平蔵の首

本書『平蔵の首』は、あの池波正太郎の『鬼平犯科帳』で描かれる火付盗賊改方長官、長谷川平蔵を主人公とする連作短編集です。

本書自体が成功しているかは人それぞれの判断ですが、個人的には今一つという印象はありました。

 

「平蔵の顔を見た者は、だれもいねえのよ」。盗賊・黒蝦蟇の麓蔵は復讐を遂げるため、いまは平蔵の手先となった女に案内を頼んだ「平蔵の顔」。両国橋の界隈で、掏摸を働いていた姉弟に目をつけたところ、思わぬ大事件にあたる「繭玉おりん」。火付盗賊改・長谷川平蔵のまったく新しい魅力を引き出した六篇。特別対談・佐々木譲。(「BOOK」データベースより)

 


 

本書『平蔵の首』での鬼平は殆ど自分では動きません。探索に差し支えるということから自らの顔を人前にさらすことをしないのです。

悪人どもは仕事をするためにも、また鬼平に報復をするためにも鬼平の顔を知りたいと願い、そのことを逆手にとって、鬼平は様々の仕掛けを施し、一味を捉えるのです。それでいて、事件の全貌を見通し、人情味も見せつつ犯罪者は厳しく取り締まります

 

ただ、平蔵が様々の仕掛けを施すのは良いのですが、今度は登場人物が平蔵が予想するとおりに動き過ぎではないかという気はします。

この点については作者本人が、「最初のころはまだ自分なりの「平蔵」が固まっていなかったせいか、あまり出てこない」と言っているほどなので、本書に限ったことなのかもしれません。

 

また、作者の言葉を借りれば「私は主人公の心理描写は一切せず、周りの人々の印象でキャラクターを作り上げていくことが多」く、「この作品でもそれを踏襲してます、と言っておられます。主観を排するというハードボイルドの手法を本書でもとりいれられているということです。ただ、そのことがうまく機能しているかというと、若干疑問はあります。

 

とはいえ、あの長谷川平蔵像に挑もうとするのですから大変なことだと思います。その上で、作業は成功していると評価されているのでしょう。だからこそ2014年8月には『平蔵狩り』という作品が発表されています。この作品ではより明確に逢坂版長谷川平蔵が仕上がっていることを期待します。

 

禿鷹の夜

本書『禿鷹の夜』は、『禿鷹シリーズ』の第一巻目の作品で、ある悪徳刑事の振る舞いを描いた、長編のハードボイルド小説です。

他にはあまり見ることのできないキャラクターを中心に、あくまで乾いたタッチで進む、ユニークで目が離せない物語でした。

 

信じるものは拳とカネ。史上最悪の刑事・禿富鷹秋―通称ハゲタカは神宮署の放し飼い。ヤクザにたかる。弱きはくじく。しかし、恋人を奪った南米マフィアだけは許せない。痛快無比!血も涙もひとかけらの正義もない非情の刑事を描いて、読書界を震撼させた問題作。本邦初の警察暗黒小説の登場。(「BOOK」データベースより)

 

雨の夜、青葉和香子は車のパンクに付け込まれ襲われそうになっていたところを一人の寡黙な男に助けられる。

一方、渋六興業の社長碓氷嘉久造はレストランで食事中に通称マスダと称される南米マフィアの殺し屋に襲われるが、たまたま近くにいた肩幅だけが妙に広い男に助けられた。その男こそが神宮署生活安全特捜班の禿富鷹秋刑事、通称ハゲタカだった。

 

徹底した悪徳刑事の登場です。渋六興業マスダとの間の抗争に首を突っ込み、マスダの殺し屋ミラグロの手から碓氷の身を守りつつ、見返りとして金を受け取っています。

一方では雨の夜に助けた青葉和香子に対しては無制限に品物を貢ぐなど、少々掴みにくい性格の男です。

 

一般の小説の悪徳刑事は、刑事としての仕事の一環としてヤクザと癒着する姿が描かれるのが普通です。そうでない場合は脇役としてすぐに居なくなります。

その繋がりを持ってする情報の収集等によって、結果として事件の解決に役立たせる、というのが普通の流れです。

しかし、本書『禿鷹の夜』のハゲタカの場合、何らかの事件を捜査している描写はありません。彼の動きは、渋六興業をを助ける、動きのみです。警察という立場は、逆にヤクザを助け金を得るために利用する有利な立場でしかないようです。

