出世花

出世花』とは

 

本書『出世花』は2008年6月に祥伝社文庫から刊行され、2011年5月にハルキ文庫から328頁で出版された、短編時代小説集です。

本書が高田郁の小説家デビュー作というのですから驚きです。とても新人とは思えない筆の運びで、しっとりとした物語は私の好みの作風でした。

 

出世花』の簡単なあらすじ

 

不義密通の大罪を犯し、男と出奔した妻を討つため、矢萩源九郎は幼いお艶を連れて旅に出た。六年後、飢え凌ぎに毒草を食べてしまい、江戸近郊の下落合の青泉寺で行き倒れたふたり。源次郎は落命するも、一命をとりとめたお艶は、青泉寺の住職から「縁」という名をもらい、新たな人生を歩むことに―――。青泉寺は死者の弔いを専門にする「墓寺」であった。直擊に死者を弔う人びとの姿に心打たれたお縁は、自らも湯灌場を手伝うようになる。悲境な運命を背負いながらも、真っすぐに自らの道を進む「縁」の成長を描いた、著者渾身のデビュー作、新版にて刊行!!(Amazon「内容紹介」より)

 

出世花』の感想

 

本書『出世花』は作者高田郁の小説家としてのデビュー作です。

妻敵討ちを願う父と共に各地を放浪した末に、二人は毒草を食べて行き倒れてしまいます。

青泉寺の僧侶の手で看病を受けるも艶だけが生き延び、新たに縁という名を貰った艶は、湯灌の手伝いをするのでした。

 

主人公の仕事が現代で言う「おくりびと」という設定がまず驚きました。

「湯灌場」を持つというお寺で育てられた主人公は、死者を風呂に入れ、死に化粧まで施す「湯灌」という作業を通じて他者とかかわり、成長していきます。

設定が設定なので「死」から正面と向き合うのですが、決して暗くも、重くもなく、他の作品とそれほど異ならない筆致で物語は進みます。

デビュー作ということですが、とても新人とは思えませんでした。

銀二貫

大坂天満の寒天問屋の主・和助は、仇討ちで父を亡くした鶴之輔を銀二貫で救う。大火で焼失した天満宮再建のための大金だった。引きとられ松吉と改めた少年は、商人の厳しい躾と生活に耐えていく。料理人嘉平と愛娘真帆ら情深い人々に支えられ、松吉は新たな寒天作りを志すが、またもや大火が町を襲い、真帆は顔半面に火傷を負い姿を消す…。(「BOOK」データベースより)

みをつくし料理帖シリーズ」と同じく食べ物を主題にした物語ですが、こちらは珍しく大坂(当時は’大阪’ではない)を舞台にし、料理人ではなく、寒天問屋の小僧が主人公です。

でも、他の作品と同様に主人公のひたむきさ、それを見守る周りの人たちの温かさが心地よく感じられます。

みをつくし料理帖シリーズ

『みをつくし料理帖シリーズ』は、「天満一兆庵」の江戸での再興を願い料理の道を進む娘を描く長編の人情時代小説です。

大坂で焼失した「天満一兆庵」ですが、江戸で蕎麦屋「つる家」の主人・種市の力を借りて働く澪の姿は心を打ちます。

 

みをつくし料理帖シリーズ(完結)

  1. 八朔の雪
  2. 花散らしの雨
  3. 想い雲
  4. 今朝の春
  1. 小夜しぐれ
  2. 心星ひとつ
  3. 夏天の虹
  4. 残月
  1. 美雪晴れ
  2. 天の梯 完結編

みをつくし料理帖シリーズ 特別巻(完結)

  1. 花だより

 

巻ごとに紡ぎ出される主人公澪の料理に対する思い、そして、その澪の思いに応えようとする主人公を取り巻く人々の心は、作者の文章の優しさにもマッチしてさわやかな読後感をもたらしてくれました。

主人公を襲う様々な試練に対し、ただひたすら一生懸命に料理を作り、皆に喜んでもらおうとする澪の生き方は、読者に小さな感動をもたらしてくれると思います。

この作者の「雑感」にも書いたように、優しいその文章は若干物足りなさを感じるかもしれませんが、決して時間の無駄と感じることはないでしょう。

 

