四畳半タイムマシンブルース

本書『四畳半タイムマシンブルース』は、昨日へ戻りこわれる前のクーラーのリモコンを手に入れようとするタイムトラベルものの長編のSF青春小説です。

まるでハチャメチャなドタバタコメディではあるけれど、どことなくノスタルジーを感じさせる、面白い作品でもありました。

 

炎熱地獄と化した真夏の京都で、学生アパートに唯一のエアコンが動かなくなった。妖怪のごとき悪友・小津が昨夜リモコンを水没させたのだ。残りの夏をどうやって過ごせというのか?「私」がひそかに想いを寄せるクールビューティ・明石さんと対策を協議しているとき、なんともモッサリした風貌の男子学生が現れた。なんと彼は25年後の未来からタイムマシンに乗ってやってきたという。そのとき「私」に天才的なひらめきが訪れた。このタイムマシンで昨日に戻って、壊れる前のリモコンを持ってくればいい!小津たちが昨日の世界を勝手気ままに改変するのを目の当たりにした「私」は、世界消滅の危機を予感する。『四畳半神話大系』と『サマータイムマシン・ブルース』が悪魔合体?小説家と劇作家の熱いコラボレーションが実現!(「BOOK」データベースより)

 

本書『四畳半タイムマシンブルース』は、まさにドタバタ劇という他ない、支離滅裂な作品です。この点ですぐに思い出したのは筒井康隆の『日本列島七曲』などのスラプスティックコメディ小説です。

日常という言葉をどこかに置き忘れたかのような、普通ではない人々が普通ではない行いの末に普通ではない結果を引き起こすコメディです。

そこにタイムトラベルものを組み合わせるのですから、ドタバタ度はさらに増します。

 

 

そもそも時間旅行の話は、「もしも・・・・」という仮定の話の面白さと共に、そこに包含される過去の改変に伴う現実との不整合の発生というタイムパラドックスの問題があるから物語のテーマとして面白いのでしょう。

そのタイムパラドックスを、部屋のポンコツクーラーのリモコンの修理、さらには無くなったシャンプーの行方を探るという卑近な事実に適用し遊ぼうとするのです。

もしかしたら宇宙の存在自体の消滅という大変な事態を招きかねない事象を、リモコンの修理、シャンプーの行方の探索に利用しようとするその発想自体ふざけています。

 

タイムトラベルものの作品と言えば、いつもは R・A・ハインラインを挙げるのですが、ここでは 畑野智美の『タイムマシンでは、行けない明日』を紹介します。

この作品は自動車事故のために帰らぬ人となってしまった初恋の人の死を回避しようとする若者の姿を軽やかに、屈託なく描いたSF恋愛小説で、丁寧に張られた伏線を回収していくさまが心地よい作品でした。

漫才師キングコングの西野亮廣がカバーイラストを担当していて、本書『四畳半タイムマシンブルース』とはかなり趣きが異なる作品です。

 

 

本書『四畳半タイムマシンブルース』は、上田誠により舞台化されていた話を作者の森見登美彦が自身の『四畳半神話大系』という小説に登場していた人物らを使って小説化したものだそうです。

この『四畳半神話大系』は、2005年に書き下ろし刊行された作品です。詳しくは下記「KAI-YOU.net」を参照してください。

京都市を舞台に、男子大学生である主人公の「私」が悪友・小津に振り回されながらも充実した光り輝く大学生活を送ろうと、クールな後輩・明石さんに近づこうとしたり、いくつもの並行世界に迷い込み、異なるサークルに入ったりとあがき続ける物語。
引用元:KAI-YOU.net

 

ここで名の上がった「小津」という人物が強烈で、まさに「私」にとっての悪魔的な人物です。

 

 

かれの行動を中心として本書『四畳半タイムマシンブルース』でも仲間たちが振り回されることになるのですが、その仲間自体が強烈な個性を持つ人物らばかりです。

まず、本書『四畳半タイムマシンブルース』の主人公は京都の某大学の三回生の「」であり、おんぼろアパート「下鴨幽水荘」の209号室に住む住人です。

この下鴨幽水荘のヌシと言われているのが樋口氏で、「私」の一年後輩でひたすらポンコツ映画を量産する明石さんは樋口氏を師匠と呼んでいます。

明石さんの所属する映画サークルのボスが城ケ崎氏で、また樋口氏、城ケ崎氏の知人であるらしい近所の医院に勤める歯科衛生士の羽貫さんがいます。

そして、「私」の同期生で「私」にとってのメフィストフェレスの小津がいて、二十五年後の未来からタイムマシンでやってきたもっさりとした男がこの騒動の元凶ともいえる、田村くんです。

