レーエンデ国物語 月と太陽

レーエンデ国物語 月と太陽』とは

 

本書『レーエンデ国物語 月と太陽』は『レーエンデ国シリーズ』の第二弾で、2023年8月に講談社からソフトカバーで刊行された、長編のファンタジー小説です。

シリーズ第一巻『レーエンデ国』にくらべ、よりアクション要素が増えている気がしますし、恋愛要素が少なくなっている分、より惹き込まれた印象です。

 

レーエンデ国物語 月と太陽』の簡単なあらすじ

 

名家の少年・ルチアーノは屋敷を何者かに襲撃され、レーエンデ東部の村にたどり着く。そこで怪力無双の少女・テッサと出会った。藁葺き屋根の村景や活気あふれる炭鉱、色とりどりの収穫祭に触れ、ルチアーノは身分を捨てて、ここで生きることを決める。しかし、その生活は長く続かなかった。村の危機を救うため、テッサは戦場に出ることを決める。ルチアーノと結婚の約束を残してー。封鎖された古代樹の森、孤島城に住む法皇、変わりゆく世界。あの日の決断が国の運命を変えたことを、二人はまだ知らない。大人のための王道ファンタジー。(「BOOK」データベースより)

 

レーエンデ国物語 月と太陽』の感想

 

本書『レーエンデ国物語 月と太陽』は、『レーエンデ国物語』の第二巻であり、第一巻と同様に聖イジョルニ帝国に対し反旗を翻した人々の物語です。

第一巻は、「レーエンデの聖母」と呼ばれることになるユリア・シュライヴァの物語と言ってもいい話でしたが、本書はその百年後の話です。

前巻での物語の後、帝国北方に位置する七州が「北方七州の乱」ののちに為したレーエンデからの独立の宣言により、聖イジョルニ帝国は南北に分裂し、長い闘いへと突入していました。

本書は、そのような状況下の聖イジョルニ帝国で、ユリアの父のヘクトル・シュライヴァの病没の約百年後にダンブロシオ・ヴァレッティ家に生まれた、のちに「残虐王」と呼ばれることになるルチアーノ・ダンブロシオ・ヴァレッティを主人公とする物語です。

 

本書『レーエンデ国物語 月と太陽』では、序章が終わって直ぐからヴァレッティ家が何者かに襲われ、燃え落ちる場面から始まります。

そして、ルチアーノはルチアーノの両親を殺し家に火をつけたという男に救出され、その男の言うままに逃走し、ティコ族の村であるダール村のテッサに助けられるのです。

ダール村ではイジョルニの民であることがばれると殺されかねないと、ルーチェという偽名を使い、暮らすことになります。

ルチアーノは、テッサの姉のアレーテやテッサ姉妹の友人であるキリルや、ウル族のイザークらと友達になります。

テッサは村の男の誰もかなわないほどの怪力の持ち主であり、ルチアーノは誰にも負けない頭脳の持ち主としてこの後の苦難を乗り越えていくのです。

 

テッサらがレーエンドの開放を叫ぶ理由は、帝国による理不尽な差別や弾圧に対する抵抗であり、そのための団結でした。

テッサは、村のために徴兵に応じて帝国軍に参画し、帝国軍第二師団第二大隊第九中隊、通称「斬り込み中隊」の異名を持つほどに常に最前線に配属されている部隊に配属され、兵士として鍛えられることになります。

そして、テッサはこの第九部隊での中隊長であるギヨム・シモンと出会い、兵士として、また人間として鍛え上げられていきます。

同様に、キリルも弓の腕を上げ、そしてイザークもまた一人前の兵士として育っていたのです。

その彼らが、郷里のダール村が帝国軍に襲われ皆殺しにあったことを聞かされ、軍隊を脱走し、ダール村の惨状を目の当たりにして帝国に対する決起を決意することになるのです。

 

この物語は、第一巻でもそうだったのですが、場面展開がかなりテンポよくなされているため、とてもリズムよく読み進めることができました。

ただ、これは賛否両論があるでしょうが、敵方である聖イジョルニ帝国側の登場人物の描き方があまり明確ではありません。

というよりも、表立ってテッサやルーチェに味方する人々、もしくは陰ながらでもレーエンデ地方の独立を願う民衆に属する人たちの描写はそれなりに書き込んであるのですが、それに敵対する人としては個人はあまり出てこないのです。

ダール村襲撃を命じた人物としては、東教区の司祭長グランコ・コシモという人物が序盤に登場しますが、その人物さえも人物像はそれほど書き込みがあるわけではありません。

そういう意味では、敵側の人物のほとんどは類型的とさえいえます。

 

でも、その分テッサやルーチェやその仲間たちの人物、行動の描写には力が入れられており、場面展開のテンポの良さなどもあって六百頁を越える長編の物語でありながら、あまりその長さを感じさせないのだと思います。

革命の物語ですから、主人公たちの原動力はやはり「自由」の獲得ということが第一義に語られます。横暴な権力に対する民衆の抵抗であり、自由獲得のための抗争です。

その自由とは、もちろん横暴な権力からの自由であり、理不尽な暴力からの自由であり、また好きな人に好きだと言える自由です。

 

