若さま同心徳川竜之助シリーズ

若さま同心徳川竜之助シリーズ(完結)

  1. 消えた十手
  2. 風鳴の剣
  3. 空飛ぶ岩
  1. 陽炎の刃
  2. 秘剣封印
  3. 飛燕十手
  1. 卑怯三刀流
  2. 幽霊剣士
  3. 弥勒の手
  1. 風神雷神
  2. 片手斬り
  3. 双竜伝説
  4. 最後の剣

新・若さま同心徳川竜之助シリーズ(2018年12月01日現在)

  1. 象印の夜
  2. 化物の村
  1. 薄毛の秋
  2. 南蛮の罠
  1. 薄闇の唄
  2. 乳児の星
  1. 大鯨の怪
  2. 幽霊の春

 

普通ではありえない徳川御三卿のひとつ田安徳川家の十一男坊が身分を隠して南町奉行所の同心見習いとして活躍する物語。

 

剣の達人ではあるが若様なので世間知らずであるために様々の失敗を繰り変えす。しかし、珍事件を解決することが重なり、その手の事件を回されるようになり・・・、という設定です。

いかにもこの作者らしく江戸市中で鹿が目撃されるなど事件は普通ではありません。そうした小さな事件を解決しつつより大きな悪を懲らしめるパターンではあります。

 しかし、この若様は剣はかなりつかえ、その剣の腕で謎の刺客をも倒していくのです。つまりは、活劇ヒーロー小説でもあり、十分に面白い小説で、お勧めです。

本シリーズは全十三巻で完結しています。ただ、一旦完結したはずのシリーズが再開しているのです。私は未読なのでどのような構成になっているのか、近く読もうと思っています。

大江戸定年組シリーズ

大江戸定年組シリーズ(2018年12月01日現在)

  1. 初秋の剣
  2. 菩薩の船
  3. 起死の矢
  4. 下郎の月
  1. 金狐の首
  2. 善鬼の面
  3. 神奥の山

 

主人公は同心上がり、旗本、商人の幼馴染の隠居三人組です。

 

この三人組が深川は大川近くに隠れ家を持ち、自分たちのこれからの人生を探求しようとします。そうした中、様々な頼まれごとを解決していくという設定です。

「耳袋秘帖」でもそうでしたが、この作者のせりふ回しには常に滑稽さがしのばせてあります。それが心地よく読み手の心をくすぐり、全体の印象をより穏やかなものにしているようです。

スーパーヒーローの剣の達人が活躍する活劇ものではありませんが、老境にさしかかった三人組が人情豊かに、滑稽味を加えながら事件を解決していく様は、小粋な物語と言えなくもなく、ゆっくりと物語を楽しみたい人には申し分のない一編だと思います。

耳袋秘帖シリーズ

主人公は南町奉行の根岸肥前守鎮衛という歴史上に実在した人物だそうで、知らなかったのだけれど、あの鬼平こと長谷川平蔵と同時代の人らしいです。

更に、「耳袋」も根岸肥前守が実際書いていた随筆のようなものが実在するらしく、本シリーズではその裏耳袋帖とも言うべき「耳袋秘帖」なるものを設定して、事件の狂言回しにしています。

この事件がまたしゃべる猫や古井戸の呪いなど怪異なものが絡む話で、その謎解きが各短編を組み立てつつ、巻毎の現実の人間の闇を暴いていく、という面白い構成をとっています。

単に怪異現象を全面的に押し出すのではなく、そのような話をきっかけとしながら現実の事件を解決していくその手法は、滑稽なせりふ回しとともに読み進んでしまいます。一読の価値ありです。

本シリーズは「殺人事件」(16巻)と「妖怪」シリーズ(6巻)との二系統があります。もともと大和書房から「だいわ文庫」として出版されていましたが、後に文藝春秋社から加筆新装丁されて再刊行されています。

出版状況については詳しくは文藝春秋社の耳袋秘帖シリーズ 紹介サイトをご覧ください。

桃のひこばえ 御薬園同心 水上草介

本書『桃のひこばえ 御薬園同心 水上草介』は、『柿のへた 御薬園同心 水上草介』の続編です。

小石川御薬園同心の水上草介とその周りの人たちが織りなす人間模様を、暖かな目線で描き出しています。

 

