鹿の王 水底の橋

黒狼熱大流行の危機が去り、東乎瑠帝国では、次期皇帝争いが勃発。様々な思惑が密かに蠢きはじめているとは知らずオタワルの天才医術師ホッサルは、祭司医・真那の招きに応じて、恋人ミラルとともに清心教医術の発祥の地・安房那領へと向かう。ホッサルはそこで、清心教医術に秘められた驚くべき歴史を知るが、思いがけぬ成り行きで、次期皇帝争いに巻き込まれていき!?ふたつの医術の対立を軸に、人の命と医療の在り方を描いた傑作エンタテインメント!(「BOOK」データベースより)

 

2015年本屋大賞を受賞した『鹿の王』の続編となる長編のファンタジー小説です。

 

とはいっても、本書だけの独立した物語、といっても過言ではありません。前作を読んでいなくても本書だけで充分面白く読むことができます。

前作では主人公としては戦士のヴァンと孤児のユナがいて、そしてもう一人の主人公として東乎瑠(ツオル)帝国の医術師ホッサルがいました。

本書はその医術師ホッサルひとりが主人公であり、ヴァンらは全く出てきません。

 

そして、医師であるホッサルが主人公ということは、本書のテーマが医療、もしくは生命であることにも繋がります。

前作でも医療についての深い考察がなされ、それが日本医療小説大賞の受賞にも結び付きましたが、本書でも前作に劣らない設定が為されています。

 

東乎瑠帝国では皇帝の後継者問題で揺れていました。現皇帝那多瑠帝の娘婿である比羅宇候と、那多瑠帝の弟である由吏候とが次期皇帝候補として有力者として囁かれていたのです。

その争いはホッサルたちにも無関係ではありませんでした。というのも、皇帝になる人物次第で帝国内でオタワル医術や清心教医術に対する対応が異なっていたからです。

すなわち、比羅宇候は宮廷祭司医長の最有力候補である津雅那の後ろ盾であるし、由吏候はオタワル医術の庇護者だとみられていたのです。

そのため、東乎瑠(ツオル)帝国の後継者問題は清心教医師団とオタワル医師団にとっても死活問題であり、ホッサルらもそうした世の動きに巻き込まれ、いやでも政治との関係を考えないわけにはいかないのです。

 

本書の帯にも書かれている、「なにより大切にせねばならぬ人の命。その命を守る治療ができぬよう政治という手が私を縛るのであれば、私は政治と戦わねばなりません。」というホッサルの言葉は、俗事に惑わされずに医療に専念したい気持ちを表しています。

こうして、本書ではオタワル医術と、東乎瑠(ツオル)帝国の医術である清心教の宮廷祭司医との対立を中心に、「医療」をテーマに物語が展開するのです。

誤解を恐れずに簡単にまとめると、オタワル医術は究極的には患者の命を救うためにはあらゆる手段を尽くすべきという立場であり、清心教の医師団は、病は人間の体の穢れを原因とするのであり、禁忌を犯して命を救ってもあの世での幸せな後生を得ることはできないとします。

 

ここで大事なのは、両者ともに患者のことを真摯に考え、患者のためにはどうすればいいのかを第一義に考えている点では同じだということです。

上橋菜穂子という作家の紡ぎだす物語の世界は、物語の社会が見事なまでに構築されています。

トールキンのファンタジーの名作『指輪物語』でも物語の舞台となる世界が、架空の言語まで作り上げられていて、比類なきファンタジーとして成立していたように、上橋菜穂子の紡ぎだす世界は細部まできちんと積み上げられていて、登場人物らの行動もその社会の中で必然として存在しています。

 

 

そうした舞台背景があってこその物語であり、それぞれの立場での主張がそれなりに正当性をもって繰り広げられる様は読んでいてとても心地よいものです。

どちらか一つの価値観だけを押し付けられるのではない、お互いの主張にそれなりの根拠づけがなされ、その上で相手を論破していく。

そうした過程を経て導かれる結論は読み手の心にこれ以上はないほどに迫ってきて、大きな感動をもたらしてくれるのです。

本音を言えば、前作の続編として、ヴァンやユナらのその後を読みたい気持ちももちろんあります。しかし、本書は本書として感動的な作品として見事に前作の流れを引き継いでいます。

更なる続編を読みたいというのは作者の苦労を知らない読者の勝手でしょうが、読みたいです。続編を期待します。

鹿の王

強大な帝国・東乎瑠にのまれていく故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団“独角”。その頭であったヴァンは奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、一群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。その隙に逃げ出したヴァンは幼子を拾い、ユナと名付け、育てるが―!?厳しい世界の中で未曾有の危機に立ち向かう、父と子の物語が、いまはじまる―。(「BOOK」データベースより)

 

日本医療小説大賞や本屋大賞を受賞した、長編のファンタジー小説です。

 

本書が抱えているテーマは「生命」です。そのテーマを展開するためにこの物語の構築している世界は綿密に計算されていて、本書に登場する地方ごとの政治体制や各部族の習俗などが緻密に構築されています。

