図書館の魔女 霆ける塔

図書館の魔女 霆ける塔』とは

本書『図書館の魔女 霆ける塔』は『図書館の魔女シリーズ』の第四弾で、2025年10月に講談社から672頁のソフトカバーで刊行された、長編のファンタジー小説です。

幽閉されたマツリカを救出する一の谷の高い塔の仲間たちの活躍が描かれる、胸躍るロマンに満ちた待望の一冊でした。

図書館の魔女 霆ける塔』の簡単なあらすじ

図書館の魔女マツリカは、宿敵ミツクビの罠に落ち山峡の獄に幽閉される。砦主らの手厚いもてなしを受けながらも、脱出の糸口を探るマツリカ。キリヒトたちは、彼女を救い出すため、夜ごと激しい雷に撃たれつづける石造りの砦ー「霆ける塔」に向かう。そして物語は2027年、『図書館の魔女 寄生木』へと続く。(「BOOK」データベースより)

図書館の魔女 霆ける塔』の感想

本書『図書館の魔女 霆ける塔』は『図書館の魔女シリーズ』の第四弾で、これまでと異なり図書館の魔女救出に動く高い塔の仲間たちの冒険の様子に胸躍るファンタジー作品です。

本書冒頭から図書館の魔女が囚われている様子の描写がありますが、この塔こそが『霆ける塔』であり、毎夜「霹靂に撃たれ苛まれる」塔であって、本書の展開がどうなるのか一瞬で引き込まれました。

 

この作者の文章の言い回しはなかなかに難しいとはわかっていたのですが、本書の言葉遣いはこれまでになく古風であり、一読するだけでは理解に苦しむ場面が多々あります。

シリーズのこれまでの作品が手元にないので確認はできませんが、古い言い回しが多用はされていても、本書ほどにはなかったような気がします。

例えば、本書冒頭の「1 天鼓(てんく)」の第一頁目には「光耀に眩む目が視覚を失った刹那に、青竹を強(あながち)に割り開くような裂帛が耳を劈(つみさ)き、雷霆が鳴り轟(ほめ)いて円天井を揺るがせた。」という文章があります。

この一文だけで「光耀」「強(あながち)」「裂帛」「を劈(つみさ)」く、「雷霆」、「轟(ほめ)いて」などと、普段使わないような言い回しが多用されているのです。

そもそも本書のタイトル『霆ける塔』からして意味が分かりません。調べると、「(雷が)激しく鳴り響く。」という意味だとありました( Weblio古語辞典 : 参照 )。

それでも、ほとんどの場合は前後の文脈から意味は分かりますので、辞書を引くまでもなく読み進めても支障はありません。

というよりも、本書の内容に惹きこまれてしまい、辞書を引くゆとりもなかったという方が正解でしょう。

 

なんといっても、本書の面白さの第一は登場人物たちの冒険譚にあります。

とはいっても、よくあるアクションが中心の冒険ではなく、前半はマツリカが囚われている場所の特定に奔走する一の谷の図書館付きの衛兵であるアキームイズミルといった面々が情報を収集し、ハルカゼキリンといった司書たちが頭脳を駆使し、次第にその居場所を確定する様子が描かれています。

さらに、本シリーズの第二弾『烏の伝言』で登場してきた剛力のワカンや鳥飼(とがい)のエゴンらが加わり、さらにファン待望のキリヒトが加わるのです。

このキリヒトの登場はネタバレになるかと思っていたのですが、それ以前に本書の「内容解説」や「あらすじ」の紹介に明記されているので問題ないでしょう。

 

まず、マツリカの幽閉されている場所を特定するための様子が知的好奇心をくすぐります。

そもそも本書の読書は、全編を通して作者の知識の豊富さを見せつけられ、色々な物事についての考え方を改めて教えられるようだと思いながらの読書でした。

なかでも、前半はハルカゼらを中心とした仲間たちがマツリカが囚われている場所を特定するために、少ししかない手掛かりから推論を重ねていく様子そのものが面白さに満ちているのです。

こうした推論の過程を詳細に描くには、地質、植物、気象、言語等々の知識に精通する必要、若しくは資料の読み込みをするにしても関連資料を丁寧に読み込み、理解する必要があるでしょう。

著者は言語学者でありその方面には詳しいでしょうが、地質や気象の方面まで詳しいとは思えず、かなり勉強をされたのではないでしょうか。

 

ところが、終盤を迎えるあたりから俄然サスペンス感に満ちた展開になってきたのには驚きました。

前半でマツリカの居場所が特定されるまでの静的な描写とは一転し、エゴンらを中心として救出劇に移るのです。

このアクション面が少々短めなのは残念でしたが、それでも壮大な救出劇は読みごたえがありました。

 

本書『』は読み手にとっては決して読みやすい作品とは言えないと思います。

ですが、私のように全部を理解できなくて読み飛ばすしかないような読者であっても、ストーリーについていけないことはなく、非常に面白い作品として読み終えることができたのです。

それもかなり引き込まれて読み終えた、と言ってよく、今はただ、さらなるマツリカの物語を読みたいと思っています。

 

なお、図書館で借りて読む派の私が読んだ本にはなかったため分かりませんでしたが、本作の初版の帯には「そして物語は2027年、『図書館の魔女 寄生木』へと続く。」とあったそうです。

続編を読むには、この後丸一年以上を待たねばならないようです。長いですが、待つしかありません。

愛しさに気づかぬうちに

愛しさに気づかぬうちに』とは

本書『愛しさに気づかぬうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第六弾で、2024年9月にサンマーク出版から336頁のソフトカバーで刊行された、連作のファンタジー小説です。

