機龍警察シリーズ

機龍警察シリーズ』とは

 

本『機龍警察シリーズ』は、警視庁内に新たに設けられた特捜部の、物語が進むにつれ次第に明らかになっていく警察内部に巣食う「敵」との戦いを描くSFチックな警察小説です。

現代が舞台の警察小説ではありますが、パワードスーツという空想の戦闘兵器を核にした、時代を反映した濃密な物語であり、私の好みと非常に合致したシリーズでした。

 

機龍警察シリーズ』の作品

 

 

機龍警察シリーズ』について

 

本『機龍警察シリーズ』は、警察小説ではありますが、同時にSF小説でもあり、さらには冒険小説としてもかなり面白く読める作品です。

シリーズ内では、『機龍警察 自爆条項』が日本SF大賞を、『機龍警察 暗黒市場』が吉川英治文学新人賞を受賞しています。

 

警察小説でありまたSF小説でもある本書は、登場人物がそれぞれに個性的で魅力的ですが、まずは機甲兵装の搭乗員が物語の中心となります。

つまり、シリーズ序盤での物語の中心となるのが特捜部付警部である姿俊之やライザ・ラードナー、ユーリ・ミハイロヴィッチ・オズノフといった龍機兵搭乗要員たちです。

その後、シリーズも進み龍機兵の紹介も終わって物語の世界観が確立した頃になると、それまで三人の搭乗員たちを支えていた警視庁特捜部の人物たちが前面に出てきます。

まず特捜部部長の沖津旬一郎警視長が強烈な個性をもって皆をまとめ、牽引しています。

そして沖津を支える、理事官の城木貴彦警視や宮近浩二警視がいて、ほかに技術主任鈴石緑、捜査主任の由起谷志郎警部補など、多くの人員が登場しますが皆明確に書き分けられていて個性的です。

このほかに警視庁警備部や組織犯罪対策部、それに公安部、警察庁や各県警などの警察官たちも特捜部と対立したり仲間として組んだりと多彩な顔ぶれが登場します。

 

前述のようにSF色のある警察小説である本書を読む前提としては、ある程度の荒唐無稽な設定をためらいなく受け入れるだけの読書に対する趣味・嗜好があることが必要だと思われます。

というのも、本『機龍警察シリーズ』では「龍機兵(ドラグーン)」という操縦者が乗り込み操作する外装装置であるパワードスーツが物語の軸となっているからです。

そんなあたかもコミックの『機動警察パトレイバー』のような設定の物語ですから、シリアスな警察小説を好む人には敬遠されると思われるのです。

 

 

しかし、個人的にはそうしたシリアスな物語が好きな人にもこの『機龍警察シリーズ』は面白く読んでもらえると思っているのですが、どうでしょう。

というのも、一つには本シリーズは序盤は一つの巻ごとに「龍機兵」の搭乗員として特捜部と契約している三人の背景を紐解きながらの物語になっているのですが、そのそれぞれが、現実を背景にしたリアルな物語となっているからです。

本シリーズの重要な登場人物で姿俊之はプロの傭兵であるし、ライザ・ラードナーはIRAの「死神」の異名で知られるテロリストであったし、ユーリ・オズノフはロシアの優秀な警察官であったという過去を持っているます。

そんな彼らの過去を記すということは北アイルランドのテロ組織IRFやロシアンマフィアの現実を描き出すことでもあり、さらに第四巻『機龍警察 未亡旅団』ではチェチェン紛争という現実を、第七巻の『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーのそれもロヒンギャ問題をテーマとしているのです。

 

そしてもう一点、警視庁特捜部という存在自体が警視庁の中でも特異な存在となっていて、特捜部と警察の内部にも広く巣くっているとも思われる「敵」との闘いの様子が読み手の心を刺激します。

それは、警察上層部にまで食い込んでいるだけではなく、官邸サイドまで手が伸びているようで、ミステリアスな警察小説としての面白さも抱える作品となっているのです。

 

これまで述べてきたように、本『機龍警察シリーズ』は「龍機兵(ドラグーン)」と呼ばれるパワードスーツの操縦者である三人の人物と警視庁特捜部を中心にした物語として展開されています。

中でも第五弾の『火宅』だけは短編集となっていますが、それ以降の『狼眼殺手』『白骨街道』は「特捜部」対「敵」との戦いが次第に明確になります。

そして、搭乗員三人の活躍の場面では冒険小説の側面が強いものの、特捜部の戦いの場面ではサスペンス色の強いミステリーとなっています。

それも、「敵」の姿が明確になっていくにつれ、警察内部のグループというよりも、警察内部にもメンバーがいるより強大な組織というべき存在になっていくのです。

 

非常に読みごたえのある『機龍警察シリーズ』ですが、大作であるからかなかなか続刊が出ません。

第一巻の『機龍警察 』の刊行が2010年3月で、最新刊の『機龍警察 白骨街道』が2021年8月の刊行ですからその間11年以上が経過しています。

できればもう少し早く読みたいというのが本当の気持ちです。

続刊を待ちましょう。

図書館の魔女 第四巻

本書『図書館の魔女 第四巻』は、文庫本での解説まで入れて642頁というかなりの長さの長編のファンタジー小説です。

四分冊の文庫版『図書館の魔女』の最終巻である本書は、最終巻にふさわしい実に読みごたえのある物語でした。

 

図書館の魔女 第四巻』の簡単なあらすじ

 

