QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真

QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』とは

 

本書『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』は、新刊書で291頁の長編の冒険小説です。

スカイマーシャルという珍しい職に就いている人物を主人公とする麻生幾らしい作品ですが、この人の作品にしてはあまり面白いとは言えない作品でした。

 

QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』の簡単なあらすじ

 

日本から米国に向かういずれかの旅客機に不審者“QUEEN”が乗り込み危険行為を行う可能性が高い、という情報を得た警視庁。警備部特務班の兼清、上司の矢島、2名のスカイマーシャルを14時羽田発ニューヨーク行きの“さくら212便”に搭乗させた。だが兼清の警戒を嘲笑うように、離陸から1時間半後、一般客には知られていないクルーバンクで遺体が発見された。いったい何者が、どうやって?そして、スカイマーシャル・兼清の孤独な戦いが始まる…。(「BOOK」データベースより)

 

さくら航空のさくら212便のチーフパーサーである立花咲来は、エコノミークラスのパーサーである水野清香が未だ現れないままにブリーフィングをすすめていた。

ところが、羽田のオペレーションセンターでは水野綾香のIDでの出社確認は済まされており、客室部ドアのカードリーダーにも記録されているというのだ。

しかし、水野綾香は現れないままに、代わりの緊急時待機要員を乗せて出発するのだった。

一方、スカイマーシャルの兼清涼真は、この最後のフライトで「航空保安を損なう可能性が高い危険人物」を意味する符牒の搭乗が知らされる。

しかも、に関しては性別、国籍、搭乗対象の航空会社、便のいずれも不明という厄介な情報だった。

また、さくら212便の離陸後に水野清香が殺されていたという情報がもたらされ、さらには兼清の上司である矢島班長がクルーバンクで殺されているのが発見されるのだった。

 

QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』の感想

 

本書『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』のタイトルにもなっている「スカイマーシャル」とは、警視庁警備部に属する東京国際空港テロ対処部隊「特務班」所属の「航空機警乗警察官」のことだと本文にありました。

そのスカイマーシャルは一般客を装い旅客機に乗り込み、自動式拳銃で武装してハイジャック等のテロリズムなどの事案への対処を任務としているのです。

そして本書の主人公兼清涼真は、航空機内という特殊環境での対テロ対策のためにも、アメリカで近接格闘の技能を習得しているスペシャリストでもあります。

ただ、激務のなか妻の死にも立ち会えなかった兼清涼真は、残された小学生の娘のためにも今回の常務を最後とするつもりでいたのです。

 

スカイマーシャルという職務のことは、名称は別として聞いたことがあります。しかし、そのスカイマーシャルを主人公に据えた小説は初めて読みました。

本書『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』は、いかにも麻生幾の作品らしく、緻密な状況描写と背景の説明が為されています。

主人公の性格に関しても、独立心の旺盛な一匹狼タイプであり、これまでの公安小説に出てくるチームプレイで動く登場人物とは若干異なってはいます。

しかし、主人公の意志の強さなどには共通するものを感じますし、そもそも『ZERO』での主人公なども本書のような独行タイプだったと思います。

 

本書『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』がこれまでの麻生幾の作品と違うと思ったのは、何よりもその説明的な文章です。

それは、「兼清は拙い! と思った。」などという説明的な文章が少なからず出てきて、物語の流れになじんでいないのです。

というよりも、本書での文章の流れが全体的に説明的な印象を醸し出しています。

兼清の行動の理由を一つずつ解説していく流れ自体は麻生幾という作家らしく緻密に積み上げていくものではありますが、本書ではそれが状況を説明しているとしか感じないのです。

近年はこうした文章になっているのかとも思いましたが、この人の作品である『アンダーカバー ―秘録・公安調査庁―』という面白く読んだ作品は2018年3月という新しい出版であるため、それも違うようです。

 

 

とすれば、本書『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』の場合、全く新しい職種を主人公の職務としていることや、アクションの舞台が航空機内という限定された場所であることなどが考えられますが、それも経験豊かな作者には当たらない気がします。

ということは、ほかではそうした感想を見ませんから読み手の私の問題だ、ということになるのかもしれません。

 

ついでに個人的な違和感としてもう一点挙げておきます。

それは、本書『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』では航空機内で発砲事件がおきますが、そもそも機内での発砲が可能なのでしょうか?