愛しさに気づかぬうちに』の簡単なあらすじ

亡くなった母に会いにいくことはできますか?「いつか、素直に話せると思っていたのに…」義理の母と、恋人と、父と…。そばにいたのにすれ違ってしまった人達の、再出発の物語。(「BOOK」データベースより)


第一話 お母さんと呼べなかった娘の話
東郷アザミは義母を母親と認めることが出来ずに反発し、家を飛び出したままに義母を亡くしてしまった。そして自分が結婚相手に連れ子の親となり、自分の義母と同じ立場になって、自分が義母に対しどんなにひどい仕打ちをしてきたか義づくことになったのです。そこで過去に帰ることにできるというこの店に来たのでした。

第二話 彼女からの返事を待つ男の話
七年前、中学二年生の沖島友和は、バレーボール部に属する中学一年生の時の同級生小崎カンナからバレンタインデーの日に告白を受けますが、沖島の同級生の男子の勘違いから彼女の思いを受け取ることができませんでした。ところがその日にカンナが神保町の喫茶店に行った帰りに記憶喪失となる事故に遭うのでした。

第三話 自分の未来を知りたい女の話
加部利華子は、芲田学からプロポーズを受けますが、自分が五年後に生きているかどうかも不明だという癌に罹患していることを告げられます。そこで、五年後にも自分が生きているかどうかを知りたいと思うのでした。

第四話 亡くなった父親に会いに行く中学生の話
十四歳の須賀ツグオは、一人で自分を育ててくれた父の須賀龍太の突然の死に、自分のことは心配しないでいいというために過去に戻ろうとするのでした。しかし、いざ過去に戻り、父親に会ったツグオは思いもよらないことを告げるのでした。

愛しさに気づかぬうちに』について

本書『愛しさに気づかぬうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の六作目であり、これまでと同じように四つの短編からなる連作のファンタジー小説集です。

本書でもまた、自分の思いを伝えることができないままに別れざるを得なかった人たちが、時間を超えてその相手に会いに行き、その思いを伝えようとする物語が綴られています。

ただ、ここでもタイムパラドックスが気になります。

例えば、「第一話 お母さんと呼べなかった娘の話」で、アザミが過去に戻り電話をかけたのであれば、本来であればその場にいた流はそのことを経験して知っていたはずですが、アザミが過去に戻るときに流がそのことを知っていたようには思えないのです。

しかしながら、本シリーズでこうした時間旅行ものにつきもののタイムパラドックスについて改めて論じることはもう野暮に過ぎるようであり論じることはやめます。

 

そうした点はともかく、この物語では人の思いは可能な時に伝えておかなければ相手には伝わらない、ということが繰り返し示してあります。

人の不幸はいつ訪れるかわからないのだから、伝えることが出来るときに伝えておかなければ取り返しのつかないことになりかねないというのです。

確かにその通りだと思いますし、そうすべきだと思います。しかしながら、そうした理屈では割り切れないところが人間なのだという思いもまたあり、本書のような物語が成立するのだと思います。

 

また、本書でだいじなのは、時田数のその夫である時田刻との馴れ初めについて語られていることもさることながら、これまでぼかされていた「フニクリフニクラ」の場所が明確にされていることでしょう。

すなわち、「第二話 彼女からの返事を待つ男の話」の中で、「神保町の喫茶店に行った帰りの小崎の事故」という文言があり、小崎カンナが最後に立ち寄った神保町の喫茶店がここ「フニクリフニクラ」であることが明記してあるのです。

さらに、「第三話 自分の未来を知りたい女の話」では、「フニクリフニクラ」が東京メトロの神保町駅から歩いていける距離にあるとまで明記してありました。

 

また、物語全体を眺めてみると本書では「フニクリフニクラ」の常連客である清川二美子が全部の話に登場し、狂言回しのような役割を担っている点も見逃せません。

ほかにも繰り返し登場して物語の要となる客がいたりと、単なる脇役であると思われていた常連客達もまたこのシリーズで重要な役割を担っていることが示されているのです。

言葉を変えれば、時田家だけではなく「過去に戻ることができると噂の喫茶店」自体が主役だと言えるのかもしれません。

それにしても、続編が期待されるシリーズです。

野崎 まど

※ 野崎まど:作品一覧(Amazonの頁へリンク)

野崎まど』のプロフィール

2009年『[映] アムリタ』で、「メディアワークス文庫賞」の最初の受賞者となりデビュー。 2013年に刊行された『know』(早川書房)は第34回日本SF大賞や、大学読書人大賞にノミネートされた。2017年テレビアニメーション『正解するカド』でシリーズ構成と脚本を、また2019年公開の劇場アニメーション『HELLO WORLD』でも脚本を務める。講談社タイガより刊行されている「バビロン」シリーズ(2020年現在、シリーズ3巻まで刊行中)は、2019年よりアニメが放送された。文芸界要注目の作家。

引用元:ブクログ

野崎まど』について

2024年11月に講談社から224頁のハードカバーで刊行された『小説』という作品が、2025年本屋大賞の第3位となっています。

クスノキの女神

クスノキの女神』とは

本書『クスノキの女神』は『クスノキ神シリーズ』の第二弾で、2024年5月に実業之日本社から320頁のソフトカバーで刊行された、長編のエンタメ小説です。

若干都合がよすぎるという印象を持ったことは否めないものの、それでも感動的な物語展開はさすがなものでした。

クスノキの女神』の簡単なあらすじ

神社に詩集を置かせてくれと頼んできた女子高生の佑紀奈には、玲斗だけが知る重大な秘密があった。
一方、認知症カフェで玲斗が出会った記憶障害のある少年・元哉は、佑紀奈の詩集を見てインスピレーションを感じる。
玲斗が二人を出会わせたところ瞬く間に意気投合し、思いがけないプランが立ち上がる。
不思議な力を持つクスノキと、その番人の元を訪れる人々が織りなす物語。
待望のシリーズ第二弾!(内容紹介(出版社より))