海峡地域の動乱を期するニザマ宰相ミツクビの策謀に対し、マツリカは三国和睦会議の実現に動く。列座するは、宦官宰相の専横を忍んできたニザマ帝、アルデシュ軍幕僚、一ノ谷の代表団。和議は成るのか。そして、マツリカの左手を縛めた傀儡師は追い詰められるのか?超大作完結編。第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

一ノ谷に攻め込もうとするアデルシュに自ら乗り込んだマツリカは、アデルシュを背後から操るニザマの宦官から力を取り戻そうとするニザマ帝をも取り込み、三か国による会議に望んでいた。

その会議では、キリンの明晰な戦略分析に加え、アデルシュ北部台地での新規農地開拓用揚水機である「水槌」を最終的な武器として、アデルシュ篭絡の策謀が為されていた。

その結果、ニザマ帝と共にアデルシュとの和議が成り、マツリカの自分の左腕の動きを奪った魔術師の双子座へと戦いを挑みに向かうのだった。

 

図書館の魔女 第四巻』の感想

 

本書『図書館の魔女 第四巻』はかなり長い一冊ですが、その内容はかなり濃密であり、読みごたえがあります。

冒頭から繰り広げられる三カ国会議の模様はキリンの弁舌の見事さが浮き彫りにされ、その後の「水槌」の原理など図示して解説してあり、実際動作するのだろうと思わせられます。

読者にそう思わせることができているのであれば、実際の稼働可能性は問わずとも物語としてはそれで成功でしょう。

 

さらに、本書では双子座との戦いの場面が控えています。

これまでもアクション場面が無いことはなかったのですが、本シリーズの中では、本書程に緻密に、そしてそれなりの長さをもって描かれたことは無かったのではないでしょうか。

 

ただ、双子座との戦いを終えた後の描写は物足りません。

それまであれほど詳しく読者を濃密な世界に引きずり込んでいたのですが、終盤はなんともあっさりとしています。

それがいかにも物足りなさを感じ、また寂しくもありました。

マツリカとキリヒトとの物語が一応の区切りをつけたのは分かりますが、もっと読みたいという読者の期待を見事に裏切っています。

もしかしたら、それこそ作者の、あっさりと物語を閉めることで物語の余韻を長く保とうとする計算された終わり方であり、私としてはその意図に見事にはまったのかもしれません。

 

ともあれ、本書『図書館の魔女(全四巻)』は、作者が言語学者というだけに、「言葉」というものを根底に据え、「言葉」の持つ意味を突き詰めた作品です。

そして、その延長上には「書物」が控えていて、知の集積場としての図書館、それ以上に国の存立にかかわる機関としての役割も担う「図書館」の意義が示されます。

その「図書館」の中心にいるのが魔女マツリカですが、その背景は全く示されておらず、今後も示されそうではありません。

すでに「図書館」の中心であり、まさに魔女と呼ぶにふさわしい知力と洞察力を兼ね備えているのです。

でありながら少女らしい可愛さをも併せ持つマツリカの物語を、そして少年キリヒトの物語をもっと読みたいものです。

ともあれ、本書『図書館の魔女(全四巻)』の続編として『図書館の魔女 烏の伝言(つてこと)』が出版されています。

 

 

本書のラストの物足りなさをこの続編が解消してくれるものなのか、早く読みたいものです。

図書館の魔女 第三巻

本書『図書館の魔女 第三巻』は文庫本の頁数にして379頁の長編のファンタジー小説で、全四巻の三巻目の作品です。

本書でマツリカが衛兵たちに対してなす文献学の講義など、読みようによってはかなり興味深い話が展開され、ストーリー自体もさることながら、書物に関する話もかなり面白そうな本巻でした。

 

『図書館の魔女 第三巻』の簡単なあらすじ 

 

深刻な麦の不作に苦しむアルデシュは、背後に接する大国ニザマに嗾けられ、今まさに一ノ谷に戦端を開こうとしていた。高い塔のマツリカは、アルデシュの穀倉を回復する奇策を見出し、戦争を回避せんとする。しかし、敵は彼女の“言葉”を封じるため、利き腕の左手を狙う。キリヒトはマツリカの“言葉”を守れるのか?(「BOOK」データベースより)

 

大国ニザマの脅威が次第に増してくる中、ハルカゼは議会に、キリンは王宮を相手にその対応で忙しくしていて、高い塔では資料整理などの実務が滞っていた。

そこに、図書館付きの護衛として高い塔などに常駐するようになった元近衛兵の中から司書を手伝うものが現れており、彼らに対しマツリカの臨時の講義なども行われるようになっていた。

一方、ニザマの帝室との書簡の往来の中からニザマ帝の病のことを察知したマツリカは、その特効薬が一ノ谷の衛星都市に算出することを奇貨としてその手配を終え、次の手を打っていた。

その手配は、ニザマの宦官たちの策略により一ノ谷へと侵攻せざるを得なくなっていたアルデシュへの対処をも意味していた。

そして物語も佳境へと入り、マツリカ本人がニザマの皇帝に拝謁するというところまで来たのだった。

 

『図書館の魔女 第三巻』の感想

 