 

こられの登場人物が、突如現れたタイムマシンを利用してクーラーの復活を目指し、昨日へとなだれ込んで大騒動を巻き起こします。

その騒動の中にタイムパラドックスを仕掛けるのですから大変です。タイムパラドックスに伴う論理上の破綻がないように、緻密に組み立てなければならないからです。

タイムパラドックスが仕掛けられたほとんどの場合は、「鶏が先か卵が先か」の問題の解決がつかないままに終わってしまいます。

そしてそのことは本書においても妥当し、リモコンの最初の出どころはどこなのか、本書では触れられていません。

しかしながら、そのこと自体は本書『四畳半タイムマシンブルース』の面白さに何の影も落としてはいないのです。

単純に、自分の青春時代と重ね合わせ、そして自分の青春時代にタイプスリップして楽しめばいいのだと、作者は言っているようです。

三体Ⅱ 黒暗森林

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』(上・下)は、中国発のSF小説『三体シリーズ』の第二部にあたる長編小説です。

当初、上巻の読み始めでは、第一部『三体』に比して物語世界の構築が普通であり、SFらしい小道具もあまりなく面白味に欠けるなどの印象を持っていました。

しかし、上巻を読み終えるときには下巻を読むのが待ち遠しいほどになっており、そして下巻を読み終えた今では久しぶりのSFらしいSFを読んだ感動に浸っています。

 

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は四百数十年後。人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会(PDC)を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)に監視されていた! このままでは三体艦隊との“終末決戦”に敗北することは必定。絶望的な状況を打開するため、前代未聞の「面壁計画(ウォールフェイサー・プロジェクト)」が発動。人類の命運は、四人の面壁者に託される。そして、葉文潔から“宇宙社会学の公理”を託された羅輯(ルオ・ジー)の決断とは? 中国で三部作合計2100万部を突破。日本でも第一部だけで13万部を売り上げた超話題作〈三体〉の第二部、ついに刊行!(上巻 : Amazon 紹介文 )

三体世界の巨大艦隊は、刻一刻と太陽系に迫りつつあった。地球文明をはるかに超える技術力を持つ侵略者に対抗する最後の希望は、四人の面壁者(ウォールフェイサー)。人類を救うための秘策は、智子(ソフォン)にも覗き見ることができない、彼らの頭の中だけにある。面壁者の中でただひとり無名の男、羅輯(ルオ・ジー)が考え出した起死回生の“呪文”とは&? lt; br&/gt; 二百年後、人工冬眠から蘇生した羅輯は、かつて自分の警護を担当していた史強(シー・チアン)と再会し、激変した未来社会に驚嘆する。二千隻余から成る太陽系艦隊に、いよいよ出撃の時が近づいていた。< br&/gt; 一方、かつて宇宙軍創設に関わった章北海(ジャン・ベイハイ)も、同じく人工冬眠から目醒め、ある決意を胸に、最新鋭の宇宙戦艦に乗り組むが……。< br&/gt; アジアで初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた現代中国最大のヒット作『三体』待望の第二部、衝撃の終幕!(下巻 : Amazon 紹介文 )

 

 
『三体シリーズ』第二部『三体Ⅱ 黒暗森林』の主な主な登場人物
 
羅輯(ルオ・ジー/よう・ぶんけつ) もと天文学者 社会学の大学教授
荘顔(ジュアン・イエン/そう・がん) 中国画専攻の学生

史強(シー・チアン/し・きょう) 羅輯の警護担当。元警察官。通称・大史(ダーシー)
章北海(ジャン・ベイハイ/しょう・ほっかい) 中国海軍空母艦長
常偉思(チャン・ウェイスー/じょう・いし)  宇宙軍司令官

フレデリック・タイラー 元米国国防長杏 面壁者
レイ・ディアス     前ベネズエラ大統領 面壁者
ビル・ハインズ     科学者、元欧州委員会委員長 面壁者

 