本シリーズは岡田理知の画で、全三巻として漫画化もされています。

また、主人公澪を黒木華が演じてNHKの「土曜時代ドラマ」枠で全八回としてテレビドラマ化され、またスペシャル版も放映されています。

さらにはテレビ朝日でも北川景子主演でドラマ化されていますが、こちらはDVD化されていないようです。

そして、松本穂香が主演で角川春樹自身が監督となり映画化され、2020年10月に公開されています。




残念なことに、本『みをつくし料理帖シリーズ』は2014年8月09日発売の「天の梯」をもって完結しました。

高田 郁

高田郁』のプロフィール

 

小説家。兵庫県出身。1993年、漫画原作者・川富士立夏としてデビュー。08年、小説家デビュー。『あきない世傳 金と銀』シリーズ、『みをつくし料理帖』シリーズ、『銀二貫』などを手掛ける。引用元:ORICON NEWS

 

高田郁』について

 

「久しぶりに良質の人情物に出会った。宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話シリーズ』を読んだときのような気がする。」と、『みをつくし料理帖シリーズ』の第一作『八朔の雪』を読んだ当時のメモに書いていました。

 

 

高田郁の作品は宇江佐真理作品に比べ更に印象が優しい気がします。

これは読みやすいということでもあるのでしょうが、逆に短所なのかもしれません。読後感が宇江佐真理作品に比べて若干軽い気がするのです。

これは主人公が料理人である娘だから、ということではなく、作者の個性の差なのでしょうか、それとも筆力の差なのでしょうか。

 

作品は市井に生きる人々の生活を描く山本一力の書くそれにも似ています。

しかし、山本一力の文章は力強くきちんと構築されているのに対し、高田郁の文章はどちらかというと宇江佐真理の文体に近く、人を見つめる目が優しいと感じられます。

このことは現代小説についても同様で、やはり、作者の視点はかわりません。

 

あたたかな人情話を好む人には特にお勧めの作家ではないでしょうか。この人の作品は、今のところはずれはありません。

陽炎時雨 幻の剣 – 死神の影

団子屋の看板娘・おひのがかどわかされた。夫である桶屋の波津彦とともに姿を消してから十日。七緒は二人の探索を引き受ける。一方、北町奉行所同心・和倉信兵衛は、両目がくり抜かれた死体と対峙していた。かつての繁盛が嘘のように閑古鳥の鳴く団子屋。おひのの明るい呼び声は戻ってくるのか。文庫書き下ろし。シリーズ第二弾!(「BOOK」データベースより)

 

陽炎時雨 幻の剣シリーズの第二巻です。

 

主人公秋重七緒は、団子屋の「常葉屋」が、以前よりも活気が無くお客も減って、団子自体の味も落ちているように感じられた。店の者に聞くと、おひのという娘と夫の波津彦とが行方不明になっているという。

そこで七緒は行方不明の娘夫婦の探索を請け負うのだった。

 

本シリーズの第一作目の『歯のない男』では、その謎や筋立てに不自然さがあり、続刊では変わっていると期待していたのですが、残念ながら今ひとつでした。

例えば秋重七緒の探索の端緒が、その店の雰囲気が変わっていたことだけというのは少々安易に感じます。見知らぬ夫婦の探索のきっかけとしては単純過ぎるでしょう。

せっかく新しいシリーズとしてそれなりのキャラクターを設定してあるのに、ストーリーをもう少し練り上げてくれればと思わずに入れないのです。

この点は、この作家の『若殿八方破れシリーズ』と同様に、細かな設定は無視して単純に話を楽しむべき作品なのかもしれません。

 

 

それにしても、本シリーズは捕物帳的な物語であり、謎解きが主軸になっている物語ですから、やはり状況設定はもう少し緻密に練って欲しいと思うのです。

鈴木英治という作家の描きだす物語の面白さはまだまだこんなものではないと思うのですが、残念です。

ただ、本書が刊行されたのが2014年の4月ですから、もう4年以上も続編が書かれていません。それだけ人気を得ることがでいなかったということなのでしょう。

陽炎時雨 幻の剣 – 歯のない男

剣術道場の一人娘・七緒は、嫁入り前のお年頃。耄碌のはじまった祖父の秋重治左衛門のもと、師範代として稽古をつける日々。町のやくざ者を懲らしめる、剣の腕と好奇心の持ち主でもある。ある日、道場の門前に男が行き倒れていた。ただの空腹だったというその男は、七緒や門人たちの前で、からくり人形を操り出すのだが…。