『図書館の魔女 第三巻』では、前半は物語に大きな動きはありません。

物語についての動きはないものの、新たに図書館付きとして配置された近衛兵のイズミルに対してマツリカが話した書物についての話などは非常に興味深いものでした。

それは、そもそもは図書館に収蔵すべき書物の判断基準は何かということから始まった議論でした。

判断対象は具体的な書の一欠片(かけら)であり、将来、しかるべき場所に置かれたその一欠片によって失われた文化が一部分だけでも蘇るのかもしれない。

ならば、誰かがその一欠片を未来へ届けなければならず、それが図書館の役割だとマツリカは言うのです。

そこから、「魔導書」などは駄本に過ぎないという話になります。

かつては書物は希少価値があってなかなか皆が読めなかったのだけれど、印刷技術の発達により書物が大量に印刷されるようになるにつれ、書物の価値は下がってしまった。

そこで「魔導書」などというみんなが怖れ、なお且つ探し求めている本は出鱈目な付加価値を僭称した駄本が現れたのだ、という話につながるのです。

 

その後、大国ニザマの露骨な圧力に対する高い塔、つまりはマツリカの戦略が発揮される話へと移ります。

この箇所はまた書物に関する話とは違った意味でまた興味をひかれる展開となっています。

結局は、アルデシュという国を利用しようとするニザマの一ノ谷侵攻のための布石を、ニザマ国内の王室と宦官たちとの対立を利用して回避しようとする試みが展開されます。

そのためのアルデシュの作物の不作という危機を回避する手立てを一ノ谷が考え、それを対ニザマの戦略として組み立てるマツリカらの動きが面白いのです。

 

結局、本書『図書館の魔女 第三巻』ではアクション面での派手な展開はありませんが、そもそも本『図書館の魔女シリーズ』はアクション中心の物語ではありません。

キリヒトというその道の達人を中心に置いてはいるものの、高い塔にいる「図書館の魔女」であるマツリカこそが主人公であって、「言葉」や「書物」についての考察を中心に展開する物語なのです。

その上で、国家間の情報戦を軸にした国家間の勢力争いをも見据えた話として展開する物語です。

その書物や情報戦についての考察が普通人の考えを越えた専門家の視点で説かれているところにこの物語の醍醐味があります。

 

口はきけないものの、しかし情報量の豊かな手話を駆使することによって自分の意思を伝えるマツリカという存在が、ユニークで愛すべき存在に思えてきますから不思議なものです。

残されたあと一冊でこの物語がどのように変化するものか、早く読みたい気持ちでいっぱいです。

三体III 死神永生

本書『三体Ⅲ 死神永生』は、新刊書で上下巻合わせて880頁近くにもなる『三体シリーズ』第三部の長編のSF小説です。

個人的な好みは別として、第一部、第二部にも勝るSFとしての醍醐味を味わうことができる一冊です。

 

三体III 死神永生』の簡単なあらすじ

 

圧倒的な技術力を持つ異星文明・三体世界の太陽系侵略に対抗すべく立案された地球文明の切り札「面壁計画」。その背後で、極秘の仰天プランが進んでいた。侵略艦隊の懐に、人類のスパイをひとり送る――奇想天外なこの「階梯計画」を実現に導いたのは、若き航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)。計画の鍵を握るのは、学生時代、彼女の友人だった孤独な男・雲天明(ユン・ティエンミン)。この二人の関係が人類文明の――いや、宇宙全体の――運命を動かすとは、まだ誰も知らなかった……。
一方、三体文明が太陽系に送り込んだ極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)は、たえず人類の監視を続けていた。面壁者・羅輯(ルオ・ジー)の秘策により三体文明の地球侵略が抑止されたあとも、智子は女性型ロボットに姿を変え、二つの世界の橋渡し的な存在となっていたが……。全世界でシリーズ2900万部、日本でも47万部。壮大なスケールで人類の未来を描く《三体》三部作、堂々の完結篇。(上巻 : Amazon 紹介文 )

帰還命令にそむいて逃亡した地球連邦艦隊の宇宙戦艦〈藍色空間〉は、それを追う新造艦の〈万有引力〉とともに太陽系から離脱。茫漠たる宇宙空間で、高次元空間の名残りとおぼしき“四次元のかけら”に遭遇する。〈万有引力〉に乗り組む宇宙論研究者の関一帆は、その体験から、この宇宙の“巨大で暗い秘密”を看破する……。
一方、程心(チェン・シン)は、雲天明(ユン・ティエンミン)にプレゼントされた星から巨額の資産を得ることに。補佐役に志願した艾AA(アイ・エイエイ)のすすめで設立した新会社は、数年のうちに宇宙建設業界の巨大企業に成長。人工冬眠から目覚めた程心は、羅輯(ルオ・ジー)にかわる二代目の執剣者(ソードホルダー)に選出される。それは、地球文明と三体文明、二つの世界の命運をその手に握る立場だった……。SF最大の賞ヒューゴー賞をアジア圏で初めて受賞した『三体』に始まり、全世界に旋風を巻き起こした壮大な三部作、ついに完結。(下巻 : Amazon 紹介文 )

 
『三体シリーズ』第三部『三体Ⅲ 死神永生』の主な主な登場人物
 
程心(チェン・シン/てい・しん) 航空宇宙エンジニア 執剣者
艾AA(アイ・エイエイ/あい・えいえい) 星間グループCEO
雲天明(ユン・ティエンミン/うん・てんめい)  「階梯計画」の任務執行者

トマス・ウェイド もと国連惑星防衛理事会戦略情報局(PIA)長官
羅輯(ルオ・ジー/ら・しゅう) もと面壁者・執剣者

関一帆(グァン・イーファン/かん・いっぱん) 〈万有引力〉乗員 宇宙論研究者
智子(ヂーヅー/ちし/ともこ) 智子(ソフォン)に制御される女性型ロボット

 

