでいた安積班への連絡もポケベルでの呼び出しでなされているほどに古い時代の作品です。
しかし、ストーリー自体に古さは感じられず、シリーズも三作目となり一段と脂がのってきている印象です。
テレビ脚本家の絞殺死体が発見され、安積班が捜査に当たることになります。しかし、犯人らしき人物の目撃者もいてすぐに暴力団関係者も逮捕されて、この事件は終結すると思われました。
その結論に何となく割り切れないものを感じていた安積警部補でしたし、被疑者を逮捕した三田署の柳谷捜査主任からも黙秘を続ける被疑者に疑義があり捜査本部を置くべきではないか、との相談を受けることになります。
ところが、その後捜査本部が置かれて捜査は続行することになり、警視庁から相楽警部補がくるため、安積警部補自身に捜査本部へ来てくれるようにと柳谷主任からあらてめの依頼があったのでした。
今野敏の描く警察小説の主人公は、ほとんどの主人公が自分の評価を気にしています。
警察官としての勤務評価ではなく、自分が部下から上司としてどうみられているかという評価です。
それは、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』や『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』でも同じです。
そして本『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志警部補の場合も同様であり、いつも班員の心情を気にかけているのです。
その上で、部下から慕われている上司像を描き出しています。
私が読んだのは2006年9月出版のハルキ文庫版だったのですが、その本にあった関口笵生氏の解説の中では、「部下をかわいがり、上司からの防波堤ともなる、理想的な中間管理職ですね、そういう警察官がかければ面白いと思った。」という作者の今野敏の言葉を引用しておられました。
そしてその言葉のとおり、いつも部下が自分のことをどのように思っているかを気にしていながら、その部下が理不尽な扱いをされると身を挺してかばおうとする理想的な上司の姿が描かれています。
そして、その姿が読者の支持を得ていると言えるのです。
その安積班の中でも、安積が警察官らしい警察官と評する村雨秋彦部長刑事、逆に警察官らしくないという須田三郎部長刑事の心情を気にする傾向が強いようで、二人が上司としての自分をどう評価しているのかを気にしているようです。
また、若手班員である黒木和也巡査長や桜井太一郎巡査、それに大橋武夫巡査に対してもまたその心情を気にかけているのです。
なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動しており登場してきません。ただ、『最前線: 東京湾臨海署安積班』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。
その他の主な登場人物を見ると、安積警部補の同期である速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補が彩を添えています。
また安積をライバルと思っている節のある警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補などがいて、安積の対立軸としてその存在感を見せています。
本書の後、本シリーズの舞台は、湾岸開発の後退機運に乗って渋谷の新設警察署である神南署に移ります。
そこで五作品が出され、その後再び東京湾臨海署へと戻ってくることになるのです。
2024年7月の時点で第二十二弾『夏空』まで出版されている本シリーズですが、そのままずっと続いてくれることを望むばかりです。