明日の記憶 [DVD]

『トリック 劇場版』の堤幸彦監督が、山本周五郎賞を受賞した荻原浩の同名小説を渡辺謙、樋口可南子共演で映画化したドラマ。若年性アルツハイマー病に突如襲われた50歳の働き盛りのサラリーマンと、そんな夫を懸命に支えようとする妻との絆を綴る。(「キネマ旬報社」データベースより)

 

知人から借りたDVDで観たのですが、若年性アルツハイマーという重い話なので見ていて辛いものがありました。渡辺健が原作に惚れこんで自ら原作者に映画化のお願いをしたという話です。映画自体は監督が堤幸彦ということもあり、感動的なものではありました。

普通のサラリーマンが普通の生活の中で次第に物忘れがひどくなっていき、ついには愛する妻でさえも認識できなくなる。その忘れ去られていく妻を樋口可南子が好演しています。

レビューを見ると概して好意的なようです。しかし、良い映画かもしれませんが、現実逃避と言われるかもしれませんが、やはりあえてつらい現実を見つめる気持ちにはなれず、個人的にはエンタメものの方がいいですね。

四度目の氷河期

本書『四度目の氷河期』は、南山ワタル少年の四歳から十八歳までの成長の記録ですが、その実際はワタル少年の青春を描いた長編の青春小説です。

普通とは少々異なった環境にいる少年の日常を日常として描いた上質な青春小説であるとともに、家族愛を描いた物語です。

 

小学五年生の夏休みは、秘密の夏だった。あの日、ぼくは母さんの書斎で(彼女は遺伝子研究者だ)、「死んだ」父親に関する重大なデータを発見した。彼は身長173cm、推定体重65kg、脳容量は約1400cc。そして何より、約1万年前の第四氷河期の過酷な時代を生き抜いていた―じゃあ、なぜぼくが今生きているのかって?これは、その謎が解けるまでの、17年と11ヶ月の、ぼくの物語だ。(「BOOK」データベースより)

 

とある博物館の部外者は立ち入り禁止の部屋の中、一万年前の人間のミイラの前にいる主人公の一言から本書の幕が開き、そこから場面は回想に入ります。そこで主人公が発したせりふは「父さん」という言葉でした。

主人公の名前は南山ワタル。母子家庭で母親は父親のことを何も教えてくれません。だけどワタルは本当の父親を知っていました。ワタルの父親はクロマニヨン人だったのです。

ひとことで言うと本書『四度目の氷河期』はワタルの青春期です。正確には四歳から十八歳までの成長の記録です。読み始めてしばらくはスティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミ-』を思い出していました。

 

 

あとがきを書いている北上次郎氏によると、荻原浩という作家はかならず「ひねり」をきかせる作家だそうです。本書で言えばクロマニヨン人であり、やり投げなのだとか。

確かに、父親がクロマニヨン人だという設定(?)は本書を個性的なものにしています。

母子家庭で育っている少年の、一人遊びの中での少女との出会い、周りから無視される小学生時代、性への目覚めがあり、中学校に上がってからやり投げと出会い、そして旅立ち。

それが、父親がクロマニヨン人というキーワードで、各場面でのワタルの行動の意味がその様相を異にします。

少年時代の自分の家の裏山を駆け巡ることは父親であるクロマニヨン人の行動を追体験しているのであり、後のやり投げへと結びついて行く石器で作った槍はマンモスを殺すための道具です。

ワタルは周りから排斥されてはいるものの、クロマニヨン人にとって野山を駆け巡る行為は生きる行為そのものであり、一人遊びはかえって都合のいいものでした。

 

ワタルの成長記録であり、一人の少年の青春期でもあるこの本『四度目の氷河期』は、繰り返しますが、クロマニヨン人というキーワードによって全編が彩られていて、このキーワードによって本書が青春小説として独特の色合いを帯びていると言えると思います。

思春期の少年の性に対する畏怖などの細かな心理描写も含め、母親への思いなどのワタルの心の記録は、普通とは少々異なった環境にいる少年の日常を日常として描いた上質な青春小説であるとともに、家族愛を描いた物語とも言えるのではないでしょうか。

続けて他の本も読んでみたい作家さんの一人です。

オイアウエ漂流記

本書『オイアウエ漂流記』は、南の島に漂流した十人の姿をユーモラスに描く長編のサバイバル小説です。

読み始めはこの作家ははずれかと思いつつ読み進めていたのですが、しかし、物語がサバイバル生活に入った頃から俄然面白くなってきました。

南太平洋の上空で小型旅客機が遭難、流されたのは…無人島!?生存者は出張中のサラリーマンと取引先の御曹司、成田離婚直前の新婚夫婦、ボケかけたお祖父ちゃんと孫の少年、そして身元不明な外国人。てんでバラバラな10人に共通しているのはただひとつ、「生きたい」という気持ちだけ。絶対絶命の中にこそ湧き上がる、人間のガッツとユーモアが漲った、サバイバル小説の大傑作。(「BOOK」データベースより)

 

