風の海 迷宮の岸

風の海 迷宮の岸』とは

 

本書『風の海 迷宮の岸』は『十二国記シリーズ』の第二弾で、2012年9月に井上朱美氏の解説まで入れて390頁で文庫化された、長編のファンタジー小説です。

 

風の海 迷宮の岸』の簡単なあらすじ

 

幼(いとけな)き麒麟に決断の瞬間が訪れる──神獣である麒麟が王を選び玉座に据える十二国。その一つ戴国(たいこく)麒麟の泰麒(たいき)は、天地を揺るがす<蝕(しょく)>で蓬莱(ほうらい)(日本)に流され、人の子として育った。十年の時を経て故国(くに)へと戻されたが、麒麟の役割を理解できずにいた。我こそはと名乗りを挙げる者たちを前に、この国の命運を担うべき「王」を選ぶことはできるのだろうか。(内容紹介(出版社より))

 

風の海 迷宮の岸』の感想

 

本書『風の海 迷宮の岸』は、戴国の物語であり、幼い麒麟が、自分が何ものであるかも分からないでいるなかで王を選び、その後も自分の決断の是非に悩む姿が描かれています。

本書での主役である麒麟の高里要は、蓬莱、つまり日本で祖母から厳しく育てられているところを異世界へと連れてこられました。

そこは夢のような世界であり、禎衛(ていえい)蓉可(ようか)、そして上は人、下は豹でほかに魚や蜥蜴といった要素を持つ汕子(さんし)という女怪が彼を優しく包んでくれる世界だったのです。

異世界へと連れてこられた彼、つまり戴国の麒麟である泰麒の高里要は、ここ蓬山で生まれたものの、蝕と呼ばれる天変地異のために蓬莱へと流され、そこで女の胎に辿り着いて胎果となり育てられていたのです。

何もわからないままに、優しい性格の泰麒は自分が麒麟として未熟であるために皆に迷惑をかけているのではないかと悩み苦しみます。

王を選ぶために存在しているのが麒麟なのに、自分は麒麟に転変することもできず、王を選ぶという重要な行為を為せないのではないかと悩んでいるのです。

その悩みはいざ王を選定してからも続きます。

自分の選択は自分の我儘から、その人の身近にいたいという個人的な望みから選んでしまったという大いなる間違いではないかというのです。

 

こうして本書は、この世界の根本にかかわる、王は麒麟によって選ばれるという事実を中心に、蓬莱で育ちこの世界のことは何も分からない幼い麒麟の、麒麟としての苦悩が描かれています。

そのことは、いまだこの世界になじんでいない読者の共感も呼びやすいのではないでしょうか。何も分からない麒麟と、いまだ曖昧な理解しかない読者とを共にこの世界になじませるうまい設定だと思います。

前巻のシリーズ第一巻『月の影 影の海』では、やはり蓬莱で高校生になるまで育ち、自分を選んだ麒麟に事情を知らされずにこの世界に連れてこられた女子高生が、麒麟ともはぐれ、まさに何も分からない異世界で苦労する様子が描かれていました。

つまり前巻では麒麟により選ばれた王の目線の話であり、本書は同じ様に蓬莱で育ったまだ幼い麒麟の側の様子が描かれているのです。

そして、シリーズ第三巻の『東の海神 西の滄海』では、麒麟とその麒麟が選んだ王との国造りの様子が描かれるという、わかりやすい構成がとられています。

 

 

繰り返しますが、本シリーズは他のファンタジー物語と異なりその世界の成り立ちからして全く異なる、私たちの世界の理とは異なる世界です。

その世界は四角形の中に十二カ国を有する対照的な世界であって、人は木に成る実から生まれ、妖魔が跋扈する古代中国風の世界です。

それはあたかも孫悟空たちが冒険をする『西遊記』の世界のようでありながら『西遊記』よりも不思議な世界であり、王や麒麟などは不死であって、獣人すら生きているのです。

 

 

このシリーズのストーリーをみても、なかなかに先が読みにくい意外性をもって展開され、読み手としてはただ楽しむばかりです。

不思議に満ちた世界をただ満喫すればいい、そういう物語だと思います。

月の影 影の海

月の影 影の海』とは

 

本書『月の影 影の海』は『十二国記シリーズ』の第一弾で、2012年6月に上下二巻で540頁を超える文庫本として出版された長編のファンタジー小説です。

古代中国を参考にした独特な雰囲気と、堅牢に構築された世界観を持つ世界を、主人公の女子高生が一人生き抜く物語は魅力的でした。

 

月の影 影の海』の簡単なあらすじ

 

「お捜し申し上げました」-女子高生の陽子の許に、ケイキと名乗る男が現れ、跪く。そして海を潜り抜け、地図にない異界へと連れ去った。男とはぐれ一人彷徨う陽子は、出会う者に裏切られ、異形の獣には襲われる。なぜ異邦へ来たのか、戦わねばならないのか。怒濤のごとく押し寄せる苦難を前に、故国へ帰還を誓う少女の「生」への執着が迸る。シリーズ本編となる衝撃の第一作。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

「わたしは、必ず、生きて帰る」-流れ着いた巧国で、容赦なく襲い来る妖魔を相手に、戦い続ける陽子。度重なる裏切りで傷ついた心を救ったのは、“半獣”楽俊との出会いだった。陽子が故国へ戻る手掛かりを求めて、雁国の王を訪ねた二人に、過酷な運命を担う真相が明かされる。全ては、途轍もない「決断」への幕開けに過ぎなかった。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

月の影 影の海』の感想

 

本書『月の影 影の海』は古代中国風の世界観を持つ異世界を舞台にした、一人の少女の冒険活劇風のファンタジーです。

 

主人公である女子高生の中嶋陽子は、突然ケイキと名乗る男に異世界へと連れられますが、途中ケイキとはぐれ、一人置き去りにされてしまいます。

ここがどこで、どういう所かもわからないままに放り出された陽子は、ただ我が家に帰りたいというその一心だけで、ケイキから渡されたひと振りの剣だけを抱え、生き抜いていくのです。

 

このシリーズは『十二国記シリーズ』の項でも書いたように、古代中国の讖緯(しんい)思想が基本にあり、また物語に登場する妖魔などの生き物は『山海経(せんがいきょう)』を参考にしているそうです。