「水草さま」と呼ばれ、周囲から親しまれている小石川御薬園同心の水上草介。豊かな草花の知識を活かし、患者たちの心身の悩みを解決してきたが、とんでもなくのんびり屋。そんな草介が密かに想いを寄せてきた、御薬園を預かる芥川家のお転婆娘・千歳に縁談が持ち上がる。初めて自分の心に気付いた草介はある行動に出るが―。大人の男として草介が一歩成長をとげる優しく温かな連作時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

小石川御薬園での毎日を植物の世話に明け暮れる水上草介(みなかみそうすけ)のもとに、吉沢角蔵(よしざわかくぞう)という二十歳そこそこの見習い同心がやってきた。

角蔵は何事にも融通が聞かず気難しく、園丁達からは堅蔵(かたぞう)と呼ばれるほどの堅物なのだが、更には角蔵とは正反対の性格の妹美鈴まで現れ、二人して草介の日常に何かと問題を巻き起こすのだった。

一方、千歳との仲は相変わらずで、ただ、千歳の振る舞いが折に触れ草介の胸の奥に奇妙な痛みをもたらしていた。その千歳に縁談が持ち上がる。

 

本書『桃のひこばえ 御薬園同心 水上草介』は、『柿のへた 御薬園同心 水上草介』の続編です。

 

 

相変わらずに読後感が爽やかです。この作者の作品を何冊か読んでくると、作品を読んでいる時間がとても幸せに感じられるほどに、作者の視線の優しさが感じられます。作者の生きることに対する姿勢そのものがにじみ出ているのでしょう。

特に本シリーズは主人公草介とその上司の娘千歳との会話が、ほのぼのとしていながらもユーモアに満ちていて、作品全体のありようを決めています。

恋に不器用なお人好しとお転婆娘という、ある種定番の二人ではあるのですが、作者の筆の上手さはパターン化を越えたところで読ませてくれるようです。

また、本書で言えば吉沢角蔵というどこか石垣直角を彷彿とさせるキャラクターを登場させ、その妹の美鈴の存在と併せ、物語の幅が一段と広がっています。

ちなみに「石垣直角」とは、小山ゆうが描いた、天下の名門・萩明倫館の学生・石垣直角(いしがき ちょっかく)と、直角の家族・仲間が繰り広げる痛快時代劇コメディ漫画『おれは直角』の主人公です。。

 

 

植物を相手とする物語と言えば、朝井まかての『先生のお庭番』はシーボルトの屋敷の薬草園を管理する庭師の物語でした。こちらが日本賛歌であるならば、本書は人間賛歌と言えるでしょう。

ついでに言えば、前作の『柿のへた 御薬園同心 水上草介』でも書いたように、漫画の『家栽の人』という作品は本作に似ています。家庭裁判所の裁判官である主人公は植物が好きで、本書の草介同様に植物になぞらえて当事者を説諭したり、語ったりします。

 

 

本書のタイトルの「桃のひこばえ」とは「樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと」だそうです。「元の幹に対して、孫のような若芽」ということで呼ばれているらしく、漢字を当てると「孫生え」だそうです。

ことり屋おけい探鳥双紙

本書『ことり屋おけい探鳥双紙』は、飼鳥屋(かいどりや)「ことりや」の女主人おけいを主人公とする連作の中編小説集です。

「かごのとり」「まよいどり」「魂迎えの鳥」「闇夜の白烏」「椋鳥の親子」「五位の光」「うそぶき」という七編の短編からなる、江戸は日本橋小松町で、未だ帰らぬ夫を一人待つ女を描く人情物語だ。

 

亭主の羽吉(はねきち)が、夜になると胸元が青く光る鷺(さぎ)を探しに旅立ってから三年が経つ。

羽吉と同道した旗本お抱えの鳥刺しは一人で江戸に帰ってきていたが、羽吉とははぐれてしまい消息は判らないという。おけいは、羽吉のいない年月を「ことりや」を守ることに捧げているのだった。

 

どの物語も、おけいが一人寂しさに耐えながらも、店を訪れる客や定町周りの永瀬の持ち込む話に一生懸命に耳を傾けつつも、鳥にまつわる疑問を解いていきます。

そのことが事件の裏に隠された真実を暴きだし、そこにある人間模様が心に沁み入る物語として描き出されているのです。

例えば最初の「かごのとり」では、おけいは小鳥が好きでも無さそうな娘が次々と小鳥を買い求めていく理由(わけ)を知り、その娘に「もう小鳥はお売りできません」と告げます。