こうした自由のための抗争が様々な人間ドラマと共に語られているところが本書の魅力です。

若干、単純化されすぎている印象が無きにしも非ずではありますが、その分、本書の文章がテンポ良く構成されていることになっていると思われ、単純に欠点とばかりも言えないようです。

ともあれ、本シリーズの語る革命の話は、今後も展開していくと思われ、続巻を待ちたいと思います。

レーエンデ国物語

レーエンデ国物語』とは

 

本書『レーエンデ国物語』は『レーエンデ国物語シリーズ』の第六弾で、2023年6月に講談社から496頁のソフトカバーで刊行された長編のファンタジー小説です。

まさに一つの国の成り立ちを描いていて、大きな時の流れの中でレーエンデという地方(国)こそが主人公だともいえる、大河ファンタジー小説です。

 

レーエンデ国物語』の簡単なあらすじ

 

聖イジョルニ帝国フェデル城。家に縛られてきた貴族の娘・ユリアは、英雄の父と旅に出る。呪われた地・レーエンデで出会ったのは、琥珀の瞳を持つ寡黙な射手・トリスタンだった。空を舞う泡虫、乳白色に天へ伸びる古代樹、湖に建つ孤島城。その数々に魅了されたユリアは、はじめての友達、はじめての仕事、はじめての恋を経て、やがてレーエンデ全土の争乱に巻き込まれていく。(「BOOK」データベースより)

 

レーエンデ国物語』の感想

 

本書は『レーエンデ国物語』、古来「呪われた国」と呼ばれているレーエンデ国を舞台に、「レーエンデの聖母」と呼ばれた女性の姿を描く長編のファンタジー小説です。

本書の巻末には2023年6月刊行の本書に続いて、2023年8月には第二巻の『レーエンデ国物語 月と太陽』が刊行される旨の広告が載っており、「レーエンデを渦巻く運命は動き出した。」との一文が載っています。

つまりは、本書『レーエンデ国物語』はあくまでレーエンデ国を舞台とする大河物語のイントロに過ぎないということだと思われます。

その第一弾としての本書を読むとまず「革命の話をしよう」と始まり、序章の内容からして中世のヨーロッパの騎士風のファンタジーと思い読み始めました。

しかしながら、読み終えてみると革命の話が語られたという印象はあまりなく、恋愛小説のようでもありました。

 

著者の多崎礼が、講談社の編集者から「空想世界で、国を滅ぼす年代記のような話を書きませんか?」と声をかけられ、面白そうだと思いつつも「“国を興す”話が書きたい」という旨を編集者に伝え、承諾を得たとありあました( 現代ビジネス/本:参照 )。

そうして、王道のファンタジーとして創り込まれた聖イジョルニ帝国が支配する世界で特異な位置を占めるレーエンデ地方を舞台とする物語が紡がれたのです。

神に見放された土地、呪われた土地と言われ、全身が銀の鱗に覆われていく銀呪病という死病を抱えており、始祖ライヒ・イジョルニに自治権を与えられたウル族ティコ族という少数民族が暮らすレーエンデ地方が物語の舞台となります。

 

主人公は後に「レーエンデの聖母」と呼ばれることになるユリア・シュライヴァという十五歳の娘であり、その父がシュライヴァ騎士団の団長であるヘクトル・シュライヴァです。

彼女が父親に連れられてレーエンデへとやってくるところからこの物語は始まりますが、レーエンデの北の要害ともなっている大アーレス山脈を越える見返り峠で「おかえり」という声を聞きます。

そして、自分はレーエンデにやってきたのではなく、還ってきたという確信を抱くのです。

その後、イスマル・ドゥ・マルティンや、その長女プリムラとその子の双子の孫娘ペルアリー、そしてユリアと同世代の次女リリスたちに出会います。

ヘクトルはレーエンデとシュライヴァとの間に交易路を作るための調査にレーエンデを訪れたのですが、その調査の道案内に紹介されたのがトリスタン・ドゥ・エルウィンという青年でした。

ここから、ユリアの父ヘクトルとトリスタンとの交易路開設のための困難な旅の模様が描かれ、同時に、ユリアの物語も語られていくのです。

 

本書『レーエンデ国物語』冒頭から中ほどまではいわゆる冒険ファンタジー的な色彩を帯びてはいたものの、半分を過ぎたあたりから何となく恋愛ものと言ってもよさそうな雰囲気が漂ってきました。

とはいえ、ヘクトルの兄王ヴィクトルやその息子ヴァラスといった敵役、それにノイエレニエの騎士団など冒険小説的な設定も次第に充実していきます。

本書の性格がよくつかめないままに、ストーリー展開そのものの面白さに惹かれ、かなり早く読みえるほどには惹き込まれたようです。

 

本書『レーエンデ国物語』を読み終えた時点では恋愛の要素が強いファンタジー小説という側面がかなり強く感じられた作品でした。

しかし、二作目までを読了した今では、レーエンデという土地こそが主役の物語と印象へと変化しています。

本書自体の恋愛がらみの冒険小説的な面白さと同時に、大河小説としての作品の始まりが描かれた作品としてみるとちょっと見方が変わったようにも思えます。

当初の、本書『レーエンデ国物語』の終盤に感じた、この話を取り急ぎまとめた、という急ぎ過ぎの印象でさえも、見方が変化したようです。

とはいえ、ユリアが「レーエンデの聖母」と呼ばれるに至った理由はやはり簡単に過ぎるという印象は否めないままではあります。

でも、今後の展開を心待ちにしようという気持ちは十分に持ち得るほどの作品ではありました。

レーエンデ国物語シリーズ

レーエンデ国物語シリーズ』とは

 