本書『三体Ⅱ黒暗森林』は、前巻『三体』にも増して読者を興奮の坩堝に放り込んでくれる作品でした。

つまり、本書は基本的にハードSF小説として分類される多様な未来の技術に関する描写をも詳細に織り込んでいる小説です。

でありながら、ある面ではスペースオペラタッチの派手な活劇場面があり、また未来社会の様子を描くユートピア小説の一面も見せています。また、そこから一転、ディストピア小説へ変移しながら、小松左京の作品ような未来社会の体制までをも織り込んだ、非常に多面的な内容となっているのです。

 

シリーズ第二部の本書『黒暗森林』の中でもまた第一部から第三部まであります。

その第一部「面壁者」では、人間の脳内だけが「智子(ソフォン)」にも探知不可だとして人類の運命を四人の面壁者(ウォールフェイサー)に託すこととします。

第二部「呪文」に入ると、四人の面壁者の行動が描かれますが、良くも悪くも羅輯の呪文だけが不明のまま残されます。

第三部「黒暗森林」に入るとこの物語の様相が一変し、この壮大な物語が一応の結末を見ます。

こうして『三体Ⅱ 黒暗森林』は七百頁近くのボリュームを有する上下二巻の作品でありながら、だれることもなく読者の関心を維持させたまま、より興味を掻き立てながら進行していくのです。

 

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』でもSF小説の魅力の一つであるガジェットが満載です。

その一つとして、まるでエヴァンゲリオン搭乗員の乗るエントリープラグのような液体呼吸の仕組みがあります。この技術自体は現在既に開発されていて、「液体呼吸」という名で調べるとすぐに見つかります( Discovery : 参照 )。

また、第一巻から登場している「智子」のようなテクノロジーの粋の一つとしてある「人工星間雲」というものも登場します。恒星型水素爆弾の爆発により拡散された油膜物質から形成される星間雲であり、太陽の直系よりも大きなナノ粒子として展開されるのです。

気になった言葉(訳語)として「大峡谷」という言葉が出てきます。羅輯が冬眠している間に訪れた、とてつもない経済危機を指す言葉として訳者が選んだそうです。ちょっとわかりにくかったので書いておきます。

 

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』という物語の中で最も重要な位置を占めるのが、羅輯によって示される宇宙文明における二つの公理です。

それは「その一、生存は文明の第一欲求である。その二、文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である。」というものです。

この公理は現在の私たちの世界を示しているようでもあって、どうにも心の底から納得できる公理だとは思えず、その論理的な必然として本書の展開に結びつくものなのかは疑問があります。

本書『黒暗森林』の「解説」で日本在住の中華人民共和国の推理作家の陸秋槎氏は、「劉慈欣は複雑な問題を二項対立に単純化することが得意」だと書いておられます。

ここらを手掛かりにこの論理を論破できそうな気もするのですが、私には無理のようです。

 

それはともかく、本シリーズ第二部の本書『黒暗森林』では、三体世界による地球侵攻を控え三体世界の高度なテクノロジーが描かれ、それに対して地球における四人の面壁者により展開される技術的にも壮大な仕掛けが示されるなど、SFとしての魅力にあふれた物語となっています。

その過程はある種のミステリアスな展開であり、そういう意味でも読者の関心は最後まで失われることはありません。

酉島 伝法

1970年大阪府生まれ。小説家、イラストレーター。2011年、「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞。
13年刊行の第一作品集『皆勤の徒』は『SFが読みたい! 2014年版』のベストSF2013国内篇で第1位となり、第34回日本SF大賞を受賞したほか、15年に〈本の雑誌が選ぶ21世紀のSFベスト100〉で第1位を獲得、『SFが読みたい! 2020年版』の〈2010年代SFベスト〉でも第1位となった。18年3月には英訳版も刊行され話題となった。
19年刊行の第一長編『宿借りの星』は第40回日本SF大賞を受賞した。(東京創元社 : 参照)

皆勤の徒

本書『皆勤の徒』は、独特の感性で書かれた、全四編の短編からなっている日本SF大賞を受賞した短編小説集です。もしかしたら中編といった方がいいかもしれない長さではあります。

