クロコダイル・ティアーズ

クロコダイル・ティアーズ』とは

 

本書『クロコダイル・ティアーズ』は、2022年9月に331頁のハードカバーで刊行された、第168回直木賞の候補作となった長編のサスペンス小説です。

確かに人間心理の複雑さをついた興味ある物語ではあるものの、雫井作品として直木賞候補になるほどかと感じた作品でした。

 

クロコダイル・ティアーズ』の簡単なあらすじ

 

【第168回 直木賞候補作】
ベストセラー作家、雫井脩介による「究極のサスペンス」

この美しき妻は、夫の殺害を企んだのか。
息子を殺害した犯人は、嫁である想代子のかつての恋人。被告となった男は、裁判で「想代子から『夫殺し』を依頼された」と主張する。犯人の一言で、残された家族の間に、疑念が広がってしまう。

「息子を殺したのは、あの子よ」
「馬鹿を言うな。俺たちは家族じゃないか」

未亡人となった想代子を疑う母親と、信じたい父親。
家族にまつわる「疑心暗鬼の闇」を描く、静謐で濃密なサスペンスが誕生!

「家族というのは、『お互いに助け合って、仲睦まじく』といった一面が取りざたされることも多いですが、そうじゃない部分もあります。ある種の運命共同体であるからこそ、こうしてほしいという願望を押しつけあったり、求めあったりして、生きづらさも生んでしまう。だからこそ、ドラマが生まれる。家族が一枚岩になれないときに生ずる『心の行き違い』は、サスペンスにしかならない」(著者インタビューより)

全国の書店員さんから、驚愕と感嘆の声が届いている傑作をぜひ!( 内容紹介(出版社より))

 

クロコダイル・ティアーズ』の感想

 

本書『クロコダイル・ティアーズ』は、第168回直木賞の候補作となった長編作品ですが、個人的には雫井脩介の作品として普通のレベルだと感じた作品でした。

確かに人間の意識のありようをついた興味深いテーマの作品ではありました。

しかしながら、立花もも氏の書評にも書いてあったように、「人は、けっきょく、誰に何と言われようと、自分の信じたいことを信じてしまう」( ダ・ヴィンチ : 参照 )というそれだけのことを書いてあったに過ぎないと思えたのです・

とはいえ、そのことを小説として仕立てるそのことがとても難しい作業であることは分かります。ただ、雫井脩介という作家であればもっと面白い作品を紡ぎだせたと思うのです。

 

東鎌倉で「土岐屋吉平」という陶磁器店を営む久野貞彦とその妻暁美は、ある日突然、息子の康平を殺されてしまいます。

ところが、犯人である隈本重邦は康平の嫁想代子のかつての交際相手だったのです。

そして判決言い渡しの日、隈本の「想代子から夫のDVがひどいのでなんとかしてくれと」と頼まれたという趣旨の言葉を聞いて以来、その言葉を忘れることはできなくなったのでした。

 

本書『クロコダイル・ティアーズ』の影の主役である想代子という人物は、物静かな女性という印象の女性です。

しかし、そのことは本心が見えにくい女性ということでもあって、一旦悪い印象を持ってしまうとそのようにしか思えないことになります。

その上、「土岐屋吉平」のある地域の再開発の話があって、貞彦はその事業に参加しない意向を持っているということでもありました。

そのことは、「土岐屋吉平」で起こる細かな事件の背景を複雑なものとしていくのです。

こうした背景は想代子という女性のミステリアスな雰囲気をさらに盛り上げ、読者も隈本の発した言葉は真実なのか、それとも嘘なのかと心は揺れ動くことになります。

 

加えて、暁美の実姉である塚田東子の想代子に対する疑いの言葉が暁美の心の揺らぎを増幅させます

東子は夫の辰也と共に「土岐屋吉平」が入っているビルの三階で雑貨店を営んでいて、いつも妹の暁美を支えるように側にいます。

その東子の雑誌の記者を使って隈本のことを調べさせるなどの行動は、暁美の疑念を確信に近いものへと押しやるのです。

 

このような周囲の言葉もあり、またもともと想代子の性格が控えめであったこともあって、想代子のどんな言葉も行為も暁美にとっては裏があるようにしか思えなくなるのです。

ましてや想代子という女性の行為は疑惑を招きかねないものであり、さらには暁美の心にいったんわき起こった疑惑はなかなか解消されるものではないということが繰り返し示されていきます。