その世界を主人公ヴァンらが所狭しと活躍します。決して一つの地方だけではなく、構築された物語の世界を縦横無尽に駈けまわり、物語の世界の広大さを感じさせてくれます。

 

上橋菜穂子という作家は、物語の舞台となる架空の世界の構築が非常にうまい作家さんです。基本となる世界感が厳密に構築されているからこそ、その舞台に登場する人物らが生き生きと動き回ることができるのです。

特に本書はそうで、飛鹿(ピュイカ)というカモ鹿に似た動物を乗りこなす、などのファンタジー特有の架空の設定が実にリアリティーを持って読者に迫ってきます。

 

本書にはもう一人の主人公と言ってもいい医術師であるホッサルという人物がいます。この人物を巡っての物語の部分で、より直截的に医療行為についての考察が為されます。

そして、もう一人ヴァンと共に流行り病を生き延びたユマという幼子がいて、本書で重要な役割を担っているのです。

これらの人物の配置は、本書を冒険譚として読み進めるうちに本書のテーマとする「生命のありよう」が自然に読者の心の裡に住みついている、という本書のもつ仕組みの重要な要素となっています。

本書はまた、個々の人間の身体に存在する無数の微生物の活動によって人間の生命活動が維持されており、その個々の人間が集まって社会を形成しつつ生きているというその関係性を小説として組み立てています。

この手法は、日本のSF界の重鎮でありあの名作『日本沈没』を著わした 小松左京が顕著でした。

小松左京という人は壮大なハードSFからコミカルな短編まで様々なジャンルの小説を書かれていますが、アイデアの源泉を人体に求めている短編作品が少なからずありました。

 

 

その点では 半村良にも人体の仕組みをモデルにした作品がありましたが、残念ながら 小松左京の作品も 半村良の作品もタイトルを覚えていません。

 

本書は宗教の側面も考えられています。それは、ホッサルらの治療行為を神の意思に反するものとして受け入れない帝国の医師団として設定されています。

このことは現実にもキリスト教の一つの派の中に似たような考え方をする人らがいて問題となりました。

 

このように多くの問題提起を含む本書ですが、先にも述べたように、示されているテーマなど考えずに単に一遍の冒険譚として非常な面白さを持った作品です。

だからこそ本屋大賞も受賞し、加えて日本医療小説大賞をも受賞しているのだと思われます。

勿論本書の掲げるテーマなど全く考慮することなく、単純に主人公ヴァンらの冒険譚として十分以上に面白い物語です。

 

ちなみに、本書には『鹿の王 水底の橋』という続編が出版されました。

この続編ではオタワルの天才医術師ホッサルが主人公であり、戦士のヴァンと孤児のユナは全く登場しません。ヴァンやユナのその後の物語も是非読みたいものです。

精霊の守り人 [ DVD ]

女用心棒のバルサは新ヨゴ国の王子チャグムが川に転落したところへ通りかかり、命を救った。宮殿に連れて行かれたバルサは、妃から「王子を連れて逃げてほしい」と頼まれる。チャグムには精霊の卵が宿ったが、その精霊は悪しき魔物と言われており、帝から暗殺されようとしていると言うのだ。やむなくチャグムを連れて逃亡するバルサ。バルサは闘い、生きる厳しさと身を守る術をチャグムに教えていく。シーズン1DVD-BOX。(「Oricon」データベースより)

 

綾瀬はるか主演のNHKテレビドラマのDVDBOXです。

獣の奏者エリン [ DVD ]

崇高な獣“王獣”と心を通わせた少女・エリンが、その類まれな才能ゆえに王国の勢力争いに巻き込まれ、波乱万丈の人生を送ることになり…。『精霊の守り人』の上橋菜穂子による巨編ファンタジー『獣の奏者』を、高いクオリティで定評のあるProduction I.Gとトランス・アーツの制作でTVアニメ化。第1話から第4話までを収録。(「Oricon」データベースより)

 

DVD12巻。全50話。未見です。

獣の奏者 [ コミック ]

上橋菜穂子×武本糸会が贈る珠玉の本格ファンタジー!!!闘蛇(とうだ)‥‥それは戦闘用の偉大なる獣。王獣(おうじゅう)‥‥それは王の威光を示す神聖な獣。エリンの母は、戦闘用の獣(けもの)である「闘蛇(とうだ)」の世話をする有能な医術師。だが、ある日その闘蛇が全て死んでしまった!母はその責任を問われ、裁きにかけられることになるが‥‥!人を恐怖させ、また、魅了する、神秘的で獰猛な「獣」。その存在に魅せられた少女・エリンの運命がここに廻(まわ)り出す!