そのため、この物語では陽子は虚海を越えてきたものとして海客と呼ばれているように、世界の成り立ちに関した事柄や、土地や人の名前などに難しい漢字が多用されていて、独特の世界観が構築されています。

また、同じ異世界ファンタジーの雄である上橋菜穂子の紡ぎ出す『鹿の王』のような物語もまた物語世界がきちんと構築されていて、読んでいて何の違和感も感じることなく物語世界に浸っていることが可能であるように、本シリーズもまた独特の世界が構築されているのです。

 

 

そして、本書『月の影 影の海』の特徴と言えば、上記の中国の古代思想を基本にしている独特な世界が舞台であることがまず一番に挙げられると思います。

四角形の世界に存在する十二の国の十二人の王と麒麟。そして、人間も麒麟も木に生り成長し、王は麒麟に選ばれ、不死の命を得るというるという不思議な世界です。

この世界で先の読めない物語が展開しているのです。

 

主人公の陽子が異世界で一人気丈に生き抜いていく姿が描かれていることが二番目に挙げられます。

普通の少女が、生きる、そのことためにひたすら強くなっていきます。ただ家に帰ることを信じて、死ぬことではなく、生き抜くことを選び戦って行く姿は感動的ですらあります。

その陽子の生きざまは、別な見方をすれば一級の冒険小説であり、物語も後半になるとクライマックスへ向けてひた走ることになります。

 

月の影 影の海』は、そんな主人公を中心とした登場人物も様々であり、またユニークです。

まず、主人公の中嶋陽子は普通の高校生でしたが、異世界へ放り込まれ強くなっていきます。

その陽子を異世界へと導いたのは霊獣である麒麟のケイキ即ち景麒であり、陽子をこの世界へ導いたのはいいのですが、すぐにはぐれてしまいます。

その陽子を助けたのが、ネズミの姿をした半獣の楽俊であり、陽子を雁国へと連れて行ってくれます。

他にも多くの人物、妖獣が登場しますが、まずは本シリーズの物語世界の紹介を兼ねたこの物語を堪能することが先でしょう。

 

本書『月の影 影の海』の舞台は巧州国から雁州国へと移り、陽子がこの世界へ招かれた理由も明らかになります。そして、この世界の成り立ち、構造も順次説明されていき、読者は本シリーズの世界観に慣れ、物語世界へ取り込まれることになります。

本書のあと、巻ごとに主人公は変わり、舞台となる国もまた変化するようで、その途中でまた本書の主人公も再び登場することでしょう。

これまで読んでこなかったことを残念に思うほどに引き込まれてしまいましたが、でも、そのことはこれから続巻を読む楽しみがあるということでもあります。

ぼちぼち読み進めたいと思います。

十二国記シリーズ

十二国記シリーズ』とは

 

本『十二国記シリーズ』は、古代中国の思想をベースにした壮大なファンタジーです。

麒麟と、その麒麟が選んだ王により統治された十二の国ならなる異世界を舞台に、それぞれの国の麒麟と王が自分の国をいかに統治するかが描かれます。

 

十二国記シリーズ』の作品

 

十二国記シリーズ(2022年11月09日現在)

  1. 月の影 影の海
  2. 風の海 迷宮の岸
  3. 東の海神 西の滄海
  4. 風の万里 黎明の空
  5. 丕緒の鳥
  1. 図南の翼
  2. 華胥の幽夢
  3. 黄昏の岸 曉の天
  4. 白銀の墟 玄の月

十二国記シリーズ 別巻(2022年11月09日現在)

  1. 魔性の子 ( 本シリーズの前日譚 )
  2. 漂舶 ( ドラマCD 『東の海神 西の滄海』の後日譚 )

 

十二国記シリーズ』の簡単な内容紹介

 

「必ず、生きて還る」・・・平凡に生きる少女の人生は苦難の旅路で一変。迸(ほとばし)る生への執着を描く、『魔性の子』に続く物語。
「十二国記」の世界
「王」と「麒麟」が織りなす、その世界の仕組みとは・・・
我々が住む世界と、地球上には存在しない異世界とを舞台に繰り広げられる、壮大なファンタジー。二つの世界は、『蝕』と呼ばれる現象によってのみ、つながっている。
異世界では、神々が棲むという五山を戴く黄海を、慶、奏、範、柳、雁、恭、才、巧、戴、舜、芳、漣の十二の国々が、幾何学模様のような形で取り囲んでいる。
それぞれの国には、霊獣である麒麟がおり、天啓によって王を見出し、玉座に据える。そして王は、天啓のある限り永遠の命を持ち、国を治め、麒麟はそれを補佐する。
しかし、〈道〉を誤れば、その命は失われる。気候・慣習・政治形態などが異なる国々で、懸命に生きる市井の民、政変に翻弄される王、理想の国家を目指す官吏などが、丹念に綴りつづけられている壮大な物語である。( 内容紹介 )

 

シリーズの具体的な内容については、シリーズ第一巻『月の影 影の海』のあとがきで北上次郎氏が簡単にまとめておられましたので、そちらを借りましょう。

第一巻『月の影 影の海』は、女子高生の中嶋陽子が主人公の物語です。

ある日突然、異世界から迎えに来たとい人物が現れ、襲い来る妖魔を避けその人物についていくと、そこは「巧」という国であり、陽子は何も分からないままに、ただもとの世界へ帰ることを望み生き抜く姿が描かれます。

この第一巻で、この世界には十二の国があり、それぞれの国に霊獣の麒麟により選ばれて不死となった王がいる、という異世界の様子が少しずつ明らかにされていきます。

第二巻『風の海 迷宮の岸』は、王が不在の戴国の物語で、幼い麒麟の側からの目線で描いてあります。

第三巻『東の海神 西の滄海』は、第一巻にも登場していた雁王の小松尚隆と麒麟の六太の国造りの物語です。

第四巻『風の万里 黎明の空』は、慶国の陽子、芳国の祥瓊、才国の鈴という三つの国の三人の女性の物語です。

第五巻『丕緒の鳥』は、恭の国の十二歳の少女株晶の麒麟探しを描くロードノベル。

第六巻『図南の翼』は、戴国の女将軍が慶国に助力を頼みにくるところから始まる物語。

この後は書かれていないので、以降判明し次第書き足していきます。

 