そして、それ以上のものは感じられませんでした。「自分の信じたいことを信じてしまう」暁美の様子が描かれている、それだけとの印象がぬぐえませんでした。

 

とはいっても、Amazonの該当箇所を見ると、日本全国の書店員さんたちの本書『クロコダイル・ティアーズ』に対する絶賛の声が掲載してあり、さらにはネット上でもかなり高い評価が為されています。

つまりは、以上のような私の印象はかなりの少数派であって、私の感じ方が世間一般と異なっていると言うしかありません。

結局、いい本だけれども私の好みではない、というこのサイトでも何度か書いてきた言葉をここでも書いておくしかなさそうです。

犯人に告ぐ3 紅の影

依然として行方の分からない“大日本誘拐団”の主犯格“リップマン”こと淡野。神奈川県警特別捜査官の巻島史彦はネットテレビの特別番組に出演し、“リップマン”に向けて番組上での対話を呼びかける。だが、その背後で驚愕の取引が行われようとしていた!天才詐欺師が仕掛けた大胆にして周到な犯罪計画、捜査本部内の不協和音と内通者の存在―。警察の威信と刑事の本分を天秤にかけ、巻島が最後に下す決断とは!?(「BOOK」データベースより)

 

雫井脩介著の『犯人に告ぐ3 紅の影』は、『犯人に告ぐシリーズ』の第三弾となる長編の警察小説です。

第一巻同様の「劇場型捜査」と銘打たれた対決が描かれるのですが、今回はネットテレビを通じた対決として描かれます。

にもかかわらず、今一つの印象でした。

 

全体として物語の展開がすっきりとしないのです。

前巻で「大日本誘拐団」と名乗る誘拐団の実行犯は逮捕したものの、主犯格のリップマンこと淡野は未だ逮捕には至っていませんでした。

本書ではその淡野と警察との対立をメインに物語は展開するのですが、主に淡野の生い立ちから、詐欺の様子をも含めた淡野の日常の生活にまずは焦点があっています。

その上でリップマンこと淡野の背後にまた更なる存在が登場します。

 

そして、巻島捜査官を中心とした警察との駆け引きがあるのですが、その警察内部でまた縄張り争いなどの対立構造があり、巻島は影が薄い存在となっています。

加えて、空気を読めない小川という警察官の描写が加わりますが、この小川の存在がどうにも中途半端な印象です。

勿論、こうした警察内部の争いの描写にはそれ自体にそれなりの意味はあるのですが、それにしても、犯人側、警察側それぞれで登場人物の思惑が錯綜し、物語の流れが渋滞を起こしている印象です。

 

長編であってもこうした渋滞を起こしていない作品としては、近年の警察小説で言えば、同じ警察内部の対立を描く作品としては横山秀夫の『64(ロクヨン)』が思い浮かびます。

広報官を主人公とするこの作品は、D県警管轄内で昭和64年に起きた誘拐殺害事件を巡る刑事部と警務部との衝突の様を、人間模様を交え見事に描き出している警察小説です。

ただ、この作品は犯人側の視点は無く、また本『犯人に告ぐ(3) 紅の影』のエンターテイメント性を超えた、より重厚な作品であり、分野が異なるのであり、比べること自体間違いなのかもしれません。

 

 

また今野敏の『隠蔽捜査シリーズ』でも警察内部の対立の場面がえがかれます。

特に『去就: 隠蔽捜査6』では新任の方面本部長弓削との対立が描かれています。ただこの作品も犯人側の視点はありません。

 

 

こうしてみると、本書の構造自体独特なものがあると言えそうですが、それでも物語の流れが気にかかるという印象はぬぐえないのです。

淡野対警察、ひいてはワイズマン対警察という結果に終わるとしても、小川や淡野の動向の描写がこれほどまでに必要だったかというと、少々疑問があります。

物語として読み進めるうえでのリズムが取りにくく、決して読みやすくは感じられませんでした。

つまりは、個人的には警察小説としての面白さをあまり感じませんでした。

せっかく第一作と同様の「劇場型捜査」としての見せ場を作ったのに、その見せ場は第一作ほどの効果はなく、結局は前作の『犯人に告ぐ2  闇の蜃気楼』と同様の印象しか感じなかったと言えます。

 

犯人に告ぐシリーズ

犯人に告ぐシリーズ(2019年12月26日現在)