母が指笛を吹いた時、彼女の運命が始まったーー!エリンは、獣ノ医術師である母・ソヨンと暮らす好奇心おう盛な十歳の少女。だがある日、母が世話している戦闘用の獣・闘蛇(とうだ)が全て死んでしまった!母はその責任を問われ、裁きにかけられることになるがーー。「精霊の守り人」などで知られる上橋菜穂子の原作を、武本糸会がコミカライズ!手触りと、温かみのある極上ファンタジーがここに!!(Amazon内容紹介より)

 

シリウスKC 全11巻。未見です。

獣の奏者

リョザ神王国。闘蛇村に暮らす少女エリンの幸せな日々は、闘蛇を死なせた罪に問われた母との別れを境に一転する。母の不思議な指笛によって死地を逃れ、蜂飼いのジョウンに救われて九死に一生を得たエリンは、母と同じ獣ノ医術師を目指すが―。苦難に立ち向かう少女の物語が、いまここに幕を開ける。(「BOOK」データベースより)

 

「決して人に馴れぬ孤高の獣」を飼いならす少女の姿を描いた長編のファンタジー小説です。

 

緑の瞳を持つ少女エリンは獣ノ医術師である母と共に闘蛇衆たちの村で暮らしていた。

ある日母が世話をしていた闘蛇の中でも特に強い「牙」が死んだ。エリンの母はその責めを負わされ処刑されてしまう。

母と引き離され一人で生きていくことになるエリンだったが、蜂飼いのジョウンに助けられ、共に暮らすこととなるのだった。

 

この作品も読みごたえのある作品でした。

守り人シリーズ」でも書いたように、上橋菜穂子の作品は構成がよく練られていて、物語の奥行きが広く安心して読み進むことが出来ます。

大人も子供も上橋菜穂子の紡ぎだす世界に入り易く、読者が主人公の冒険物語に感情移入しやすいので人気があるのではないでしょうか。

 

本書は本来「闘蛇編」「王獣編」の二巻で終わる予定だったのですが、あまりの要望の多さに「探求編」「完結編」が追加され、さらに外伝を加えて全五巻になったそうです。

 

ちなみに、上掲の書籍の写真は講談社文庫版にリンクしていますが、各編を二分冊にしている青い鳥文庫版もあります。

 

 

この作品は全50話としてアニメ化され、2009年からNHK教育テレビで放送されました。

 

守り人シリーズ

守り人シリーズ(完結)

  1. 精霊の守り人
  2. 闇の守り人
  3. 夢の守り人
  4. 虚空の旅人
  5. 神の守り人 <上> 来訪編
  6. 神の守り人 <下> 帰還編
  7. 蒼路の旅人
  1. 天と地の守り人 <第1部> ロタ王国編
  2. 天と地の守り人 <第2部> カンバル王国編
  3. 天と地の守り人 <第3部> 新ヨゴ皇国編
  4. 流れ行く者 守り人短篇集
  5. 炎路を行く者 -守り人作品集-
  6. <守り人>のすべて 守り人シリーズ完全ガイド

 

この世界は人間の世界と精霊の世界と重なった二重構造をしていて、同じ時間と空間に重なって存在しているという。

その世界での女用心棒バルサは水の精霊の卵を宿している皇子チャグムの護衛をすることとなります。

皇子は、帝国の威信のために息子を殺そうとしている父帝と、水の精霊の卵を狙っている精霊の世界の怪物との両者から命を狙われていたのです。

 

人類学者である著者上橋菜穂子が著した児童文学で、野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞他多数の賞を受賞しています。

児童文学とは言いつつも十分大人の鑑賞に耐えうる、安定感のある構成の作品です。ハリーポッターシリーズが幅広く大人に受け入れられたのを思えば良いでしょう。

というより、ハリーポッターシリーズよりはずっと大人向けではないでしょうか。

上橋菜穂子の作品の『獣の奏者』(講談社文庫全五巻)にも言えることですが、個人的には本『守り人シリーズ』は大人向けの物語だと思っています。

ただ、その文章、物語の内容が分かりやすく、子供が読んでも面白い物語だと言えるのです。

 

 

この作品の面白さの一つに、主人公の女用心棒バルサが児童文学であるにも拘らず「三十歳の女用心棒」という設定であることにもあるかもしれません。

作者によれば、編集の担当者には怒られたけれども「短い槍を担いだ三十代のオバサンが、小さな男の子の手をひいて逃亡している姿が浮かんできた」のだから仕方が無いのだそうです。

 

このシリーズは「守り人」とという言葉と、もう一つ「旅人」という言葉がつけられた書名とに分かれます。

バルサが主人公の作品は「守り人」がつき、皇子チャグムが主人公の作品には「旅人」がつけられているのです。

 

全26話としてアニメ化され2007年にNHK-BS2で放送されました。

 

 

更に、2016年の春から3年かけて全22回の4Kでの実写ドラマとして、綾瀬はるかの主演で放映されました。

同様のNHKドラマのシリーズ作品である『坂の上の雲』の出来栄えがとてもよかったことを考えると、同様に力の入ったシリーズのようで期待していました。

しかし、残念ながら日本人の役者さんたちが演じるカタカナの名の登場人物やファンタジーの世界は今一つリアリティに欠け、綾瀬はるかのアクション意外に見るべきものはあまりありませんでした。