本書『三体III 死神永生』の冒頭に三頁程を使って簡単に第二部までの流れをまとめてあります。それをさらに簡単に括ると以下のようになります。

 

葉文潔が発信したメッセージを受信した三体世界は、地球文明へ侵略するために大艦隊を送り出した。

同時に、十一次元の陽子を改造した光速での航行が可能な超小型コンピュータの智子(ソフォン)を送り込む。

智子は、人類科学の基礎研究に入り込み結果を操れるばかりか、量子もつれ効果を利用した即時通信で地球の現状をリアルタイムで三体世界に知らせていた。

三体世界は三体文明に協力的な地球三体協会を組織し、地球文明侵略の準備をしていたが、何とかこの協会を殲滅する。

監視機構として智子が送り込まれていた人類は、智子が認知できない人類の頭の中の考えだけで対応すべく、面壁計画を立案し、四人の面壁者が選定された。

面壁者の中で全く無名の羅輯(ルオ・ジー)は、二百年の人工冬眠から蘇生し、起死回生の“呪文”によって、三体世界からの脅威を取り除くのだった。

以上のように第二部までで面壁者・羅輯の意外な活躍で三体世界の侵略を寸前のところで回避した地球文明だったが、この面壁計画とは全く別にとある計画が進んでいた。

それが三体艦隊へ向けた探査機の発出であり、「人類をひとり敵の心臓に送り込む」ことだった。

 

三体III 死神永生』の感想

 

第一部『三体』も第二部『黒暗森林』も、実にSF小説らしいアイデアに満ちていて非常に面白く読んだ作品でした。

ところが本書第三部『死神永生』は、その第一部、第二部以上に驚きのアイデアが示されているSF小説らしい小説だったと言えます。

簡単にみても、宇宙船の速度を光速の一%まで上げるための方法や、宇宙戦艦〈藍色空間〉や〈万有引力〉が遭遇した四次元空間、そして兵器としての二次元カードなどがあります。

また、時間と空間の外にあるキューブと悠久の時の流れを扱っているのですが、こうしたアイデアの紹介はネタバレになりかねないので詳しくは書けないのがもどかしく感じるほどです。

 

このように、第三部『死神永生』は第一部や第二部にも増したアイデアが詰まっています。

この点については本書のあとがきで訳者の大森望氏も書いていますが、作者の劉慈欣自身が第三部はSF小説のファン、またハードコアファンである自分自身のために書いた、と言っているようなハードコアSF小説です。

例えば、スケールの大きい名作SF小説と言えば必ず例にあがるのがアーサー・C・クラークの『都市と星』や、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』だと思うのですが、それらの作品を超えたスケールで展開します。

 

 

このように、思いもかけないアイデアで物語が壮大に展開するのはいいのですが、本書のSF的なアイデアを十分に使ったクライマックスは、私の好みとはまた異なる終わり方でした。

個人的にはこれまでの第一部、第二部で進められてきた物語の終わりかたとしては中途半端であり、それまでの物語の運びに整理がついていません。

結末にいたるまでに進んできた個々の登場人物のその後の成り行きなどが不明なのです。

 

また、本書『三体Ⅲ 死神永生』では冒頭から意味深な過去の挿話があります。また三体のゲーム内での話かと思っていたらそういう示唆は全くありません。

結局、そのまま現代の話へと移行して本編が始まったのはいいのですが、その挿話の持つ意味や、本編と前巻での話とつながらず、どのように読むべきなのか戸惑いがありました。

後で考えれば、前巻での話との直接のつながりはなかったので、私の戸惑いも当然ではあったのですが、もう少し読み手にやさしく書いてあれば、との思いは抱きました。

ただ、そうは言っても、良く読みこんでいけば本書と第二巻での話との直接的なつながりはないことは書いてあったのですから、私の難癖に近いのかもしれません。

この点は、本書が大長編である上に、前巻を読んでから半年以上が経っているために内容をよく覚えていないのですから、冒頭にこれまでのあらすじが載っているのは助かりました。

 

念のために書いておきますが、本書『三体Ⅲ 死神永生』の結末はそれはそれとして実にSF的であって満足できる出来栄えです。

また、本書が物語として筋が通っていないなどというのでもありません。本書は本書としてきちんと理屈は通っています。

ある場面での状況を書くことは即ちネタバレになるので例としても殆ど書けませんが、ただ、結末のつけ方が私の好みではないのです。

 

話は変わりますが、『三体』三部作では年代表記として、共通紀元(西暦)から危機紀元へと紀年法を改めたことになっています。その後大きな事件ごとに元号が変わり、以下抑止紀元、送信紀元などと変化していきます。

ちょっと考えると、西暦のままに通した方が分かり易いのに何故わざわざ元号制をとったのか疑問でした。

しかし、本三部作では歴史の重大事件ごとに物語が綴られ、それ以外の時間は冷凍睡眠状態でいます。

とすれば、事件ごとの年代で十分であり、西暦での年代表記はそれほど意味がないのです。特に本書に至ってはその感を強くした次第です。

また、物語の主な登場人物が中国人であり、若干名前などで混乱することもありましたが、それは中国人の書いた小説ですからあたり前のことであり、その点を言う方がおかしいことになります。

 

