暗礁

本書『暗礁』は、『疫病神シリーズ』の第三弾の、文庫本で上下二巻、合わせて842頁にもなる長編のミステリー小説です。

今回の作品も、金の臭いに食らいついた桑原のために贈収賄事件に巻き込まれる二宮の姿を騒動が描かれる、読みごたえのある作品でした。
 

『暗礁』の簡単なあらすじ

 

疫病神・ヤクザの桑原保彦に頼まれ、賭け麻雀の代打ちを務めた建設コンサルタントの二宮啓之。利のよいアルバイトのつもりだったが、その真相は大手運送会社の利権が絡む接待麻雀。運送会社の巨額の裏金にシノギの匂いを嗅ぎつけた桑原に、三たび誑し込まれる契機となった―。ベストセラー『疫病神』『国境』に続く人気ハードボイルド巨編。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

警察組織と暴力団の利権の草刈場と化していた奈良東西急便。その社屋放火事件の容疑者に仕立て上げられた二宮に、捜査の手が伸びる。起死回生を狙う桑原は、裏金を管理する男を追って二宮とともに沖縄へ飛ぶが、二人を追い込む網はそこでも四方八方に張り巡らされていた―。超弩級のエンターテインメント大作。想定外の興奮と結末。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

本書『暗礁』は、二宮が桑原から頼まれた接待麻雀の代打ちから始まる。その面子は東西急便の本社営業一課長と大阪支社長、それに奈良県警交通部の現職幹部だった。

桑原から負け分は二蝶会が持ち、勝ち分は七:三で七が桑原がとるという話で六十万ほど設けたのだが、その後奈良県警から二人の刑事がその麻雀について話を聞きたいとやってきた。

桑原によると、新興の貨物運送会社はヤクザの標的になりやすいという。東西急便も二蝶会の本家筋が守っているという。数年前に東京の東西急便で起きた贈収賄事件は今でも記憶に新しいのだ。

奈良東西急便もトラックターミナルへのトラックの誘導に利便を図りたいと奈良県警交通部幹部の接待を東西急便の大坂支社長経由で接待麻雀を組んだということらしい。

その後、二宮は奈良東西急便奈良支店の放火事件の犯人に仕立てられたり、桑原と共に沖縄へと飛び、奈良東西急便がヤクザ対策費として貯め込んでいる数億円にもなるだろう裏金を手にすべく、奔走するのだった。

 

『暗礁』の感想

 

今回の二人が相手とする事件は、全国区の巨大運送会社の関西支店を舞台とした天下り警察官との癒着の構造です。

モデルは宅配便大手のS急便だと思われます。1990年代にS急便を舞台に現実に起きた大物政治家を巻き込んだ贈収賄事件がありました。本書はその一環の奈良の会社で起きた事件です。

ここらの事情については、ウィキペディアを見てください。

 

本書『暗礁』では、ヤクザと県警との間での利権争いの狭間を狙う桑原の活躍が描かれます。

よくもまあ、こんなストーリーを練り上げると思うほどに運送業界と暴力団、県警、そして政治家たちの思惑が絡み合った物語が構築されています。

そのストーリーの中心にあるのは金こそすべてという桑原の思惑であり、二宮は桑原に使われながらも彼の思惑の一端に食い込もうとせこく立ち回り、ドツボにはまっていくのです。

これが本シリーズでのパターンであり、本書『暗礁』もまた同様です。

桑原の「極道と警察は同じ人種や。向こうは菊の代紋を背負うてるだけによけい質が悪い。」などという言葉は彼の信念を端的に表しています。

その感覚で本書『暗礁』、更には本『疫病神シリーズ』が貫かれているのですからこの『疫病神シリーズ』が面白いのも納得するのです。

 

本書『暗礁』の魅力と言えば、シリーズとしての魅力の他に、桑原に狙いをつけられた金の所在、つまりは奈良東西急便に保管されているという数億円にも上る暴力団対策費を巡る攻防です。

その根底にはモデルとなった事件があるのですが、そのモデルとなった事件に関しては上記にも書いたようにウィキペディアを参照してください。

現実の事件はともかく、本書での裏金の処理に関しては奈良東西急便、大阪府警、奈良県警、そしてヤクザと皆が騙し合い、それぞれの組織とは別に桑原のように個人の思惑でこの裏金を狙ったり、裏金の周辺での余禄を狙ったりという思惑が入り乱れます。

そうしたストーリーを、現実の出来事とそう離れることもない(と思われる)物語として、破綻することなく組み立てるのですから黒川博行という作家の実力が推し量れます。

 

