あの熊本地震から一年が経過しました
熊本を震度7の地震が襲ったのがちょうど一年前の今日でした。その後、この地震は余震であり、一日置いて十六日の深夜に再度襲ってきた地震こそが本震だったと聞かされることになります。
熊本の象徴だった熊本城の石垣が崩落し、天守閣も瓦が全部落ちてしまっている画はテレビでしょっちゅう流れています。勿論、街の中心部に位置する熊本城ですから、市街地に出かけるといやでも目に入ります。
まだ安心できません
そして一年が経とうという昨日十三日のネットで「 <熊本地震1年>くすぶる懸念「次の大地震」 未活動断層も 」という記事がありました。
この一年で発生した九州地方の地震は13万回に上り、M3.5以上に限っても339回もあったと、その記事には書いてありました。
このごろしばらく収まっているように感じていた地震が、大きくても震度3くらいではありますが、また増えていると感じていた矢先にこの記事です。
心のどこかで、あれだけのエネルギーが解放されたのだからもう来ないだろう、という思いがあったのですが、その思いは見事に砕かれました。
未だ道半ばの復興
一番被害のひどかった益城町の復興もまだ道半ばです。南阿蘇も同様。熊本市内はそれなりに元の姿を取り戻しつつありますが、市街地中心部に位置する熊本城の天守閣の姿は今だ手つかずです。
それでも、何とか前向きに生きています。
阪神大震災や東日本大震災の時、九州に住む私たちは、勿論個人で出来るだけ寄付や物資の支援活動などを行ってきたつもりでした。しかし、現実に自分の身に起こると、テレビ画面を通して見ていた被災地の様子はあくまで対岸の火事だったと気付かされました。
ライフラインの復旧に他の県の応援の方々が来てくれて、我が町内で、雨の中でも懸命に作業をしてくださっている姿があれほど嬉しいものとは思いませんでした。
私の住む地域はまだ被害が少ない方です。それでも隣近所助け合って暮らしていたあの時間は貴重だった、とも思います。
風化する記憶
これから、あの時を忘れることなく暮らしていこうと思っています。
ただ、どこかでもう、あの地震が風化している自分がいるのもまた事実で、恐ろしいとも思っているのです。
私も13日のネットで「次の大地震」「未活動断層も」の記事を読みました。
あの前震も本震も予想出来なかったのに・・・また不安を煽るような・・・
少々腹立たしい気持ちで読みました。
風化してはいけないかもしれませんが、
今は、あの恐ろしい出来事を思い出したくありませんし、穏やかな日々が続くことを願うばかりです。
そうですね。
思いだしたくもないという気持ちもあります。
先日の地震も震度3しかなかったのに、久しぶりだったので一気にあの時に戻ってしまいましたしね。
でも、何もないときにお隣さんが給水の情報を知らせてくれたり、食料を分けてくれたりと、人の優しさに触れた気がします。
あの時の気持ちだけは本物だったし・・・。
少なくともその気持ちだけは忘れたくない、と。