十二国記シリーズ』について

 

本シリーズは、「古代中国の讖緯(しんい)思想をベースにされている」物語だそうです( 新潮文庫メール アーカイブス : 参照 )。

ここで讖緯とは、古代中国で行われた予言のことです。本シリーズの詳しい出版状況や内容については、ウィキペディアに詳しく書いてあります。

ウィキペディアの内容を簡単に記しておきますと、本シリーズはもともと講談社X文庫ホワイトハートから出版されていましたが、人気に火がつき、2000年から講談社文庫から一般向けとして出版されました。その後、担当編集者の移籍に伴い、2012年4月に新潮社から出版されることになったものです。

また、本シリーズの内容についても「本シリーズは、同一の世界設定の中で作品ごとに別の国・別の時代・別の主人公を持ち、執筆順と作品内での時間軸が前後する形でストーリーが展開されている。」とありました( ウィキペディア : 参照 )。

 

とにかく、本『十二国記シリーズ』は物語世界がきちんと構築されていてほころびを感じられず、その上で展開される物語の面白さが群を抜いています。

それは、北上次郎氏が書かれているように、人が生き抜くこと、人が人として生きる上での本分などの太いテーマがこの物語の底に力強く流れているからでしょう。

読んでいくにつれ、人に対する信頼や生きることの尊厳などを自然と考えざるを得ない、しかし変に理屈っぽくなくその意味が素直に読み取れるのです。

さらに言えば、表紙、挿絵を担当している山田章博の画が素晴らしく、物語の雰囲気を高めてくれています。

 

ファンタジーと言えば上橋菜穂子辻村深月高田大介など読みごたえのある作品を書かれる作家さんたちが日本でも多くみられるようになりました。

喜ばしい限りです。

これらの作家さんたちの作品を今後も読み続けたいと思っています。

 

ちなみに、本『十二国記シリーズ』はNHKBS2の衛星アニメ劇場枠内で、2002年4月9日から2003年8月30日にかけて放送されたそうです( ウィキペディア : 参照 )。

ツナグ 想い人の心得

ツナグ』とは

 

本書『ツナグ 想い人の心得』は『ツナグシリーズ』の第二弾で、2019年10月に刊行されて2022年6月に416頁の文庫として出版された、連作の短編小説集です。

前巻の『ツナグ』から七年後の世界での歩美の生き方を中心に描かれた、前巻同様の感動的な作品です。

 

ツナグ』の簡単なあらすじ

 

僕が使者だと打ち明けようかー。死者との面会を叶える役目を祖母から受け継いで七年目。渋谷歩美は会社員として働きながら、使者の務めも続けていた。「代理」で頼みに来た若手俳優、歴史の資料でしか接したことのない相手を指名する元教員、亡くした娘を思う二人の母親。切実な思いを抱える依頼人に応える歩美だったが、初めての迷いが訪れて…。心揺さぶるベストセラー、待望の続編!(「BOOK」データベースより)

 

プロポーズの心得
使者から代理での依頼はだめだと断られた神谷ゆずるは、せっかくの機会だからと、顔も知らない父久間田市郎に会うことにした。母親はゆずるがいていてよかったと言ってくれていたのだが、ゆずるは父親から逃がれた母親の人生を縛ったのではないかと悩んでいたのだ。

歴史探究の心得
おもちゃメーカーの「つみきの森」で働き始めて二年目の歩美は、鶏野工房に向かう途中で使者への連絡を受けた。新潟県の元公立高校の校長だったという依頼者の鮫川は、上川岳満という郷土の名士の研究家として二つの謎を知りたいというのだった。

母の心得
二組の母娘の物語。一組は重田彰一・実里夫妻が依頼人で、相手は五年前に水難事故で六歳で亡くなった娘重田芽生であり、もう一組の依頼人は小笠原時子で、相手は二十年以上も前に二十六で亡くなったその娘の瑛子だった。共に母親の子に対する責任が問われる。

一人娘の心得
鶏野工房の一人娘の奈緒は父親のあとを継ごうと努力していたが、その父親が突然心臓病で亡くなってしまう。歩美は奈緒のことについて社長からは何も聞いていないものの、自分の「使者」としての立場を教えるべきかどうかを悩むのだった。

想い人の心得
蜂谷茂老人は、何度も袖岡絢子という蜂谷が修行していた料亭の体の弱い一人娘との再会を依頼し、その都度断られ続けられていた。蜂谷は、今年は「あの小僧だった蜂谷も、とうとう八十五になりました」と伝えてほしいというのだった。

 

ツナグ』の感想

 

本書『ツナグ 想い人の心得』は、前巻の『ツナグ』から七年が経過しています。

 

 

本書の主役である渋谷歩美は、祖母アイ子から受け継いだ使者の仕事を専業にする道は選ばずに自立の道を選んでいます。

その道が「つみきの森」という玩具メーカーで企画担当として働くことであり、「使者」としての仕事もこなしているのです。

本書『ツナグ 想い人の心得』が前巻の『ツナグ』と異なるところといえば、この歩美が使者としてだけではなく、歩美の「つみきの森」の取引先である鶏野工房との関りが全編にわたって前面に出てきているところでしょう。

そして、描かれる人間ドラマも各話で語られる依頼人に関しての物語であると同時に、本書全体を通して、歩美の社会人としての生活に加えてプライベートな側面も描かれています。

同時に、使者としての立場での秋山家との関りはこれまで通りであり、ただ新たに秋山杏奈という歩美の後継者が登場しています。

 

この杏奈が、本書第一話「プロポーズの心得」で使者として登場することにまず驚かされます。

この驚きは前巻から七年という時が経過していることによるものですが、作者の「読者の意表をつきたかった」という言葉、そのいたずら心が垣間見える箇所でもあります( 新刊JP : 参照 )。