そしてもう一点、本書『三体Ⅲ 死神永生』では物語の途中である登場人物が作った童話、そしてその解釈が重要な意味を持ってきます。

ここでの解釈の仕方が、ある種思考ゲームにも似て盛り上がります。そういう意味でも本書は魅力的で、様々な顔を見せてくれると思います。

 

結局、本書『三体Ⅲ 死神永生』はあまりに壮大な物語であり、ストーリーも決して単純ではないこと、描かれている内容がかなりコアな内容であり、SF小説に慣れていない人たちにとっては読みにくいのではないか、との危惧もありました。

しかし、現実にベストセラーになっているのですから、私の危惧の方がおかしいことになります。

それほどに魅力的な物語だということができるのでしょう。

是非の一読を勧める作品でした。

図書館の魔女 第二巻

本書『図書館の魔女 第二巻』は文庫本の頁数にして464頁の長編のファンタジー小説で、全四巻の二巻目の作品です。

第一巻に続き、ニザマからの脅威に備える一ノ谷とマツリカを中心とする高い塔の活躍が描かれています。

 

『図書館の魔女 第二巻』の簡単なあらすじ 

 

図書館のある一ノ谷は、海を挟んで接する大国ニザマの剥き出しの覇権意識により、重大な危機に晒されていた。マツリカ率いる図書館は、軍縮を提案するも、ニザマ側は一ノ谷政界を混乱させるべく、重鎮政治家に刺客を放つ。マツリカはその智慧と機転で暗殺計画を蹉跌に追い込むが、次の凶刃は自身に及ぶ!第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

マツリカとキリヒトは離れの中庭にある井戸から始まる地下水道を探索し、一の谷の古い城下の崖の半ばほどにある奇妙な工房へと出る道を見つけ、その探索に夢中になっていた。

そうしたマツリカとキリヒトとの行動をハルカゼやキリンは、近頃の近隣諸国の情勢とも合わせ見て危ういものを感じていた。

そんな折、ハルカゼが構築した情報網を見たいとキリヒトを伴い出かけたマツリカは、問屋場で見かけた二人の御者の一言から重大な事件の発生を予知する。

そうした折、キリヒトと六人の衛兵を連れて水遊びに行ったマツリカらを、身の丈一丈(約三m)に及ぶ二体の巨人が襲ってきた。

必死で防戦する衛兵たちとは別に、キリヒトは一人でその巨人らを撃退し、キリヒトが「高い塔」に遣わされたマツリカの護衛という真の理由が明らかになる。

キリヒトが高い塔に来たその日こそが、マツリカの命が狙われていた日だったのだ。

 

『図書館の魔女 第二巻』の感想

 

本『図書館の魔女』という作品は、出版時は『図書館の魔女』という作品が新刊書で上・下二巻として出版されていたもので、それが文庫本で二巻ずつ、都合四冊に分冊されたものです。

その文庫本の第一巻では、この物語の登場人物や図書館のある「高い塔」、そして一ノ谷の属する王国などの紹介の趣が強いものでした。

それが本書『図書館の魔女 第二巻』に入ると、一の谷およびそれを取り巻く周辺諸国との政治的な取引の側面が強くなってきます。

 

そもそも「高い塔」は立法権を持つ議会との間では法文の駆け引きを巡って介入権を保っており、統帥権を握る王室との間では用軍顧問としての助言という圧力をかけうる立場にありました。

具体的にはハルカゼやキリンの立ち位置が、ハルカゼは議会から、そしてキリンは王室からの高い塔に送りこまれた間諜としての立場にあることが明らかにされます。

その上で、覇権主義を隠そうとしない大国ニザマの侵略を巡り、「高い塔」が新しい魔女を中心にその役割の重要性を増しているのです。

その中に送り込まれたキリヒトは、そうした現在の状況を次第に学びつつあり、第二巻となる本書において、マツリカを襲ってきた刺客の手からマツリカを守り通すことになります。

さらに、第一巻のキリヒトが初めて「高い塔」に現れマツリカと会う場面からすでにニザマの刺客が入り込んでいたことも明かされます。

 

こうした国内での勢力争いや、国家間での権謀術数の場面を緻密に描き出しているところに、本『図書館の魔女 シリーズ』の作者の豊富な知識や高い問題意識などを読み取ることができます。

そしてそのことがこのファンタジー物語を単なるお伽話から変貌させ、読みごたえのある大人の物語としての魅力を醸し出していると思われるのです。

高田 大介

高田大介』のプロフィール

 

1968年、東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。早稲田大学、東京芸術大学などで講師を務めたのち渡仏、現在はリモージュ大学(英語版)EDSHS EHICに籍を置き博士論文執筆中。専門分野は印欧語比較文法・対照言語学。2010年、『図書館の魔女』で第45回メフィスト賞を受賞し、デビュー
引用元:ウィキペディア

 

高田大介』について

 

現時点ではありません。

図書館の魔女 第一巻

本書『図書館の魔女 第一巻』は文庫本の頁数にして360頁を超える長編のファンタジー小説で、全四巻の一巻目の作品です。

タイトルの通り、「図書館」を舞台にした物語で、剣と魔法のファンタジーという印象とは異なる、異色のファンタジー小説です。

 

『図書館の魔女 第一巻』の簡単なあらすじ 

 

鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声を持たないうら若き少女だった。超弩級異世界ファンタジー全四巻、ここに始まる!第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