ヤクザの標的になりやすい新興の貨物運送会社として暴力団対策には金けるしかなく、奈良東西急便もまた本社から数億円の金を預かっていました。

桑原によれば、不特定多数を相手にしのぎをする企業はリスクマネージメントが難しいだけに弱い、のだそうです。

そのため、企業は極道から食われないように警察から天下りをとることになり、つまりはヤクザと警察の両方から食われ、そのあとに利権漁りの議員どもが杭に入るというのです。

 

このシリーズ全般に言えることですが、本書に登場する警察官も殆どはワルです。何とか表に出せない金を自分のふところに入れようと画策します。

その上、天下り先を確保し、警察官OBとしての力を保持すべく暗躍するのです。

こうした状況のもと、裏金の秘密を握る男を追って沖縄へも行き、現地の暴力団と諍いを起こす桑原です。

本書『暗礁』の終わりの場面での二宮の母親や嶋田がいるところでの二宮と桑原の会話など黒川作品の面白さが凝縮されています。

かなり長いこの物語ですが、その長さを感じさせないほどに面白い作品です。

疫病神シリーズ

本『疫病神シリーズ』は、イケイケのヤクザである桑原保彦と、建設コンサルタントをしている二宮啓之とのコンビを主人公とする、長編のピカレスク小説で構成されるシリーズです。

主人公二人の漫才のような会話と、綿密な取材に基づいて書き込まれた緻密な描写が素晴らしいエンターテイメントシリーズです。

 

『疫病神』シリーズ(2020年12月07日現在)

  1. 疫病神
  2. 国境
  3. 暗礁
  1. 螻蛄
  2. 破門
  3. 喧嘩
  1. 泥濘

 

『疫病神シリーズ』の主な登場人物 

 

本書の登場人物としては、まずは大阪の二代目二蝶会幹部である桑原保彦と建設コンサルタントをしている二宮啓之という男が挙げられます。

その他に、桑原の兄貴分である二蝶会若頭の嶋田、それに桑原の情報源である大阪府警暴力団犯罪対策課所属刑事の仲川忠司巡査部長がいます。

そして二宮の関係では桑原を毛嫌いしていて、ダンスのインストラクターをしている従妹の悠紀が二宮の事務所に入り浸っています。

 

『疫病神シリーズ』の二人の来歴 

 

この二人の来歴を簡単に見ると、そもそも二宮の父親の孝之は初代二蝶会の大幹部でした。フロント企業の築港興業という土建会社を設立ましたが、警察に摘発されます。

そこで解体部門だけを別会社として残し、二宮はその「二宮土建」を引き継ぎました。しかし五年目に不渡りを食らい倒産し、その後コネを頼りに建設コンサルタントとなったものです。

父孝之は数年前に糖尿病から壊疽、そして脳梗塞を起こし逝ってしまいます。

孝之にかわいがられていた今の二代目二蝶会若頭の嶋田は、二宮の母親を助け孝之の葬儀の手配をし、初七日まで付き合ってくれたそうです。

 

一方、桑原ですが、七歳の時に母親を亡くし、中学の時から地元では有名な不良少年で、鑑別所から少年院へと行き、一旦は就職したもののすぐに退職。

釜ヶ崎で日雇い暮らしをする中で二蝶会の幹部と知り合い、都島区毛馬の二蝶会組長角野達雄の盃を貰うことになります。

神戸川坂会と真湊会との抗争で真湊会尼崎支部にダンプカーで突っ込み、追ってきた組員を撃って傷を負わせて六年半の懲役に行き、帰ってきてからは二蝶会の幹部となりました。

しかし、二蝶会初代組長の角野を慕い、二代目組長の森山悦司を嫌っています。

倒産整理と建設現場のサバキをシノギとし、守口では愛人にカラオケバーをやらせています。天性の“イケイケ”であり、性格は極めて粗暴。世の中に恐いものはなく、金の臭いをかぎつけたら何があろうと食いついて離れません。

 

二宮自身は暴力に関しては全く自信はなく喧嘩も弱いのですが、父親譲りの性格か、妙に度胸がすわっているところもあるようです。

二宮は建設コンサルタントを仕事としていますが、その実態は、建設業務に伴う暴力団がらみの嫌がらせ防止のための用心棒としての暴力団と、その現場の建設業者とをつなぐことを本来の業務としています。

何かと二宮の面倒を見る嶋田は、建設コンサルタントとなった二宮のためにと桑原を紹介し、ここに疫病神コンビができ上ったのです。

イケイケの桑原とのコンビの結果、他の暴力団との抗争になりかけることも多々あるのですが、兄貴分の嶋田のとりなしもあり、何とか今に至っています。

 

『疫病神シリーズ』の魅力 

 

とにかく、この桑原と二宮との掛け合いがそこらの漫才よりも面白い。

全編大阪弁で通されることの多いこのシリーズですが、まず取り上げるべきはこの二人の会話シーンの面白さでしょう。

本シリーズについてどの解説、評論、レビューを読んでも、この点について否定する人は皆無だと思います。

 