テレビで放映された『愛しの座敷わらし』の原作者が荻原浩だと知り、図書館で荻原浩という名前を見つけるとすぐにに借りました。それが本書『オイアウエ漂流記』でした。

 

 

本書『オイアウエ漂流記』は、書いてあることは、漂流記とは言っても子供の頃読んだジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』とは違い、南の小島で生き抜いて行く漂流者たちの日常が描かれているにすぎません。

海賊も、悪漢も現れません。ひたすらその一日を生きるのです。

 

 

その一日を生きるための、水を確保するその方法、火のおこし方、トイレの確保等々、サバイバル生活に必要な知識がこれでもかと詰め込まれています。

基本的なサバイバルの知識はかつて南の島で戦争をした経験を持つじいちゃんを配し、まずは生きていく上での基本は確保したうえで、「生きる」ということに特化して人間関係を絡めたドラマ作りが為されています。

つまり、遭難者同士の実社会での力関係が遭難後でも微妙な関係性を保ちつつ生きていたり、恋人や夫婦(になろうとする者)の関係性の変化など、その姿がユーモラスに描かれているのです。

 

そうした様々の要素の上に成り立っているのこ作品は、やはり面白いです。

いわゆる冒険小説や推理小説のような刺激的な展開はありません。しかし、それでもなおユーモアを抱えながらの意外な物語の展開は読者を引きつけて離しません。

 

ちなみに、「オイアウエ」は喜怒哀楽全般を表すトンガ語であり、感嘆詞として使われるそうです。

荻原 浩

1956(昭和31)年、埼玉県生れ。成城大学経済学部卒。広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターに。1997(平成9)年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞を、2014年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞受賞を、2016年『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞。著作に『ハードボイルド・エッグ』『神様からひと言』『僕たちの戦争』『さよならバースディ』『あの日にドライブ』『押入れのちよ』『四度目の氷河期』『愛しの座敷わらし』『ちょいな人々』『オイアウエ漂流記』『砂の王国』『月の上の観覧車』『誰にも書ける一冊の本』『幸せになる百通りの方法』『家族写真』『冷蔵庫を抱きしめて』『金魚姫』『ギブ・ミー・ア・チャンス』など多数。( 荻原浩 | 著者プロフィール | 新潮社 : 参照 )

 

2004年に発表された『明日の記憶』が第2回本屋大賞の第2位となっています。

更にこの『明日の記憶』という作品はあの渡辺謙の手で映画化されています。

私は荻原浩という作家の存在は全く知らずに、渡辺謙初主演の映画映画ということでこの映画を見たのですが、テーマがテーマだけに、渡辺謙の演技や映画の出来よりも、その若年性のアルツハイマーという病気の存在に衝撃を受けていました。

他に『愛しの座敷わらし』が水谷豊の主演で映画化されています。

 

 

その後、何かの折にネットで「ユーモア小説」を検索すると必ずと言っていいほどに荻原浩という名前が出て来ます。

その際に上記二本の映画の原作者が荻原浩という作家だと知り、荻原浩という名前が頭の隅に残るようになりました。

 

なお、2016年7月に『海の見える理髪店』で第155回直木三十五賞を受賞されています。

 

博士の愛した数式 [DVD]

寺尾聰の博士と深津絵里の家政婦と、そしてルートとの心の交流が上手く表現されている映画ではなかったでしょうか。

たった、80分しか無い記憶の中で、毎日新しい出会いとして生きていくことの苦しさは、通常の生活を送る私達には分からないけれど、寺尾聰の演じる博士は、その点の苦悩をどのように解決し、演じたのか、そちらに興味がありました。

博士の愛した数式

本書『博士の愛した数式』は、文庫版で291頁の第1回本屋大賞を受賞した長編小説です。

80分しか記憶が持たない数学者と家政婦とその家政婦の息子が織りなす物語で、さわやかな感動をもたらしてくれる作品です。

 

博士の愛した数式』の簡単なあらすじ

 

「ぼくの記憶は80分しかもたない」博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた―記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。(「BOOK」データベースより)

 

博士の愛した数式』の感想

 

本書『博士の愛した数式』は、とにかく描かれている数学者の数字に対する愛着がすごく、その愛着を表現するのに数字に関する様々なエピソードが記されています。

そのエピソード、豆知識もまた面白く、惹き込まれてしまいます。

一例を挙げると、博士は80分しか記憶が持たないがために、家政婦の息子が学校から帰ってくると数学者にとっては毎回初対面で、毎回同じ質問、会話がなされることになるのです。

このように短期間しか記憶が持たないために種々の不都合、不便さが付きまとうなか、三人は心を通わせていきます。

 

本書『博士の愛した数式』は、色々なことを考えさせてくれる一冊でした。

他の作品も読んでみたいと思わせられる作家さんです。

小川 洋子

小川洋子』のプロフィール

 

1962(昭和37)年、岡山県生れ。早稲田大学第一文学部卒。1988年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。1991(平成3)年「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞。2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞を受賞。『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、2013年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『薬指の標本』『琥珀のまたたき」など多数の小説、エッセイがある。フランスなど海外での評価も高い。引用元:小川洋子 | 著者プロフィール | 新潮社