そして、その娘の行いに隠された真実と向き合わせ、かたくなな娘の心を開いて行くのですが、そこで展開される人間模様が読者の心を打つのです。

 

登場人物としては、あの『南総里見八犬伝』の作者である曲亭馬琴が、客として、また良き相談相手としておけいの後見人的立場で登場します。

次いで、北町奉行所の永瀬八重蔵という定町周りが物語の定番としており、この永瀬が持ち込む相談も、おけいが謎ときをしていくことになります。

 

若干、物語のきっかけとなる出会いなどに、強引さが気になるところもあります。しかし、この作者の話の進め方の上手さなのでしょうか、優しく語られる物語の先行きが気になり、きっかけの強引さも気にならなくなってしまいます。

本書『ことり屋おけい探鳥双紙』でもおけいにとっての一大事は巻き起こりますが、強烈な事件という事件は起きません。

その点では物足りなく感じる人がいるかも知れません。でも、人情ものの中でもより視点の優しいこの作家の物語は、一息つける時間でもあると思うのです。

宝の山 商い同心お調べ帖

江戸の町を繁栄させるのは物が動き、銭が動くことだ―いなりずしから贋金まで、物価にまつわる騒動の始末に奮闘する同心・澤本神人。家では亡くなった妹の娘・多代を男手ひとつで育ててきたが、そこに居酒屋の美人女将が現れて―物の値段に人情を吹き込む新機軸の時代ミステリー!(「BOOK」データベースより)

 

帯には「時代ミステリー」と銘打ってある短編の時代小説集です。

 

主人公の設定が少々変わっていて、江戸市中の物の値段や許しのない出版などを調べることを職務としている諸式調掛方同心ということになっています。

当初は定町周りの同心だったのですが、北町奉行鍋島直孝により、「顔が濃い」という理由で諸式調掛方へ配置替えとなったのです。この奉行は「一朝の夢」「夢の花、咲く」にも出てきた奉行です。

この主人公は名前を澤本神人(さわもとじんにん)と言い、まん丸顔で数字に明るい庄太という小物を引き連れて江戸の町を歩き回ります。諸式調掛としてあちこちに顔を出すうちに情報通となっていき、元は定町周りですので持ち込まれる謎を解いていくのです。

 

ただ、最初の「雪花菜(きらず)」という話では、あまり謎とはいえない謎で終わってしまい、物語としても面白いとはいえないものでした。

しかし、「犬走り」「宝の山」「鶴と亀」「富士見酒」「幾世餅」「煙に巻く」と話が進むにつれ、夫々の話が稲荷鮓屋、献上物や贈答品の余剰品を扱う献残屋、紙屑買い、獣肉を食べさせるももんじ屋と、江戸の種々の商売を織り込んで、江戸の町の豆知識にもなっていきます。

そして、人情話を絡めた物語となり、やはり朝顔同心の作者だと思える、人情ものとして仕上がっていました。

 

朝顔同心程の心地よい読後感とまではいきませんでしたが、軽く読める人情本といったところでしょうか。それでもシリーズ化される雰囲気もあり、それがまた楽しみな作品でもあります。

夢の花、咲く

朝顔栽培が生きがいの気弱な同心・中根興三郎は、植木職人が殺された事件の探索を手伝うことになった。その直後、大地震が発生し江戸の町は大きな被害を受け、さらに付け火と思われる火事もつづいた。無関係に見えるいくつかの事件の真相を、興三郎は暴くことができるのか。松本清張賞受賞作の姉妹編(「BOOK」データベースより)

 

朝顔栽培を生きがいとする北町奉行所同心を主人公とした『一朝の夢』の姉妹編です。

 

ある植木職人が殺された。朝顔同心こと中根興三郎は知り合いの植木職人である留次郎やその隣人の吉蔵に尋ねるがなかなかその身元が分からない。

一方、この事件を調べる定町廻り同心の岡崎六郎太は吉蔵の娘お京と結婚することになっていたが、その吉蔵に疑いがかかってしまう。ところが、その探索の途中で安政の大地震が起き、江戸の町は壊滅してしまうのだった。

 