  1. 犯人に告ぐ
  2. 犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼
  3. 犯人に告ぐ3 紅の影
登場人物
巻島文彦 神奈川県警特別捜査官
本田明広 刑事特別捜査隊隊長
津田良仁 足柄署刑事課所属巡査部長
若宮和生 捜査一課長
曽根要介 神奈川県警本部長

 

このシリーズの主人公は、巻島史彦という警視です。

この巻島警視を警察の顔とし、対立軸に誘拐犯を置くという構図で始まったこの物語は、第二巻からその色を変化させているようです。

 

第一巻の『犯人に告ぐ』では、過去の誘拐事件で起きた操作ミスの責任を負わされ、一度は足柄署への左遷の憂き目にあっていた巻島が六年後に起きた連続幼児誘拐殺人事件の捜査に駆り出されることになります。

そこでしかけたのが、「劇場型捜査」と銘打たれた「バッドマン」を名乗る犯人とのテレビ番組を通じた対決だったのです。

第二巻『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』では、振り込め詐欺の実態を詳細に描写しながら、会社社長親子の誘拐事件を起こした砂山知樹・健春兄弟の様子が描かれます。

その実、兄弟の裏には「淡野(アワノ)」と呼ばれる男の存在があり、物語は砂山知樹を中心に展開しながらも、淡野と警察との戦いの様相を見せます。

そして、第三巻『犯人に告ぐ3 紅の影』ではこの淡野を中心とした物語として展開されます。第一巻と同様な「劇場型捜査」が再び展開されます。

ただ、今回の巻島が利用するのはテレビとはいってもネットテレビです。双方向性が可能なネットテレビを利用して、リップマンとの直接対話を試みます。同時に、警察内部での縄張り争いに端を発した争いも描かれています。

 

以上のように、第一巻と第二巻以降では物語の構成から異なっています。第二巻以降では犯罪者側の視点が主になり、第一巻での巻島のようなヒーロー的な存在は影をひそめてしまいます。

即ち第二巻では、主人公の巻島に感情移入し物語のもたらしてくれるサスペンス感に酔う、といった読書はできません。

つまりは、第二巻以降は第一巻のような強烈な魅力ある存在としての巻島はおらず、途中から強引にシリーズ化したような印象すら漂うストーリー展開になっているのです。

第一巻の面白さを考えると、第三巻まで読んだ現在では、もう少し巻島の魅力を前面に出したサスペンスフルな物語展開であればよかったのに、と思わざるを得ない展開です。

 

今後のこのシリーズがどのように展開するかはよく分かりませんが、第一巻のような面白さを持ったシリーズとして展開されることを望みたいものです。

仮面同窓会

青春の思い出を語り合うだけのはずだった。同窓会で再会した洋輔ら四人は、旧交を温め合ううちに、かつての体罰教師への仕返しを思いつく。計画通り暴行し置き去りにするも、教師はなぜか別の場所で溺死体で発見された。犯人は俺達の中にいる!?互いへの不信感が募る中、仲間の一人が殺されて…。衝撃のラストに二度騙される長編ミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

昔の教師へのいたずらをきっかけに殺人事件に巻き込まれる四人の男たちの姿を描く、長編のミステリー小説です。

 

中学時代の体育教師の樫村から受けた体罰を忘れることのできない四人の男たちは、樫村にいたずらを仕掛け、そのまま放置して帰ってしまいます。

しかし、翌日もたらされたのは、いたずらの現場からは離れた池で梶村の死体が見つかったという知らせでした。

自分たち以外に樫村の所在を知る者はないはずであり、つまりは自分たちの中に犯人がいることになり、疑心暗鬼になる四人の男たちでした。

そして自分らの仲間の中から死者を出すに至るのです。

 

本書については「『火の粉』『犯人に告ぐ』を凌ぐ、雫井脩介の新たな名作誕生」という惹句があったのですが、どうしてもその惹句には賛成することはできませんでした。

 

 

というのも、まずは本書の基本設定自体に素直に物語の世界に入り込めるだけの自然な成り行きを感じることができず、感情移入できなかったのです。

そのためなのか、さらには本書のミスリードを誘ういくつかの仕掛けも納得できるものではなかったのです。

 

私自身はそのミスリードにまんまとはまった口ではあるのですが、それでもやはり違和感は残り、この手の仕掛けにはまった時の痛快感、してやられた感は全くといっていいほどに感じませんでした。

