『クロコダイル・ティアーズ』とは
本書『クロコダイル・ティアーズ』は、2022年9月に331頁のハードカバーで刊行された、第168回直木賞の候補作となった長編のサスペンス小説です。
確かに人間心理の複雑さをついた興味ある物語ではあるものの、雫井作品として直木賞候補になるほどかと感じた作品でした。
『クロコダイル・ティアーズ』の簡単なあらすじ
【第168回 直木賞候補作】
ベストセラー作家、雫井脩介による「究極のサスペンス」この美しき妻は、夫の殺害を企んだのか。
息子を殺害した犯人は、嫁である想代子のかつての恋人。被告となった男は、裁判で「想代子から『夫殺し』を依頼された」と主張する。犯人の一言で、残された家族の間に、疑念が広がってしまう。「息子を殺したのは、あの子よ」
「馬鹿を言うな。俺たちは家族じゃないか」未亡人となった想代子を疑う母親と、信じたい父親。
家族にまつわる「疑心暗鬼の闇」を描く、静謐で濃密なサスペンスが誕生!「家族というのは、『お互いに助け合って、仲睦まじく』といった一面が取りざたされることも多いですが、そうじゃない部分もあります。ある種の運命共同体であるからこそ、こうしてほしいという願望を押しつけあったり、求めあったりして、生きづらさも生んでしまう。だからこそ、ドラマが生まれる。家族が一枚岩になれないときに生ずる『心の行き違い』は、サスペンスにしかならない」(著者インタビューより)
全国の書店員さんから、驚愕と感嘆の声が届いている傑作をぜひ!( 内容紹介(出版社より))
『クロコダイル・ティアーズ』の感想
本書『クロコダイル・ティアーズ』は、第168回直木賞の候補作となった長編作品ですが、個人的には雫井脩介の作品として普通のレベルだと感じた作品でした。
確かに人間の意識のありようをついた興味深いテーマの作品ではありました。
しかしながら、立花もも氏の書評にも書いてあったように、「人は、けっきょく、誰に何と言われようと、自分の信じたいことを信じてしまう
」( ダ・ヴィンチ : 参照 )というそれだけのことを書いてあったに過ぎないと思えたのです・
とはいえ、そのことを小説として仕立てるそのことがとても難しい作業であることは分かります。ただ、雫井脩介という作家であればもっと面白い作品を紡ぎだせたと思うのです。
東鎌倉で「土岐屋吉平」という陶磁器店を営む久野貞彦とその妻暁美は、ある日突然、息子の康平を殺されてしまいます。
ところが、犯人である隈本重邦は康平の嫁想代子のかつての交際相手だったのです。
そして判決言い渡しの日、隈本の「想代子から夫のDVがひどいのでなんとかしてくれと」と頼まれたという趣旨の言葉を聞いて以来、その言葉を忘れることはできなくなったのでした。
本書『クロコダイル・ティアーズ』の影の主役である想代子という人物は、物静かな女性という印象の女性です。
しかし、そのことは本心が見えにくい女性ということでもあって、一旦悪い印象を持ってしまうとそのようにしか思えないことになります。
その上、「土岐屋吉平」のある地域の再開発の話があって、貞彦はその事業に参加しない意向を持っているということでもありました。
そのことは、「土岐屋吉平」で起こる細かな事件の背景を複雑なものとしていくのです。
こうした背景は想代子という女性のミステリアスな雰囲気をさらに盛り上げ、読者も隈本の発した言葉は真実なのか、それとも嘘なのかと心は揺れ動くことになります。
加えて、暁美の実姉である塚田東子の想代子に対する疑いの言葉が暁美の心の揺らぎを増幅させます
東子は夫の辰也と共に「土岐屋吉平」が入っているビルの三階で雑貨店を営んでいて、いつも妹の暁美を支えるように側にいます。
その東子の雑誌の記者を使って隈本のことを調べさせるなどの行動は、暁美の疑念を確信に近いものへと押しやるのです。
このような周囲の言葉もあり、またもともと想代子の性格が控えめであったこともあって、想代子のどんな言葉も行為も暁美にとっては裏があるようにしか思えなくなるのです。
ましてや想代子という女性の行為は疑惑を招きかねないものであり、さらには暁美の心にいったんわき起こった疑惑はなかなか解消されるものではないということが繰り返し示されていきます。
そして、それ以上のものは感じられませんでした。「自分の信じたいことを信じてしまう」暁美の様子が描かれている、それだけとの印象がぬぐえませんでした。
とはいっても、Amazonの該当箇所を見ると、日本全国の書店員さんたちの本書『クロコダイル・ティアーズ』に対する絶賛の声が掲載してあり、さらにはネット上でもかなり高い評価が為されています。
つまりは、以上のような私の印象はかなりの少数派であって、私の感じ方が世間一般と異なっていると言うしかありません。
結局、いい本だけれども私の好みではない、というこのサイトでも何度か書いてきた言葉をここでも書いておくしかなさそうです。