『レーエンデ国物語シリーズ』は、架空の国である聖イジョルニ帝国に存在する呪われた土地と言われたレーエンデ地方を舞台にした長編のファンタジー小説です。

巻ごとに主人公が入れ替わり、聖イジョルニ帝国からのレーエンデ地方の独立を果たそうとする試みを描き出した作品で、かなり惹き込まれて読んだ作品でした。

 

レーエンデ国物語シリーズ』の作品

 

レーエンデ国物語シリーズ(2023年11月20日現在)

  1. レーエンデ国物語
  2. レーエンデ国物語 月と太陽
  3. レーエンデ国物語 喝采か沈黙か
  1. レーエンデ国物語 夜明け前
  2. レーエンデ国物語 海へ

 

レーエンデ国物語シリーズ』について

 

レーエンデ国物語シリーズ』は、「革命の話をしよう。」という一文から始まる物語であって、剣と魔法の世界が描かれた王道のファンタジー小説のような始まりを見せながら、その実、巻ごとに年代が、そして主人公が変わりながらレーエンデ地方の独立を目指す革命の物語です。

そういう意味では、レーエンデという土地自体が主人公だというべきなのかもしれません。

それぞれの主人公は、レーエンデ地方の独立を勝ち取るために血と汗を流すのですが、その物語には喝采を送りたくなり、また涙を流すことになる冒険の話でもあります。

 

日本のファンタジー小説の第一人者といえば、まずは『守り人シリーズ』の上橋菜穂子の名が挙がると思います。

異世界を緻密に描きながらも文化人類学者としての知識を十二分に生かした物語づくりをされています。

 

 

次いで、小野不由美の『十二国記シリーズ』があります。

このシリーズも他に類を見ない独特な異世界を緻密に構築した物語であり、他話で面白い作品でした。

 

 

本シリーズはこれらの作者たちの作品とは異なり、ひとつの地方の独立までの歴史を語る(ことになるだろう)物語であり、異世界の情景を細かに構築するというよりも、戦いや冒険自体に重きを置かれているようです。

 

第一巻の『レーエンデ国物語』は、後に「レーエンデの聖母」と呼ばれることになるユリア・シュライヴァを中心とした物語です。

レーエンデ地方の紹介を兼ねた作品であり、ユリアとトリスタンという若者との恋愛の要素もありながらも、ユリアの父親であるヘクトル・シュライヴァたちのレーエンデ地方の独立を目指す戦いの始まりが描かれます。

この第一巻から「レーエンデ地方」の独立を目指す戦いの萌芽が見え、後の物語の始まりとなるのです。

 

第二巻の『レーエンデ国物語 月と太陽』は、第一巻の後約100年後の物語です。

聖イジョルニ帝国の弱小貴族のヴァレッティ家に生まれたルチアーノ・ダンブロシオ・ヴァレッティと、ルチアーノを助けたティコ族のダール村に住むテッサという少女を主人公とする反逆の物語です。

 

第三巻の『レーエンデ国物語 喝采か沈黙か』もまた、第二巻の後約100年後の物語です。

聖イジョルニ帝国の聖都ノイエレニエに生まれた のルミニエル座のリーアン・ランベールとアーロウ・ランベールという双子の兄弟の物語です。

 

今のところ(2023年11月時点)では、第三巻までしか刊行されていませんが、2024年には、続巻の『レーエンデ国物語 夜明け前』『レーエンデ国物語 海へ』が刊行されるそうなので、待ちたいと思います。

多崎 礼

多崎礼』のプロフィール

 

2006年、『煌夜祭』で第2回C★NOVELS大賞を受賞しデビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『レーエンデ国物語』より

引用元:多崎礼|プロフィール|HMV&BOOKS online

 

多崎礼』について

 

現時点ではありません。

骨灰

骨灰』とは

 

本書『骨灰』は、2022年12月にKADOKAWAから400頁のハードカバーで刊行された長編のホラー小説です。

第169回直木賞の候補作となった作品ですが、特に序盤は少しの冗長さを感じるなど、全体としても私の好みからは少し外れた作品でした。

 

骨灰』の簡単なあらすじ

 

大手デベロッパーに勤める松永光弘は、自社の現場に関する『火が出た』『いるだけで病気になる』『人骨が出た穴』というツイートの真偽を確かめるため、地下へ調査に向かう。異常な乾燥と嫌な臭いー人が骨まで灰になる臭いを感じながら進み、たどり着いたのは、巨大な穴が掘られた不気味な祭祀場だった。穴の底に繋がれた謎の男を発見し解放するが、それをきっかけに忌まわしい「骨灰」の恐怖が彼の日常を侵食し始める。(「BOOK」データベースより)

 

骨灰』の感想

 

本書『骨灰』は、大手デベロッパーのIR部に勤務するサラリーマンが、自社の開発する現場で見つけた祭祀場に絡んで何かに祟られるホラー小説です。

自社の開発現場で見つけた祭祀場でわけもわからずに為したある行為のあと、異常な出来事が頻発し、家族の命まで危うい状態へとなった男の姿が描かれています。

第169回直木賞の候補作となったほどに評価の高い作品ですが、個人的にホラーがあまり好きではないということもあってか、今一つ感情移入できずに終わってしまった作品でした。