この作家の『犯人に告ぐ』は実に面白いミステリーだったのですが、本作は同じ作者の作品とは思えないほどでした。

犯人に告ぐ』の作者という読み手、つまり私の期待が大きすぎてハードルが上がったということもあるかとは思いますが、そうとばかりも言えないと思います。

というのも、本書の作者雫井脩介の作品は、近年映画化もされ大ヒットととなった『検察側の罪人』も読んだのですが、その時はかなり引き込まれて読んでおり、単に私がハードルを上げたともいえないと思えるからです。

 

 

やはり、本書の基本的な設定に感情移入できなかったことがすべてだと思われます。

ちなみに、本書は2019年6月からフジテレビ系列で、溝端淳平を主演とし、瀧本美織を色員としてテレビドラマ化されました。

途中の一歩

仕事一筋なのにヒットが出ない漫画家・覚本敬彦は、独身仲間に説得されて結婚相手を探す合コンに打ち込んでいた。社内恋愛に悩む担当編集者の綾子、不倫を終わらせたい人気漫画家・優、婚活中のOL・奈留美との交流を経て、本気じゃなかった彼にも恋の予感が到来。繰り返しの毎日を変えてくれるたった一人の「誰か」を求めて奮闘する六人の物語。(上)
婚活に励む二十九歳のOL・奈留美は、合コンで会った漫画家・覚本にデートをドタキャンされ続けているが諦めきれない。一方、長年の不倫相手と別れた売れっ子漫画家・優は、担当編集者に思わぬダメ出しをされ自信を失くしていた。恋や仕事で新たな一歩を踏み出した彼らに、最後のチャンスは訪れるのか?偶然を運命に変えた人々を描く感動作。(下)(「BOOK」データベースより)

この作者の作品にしては、あまり面白さを感じない作品でした。私個人の好みとして恋愛小説自体をあまり好まないということもあったとは思うのですが、それにしても小説世界へ入ることが困難な物語でした。

本書は、恋人の一人もいないという漫画家の覚本敬彦を中心とした男どもと、覚本の現在の担当編集者である西崎綾子を中心とする女たちの間での、恋人作りに励む姿をコミカルに描いた作品です。まあ、結局はこれらの登場人物の間での恋の駆け引きをえがいてある恋愛小説だと言っていいのでしょう。

文章は読みやすく、登場人物たちの掛け合いも調子よく進み、個々人の心の葛藤なども重くなり過ぎない程度に描かれていて、読み手の感情移入がしやすい物語として仕上がっています。登場人物たちと年代が近い読者などには特に感情移入しやすく、受け入れやすい作品ではないかと思います。

しかしながら、私個人としては今ひとつ入り込めない物語だったのです。


雫井脩介の恋愛小説と言えば、なによりも沢尻エリカ主演で映画化もされた『クローズド・ノート』がありました。映画は見ていませんが、本来恋愛小説をあまり好まない私も、この作品はかなり心惹かれて読んだ記憶があります。こうした作品を書いている雫井脩介の作品ですから、かなりの期待を持って読んだということもあるのかもしれません。

でも、そのハードルを高くして読んだ、という点を抜きにしても、登場人物たちの行動がすんなりとは入ってこなかった、という点が一番でしょう。結局、作者は本書のような物語を書くことで何を言いたいのかが全く見えませんでした。

主人公の覚本の悪友である長谷部や覚本の担当だった編集者の玉石ら、そしてOLの松尾奈留美や、現役の人気漫画家である緑川優、そのアシスタントの紗希など、合コンを繰り返す日々を送っています。私のかつての時代にも本書の若者らの行動と似たようなことをやっていた筈なのに、どこか違うのです。同じように、女の子らと酒を飲み、踊りに行っていた日々であったのに受け得入れ難く感じるのは何故でしょう。

自分でもよく分かりません。

読んだ本の感想文など個人的なものではありますが、今回は特に個人的になってしまったようです。

犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼

ミナト堂社長水岡はその息子裕太と共に何者かに誘拐されてしまうが、水岡のみが解放された。犯人は何故に水岡のみを簡単に開放してしまったのか。神奈川県警の巻島史彦警視は、この誘拐犯の捜査指揮を任され、再び陣頭指揮に立つことになった。

 

雫井脩介著の『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』は、『犯人に告ぐシリーズ』の第二弾となる長編の警察小説です。

 