有機的な質感を全編に漂わせた表題作「皆勤の徒」をはじめ、その独特な感性は読者を選ぶと思われ、事実、私は最後まで読み通すことができませんでした。

 

高さ100メートルの巨大な鉄柱が支える小さな甲板の上に、“会社”は建っていた。雇用主である社長は“人間”と呼ばれる不定形の大型生物だ。甲板上とそれを取り巻く泥土の海だけが語り手の世界であり、日々の勤めは平穏ではない―第2回創元SF短編賞受賞の表題作にはじまる全4編。奇怪な造語に彩られた異形の未来が読者の前に立ち現れる。日本SF大賞受賞作、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

 


 

この本は、大多数の人は訳が分からずに投げ出すのではなかろうか、と思わせるそんな本です。なにせ、文章そのものが造語で成り立っており、その造語の意味も、また臓物感満載のその世界観にしても何の説明も無いのですから。

前述のように、私は最初の短編「皆勤の徒」の途中で投げ出してしまいました。

その後、あとがきを読んでみたのですが、すると驚くことに大森望氏の解説には「表題作を途中まで読んで挫折しそうになり、なんらかの助けを求めてこの解説のページを開いた人には、四作目の「百々似隊商」を先に読むことをお薦めする」とありました。

解説者の先見性というべきか、洞察力というべきか分かりませんが、その能力は大したもので、解説者の見越した通りの行動を私はとっていたことになります。

 

ということで、四作目の「百々似隊商」を先に読んで、表題作でもある一作目の「皆勤の徒」も読み終えました。そして、二作目の「洞(うつお)の街」を途中まで読み、やはり意味が分からなくなって止めてしまったのです。

解説には造語の意味も、世界観の解説もそれなりにしてあって、確かに実にSFらしいSFではあり、この設定を理解して読めばかなり面白い小説なのだろうな、という感じはあります。

不気味なこの世界の背景には良く練り上げられたSFの世界がきちんと構築されているらしいのです。

 

しかし、やはり造語の意味を現代の言葉で通るように変換しつつ読むというのは実に面倒であり、読み手がそうした努力を強いられる小説で良いのかという疑問にさらされることになりました。

まあ、こういう変換をしながら読むという行為自体が間違っていて、この作者の感性を受け入れていたら、こうした読み方はしないものでしょう。

でも、面白さの基準が「読んでいる間を幸せな時間と感じられるか否か」という基準で判断する私にとっては決して面白い小説ではありませんでした。

 

当初にも書いたように、読み手はかなり限定されると思います。表題作である「皆勤の徒」が第二回創元SF短編賞を受賞したこと自体、この物語の意味を汲み取ることのできる選者の頭の良さに感心するばかりです。

「SFにストーリーやキャラクター以上のものを求める読者にとっては、最大級の興奮が待っている。」らしいのですが、若い頃ならともかく、今の私にはとても無理でした。

 

ただ、本書『皆勤の徒』を最初に読んだ二千十四年から六年を経た二千二十年の現在、少々考えが変わってきていてもう一度読んでみたい気になっているのが不思議です。そのうちに再読してみましょう。

小川 哲

渋谷教育学園幕張高等学校から東京大学理科一類を経て東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。数学者・論理学者のアラン・チューリングについて研究した。博士課程2年時の2015年、投稿作「ユートロニカのこちら側」が第3回ハヤカワSFコンテストで〈大賞〉を受賞し、作家デビューした。
2017年の『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞受賞、第39回吉川英治文学新人賞候補[6]、第31回山本周五郎賞受賞[7]。2020年には『嘘と正典』(早川書房)が第162回直木三十五賞の候補作となった。(ウィキペディア : 参照)

嘘と正典

零落した稀代のマジシャンがタイムトラベルに挑む「魔術師」、名馬・スペシャルウィークの血統に我が身を重ねる「ひとすじの光」、無限の勝利を望む東フランクの王を永遠に呪縛する「時の扉」、音楽を通貨とする小さな島の伝説を探る「ムジカ・ムンダーナ」、ファッションとカルチャーが絶え果てた未来に残された「最後の不良」、CIA工作員が共産主義の消滅を企む「嘘と正典」の全6篇を収録。(「BOOK」データベースより)

 


 