高高度を飛ぶ航空機内で弾丸が機体を撃ち抜いたらとんでもないことになりそうです。仮に機体が撃ち抜かれることはないとしても、万が一窓にでも当たったらどうでしょう。

犯人側はそうしたことは考えないにしても、警察官はましてやスカイマーシャルは発砲しないと思うのです。

もしかしたら、これまで書物や映像で見聞きしてきた航空機内での発砲は危険すぎる行為だという事実が間違っていたのでしょうか。

 

結局、本書『QUEEN スカイマーシャル 兼清涼真』を読んだ感想としては、麻生幾という作家の作品としては幾重にも腑に落ちない個所のある作品だったと追う他ないようです。

外事警察

日本国内で国際テロに対抗する極秘組織・外事警察。彼らの行動はすべて厳しく秘匿され、決して姿を公に晒さない―。高まっていく日本へのテロ攻撃の可能性、その実態を懸命に探る警視庁外事第3課・住本に舞い込んだ情報とは…。熱気をはらんで展開する非情な世界を描き切り、ドラマ「外事警察」の原点となった傑作警察サスペンス小説。(「BOOK」データベースより)

 

日本国内でのテロを防止するために秘密裏に活動する警視庁外事3課員の姿を描く、長編のサスペンス小説です。

 

作者麻生幾の『ZERO』や『ケース・オフィサー』などの作品でもそうでしたが、本書も非常に物語の筋が入り組んでいます。

 

 

日本国内を舞台にしたテロリストの活動を防止すべく活動する警視庁外事第三課の必死の攻防が描かれている、と本当におおざっぱに言えばそうなります。

 

登場人物もこの作者のほかの作品と同様に多数登場します。

中心となるのは主人公の警視庁外事第三課作業班班長住本健司警部補およびその部下の巡査部長たちの、久野秀真、五十嵐彩音、金沢涼雅、森永卓也、大友遥人という住本班のメンバーです。

また警視庁外事第三課作業班係長滝沢大聖警部、警察庁警備局長の有賀正太郎、警察庁協力者獲得工作・特命作業指揮本部責任者の倉田俊貴、警察庁国際テロリズム対策課長の尾崎毅などが一応の重要登場人物と言えるでしょう。

そのほかに、警視庁SATの関係者がいて、加えて重要な役割を持つ三重県警S警察署交通課員の松沢陽菜巡査長や、内閣官房長官の村松久美、そしてその秘書の前野徹などもいます。

それだけでなく、住本の住本の協力者であるニケや、イマール共和国から来た看護師で国立東京トラウマ(外傷)センター研修生のユニなどもいます。

 

ざっと主だった登場人物だけを挙げてもこれだけの人物がいて、そのそれぞれに結構重要な役割をになっています。

その上ストーリーは複雑であり、この作者のいつもの作品と同じく、緻密な取材に基づく描写もまた詳細です。

例えば中心となる住本らの活動だけではなく、テロリスト側の視点、倉田ら警察内部での各個の思惑、それを利用しようとする内閣官房長官やその秘書らの思惑が複雑に絡んでいて、それらを詳細に叙述してあるだけにわかりにくさは倍加しています。

また、そうした心理戦だけではなく、テロリストの破壊活動とそれに応じる警察組織との攻防に伴う活劇場面が用意されていることもまた他の作品と同様です。

 

こう書いてくると本書はほかの作品との差異がないように思えてきますが、当然のことながら舞台設定や、ストーリーはもちろん異なります。

主人公の所属を見ると、『ZERO』では警視庁公安部外事第二課に所属しており、『ケース・オフィサー』では地方警察出身の警察官が警察庁へ出向し、警備官として国外の大使館に勤務していて、本書の主人公は警視庁外事第三課の所属であり、それぞれに異なっているのです。

