この作家の本領は山岳小説にあるようです。山という自然に対峙する人間という構図がもっともその力量を発揮するようで、対象となる山が八千メートルを超える冬山であろうと、二千メートルに満たない奥秩父の山であろうとそれは変わりません。
山岳小説としては「還るべき場所」が一番好きなのですが、「天空への回廊」は山岳小説と一級の冒険小説とが合体しており、読み応えがあります。一方、「春を背負って」では山小屋を舞台として人間模様が展開されます。ここでは山は乗り越えるべきものではなく共に生きるべき自然として描かれています。人と人との繋がりが丁寧な筆致で描かれており、暖かな読後感が待っています。
山岳小説が面白いので上記のように書いたのですが、それ以外の冒険小説、警察小説も勿論面白い作品がそろっています。どうも、笹本稜平という作家は”個人”を描くことが上手いのかもしれません。山岳小説では勿論チームを組むのですが、それは個人同士のつながりであって、組織的な存在ではありません。警察小説でも、今野敏のような組織としての警察の物語ではないようです。
こうしてみると、この作家の作品は基本的にはハードボイルドなのかも知れません。従来使われた意味での主観を排し客観的描写に徹するという意味からすると異なりますが、男の矜持を大切にするというこの頃の”ハードボイルド”という言葉の使われ方からすると、まさにそうではないかと思われます。
物語はテンポよく進んでいき、読みやすい作品ばかりです。まだまだ未読作品が多い作家さんですので、今後も読み続けたい作家の一人です。
蛇足ですが、「春を背負って」は映画化もされています。仕上がりが楽しみです。