鹿の王

本書『鹿の王』は、文庫本全四巻で1270頁弱の長さを持つ長編のファンタジー小説です。

「生命」という壮大なテーマを掲げながらも非常に読みやすい物語であり、また日本医療小説大賞や本屋大賞を受賞した皆に愛されている小説です

 

鹿の王』の簡単なあらすじ

 

強大な帝国・東乎瑠から故郷を守るため、死兵の役目を引き受けた戦士団“独角”。妻と子を病で失い絶望の底にあったヴァンはその頭として戦うが、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、不気味な犬の群れが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生。生き延びたヴァンは、同じく病から逃れた幼子にユナと名前を付けて育てるが!?たったふたりだけ生き残った父と子が、未曾有の危機に立ち向かう。壮大な冒険が、いまはじまる―!( 第一巻 :「BOOK」データベースより)

謎の病で全滅した岩塩鉱を訪れた若き天才医術師ホッサル。遺体の状況から、二百五十年前に自らの故国を滅ぼした伝説の疫病“黒狼熱”であることに気づく。征服民には致命的なのに、先住民であるアカファの民は罹らぬ、この謎の病は、神が侵略者に下した天罰だという噂が流れ始める。古き疫病は、何故蘇ったのか―。治療法が見つからぬ中、ホッサルは黒狼熱に罹りながらも生き残った囚人がいると知り…!?( 第二巻 :「BOOK」データベースより)

何者かに攫われたユナを追い、“火馬の民”の集落へ辿り着いたヴァン。彼らは帝国・東乎瑠の侵攻によって故郷を追われ、強い哀しみと怒りを抱えていた。族長のオーファンから岩塩鉱を襲った犬の秘密と、自身の身体に起こった異変の真相を明かされ、戸惑うヴァンだが…!?一方、黒狼熱の治療法をもとめ、医術師ホッサルは一人の男の行方を追っていた。病に罹る者と罹らない者、その違いは本当に神の意思なのか―。( 第三巻 :「BOOK」データベースより)

岩塩鉱を生き残った男・ヴァンと、ついに対面したホッサル。人はなぜ病み、なぜ治る者と治らぬ者がいるのか―投げかけられた問いに答えようとする中で、ホッサルは黒狼熱の秘密に気づく。その頃仲間を失った“火馬の民”のオーファンは、故郷をとり戻すべく最後の勝負を仕掛けていた。病む者の哀しみを見過ごせなかったヴァンが、愛する者たちが生きる世界のために下した決断とは―!?上橋菜穂子の傑作長編、堂々完結!( 第四巻 :「BOOK」データベースより)

 

鹿の王』の感想

 

本書が抱えているテーマは「生命」です。そのテーマを展開するためにこの物語の構築している世界は綿密に計算されていて、本書に登場する地方ごとの政治体制や各部族の習俗などが緻密に構築されています。

その世界を主人公ヴァンらが所狭しと活躍します。決して一つの地方だけではなく、構築された物語の世界を縦横無尽に駈けまわり、物語の世界の広大さを感じさせてくれます。

 

上橋菜穂子という作家は、物語の舞台となる架空の世界の構築が非常にうまい作家さんです。基本となる世界感が厳密に構築されているからこそ、その舞台に登場する人物らが生き生きと動き回ることができるのです。

特に本書はそうで、飛鹿(ピュイカ)というカモ鹿に似た動物を乗りこなす、などのファンタジー特有の架空の設定が実にリアリティーを持って読者に迫ってきます。

 

本書にはもう一人の主人公と言ってもいい医術師であるホッサルという人物がいます。この人物を巡っての物語の部分で、より直截的に医療行為についての考察が為されます。

そして、もう一人ヴァンと共に流行り病を生き延びたユマという幼子がいて、本書で重要な役割を担っているのです。

これらの人物の配置は、本書を冒険譚として読み進めるうちに本書のテーマとする「生命のありよう」が自然に読者の心の裡に住みついている、という本書のもつ仕組みの重要な要素となっています。

本書はまた、個々の人間の身体に存在する無数の微生物の活動によって人間の生命活動が維持されているように、個々の人間が集まって社会を形成しつつ生きているというその関係性を小説として組み立てています。

 

こうした描き方は日本のSF界の重鎮でありあの名作『日本沈没』を著わした小松左京が顕著でした。

小松左京という人は壮大なハードSFからコミカルな短編まで様々なジャンルの小説を書かれていますが、アイデアの源泉を人体に求めている短編作品が少なからずあったのです。

 

 

その点では半村良にも人体の仕組みをモデルにした作品がありましたが、残念ながら小松左京の作品も半村良の作品もタイトルを覚えていません。

 

本書は宗教の側面も考えられています。それは、ホッサルらの治療行為を神の意思に反するものとして受け入れない帝国の医師団として設定されています。

このことは現実にもキリスト教の一つの派の中に似たような考え方をする人らがいて問題となりました。

 

このように多くの問題提起を含む本書ですが、先にも述べたように、示されているテーマなど考えずにただ一遍の冒険譚としてみても非常な面白さを持った作品です。

単純に主人公ヴァンらの冒険譚として十分以上に面白い物語なのです。

だからこそ本屋大賞も受賞し、加えて日本医療小説大賞をも受賞しているのだと思われます。

 

ちなみに、本書には『鹿の王 水底の橋』という続編が出版されました。

この続編ではオタワルの天才医術師ホッサルが主人公であり、戦士のヴァンと孤児のユナは全く登場しません。ヴァンやユナのその後の物語も是非読みたいものです。

 

 

また電子書籍版での合本版も、Amazon Kindl版、Rakuten kobo版ともに出版されています。

 

 