しかし、正直なところ、これらの勤務先の差異がまだよくわからないでいます。その上、情報収集の協力者を育てるという職務内容もあまり異ならないような気もして、その点での差異もよくわかりません。

 

とはいえ、そうした差異はあまり分からなくても、また小説作法として決してうまいとは言えなくても、物語としてはかなり面白いから困ります。

緻密な描写にしても、詳細に過ぎると思いつつも、だからこそ小説としてのリアリティが増しているとも思われ、実に悩ましい小説でもあります。

この点は、現役の公安警察職員であったという濱嘉之の作品である『警視庁情報官シリーズ』などの作品もかなりのリアリティを持ったインテリジェンス小説でした。

 

 

しかし、本書の作者麻生幾氏の作品はさらにその上を行くと言ってもいいほどの緻密さを持ちます。

さらには月村了衛の描く『機龍警察』や、大沢在昌の『明日香シリーズ』のようなアクション小説にも負けないような活劇場面など、いろんな顔を持つ作品群だと言えるのです。

 

 

そのような面白さを持つものがたりだからこそ、文庫本で五百頁を超える物語であっても最後まで読み通すことができるのかもしれません。

ケースオフィサー

2001年9月11日、同時多発テロ発生、翌日もたらされた日本国内でのテロ情報に衝撃を受けた警察庁幹部は、かつて欧州で活躍した“伝説のテロハンター”を静岡県警から呼び戻そうとする。そして彼が運営していたスパイ“V”を目覚めさせようと試みるが…。日本警察が行ってきた国際テロ捜査の現実をリアルに描き切る警察小説の決定版。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

10年以上のブランクを経て、“伝説のテロハンター”名村は警察庁に復帰した。彼はかつてのネットワークを駆使し懸命に情報収集に当たっていく。だが捜査をかいくぐるように発生してしまう細菌テロ。次々と倒れていく人々。次の大規模テロを防ぐことはできるのか?日本の細菌感染への危機管理とテロ対策を徹底取材、圧倒的迫力で描く警察小説。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

地方警察出身の警察官が国際舞台で諜報の世界へと乗り出し、日本をターゲットとするテロを防ぐために活躍する長編の冒険小説です。

 

1977年にバングラデシュのダッカで起きた日本赤軍による日本航空機ハイジャック事件で、犯人らの逃亡先である中東エリアに何の情報源も持っていなかった日本警察は、「警備官」という名での職員の海外派遣を行うこととしました。

そうした背景のもと、静岡県警公安課に所属していた本書の主人公名村奈津夫は、エジプトのカイロの日本大使館の「警備官」として勤務することになります。そして大使館員の厳しい監視の目をかいくぐり、警察庁から与えられていた情報収集のための伝手を作るという「本来の任務」を遂行するのです。

そんな中、エジプト国家治安機関の最高幹部と約束を優先し帰国命令を無視した名村は、静岡県警の警ら部自動車警ら隊補佐へと異動を命じられてしまいます。

その後、警察庁警備局長の若宮は、アメリカの情報筋から「日本人女性が日本をターゲットにしたテロ計画の中で徴募され、総理官邸を最終目的としたテロが計画されている」という情報を得ます。

そこで名村は再び日本赤軍ハンターとしての活動を命じられることになったのです。

 

エジプト大使館の警備官として派遣された地方警察の公安警察官が、国際社会の情報戦のさなかに飛び込み、日本のために新たな情報収集のルートを開拓していく姿が描かれるとともに、新たに知りえた情報をもとに日本でのテロ行為を阻止するために活躍します。

同時に、一つのパターンではありますが、行政や警察の官僚らが日本国をテロリストの手から守るために行動する中にも、自らの出世を第一義においている姿なども描かれています。

 

本書で描かれていた名村の行動の一つに、情報獲得のための伝手づくりのために、エジプトの国会議員や在カイロのシリア企業の集まりへ飛び込みで訪れてアラブ世界の勉強のために専門家を紹介してほしいと頼み込む、という描写がありす。