クスノキの女神』について

本書『クスノキの女神』は『クスノキ神シリーズ』の第二弾です。

若干都合がよすぎるという印象を持ったことは否めないものの、それでも感動的な物語展開はさすがなものでした。

 

ある日、玲斗のいる神社に一人の女子高生が詩集を置かせて欲しいと言ってきました。

一方、軽度認知障害を患っている玲斗の叔母の柳澤千舟が通う認知症カフェで、記憶障害を持った絵を描く才能のある少年と出会うのでした。

 

本書は、主人公である直井玲斗の叔母である軽度認知障害という病を持つ柳澤千舟を一方におき、他方に記憶障害のある針生元哉という少年をおいて展開される物語です。

自分の生活の履歴の一部が欠け落ちてしまうことの恐ろしさは想像がつきますが、現実にそうした事態に陥った場合の衝撃はたぶん想像を超えたところにあると思います。

歳を重ねてある程度の覚悟ができているなか、少しずつそうした事態に直面していく場合も怖いのですが、まだ若いうちに昨日の記憶が抜け落ちるなどの事態は想像すらつかないと思います。

そうした、それなりの歳をとった中での初期の認知症に直面した千舟と、病のために一晩眠った時に前日の記憶を維持できない少年とを物語の中心においた本書は様々なことを考えさせられます。

 

そこに、玲斗のいる月郷神社に詩集を置かせてほしいと頼んできた早川佑紀奈という高校生が絡み、佑紀奈と元哉という二人の共同作業の進捗を見守るという形でこの物語は進みます。

ちなみに、ここでの二人の共同作業が佑紀奈の文章に元哉が絵を添えるという絵本の作成作業ですが、ここでの絵本が現実に出版されることになりました。

それが、本書の作者である東野圭吾の文章に、絵本作家の吉田瑠美(よしだるみ)氏が絵を担当した『少年とクスノキ』という絵本です。

 

玲斗が中心になって、若い二人の夢をかなえさせる話を縦軸に、玲斗の叔母の千舟の認知症に対する態度を横軸に置いた物語だといえるかもしれません。

そして、玲斗は「記憶」という一点で共通する、軽度認知障害という病を持っている千舟と、記憶を一日しか維持することが出いない病を抱えている元哉のそれぞれの生き方を見つめています。

東野圭吾の描き出すファンタジー系統のシリーズ作品であり、やはり東野圭吾の感動的な物語である『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の系統に並ぶ作品だと言えます。

狐笛のかなた

狐笛のかなた』とは

本書『狐笛のかなた』は、2003年11月に理論社から刊行され、2006年12月に新潮文庫から392頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

著者上橋菜穂子の心の中にある日本という国を舞台にした作品で、西洋をイメージさせるファンタジーとは異なった和風ファンタジーともいうべき物語です。

狐笛のかなた』の簡単なあらすじ

小夜は12歳。人の心が聞こえる“聞き耳”の力を亡き母から受け継いだ。ある日の夕暮れ、犬に追われる子狐を助けたが、狐はこの世と神の世の“あわい”に棲む霊狐・野火だった。隣り合う二つの国の争いに巻き込まれ、呪いを避けて森陰屋敷に閉じ込められている少年・小春丸をめぐり、小夜と野火の、孤独でけなげな愛が燃え上がる…愛のために身を捨てたとき、もう恐ろしいものは何もない。野間児童文芸賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

狐笛のかなた』について

本書『狐笛のかなた』は、第42回野間児童文芸賞及び、第51回産経児童出版文化賞推薦を受賞した和風ファンタジー作品です。

著者上橋菜穂子が本書のあとがきで、「これは、私の心の底にある<なつかしい場所>の物語なの」だというように、著者の「日本の野山の匂いに満ち」たなつかしい場所を舞台としています。

その日本で「火色の毛皮を光らせて枯野を走る狐」の物語として生れ出た、と書いておられるように、この物語の雰囲気は上橋菜穂子の『守り人シリーズ』(新潮文庫 全十四巻)や『獣の奏者』(講談社文庫 全五巻)といった作品とは異なる世界観を持っています。

そしてその言葉のとおりに、この物語は、一匹の子狐がまるで「火が走るように」夕暮れの野を駆ける場面から幕を開けるのです。


狐笛のかなた』の登場人物

この物語は、人の思いを感じることのできる“聞き耳”という能力を有している小夜という少女を主人公としています。

そして、この小夜の懐に飛び込んできたのが姿を狐や人間の姿へと変化させることができる霊弧の野火だったのです。

その後、この狐を抱えた小夜は森陰屋敷から抜け出てきた小春丸という少年と出会いますが、この二つの出会いが物語の幕開けとなるのでした。

それまで育ててくれた婆ちゃんの綾野が亡くなり、十六歳となった小夜が一人で年越しの市へ行ったとき、争いに巻き込まれた小夜を助けてくれたのがであり、その兄が大朗という男で、過去の小夜や小夜の殺された母親の花乃の知人だったのです。