 

悪徳刑事と言えばまず思い出すのは結城昌治の『夜の終る時』ですが、この本は一応警察小説としての様式は踏んでいました。

 

 

それに深町秋生の『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』も思い浮かびますが、これは悪徳刑事というよりは捜査のために手段を選ばない、という方向の小説です。

 

 

一番本書に近い刑事を描いた作品としては、黒川博行の作品で第138回直木賞の候補作にもなった、大阪府警今里署のマル暴担当刑事の堀内とその相棒の伊達のワルぶりを描いた『悪果』が挙げられそうです。

 

 

本書『禿鷹の夜』の構成が面白いのは、単に主人公が今までにないワルというだけではないようです。ハゲタカの描写の仕方が客観的なのです。ハゲタカの心理描写がありません。ハゲタカの行動はその時に共に行動している別の人間の視点で語られます。

同様のことは逢坂剛のインタビュー記事の『百舌シリーズ』の主人公倉木の心理描写は一切していない、という言葉にもありました。つまりはハードボイルドの手法といえるのでしょう。

 

ハゲタカは他人の思惑など気にせずに、単純に最良の結果を出すための最良の方法を選んでいます。そのためには手段は選ばず、それが暴力であろうと関係ありません。目的のためならば国会議員に手をあげることさえも何とも思っていない男です。

そのハゲタカの人間らしさを思わせる場面があります。そうした場面があることで、客観的描写と共にハゲタカの酷薄さもかえって浮かび上がり、また細かな人情味も出ている、いや推測されるようです。

カディスの赤い星

本書『カディスの赤い星』は、第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞を受賞した長編の冒険小説です。

日本とスペインを舞台にしたスケールの大きな物語であり、十分な読みごたえのある面白い物語でした。

 

フリーのPRマン・漆田亮は、得意先の日野楽器から、ある男を探してくれと頼まれる。男の名はサントス、二十年前スペインの有名なギター製作家ホセ・ラモスを訪ねた日本人ギタリストだという。サントス探しに奔走する漆田は、やがて大きな事件に巻き込まれてゆく。直木賞を受賞した、著者の代表傑作長編。第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回冒険小説協会大賞受賞作。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

サントスとダイヤが埋められたギター「カディスの赤い星」を追ってスペインに渡った漆田は、ギター製作家ラモスの孫娘・フローラが属する反体制過激集団FRAPのフランコ総統暗殺計画に巻き込まれる…。スペイン内戦時の秘密を軸に、日本とスペインを舞台に展開される、サスペンスにみちた国際冒険小説。第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞受賞作。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

 

普通の人が普通の生活を送って行くなかで非日常の世界に巻き込まれ、テロリストや警察など暴力のプロともいえる人間たちに対して敢然と立ち向かっていく、その姿が軽妙な会話にのって綴られていきます。

 

小さなPR会社を営む漆田亮(うるしだりょう)は、最大の得意先である日野楽器の河出広報担当常務から、スペインから来日するホセ・ラモス・バルデスの依頼を受けるように頼まれる。

二十年前にホセの工房にやってきた日本人ギタリストを探してほしいというのだ。

その後、ラモスと共に来日したラモスの孫娘フローラの日本で引き起こした問題もあって、漆田はギタリストを探してマドリードへと旅立つことになるのだった。

 

どちらかと言えば藤原伊織テロリストのパラソルのような作品に近く、特別なヒーローではない、普通の人間が非日常の世界へ巻き込まれていく様が描かれています。

 

 

本書『カディスの赤い星』が刊行されたのがもう三十年近くも前(1986年)ですので、舞台が古いと言えばそうなのかもしれません。

しかし、内容は全くそのような時代の隔たりは感じませんでした。ただただ、良く書き込まれた良質の冒険小説として、心地よい時間を過ごせたと感じるのみです。

 

本書については、作者の逢坂氏本人が対談の中で「『カディスの赤い星』などはチャンドラーへのオマージュです。」と書いておられます。また、「主人公が一匹狼で気の利いた台詞が出てくるような小説は、あの頃の日本には少なかった」とも語っておられ、本書での日本人らしからぬ会話の面白さが納得できました。