『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞とをW受賞した小川哲のSF作品を中心にした短編集で、本書は第162回直木賞の候補作品となりました。

ほとんど「時間」をテーマにしたSF作品と言える作品でしょうが「ひとすじの光」と「ムジカ・ムンダーナ」は違います。


 

本書には意外性に満ちた六編の物語が収められています。それは、物語の設定自体の意外性のこともあり、物語の展開の意外性ということもあります。

そして、殆どの物語は、一読しただけではその意味を掴むことができませんでした。再読、三読して初めて物語の内容がくみとれた、ということもありました。

結局、最後まで意味がよく分からないままに終わった、という作品もあります。「魔術師」など特にそうで、第一話目がこの作品でしたからなおのこと本書全体を分かりにくいと思い込んだきらいすらあります。

もしかしたら、そのあいまいさこそが作者のねらいだったのでしょうか。

ともあれ、本書は普通の人間には一読しただけでは分かりにくい物語ばかりです。しかしながら、発想のユニークさ、予想外のストーリー展開は妙に心惹かれる作品ばかりでもありました。

この作者の評判の作品で、日本SF大賞を受賞した『ゲームの王国』も読んでみるか、迷っているところです。
 


魔術師
あるマジックの舞台上でタイムマシンを発明し、過去へ帰ってきたという父竹村理道。最終的には更なる過去へと戻り、いなくなってしまいます。ところが今度は姉が父親と同じタイムマシンマジックに挑むことになるのです。

この物語はSFではありません。しかし、SFの設定を借りたマジックの話であり、ミステリーでもある話です。

私はこの物語の構造を今でも理解できていません。結局、父親の理道はどこに消えたのか、姉のマジックの結果はどうなるのか、作者の意図は、何もわからないのです。

それは、一つには単純にタイムマシンだけだけではなく並行世界の話まで持ち出してあるからです。並行世界を前提とするならば、どんな結論でもありになってしまいます。

この物語をよくわからないと言う人は多いと思ったのですが、各種レビュー、評論を見る限りではわかりにくいいう人はほとんどいませんでした。

ちなみに、この物語に出てくる「サーストンの三原則」については下記サイトに詳しく書かれています。興味のある方はご覧ください。

 

ひとすじの光
父親は何故かテンペストという競走馬だけを残し、他の財産を処分してしまっていた。何故この馬だけを残したのか、主人公はその理由を追いかける。

この物語はSFではありません。実在の「スペシャルウィーク」という名の競走馬についての話を巡る家族の話です。

血統を追う主人公のすがたがある種のミステリーとして展開されます。競走馬のサラブレッドの血統を追うことで、父親を理解しようとする主人公の姿が描かれるのです。

 

時の扉
「時間」についての様々な考察を挟みながら、王に対し一人の男が語りかけ、三つの話をします。

途中で挟まれる「ゼノンのパラドクス」やそれに基づく「時間」の概念の理解。そして罰としての時間の理解は面白く読みました。

三回にわたり語られてきた過去を改変するエピソードがそれぞれに意味を持ち、クライマックスの仕掛けへとなだれ込んでいきます。

一人のユダヤ人とその迫害者との関係性をつづったこの話ですが、物語としての意味は王と語り部との関係性だけなのか、それ以外にもあるものなのか、分かりません。

 

ムジカ・ムンダーナ
フィリピンのデルカバオ島に住むルテア族という音楽を通貨とする民に会いに来た高橋大河は、この島で最も裕福な男が持っているという音楽を探すためにやってきました。

音楽を通貨とする、その発想には驚かされましたが、正直、通貨とされた音楽の実際の機能を思い浮かべることが困難で、なんとも不思議としか言いようのない物語でした。

大河は、父親の遺品の「ダイガのために」と題された一本のカセットテープに録音してあった音楽の意味を探るためにここまでやってきました。それは、つまりは残されていた音楽を通して大河と父親との関係を描こうとしているのでしょうか。

 

最後の不良
「流行をやめよう」という言葉のもとに「流行」が消滅した世界で、自己を貫こうとする男の物語。

この短編で言われていることは社会生活を営んでいる人間の“他者とのかかわり”という本質にかかわるものなのでしょう。

ただ、この物語の結末が結局何だったのか、主人公の怒りを描いただけなのか、何となく落ち着きませんでした。

 