新しく始まった陽炎時雨 幻の剣シリーズの第一巻です。

 

登場人物は秋重治左衛門とその孫娘の七緒、北町奉行所同心の和倉信兵衛その手下の善造、加えてやくざまがいの岡っ引きの達吉達、とまあありそうな面子が並んでいます。

秋重治左衛門は剣術道場の師範であり、七緒は師範代という腕前です。

七緒には兄蔵之進がいたのですが、惨殺されており、和倉信兵衛はその探索をも行っています。兄は何故殺されたのか、がシリーズを貫く謎になるのでしょう。

 

和倉信兵衛は、全ての歯を抜かれた死体を検分していた。続けてまた全ての歯を抜かれた人殺しが起こり和倉信兵衛は更なる探索を続ける。

一方、七緒の道場の前で生き倒れていた男を介抱した七緒はその男の身元を探ることになる。

 

本書も鈴木英治作品らしく、読み易く、キャラも立って面白そうです。

しかし、本書の謎は頂けません。かなり無理があり、とても話について行けませんでした。

また結末も安易としか思えず、この作家らしくない纏め方という印象しかありませんでした。

でも、鈴木英治という作家が書いているのですから、次の巻からはまた面白い物語が展開することを期待します。

陽炎時雨 幻の剣シリーズ

陽炎時雨 幻の剣シリーズ(2018年10月15日現在)

  1. 歯のない男
  2. 死神の影

新シリーズは良いのだけれど、どうも内容が今一つのような感じです。

まだ二冊しか出ていないのではっきりしたことは言えませんが、すこし前の鈴木英治氏の作風はどこかに行っちゃったのでしょうか。

でも、『大江戸やっちゃ場伝シリーズ 』などはまだ十分に面白そうだし、『口入屋用心棒シリーズ 』シリーズも従来の面白さをそれなりに持っているので、全部が私の好みから外れて行っているわけでもなさそうです。

このシリーズはもう四年以上も続編が書かれてはいません。評判が良ければ続編が書かれるでしょうから、やはりそうでもなかったのでしょう。

そう言えば、『大江戸やっちゃ場伝シリーズ 』も六年以上書かれていませんので、同様にもう続編は出ないのかもしれません。

徒目付 久岡勘兵衛シリーズ

徒目付 久岡勘兵衛シリーズ(完結)

  1. 闇の剣
  2. 魔性の剣
  3. 怨鬼の剣
  4. 怨鬼の剣
  5. 稲妻の剣
  1. 凶眼
  2. 定廻り殺し
  3. 錯乱
  4. 遺痕
  5. 天狗面
  1. 相打ち
  2. 女剣士
  3. からくり五千両
  4. 罪人の刃
  5. 徒目付失踪

「面白い小説」の条件のひとつに主人公のキャラクター造形があると書いたことがありますが、この徒目付久岡勘兵衛シリーズ人はそのことが特に当てはまります。

主人公はでかい頭の持ち主で、そのことを皆にからかわれますが自覚もしているようです。

また、勿論剣の達人です。更に、与力や同心といったよく聞く役職ではなく、徒目付( 江戸幕府の場合は交代で江戸城内の宿直を行った他、大名の江戸城登城の際の監察、幕府役人や江戸市中における内偵などの隠密活動にも従事した。 : ウィキペディア 参照)という職にあるのも珍しい設定です。

 

勘兵衛が、よくありがちなスーパーマンというだけではなく人間までよく描かれていて面白いと、読んだ当時のメモに書いてありました。

 

鈴木英治の小説らしく登場人物の掛け合いがおかしく、シリーズの途中まではテンポ良く話が進み、それなりに面白く読んでいました。

ただ、物語自体の展開に新鮮味もなくなり、中だるみを感じていたら、最終話も決して出来が良いとはいえないままに終わってしまったのは残念でした。