幼い頃から先生と呼ばれる人物に育てられたキリヒトは、ある日突然に王都の図書館へと連れていかれ、口のきけない図書館の魔女の手伝いをするようにといわれた。

先生に連れられて王都へと来たキリヒトは、王宮の隣にある「高い塔」こそがこの国の権勢の象徴であることを知る。

この「高い塔」は、真に英知を究める者たちが求める言葉を記した書物を蔵していて、図書館の中の図書館である「高い塔」を統べ、その所蔵資料の全てを把握していると言われるのが「高い塔の魔女」だった。

「高い塔」へと入ったキリヒトは、図書館の魔女がマツリカという名のほんの少女であること、さらには彼女は口がきけないことが事実であったことを知る。

マツリカは、優れた感性を持ち、耳聡いキリヒトならば可能かもしれないと、今まで以上に表現力が豊かな新しい手話を開発しようと試みる。

一方、図書館の庭を散策中に足下の反響が異なることに気付いたキリヒトは、マツリカと共に街の地下の古い町並みの探索を始めるのだった。

 

『図書館の魔女 第一巻』の感想

 

主要な登場人物は文庫版では目次の次にかなり詳しく記してありますが、ここには図書館関連の人物を簡単に書いておきます。

登場人物


 

本書は『図書館の魔女』というタイトルから抱いていた印象とは全く異なる物語でした。

剣も魔法もありません。「図書館の魔女」であるマツリカと、マツリカをとりまく社会情勢、政治的な駆け引きなどが語られるだけの物語です。

ただ、鍛冶の里からマツリカに仕えるためにやってきたキリヒト少年の教育、成長も同時に描かれていて、その様子も読みごたえがあります。

 

一ノ谷では王室と議会とが対立するという勢力図の中で、図書館は法律や学問などに関する知識や知恵を提供しつつ、一ノ谷自体をまとめる存在でもあります。

そんな中、大国ニザマの露骨な侵略行為という対外的な危機を抱える中で、高い塔の存在意義が一段と大きくなっています。

そうしたニザマによる図書館の魔女に対する直接的な脅威が存在する中、高い塔の象徴であり、図書館の中枢である「図書館の魔女」ことマツリカを守るために訓練されたキリヒトが送り込まれてきたのです。

刺客としては高度に訓練され優秀であっても、王室や図書館などの世事には全く疎いキリヒトはマツリカにとってはある種のおもちゃのようでもあり、バカにされ続けます。

キリヒトが鋭い感性に裏打ちされた能力の持ち主であることに気付いているマツリカにとっては、ある意味おもちゃであり、また新しい手話を構築する格好の相手でもあったのです。

 

このマツリカとキリヒトとの会話はユーモアに満ちていて、また何も知らないキリヒトへの「言葉」や「書物」についての講義は読者にとっても示唆に富むものでもありました。

そんな中でのマツリカの言葉として語られる「言葉」や「書物」についての話はかなり読みごたえがあります。

本書『図書館の魔女 第一巻』では、特にマツリカが勝手に作り上げた「包丁の歴史」という架空の書物についての議論などは面白いものがあります。

また国家間での情報戦についての分析もミステリーの謎解きにも似た面白さを持って語られています。

特に本書においては図書館の庭の地下に存在する遺跡についての描写がありますが、この点についての作者の分析もまた興味深いものがあります。

 

本書では物語の紹介の部分が大きく、物語の大きな展開については続刊に委ねられているだけではあるものの、かなりの面白さをもって迫ってくる作品でした。

図書館の魔女シリーズ

本『図書館の魔女シリーズ』はタイトルからくる印象とは異なり、口のきけない娘を主人公とする、剣と魔法ではない「言葉」にあふれた異色のファンタジー小説です。

綿密に構築された物語世界を前提に、「言葉」に対する正確な考察を施し、その上で「知識」や「書物」などにも言及しながら国家の在りようにまで言及する読みごたえのある作品でした。

 

 

本『図書館の魔女シリーズ』のうち『図書館の魔女』の第一巻から第四巻は、本来新刊書で上下二巻として出版されたものす。

それが全四部の物語の一部ごとに文庫本一巻が割り当てられて、講談社文庫で全四巻として出版されています。

また、続編である『図書館の魔女 烏の伝言』も、講談社文庫で上下二巻として出版されています。

上記シリーズ紹介において『図書館の魔女』を四分冊として紹介するのであれば、『図書館の魔女 烏の伝言』も二分冊として紹介すべきでしょうが、そこはわが図書館には『図書館の魔女 烏の伝言』が新刊書版しか置いてないために一巻として挙げています。

 

作者の高田大介が現役の言語学者というだけあって、「言葉」について書かれている内容はかなり学問的なことにも及んでいます。

また、「言葉」の延長上にあるものとしての「書物」についての言及もかなり高度な内容を含んでいます。

ところがそれらの叙述は、単に高度であると言うだけではなく、普通の素人である読者にもよく分かるような噛み砕いた表現になっているのです。

そうした高度な言及は国のあり方、国と国との駆け引きにまで及び、本書での国家同士駆け引きの描写はそうしたことに疎い私のような人間にもそのすごさを感じさせるほどです。

この点について、書評家の大森実氏は「権謀術数が渦巻く、外交エンターテイメント」と評しておられました。まさに外交の駆け引きを妙を見せる物語でもあります。

 

図書館の魔女と呼ばれているマツリカという人物を中心とした登場人物たちは、単に知見に富んだ堅物という存在ではありません。

いたずら好きなマツリカを中心とし、ときにはキリヒトをも巻き込んだユーモラスな会話も随所に忍ばせてあります。

 