嘘と正典
アメリカの諜報員が、とあるきっかけで過去へメッセージを送る手段を見つけた男と知り合い、過去へメッセージを送り過去を改変することで、現在の共産主義の存在を抹消しようとする試みを描きます。

前提として、今の共産主義社会の存在はマルクスの思想とエンゲルスの経済との合致がもたらしたものとする考えがあります。その上で、マルクスとエンゲルスとの出会いをなかったものにしようとするのです。

その上で、最終的には、この本のタイトルにもなった「正典」の意味が明かにされ、思いもかけない結末が描かれます。

三体

本書『三体』は、翻訳小説としては勿論、アジア圏の作品としては初のヒューゴー賞長篇部門賞を受賞した本格的な長編ハードSF小説です。

それも中国発のSF小説です。小説に関するいろいろなメディアで必ずと言っていいほどに取り上げられていた作品だったのですが、その評判通りのSFらしいSF作品でした。

 

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?本書に始まる“三体”三部作は、本国版が合計2100万部、英訳版が100万部以上の売上を記録。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。(「BOOK」データベースより)

 

本書『三体』は全三部作の第一部であり、基本的に本書『三体』という作品の舞台となっている世界の説明を中心とした小説です。

第二部は『三体2 黒暗森林 上・下』として既に早川書房より出版されています。訳者は同じ大森望氏であり、ただ、基本の中国語の日本語訳チームだけは第一巻と異なります。

 

 

本書『三体』はSF小説でいうファーストコンタクトものに属する物語です。

まず、不満点を挙げますと、個人的には第一巻である本書で登場する異星人の描き方には若干の不満がありました。

その外見等の情報はありませんが、彼らの社会体制の描き方が満足いくものとは言えなかったのです。詳しくは読んでみてくださいとしか言えません。

その他には、登場人物の名前が中国語であり、覚えにくいという点があります。

ですが、この点は中国の小説である以上は仕方のないことであり、書籍に登場人物一覧が添付されているという配慮が為されていて助かりました。

 

不満点は以上として、本書はSFとしての魅力にあふれていて、SFらしい仕掛けや小道具の使い方をあげることができます。ガジェットと言い換えてもいいかもしれません。

細かなものを除けば、まずは本書の主題である「三体」世界という異星社会があります。三つの太陽を持つ過酷な環境下で興った高度な技術を獲得している社会です。

この世界は天体力学の “三体問題” 、つまり三つの天体がたがいに万有引力を及ぼし合いながらどのように運動するかという、一般的には解けないことが証明されている問題(ラグランジュ・ポイントなどの特殊な場面を除く )に由来する世界です。(Hayakawa Books & Magazines : 参照 )

次に、次にオンラインVRゲーム『三体』があります。高度な技術で作られたゲームであり、本書の中でも一つの世界を形作っています。単なるゲームを超えた、三体世界を体現できる装置としての役割を持つ、重要な位置づけのゲームです。

更にはその発想のユニークさが光る「人列コンピューター」があります。ゲーム内の登場するフォン・ノイマンが数学の人海戦術として三千万人の兵隊たちを使って計算をします。三人の兵士を使ってANDゲートやORゲートほかの論理ゲートを作り計算させるというのです。

ちなみに、この部分を取り出して短編「円」が書かれ、ケン・リュウのSFアンソロジー『折りたたみ北京』に収録されているそうです。

 

 

更には、異星人社会の場面において作り出される兵器の「智子(ソフォン)」があります。

人工知能搭載陽子を言い、『三体』三部作のストーリーの基本に横たわる技術ですが、その理論的展開は一般人の理解の及ぶところではありません。

 

以上は、大きな仕掛けや小道具だけをざっと挙げてみただけです。しかし、その内容をみても分かるようにいかにもSF小説的な材料です。

SFが好きな読者にとってはこうした小道具を見るだけで胸がわくわくします。そして、実際に読むとその期待は裏切られません。

 

その他、本書の中心的な登場人物として主人公格の天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)とナノマテリアル研究者の汪淼(ワン・ミャオ)がいます。

また、ガラの悪い警察官の史強がまさにエンターテイメント小説の登場人物として光っていて、ストーリー展開上重要な役を担っています。

 