 

ちなみに、蛇足ではありますがIRという言葉がよく分からないために調べてみたところ、IRとはInvestor Relations(インベスター・リレーションズ)のことであり、「企業が株主や投資家向けに経営状態や財務状況、業績の実績、今後の見通しなどを広報するための活動」を意味するそうです( SMBC日興証券 IRとは : 参照 )。

 

主人公は、彼の会社の建築現場で「火が出た」などの悪印象を与えかねないツイートの真偽を確かめるために、その現場の地下へと調査に向かいます。

本書冒頭では、この地下へ向かう様子が語られているのですが、その様子がいかにもホラー小説です。

主人公は、極端に乾燥した空気とともにとてつもない高温で焼かれた後の灰のようなものが降っている穴の階段を、限りなく下りていきます。

やっとたどり着いた空間は、同じく灰のようなものが広がっている二十メートル四方もあろうかという広さで、SNSの画像と同じ数メートル四方の縦坑や注連縄と紙垂の設置された祭壇があったのです。

そしてその縦坑にいた鎖でつながれた男を連れて地上へと戻った主人公は、その後自分のマンションでも異常な出来事に見舞われることになるのでした。

 

登場人物としては、本書の主人公が松永光弘、二人目の子を妊娠している妻は美世子、まだ幼い一人娘の咲恵といいます。

また、地下にあった祭祀場を管理する玉井工務店の社長が玉井芳夫、副社長兼管理長が玉井孝治、もう一人の管理長が荒木奏太、さらに孝治の息子で社員の玉井健一がいます。

そして、主人公の会社の社員で物語上重要な役目を果たしているのが現場所長の菅原研人です。

 

本書『骨灰』では、建築現場の地下に封じられていた「何か」を開放してしまったらしい主人公の松永の苦境が語られているのですが、今一つのめり込めませんでした。

それは多分、私のホラー作品に対する好みに由来しているのでしょう。

今まで面白いけれど本当に怖いと思った作品が貴志祐介の『黒い家』という作品であり、リアルすぎて現実的な恐怖を感じ、その後はあまりこの手の作品は読まなくなったように思います。

一方、スティーブン・キングの『IT』(文春文庫 全四巻)のような作品はホラーとはいっても単なる即物的な驚きであり、和製の心理的恐怖を描いた作品とは異なりエンターテイメント小説として面白く読んだものです。

結局は、エンターテイメント小説としての面白さを持っているか、ということであって、日本の心理的恐怖を描いた作品は個人的には楽しめないのです。

 

 

本書『骨灰』の場合は、日本的な心理的恐怖ではなく、地下から解放された「何か」を、どちらかというと西洋の怪物を扱ったホラーのように即物的なクリーチャーのような存在として捉えていると感じたのです。

本来であれば、日本的な土着の禍つ神のもたらす恐怖としてそれなりに恐い作品になるかと思えたのですが、描き方がクリーチャー的だったのです。

ネットを見る限りは、そう感じた人はあまりいないようです。

 

ただ、そうであれば本来は私の好みとしてもっと好感を持ってもいい筈です。

冲方丁の作品であれば、もっとエンタメ性の高い作品の筈だと思うのですが、残念ながら本書はそうは感じなかったということです。

蒼路の旅人

蒼路の旅人』とは

 

本書『蒼路の旅人』は『守り人シリーズ』の第六弾で、2005年04月に偕成社からハードカバーで刊行され、2010年8月に新潮文庫から著者のあとがきと大森望氏の解説まで入れて380頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

チャグムが主人公の作品としては『虚空の旅人』に続く作品であり、国家間の思惑なども加味された新たにダイナミックに展開される物語としてバルサの話とはまた違った面白さを持った作品となっています。

 

蒼路の旅人』の簡単なあらすじ

 

生気溢れる若者に成長したチャグム皇太子は、祖父を助けるために、罠と知りつつ大海原に飛びだしていく。迫り来るタルシュ帝国の大波、海の王国サンガルの苦闘。遙か南の大陸へ、チャグムの旅が、いま始まる!-幼い日、バルサに救われた命を賭け、己の身ひとつで大国に対峙し、運命を切り拓こうとするチャグムが選んだ道とは?壮大な大河物語の結末へと動き始めるシリーズ第6作。(「BOOK」データベースより)

 

蒼路の旅人』の感想

 

本書『蒼路の旅人』では、チャグムが主人公となってタルシュ帝国を舞台として冒険物語が繰り広げられます。

これまで、バルサが主人公の作品では「新ヨゴ国」(『精霊の守り人』『夢の守り人』)、「カンバル王国」(『闇の守り人』)、「ロタ王国」(『神の守り人』)が、またチャグムが主人公の作品としては「サンガル王国」(『虚空の旅人』)がそれぞれに物語の舞台として設定されていました。

そしてバルサが主人公の場合は、舞台となっている土地に伝わる伝説と異世界との絡みを中心に、短槍使いのバルサならではの活劇を絡めた物語として構成されていました。

一方、チャグムが主人公の物語では、新ヨゴ皇国の皇子としてのチャグムという立場に応じた国家間の対立を前提とした構成になっています。

そして本書は『虚空の旅人』の続編として、今後の国家間の争いを前にしてのタルシュ帝国が舞台になっているのです。

 