このマツリカを守る者として鍛え上げられたのがキリヒトという少年で、山育ちであるためか純粋であり、マツリカに馬鹿にされ続けています。

また、一ノ谷の勢力としては、マツリカのいる「高い塔」のほかに、議会王室とが存在します。

そして、議会側からの間者でもあるハルカゼ、そして王室側からの間者であるキリンという有能な人間がマツリカの仕事を補佐しています。

重要なのは、マツリカは口をきけない存在として設定してあることです。

口がきけない代わりに手話での意思の疎通がかなりの速さで交わされ、キリヒトがその意思を汲み取ってマツリカの口としてその意思を伝えるのです。

本『図書館の魔女シリーズ』が「言葉」というものに重きを置いているにもかかわらず、その中心人物が口をきけないという設定には作者の意図を読み取るべきなのでしょう。

当然のことながら、キリヒトも、そしてハルカゼやキリンも手話の達人です。

主要な登場人物は文庫版では目次のあとにかなり詳しく記してあります。

 

本『図書館の魔女シリーズ』は決して肩ひじ張った小難しい物語ではありません。

エンターテイメントの流れに乗せて「言葉」や「書物」などについての高度な議論を楽しませてくれる小説です。

作者の高田大介氏本人のブログ「図書館の魔女 DE SORTIARIA」によれば、『図書館の魔女 霆ける塔』が続編として書かれているようです。

そして、そこでは「お待ちいただいている『図書館の魔女 霆ける塔』については出口が見えております。あと少しで脱稿します。」と書いてあるのですが、残念ながら2021年07月21日現在に至ってもまだ出版されていません。

 

この『図書館の魔女シリーズ』はその世界観の構築が見事ですが、似たように丁寧な世界観を築き上げているファンタジー作品として、上橋菜穂子の、2015年本屋大賞、第4回日本医療小説大賞を受賞された『鹿の王』という作品があります。

この作品は、皆が流行り病で死んでしまった鉱山で生き残った幼子ユナと、奴隷として囚われていた戦士団の頭であったヴァンとの冒険譚で、物語世界が丁寧に構築されている作品です。

 

 

この作品の作者である上橋菜穂子という人も文化人類学者であり、児童文学作家でもあるという作家さんです。

やはり、本『図書館の魔女シリーズ』の作者である高田大介もそうであるように、学者さんが小説を書かれると書かれた物語の世界観がこんなにも丁寧に構築されるものなのかと思ってしまいます。

特定の分野で十分な知識を持ちまた優れた論理的思考力を持つ学者さんが、さらに文才をも持っているために破綻の無い世界観を構築できるというべきなのでしょう。

そしてそういう作家さんであるために物語の中身も論理的にきちんと詰められていて、素人にも分かり易く書かれているのだと思えます。

 

一方、本書のようなファンタジーではありませんが、図書館という存在に着目し、「表現の自由」をテーマに書かれた作品として有川浩の『図書館戦争シリーズ』があります。

この作品は、第39回星雲賞日本長編作品部門を受賞し、シリーズの第一巻『図書館戦争』は2007年本屋大賞の候補作にもなっています。

架空の現代日本を舞台にして、実質的な検閲を認めた「メディア良化法」のもと、図書館の独立を守るために設けられた図書隊に入隊した郁という娘を主人公にした物語です。

その意味するところは重要であり、非常に読ませる内容を持ちながらも、エンターテイメント小説として楽しく読める作品です。

 

 

ともあれ、どの作品も描かれている物語の面白さは間違いのない小説です。是非一読をお勧めします。

佐藤 究

佐藤究』のプロフィール

 

1977年福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義の『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となり、同作でデビュー。16年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。18年『Ank:a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞、および第39回吉川英治文学新人賞を受賞
引用元:佐藤究|プロフィール|HMV&BOOKS online

 

佐藤究』について

 

佐藤究の『テスカトリポカ』が第165回直木賞を受賞されました。

圧倒的な暴力描写と臓器売買というテーマが直木賞という賞にふさわしいかという議論がなされたそうです( スポーツ報知 : 参照 )。

Ank : a mirroring ape

本書『Ank : a mirroring ape』は、新刊書で473頁の、近未来の京都を舞台にしたサスペンスフルな長編のSFパニック小説です。

人類の進化について独特の解釈を施し、それを物語の軸に据えた読みごたえのある作品でした。

 

『Ank : a mirroring ape』の簡単なあらすじ

 

二〇二六年、京都で大暴動が起きる。京都暴動―人種国籍を超えて目の前の他人を襲う悪夢。原因はウイルス、化学物質、テロでもなく、一頭のチンパンジーだった。未知の災厄に立ち向かう霊長類研究者・鈴木望が見た真実とは…。吉川英治文学新人賞・大藪春彦賞、ダブル受賞の超弩級エンタメ小説!(「BOOK」データベースより)

 

鈴木望は、なぜ「人類が言語、そして意識を獲得するに至った」かを知ることが究極のAIにつながるというIT界の巨人ダニエル・キュイから連絡を受けた。

キュイは、望が書いた「ミラリング・エイプ」に関する論文を読み、キュイの京都ムーンウォッチャーズ・プロジェクト(Kyoto Moonwatchers Project)に参画してほしいというのだ。