前作『犯人に告ぐ』を期待して読むといけません。私は前作を思いながら読んだので、つまりはハードルをかなり高くして本書を読んだので失望感のほうが高くなってしまいました。

本書は本書なりに面白い作品なのです。ただ、読み始めてしばらくは「振り込め詐欺」の様子が克明に描かれており、その間が私のような読み手には若干の間延び感を感じてしまう間でもありました。

 

また、前作は主人公である巻島史彦警視対犯人という図式があり、一方で警察内部での組織人としての巻島の在り方もまた一つの見どころでもありました。

本作ではそうした巻島と警察という組織との対立という図式はあまりありません。

と同時に巻島と犯人という関係ももう一つなのです。そういう意味でも前作の構造の見事さが浮かび上がってきて、本作が普通の誘拐小説の変形としか感じられなくなっているのが残念です。もしかしたら、これが巻島の物語でなければまだ評価は高かったのかもしれません。

そうはいっても、巻島が捜査の指揮をとり、巻島と犯人との対立の図式がはっきりしてくる本書後半からは、かなりの面白さを感じながら読み進めることができました。それだけにハードルを高くし過ぎて読んだ前半が残念です。勿論、それは読み手たる私の問題なのですが。

 

誘拐をテーマにした小説といえば天藤真の『大誘拐』が有名です。「82歳の小柄な老婆が国家権力とマスコミを手玉に取り百億円を略取した痛快な大事件を描(ウィキペディア参照)」いたこの物語は、第32回日本推理作家協会賞を受賞し、北林谷栄や緒方拳を配して岡本喜八により映画化もされました。

 

 

それに横山秀夫の『64(ロクヨン)』を挙げるべきでしょう。この作品は誘拐本体というよりは、誘拐事件に振り回される警察を描いた社会派推理小説の名作と言え、NHKテレビでのドラマ化に加え、佐藤浩市主演での映画化も為されています。

 

 

検察側の罪人

本書『検察側の罪人』は、検察官を主人公にした実に重厚で読み応えのあるミステリー小説です。

少々テーマが重く、軽めの作品を好む人にとっては受け入れにくい物語かもしれません。

 

蒲田の老夫婦刺殺事件の容疑者の中に時効事件の重要参考人・松倉の名前を見つけた最上検事は、今度こそ法の裁きを受けさせるべく松倉を追い込んでいく。最上に心酔する若手検事の沖野は厳しい尋問で松倉を締め上げるが、最上の強引なやり方に疑問を抱くようになる。正義のあり方を根本から問う雫井ミステリー最高傑作! (上巻 : 「BOOK」データベースより )

23年前の時効事件の犯行は自供したが、老夫婦刺殺事件については頑として認めない松倉。検察側の判断が逮捕見送りに決しようとする寸前、新たな証拠が発見され松倉は逮捕された。しかし、どうしても松倉の犯行と確信できない沖野は、最上と袂を分かつ決意をする。慟哭のラストが胸を締めつける感動の巨篇! (下巻 : 「BOOK」データベースより )

 

犯人に告ぐ』での大藪春彦賞を始めとする各種の賞を受賞している雫井脩介という作家の作品らしい、読み応えのある作品でした。

 

 

作家本人の言葉によると、「時効によって逃げ切った犯罪者を裁くことは可能か、という問いが着想のきっかけ」なのだそうです。

そのためには「捜査をある程度コントロールできる立場かつ、刑罰に意識的な人間」が中心にいなければならず、そのためには「検事」という職務が最適だと考えたのだそうです。

しかし、検事の職務についての知識に乏しく、その点でリアリティを出すのに苦労したとも言っています。

 

この点での著者の苦労があったからこそのリアリティだと感じました。検察官の取り調べの様子などは、勿論その実際を知るものではない私ですが、何の違和感も抱くことはありませんでした。

それどころか、最上を始めとする検察官という人間の「法」に対する思い、「正義」という言葉の持つ意味についての悩みなど、読み進むにつれ惹きこまれていったほどです。

ただ、それとは別にどうにも最上という検察官の存在そのものに違和感を感じてしまいました。このような検察官の存在自体が結局虚構でしかあり得ないと感じ、その違和感をぬぐえませんでした。

 