この遊び心も作者の物語の魅力の一つになっていると同時に、本書での杏奈という存在の大きさも示しているのでしょう。

杏奈はまだ八歳なのですが、歩美はこの杏奈に使者としての仕事に関して生じた疑問や悩みを相談し、杏奈から助言を受けまた先に進めるのです。

つまりは、前巻での祖母渋谷アイ子の立ち位置に杏奈がいることを示しています。

また、この第一話で使者として杏奈が登場する理由として、第一巻の第三話「親友の心得」に登場した嵐美砂とのからみがあることを示し、また嵐美砂のその後をも明らかにしていることもシリーズものとしての醍醐味と言えるでしょう。

 

本書『ツナグ 想い人の心得』で特筆すべき第二の点は、第二話「歴史探究の心得」で依頼者が会いたいという相手が歴史上の人物であることです。

つまり、作者の遊び心という点で、第二話で登場してくる上川岳満という存在を設定したところに興味を惹かれます。

いかにも歴史上実在した人物であるかのような描き方をしてあるのですが、実はそうした意図をもって作出した作者の創作した人物だというのです( 新刊JP : 参照 )。また、上川岳満に関連した歴史上の出来事もリアリティーを持った書き方をしてあります。

驚くべきは物語の中ではある和歌が重要な役割を果たしているのですが、その和歌も俳人の川村蘭太氏に依頼したと言っておられることです。

それだけの物語に真実味を持たせる描き方をされているという証左なのでしょう。

この物語は、現実の歴史解釈の面白さ、という意味でも実に楽しい物語でした。

 

さらには、第三話の「母の心得」で登場してくる二組の母娘の話も、実話をもとにして書かれているということです。

ご本人たちの了解を持ったうえで物語として組み立てられているそうで、作家という職業の裏側も垣間見える話でした。

 

そして、なによりも本シリーズの主役である歩美のプライベートな話を絡めての物語の組み立てが為されているところが一番の特徴と言えるでしょう。

その一番の舞台となるのが、「鶏野工房」という歩美が勤め始めた玩具メーカー「つみきの森」の取引先です。

今後このシリーズがどのように展開するのかは分かりませんが、作者の辻村深月が『ツナグシリーズ』をライフワークとしたいとのことなので( ANANニュース ENTAME : 参照 )、続編が予定されていると思われ、この「鶏野工房」が重要な位置を占めるのだろうと考えているのです。

ともあれ、本書『ツナグ 想い人の心得』は作家辻村深月らしさが満載の作品であり、以降の続巻が出るのを期待したい作品でした。

ツナグシリーズ

ツナグシリーズ』とは

 

本書『ツナグシリーズ』は、一生に一度だけの死者との再会を叶える使者「ツナグ」をめぐる物語です。

連作の短編小説の形を取ってはいますが、特に第二弾の『ツナグ 想い人の心得』は実質長編小説と言ったほうがいいかもしれません。

 

ツナグシリーズ』の作品

 

ツナグシリーズ(2022年09月20日現在)

  1. ツナグ
  1. ツナグ 想い人の心得

 

ツナグシリーズ』について

 

ツナグとは、一生に一度だけの死者との再会を叶える使者のことです。

第一弾の『ツナグ』は、第32回吉川英治文学新人賞受賞作を受賞し、百万部を超えるベストセラーとなった作品で、2012年に松坂桃李の主演で映画化もされました( 新刊JP : 参照 )。

 

 

本『ツナグシリーズ』の主役である使者(ツナグ)は、依頼を受けると、対象となった死者と交渉して依頼者に会うつもりがあるかどうかを確認し、死者の了承が得られたら使者が面会の段取りを整えることになります。

ここで、依頼人と死者との面会にはルールがあります。

まず、使者への依頼は本人でないとだめで、シリーズ第二弾の『ツナグ 想い人の心得』第一話で示されているような他人による代理での頼みは受け付けられません。

また、死者にも依頼を受けるかどうかを選ぶ権利があり、断られればそれで終わりです。

相手が断ればその一回はカウントされませんが、その依頼者が再び使者と繋がれるかどうかは“ご縁”だから分かりません。

死者との面会は依頼者にも死者にも一度きりの機会であり、さらに一人の死者に対して会うことのできる人間は一人だけです。

依頼料はなくて無料であり、面会の日は満月の日が多いようです。

使者と依頼人が会えるかどうかは、すべて“ご縁”によります。どれだけ電話をかけても繋がらない人がいる一方で、繋がる人のところには自然と縁あって繋がれます。

 

本『ツナグシリーズ』の主役は渋谷歩美といい、第一弾の『ツナグ』では十七歳の高校二年生です。

歩美の両親は、彼が小学一年生の時に謎の死を遂げており、その謎がシリーズ第一弾の『ツナグ』の第四話「使者の心得」で明かされることになります。

それは、歩美が祖母の渋谷アイ子から受け継いだ「使者」の仕事にも関係していたのでした。

 

両親を亡くした歩美はアイ子とともに叔父夫婦のもとで育ち、シリーズ第一弾『ツナグ』では高校生として登場しています。

そして、シリーズ第二弾『ツナグ 想い人の心得』では、おもちゃを扱うメーカー「つみきの森」に勤めており、アイ子の実家である秋山家には使者の役目に対するサポートだけをお願いしているのです。

 

作者の辻村深月は、本『ツナグシリーズ』をライフワークとしたいと書いておられるので、もしかしたら今後も続編が出版されるのではないかと期待しています( ANANニュース ENTAME : 参照 )。

それほどに、じっくりと読むことができる作品だと思うのです。

獣たちの海

獣たちの海』とは

 

本書『獣たちの海』は2022年2月に刊行された、著者自身による「後記」とシリーズの「資料」を加えて265頁になる文庫本書き下ろしのSF小説です。

『オーシャンクロニクル・シリーズ』の中の一編であり、三篇の短編と一編の中編の物語から構成されている文学性の強い抒情的なSF作品集でした。

 

獣たちの海』の簡単なあらすじ

 

陸地の大半が水没した25世紀。生物船“魚舟”を駆る海上民と陸上政府は、海上都市への移住権をめぐり対立していた。一触即発の危機迫るなか海上都市の保安員と海上民の長の交歓を描く中篇「カレイドスコープ・キッス」、己の生まれた船団を探し続ける“魚舟”の心身の変容を追う表題作ほか、海に暮らすものたちの美しくも激しい生きざまを叙情的に紡ぐ、全篇書き下ろしの“オーシャンクロニクル・シリーズ”中短篇4作。(「BOOK」データベースより)