本書『カディスの赤い星』の特徴と言えば、この主人公の軽妙な会話にあると言っても過言ではないでしょう。加えて、フランコ政権下のスペインという、当時の時代を反映している舞台設定も興味深いものです。

 

全体として読み応えのある小説でしたが、個人的には終盤の意外性は無くてもよかったのかな、とも思いました。

勿論、どんでん返しの妙という面白さも十分に分かるのですが、物語としてあの結末は好みで無いのです。蛇足でした。

ともあれ、本書『カディスの赤い星』が面白い小説であることに間違いはありません。

ソリトンの悪魔

日本最西端に位置する与那国島の沖合に建設中の“オーシャンテクノポリス”。その脚柱が謎の波動生物の攻撃を受け、巨大海上情報都市は完成目前で破壊されてしまった。とてつもない衝撃は、近くの海底油田採掘基地“うみがめ200”にも危機的状況をもたらす。オイルマンの倉瀬厚志は基地を、そして遭難した娘を救出するため、死力を尽くすが…。( 上巻
:「BOOK」データベースより)

本能の赴くままに海上保安庁の巡視船を次々と破壊し、海上自衛隊や台湾海軍の潜水艦を翻弄していく、“蛇”と名付けられた謎の波動生物。はたしてその“蛇”を葬り去ることができるのか?究極の選択を迫られる倉瀬厚志。さらに、厚志らが閉じ込められていた海底油田採掘基地には、油田暴噴の危機が迫る。バトルの果てに感動のクライマックスが。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

エンターテイメント性抜群のノンストップアクション小説です。

 

海洋情報都市「オーシャンテクノポリス」の建設に携わっていた主人公倉瀬厚志は、娘の救出のためにオーシャンテクノポリスを襲った怪物、ソリトン生命体との対決に臨む。

そもそもこの怪物の正体の発想が普通ではない。ネタばれになるので勿論ここで書ける筈もありませんが、書いていいとしても科学に素人の私には説明できる能力はありません。流体力学のなんたらなど分かるわけもなく、如何にもそれらしいと思うばかりです。

その怪物に対し戦いを挑む中、自衛隊の潜水艦艦長や分かれた妻と共に科学的な言葉の羅列の中、読者を法螺話の中に引きずり込んでしまうのです。

是非読むべきでしょう。

二重螺旋の悪魔 完全版

遺伝子操作監視委員会に所属する深尾直樹は、ライフテック社で発生した事故調査のため、現地に急行した。直樹はそこで、かつての恋人・梶知美が実験区画P3に閉じ込められていることを知る。だが、すでに現場は夥しい血で染め上げられた惨劇の密閉空間に変質していた…。事故の真相に見え隠れするDNA塩基配列・イントロンに秘められた謎。その封印が解かれるとき、人類は未曾有の危機を迎える!恐怖とスリルの連続で読者を魅了する、極限のバイオ・ホラー。( 上巻
:「BOOK」データベースより)

二一世紀初頭。イントロンに封印された悪魔は解き放たれ、世界は焦土と化した。人類もまた、異形の物たちに対抗すべく最終軍を結成した。果たして、生き残るのはどちらか?人類の未来を賭け、悪魔の地下要塞に潜入した深尾直樹の運命は?そして、怪物たちは何故、遙か太古から人類のDNAに封じられていたのか?全ての謎がリンクしたとき、宇宙に秘められたる恐るべき真相が解き明かされる!斯界から大絶賛を浴びた壮大なバイオ・ホラー。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

疾走感がものすごい、長編のノンストップホラー小説です。

 

物語のインパクトというかアイデア、表現はかなり衝撃的です。

人間の遺伝子情報の中に隠されていた暗号を解いた時、様々の怪物が現れ、人類を滅ぼそうとするのです。

こうした法螺話は、その法螺話の中でそれなりの整合性、リアリティを持っていなくては面白い作品として成立しませんが、本作品は十分です。そのジェットコースター感にぐいぐい引き込まれてしまいます。この手の法螺話の好きな人にはたまらない物語です。

この手の物語がお好きな方には絶対お勧めの一冊です。

 

文庫本は古本でしか見当たらないので、上記イメージリンクはKindle版、楽天リンクは【楽天Kobo電子書籍】版に貼っています。

精霊の守り人 [ DVD ]

