『図南の翼』とは
本書『図南の翼』は『十二国記シリーズ』の第六弾で、1996年2月に講談社X文庫から刊行され、2013年9月に新潮社から北上次郎氏の解説まで入れて419頁で文庫化された、長編のファンタジー小説です。
長い間王が不在で妖魔まで襲い来るようになった恭国のため、自らが蓬山を目指すことを決意した一人の女の子が黄海を旅する物語で、これまでにも増して魅力的な一冊でした。
『図南の翼』の簡単なあらすじ
この国の王になるのは、あたし! 恭国(きようこく)は先王が斃(たお)れて27年、王不在のまま治安は乱れ、妖魔までも徘徊(はいかい)していた。首都連檣(れんしよう)に住む少女珠晶(しゆしよう)は豪商の父のもと、なに不自由ない暮らしと教育を与えられ、闊達な娘に育つ。だが、混迷深まる国を憂えた珠晶はついに決断する。「大人が行かないのなら、あたしが蓬山(ほうざん)を目指す」と──12歳の少女は、神獣麒麟(きりん)によって、王として選ばれるのか。(内容紹介(出版社より))
『図南の翼』の感想
本書『図南の翼』は、主人公がこの世界の中央に位置する黄海に入り、その中央にそびえる蓬山に至るまでの旅をメインに描く、恭国の乾王誕生の物語です。
この旅の中で主人公である珠晶は様々なことを学び、そして成長していきます。その様子が冒険小説でありながら成長小説でもあり、惹きつけられるのです。
主人公は恭国の首都連檣の豪商の娘である珠晶(しゅしょう)という女の子です。
彼女は王が不在で妖獣まで出没するようになった首都にいて、この王不在という難局を乗り切るためには自分が王となるべきだと考えます。
そして王になるためには恭国の麒麟である恭麒のいる蓬山へ行く必要があり、そのために有り金をかき集めて家出をするのです。
この、旅の途中で知り合った利広の力を借りたり、騎獣にするための妖獣を狩ることを職業とする猟尸師の頑丘を雇い蓬山までの護衛を頼んだりと、自分の頭脳を駆使して旅をつづける姿が描かれます。
珠晶は、利広と頑丘という力強い味方を得て旅を続けるのですが、頑丘は別として利広はその正体が分からないままに物語が進むこともこの物語に興を添えています。
昇山する人々が黄海を渡る際には自然と集団ができますが、珠晶は金持ちの室季和や小金持ちの聯紵台、それに猟尸師と同じ朱氏の仲間である剛氏の近迫といった人々と共に旅をすることになり、その旅の中で様々なことを学び、成長していくのです。
利広から「きみは、幼い」と言われ、その言葉の意味も理解できないでいる珠晶が、過酷な旅の中で次第に成長していく姿は感動的ですらあります。
こうした困難な旅を描き出す様子は、第四巻の『風の万里 黎明の空』の中でも見られました。鈴や祥瓊(しょうけい)という娘たちが珠晶と同様の困難を極める旅の様子が描かれていたのですが、その姿と重なるのです。
そもそも、本『十二国記シリーズ』の醍醐味はまずは見事なまでに緻密に構築された物語世界のありようにあります。
蓬山を抱く黄海を中心として対照的に配置された十二の国からなるこの世界には天の意志が存在し、またそれぞれの国に存在する王や政の中枢にいる人間などは不死の身を得ます。
面白いのは、ひとつの国に一人いる麒麟が自国の王を選任することになっていることです。麒麟の行為を通じて天の意志が顕現することになるのです。
そうした堅固な世界観を持つ本書『図南の翼』ですが、、成長小説としての一面を持つ主人公珠晶の旅そのものの面白さもまた魅力の一つだと思います。
つまりはある種の冒険小説としての面白さであり、本書の解説にも書いてあるように「ロード・ノベル」としての魅力を持つ物語でもあります。
利広と頑丘という二人の大人の庇護のもと、妖魔が跋扈する黄海を旅する話はまさに冒険小説であり、その旅の中で様々なことを学び、成長する珠晶の姿は成長小説でもあるのです。
でも、そうした小説に対する呼称はどうでもいいことで、単純に心振るわせるほどに面白い物語だ、というそのことが一番です。
本書『図南の翼』は、この『十二国記シリーズ』という物語の面白さを堪能できる一冊であると断言できる、非常に楽しめた一冊でした。