 

目次 迷舟/獣たちの海/老人と人魚/カレイドスコープ・キッス

迷舟
朋ともたないムラサキは、体皮は柘榴石のように濃い赤色でところどころに放射状に白い筋が走っている、まるで海に投げ込まれた一粒の宝石のような迷船を見つけた。

獣たちの海
双子のとして生まれて海に放たれた、「朋」を探して彷徨う一匹の魚舟の物語。

老人と人魚
迷いはぐれたのか、<大異変>後の人類の継承者として深海にいるはずのルーシィが浅瀬にいた。老人はこのルーシィと共に海で死ぬために旅立つのだった。

カレイドスコープ・キッス
都市型世代の最初の海上民の一人である銘は、保安員として、海上都市周辺にいる海上民船団の安全を見守っていた。ある日、マーロの船団の長(オサ)が交代するために、新しい長のナテワナという女性のもとへと連れていかれるのだった。

 

獣たちの海』の感想

 

本書『獣たちの海』は、上田早夕里の人気シリーズ『オーシャンクロニクル・シリーズ』に属する物語です。

本書の説明をするには前提として『オーシャンクロニクル・シリーズ』の世界観を知っておく必要があるでしょう。

簡単にいえば、海面上昇が起きた未来の地球で、環境に応じて地上民と海上民とに別れて生き残っている人類が、最長でも五十年の後には再び起きると予測されている地殻変動に立ち向かう様子が描かれている物語です。

この地殻変動は「大異変」と称されており、地球規模での寒冷化現象が引き起こされ人類は生き残れないと言われています。

そこで、寒冷化に耐えうるために人類を改変し種としての人類を残そうとしているのです。

詳しくは下記サイトに詳しくまとめられているので、そちらを参照してください。

 

本書『獣たちの海』では、こうした世界のもと、海上民を中心にその社会や一生懸命に生きている人々を主人公とした物語が紡がれています。

特異なのは海上民の生態で、彼らは海で生きていますが、その生活は魚舟という巨大な魚の甲殻内に住み暮らしているのです。

その魚舟の物語として『魚舟・獣舟』という作品があります。

 

この時代、出産は人工胚に二人の遺伝子情報を注入して人工子宮で育てるだけであり、親の性別に関係なく、同性間でも子供を持つことが可能となっています。

ただ、海上民は医療環境の関係から未だに旧来の方法、つまりは子宮で育て出産しますが、ただ、昔よりもずっと楽な出産になるように、あらかじめ体を改変されています。

また、海上民の場合、子は必ずヒトの姿をした子と、サンショウウオにも似た魚との双子を産みます。

このサンショウウオに似た双子の片割れである魚舟は産まれて一日の後に海に放たれ、将来双子の片割れを探しだして「朋」として共に暮らすことになるのですが、「朋」を見つけられない魚舟は獣舟に変るのです。

 

この「朋」を持たない海上民の物語が最初の「迷舟」であり、『オーシャンクロニクル・シリーズ』の世界を絵にすることを前提に書かれたそうです。

逆に魚舟の側から描かれたのが第二話の「獣たちの海」で、本書の中では最も古い時期に着想された作品だそうです。

そして、「大異変」後の世界に備えてその生態を改変された人類が「ルーシィ」であり、このルーシィと死を間近に控えたひとりの海上民の老人の物語が、『深紅の碑文』刊行直後(2013年末)からすぐに書きはじめられた第三話「老人と人魚」だと書いてありました。

ちなみに、この老人は先行作品を読んだ者であればすぐに誰だかわかると書いてあるのですが、読んだのが昔なのですぐには分かりませんでした。

最後の「カレイドスコープ・キッス」は、「銘」という名の海上での生活を忘れた海上民の話です。

この銘は、「大異変」に備え人類の生き残りをかけて作られた海上民用の赤道海上都市群のひとつマルガリータ・コリエの第四都市で育った最初の都市型世代の一人です。

 

こうして本書『獣たちの海』は、あたかも歴史小説が現実の歴史上の間隙を作家の想像力で埋めていく作業であるように、まだ来ていない未来の歴史の間隙を埋めている作品群だと言えます。

そのうえで、作者の上田早百合という人の想像力・文章力が素晴らしいものであるために、物語の中の人物たちが実在の人間であるかのように喜び、哀しみ、苦悩する姿が明確に描き出されています。

だからこそ、その文章に隠された命に対する真摯な思いや、差別や戦いなどを抱えた人間の営みが読み取れるのだと思います。

とはいえ、そうしたメッセージ性は脇においてもSF小説として、またエンターテイメント小説として強烈な魅力を持っているのです。

そうした点においては、私にとっては物語の方向性こそ異なっていますが、『鹿の王』(全五巻)という作品で本屋大賞を受賞した上橋菜穂子を思い出す作家でもありました。

 

 

この『オーシャンクロニクル・シリーズ』というシリーズ自体が壮大なスケールを持つ物語であり、既刊として『魚舟・獣舟』『華竜の宮』『深紅の碑文』『夢みる葦笛』といった読み応えのある作品が出版されています。

本書での著者上田早夕里自身による「後記」によれば、『華竜の宮』『深紅の碑文』という長編に組み込めなかった四つのエピソードが収録されているそうです。

また、それぞれの物語について簡単な説明があり、それが上記の各話の説明の中に織り込んであります。

 

本『オーシャンクロニクル・シリーズ』は発表はされたもののまだ出版されていないもの、まだ書かれていないもの、出版されていないのに図書館に入っていないもの、などがあり全部を読めているわけではありません。

続巻の出版を期待したいし、図書館にも入れてほしいものです。

香君

香君』とは

 

本書『香君』は、2022年3月に上・下二巻として刊行された、上下巻合わせて900頁弱の長編のファンタジー小説です。

『鹿の王』で本屋大賞を受賞した著者上橋菜穂子による新たな冒険への旅立ちの書であり、非常に興味深く読んだ作品です。

 

香君』の簡単なあらすじ

 

