雫井 脩介

犯人に告ぐシリーズ

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依然として行方の分からない“大日本誘拐団”の主犯格“リップマン”こと淡野。神奈川県警特別捜査官の巻島史彦はネットテレビの特別番組に出演し、“リップマン”に向けて番組上での対話を呼びかける。だが、その背後で驚愕の取引が行われようとしていた!天才詐欺師が仕掛けた大胆にして周到な犯罪計画、捜査本部内の不協和音と内通者の存在―。警察の威信と刑事の本分を天秤にかけ、巻島が最後に下す決断とは!?(「BOOK」データベースより)

 

雫井脩介著の『犯人に告ぐ3 紅の影』は、『犯人に告ぐシリーズ』の第三弾となる長編の警察小説です。

第一巻同様の「劇場型捜査」と銘打たれた対決が描かれるのですが、今回はネットテレビを通じた対決として描かれます。

にもかかわらず、今一つの印象でした。

 

全体として物語の展開がすっきりとしないのです。

前巻で「大日本誘拐団」と名乗る誘拐団の実行犯は逮捕したものの、主犯格のリップマンこと淡野は未だ逮捕には至っていませんでした。

本書ではその淡野と警察との対立をメインに物語は展開するのですが、主に淡野の生い立ちから、詐欺の様子をも含めた淡野の日常の生活にまずは焦点があっています。

その上でリップマンこと淡野の背後にまた更なる存在が登場します。

 

そして、巻島捜査官を中心とした警察との駆け引きがあるのですが、その警察内部でまた縄張り争いなどの対立構造があり、巻島は影が薄い存在となっています。

加えて、空気を読めない小川という警察官の描写が加わりますが、この小川の存在がどうにも中途半端な印象です。

勿論、こうした警察内部の争いの描写にはそれ自体にそれなりの意味はあるのですが、それにしても、犯人側、警察側それぞれで登場人物の思惑が錯綜し、物語の流れが渋滞を起こしている印象です。

 

長編であってもこうした渋滞を起こしていない作品としては、近年の警察小説で言えば、同じ警察内部の対立を描く作品としては横山秀夫の『64(ロクヨン)』が思い浮かびます。

広報官を主人公とするこの作品は、D県警管轄内で昭和64年に起きた誘拐殺害事件を巡る刑事部と警務部との衝突の様を、人間模様を交え見事に描き出している警察小説です。

ただ、この作品は犯人側の視点は無く、また本『犯人に告ぐ(3) 紅の影』のエンターテイメント性を超えた、より重厚な作品であり、分野が異なるのであり、比べること自体間違いなのかもしれません。

 

 

また今野敏の『隠蔽捜査シリーズ』でも警察内部の対立の場面がえがかれます。

特に『去就: 隠蔽捜査6』では新任の方面本部長弓削との対立が描かれています。ただこの作品も犯人側の視点はありません。

 

 

こうしてみると、本書の構造自体独特なものがあると言えそうですが、それでも物語の流れが気にかかるという印象はぬぐえないのです。

淡野対警察、ひいてはワイズマン対警察という結果に終わるとしても、小川や淡野の動向の描写がこれほどまでに必要だったかというと、少々疑問があります。

物語として読み進めるうえでのリズムが取りにくく、決して読みやすくは感じられませんでした。

つまりは、個人的には警察小説としての面白さをあまり感じませんでした。

せっかく第一作と同様の「劇場型捜査」としての見せ場を作ったのに、その見せ場は第一作ほどの効果はなく、結局は前作の『犯人に告ぐ2  闇の蜃気楼』と同様の印象しか感じなかったと言えます。

 

[投稿日]2019年12月27日  [最終更新日]2020年3月11日
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