そのプロジェクトに基づいて建設されたのが京都府亀岡市にあるKMWPセンターであり、望はそこのセンター長として招かれたのだった。

ある日、望がKMWPセンターに戻ると、そこではチンパンジー同士、人間同士が互いに殺し合い、死に絶えていた。

そして、そのKMWPセンターからは、研究対象となっていたアンクと名付けられたチンパンジーが行方不明になっていることに気付くのだったた。

 

『Ank : a mirroring ape』の感想

 

本書『Ank : a mirroring ape』は、物語の前半の流れとしては上記のようではありますが、文章の構成は描かれている事柄ごとに数年から数十年にわたり時間が前後します。

とはいっても、時間ごとに描かれている事柄が一つなので、そう混乱するというわけはありません。

何となくの煩わしさはあるにしても、本書の三分の一ほどまでは、暴動の場面を少しずつ挟みながらの描写であることを考えると、かえってその方がよかったかもしれません。

また、この手法を取ったからこそ京都暴動に至るまでの、端的に言えば登場人物や学術理論の説明などの面倒な紹介を受け入れやすくなっていたのかもしれないのです。

 

とは言っても、本書『Ank : a mirroring ape』に書かれている内容、望の主張する人類の発達に関する仮説などの説明が理解しにくい点はまた別の話です。

特に、「自己鏡像認識」という言葉が鍵になっていますが、この内容が難しい。

鏡に映っている像を自分自身だと認識できるかという問題ですが、これが可能なのはチンパンジー、ゴリラ、オランウータンなどの大型類人猿だけだそうです。

この能力に人類の進化の鍵があると考えた望は、チンパンジーに種々の実験を繰り返し、自説を検証しようとするのです。

 

作者の佐藤究という人は、理系は得意ではなく、ただ10代から量子論に興味があったと書かれています( zakzak : 参照 )。

そんな人が本書のような新説を考え、それなりの説得力を持たせる物語を考えるのですからかなりの勉強をされたことでしょう。

作家という人たちの想像力は大したものだということは十分わかっていたつもりですが、よくもまあ、このようなアイデアを思いつくものだと感心するばかりです。

その想像力を駆使した作品としていつも取り上げるのが貴志祐介の『新世界より』(講談社文庫 全三巻)や、上田早夕里の『華竜の宮』などの作品です。

共に日本SF大賞を受賞した作品であって、現代社会とまったく違う異世界や未来社会を設定し、その世界での物語を構築している作品です。

こうした作品は他にも山ほどあるのですが、私の好みに合った作品として挙げています。

 

文庫本の『新世界より』は文庫本は全三巻であり、Kindle版では合本版が出ています。

 

話を戻しますが、本書『Ank : a mirroring ape』では、ダニエル・キュイというIT界の巨人と霊長類研究者の鈴木望との会話の場面などではかなり難しい議論を交わしています。

そして、人類が言葉を持ち、意識を獲得する過程に「自己鏡像認識」という能力が深くかかわってきているという望の主張など、読者は納得させられたような気になります。

それがDNAの中にある「サテライト配列」という存在であり、そこから類人猿のゲノムで起きたセカンドビッグバンという考え方を導き出し、さらに言語の起源を考えています。

このDNAと「自己鏡像」という思考から「前後左右」の概念が導かれ、映っているのは「自分だけど自分ではない」という無限ループから抜け出し、その先の主観、客観の概念へと進んでいくのです。

このような、論理的に構築されているように思えるロジックの描き方こそ、SF的なものであり、本書の魅力だと思えます。

このあと、アンクと名付けられたチンパンジーを原因とする暴動が起きますが、その点の理由付けも物語の流れの中で納得させられてしまうのです。

 

でもどこか頭の片隅で「何か変だ」という意識が残っています。それはさすがにあり得ないだろう、と明確にではないながらも思いながら読んでいるのです。

これが、明確に、いくら何でもあり得ないと認識しているのであれば物語のリアリティーが無くなり、面白さは感じない筈です。

しかし、それほどではなく、物語としてこの世界観の中で一応納得をしてしまうところが、作者の腕の見せ所というものなのでしょう。

 

ただ、本書『Ank : a mirroring ape』では二点だけ受け入れがたい描写がありました。

それは、一点目はDNAの突然の変化を当たり前のこととしていることです。

チンパンジーをある条件のもとで繰り返し実験を重ねると、あるときDNA配列に異常が見られるようになるという点です。

突然変異というのは、このようにある個体の中で変異するものではなく、世代交代を繰り返す中で変異が起きるものだと思っていたので、この考えにはついていけませんでした。

でも、この点こそがビッグバンと断言していることなのかもしれません。

もう一点は、後半で登場する 内藤射干(シャガ)と呼ばれている少年のパルクールについての描写です。この少年がチンパンジーと対等に樹上を移動する描写がありますが、これは無いでしょう。

さすがに、チンパンジーと、パルクールの達人ではあっても人間の少年との追走劇は有り得ないでしょう。チンパンジーが怪我をしているとはいっても、考えにくいのです。

 

本書『Ank : a mirroring ape』では、暴動の場面でバイオレンスが描かれていますが、この点は好みの問題になるかもしれません。

また、短文を、次々と繋げていく独特の文体について行けない人があるかもしれません。個人的にはあまり好きな文体ではありませんでした。

でも、本書『Ank : a mirroring ape』に描かれている発想力はまさに私の好みの話であり、作品だと言えます。

大変面白く読んだ作品でした。