遥か昔、神郷からもたらされたという奇跡の稲、オアレ稲。ウマール人はこの稲をもちいて帝国を作り上げた。この奇跡の稲をもたらし、香りで万象を知るという活神“香君”の庇護のもと、帝国は発展を続けてきたが、あるとき、オアレ稲に虫害が発生してしまう。時を同じくして、ひとりの少女が帝都にやってきた。人並外れた嗅覚をもつ少女アイシャは、やがて、オアレ稲に秘められた謎と向き合っていくことになる。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

「飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし」-かつて皇祖が口にしたというその言葉が現実のものとなり、次々と災いの連鎖が起きていくなかで、アイシャは、仲間たちとともに、必死に飢餓を回避しようとするのだが…。オアレ稲の呼び声、それに応えて飛来するもの。異郷から風が吹くとき、アイシャたちの運命は大きく動きはじめる。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

ウマール帝国から帝国支配下の西カンタル藩王国に視察官として派遣されていたマシュウは、西カンタル藩王国のかつての国王だったケルアーンの孫娘であるアイシャとその弟のミルチャを捉えた。

現西カンタル藩王国ヂュークチの前に連れ出されたアイシャは殺される運命を受け入れていたものの、彼女が有する優れた嗅覚により目の前にいる国王が毒殺されようとしている事実を指摘するのだった。

またアイシャはその嗅覚によって自分たちに出された飲み物に毒が入っていることに気付いたものの、そのまま飲み物を飲み干し埋葬されてしまう。

しかし、アイシャ兄弟は毒薬入りの飲み物を飲んだにもかかわらず、マシュウ=カシュガによって助けられたのだった。

 

香君』の感想

 

著者上橋菜穂子が、2015年度の本屋大賞と日本医療小説大賞をダブル受賞した『鹿の王』の次に出版されたファンタジー小説です。

 

 

本書『香君』は、「香り」に焦点を当て、特別な嗅覚をもつ者を主人公としたこれまでにない視点の物語です。

そうした独特な視点のこの物語世界には「香君」という活神の制度があり、帝国国王とは別に国民の信頼を集めています。

この「香君」という制度では、活神の身体が老いると<再来の年>にお告げの場所で十三歳になった新しい香君を見つけるといい、それはまるでチベットにおけるダライ・ラマの制度のようでもあります( 14世ダライ・ラマ法王発見の経緯と輪廻転生制度 : 参照 )。

 

本書『香君』のようないわゆるファンタジーと呼ばれる作品は、殆どの場合はその世界観がそれなりに構築されていて物語を違和感なく読むことができます。

しかし、本書の著者上橋菜穂子が描く作品のように物語世界丁寧に描かれている作品はそうはないと思います。

例えば三部作が映画化もされたファンタジーの名作中の名作である『指輪物語』は分かり易い例の一つでしょう。

 

 

他に日本の作品でいえば『図書館の魔女シリーズ』などの 高田大介の作品が挙げられると思います。

 

 

こうした作品は物語の世界がその世界としてきちんと作り上げられているからこそ、その世界のリアルさを表現していることができていると思うのです。

 

そうしたなかでも上橋菜穂子の描く作品は物語の世界が丁寧に構築してあり、この世界の政治体制や権力のありようが苦労することなく頭に入ってきます。

そのことは上記の『鹿の王』にしても、また本書『香君』においても当てはまり、ウマール帝国を中心とする政治体制とそこに存在する「藩王国」との関係、それに「香君」という特殊な制度の在りようが物語の前提として理解できるのです。

そうした前提は、この丁寧に構築された世界で「香君」が存在する理由も、主人公が冒頭から殺されそうになりつつも、その後の目まぐるしく身分が変転する理由を理解することが容易になります。

 

本書『香君』の魅力はその物語世界の正確性と同時に、上記の「香君」という存在の設定でしょう。

特別な「嗅覚」という能力を持つ者を主人公に据えるという他にはない発想で綴られたこの物語は、作者により丁寧に構築された物語世界のうまさと相まって、読む者に多くの期待を抱かせる作品です。

読んでいる途中では特殊能力を持つ主人公の設定が先にあって、その能力に合わせた世界を考えたのかと思っていたのですが違いました。

作者によるあとがきを読むと、優れた嗅覚を持つ者を主人公としたのではなく、植物や虫が発する香りについての知見が先にあり、その微細な香りをも嗅ぐことのできる能力を有する者という設定ができたのだそうです。

 

そうした設定の中に設けられた「オアレ稲」という物語の道具がまたよく考えられていて、本書の魅力の構築に役立っています。

適当な配合、そして量で作られた秘伝の肥料を与えることを前提に、暑さにも寒さにも、また害虫にも強いという性質をもつこの植物は、その性質のために帝国の存立基盤ともなっている植物なのです。

この「香君」と「オアレ稲」の存在とがこの物語の核であり、サスペンスフルな物語展開の骨子となっています。

つまり、オアレ稲は民を豊かにはしたものの、他の作物が育たなくなるという欠点を有しており、さらには特別な肥料が必要特性も有し、帝国の支配の道具としてうってつけの存在だったのです。

 

こうした作物は戦略的な意義を有していて、私達の現実世界を意識した寓意的な物語ではないかと考えてしまいます。

そんな生々しい現実世界の情勢を背景に垣間見ることのできる本書の物語は、それでもアイシャという少女と香君の存在により、未来を見据え、力強く生きていくことを示してくれています。

切れ者の大人たちの謀りごとを前に、ただ卓越した嗅覚を持つ少女がその能力をフルに生かして皆の幸せを祈り、そして行動していく話ですがその未来への展望が見事です。

 

著者上橋菜穂子の作品では、心に残る言葉が記されていますが、本書においてもそれは変わりません。

自然の摂理は確かに無情だけれど、でも、けっこう公平なものだとか、人には知識や経験から推論を導き、考え、希望を見出す力がある、などというアリキ師の言葉などそうでしょう。

生き物は自分ではどのような存在に生まれるかは選べないが、どんな小さな者も己の役割を担って生きている、などという「香君」オリエの言葉などもそうです。

こうした言葉が本書のあちこちにちりばめられています、だからといって、本書が難しく高尚な言葉を語っているということではありません。

まさにファンタジーとして読みやすい物語のなかに必然的な言葉として散りばめられているのであって、普通に読んでいるままに頭に入ってきます。

 

ただ、本書『香君』は、著者上橋菜穂子の『鹿の王』のような元気のいいアクションの場面はありません。相手は言葉を持たず動くこともない植物であり、人間同士の戦いの場面もありません。