霊弧である野火には玉緒影矢という仲間がおり、彼らをまとめているのが湯来ノ盛惟に仕える久那という呪者でした。

ほかにも少なくない人々が登場しますが、文庫本ではその冒頭に登場人物の一覧が設けてありますし、ウィキペディアにもまとめてあります。

狐笛のかなた』の感想

物語は小夜と野火の二人(?)を軸として、春名ノ国を治める有路(ゆうじ)ノ一族湯来ノ国を治める湯来(ゆき)ノ一族との争いに巻き込まれていく姿が描かれます。

冒頭に述べたように、本書『狐笛のかなた』は著者の心の中にある日本を舞台にした物語であって、まさに和風ファンタジーというべき作品です。

それは登場人物の名前や地名だけの問題ではありません。物語自体が石の文化ではなく、木の文化の中で展開されています。豊かな森のたたずまいの中で展開されるのです。

また、本書でも『守り人シリーズ』に出てくるナユグと呼ばれる異世界に似た、この世と神の世の狭間にある「あわい」と呼ばれる異世界が登場します。

この「あわい」の在りようが、ナユグとは名前だけではなく、異世界そのものが異なる様子を実際に読んで確認をしたもらいたいと思います。

 

しかしながら、舞台は和風であっても、主人公は上橋菜穂子の作品の登場人物らしく力強く、そしてたくましく生きていきます。

逆境にあっても常に前を見て、困難な状況を乗り越えていこうとする姿は胸を打つのです。

また、小夜を支える人たちや、敵役として設定されている人物たちにしても、その立場に応じて魅力的に描き出されているのはさすがなものだと感じます。

 

本書『狐笛のかなた』のような日本を舞台委にしたファンタジーといえば、梨木香歩の『家守綺譚』があります。

亡くなった友人の実家の家守をしている人物が、四季折々にその家の周りで起こる奇妙な現象を情緒豊かに描いた作品で、かなりの読み応えがあった作品です。

また、畠中恵の『しゃばけシリーズ』は江戸時代の日本を舞台にしています。一冊だけ読んで私の好みとは異なったのでそれ以降は読んでいませんが、軽く読めるファンタジーとして人気を博しているシリーズです。


思い出が消えないうちに

思い出が消えないうちに』とは

本書『思い出が消えないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第三弾で、2018年9月にサンマーク出版から382頁のソフトカバーで刊行された、連作短編小説です。

これまでのシリーズでの物語と同様に、すでに亡くなった方への種々の思いを確認するための物語が語られています。

思い出が消えないうちに』の簡単なあらすじ

伝えなきゃいけない想いと、
どうしても聞きたい言葉がある。

心に閉じ込めた思い出を
もう一度輝かせるために、
不思議な喫茶店で過去に戻る4人の物語――。(「BOOK」データベースより)


第1話「ばかやろう」が言えなかった娘の話
小樽にある、過去に戻ることができる座席があるという「喫茶ドナドナ」に、瀬戸弥生という一人の娘が訪れてきた。弥生は過去に戻って「私を産むだけ産んで、勝手に死ん」だ両親に一言恨みを言いたいと、この店を訪れたのだった。

第2話「幸せか?」と聞けなかった芸人の話
第一話で登場してきたポロンドロンの驫木が、亡くなった妻の世津子に会って芸人グランプリで優勝したことを告げるために「喫茶ドナドナ」へやってきた。驫木が過去へ戻った直後に「喫茶ドナドナ」へやってきた林田は、驫木はもう帰ってこないつもりだというのだった。

第3話「ごめん」が言えなかった妹の話
この話でも第一話から登場してきた常連客の市川麗子と、同じ常連客の精神科医の村岡沙紀の物語です。麗子は数ヶ月前に妹の雪華が亡くなったことで沙紀を主治医として治療を受けていました。ある日、「喫茶ドナドナ」を訪れていた二人を襲った突然の雷雨による停電の中、雪華が現れます。

第4話「好きだ」と言えなかった青年の話
この物語は、これまでの話のすべてに登場してきていた玲司とその幼馴染の菜々子の物語です。芸人になりたい玲司を応援していた菜々子でしたが、玲司がオーディションを受けるために東京へ行っている間に自身の難病の治療のためにアメリカへ治療に旅立ってしまいます。玲司は自分が東京へと旅立つ前の菜々子に会いに過去へと戻るのでした。

思い出が消えないうちに』の感想

本書『思い出が消えないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第三弾で、登場人物たちが「喫茶ドナドナ」へとやってきます。

そして、これまでのシリーズでの物語と同様に、すでに亡くなった方への種々の思いを確認するための物語が紡がれているのです。

 

本書では最初に北海道にいる時田流と、喫茶店「フニクリフニクラ」にいるの妻のとの電話越しでの会話の場面から幕を開けます。

計は十四年前に亡くなっているのですが、未来である現在へと飛んで、まさに今、娘のミキと会っているのです。

しかしその流は、流の母親で「喫茶ドナドナ」の経営者でもある時田ユカリがアメリカに行ってしまったことから、その店の営業を引き継ぐためにいとこのと数の娘のを連れてここ小樽へとやってきていました。

というのも、「喫茶ドナドナ」も喫茶店「フニクリフニクラ」と同じく過去に戻ることができる座席がある喫茶店であるため、アメリカに行ってしまった時田ユカリの代わりにコーヒーを淹れることができる幸を連れてきたというわけです。

