永井 紗耶子

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女人入眼』とは

 

本書『女人入眼』は、2022年4月に刊行され第167回直木三十五賞候補作となった307頁の長編の歴史小説です。

タイトルから受ける印象とは異なり、宮中と鎌倉幕府内部での権力争いを描きつつ、政子と大姫との関係を説く、思いのほかに惹き込まれた作品でした。

 

女人入眼』の簡単なあらすじ

 

建久6(1195)年。京の六条殿に仕える女房・周子は、宮中掌握の一手として、源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内させるという命を受けて鎌倉へ入る。気鬱の病を抱え、繊細な心を持つ大姫と、大きな野望を抱き、目的のためには手段を選ばない政子。二人のことを探る周子が辿り着いた、母子の間に横たわる悲しき過去とはー。(「BOOK」データベースより)

 

六条殿に仕える女房の周子は、丹後の局の命により頼朝の娘の大姫入内のために鎌倉へと入った。

しかし、なかなか大姫との目通りもかなわず、優雅な京の暮らしとは異なる鎌倉の毎日を憂う日々を送っていた。

やっと大姫にまみえることはできたものの、当の大姫は、周子を前にしながらも欠伸をしたまますぐに退いてしまうのだった。

鎌倉の内情を知るにつれ、ただただ政子の権力の強大さを思い知らされるばかりであり、その政子と大姫との間に問題のあることを知る周子だった。

 

女人入眼』の感想

 

本書『女人入眼』は、源頼朝が平家を滅ぼして、後白河法皇も没したその後、後白河院の寵姫であった丹後局から命じられ鎌倉に下った周子という女房の視点で語られている物語です。

宮中と結びつきを強くしようという鎌倉の思惑で進められている頼朝と政子の間の娘の大姫入内にまつわる諸々の出来事が語られていきます。

 

本書『女人入眼』は、朝廷や鎌倉幕府内部での権力争いを描き出してはあるものの、その実、頼朝の妻であり強大な権力を握る政子とその娘大姫との親子の物語とも言えそうです。

この権力闘争の側面を理解するには本書の序盤に説明してある人物たちの関係性を理解していないと、なかなかに物語内での周子の行動の意味もつかめなくなりそうです。

鎌倉武士の武力による戦いや、朝廷での人脈をもってする戦いではなく、京と鎌倉における女たちの戦いは、男たちとはまた異なる戦いの様相を見せているのです。

 

しかし、本書『女人入眼』を、政子と大姫との母娘の物語だとみれば様子は異なってきます。

もちろん、京の人物関係もそれなりに理解した方がいいのは当然ですが、仮にその点をあまり理解していなくても政子母娘の話は十分に理解できると思えるのです。

 

そこで、政子母娘の話という観点で登場人物を見てみると、まず主人公は後白河院の寵姫であった丹後局から命じられ鎌倉にやってきた、女房名を衛門といい、諱を周子という女性です。

そして、源頼朝の妻であり鎌倉での権力者である政子、そしてその娘で感情を表に出さず病弱な大姫という二人を巡り物語は動きます。

その大姫の妹が三幡(さんまん)であり、政子の弟がNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公である北条義時です。

他に重要人物を挙げると、周子の父親が鎌倉での文官の重鎮である大江広元であり、この広元の兄嫁で鎌倉にいる周子の伯母にあたるのが利根局です。

そして重要なのが、鎌倉で周子の身を守ってくれる海野幸氏という武士です。

 

北条政子と言えば、今年(2022年)のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」がちょうど大姫入内がテーマになっていました。

ドラマでは大姫入内に関しては数話で終わったのですが、このドラマの背景が本書を読んでよく理解できたものです。

ということで、本書の人間関係を知りたいときにはNHK大河ドラマのサイトを見れば一目瞭然でもあります( 鎌倉殿の13人 登場人物 全体相関図 : 参照 )。

 

先に述べたように、本書『女人入眼』は権力者政子と大姫との関係を中心に置いて、大姫入内にまつわる女たちの思惑を描き出してあるのですが、同時に主人公周子の変化も見どころです。

当初は、女たちの装いも地味で「装いで競い合う宮中とはまるで趣が違う」、「何もかもが違うのだ」と宮中と鎌倉との差異を憂う周子でした。

また、宮中や六条殿などの女人が多い場所では姿を隠すための御簾や几帳があちこちに置かれているのが常だが、ここ鎌倉ではそうしたものはあまり無い、などと具体性的に描いてあります。

しかし、鎌倉の海の美しさに触れたりする中次第に鎌倉での暮らしになじんでいきます。

 

本書での宮中の様子などを描いた箇所を読みながら、朝井まかての『残り者』という作品を思い出していました。

明治維新の江戸城明け渡し時に大奥にとどまった五人の女を描いた作品ですが、大奥の様式美を体現した描写に驚いたものです。

本書『女人入眼』では「長袴を指貫(さしぬき)にして衣を被(かず)き」など、無骨な自分には意味もよく分からない文章もありましたが、それなりの雰囲気は味わえたつもりです。

ちなみに、「指貫」とは袴(はかま)のことだそうで( Weblio 辞書 : 参照 )、「被き」とは「かぶる」ことだそうです( コトバンク : 参照 )。

 

その後、大姫との心の交流に心を砕く周子の努力も少しずつ実を結んできますが、そこに政子が立ちふさがります。

こうして、娘の全てを理解しているのは自分であり、その自分が娘のためにすることは全て正しいとする、近年言われ始めたいわゆる「毒親」と思われる政子と大姫の話になっていきます。

ここにおいて、ある意味頼朝以上の権力を持つに至る政子が強調されてくるのであり、そこでは「政子は過たない」と登場人物のひとりに言わせているほどです。

ただ、その意味は政子は過ちを認めず、誰かの責にするからだといいます。

 

しかし、本書『女人入眼』の終盤において、作者永井紗耶子は周子に「しかし、果たして強さとは何か」と自問させ、自らの生き方をあらためて考えさせています。

政においては、ただ強さにこそ治める力は宿る、と言い切る周子がいました。しかし、そうした生き方を是としない周子であり、作者の言いたいことではないかと思うのです。

 

ひさしぶりに、歴史小説を引き込まれて読んだ気がします。

タイミングとして「鎌倉殿の13人」という大河ドラマを見ていたからかもしれませんが、それでも細かな事柄を具体的に散りばめながら真実味を持たせる描き方は心惹かれました。

ほかの作品も読んでみたい作家さんがまた現れました。

[投稿日]2022年07月19日  [最終更新日]2022年7月19日
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