数行程度の描写ではありましたが、世界のどこかではこうした作業を現実に行った人間がいるのだろうと、そうした作業のうえに私たちの平和な生活があるのだろうと妙に気にかかりました。

 

そして、主人公名村に対するヒロイン的な存在である晴香・ハイマという存在がいます。シリアのカフェ経営者であった彼女は名村のリクルートにより種々の情報を提供してくれます。

特に物語も後半になると、日本に対するテロ工作の情報をもたらして物語の流れを急転回させるという重要な役割を担っているのです。

ただ、テロ情報をもたらす晴香の行動は、物語の都合上とはいえ唐突であり、その点についての説明は納得のいくものとは思えませんでした。

 

ついでに気になる点を書くと、この作者のほかの作品と同様にその描写はすべての面において緻密です。しかしその割にはストーリの展開上は説明不足と感じるところが少なからずありました。

また視点も頻繁に切り替わっているため、ストーリーを簡単に見失ってしまいがちになります。

こうした点は読み手の好みの問題だとも言えそうで、あまり声高に言うところではないかもしれません。

 

上巻は、名村の中東でのケースオフィサーとしての作業を中心に描写してあり、後半は日本国内でのテロリストの持ち込んだウイルスの行方とそれを追う名村の行動、パンデミックの描写と盛りだくさんです。

前述のような不満点も多々ありますが、それでもなお面白い小説です。さらにほかの作品にも手を伸ばすことになると思います。

 

この作家の『アンダーカバー 秘録・公安調査庁』や『ZERO』の項でも書いたのですが、リアリティに富んだインテリジェンス小説はそう多くは無いようです。

ZERO

一九四七年の誕生以来、存在自体が国家機密という厚いベールに包まれた全国公安警察の頂点“ZERO”。だがその極秘組織もその巨大さゆえ時代に適合できなくなっていた。そんな時、警視庁公安部外事二課で中国を監視してきたウラの捜査官・峰岸智之は中国大使館による大掛かりな諜報活動事件の端緒を掴むが…。日本スパイ小説の大収穫。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

47年の封印が解かれ、日本を震撼させる陰謀の幕が開く。立ち向かう、一人の警察官・峰岸。彼は元警視庁長官・鹿取が運営してきた大物スパイを巡り、すべてのウラ情報を握ろうとする“ZERO”と激突する。執拗な妨害を受けながらも捜査を強行する峰岸を苛酷な運命が待ち受けていた…。極秘情報をちりばめ警察小説の新境地を拓く衝撃作。( 中巻 : 「BOOK」データベースより)

峰岸を呑み込む欺瞞と敵意に満ちた世界。様様な罠、裏切りの連続。孤立無援の公安警察官と中国諜報責任者との激闘。日本の機密漏洩者と中国側ディープスロートの正体とは?水面下の戦争が国家に大いなる決断を求める時、男は誇りのため、女は愛のため命を賭ける。逆転に次ぐ逆転、驚異の大どんでん返し。エンターテインメント小説の最高峰。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

文庫本全三冊で合計1500頁を軽く超える、日本の諜報組織に属する一人の男の活動を描き出す長編の冒険(警察)小説です。

 

本書で描き出される世界は偏執的といえるほどに緻密です。それは登場人物らの行動を描く時もそうですし、紹介されるハード面の描写にしても同様です。

そのためなのか、本書で描かれる世界についての信憑性は絶大なものを感じます。公安警察の対象者に対する行動確認作業や対象者の篭絡作業などの実際はここで描かれている通りなのだろうと思えるのです。

以前、黒川博行の『疫病神シリーズ』を読んだ時にも、状況を緻密に描き出すその描写に驚いたものですが、本書の場合、そのさらに上を行きます。

とくに、本書『ZERO』の第二巻から第三巻目にかけての主人公の中国国内での逃避行の描写は、『疫病神シリーズ』の第二作目である『国境』での北朝鮮での描写を思い出してしまいました。ともに、綿密な取材の結果を綿密に反映してあり、その筆力に似たものを感じたのです。