本作品は、上記の『一朝の夢』の数年前の物語です。『一朝の夢』は幕末の大事件を背景にした物語でしたが、本作は安政の大地震が背景になっています。

一般に「安政大地震」といえば、1855年に発生した「安政江戸地震」を意味するようです。しかし、幕末の動乱期でもある安政年間には、他にも「安政東海地震」や「安政南海地震」、「飛越地震」、「安政八戸沖地震」ほかの地震も頻発し、これらを含めて「安政の大地震」と総称されることもあるそうです。(ウィキペディア参照)

この「安政江戸地震」での死者は一万人にもなるといわれています。この時期には多数の瓦版や鯰絵が出されたらしく、そこらは梶よう子の『ヨイ豊』にも書かれています。

 

 

当たり前ですが、中根興三郎は変わらずに朝顔に夢中です。興三郎の朝顔の師匠の留次郎やその隣人吉蔵、その娘お京、お京の許嫁の定町廻り同心岡崎六郎太等々が事件に、そして悪徳商人に振り回されます。この悪徳商人が少々典型的すぎて若干興をそぐところはありましたが、興三郎の人の良さや朝顔や周りの人への愛情により物語は先行きの幸福をにじませつつ進みます。

前作の『一朝の夢』と同じく、本書でも興三郎は「変化朝顔」に夢中です。そこでも書いたように、「変化朝顔」は朝顔の変種のことであり、作り出された新種の朝顔によっては単なる趣味をも越えて、金銭の絡むこともあったようです。

また、「変化朝顔」がテーマになった小説として、中二階女形を主人公にした人情小説、田牧大和の『花合せ 濱次お役者双六』があり、時代小説ではありませんが東野圭吾の『夢幻花』もあります。

 

 

やはり、心地良い時間を過ごすことのできる一冊だと思います。

一朝の夢

北町奉行所同心の中根興三郎は、朝顔栽培を唯一の生きがいとしている。世の中は井伊大老と水戸徳川家の確執や、尊王攘夷の機運が高まり不穏だが、無縁だ。だが江戸朝顔界の重鎮、鍋島直孝を通じ宗観と呼ばれる壮年の武家と知り合ったことから、興三郎は思いも寄らぬ形で政情に係わっていく。松本清張賞受賞(「BOOK」データベースより)

 

朝顔栽培を生きがいとする北町奉行所同心を主人公とした連作の人情小説集です。

 

幕末の江戸、元北町奉行鍋島直孝の屋敷前で絶命していた武家の死体が消えた。一方、町人や商人が四人続けて辻斬りの犠牲になるという事件が起きる。

しかし、両組御姓名掛りという奉行所員の名簿作成役に過ぎない中根興三郎は、相変わらず唯一の趣味である朝顔の栽培に夢中になっているのだった。

ところが、元北町奉行鍋島直孝が江戸朝顔界の重鎮であるところから、宗観と呼ばれる武家と知り合うことになる。そうして武家の死体の消失事件や辻斬り事件とも関わり、更には時代の波にも無関係ではいられなくなるのだった。

 

本作を評して「町方や市井の物語の向こうに常に歴史が透けて見える、そんな作風」だと、大矢博子氏が書いておられます。

評論家という方もまた文章のプロだとは常々思わされるのですが、言い得て妙だと思いました。読者が知っている歴史的事実の隙間を「ドラマティックに埋めていく」のが歴史小説ですが、本作品は「年表の隙間を埋めるのではなく、年表に半透明の幕を張り、その手前でドラマを展開する」というのです。

本書では、歴史的人物だけを取り上げて物語の中に放り込み、幕末の歴史的な出来事は間接的に読者の前に示されるにすぎません。歴史的な事実は背景に過ぎず、ドラマはその前で展開されます。

人が良いばかりで、朝顔に関してだけは人一倍の知識を有するオタクである中根興三郎だからこそ、歴史的事件には関わらず、その人物に朝顔を通じて交流するだけという展開が可能なのでしょう。

「どんなに美しく咲いても花は一日で萎れてしまう」朝顔は「一朝の夢」であり、だからこそ愛おしいと言う中根興三郎に、宗観が贈った「一期一会」という言葉、茶席に臨むとき「再び返らぬ生涯の一時とする。」というその言葉が心に残ります。

 