次いで、作者黒川博行の特徴の一つである、その時の社会的な事件など時代を反映したそのストーリーがあります。

そして、そのストーリーも丁寧な調査、下調べのもとでの緻密な書き込みによりリアイリティに満ちた物語として構成されています。

第一巻の産業廃棄物処理場から始まり、北朝鮮事情、巨大運送会社、宗教団体、映画製作、選挙戦、警察官OBの親睦団体のそれぞれをめぐるトラブルに金の臭いを嗅ぎつけた桑原と、彼に巻き込まれる二宮の姿があるのです。

それぞれ綿密な取材に基づく詳細な描写が為され、社会の裏側を居ながらにして学べる、そういう効果もあります。

 

ただ、あくまでエンターテイメント作品であり、まずは面白さがあって、その先に普通は知らない、知り得ない隠された情報がもたらされます。

なんともコミカルに為される桑原と二宮の二人の存在が、それぞれにかなりの長さを持つ作品でありながら読者を飽きさせません。

多分ですが、まだまだ続巻が出ると思われるこのシリーズはおすすめです。

ちなみに、本シリーズを原作としてテレビドラマ化、コミック化が為され、そして映画化まで為されています。

雨に殺せば

本書『雨に殺せば』は『大阪府警捜査一課シリーズ』二作目の320頁という長さの長編警察小説です。

前作の『二度のお別れ』に続いて第二回のサントリーミステリー大賞で佳作になった作品であり、やはり正統派のミステリー作品です。

 

大阪府警捜査一課の黒木と亀田、通称“黒マメ”コンビのもとに事件の報せが舞い込んだ。現金輸送車襲撃事件について事情聴取した銀行員が、飛び降り自殺したという。銀行員2名が射殺され約1億1千万円が奪われた襲撃事件と、死亡した銀行員の関係は?ふたりはやがて真相に近づいていくが、新たな犠牲者が出てしまい―。大阪弁での軽妙なやりとりと、重厚なハードボイルドの融合。直木賞作家が紡ぐ、傑作警察ミステリ。(「BOOK」データベースより)

 

本稿の冒頭に書いた通り、本書『雨に殺せば』は『大阪府警捜査一課シリーズ』の二作目であり、当然登場人物も「黒マメ」コンビです。

しかし、何か変だと思い前作の『二度のお別れ』を読み返しました。

すると、本書冒頭では、直属上司の“服部”から黒田に対し電話が入り、「・・・独身はよろしいな。」との台詞があるのですが、同様に黒田が電話に出るところから始まる前作で黒田は嫁さんと思われる人物の名を呼んでおり、更には直属の上司の名前は“村橋”となっていたのです。

何なのだ、と思いながらもとにかく読み終えたところ、「角川文庫版あとがき」と題した一文がありました。

そこには、前作『二度のお別れ』がサントリーミステリー大賞で佳作になったおりに、選考委員に「登場人物に華がない」と評されたので、「華がない」の意味が分からず、とりあえず黒田を独身にした、という意味のことが書いてあったのです。

作者本人も「なんと、ま、テキトーな解決であったことか。」と書いておられました。

以上のことは、本作品自体の中身には何の関係も無いことです。しかし、何も知らずに読むと上記のような疑問がわいてきますので、一応記しておきます。

 

 

本書では現金輸送車が襲われます。

港大橋のほぼ中間点、橋を登り切ったところに現金輸送車が停車していたのですが、よく見ると運転席と助手席の男二人ともに射殺されていました。

その後の捜査の中で、事情聴取された銀行員が飛び降り自殺をするなど、事件は混とんとしてきます。

現金輸送車は何故橋のうえに停まっていたのか。

銀行員はなぜ自殺したのか、

川添の未亡人が言った「ミムロ」と名乗る電話の人物は何者なのか。

そして、本書でもやは亀田の奇抜な推理が解決のきっかけを作るのです。

 

本書では銀行がかなりの悪役になっており、歩積・両建預金などの拘束預金の話が問題解決に大きな役割を果たします。

そこで、黒マメコンビは知能、経済犯罪担当の捜査二課の岡崎部長刑事と共に捜査をすることになります。

自殺した川添は、拘束預金を要求した相手の「碧水画廊」から訴えられそうになっていたというのです。

ここで拘束預金とは、歩積、両建預金のことであり、手形割引や貸付の際に、融資した金の一部を預金させることを言うそうです。(コトバンク : 参照)

 

本書は、こうした銀行の横暴を暴き出すとともに、絵画の世界の仕組みなども織り込んでいます。それも、黒川作品の特徴である詳細な調査に裏付けられた緻密な描写で描き出されているのです。