 

ところが、この緻密さはまた非常な読みにくさも併せ持っています。

例えば、本書の第一章では主人公である峰岸智之警部補のもとに集結している二十五名の作業班員が特定の視察対象者を追尾する様子を描いてありますが、この第一章を読み通すことができずに投げ出してしまう読者も多いのではないでしょうか。

この第一章では、追尾の事情は明かされていないために読者は単に作業班員らの行動を見守ることしかできません。結局第一章の八十頁余りをわけもわからないままに読み進めることになります。最後にこれまでの行動の意味が明かされるのですが、そこまでたどり着かないのではないかと危惧するのです。

 

本書での作者の描き方は最後まで同じです。主人公らの行動の意味は物語が進む中で次第に明らかになるだけで、前もっての説明はほとんどありません。その上での状況や人物らの行動の詳細かつ執拗な描写が続きます。

読者にとって、前提知識のないままの詳細な描写は少々戸惑いばかりがあり、物語の流れをしょっちゅう見失いがちになります。いや、実際ストーリーが分からなくなり、読み返すことが何度かありました。

とにかく、登場人物も多数に上り、裏切りの連続はその多数の登場人物相互の関係性をさらに分かりにくくしているのです。

そういう意味では実に不親切な作品といえます。しかしながら、前述のように作者の綿密な取材の上に展開される緻密な描写は非常なリアリティを生み、現実の公安職員らの行動もかくあるのだろうと確信するでしょう。

そのうえで、物語は意外な展開を見せ始めます。

 

そもそも、本書の『ZERO』というタイトルにもかかわらず、ZEROという組織は主人公に対立する存在として現れます。本書で描かれているのは警察庁の組織である「ZERO」ではなく、警視庁公安部外事第二課所属の警察官の行動なのです。

つまり、本書のタイトルは、その存在意義がなくなったとして解体される運命にある組織の名称であり、ある種、日本の諜報組織の現状を暗示してもいるというところでしょうか。

 

日本の諜報組織を描き出した作品として思い浮かぶのは、まさに現役の公安警察員であった作者濱嘉之が描き出す作品群です。それは、例えば『警視庁情報官シリーズ』であり、国家の存立のための情報収集という組織の存在理由を前面に、通常の警察小説とはその趣を異にし、これまでの公安小説とは一線を画す、リアリティに富んだ小説でした。

 

 

また、同質のリアリティをもつ公安警察を描く作家として竹内明という作家がいます。TBSテレビの報道局記者ととしての経歴を持つ人で、『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』などの作品を挙げることができます。

 

 

一方、本書『ZERO』などとは対極にある公安警察小説を書かれているのは今野敏という作家さんです。この人の書く『倉島警部補シリーズ』や『同期シリーズ』などで描かれる公安警察の世界は、いかにもこの作家の世界らしく非常に読みやすく、面白い小説として仕上がっています。

 

秘録・公安調査庁 アンダーカバー

本書『アンダーカバー 秘録・公安調査庁』は、文庫本で512頁の分量の公安調査庁の分析官を主人公とした長編の諜報小説です。

 

アンダーカバー 秘録・公安調査庁』の簡単なあらすじ

 

公安調査庁の分析官・芳野綾は、武装した中国漁船が尖閣諸島に上陸するという情報を入手。現場調査官の沼田と事実を追うが国内の関係省庁は否定。しかも沼田に情報を提供した「協力者」がスパイの疑いを掛けられてしまう。苦境の中、綾が辿り着いたのは、日本が未曽有の危機に引きずり込まれる「悪魔のシナリオ」だった。ノンストップ諜報小説。(「BOOK」データベースより)

 

公安調査庁の分析官・芳野綾は、四日後の今週の金曜日に尖閣諸島の魚釣島への一斉上陸を行うために武装した海上民兵を乗せた約九十隻の中国漁船が一斉に出港する予定、との情報を得た。