本書『蒼路の旅人』では、サンガル王国からの援軍の要請に対し、チャグムの祖父の海軍大提督トーサに主力軍の三割ほどの艦隊を任せ派遣するという帝の決定に反対し帝の怒りを買ったチャグムは、トーサと共に出陣することを命じられます。

チャグムには護衛兵として<帝の盾>で別名<狩人>と呼ばれる暗殺者のジンユンが同行しており、帝のチャグムへの決別の意思を見ることができるのでした。

本書でのチャグムは、父王の怒りをかった結果従軍することになりますが、サンガル軍にとらわれた後、チャグムの父である帝の命によりチャグム暗殺の任を担っているジンの助けを得てサンガル軍から脱出した後が本来の物語に入ります。

というのも、チャグムはタルシュ帝国の密偵であるアラユタン・ヒュウゴに捕らわれ、タルシュ帝国の実情をその目で見ることになるのです。

このヒュウゴという人物が本書での要となる人物であり、新ヨゴ皇国の母国でもあるタルシュ帝国の枝国となった元ヨゴ皇国の出身だったのです。

チャグムはこの虜囚となった経験により、タルシュ帝国の枝国となることの意味を思い知らされ、同時に新ヨゴ皇国の存続、新ヨゴ皇国の民の平和な生活のためには現在の帝、即ちチャグムの父が如何に障害になっているかをも思い知らされるのです。

 

こうしてチャグムが虜囚となっている間に、タルシュ帝国のハザールラウルという二人の皇子、それにラウル皇子に仕えるヒュウゴの話などを通して、ものの見方の多様性などを学んでいきます。

つまりは、読者は著者上橋菜穂子の「歴史には絶対の視点などなく、関わった人の数だけ視点があり、物語がある。」(文庫版あとがき「蒼い路」:参照)という視点が明確に示されていることに理解が及びます。

ただ、新ヨゴ皇国の民の幸せに帝がいかに障害となっているかを思い知らされたチャグムの決断は哀しみに満ち溢れたものにならざるを得ません。

 

本シリーズは個人の視点が主になるバルサの物語と、ダイナミックな国家間の物語が描かれるチャグムの物語とではかなりその色合いを異にします。

その二つの物語が合流することになる『天と地の守り人』はどのような物語になるのか、楽しみでなりません。

神の守り人 (来訪編・帰還編)

神の守り人』とは

 

本書『蒼路の旅人』は『守り人シリーズ』の第五弾で、2003年07月に偕成社からハードカバーで刊行され、2009年8月に新潮文庫から著者のあとがきと児玉清氏の解説まで入れて来訪編と帰還編とを合わせて629頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

『守り人シリーズ』の世界の中で、ロタ王国を舞台として異世界の神を身に宿す一人の少女を救うために立ち上がったバルサの姿が描かれた、国家のあり方と国と民との関係にまで思いを馳せる雄大な物語です。

 

神の守り人』の簡単なあらすじ

 

女用心棒バルサは逡巡の末、人買いの手から幼い兄妹を助けてしまう。ふたりには恐ろしい秘密が隠されていた。ロタ王国を揺るがす力を秘めた少女アスラを巡り、“猟犬”と呼ばれる呪術師たちが動き出す。タンダの身を案じながらも、アスラを守って逃げるバルサ。追いすがる“猟犬”たち。バルサは幼い頃から培った逃亡の技と経験を頼りに、陰謀と裏切りの闇の中をひたすら駆け抜ける。(来訪編 :「BOOK」データベースより)

(帰還編 :南北の対立を抱えるロタ王国。対立する氏族をまとめ改革を進めるために、怖ろしい“力”を秘めたアスラには大きな利用価値があった。異界から流れくる“畏ろしき神”とタルの民の秘密とは?そして王家と“猟犬”たちとの古き盟約とは?自分の“力”を怖れながらも残酷な神へと近づいていくアスラの心と身体を、ついに“猟犬”の罠にはまったバルサは救えるのか?大きな主題に挑むシリーズ第5作。「BOOK」データベースより)

 

神の守り人』の感想

 

本書『神の守り人』は、ロタ王国を舞台に、アファール神の支配するこの世のむこうにある異界ノユークと、ノユークから流れくる川に住まう恐ろしき神タルハマヤが顕現する中でのバルサの冒険が語られます。

前巻の『虚空の旅人』では、シリーズの流れが国家間の関係までをもの組み入れた流れへと大きく変わったのですが、本書では一旦バルサ個人の冒険物語へと戻った印象があります。

でありながら、物語の根底にはロタ王国の南北の対立が存在しており、その先にはロタ王国の併呑を狙う某大国の存在までも見えてくるのです。

そこには、ロタ王国の南の豊饒な気候と海洋取引に裏付けされた豊かな商人たちの存在と、過酷な北部の気候のもと暮らす民の存在がありました。

さらに北部地方には古くからの伝承を守り生き続けている〈タルの民〉らの存在もまた特別な意義が与えられていて、単なる経済面での対立以上のものもあったのです。

 