そして、前作以上に謎解きに重きが置かれているようであり、黒マメコンビの軽妙な掛け合いと共に、読みごたえのあるミステリーとして面白く読むことができた作品でした。

 

なお、本書『雨に殺せば』の「解説」は鈴木沓子氏が書いておられますが、下記サイトにぞの全文が掲載されています。

二度のお別れ

本書『二度のお別れ』は『大阪府警捜査一課シリーズ』の一作目の長編(214頁)の警察小説です。

第一回サントリーミステリー大賞で佳作になった作品であり、疫病神シリーズから黒川作品に入った私には意外ともいえる正統派の長編のミステリーでした。

 

三協銀行新大阪支店で強盗事件が発生。犯人は現金約400万円を奪い、客のひとりを拳銃で撃って人質として連れ去った。大阪府警捜査一課が緊急捜査を開始するや否や、身代金1億円を要求する脅迫状が届く。「オレワイマオコツテマス―」。脅迫状には切断された指が同封されていた。刑事の黒田は、相棒の“マメちゃん”こと亀田刑事とともに、知能犯との駆け引きに挑む。『破門』の直木賞作家のデビュー作にして圧巻の警察ミステリ。(「BOOK」データベースより)

 

本書『二度のお別れ』は、大阪府警捜査一課に所属する黒田憲造亀田淳也の「黒マメコンビ」を主人公とする、正統派のミステリーです。

とはいえ、黒川作品の特徴の一つである大阪弁での軽妙な会話は既に描かれています。

つまり、亀田淳也刑事はその体型からくる「豆狸」と「亀田」とから「マメダ」と呼ばれていて、黒田とマメダの「黒マメ」コンビの会話がユーモラスなのです。

本書は1984年に出版されているので時代の古さを感じるところは否めません。

それでも、後の黒川作品につながるユーモアあふれる会話を基本としながら、捜査に当たる二人の刑事のコンビの物語は楽しく読むことができました。

 

黒さんこと黒田は三十代で、本書の視点の持ち主です。連日の捜査に帰宅もできず、五歳の娘ともなかなか会えないでいます。

マメちゃんこと亀田は二十代で、「色黒で童顔、背が低くてコロコロとした体形の持ち主。陽気な性格だが、マシンガントークを炸裂させ、時には奇抜とも思える持論も展開」します。

そして、ミステリーの実質的な探偵役はマメちゃんです。いつも意外性に富んだ発想をしていながら、その発想が真実を見抜いていることがあります。

そのマメちゃんの意見について疑惑を抱きながらも受け入れ、その推論を前提に捜査を進める黒田です。

本書『二度のお別れ』においても黒田は「マメちゃんの推理は、私の思考範囲をはるかに超えていた」といいながらも、マメちゃんの推理に基づいて証拠を集めに走ります。

その推理の結果、犯人に振り回されながらも真実にたどり着くのです。

 

ただ、京都新聞記者の行司千絵氏による本書『二度のお別れ』の「解説」に作者の言葉としてあるように、本書での警察の描き方は間違っているそうです。

つまり、捜査本部で組まれる捜査員のコンビは所轄と本部それぞれの捜査員が組むことになっていること、これほどの事件で捜査一課のみの捜査本部ということはあり得ないこと、結局捜査本部での黒マメというコンビはあり得ないこと、などが指摘してありました。

 

そうした指摘はありながらも、私個人は読んでいる途中ではそうした事実には気付かず、それなりの面白さを感じながら読み進めていたのです。

私の不注意もありますが、それほどに本作品が面白く、デビュー作という印象はありませんでした。

 

しかしながら結末は違和感がありました。種明かしがあのようなことでいいのだろうかという疑問です。

そのことについても、「解説」の中で作者による告白があり、納得(?)したものです。

ともあれ、ミステリーとして水準以上の面白さを持っていて、なにより今の黒川作品につながる会話の面白さを堪能できる作品だったと思います。

 

なお、本書『二度のお別れ』の「解説」は京都新聞記者の行司千絵氏が書いておられますが、下記サイトにその全文が掲載されています。

大阪府警捜査一課シリーズ

『疫病神シリーズ』の第五巻『破門』で直木賞を受賞した黒川博行のデビュー作を含む、大阪府警捜査一課に勤務するコンビの刑事を主人公とする、『疫病神シリーズ』よりは真面目、と感じる長編の警察小説です。

 

大阪府警捜査一課シリーズ(2020年11月10日現在)

  1. 二度のお別れ
  2. 雨に殺せば
  3. 海の稜線
  4. 八号古墳に消えて
  5. 切断
  1. ドアの向こうに
  2. 絵が殺した
  3. アニーの冷たい朝
  4. てとろどときしん

 