残された幸のいる喫茶店「フニクリフニクラ」は、常連客だった賀田多五郎二美子夫婦にまかせて小樽に来ているのでした。

つまり、第一巻『コーヒーが冷めないうちに』の第四話の話がこの話へとつながり、また過去へ戻ることのできる座席は喫茶店「フニクリフニクラ」だけではなく、ここ小樽の「喫茶ドナドナ」にもあることが明かされているのです。

 

こうして本書『思い出が消えないうちに』になって物語の舞台が小樽へと変更になっている理由がまず説明され、時田ユカリなどの重要な登場人物たちの簡単な紹介がなされていきます。

本書では、過去に戻ることができる座席が存在する喫茶店が「フニクリフニクラ」以外に北海道の小樽にもあったのだという驚きがありますが、それと同時に時田ユカリという人物の存在も大変に大きなものとなっています。

この時田ユカリという人物は、人探しの手伝いのためにアメリカへ行ってしまうという行動力もすごいのですが、本書の各話のそれぞれについて時田ユカリが何らかの手立てを施していて、それが主人公の行動のきっかけを作っているのです。

彼女の洞察力たるや素晴らしいものがあります。

 

本書『思い出が消えないうちに』では、メインの登場人物が過去へ戻る、若しくは未来へと飛ぶ本体の話はもちろん面白いのですが、物語の合間に『もし、明日、世界が終わるとしたら?一〇〇の質問』という書籍に掲載されている設問が紹介されています。

例えば、一人だけ助かる部屋があったとして、もし明日世界が終わるとしたら、あなたはどちらの行動をとりますか、という設問に対し、「①入る」「②入らない」のどちらの行動をとりますか、というように問われるのです。

ほかにも、世界の終わりを前提として、自分の不倫を正直に話すかとか、自分の十歳の子供に明日世界が終わることを話すか、などの問題が出されています。

本書の四つの物語のそれぞれで、伝えられなかった人の「思い」について様々な形があることが示され、読者は自分なりの答えを見つけようと考えることになりますが、それとは別に、単純ですが正解のない究極の設問が提示され、その設問がスパイスのように効いているのです。

 

また、本書『思い出が消えないうちに』で特に目立ったのは、第三話『「ごめん」が言えなかった妹の話』での停電の場面での演出です。この手法はこれまで見たことがありませんでした。

ただこうした紙の書籍自体に仕掛けを施してある作品としては、杉井光の『世界でいちばん透きとおった物語』や、泡坂妻夫の『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』などがありました。

これらの作品は作者の膨大な努力の末に実現できるもので、その観点からすると本書の仕掛けは大したこととは思えなくなりますが、それでも読んでいく途中で突如この仕掛けに出会うと、驚きであり、そのアイデアには脱帽です。


 

本書は、そうした視覚上の演出は別にしても、これまでのシリーズの各作品と同様に、切ない物語が紡がれています。

その上で、この切なさに満ちた物語であることが前提となる話ですが、「タイムパラドックス」といわれる矛盾点を厳密にとらえずにファンタジーとして読むことができる人であれば、かなり楽しめる作品だと思います。

現時点(2025年5月30日)で、このシリーズも第六弾『愛しさに気づかぬうちに』まで出版されています。

まだ未読作品がありますので、できるだけ早めに読みたいと思っています。

コーヒーが冷めないうちにシリーズ

コーヒーが冷めないうちにシリーズ』とは

本『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』は、過去に戻ることができる座席がある、とある喫茶店を舞台にした連作のファンタジー作品です。

告げることができなかった思いを主軸にした作品だけに、人との別れが前提となっていて、当然ですが切なさに満ちた物語になっています。

コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の作品

コーヒーが冷めないうちにシリーズ(2025年05月28日現在)

  1. コーヒーが冷めないうちに
  2. この嘘がばれないうちに
  3. 思い出が消えないうちに
  1. さよならも言えないうちに
  2. やさしさを忘れぬうちに
  3. 愛しさに気づかぬうちに

コーヒーが冷めないうちにシリーズ』について

本『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』は、過去に戻ることができるという座席がある喫茶店を舞台にした物語が収められています。

自分の思いを伝えることができないままだったり、相手からも伝えられることがないままに永遠の別れをしなければならなかった方も少なからずいるのではないでしょうか。

そうした失った機会が再び与えられるかもしれない場所が、本書の舞台の喫茶「フニクリフニクラ」です。

しかし、過去に戻るためには非常にめんどくさいルールがありました。

そのルールとは、

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいるし、その席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

というものでした。

このルールを聞かされ、過去の改変もできないのならば過去に戻る意味はないと、あきらめて帰る人が多いのだそうです。

またシリーズが進むにつれ、上記の条件だけではなく、さらに細かなルールもあることが明らかになっていきます。

例えば、「ネコショカ」というサイトでは以下のようにまとめてありました。(勝手に引用させてもらっています。)

六、過去に戻れるのは一度だけ(二回目の挑戦は出来ない)
七、コーヒーが冷めてしまっても飲み干さなかった場合は、その時間に取り残され幽霊となる。
八、過去だけでなく未来にもいくことが出来る。但し未来は不確定であり、望んだ人物に必ず再会できるとは限らない
九、過去に戻れるコーヒーを淹れることが出来るのは時田家の女だけである
十、妊娠した子供が女児である時点で時田家の女はその力を失う

 

これまでも、タイムスリップものの小説は多くの作品があります。

まず忘れてならないのは、R・A・ハインラインの『夏への扉』という作品であり、古典中の古典です。

日本のロマンチックSF小説で言えば、わが郷土熊本の作家である梶尾真治の『美亜へ贈る真珠』という作品があります。ごく初期の作品で、私が若い頃に読んで一発でファンになった作品です。