ロタ王国に近い都西街道の〈草市〉の立つ宿場町で見かけた兄妹を、ヨゴ人の人身売買組織<青い手>から助けようと様子をうかがっているバルサでしたが、<青い手>の一味は何者かに喉を咬み裂かれ、バルサもまた殺されそうになります。

その後、タンダの古い知り合いの呪術師スファルとその娘シハナたちが、バルサが助けようとした兄妹の妹アスラが抱えている秘密をめぐりアスラを殺そうとしていることを知ったバルサは、兄のチキサをタンダにまかせ、自分はアスラを連れて逃亡することを決意するのです。

バルサたちの逃亡を知ったスファルはタンダたちを味方につけるのが得策と考え、アスラをめぐる秘密を明かすことを選択します。

しかし、シハナはタルハマヤの力を借りようと秘密を抱えるアスラを捉えようとしていたのでした。

シハナは、ロタ王国の王室に伝わる伝説のもと北部地方のタルの民と南部大領主たちとの対立に苦しむロタ王室のヨーサム王の弟イーハン殿下に仕えており、バルサたちも王室を巻き込む陰謀に巻き込まれてしまうのでした。

 

本シリーズでは、新ヨゴ皇国、カンバル王国、前巻のサンガル王国、そして本書『神の守り人』でのロタ王国と、舞台として国を変えた冒険が語られてきました。

その上で各話ごとに異世界とこの世とのつながりが語られていましたが、本書でもまた異界ノユークから流れくる川によりもたらされる豊かで滋養に満ちた水がこの世界にも豊かさがもたらされているとの事実が明らかにされます。

ところが話はそれだけにとどまらず、恐ろしい力をもつ異世界の神タルハマヤをこの世に顕現させようと画策する姿が描かれているのです。

そこで重要な役割を果たすのが、サーダ・タルハマヤに仕えたスル・カシャル<死の猟犬>の子孫であるスファルであり、その娘のシハナだったのです。

 

「バルサは己の歩幅でものを考えるからこそ、地を歩む人々の視線と同じ目線で発想している」のですが、「シハナは大きな構図の中の構成物であるというような発想はしない」のです。

こうして本書『神の守り人』では、先に述べたように単にバルサ個人の冒険譚を越えた物語が展開されています。

作者上橋菜穂子の大局的な視点は、本書のようなファンタジー物語においても多面的なものの見方を示しながらも、ファンタジー小説としてエンターテイメント小説としての面白さを持った作品を提供してくれるています。

 

本シリーズも終わりが近くなっています。シリーズの最後の作品を読むのを待ちかねているのですが、読み終えてしまうのが淋しいような、複雑な気持ちにいます。

虚空の旅人

虚空の旅人』とは

 

本書『虚空の旅人』は『守り人シリーズ』の第四弾で、2001年08月に偕成社からハードカバーで刊行され、2008年7月に新潮文庫から著者のあとがきと小谷真理氏の解説まで入れて392頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

『夢の守り人』に続く『守り人シリーズ』の第四弾である本書は、新たにチャグムを主人公とした作品である「旅人シリーズ」の開始作品でもある、新たな展開が面白い作品でした。

 

虚空の旅人』の簡単なあらすじ

 

隣国サンガルの新王即位儀礼に招かれた新ヨゴ皇国皇太子チャグムと星読博士シュガは、“ナユーグル・ライタの目”と呼ばれる不思議な少女と出会った。海底の民に魂を奪われ、生贄になる運命のその少女の背後には、とてつもない陰謀がー。海の王国を舞台に、漂海民や国政を操る女たちが織り成す壮大なドラマ。シリーズを大河物語へと導くきっかけとなった第4弾、ついに文庫化。(「BOOK」データベースより)

 

虚空の旅人』の感想

 

本書『虚空の旅人』は、主人公がチャグムへと変わり、物語もサンガル王国を舞台に冒険活劇が展開されます。

 

これまではバルサを中心として、バルサの働きを描く冒険活劇の側面が大きい作品でしたが、本書ではそうした流れから一変し、主人公は新ヨゴ皇国の皇子であるチャグムとなります。

そのことは当然のことですが物語の流れも異なってきます。

つまり、これまでは短槍使いのバルサ個人の冒険活劇小説としての色合いが濃い物語だったのですが、本書からは国同士の思惑が絡み合うダイナミックな物語へと変貌し、個人の物語から国同士の戦いの話へと変化していくのです。

もちろん、これまでのシリーズの一巻から三巻までの物語が重要な意味を持ってくることになるし、それらのエピソードの上に新しい視点の物語が展開されていくことになります。

 

父王から疎まれているチャグムは、新ヨゴ皇国の南に位置する海洋王国であるサンガル王国の「新王即位ノ儀」に出席を命じられます。

サンガル王国の王家の出自は海賊であり、海をその生活の場とする海洋国家でした。

星読博士のシュガと共に、サンガル王国へと向かったチャグムは、新王となるカルナン王子やその弟のタルサン王子らに拝謁します。

そこに「ナユーグル・ライタの目」となったという娘のエーシャナが連れてこられます。サンガル国の言い伝えでは海の底の異世界ナユーグルに住むというナユーグル・ライタの民が地上の民の子を通して地上の様子を探るというのです。