本シリーズ第一作の『二度のお別れ』が著者黒川博行のデビュー作であるためでしょうか、本シリーズは主人公が途中で変わります。

第一、二、四作では黒田憲造巡査部長亀田淳也刑事の「黒マメ」コンビ、第三作で文田巡査部長総田部長刑事との「ブンと総長」のコンビ、他に吉永・小沢コンビもいるそうですが、まだ途中までしか読んでいないので、各巻の主人公がどうなるのかは不明です。

刑事は通常は二人が組んで捜査に当たるということはよく聞くので、本書の主人公もコンビということになっているのでしょう。

 

本シリーズでのコンビも会話が大阪弁そのものであり、当然ユーモアに満ちています。

ただ、黒川博行という作家の『疫病神』という作品での、桑原というヤクザと二宮という素人ながらにヤクザとの付き合いもある男との掛け合いが素晴らしかったので、どうしてもそちらと比べてしまいます。

 

 

そうすると、本書は本書なりにユーモラスであり、おかしみがあるはずなのにどうしても見劣りしてしまうのです。

ただ、『疫病神』シリーズよりも本シリーズのほうが、よりミステリー色を色濃く持っていると思われます。

 

今後読み進めるとともに、シリーズとしての印象も変わってくる可能性が大きいので、読み進めたらまた本稿も修正していきたいと思います。

悪果

大阪府警今里署のマル暴担当刑事・堀内は、淇道会が賭場を開くという情報を拇み、開帳日当日、相棒の伊達らとともに現場に突入し、27名を現行犯逮捕した。取調べから明らかになった金の流れをネタに、業界誌編集長・坂辺を使って捕まった客を強請り始める。だが直後に坂辺が車にはねられ死亡。堀内の周辺には見知らぬヤクザがうろつき始める…。黒川博行のハードボイルドが結実した、警察小説の最高傑作。(「BOOK」データベースより)

 

悪徳刑事を主人公にした、黒川ワールド炸裂の長編の警察小説です。

 

大阪府警今里署の暴力団犯罪対策係に所属する巡査部長の堀内信也は、管轄内の暴力団である淇道会が賭場を開くという情報を掴み、他の部署からも応援を得て、相棒の伊達と共に開帳の現場へと乗り込む。

そこで捕まえた客らの情報を業界誌編集長の坂辺に流し、強請りの分け前にあずかっていた堀内だったが、次第に身辺にきな臭いものを感じるのだった。

 

本書の前半は、内偵で得た賭博開帳の情報の処理について、逮捕に至るまでの警察の行動の手引き、とでも言うべき流れになっていて、この段階では本書の特色は未だ見えていません。ここでは『疫病神』シリーズのような軽妙な大阪弁による掛け合いもあります。

後半になると、まるで異なる物語であるかのように物語が展開します。

主人公の刑事二人は冒頭から自らの収入源の確保に精を出していて、変わりはないのですが、ストーリーは、堀内の恐喝の相棒である業界誌編集者の坂辺がひき逃げにあうあたりから一気にサスペンス色が濃くなります。堀内と相棒の伊達のコンビが坂辺の死の謎を追うなかで、堀内が襲われ警察手帳を奪われるなど展開が激しくなってきます。

そして前半の賭博の場面が重要な意味を持ってきて、逢坂剛の『禿鷹の夜』を思わせるワルの活躍する物語へと変身するのです。このことは主人公のコンビだけではなく、登場する警察官皆が同じです。「正義」という言葉は机の上に飾られているだけです。

 

 

本書も『疫病神』シリーズと同様に緻密で丁寧な描写が為されていて、人物の行動の意味が明確です。読者はただ作者の意図に乗って読み進めていくだけとも言えます。この詳細さは警察の裏金や情報収集に不可欠の情報料など、警察の必要悪とされる側面についても同様で、これらの負の側面についての描写が全くの虚構だとも言いきれないのが哀しいところでもあります。こうした警察の負の側面を描いた小説として、北海道警察の問題をついた東 直己の『南支署シリーズ』や佐々木 譲の『笑う警官』などを思い出します。共にとても面白い作品でした。

 

 

緻密な構成と、大阪弁で繰り広げられる軽妙な掛け合いが魅力の黒川ワールドは、腰を据えて読む必要はあるかもしれませんが、一読の価値ありです。

破門

本書『破門』は『疫病神シリーズ』の五作目の作品で、文庫本で480頁近くにもなる長さの長編小説です。

『疫病神シリーズ』で三回目の候補となった本作で第151回直木賞を受賞されました。

 

「わしのケジメは金や。あの爺には金で始末をつけさせる」映画製作への出資金を持ち逃げされた、ヤクザの桑原と建設コンサルタントの二宮。失踪したプロデューサーを追い、桑原は邪魔なゴロツキを病院送りにするが、なんと相手は本家筋の構成員だった。禁忌を犯した桑原は、組同士の込みあいとなった修羅場で、生き残りを賭けた大勝負に出るが―。直木賞受賞作にして、エンターテインメント小説の最高峰「疫病神」シリーズ!(「BOOK」データベースより)