また、死者に会う、という話では辻村深月の『ツナグシリーズ』が思い出されます。一生に一度だけの死者との再会を叶える使者「ツナグ」をめぐる物語です。



また、有村架純主演で、シリーズ第一弾『コーヒーが冷めないうちに』と、第二弾『この嘘がばれないうちに』をもとに、石田ゆり子、薬師丸ひろ子、吉田羊、松重豊といった役者さんたちがわきを固めで映画化されています。

図書館の魔女 高い塔の童心

図書館の魔女 高い塔の童心』とは

本書『図書館の魔女 高い塔の童心』は『図書館の魔女シリーズ』の第三弾で、2025年2月に講談社から224頁のソフトカバーで刊行された、長編のファンタジー小説です。

マツリカの物語という当方の事前の思惑とは異なり、半分はマツリカの祖父であるタイキの仕事の話でしたが、読了後はやはり深く心に残る物語でした。

図書館の魔女 高い塔の童心』の簡単なあらすじ

リブラリアン・ファンタジーエピソード0。多様な都市国家の思惑が交差する海峡地域。その盟主、一ノ谷には「高い塔の魔法使い」と呼ばれる老人タイキがいた。歳のころ六、七である孫娘マツリカは、早くに両親を亡くし祖父のもとに身を寄せている。ある日、タイキを中心に密談が交わされた。海を隔てた潜在的敵国・ニザマとの海戦に備えてのものだった。一方、マツリカは好物の海老饅頭の味が落ちたことを疑問に思い、その理由を解き明かそうとする。国家の大計と幼女の我が侭が並行し、交錯していく…。(「BOOK」データベースより)

図書館の魔女 高い塔の童心』の感想

本書『図書館の魔女 高い塔の童心』は刊行順に見ると『図書館の魔女シリーズ』の第三弾となる作品ではありますが、内容に着目すると本シリーズのエピソード0というべき物語です。

すなわち、まだマツリカが「図書館の魔女」になる前、マツリカの祖父であるタイキが活躍している頃の話であって、読書途中での印象は今一つという印象であったものの、読了後はやはり深く心に残る物語でした。

 

このシリーズの中心人物であるマツリカは本書では未だ六~七歳の幼女です。そして、『図書館の魔女シリーズ』でも重要人物として登場しているハルカゼが議会から任ぜられ、高い塔に出仕し始めてからまだ数ヶ月という頃の話です。

この頃のマツリカは「誰にも心を許していない」子で「話さぬ子、そして笑わぬ子」でした。

それは「高い塔」の現在の主である祖父タイキに対しても同様であり、ただ、ハルカゼと同時期に出仕し始めたマツリカと同じ聾啞者であるイラムという娘とのみ頻繁に話しをしているということだったのです。

 

この物語はシリーズの本編とは異なり、物語の大きな展開はありません。ただひたすらに「高い塔」での出来事が描かれています。

それもマツリカの日常や、市井で「高い塔の魔法使い」と呼ばれているタイキの為す会議の様子が描かれているだけです。

そうした日常、また会議が描かれていくなかでマツリカやタイキの人となり、そしてこの世界の現況や用間の働きの様子などがさり気なく紹介されていきます。

 

本シリーズの作者高田大介はその紹介にもあるように言語学者です。だから、といっていいものか、使われている単語や紡がれている文章の成り立ちからして厳密です。その上でその発想が実にユニークなのです。

そして、本書の冒頭で第三次同盟戦争についての言及、つまり起こらなかった第三次同盟戦争は起こるべき原因が無かったのか、それとも起こらなかった原因があったのだろうか、という問題提起が為されています。

こうした物語の導入は読み手の思考を導き、本書の性質を紹介していることでもあり、感心するしかありません。

第三次同盟戦争が起こらなかった理由について解き明かしてあると共に、幼いマツリカの両親や、マツリカが言葉を失うに至った理由などが明らかにされます。

 

本書『図書館の魔女 高い塔の童心』の特徴を挙げると、先に述べた描かれる会議の内容に尽きるとも言えます。

このシリーズの特徴はというと、一の谷と大国ニザマとの「外交エンターテインメント」とも称されるほどに権謀術数に彩られた外交の様子などの描かれ方が緻密でありながらも、一方ではエンターテイメント性豊かに語られるところにあります。

本書では先代の高い塔の主であるタイキの、覇権国家である大国ニザマとの交渉の様子が語られています。

そして、そこでは集められた間諜たちと共に現状の報告を受けつつ、情報の共有を図るその会議の模様が描かれ、タイキの活動の様子が理解できるように描かれています。

 

そしてもう一点。こちらの方が本命だと思うのですが、まだ幼いマツリカが言った、提供された“海老蒸し饅頭”についての不味いといった言葉から展開される、“美味い海老蒸し饅頭”の復活劇です。

マツリカが次の「高い塔の魔法使い」の萌芽を見せるその描写は驚き以外の何ものでもありません。

本当はこうしたことを書くこと自体がネタバレとも言うべきことでルール違反かもしれないと思うのですが、この点が本書の面白さのポイントなのです。

先に述べたように本書では具体的なイベントは起きず、ほとんどが会議や世間話の描写に費やされているため、途中まではシリーズ本編に比して面白味が少ないなどと思っていた程ですから。

 

しかしながら本書では、些細な会話の中に国家間の情勢を左右するほどの重要な情報が含まれていることもある、という事実を教えてくれたシリーズ本編と同様のことを知らしめてくれていたのです。