この「ナユーグル・ライタの目」は、最終的にはホスロー岬から海へ落とす「魂帰し」という儀式が行われることになっていました。

一方、そんなはるか南の大陸のタルシュ帝国は、サンガル王国へ侵略手掛かりを作っていました。

カルシュ島の「島守り」であり、サンガル王の長女であるカリーナ姫を妻に迎えているアドルや、ノーラム諸島の島守りで次女のロクサーナを妻に迎えているガイルらを支配下に収め、サンガル王国を裏切りらせる段取りを整えていました。

そんな時、タルシュ帝国はサンガル王国の南端の島の近海まで軍船を進めていたのです。

 

作者上橋菜穂子によると、これまではシリーズ化など夢にも思わずに書き綴ってきたものの、本書を書き終えたときは単なる一話完結の物語では済みそうももない「予感」があったそうです。

あくまで「予感」ですから、守り人シリーズの主人公はバルサである以上本書は外伝的な位置づけになるだろうと思い、タイトルも「旅人」としたのだといいます。

結果として、「守り人」と「旅人」は、やがて『天と地の守り人』で交わり、一つの流れとなって完結を向かることになります。

作者は、「多くの異なる民族、異なる立場にある人々が、それぞれの世界観や価値観をもって暮らす世界」を具現化したいと思っていたそうです(以上 文庫版あとがき「全十巻への舵を切った物語」: 参照)。

そして、そうした作者の思いは十分に反映されている物語としてこの物語がここに完成しているのです。

 

本シリーズの魅力として緻密に構築された世界を舞台としているという点が挙げられますが、本書でもサンガル王国という海洋王国の設定が詳細に為されています。

サンガル王国という島々からなる王国は、その島々に王家ゆかりの女性を嫁がせて「島守り」として海の守りを固めていて、この女性らが連携して島々の王家に対する忠誠を守っているという仕組みを持っています。

さらには、船に住まい、海をその生活の場とする自由の民もいて王家とは良好な関係を保っていたのです。

また、新たに異世界としてナユーグルがあり、そこのナユーグル・ライタという民は「ナユーグル・ライタの目」という存在を通して地上を知るという言い伝えを設けています。

こうした新たな国を舞台としてチャグムの冒険が始まるのです。

 

これまでのバルサの冒険とはまた異なりますが、より対極的な視点を持つこの物語もまた心躍る物語でした。

夢の守り人

夢の守り人』とは

 

本書『夢の守り人』は『守り人シリーズ』の第三弾で、2000年5月に偕成社からハードカバーで刊行され、2007年12月に著者のあとがきと養老孟司氏の解説まで入れて348頁の文庫として新潮文庫から出版された長編のファンタジー小説です。

トロガイやタンダ、チャグムなどの『精霊の守り人』に登場してきた人物たちが再び顔を揃える作品となっている、期待に違わない作品した。

 

夢の守り人』の簡単なあらすじ

 

人の夢を糧とする異界の“花”に囚われ、人鬼と化したタンダ。女用心棒バルサは幼な馴染を救うため、命を賭ける。心の絆は“花”の魔力に打ち克てるのか?開花の時を迎えた“花”は、その力を増していく。不可思議な歌で人の心をとろけさせる放浪の歌い手ユグノの正体は?そして、今明かされる大呪術師トロガイの秘められた過去とは?いよいよ緊迫度を増すシリーズ第3弾。(「BOOK」データベースより)

 

夢の守り人』の感想

 

本書『夢の守り人』は、カンバル王国が舞台だったシリーズ第二巻『『闇の守り人』』を経て再び第一巻『精霊の守り人』と同じ新ヨゴ皇国が舞台になっています。

ただ、シリーズ第一巻の『精霊の守り人』で描かれていた異世界であるナユグの描かれ方がより詳しくなっています。

というのも、本書は『精霊の守り人』に登場してきたチャグムらがふたたび顔を揃え、夢の世界即ち異世界へと連れていかれた人たちを助け出そうとする姿が描かれている物語だからです。

そういう意味では、本書の舞台は新ヨゴ皇国ではありますが、物語の本当の舞台はナユグだということもできるかもしれません。

 

 

著者 上橋菜穂子自身のあとがきによれば、本書は「夜の力」と「昼の力」の両方を知り、その狭間に立つことを選んだ人たちの物語、だそうです。

つまりは、現実(昼の力)しか知らない多くの人達と、現実を生きてはいるものの夢(夜の力)の世界へと行くこともできる呪術師であるトロガイタンダら少数の人達との物語なのです。

 

バルサは、サンガル人の狩人の手から助けたユグノという歌い手を隠すためにタンダのもとへと連れていこうとしていました。

しかし、そのタンダは眠ったまま目を覚まさないタンダの姪のカヤの魂を連れ戻すために<魂呼ばい>を試し、何者かにその身体を乗っ取られていたところでした。

また、チャグムもトロガイと会っているという星読み博士のシュガの話を聞き、バルサたちとの暮らしを思い出して夢の世界へ入ったまま目覚めることができなくなっていたのです。

そこに、バルサが助けたユグノは異世界へと繋がる特別な歌い手のリー・トゥ・ルエン〈木霊の想い人〉と呼ばれる人物だったことが分かり、バルサは再び異世界に捕らえられたチャグムらを助ける冒険が始まるのです。

 