 

疫病神コンビのひとり桑原や、桑原の兄貴分である二代目二蝶会若頭の嶋田は、映画プロデューサーの小清水の話に乗り映画制作のために出資をした。

しかし、小清水は金を握ったまま行方をくらませてしまい、桑原と二宮は小清水を追って飛び回ることになる。

だが、桑原は小清水の探索の途中、二蝶会と同じ神戸川坂会系列ではあるものの二蝶会よりも格上の亥誠組系列滝沢組の連中と衝突してしまうのだった。

 

本書『破門』では金回りがよくないヤクザの世界や疫病神コンビが前提となっています。

それは暴力団関係者が、平成23年春から施行された大阪府の暴力団排除条例によって収入手段の確保が厳しくなったという現実があります。

そしてそのことは建築現場でのヤクザ対策としての「サバキ」を業務とする「暴力団密接関係者」である二宮らの現実でもあったのです。

とはいえ、桑原は金の臭いさえすれば飛びつくのはいつものことですし、二宮もまたいつも金はなく、そのために厄介ごとに巻き込まれるのですが・・・。

 

本『疫病神シリーズ』では、「疫病神コンビ」である桑原と二宮の二人の掛け合いが大きな魅力となっていることは異論のないところです。

その二人が、互いにけなし合いながら、いざ相手の本格的な生命の危機の場面では、自分の身を賭して助けに駆けつけるのですから、読者もつい感情移入してしまいす。

 

著者の黒川博行氏は、本書『破門』での芥川賞受賞に際してのインタビューの中で、「スーパーヒーローではない、地に足のついた二人が主人公」だという意味のことを語っておられます。

確かに、この二人は特別な能力も何も持たないという意味では普通人です。

しかし、喧嘩も弱い二宮は別としても、武闘派のヤクザである桑原が「地に足のついた」普通人であるかは疑問のあるところです。

しかし、著者の言いたいことはそういうことではなく、身近に存在してもおかしくない人ということでしょう。そういう意味ではまさに普通人と言えそうです。

 

黒川博行という作家のもう一つの魅力は、綿密な取材をもとにして丁寧に書きこまれたその文章ゆえのリアリティでしょう。

加えて、綿密に組み立てられた物語が一段とその魅力を増しています。

更には、ヤクザものの物語としての魅力も兼ねそなえています。

特に本書『破門』においては、若頭の嶋田が掛け合いの前面に出る場面がありますが、腹芸で相手の幹部クラスと渡り合う場面は読み応えがあります。

ここらは、昔読んだ『人生劇場 残侠篇(上・下)』などのような作品とはまた異なる面白さがあります。

 

 

なお、『疫病神シリーズ』は、「BSスカパー!」で桑原を北村一輝、二宮を濱田岳が演じてテレビドラマ化されていて、本書『破門』が第六話から第八話の原作とされています。

また、本書『破門』を原作として『破門 ふたりのヤクビョーガミ』というタイトルで映画化もされています。

こちらは佐々木蔵之介と横山裕とが疫病神コンビを演じているそうです。

 

 

リアリティ豊かなこのシリーズは、エンターテインメントとして一級の面白さを持ったシリーズです。

ただ、さすがの桑原も騙され続ける本書は、意外な結末を迎えます。続編で早くその後の桑原の消息を知りたいところです。

螻蛄

建設コンサルタント・二宮の菩提寺で起きたトラブルに、ヤクザの桑原が喰いついた。鎌倉時代から続く伝統宗教の宝物「懐海聖人絵伝」。その絵柄を染め抜いたスカーフを作るために住職が振り出した約束手形を使い、ふたりは本山に返却されていない三巻一組の絵巻物を狙う。極道、美人画商、悪徳刑事が入り乱れ、渾沌とする争奪戦の行方は―。ミステリ史上最凶コンビ再び!直木賞受賞作『破門』へ続く、「疫病神」シリーズ!(「BOOK」データベースより)

 

ヤクザの桑原と建設コンサルタントの二宮とが活躍する「疫病神」シリーズの第四作目となる長編小説です。

 

就教寺住職の木場は、伝法宗本山から借りた宗派宝物の絵巻物『懐海聖人絵伝』三巻をもとにひと儲けを企むが果たせず、桑原の手元に二千万円の手形がまわって来た。

金になると目星をつけた桑原は、就教寺の檀家である二宮を引きいれてひと儲けを企むが、東京のヤクザも絡んでくる騒動になるのだった。

 