女用心棒のバルサは新ヨゴ国の王子チャグムが川に転落したところへ通りかかり、命を救った。宮殿に連れて行かれたバルサは、妃から「王子を連れて逃げてほしい」と頼まれる。チャグムには精霊の卵が宿ったが、その精霊は悪しき魔物と言われており、帝から暗殺されようとしていると言うのだ。やむなくチャグムを連れて逃亡するバルサ。バルサは闘い、生きる厳しさと身を守る術をチャグムに教えていく。シーズン1DVD-BOX。(「Oricon」データベースより)

 

綾瀬はるか主演のNHKテレビドラマのDVDBOXです。

獣の奏者エリン [ DVD ]

崇高な獣“王獣”と心を通わせた少女・エリンが、その類まれな才能ゆえに王国の勢力争いに巻き込まれ、波乱万丈の人生を送ることになり…。『精霊の守り人』の上橋菜穂子による巨編ファンタジー『獣の奏者』を、高いクオリティで定評のあるProduction I.Gとトランス・アーツの制作でTVアニメ化。第1話から第4話までを収録。(「Oricon」データベースより)

 

DVD12巻。全50話。未見です。

獣の奏者 [ コミック ]

上橋菜穂子×武本糸会が贈る珠玉の本格ファンタジー!!!闘蛇(とうだ)‥‥それは戦闘用の偉大なる獣。王獣(おうじゅう)‥‥それは王の威光を示す神聖な獣。エリンの母は、戦闘用の獣(けもの)である「闘蛇(とうだ)」の世話をする有能な医術師。だが、ある日その闘蛇が全て死んでしまった!母はその責任を問われ、裁きにかけられることになるが‥‥!人を恐怖させ、また、魅了する、神秘的で獰猛な「獣」。その存在に魅せられた少女・エリンの運命がここに廻(まわ)り出す!

母が指笛を吹いた時、彼女の運命が始まったーー!エリンは、獣ノ医術師である母・ソヨンと暮らす好奇心おう盛な十歳の少女。だがある日、母が世話している戦闘用の獣・闘蛇(とうだ)が全て死んでしまった!母はその責任を問われ、裁きにかけられることになるがーー。「精霊の守り人」などで知られる上橋菜穂子の原作を、武本糸会がコミカライズ!手触りと、温かみのある極上ファンタジーがここに!!(Amazon内容紹介より)

 

シリウスKC 全11巻。未見です。

獣の奏者

リョザ神王国。闘蛇村に暮らす少女エリンの幸せな日々は、闘蛇を死なせた罪に問われた母との別れを境に一転する。母の不思議な指笛によって死地を逃れ、蜂飼いのジョウンに救われて九死に一生を得たエリンは、母と同じ獣ノ医術師を目指すが―。苦難に立ち向かう少女の物語が、いまここに幕を開ける。(「BOOK」データベースより)

 

「決して人に馴れぬ孤高の獣」を飼いならす少女の姿を描いた長編のファンタジー小説です。

 

緑の瞳を持つ少女エリンは獣ノ医術師である母と共に闘蛇衆たちの村で暮らしていた。

ある日母が世話をしていた闘蛇の中でも特に強い「牙」が死んだ。エリンの母はその責めを負わされ処刑されてしまう。

母と引き離され一人で生きていくことになるエリンだったが、蜂飼いのジョウンに助けられ、共に暮らすこととなるのだった。

 

この作品も読みごたえのある作品でした。

守り人シリーズ」でも書いたように、上橋菜穂子の作品は構成がよく練られていて、物語の奥行きが広く安心して読み進むことが出来ます。

大人も子供も上橋菜穂子の紡ぎだす世界に入り易く、読者が主人公の冒険物語に感情移入しやすいので人気があるのではないでしょうか。

 

本書は本来「闘蛇編」「王獣編」の二巻で終わる予定だったのですが、あまりの要望の多さに「探求編」「完結編」が追加され、さらに外伝を加えて全五巻になったそうです。

 

ちなみに、上掲の書籍の写真は講談社文庫版にリンクしていますが、各編を二分冊にしている青い鳥文庫版もあります。

 

 

この作品は全50話としてアニメ化され、2009年からNHK教育テレビで放送されました。