王谷 晶

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ババヤガの夜』とは

本書『ババヤガの夜』は、2020年10月に河出書房新社からソフトカバーで刊行され、2023年5月に河出文庫から208頁の文庫として出版された、長編のバイオレンスアクション小説です。

一頁あたりの文字数が少なく、また内容も文章もかなり読みやすい、暴力こそ楽しみと感じる女性を主人公にし物語ですが、今一つ私の好みとは異なる作品でした。

ババヤガの夜』の簡単なあらすじ

お嬢さん、十八かそこらで、なんでそんなに悲しく笑う?暴力を唯一の趣味とする新道依子は、関東有数規模の暴力団・内樹會にその喧嘩の腕を買われる。会長が溺愛する一人娘の運転手兼護衛を任されるが、彼女を苛酷な運命に縛りつける数々の秘密を知りー。血が逆流するような描写と大胆な仕掛けで魅せる不世出のシスター・バイオレンスアクション!(「BOOK」データベースより)

関東最大規模の暴力団興津組の直参である内樹会の会長内樹源造の邸宅で白いセダンから降ろされたのは、東大寺南大門の金剛力士像にも似た筋骨隆々とした肉体を持つ女だった。

新宿の街でヤクザ相手に喧嘩をし、袋叩きに会った末に連れてこられ、内樹源蔵の娘尚子のボディーガードをするように命じられたのだ。

その尚子は明治や大正時代の美人画から抜け出てきたような、古風な風体の美少女だった。

ババヤガの夜』について

図書館の新刊の棚に「血、暴力、二人の女 拳の咆哮轟くシスター・バイオレンスアクション!」と書かれた帯をまかれた『ババヤガの夜』というタイトルの本書を見つけたので、ただその帯の文言だけで借りた作品です。

結論から言うと、先に書いたとおり、私の好みとは異なる作品でした。

主人公の新道依子は暴力衝動を持ち、鍛え上げられた肉体を武器とする喧嘩三昧の女であり、冒頭からヤクザを相手に凄惨なアクションが展開されます。

しかし、書き込みが薄いこともあり、物語として魅力を感じにくい作品でした。

 

本書『ババヤガの夜』の主人公新道依子は、喧嘩を趣味とする、武道に長けたという女性です。

この新道依子という女性は、幼いころから祖父に実戦で使える暴力の技術を、柔道、空手、拳法となんでも喧嘩の技術として叩き込まれて育ちました。

依子には天稟があったらしく、力の中に身を浸すのを楽しいと感じるようになり、暴力は依子の唯一の趣味になっていたというのです。

その新道依子が、大学に通う、華道、茶道、ピアノ、英会話などに加え、乗馬や弓道まで習っている日本人形のような暴力団組長の娘・尚子のボディーガードとなります。

尚子の母親は、むかし若頭だった男と駆け落ちをし、内樹会会長の内樹源蔵は永年その二人を探し続けているのです。

この尚子の許嫁が池袋の豊島興業の宇田川という男だったのですが、この男が徹底したサディストでした。

この尚子と依子の物語とは別に、挿話として、芳子という女と、今どきあまり見ないかっちりした角刈りの胡麻塩頭の昔気質の職人を思わせると呼ばれる人物との暮らしが語られています。

 

設定自体が簡単であるのは別に問題はありません。面白い物語ほど物語自体は単純なものが多いのは事実です。

ただ、本書『ババヤガの夜』の登場人物に今一つ魅力を感じませんでした。

主人公の新道依子自体が暴力衝動を持った金剛力士像のような肉体を持った女というだけで、それ以外の人間性はあまり分かりません。

たしかに、犬のために脱走をあきらめたり、尚子のために一生懸命に尽くしたりと、優しさを持った強い女であることは分かりますが、何か足りない印象がします。

また、依子が認める数少ない男の一人である若頭補佐の柳永洙にしても、また内樹源蔵の娘尚子の許嫁である豊島興業の宇田川にしても今一つ魅力を感じませんでした。

 

たしかに物語の中に大きな仕掛けも施してあり、終盤になるとしてやられた感もあります。

単にバイオレンス満載のエンタテイメント小説というだけではない、読者を楽しませる意図を持った面白さを持っていることは否定しません。

しかしながら、それ以上のものがありません。

物語として面白いかと問われれば、面白くないとは言えません。しかし、諸手を挙げて面白いから読みなさい、とはとても言えないのです。

 

同じバイオレンスの作品であっても、より過激である平山夢明の『ダイナー』はかなり読みごたえのある作品であり、蜷川実花氏によって映画化もされました。

ダイナー』は殺し屋専門のレストランを舞台とした物語で、コックのボンベロのもとで雇われることになったウエイトレスのオオバカナコの目線で語られる作品でした。

この作品はバイオレンス満載で、時にはグロテスクな場面もあったのですが、描写自体のうまさ、オオバカナコの行動、そしてボンベロの台詞の面白さなども相まって、かなり面白い作品でした。

 

他に 誉田哲也の『ケモノの城』という作品などもあります。

現実に起きた事件をモデルにした長編ミステリーでグロテスクな描写を含んでいながら、妙な面白さを持って迫ってくる小説です。

独りの男のコントロール下に置かれた複数の人間が、次第に壊れていく様を、緻密な筆致で描き出してあります。

 

上記の二冊ともにストーリー展開の面白さも勿論ですが、物語の向こうに単なる暴力を超えた描写力の凄さ、さらには人間存在のおかしさをも感じさせてくれる作品です。

結局は、どんな物語であっても、その物語なりのリアリティがなければ感情移入できません。

緻密な描写が必要とまでは言いませんが、その作品なりの真実性を持った世界観が確立していないと物語としてのめりこめないと思います。

その点で本書『ババヤガの夜』には物足りなさを感じたのではないでしょうか。

ちなみに、タイトルの「ババヤガ」とは、フリーアナウンサーの宇垣美里市によれば、“Baba Yaga”はスラブ民話にでてくる森にすむ妖婆のことを指す、そうです。( Book Bang : 参照 )

追記:

本日(2025年7月4日)早朝に、日本人作家の作品としては初めて本書『ババヤガの夜』が「ダガー賞」の翻訳部門に選ばれたというニュースが飛び込んできました。

五年も前に読んだ本だったのですが、そのタイトルのユニークさから覚えていたので、まさか、というのが正直な感想でした。

本書はミステリーというよりはアクション重視の冒険小説という認識だったので、まさか「英国推理作家協会(CWA)が優れた犯罪小説やミステリー小説に贈る」賞である「ダガー賞」を受賞するとは、という認識だったのです。

それだけ、物語の持つリアリティを子案じることが出来なかった私の読み込み方が浅い、ということを思い知らされたということです。

本書の構造、本書の持つバイタリティは国を超えて評価されたということなのでしょう。

まずは、お祝いを述べるべきでした。おめでとうございました。

詳しくは下記を参照してください。

[投稿日]2020年12月26日  [最終更新日]2025年9月22日

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関連リンク

王谷晶が語る自著『ババヤガの夜』の話
TBSラジオ『アフター6ジャンクション』 2020年10月27日放送「ビヨンド・ザ・カルチャー」 パーソナリティ : 宇多丸 パートナー : 宇垣美里 ゲスト : 王谷晶
宇垣美里さんが憧れる「ババヤガ」。狂熱のシスター・ハードボイルド小説――王谷晶著『ババヤガの夜』
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