途中まで、単純に物語の起伏に乏しいことを不満に思っていた自分を情けなく思います。

そして、最後に『高い塔の童心』という本書の副タイトルに込められた大きな意味を思い知らされることになるのです。

 

本書『図書館の魔女 高い塔の童心』のように世界観が緻密に構築された日本のファンタジーと言えば、まずは上橋菜穂子を挙げるべきだと思います。

その作品としては『守り人シリーズ』などがありますが、どの作品も文化人類学者でもある著者の作り込まれた世界観が見事です。

次いで、個人的には小野不由美が浮かびます。何と言っても『十二国記シリーズ』の魅力的な世界が忘れられないのです。

ほかにも多くの紹介すべき作品がありますが、ここでは紹介しきれません。


 

ちなみに、作者のX(エックス)によれば、「図書館の魔女続編の『霆ける塔』は脱稿まで後少し。」とありますので近く刊行されることを期待しています。

追記:
続編の『図書館の魔女 霆ける塔』は、2025年10月に刊行されました。期待に違わない非常に読み応えのある作品でした。

楽園の楽園

楽園の楽園』とは

 

本書『楽園の楽園』は、2025年1月に中央公論新社から104頁のハードカバーで刊行された中編小説です。

SFというべきか、ファンタジーと言うべきか、それともそのどちらでもないのか分類しにくい、しかし物語としては面白い作品でした。

 

楽園の楽園』の簡単なあらすじ

 

これはディストピア小説か、ユートピア小説か?大規模停電、強毒性ウィルスの蔓延、飛行機墜落事故などが立て続けに発生し、世界は急速に混乱に陥った。これらすべての原因は謎の人工知能『天軸』の暴走と考えられた。五十九彦、三瑚嬢、蝶八隗の選ばれし三人は、人工知能の開発者が描いたという巨大な樹の絵画『楽園』を手掛かりに、暴走する『天軸』の所在を探る。旅路の果てには、誰も想像できない結末が待ち受ける。壮大で、不思議で、だけど皮肉なアドベンチャー。(「BOOK」データベースより)

 

楽園の楽園』の感想

 

本書『楽園の楽園』は、その長さが100頁強という短編とも中編とも言えそうな長さの、とても読みやすい物語です。

SFともファンタジーとも呼べる、分類はしにくいのですが物語としてはとても面白い作品でした。

 

人工知能「天軸」の暴走のため、種々のトラブルが発生して混乱が生じ、急速に末期的な状況へ向かっている世界が舞台の物語です。

人工知能の制作者である「先生」が「天軸」を探して旅立ちますが、行方不明となってしまいます。

その「先生」の居場所が偶然の重なりから見つかりますが、その場所は強毒性のウイルスの蔓延する感染地帯を抜けていかなければならないところでした。

そこで、「驚異的な免疫力」とそれぞれに特別な能力を持つ三人が選ばれ、「先生」と「天軸」のある場所へと向かうことになったのです。

 

本書『楽園の楽園』はつまりは寓意譚と言っていいのでしょう。どういう寓意かを書くことはネタバレになるのでここでは書きませんが、一筋縄ではいかない小説です。

ただ、伊坂幸太郎の作品らしく登場人物たちの会話のリズムはいいのですが、いつもの作品以上に重要な意味を持ってくるととは言えるでしょう。

 

本書の登場人物は、五十九彦(ごじゅうくひこ)三瑚嬢(さんごじょう)蝶八隗(ちょうはっかい)という三人組であり、問題の人工知能を開発した<先生>を探しに旅立ちます。

さらに、その人工知能の名前が天竺ならぬ<天軸>という名前です。

つまりは『西遊記』を下敷きにした作品だということですが、その意味は世界を救う旅だということにあるのでしょうか。

 

そんな『西遊記』の大まかな骨格だけを持った本書ですが、100頁にも満たない短さと、挿絵まで入った装丁はさらに読みやすさを加速しています。

しかしながら書かれている事柄は一筋縄ではいかない内容であり、単純に一読して理解できるとはいかないようです。

特に、重要なアイテムの一つとして使われているのが井伏鱒二の『山椒魚』という短編です。

具体的には、ラスト近くで『山椒魚』での蛙の言葉を引用して五十九彦の心象を表現してありますが、『山椒魚』自体を読んでいないので意味が分かりませんでした。

調べてみると、この蛙の言葉というのは「今でも別にお前のことを怒ってはいないんだ」というものであり、本書の言葉を借りると、山椒魚に対しての「時間の経過や自然の営為に重ねられた日本的な融和・和解の姿」の言葉なのだそうです。

そして、この言葉の意味について後に様々な考察が行われていたのだそうです( ウィキペディア : 参照 )。

 

また、本書『楽園の楽園』の構造についても私自身では読み取ることはできませんでした。

すなわち、本書は単純にはミステリー作家としての伊坂幸太郎が描くユートピア(?)小説だと思っていたのですが、じつは「因果関係の想像力が引き起こす悲喜劇を、物語ジャンルの中でも特に因果関係を重視するミステリーの枠組みを使って描き出」しているのだというのです。( The Sankei Shimbun : 参照 )

私は壮大な寓意譚だと思っていたのだけれど、伊坂幸太郎というミステリー作家の描く「本作の最大の驚きと挑戦」だという書評家の吉田大助氏の言葉は私が全く抜け落ちていた見方でした。

 