勿論、小説の設定ですから、作家の書きたい思いを表現するためのデフォルメの一つだと割り切れば何ということは無い問題の筈です。

実際、私も殆どの小説ではそのように割り切っているからこそ面白い物語として読んでいるのでしょうから。しかし、一旦そう感じてしまった以上はどうしようもありません。

このように感じるのは少数派だと思います。事実、レビューを読むと大多数の人は本作品を力作であり、面白い作品だと評価しています。

本書『検察側の罪人』を含む多くの小説が、「正義」という面映ゆさを伴うこの言葉を軸テーマにしています。例えば東野圭吾の『さまよう刃』や横山秀夫の『半落ち』など、他にも挙げればきりないでしょう。

これらの作品は人間の存在という根源的な問いかけをテーマにしていて、登場人物に一般では考えられない行動を取らせています。

ですが、本書とは異なりその行動に違和感を感じないのですから、読み手の我がままと言うしかないのでしょう。

 

 

検察官を主人公とする小説と言えば、近時柚月 裕子の『最後の証人』という作品が掘り出しものでした。本書に比べるとかなり読みやすく、それでいて社会性も持っている小説です。佐方貞人というヤメ検を主人公としてシリーズ化されていてお勧めです。

 

 

しかし、私らの年代で言えば検察官を主人公にした推理小説と言えば、高木彬光の『検事霧島三郎』でしょう。正義感に燃えた青年検事の活躍が光ります。ただ、近時の文庫本の表紙イラストはいただけない。

 

 

ところで、本書『検察側の罪人』が映画化されています( 映画『検察側の罪人』公式サイト : 参照 )。

監督はリメイク版の『日本のいちばん長い日』や『駆込み女と駆出し男』を撮った原田眞人で、東京地検の最上毅検事を木村拓哉、若手検事の沖野啓一郎を二宮和也というジャニーズコンビで演じています。キャストは私の好みとは異なりましたが、そこそこに楽しめた映画でした。

配役に関してはいろいろと言いたいこともあります。しかし、それを言い出したら始まらないので言いませんが、ただ、この両者で本書のテーマである「正義」を重厚感をもって表現してくれたと胸張って言えるかと問われれば、首をひねらざるを得ませんでした。

とはいえ、映画は監督ものだということを聞いたことがあります。監督の本書についての解釈が「法」と「正義」ではなかったならば、出演者の演技を論じることも無いでしょう。

殺気

このざわめきは事件の予兆!?12歳で何者かに拉致監禁された経験をもつ女子大生のましろは、他人の「殺気」を感じ取る特殊能力が自分にあると最近分かってきた。しかし、その起因を探るうち、事件当時の不可解な謎に突き当たってしまう。一方、街では女児誘拐事件が発生。ましろは友人らと解決に立ち上がるが…。一気読み必至のミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

長編のミステリー小説です。

 

設定は面白いのです。超能力とまでは言えないだろう「殺気」を感得しうる特殊能力を前提に物語りは進みます。

文章は相変わらずに小気味良く、テンポよく読み進めることができます。

しかし、それ以上のものか感じられませんでした。

読みやすい物語、といった程度でしょうか。

つばさものがたり

パティシエールの君川小麦は、自身の身体に重い秘密を抱えたまま、故郷・北伊豆で家族とケーキ屋を開いた。しかし、甥の吐夢からは「ここは流行らないよ」と謎の一言。その通り、店は瞬く間に行き詰まってしまう。力尽きた彼女に新たな勇気を吹きこんだのは、吐夢と、彼にしか見えない天使の“レイ”だった…。小麦のひたむきな再起を見届けたとき、読み手の心にも“見えない翼”が舞い降りる。感涙必至の家族小説。(「BOOK」データベースより)

 

宣伝文句でこれでもかと「泣ける話」と聞かされて読んだ本です。

結論から言うと、それほど「泣ける話」ではありませんでした。

 

簡単に言えば郷里に帰ってケーキ屋を開くために女の子が奮闘する物語ですが、そこに家族やその他の問題が降りかかります。

一つには甥っ子にだけ見えるという天使の“レイ”の存在というファンタジックな設定があったからかもしれないけど、『クローズド・ノート』ほどの満足感はなかったように思います。

でも、この作家の文章のテンポの良さはやはり素晴らしいと思いました。それなりに一気に読み終わりました。

クローズド・ノート [DVD]

行定勲監督、沢尻エリカ主演によるラブストーリー。大学生の香恵は、引越し先のアパートで前の住人が置き忘れた1冊のノートを見つける。それは小学校教師・伊吹の恋の悩みなどが綴られた日記だった。通常版。(「キネマ旬報社」データベースより)

未見です。