本書に関連する歴史上の大きな出来事として、1960年題から1970年代にかけて中華人民共和国で起きた文化大革命があります。毛沢東主導による文化運動であり、その重要な担い手であったのが紅衛兵です。

この紅衛兵の暴走は当時の日本の私たちも様々なかたちで知ることになりましたが、この暴走が葉文潔という人物の背景として重要の一を占めています。

こうした点を見ると本書の思想的な位置づけもできそうに思えてきますが、作者自身はそうした考えを否定しているそうです(リアルサウンド : 参照)。

 

本書も第三部「人類の落日」に入り「21 地球反乱軍」という章になると、物語が一気にエンターテイメント小説として展開されます。

そして、地球三体協会という組織があらわになり、それも降臨派や救済派といった言葉が突然現れてきて訳が分からなくなりかけます。

しかし、これまで垣間見えていた事柄がその意味を明らかにし、次第に壮大な物語がその全貌を明らかにしていくのです。

ここで伏線の回収されて壮大な物語がその全貌を明らかにしていくのですが、その全体は古典的名作と言われている A・C・クラークの『幼年期の終わり』を思い出すものであり、また 小松左京の『果しなき流れの果に』などとも比較されています。

 

 

そうしてみた場合、紅衛兵事件などから作者の思想的背景を推し量ろうとする試みは意味がないと思えてきます。ある種トンデモ話とも言えそうな壮大な物語の展開を見るとき、そうしたことは霧消してしまいます。

 

本書のように異星人の世界を描いたSF作品としては少なからずの作品がありますが、中でも アイザック・アシモフの『夜来る』という作品が多い出されます。

短編集ですが、名作です。その内容は紹介文を引用します。上記の二冊と合わせ是非読んでもらいたい作品の中の一つです。

2千年に1度の夜が訪れたとき、人々はどう反応するだろうか…六つの太陽に囲まれた惑星ラガッシュを舞台に、“夜”の到来がもたらすさまざまな人間模様を描き、アシモフの短篇のなかでもベストの評価をかち得た、SF史上に名高い表題作(「BOOK」データベースより)

 

 

最後になりましたが、本書の魅力は、一般に言われているように原作の翻訳を光吉さくらさん、ワン・チャイさんが行い、それをもとに大森実氏らが日本語訳を担当したという事実が大きいのかもしれません。

中国の人気SF小説『三体』の魅力」を読めばわかりますが、日本語訳の努力のあとは明白で、舞台背景にまで踏み込んだ本役のおかげで、本書の読みやすさは格段にアップしているようです。

劉 慈欣

1963年、山西省陽泉生まれ。発電所でエンジニアとして働くかたわら、SF短篇を執筆。『三体』が、2006年から中国のSF雑誌“科幻世界”に連載され、2008年に単行本として刊行されると、人気が爆発。“三体”三部作(『三体』『黒暗森林』『死神永生』)で2100万部以上を売り上げた。中国のみならず世界的にも評価され、2014年にはケン・リュウ訳の英訳版が行刊。2015年、翻訳書として、またアジア人作家として初めてSF最大の賞であるヒューゴー賞を受賞。また、原作短篇「さまよえる地球」が『流転の地球』として映画化、春節中の中国での興行収入が3億ドル(約330億円)に達したと報じられた。今もっとも注目すべき作家のひとりである(HMV&BOOKS online : 参照)>

伊藤 計劃

1974年10月生まれ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』で作家デビュー。同書は「ベストSF2007」「ゼロ年代SFベスト」第1位に輝いた。2008年、人気ゲームのノベライズ『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』に続き、オリジナル長篇第2作となる『ハーモニー』を刊行。第30回日本SF大賞のほか、「ベストSF2009」第1位、第40回星雲賞日本長編部門を受賞。2009年3月没。享年34。2011年、英訳版『ハーモニー』で、フィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞した。allcinema

虐殺器官 [ 新版 ]

9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?現代の罪と罰を描破する、ゼロ年代最高のフィクション。(「BOOK」データベースより)

 

本書は、「テクニカルかつ繊細なタッチで未来の戦争と世界の現実を語る衝撃的な長編」として、2000年代のベストSF小説と言われる長編のSF小説です。

 