虫との戦いはありますが、彼らも単に本能に従って食べ物を探すだけです。

植物の発する「香り」が主人公のアイシャには、ときには嬉しく、ときには騒がしく「聞こえる」のです。

その植物の香りをもとに推測し、考え、行動するアイシャの姿はアクション場面こそないものの心動かされます。

この点の発想は、多分ですが、日本文化の一つとしてある、香りと出会い向き合う「香道」の「聞く」という言葉から発想されているのでしょう( 香りと出会い、向き合う。聞香・お香の楽しみ方 : 参照 )。

 

でも、そうしたことはどうでもよく、単純に本書『香君』という物語に身を委ね、物語を楽しめばいい、と心から思います。

それほどに面白く、よく考えられた物語です。

小田 雅久仁

※ 小田雅久仁:作品一覧(Amazonの頁へリンク)

小田雅久仁』のプロフィール

 

1974(昭和49)年、宮城県仙台市生れ。関西大学法学部政治学科卒業。2009(平成21)年、『増大派に告ぐ』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。2013年、『本にだって雄と雌があります』でTwitter 文学賞受賞(国内部門)。2015年8月現在、大阪府豊中市在住。引用元:小田雅久仁 | 著者プロフィール | 新潮社

 

小田雅久仁』について

 

上記プロフィールにある通り、これまでに日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、またTwitter 文学賞受賞(国内部門)も受賞されている実績を持っている作家さんだそうです。

残月記

残月記』とは

 

本書『残月記』は2021年11月に出版された、新刊書で381頁の中編のファンタジー小説です。

ファンタジーとはいっても「月」をモチーフとしたホラーの香りのする物語集であり、独特の言葉遣いと共に妙な魅力を持った、私の好みの範疇ではありながらも若干の冗長さをも感じる作品でした。

 

残月記』の簡単なあらすじ

 

「俺は突然わけもわからないうちに何もかもを失って、一人になった!」不遇な半生を送ってきた男がようやく手にした、家族というささやかな幸福。だが赤い満月のかかったある夜、男は突如として現実からはじき出される(「そして月がふりかえる」)。「顔じゅうが濡れている。夢を見ながら泣きじゃくっていたのだ」早逝した叔母の形見である、月の風景が表面に浮かぶ石。生前、叔母は言った。石を枕の下に入れて眠ると月に行ける。でも、ものすごく「悪い夢」を見る、と…(「月景石」)。「満月はいつだって俺たちに言う。命を懸けろと」近未来の日本、人々を震撼させている感染症・月昂に冒された若者。カリスマ暴君の歪んだ願望に運命を翻弄されながら、抗い続けてゆく。愛する女のために(「残月記」)。ダークファンタジー×愛×ディストピア。息を呑む感動のエンターテインメント!(「BOOK」データベースより)

 

そして月がふりかえる
大槻高志は妻の詩織と長男泰介、長女美緒の三人を連れてレストランへやってきた。そこのトイレの窓から見た満月に違和感を感じながらテーブルへと戻ると、レストランにいた全員が月に魅入られていた。月は回転を始め、見せたことのない裏側をさらして停止すると、テーブルには他人を見るような目で待つ三人がいた。

月景石
わたしが九歳の時に他界した伯母の桂子は石を蒐集していたが、その中に「月景石」と呼んでいた石があった。桂子は枕の下に月景石をおいて眠ると悪夢を見るから絶対にしては駄目だと言っていた。しかし、同棲相手の斎藤から言われて枕の下に石を置いて眠ると、胸に石を抱いたイシダキという月に生きる種族として生きているのだった。

残月記
2030年代には全国で七万人を超えたとされる月昂者2064年には三千人以下にまで抑え込まれ、新たな発症者も年間住人如何にまで押さえこまれたという。およそ60年にも及ぶ救国党による一党独裁政権時代に生きた宇野冬芽という月昂者の物語です。

 

残月記』の感想

 

本書『残月記』は、改行の少ない、詩情を感じさせる文章でありながら、実はこっそりと心の裏側に忍び込んでくるような不気味さを感じます。

文章は改行が少ないうえに、その場の状況や人物の心象を、一歩間違えば冗長と感じかねないほどに緻密に描写してあります。

そのため本書の分量は新刊書で381頁だとは言っても、文字数から言えば500頁位もあったと言われても納得できてしまう印象があります。

でありながら、情感に満ちているためかその緻密さがあまり気になりません。ただ、さすがに冗長と感じるところがない、と言い切ることができないのも事実であり、そこらは微妙なところです。

 

微妙な心のゆらぎを文章化した作品が好きなのであれば、本書はかなり好ましく受け入れられるのではないかと思います。

本来、そうした繊細な思いを表現した作品はあまり私の好むところではありません。

しかし、本書『残月記』は緻密に描き出してはあるけれども、その文章は魅力的だということに何のためらいもありませんし、その発想も素晴らしく物語としても私の好むところです。

ただ優しさだけに絡めとられたような物語は作品世界に没入できないのですが、本書はそうではありませんでした。

 

本書『残月記』の著者である小田雅久仁は、人間各々の心のあり方、心の状況をそのまま感覚で捉え、文章化して提示することが得意な作家だと思えます。

本書には三篇の中編が収められていますが、これまで私が読んだことのある作家の中で言えば、乙一に近いと言えるのでしょうか。

とは言っても『平面いぬ。』しか読んだことがないので断言することはできませんし、似てるとはいっても普通とは異なる世界観であり、心の裏側をそっとくすぐられるような不気味さを持った物語という程度のことです。

 

 

三作品とも「月」を共通のテーマとしています。そして、月の世界と主人公の地球での生活とがリンクし、いつの間にか月世界での生活へと変移していきます。

第一話は月がいつもとは異なる顔を見せたときに起きた怪異の話であり、第二話は月と地球と樹が描かれているように見える月景石と呼ばれる10センチメートルほどの石と異世界の話です。