この情報の確度は、これまでの情報提供者の査定により疑う余地のないものだったが、別なルートからのこの情報の裏取りはしなければならない。

その間に国家の緊急事態だとして芳野綾は上司へ報告するが、しかし、上司の反応は実に鈍いものだった。

こうして、吉野綾の自分の得た情報の裏取りをしながらも、その緊急性により、国家の中枢へ情報を届けるために奔走するのだった。

 

秘録・公安調査庁 アンダーカバー』の感想

 

何かと国際的な情報戦での立ち遅れが指摘される日本ですが、本書『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』を読むとそうした指摘は今でも当たっているのかと疑問に思うほどです。

工作と情報収集を実際に行う現場部門と現場から上がってきた情報を受け分析する分析官の属する本庁とが組織的に分業しているのは、欧米の主要情報機関では基本だそうですが、日本では公安調査庁だけだとありました。

 

これまでにもリアリティに富んだインテリジェンス小説は何冊か読んできました。

まず思い出すのは、濱嘉之の『警視庁情報官シリーズ』があります。実際警視庁公安部に属していた著者の濱嘉之が描きだす世界の臨場感はこれまでの諜報小説のそれを軽く凌駕するものでした。小説としても面白い作品です。

 

 

また、竹内明の描く作品群もあります。例えば『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』は、北朝鮮や中国の工作員による諜報事件の捜査と情報収集を担当する外事二課の活躍を描いたものです。

著者の竹内明はTBSの報道局に属し、社会部および外信部でデスクを務め、後には『Nスタ』のメインキャスターを務めた人です。その取材力で描き出した本書のリアリティーは勿論、小説としても読みごたえがあるものでした。

 

 

ただ、これらの作品は共に警視庁の公安部の話です。それに対し、本書『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』は、警察組織とは別の法務省の外局である公安調査庁という組織の物語です。

読み終えた今でも、逮捕権の有無などの差などを除き公安警察と公安調査庁との差はよくは分かっていません。

本書でも日本警察の「ZERO」という機関との差について、公安調査庁の任務は政治決断者に情報をサービスすることであり、あくまで容疑者を逮捕、送検することをゴールとする「ZERO」とは異なると書いてはありました。

しかし、公安警察は国家という観点からの捜査だという意味の記述をよく見かけます。その点では、公安警察の職務も国家という観点からの情報収集を行うという点では同じと思えるのです。

 

本書『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』を公安調査庁の紹介を目的とした作品として読むと、かなり詳しく、職務内容まで明確にしてあります。

この分析官の情報分析の過程を明らかにしている点は個人的にはかなり関心を惹かれ、面白く読みました。

他方、本書を小説として見た場合、少々説明的に過ぎるという印象が無きにしも非ずです。官庁の仕組みまでを緻密に描き出しているのは少々詳し過ぎかなと思いもします。

たしかに、公安調査庁というあまり認知されていない官庁を舞台にしているため説明的になるのは仕方のないところかもしれません。

しかし、小説の進行上は本書のように詳しい必要はないと思うのです。

とはいえ、エンターテインメント小説としての本書としては、とくに上陸の日限が迫ってきた後半は、緊迫感が盛り上がり、サスペンス感に満ちていて面白く読みました。

 

これまで読んだ、今野敏の『倉島警部補シリーズ』や福井晴敏の『Op.ローズダスト』などのようなエンターテインメントに徹した小説ではなく、現実に即したインテリジェンスの世界の話として興味を持って読み終えることができました。

 

 

とくに、潜水艦内の描写はこれまで見たこともなく、未知の情報という意味でも関心を持って読むことができました。また個々の自衛官の本音も描いてあり、少なくとも私が知っている自衛官の本音に近い描写であったように思えます。

ただ、ラストの設定は不要ではないかと思ってしまいました。意外性を付加したかったのでしょうが、それまで積み上げてきたリアリティが崩れてしまう気がします。

 

総じて、この『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』は若干緻密に過ぎるきらいはあるものの、リアリティに富んだ読みがいのある小説だと思います。