本書の主人公の中根興三郎が夢中になっている趣味の「朝顔」とは、朝顔の変種を生み出し生まれた新種の朝顔のあり様を競う「変化朝顔」のことです。

時代的には本書より前の話ですが、本書の続編として出された『夢の花、咲く』も勿論変化朝顔が取り上げられています。

 

 

また、田牧 大和の『花合せ 濱次お役者双六』は、中二階女形を主人公にした変化朝顔をめぐる人情小説ですし、時代小説ではありませんが東野圭吾の『夢幻花』もやはり変化朝顔が主要テーマになった推理小説です。

 

 

派手さは無いけど、読んでいてゆっくりとした時間が流れる、そうした心地よい時間を持てる一冊です。第15回松本清張賞受賞作品です。

柿のへた 御薬園同心 水上草介

水上草介は、薬草栽培や生薬の精製に携わる小石川御薬園同心。人並み外れた草花の知識を持つものの、のんびり屋の性格と、吹けば飛ぶような外見からか、御薬園の者たちには「水草さま」と呼ばれ親しまれている。御薬園を預かる芥川家のお転婆娘・千歳にたじたじとなりながらも、草介は、人々や植物をめぐる揉め事を穏やかに収めていく。若者の成長をみずみずしく描く、全9編の連作時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

小石川御薬園同心という珍しい役人を主人公とした連作の人情小説集です。

 

主人公水上草介は江戸は小石川の御薬園の同心です。御薬園の名前は聞いたことがあったのですが、その来歴は知らず、ましてや「同心」といえば警察職務と思っていた私には驚きの設定でした。

小石川の御薬園とは現在の「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」のことです。「江戸で暮らす人々の薬になる植物を育てる目的」で造られたもので、当初は別の場所にあったものが1684年(貞享元年)に現在の場所に移されたのでそうです。そこでの管理者である役人としての同心が本書の主人公です。(ウィキペディアによる)

本書を評して「時代小説にも草食系男子」と評した人がいました。言い得て妙だと思います。確かに本書の主人公は侍ではあっても剣の腕前はからっきしです。代わりに草木の知識は相当なもので、その知識で周りで巻き起こる様々な出来事に対処していくのです。

 

侍が主人公の、これまで読んできた時代小説とは趣が異なり、派手な展開はありません。ただ、水上草介の草木に対する愛情が細やかに語られます。

ただ、その代わりと言っていいのか、水上草介の上司の娘で、剣の腕も立つお転婆娘千歳が登場します。この二人の掛け合いが好ましく、二人の行く末もこの先の楽しみの一つでしょう。

植物は人間の力でどうなるものでもない。しかし、手をかければそれなりに育つ。「植物を愛し、尊敬している草介を通して、めまぐるしい現代で忘れられている生き方を伝えられたらうれしい。」とは著者梶よう子の言葉だと書評にありました。

 

植物をモチーフにした作品といえば、梶村啓二の『野いばら』という作品があります。植物が主題ではないのですが、幕末の英国軍人の眼で見た日本を、詩的な文章で描写してある恋愛小説と言ってもいいかもしれません。少々趣は違いますが、良質な感動を覚えた作品でした。

 

 

他に、シーボルトの屋敷の薬草園を管理する庭師の物語である朝井まかての『先生のお庭番』という作品もあります。

 

 

何よりも本作品を読んで一番に思い出した作品と言えば、漫画『家栽の人』という作品です。主人公は家庭裁判所の裁判官で、いつも植物を愛でています。そして出版社からのコメントにあるように「植物を愛するように人を育てる異色の家庭裁判所判事」として、杓子定規な法律の適用だけではない判断を下すのです。これも良い作品でした。

 

 

『御薬園同心 水上草介』シリーズは、読後感がとても心地いい小説です。ずっと続編が出るのを待っていたのですがやっとでました。『桃のひこばえ 御薬園同心 水上草介』という作品です。こちらも待ったかいがある作品でした。

極北ラプソディ [映画版 DVD]

瑛太、加藤あい、山口祐一郎らの共演で贈る医療ドラマ。北海道にある破綻寸前の病院で、医療の原点を目指し奮闘する青年医師・今中。彼が成長していく姿を、地元女性との愛の行方を織り交ぜながら描いていく。メイキング映像を収録。解説書を封入。(「キネマ旬報社」データベースより)

DVD2枚組で、2013年3月にNHK総合にて放送されたものです。