『残照』とは
本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾で、2000年3月に角川春樹事務所から刊行されて2003年11月にハルキ文庫から267頁で文庫化された、長編の警察小説です。
警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補に焦点が当てられた読みごたえのある作品でした。
『残照』の簡単なあらすじ
東京・台場で少年たちのグループの抗争があり、一人が刃物で背中を刺され死亡する事件が起きた。直後に現場で目撃された車から、運転者の風間智也に容疑がかけられた。東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補は、交通機動隊の速水警部補とともに風間を追うが、彼の容疑を否定する速水の言葉に、捜査方針への疑問を感じ始める。やがて、二人の前に、首都高最速の伝説を持つ風間のスカイラインが姿を現すが…。興奮の高速バトルと刑事たちの誇りを描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)
『残照』の感想
本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾となる長編の警察小説です。
本シリーズの主要メンバーの一人である速水警部補部に焦点が当たった物語であり、その意味でも面白い作品でした。
東京台場であるカラーギャングのリーダーである吉岡和宏という若者が背中から刺されて殺されるという事件が起き、容疑者として現場から逃走したと思われるスカイラインGT-Rを運転していた風間智也が挙がりました。
しかし、捜査本部に加わっていた交機隊の速水直樹警部補は吉岡の犯行とは思えないと言うのです。
捜査本部には本庁から来た佐治係長や相良警部補などがおり、当然のことながら安積剛志警部補たちとは意見が対立することになるのでした。
本書『残照』について述べるとすれば、前述した本シリーズの人気キャラクターの一人である警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補がフューチャーされていることを挙げる必要があります。
高速道路をその管轄下に置く交機隊の存在は大きく、また速水警部補は暴走族やカラーギャングに詳しいことから、安積が捜査本部に参加させたものでした。
その速水が容疑者の吉岡は犯人ではないというのですから、安積も速水の意見を尊重し、吉岡の犯行と決めつけずに捜査を進めることとするのです。
それはまた、相良たち本庁のチームとの対決ともなり、本シリーズのパターンの一つともなっています。
また、本書で速水に焦点があてられるということは、必然的に速水の運転技術が描かれることとなり、その点でもシリーズの中でも特異な地位を占めると言えます。
事実、被疑者として手配された黒いスカイラインGT-Rに乗った風間智也と、速水の運転するスープラ―との筑波スカイラインでのカーチェイスの場面はかなりの読みごたえがあります。
速水の運転するスープラーに同乗した安積に恐怖と同時に興奮をも覚えさせたバトルだったのです。
同時に、速水と吉岡という少年との関係性もまた読みごたえのあるものでした。
個人的には、今野敏の作品にはこのような人と人との目に見えない繋がりを描く場面が少なからずあり、そうした点も人気の理由だと思っています。
また、速水が安積に対して自分たち二人には共通点があると言い、それは「二人とも大人になりきれないところだ」と言い切る場面がありますが、こうした場面がなぜか心に残っています。
このような場面もまた先の人と人とのつながりを描く場面と同様の、表面的でない人間関係のあり方として共感を呼ぶと思うのです。
本書『残照』は、チームとしての警察の働きを描いた『安積班シリーズ』の中でも、速水交機隊小隊長という個人の活躍を描いた珍しい警察小説だと言えます。
そして、その点こそが魅力の一冊であり、魅力の作品だと思います。