今回桑原が目をつけたのは、宗教界です。シリーズの他の作品も長めなのですが、本書も文庫本で746頁という長編です。しかし、その長さをほとんど感じさせないほどに引き込まれてしまいました。

 

これまでの作品と同様に、作品の根底には綿密な取材が為されています。だからこそ細かなところにも目が届いていて、舞台設定に破たんが無く、物語に奥行きが出てリアリティーが増すのでしょう。

本巻以前の作品の舞台背景を見てみると、一作目『疫病神』は産業廃棄物処理事業にまつわる利権、二作目『国境』では北朝鮮を舞台にした追跡劇、三作目『暗礁』は「宅配業者と警察の癒着に絡む裏金」です。そして本書の宗教界ということになるのです。

相変わらず、桑原と二宮とのやり取りはコミカルです。しかしながら、背景設定が丁寧に描写されているので、二人の掛け合いも生き生きとしながらも物語にきれいに溶け込んでいき、違和感を感じることもないのだと思われます。

 

今回は、二蝶会の若頭の嶋田という桑原の兄貴分に焦点が当たる場面があります。この嶋田の、敵対するヤクザとの駆け引きの場面が迫力満点です。

本書は極道の桑原を主人公の一人にしている点ではピカレスク小説の一面もあるのでしょうし、この桑原の魅力、迫力が本書シリーズが人気のある一因でもあるのでしょう。しかし、嶋田のような男がもう少し活躍する場面も読んでみたいと思いました。

東映映画で健さんや文太に、また尾崎士郎が描いた『人生劇場 残侠篇(上・下)』の飛車角に魅せられたように、「侠(おとこ)」の物語を見たい、読みたいとも思います。

 

 

なお、上記『螻蛄』の文庫本画像及び「Amazon」の書店リンク文字は「角川書店」にリンクしていますが、本書は「新潮社」からも文庫本が出ています。下の画像をクリックしてください。

 

国境

本書『国境』は、『疫病神シリーズ』の第二巻目の長編小説です。

第一巻での調子のよいコンビが今度はあの北朝鮮を舞台とし、エンターテイメント小説としての面白さはさらに拍車がかかっています。

 

直木賞受賞作『破門』をしのぐシリーズ最高傑作!
「疫病神コンビ」こと二宮と桑原は、詐欺師を追って北朝鮮に潜入する。だが彼の地は想像を絶する世界だった。新直木賞作家の代表作!
「疫病神」コンビこと、建設コンサルタントの二宮と二蝶会幹部の桑原は北朝鮮に飛んだ。二宮は重機の輸出で、桑原は組の若頭がカジノ建設の投資話でそれぞれ詐欺に遭い、企んだ男を追ってのことだった。平壌に降り立ったふたりだが、そこには想像以上に厳しい現実と監視が待っていた。シリーズ最高傑作の呼び声高い超大作!
衝撃だった。ここまで悲惨な状況だとは思ってもみなかった。それでもなお、この国は“地上の楽園”なのか。建設コンサルタント業の二宮と暴力団幹部・桑原の「疫病神コンビ」が、詐欺師を追って潜入した国・北朝鮮で目にしたものは、まるで想像を絶する世界だった―。読み出したら止まらないサスペンス超大作。「疫病神」シリーズ屈指の傑作。盟友の故・藤原伊織氏の解説を再録。( 上巻:「BOOK」データベースより)

二宮と桑原のふたりは、自分たちを嵌めた詐欺師を追って、中国との国境から再び北朝鮮に密入国を企てる。北朝鮮の凄まじい現実と極寒の中、詐欺師を追いこんだふたりだったが、脱出には更なる困難が待っていた―。「疫病神」コンビは、本当の黒幕にたどり着くことができるのか!?圧倒的スケールの傑作。( 下巻:「BOOK」データベースより)

 

建設コンサルタント業の二宮は自分が仕事の仲介をした相手が詐欺師に引っ掛かった。また暴力団幹部の桑原は自分の兄貴分が、詐欺師の口車に乗せられてしまう。

二人はそのしりぬぐいのために、詐欺師を追いかけて北朝鮮まで行くことになった。例のよって、このコンビが騒動を巻き起こすのだった。

 

本書『国境』ではその半分以上(?)が北朝鮮の国内が舞台になっています。

北朝鮮、もしくは北朝鮮を思わせる国の人物が主要人物になっている小説は読んだことがあるのですが、北朝鮮国内そのものが舞台になっている小説を他には知りません。

著者が実際に北朝鮮に行ったことがあるかは不明ですが、描写は実に克明です。

巻末をみると六十冊は軽く超えていると思われる資料が記載されています。もしかするとこの資料の読みこみだけで北朝鮮を描写されたのではないかとも思えます。

 