そして第三話ですが、この物語は本書の半分ほどを占める長編と言っても良さそうな長さを持っています。

二十二世紀のいつかの時点から月昂という感染症が流行った二十一世紀を振り返り、書き手は不明なままに語られる、宇野冬芽という人物の評伝です。

視点の主は不明なまま、ときには冬芽の主観で語られるこの物語は、「月昂」という感染症の存在や、文中に登場する白岩剛夫や片山蓮、古屋宏海などの名前もその存在は当然の事実として語られていきます。

その上で、宇野冬芽の一人の女性に対する思いを貫く生き方が描き出されていくのです。

 

本書『残月記』はSF小説というだけの科学的な根拠は示されてはいない物語のため、ファンタジーと呼ぶべきだと思いますが、なんとも不思議な魅力を持った作品でした。

さよならもいえないうちに

さよならもいえないうちに』とは

 

本書『さよならもいえないうちに』はシリーズ四作目であり、新刊書で275頁の、四つの短編からなる連作のファンタジー小説です。

これまで同様に喫茶フニクリフニクラのあの席で過去に戻る四人の話が語られますが、若干のマンネリを感じてもしまいました。

 

さよならもいえないうちに』の簡単なあらすじ

 

「最後」があるとわかっていたのに、なぜそれがあの日だと思えなかったんだろうー。「君のおかげで僕が幸せだったことを、君に知っててほしかった」家族に、愛犬に、恋人に会うために過去に戻れる不思議な喫茶店フニクリフニクラを訪れた4人の男女の物語。(「BOOK」データベースより)

第1話 大事なことを伝えていなかった夫の話
第2話 愛犬にさよならが言えなかった女の話
第3話 プロポーズの返事ができなかった女の話
第4話 父を追い返してしまった娘の話

 

第一話は、長年家庭を顧みることなく学問のために世界中を飛び回っていた、大学で考古学を教えている門倉紋二の話です。二年前のある日帰国すると、妻の門倉三重子は事故で植物状態になっていたのでした。

第二話は、疋田むつ男の妻スナオの話です。愛犬アポロが亡くなった時に眠ってしまっていたことを後悔していました。アポロを一人で逝かせ淋しい思いをさせたというのです。

第三話は、去年の今頃、この喫茶店で崎田羊二からプロポーズを受けた石森ひかりの話です。ひかりに断られた羊二は「気持ちが変わるまで待つ」と言ったものの、半年前に好きな人ができたと告げ、その後すぐに羊二は亡くなってしまったのでした。

第四話は、父親の雉本賢吾と仲たがいしていた雉本路子の話です。六年前、父親は娘に会うために上京してきたのですが、路子はろくに話すこともなく追い返してしまいます。ところが、父親は三年前の東日本大震災で命を落としてしまうのでした。

 

さよならもいえないうちに』の感想

 

これまでこのシリーズでは、時間旅行の物語では必ず付きまとうパラドックス、つまり時間旅行に附随して起きる矛盾には目を向けず、端的に言えば無視をして物語を進めてきたように思えます。

でも、本書『さよならもいえないうちに』ではそうした矛盾にあらためて目を向けているようです。

 

例えば、シリーズ二作目の『この嘘がばれないうちに』では、未来の出来事を知らされた者たちへの配慮が為されていない、という印象がありました。

とある事情で過去に戻り、親友に、彼自身の近い時期の死を告げることになるのですが、死を告げられた親友のその後についての言及はありませんでした。

そうしたことに対する解答ではありませんが、本書『さよならもいえないうちに』の第一話は、「記憶がルールの影響を受けることはない」という話でした。

つまり、ルールが記憶には及ばないということ、過去において未来の出来事を知らされた者たちはその知らされた事実を覚えているということ、などが明らかにされていきます。

結局、自分の死を告げられたものはその事実を自分の中で噛みしめていく以外にないという、先の疑問に対する一応の答えがあったのです。

 

時間旅行の物語では、どうしてもパラドックスを避けることはできず、そのために物語上、多次元理論や過去の改変は不可とするなどの対応が為されてきました。

多元宇宙を前提とする作品として小川 一水の『時砂の王』がありますし、SFの名作中の名作と言われるR・A・ハインラインの『夏への扉』は、タイムパラドックスの存在を前提とした作品です。

 

 

その他挙げていけばきりがありませんが、個人的には時間旅行という分野はとても面白い分野だと思っています。

その点、本書は細かなルールを設けてタイムパラドックスを回避しようとしていますが、人間の内心については個人の問題だとして、物理的な変更のみを認めていないようです。

 

本書『さよならもいえないうちに』に対しては、タイムパラドックスの問題とは別に疑問点もあります。

第四話で、房木という人物は例の女の椅子に座るために待っていたのだろうと思われるのに、彼が帰った後に路子を招き入れ、そのタイミングで例の女がトイレに立つという不思議な運びになっています。

そのことについては何も触れていないようですが、何かの伏線でしょうか、それとも私が何か見落としているのでしょうか。

 

また同じ第四話で、路子は父と会ったときに喧嘩別れをしていますが、今回の過去への旅はその喧嘩別れとどんな関係になるのでしょうか。

今回の過去への旅での出会いは喧嘩別れをする前に会った筈です。となれば、その後にまた父親が上京して喧嘩別れをすることいなるのでしょうか?

つまり、以前の出来事を今回過去に帰ることで書き直しているのではないか、過去は変えられないというルールに違反しているのではないか、と思えるのです。

 

ただ、本書は時間旅行を扱っている作品ではありますが、主眼は過去に戻る人間の心のあり様であって、時間旅行は単なる道具にすぎず、いわゆるタイムパラドックスの矛盾点などはそうは考えなくていいのでしょう。

問題は過去へ戻る彼、もしくは彼女の生き方について読者がどう読むかであり、時間旅行は単に考えるきっかけに過ぎないのです。

 

そうしたことはともかく、本シリーズのそれぞれの話をみると、結局は自分の大切な人に感謝や愛情などの言葉をかけていなかったことについての後悔を何とかしたいという当事者の悔恨を前提としているように思えます。

それだけ生きていく上では取り返しがつかない後悔に満ちているということなのでしょう。

物語は楽しめばよく、物語の持つ意味などの深読みはしないことにしているのですが、本書のような作品ではどうしても生きることの意義を考えてしまいます。

何かと軽さを指摘されるこのシリーズですが、個人的には決して嫌いではない、それどころか好きな部類の作品だといえます。