本書『夢の守り人』では、呪術師であるトロガイとトロガイの師匠ノルガイとの出会い、そしてトロガイは何故に呪術師へとなったのかが明らかにされます。

そこではやはり「夢」の世界が関係してくるのですが、前巻同様にシリーズを通して語られるサグ呼ばれるこの世とナユグと呼ばれる異世界との関連は未だ明らかにはされていません。

前述のとおり本書はまだシリーズ第三弾であり、作者も本シリーズが最終的に全十巻を越える大河作品になるとは思っていなかった頃の作品です。

従って、物語は単巻で終わっていて、この後のシリーズ作品が他国をも巻き込んだダイナミックな物語展開になるとは予想できないでしょう。

 

とはいえ、本書での単巻で完結する物語の面白さは後の変化に満ちた物語に劣らない面白さを持っています。

というよりも、次巻からの面白さとは質が異なるというべきかもしれません。

今後新たな展開となっていくにしても、これまでの三巻の内容が次巻『虚空の旅人』からの物語展開の基礎となっていて、これまでの物語があってこそその後の物語が深みを持ってくる構成となっています。

本書は本書として十分な面白さを持っていて、さらに今後の展開の下敷きとなっているという点でも重要な展開なのであり、作者の力量が十二分に示された作品だと思います。

闇の守り人

闇の守り人』とは

 

本書『闇の守り人』は『守り人シリーズ』の第二弾で、1999年1月に偕成社からハードカバーで刊行され、2007年6月に新潮文庫から著者のあとがきと神山健治氏の解説まで入れて387頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

『精霊の守り人』に続く『守り人シリーズ』の第二弾である本書は、バルサの生まれ故郷カンバル国へと向かい、バルサの過去が語られます。

 

闇の守り人』の簡単なあらすじ

 

女用心棒バルサは、25年ぶりに生まれ故郷に戻ってきた。おのれの人生のすべてを捨てて自分を守り育ててくれた、養父ジグロの汚名を晴らすために。短槍に刻まれた模様を頼りに、雪の峰々の底に広がる洞窟を抜けていく彼女を出迎えたのは―。バルサの帰郷は、山国の底に潜んでいた闇を目覚めさせる。壮大なスケールで語られる魂の物語。読む者の心を深く揺さぶるシリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

 

闇の守り人』の感想

 

シリーズ第一巻『精霊の守り人』では、「新ヨゴ皇国」がバルサとチャグムが活躍する舞台でした。

それに対し本書『闇の守り人』ではバルサの故郷であるカンバル王国が舞台となっています。バルサの短槍の師であるジグロの身内に会い、あらためて過去の自分と向き合うために戻ったのでした。

バルサの過去は『精霊の守り人』でも少しだけ語られていましたが、本書でその成り行きが詳しく語られることになります。

 

 

バルサは、本来であればカンバル王国へ戻るために通るべきはずの正式な門ではなく、<山の王>が支配するという迷路めいた洞窟を抜ける道を選んでいました。

そこで、ヒョウル<闇の守り人>に襲われていたカッサジナ兄妹を助けたことからカンバルのある企みにまつわる騒ぎにまきこまれてしまいます。

この洞窟が本書の眼目であるカンバルの地の伝説と深くかかわる洞窟であり、カンバルという国の存続にもかかわる場所だったのです。

 

このカンバル王国の秘密にまつわる話が本書『闇の守り人』の魅力の第一点です。

まず、王国の秘密とはカンバルに伝わる儀式や伝承などにかかわるものであり、文化人類学者である著者上橋菜穂子の本領を発揮する分野です。

前巻の『精霊の守り人』のクライマックスでも同様に伝承が生きる場面がありましたが、日々の暮らしに溶け込んでいる言い伝えなどが持つ本来の意味を教えてくれ、それは私たちの現実の生活でも当てはまるものです。

精霊の守り人』ではこの世(サグ)とは異なるナユグという異世界がこの世と隣り合わせにあるという物語世界の成り立ちが説明がありました。

本書では、それに加え山の王という存在が語られ、同時に、バルサが通ってきた洞窟には<闇の守り人>がいてカンバル王国を守っているという伝説の真の意味も明確にされていきます。

この山の王の話とナユグとの関連は未だ明確ではありませんが、今後明らかにされるのでしょう。

 

そしてもう一つ、本書『闇の守り人』ではバルサの師匠であるジグロの壮絶な生き方に隠された、バルサの父カルナの死の謎やカンバル王国の王の槍と呼ばれる武人たちの存在など、バルサの短槍使いとしての生き方の意味も明らかになります。

ジグロも、カルナを脅し当時の王ナグルを毒殺した王弟ログサムもすでにいないカンバルの地で久しぶりに会った叔母ユーカに話を聞くと、ジグロの弟のユグロが裏切り者とされていたジグロを討ち果たして国宝の金の輪を持ち帰った英雄として称えられていたのです。

バルサの人生はカンバル王国の秘密の上に積み上げられたものであり、今回の帰省によって父カルナや師匠ジグロなどの汚名を晴らすことにもなるのです。

 

こうして、バルサは故郷カンバル王国の危難に立ち合い、これを救うことになります。

一級のファンタジーであり冒険小説である本書『闇の守り人』は、さらに今後の展開をも期待させる物語の序章でもありました。