 

小川洋子』について

 

小川洋子という作家の作品は、第1回本屋大賞、読売文学賞を受賞した作品ということで読んでみた『博士の愛した数式』の一冊しか読んでいません。

 

本屋大賞受賞作品は、まず外れはないですね。

ということで、この作家について語るほどの知識も感想もまだないのです。ただ、調べてみると芥川賞、泉鏡花文学賞、谷崎潤一郎賞等々いろんな賞を受賞されている方でした。

受賞数が多いからこの作家の作品はお勧めだというのではありません。一冊しか読んでないこの本が心温まる良い作品であるからお勧めしたいのです。

安生 正

1958年生まれ。京都大学大学院工学研究科卒業。

2013年、『生存者ゼロ』で作家デビュー。同作で第11回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。

2014年11月の現在で出版されている2冊は共に自衛官が主人公として活躍しています。作者の経歴は詳しくは判ってはいないのですが、なんらかの自衛隊関連の職務に就いていたのではないかとも思う程に自衛隊関連の描写がリアルです。しかし、単に「建設会社勤務」との記述だけがあるので、資料により書かれたのでしょう。作家であれば当然なのかもしれませんが、『生存者ゼロ』での細菌などの生物学、『ゼロの迎撃』での国内防衛システム、自衛隊関連法規等の描写など、その調査は詳細で良く調べられていると感じました。

2014年11月の時点でまだ二冊しか出されていないので、これからが楽しみな作家さんです。

ゼロの迎撃

本書『ゼロの迎撃』は、近時の日本における憲法9条の解釈改憲や集団的自衛権の問題等の政治状況を見るとまさにタイムリーな長編のサスペンス小説です。

前作がパニックミステリーであるならば、本作はミリタリーサスペンスと言えるでしょう。自衛隊の現下の状況を踏まえ、法律論までかなり踏み込んで書かれていて、読み応えのある本でした。

 

活発化した梅雨前線の影響で大雨が続く東京を、謎のテロ組織が襲った。自衛隊統合情報部所属の情報官・真下は、テロ組織を率いる人物の居場所を突き止めるべく奔走する。敵の目的もわからず明確な他国の侵略とも断定できない状態では、自衛隊の治安出動はできない。政府が大混乱に陥る中で首相がついに決断を下す―。敵が狙う東京都市機能の弱点とは!?日本を守るための死闘が始まった。(「BOOK」データベースより)

 

本書『ゼロの迎撃』で描かれている市街地でのテロ行為に対しての防御は、個人の財物に多大の損害を与える恐れがあるために単純には防御のための攻撃が出来ない、などの笑い話のネタになりそうな話が現実に起きうる事態として描写されています。

どこまでが現実の法解釈として妥当性を持つのか、私にはわかりませんが、かなりリアリティのある話です。

 

ある日突然東京の街の真ん中でテロ攻撃が実行され、多数の物的、人的損害が出ました。あまりにも虚を突いた攻撃のため、後手に回る政府。

防衛庁情報本部情報分析官の真下俊彦三等陸佐は三人の部下と共に正体不明のテロリストに立ち向かいます。

が、テロリストの緻密な計算の上にたった行動は真下らの読みをも上回り、真下らも後手後手に立たざるを得ないのでした。

 

本書『ゼロの迎撃』での主人公が自衛隊の情報分析官という設定はなかなかに面白いと思います。その職掌からして現状の把握が急務であり、物語の中で説明的にならずに状況を進めていけます。

ただ、第一線には出ることができないという立場から、代わりに動き回る部下が配置されています。

 

敵役は直接的には北朝鮮の軍人であるハン大佐です。この人物がなかなか魅力的に描かれていて、物語の成功の半分はこの人物造形によるのではないでしょうか。

とはいえ、冷徹な人柄ではありながら部下に対する人情を垣間見せるところなど、北朝鮮の国民性を知らないので何とも言えないのですが、日本人の好みが投影されているようにも感じました。

 

前半は法律論の展開など議論中心に、後半はアクション中心の展開で共に引き込まれて読みました。前作に比べ人物描写も厚みが出ていて、個人的にはとても面白く読みました。

 

北朝鮮の侵略ということでは村上龍の『半島を出よ』、福井晴敏の『亡国のイージス』、楡 周平の『Cの福音』などがありました。共にアクション小説としての魅力満載でありながら、日本の現状に対する警鐘とでも言うべき内容の作品です。

 

 

 

 

侵略ものではありませんが、黒川博行の『国境』は北朝鮮を舞台としたコミカルな味付けのサスペンス小説です。

 

 

近年公開されてヒットとなった映画「シン・ゴジラ」での政府の行動の描かれ方を見ていて、本書『ゼロの迎撃』での政府の行動の描き方思い出しました。

単なるアクションとしてではなく、現実的な戦いとして法的な側面からの現実性、評価など、その視点はこれまであまりなかったもののように思います。

リアルになってほしくはないものの、考えざるを得ない問題とも言えそうです。