近時、日本のSF小説を語るときに伊藤計劃という作家の名前が登場しないことはありませんでした。しばらくSF小説から遠ざかっていた私にとっては全く聞き覚えの無い作家でもありました。

そうして、あまり知らない、しかしいつかは読まなければならない作家として心の隅にあったのですが、それが今回の入院を機にやっとこの作家のデビュー作である本書『虐殺器官』を読むことができました。

読み終えた直後の率直な感想は、本書の全体が思弁的に過ぎ、物語にそうしたことを求めない私にとっては少々冗長とも感じてしまう、というものでした。

 

二十一世紀のアメリカ軍で暗殺を請け負う唯一の部隊である情報軍の特殊検索群i分遣隊所属のクラヴィス・シェパードという男が主人公であり、この男の一人称で物語は進みます。

主人公は世界で頻発している大虐殺の裏にいるジョン・ポールという男を追いかけることをその任務としていますが、残虐性を帯びた任務のためか、内省的であり、ある意味繊細でもあります。

そのうちジョン・ポールに接触した主人公は、脳があらかじめ持っていた遺伝子に刻まれた、言語を生み出す器官である「虐殺器官」という言葉を聞かされるのです。

 

再度書きますと、本書は私のような人間にとってはひとことで言えば「難しい」小説でした。

戦闘員が乗り込むポッドの姿勢制御には筋肉素材が使われている、などの設定自体はSF小説では特別ではなく、そのこと自体は別に難しいことでも何でもありません。

私が難しいと感じるのは、例えば主人公がルツィア・シュクロウプという女性と交わす、語学・ことばについての会話などのことです。

「言語が人間の現実を形成する」、「ホッブス的な混沌」などと言われても、ピンとくるものではないのです。ここで交わされる会話の意味を掴もうとすると、一語一語の意味を正確にとらえていかないと理解できず、物語に置いていかれます。

 

更に言えば、本書はアフォリズムと言っていいものか、格言風に主人公の心象を表現してある文章が多用されている点でも感情移入を阻む作品でもありました。

例えば「見つめられることの安堵は、息苦しさの表側に過ぎない。」などという文章があると、その文章の意味を理解しようと頭が働き、感覚的に主人公の言葉に乗っていけません。

そうでなくても主人公の思考過程で、「ことばによって現実が規定されていて」などという文章が出てくるだけでその意味に惑わされてしまうのですから、物語に感情移入するどころの話ではないのです。

 

本書ではそういう箇所が多々あり、ひとつのクライマックスでもあるジョン・ポールとの会話の場面もまたそうでした。

そこは、この場面ではタイトルの「虐殺器官」の意味もまた明らかにされていく大事な場面であり、物語に置いていかれるわけにはいかず、理解するのに必死だったのです。

 

ちなみに、「ホッブス的な混沌」とは、ホッブスが人間の自然状態だと言った「決定的な能力差の無い個人同士が互いに自然権を行使し合った結果としての万人の万人に対する闘争」( ウィキペディア : 参照 )の状態だと解していいのでしょうか。

 

このような難解さは第24回日本SF大賞を受賞した 冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』というサイバーパンクの匂いが強いSF長編小説でも感じたものでした。

この作品は、ギャンブラーのシェルに殺されかけているところをネズミ型万能兵器のウフコックとドクター・イースターに助けられた少女娼婦ルーン=バロットが、逆に彼らの力を借りシェルを追いつめるという物語です。

本書『虐殺器官』同様に登場人物の会話が難しく感じた作品でもありました。しかし、本書よりもアクション性が強いものの、本書のような思弁的な構造は持っていなかったようにも思いますが、ちょっと自信はありません。

 

 

とはいえ、読み終えてからあらためて本書に書かれていることを思い返してみると、本書『虐殺器官』はどこかのレビューにあった、ハウダニット・ホワイダニットとしてのミステリーとしての面白さも確かに持っていました。

それは、明らかにされた「虐殺器官」という言葉の意味が、さらにジョン・ポールによってささやかれるときのその本質的な理由に連なるものです。

そうしたことを含めて、読後の感想は単に「難しい」ということを超えて、驚きと納得とないまぜになった面白さがあったと言わざるを得ません。

 

本書はまた、共に私は未見ですがコミック化、さらにアニメ化もされています。