この北朝鮮を舞台に、金の亡者でもあるヤクザの桑原と二宮の二人が珍道中を繰り広げます。とは言っても、単なるコメディとは違い、シリアスでどこか侠気(おとこぎ)に満ちており、ストーリーに引き込まれてしまいます。

私達がその内実を殆ど知らない北朝鮮という国では、観光客には必ず案内員がつき、その指導に従わなければならないそうです。とはいえ物を言うのはやはり「金」であるらしく、北朝鮮の警察組織にあたる社会安全員さえも金で動きます。

ちなみに以前は社会安全部と呼ばれていた「社会安全員」は、2000年4月に人民保安省、2010年に人民保安部と改称され、国防委員会の直属機関となり、現在(2015年)に至っているそうです。

 

そのような、自由で平和な国日本の常識が通用する筈もない、少しの違反でも命取りになりかねない彼の国が舞台でありながら、桑原はあいも変わらずにマイペースであり、その桑原に振り回されているのがこれまた同様の二宮です。

著者である黒川博行氏の言葉によると、この『疫病神シリーズ』シリーズは大ヒット映画『悪名』(今東光原作、1961年)にヒントを得ているそうです。

勝新太郎と田宮二郎のヤクザと堅気のコンビが活躍するこの映画は、私が学生の頃にテレビで放映されているのを見た覚えがあります。いかにも勝新らしい痛快極まりない映画で、言われてみればこのコンビだと納得です。( zakzak : 参照 )

 

 

また、作者の黒川博行氏は「読みやすさ」を意識しているといわれます。

それは「キャラクター」のことであり、「あとは会話やアクションのテンポ」を重視していて、それは「ハリウッドのエンターテインメントが勉強になってい」るそうです。

まさに黒川氏が言われる通りの、読者にとってテンポ良く読めて物語世界に違和感なく入っていける物語が出来上がっているのです。

なお、上記『国境』の文庫本リンク画像は Amazon にリンクしていますが、本書は「講談社文庫」からも文庫本が出ています。下のリンク画像がそうです。

 

疫病神

本書『疫病神』は、『疫病神シリーズ』の第一弾の長編のピカレスク小説です。

じっくりと描きこまれた、コミカルで、それでいて読み応えのある実に面白い作品でした。第19回吉川英治文学新人賞と第117回直木賞夫々の候補作品になっています。

 

建設コンサルタント・二宮啓之の生業は、建設現場でのヤクザ絡みのトラブル処理。借金に苦しむ生活の中、産業廃棄物処理場をめぐる高額の依頼に飛びつくが、カネの匂いをかぎつけたヤクザの桑原保彦と共闘することに。建設会社、市議会議員、極道。巨額の利権に群がる悪党たちを相手に、ふたりは事件の真相に近づくが―。(「BOOK」データベースより)

 

本書『疫病神』で、建設コンサルタントの二宮啓之は、富南市(とうなんし)の天瀬(あませ)の廃棄物の最終処分場の作成計画にからみ、地元の水利組合の組合長の弱みを探る仕事を引き受ける。

しかし、処理場の開発には様々な思惑が絡み、巨額の金が動く。そこで、二宮が仕事を依頼している二蝶会の桑原という男が金の匂いを嗅ぎつけ乗り出して来るのだった。

 

産業廃棄物処理場の開発に、ゼネコンから暴力団までの様々な思惑が絡み、金の亡者たちの騙し合いが繰り広げられます。

その騙し合いに、金の匂いを嗅ぎつけた二蝶会の桑原が加わるのですから、間に立った二宮はたまりません。

桑原に振り回され、対立ヤクザに袋だたきにされ、果てには命の危険さえ降りかかってきます。

 

この桑原というキャラクタの行動原理は「金」です。一円にもならない仕事は見向きもしません。たとえそれが二宮の命がかかっている頼みごとであっても、自業自得や、と言いきってしまうだけです。

一方の二宮は博打で借金をこさえ、その返済に汲々としているどうしようもない男です。しかし、どこか根底で譲れない芯を持っており、途方も無い無茶をしでかしたりします。

本書『疫病神』での二宮と桑原の大阪弁での会話は漫才そのものです。それも息のあったベテラン漫才師のような掛け合いです。この軽妙な語りに乗せられて、ヤクザの絡みも暗いものにはなりません。

そうしたコンビですが、二宮が、対立するやくざに拉致され監禁されても、桑原は勝ち目が無いと見るや一目散に逃げ出してしまいます。

それでいて、どこかギリギリのところで繋がっているようで、最終的には単なる計算づくではない間柄というものが感じ取ることが出来ます。だからこそ、読んでいて心地よく、感情移入出来るのでしょう

 

本書『疫病神』は文庫本で五百頁を越える分量なのですが、リズムよく読み進めることが出来るのでその長さを感じません。また続編でこの二人の掛け合いを読みたいと思わせられる作品でした。