本書『楽園の楽園』は、その短さもあって軽く、楽しく読めた作品でしたが、その抱える内容はかなりの長編を書けるものです。

簡単に読み飛ばすのも一つの読み方ではあるのでしょうが、そうではなく一行ごとの言葉の意味を考えていくというのもたまにはいい読書ではないでしょうか。

それだけのものを持った作品だと思います。

暗黒戦鬼グランダイヴァー

暗黒戦鬼グランダイヴァー』とは

 

本書『暗黒戦鬼グランダイヴァー』は、2024年12月にKADOKAWAから376頁のハードカバーとして刊行された、長編の警察アクション小説です。

装甲防護服に身を包んだ警察官を主人公に「異人」の犯罪者を相手に戦うアクション作品で、それなりに面白く読んだ作品です。

 

暗黒戦鬼グランダイヴァー』の簡単なあらすじ

 

麻薬と暴力で荒廃した近未来の東京。警視庁機動制圧隊の深町辰矛は「ダイバースーツ」と呼ばれる装甲防護服に身を包み、反社会的勢力「異人」の生け捕りを任務としていた。職務中、辰矛は異人グループから襲撃を受けて瀕死の重傷を負い、さらに同僚と恋人を目の前で殺されてしまう。そんな地獄から辰矛を救ったのは、異人をも凌ぐ暴力で敵を薙ぎ倒す「漆黒のダイバー」。その正体と目的は?絶望の淵から生還し、復讐のために立ち上がった辰矛。彼の行く末は正義の執行人か、それともテロリストかー。(「BOOK」データベースより)

 

暗黒戦鬼グランダイヴァー』の感想

 

本書『暗黒戦鬼グランダイヴァー』は、「ダイバースーツ」と呼ばれている装甲防護服(パワードスーツ)に身を包んだ警察官を主人公とする、近未来を舞台とした長編の警察アクション小説です。

その主人公が、異人からも警察からも追われている「黒い悪魔」に助けられ、その後「異人」の犯罪者を相手に戦うエンターテイメント作品で、まだ半端な印象ではあるものの、それなりに面白く読んだ作品でした。

 

近年の誉田哲也の作品は何となくの政治色を帯びているように感じますが、本書は特にその傾向が色濃く出ている作品でした。

例えば、前作の『首木の民』では、「経済」の問題、それも古くから経済政策の二大潮流として言われている積極財政と緊縮財政との対立を、この作者らしいエンターテイメント作品として仕上げてありました。

本書の場合、日本ではそれほど大きな問題にはなっていないようですが、しかし諸外国ではかなり大きな問題となっている移民問題を取り上げてあります。

しかし、外国人犯罪の増加が言われている日々のニュースを見ていると、わが日本でも決して他人事とは言えない時代に来ているのかもしれません。

 

そうした時代背景のなか本書『暗黒戦鬼グランダイヴァー』では、出自も明確ではなくて日本社会を構成している団体のひとつとなっている移民集団を「異人」として取り上げ、その中の犯罪者集団を敵役としています。

そして、異人の犯罪グループを取り締まる担当になっている警察組織を作出し、その主人公が「現代版必殺仕事人」のような組織の一員となっていく様子が語られているのです。

 

警察内部の仕置人的存在を主人公にした作品といえば、中山七里の『祝祭のハングマン』があります。

中山七里が「現代版必殺仕事人」を書いてほしいという依頼に応じて書かれた作品だそうです。

 

また、読み進んでいる途中に「装甲防護服」から思い出したのは月村了衛の『機龍警察シリーズ』です。

機龍警察シリーズ』の場合は、警視庁特捜部が保有する外装装置を個性的な操縦者が操縦し闘う物語です。つまり、人間が操縦するロボットのような乗物、という認識でそうは離れていないと思います。

一方本書は、訓練を受けた特定の警察官がより簡便な「ダイバースーツ」と呼ばれる装甲防護服を着用し戦う物語であって、戦闘用のアイテムそのものが異なります。

あくまで特殊繊維(アラミド繊維)を使用した防護服を装着しているのであり、ロボットのような外装装置を操縦しているわけではありません。

 

主人公は深町辰矛という警視庁警備部第三課「第二機動制圧隊」所属の装甲防護服装着員です。

同僚として狙撃手の富樫や同じ狙撃手の吉山恵実などがいますが、この三名で一個班を構成しています。

辰矛が所属するこの一個班が、ある突入事件で吉山は殺され、富樫は入院する羽目になってしまい、辰矛もまた異人に捕らえられてしまいます。

そこに異人たちに「黒い悪魔」と恐れられている存在があらわれ、辰矛はその悪魔に助けられるのでした。

ここでさらに、警視庁公安部外事第四課三係統括主任の芹澤孝之、さらに、大和一心会の上院議員の赤津延彦らが絡み、話は単なる異人を取り締まるアクション小説の枠を超えて広がっていくのです。

 

本書『グランダイヴァー』は、この「悪魔」と呼ばれた「グラン・ダイバー」の物語であり、いまだ一個の物語として完成しているとは思えません。

多分シリーズ物になるのでしょう。そうでなければ本書だけではあまりにも中途半端な物語になってしまいます。

例えば、細かな点では辰矛たち制圧隊がダイバースーツを着用する前や、グラン・ダイバーがスーツ着用の前にに飲む薬は一体何なのかなど、解決されていない謎は多く残っています。

大きくは辰矛が属することになる組織そのものの成り立ちや在りようなど、簡単にしか語られていない点も多く、物語の世界観ももう少し丁寧に構築されてしかるべきだと思うのです。

誉田哲也の壮大な物語は始まったばかりで、これから本格的に展開されるものと期待しています。