さらに、2022年2月4日に本書を原作とするアニメ映画が「鹿の王 ユナと約束の旅」というタイトルで公開されます。詳しくは下記サイトを参照してください。

 

精霊の守り人 [ DVD ]

女用心棒のバルサは新ヨゴ国の王子チャグムが川に転落したところへ通りかかり、命を救った。宮殿に連れて行かれたバルサは、妃から「王子を連れて逃げてほしい」と頼まれる。チャグムには精霊の卵が宿ったが、その精霊は悪しき魔物と言われており、帝から暗殺されようとしていると言うのだ。やむなくチャグムを連れて逃亡するバルサ。バルサは闘い、生きる厳しさと身を守る術をチャグムに教えていく。シーズン1DVD-BOX。(「Oricon」データベースより)

 

綾瀬はるか主演のNHKテレビドラマのDVDBOXです。

獣の奏者エリン [ DVD ]

崇高な獣“王獣”と心を通わせた少女・エリンが、その類まれな才能ゆえに王国の勢力争いに巻き込まれ、波乱万丈の人生を送ることになり…。『精霊の守り人』の上橋菜穂子による巨編ファンタジー『獣の奏者』を、高いクオリティで定評のあるProduction I.Gとトランス・アーツの制作でTVアニメ化。第1話から第4話までを収録。(「Oricon」データベースより)

 

DVD12巻。全50話。未見です。

獣の奏者 [ コミック ]

上橋菜穂子×武本糸会が贈る珠玉の本格ファンタジー!!!闘蛇(とうだ)‥‥それは戦闘用の偉大なる獣。王獣(おうじゅう)‥‥それは王の威光を示す神聖な獣。エリンの母は、戦闘用の獣(けもの)である「闘蛇(とうだ)」の世話をする有能な医術師。だが、ある日その闘蛇が全て死んでしまった!母はその責任を問われ、裁きにかけられることになるが‥‥!人を恐怖させ、また、魅了する、神秘的で獰猛な「獣」。その存在に魅せられた少女・エリンの運命がここに廻(まわ)り出す!

母が指笛を吹いた時、彼女の運命が始まったーー!エリンは、獣ノ医術師である母・ソヨンと暮らす好奇心おう盛な十歳の少女。だがある日、母が世話している戦闘用の獣・闘蛇(とうだ)が全て死んでしまった!母はその責任を問われ、裁きにかけられることになるがーー。「精霊の守り人」などで知られる上橋菜穂子の原作を、武本糸会がコミカライズ!手触りと、温かみのある極上ファンタジーがここに!!(Amazon内容紹介より)

 

シリウスKC 全11巻。未見です。

獣の奏者

リョザ神王国。闘蛇村に暮らす少女エリンの幸せな日々は、闘蛇を死なせた罪に問われた母との別れを境に一転する。母の不思議な指笛によって死地を逃れ、蜂飼いのジョウンに救われて九死に一生を得たエリンは、母と同じ獣ノ医術師を目指すが―。苦難に立ち向かう少女の物語が、いまここに幕を開ける。(「BOOK」データベースより)

 

「決して人に馴れぬ孤高の獣」を飼いならす少女の姿を描いた長編のファンタジー小説です。

 

緑の瞳を持つ少女エリンは獣ノ医術師である母と共に闘蛇衆たちの村で暮らしていた。

ある日母が世話をしていた闘蛇の中でも特に強い「牙」が死んだ。エリンの母はその責めを負わされ処刑されてしまう。

母と引き離され一人で生きていくことになるエリンだったが、蜂飼いのジョウンに助けられ、共に暮らすこととなるのだった。

 

この作品も読みごたえのある作品でした。

守り人シリーズ」でも書いたように、上橋菜穂子の作品は構成がよく練られていて、物語の奥行きが広く安心して読み進むことが出来ます。

大人も子供も上橋菜穂子の紡ぎだす世界に入り易く、読者が主人公の冒険物語に感情移入しやすいので人気があるのではないでしょうか。

 

本書は本来「闘蛇編」「王獣編」の二巻で終わる予定だったのですが、あまりの要望の多さに「探求編」「完結編」が追加され、さらに外伝を加えて全五巻になったそうです。

 

ちなみに、上掲の書籍の写真は講談社文庫版にリンクしていますが、各編を二分冊にしている青い鳥文庫版もあります。

 

 

この作品は全50話としてアニメ化され、2009年からNHK教育テレビで放送されました。

 

守り人シリーズ

守り人シリーズ』とは

 

本シリーズの世界観は、人間が日々暮らしているこの世界(サグ)と、目に見えない精霊の世界(ナユグ)とが重なりあって存在しているというユニークなものです。

また、シリーズ内で物語の主人公となる人物が異なり、タイトルに『守り人』とつく作品は三十歳になる短槍使いのバルサが主人公であり、『旅人』とつく作品はチャグムを主人公としています。

 

守り人シリーズ』の作品

 

守り人シリーズ(完結)

  1. 精霊の守り人
  2. 闇の守り人
  3. 夢の守り人
  4. 虚空の旅人
  5. 神の守り人(<上> 来訪編・<下> 帰還編)
  6. 蒼路の旅人
  1. 天と地の守り人 <第1部 ロタ王国編・第2部 カンバル王国編・第3部 新ヨゴ皇国編> ロタ王国編
  2. 流れ行く者 守り人短篇集
  3. 炎路を行く者 -守り人作品集-
  4. <守り人>のすべて 守り人シリーズ完全ガイド

 

守り人シリーズ』について

 

この物語の世界観は、人間の世界と精霊の世界とが重なった二重構造をしていて、同じ時間と空間に重なって存在しているといいます。

その世界での女用心棒バルサは水の精霊の卵を宿している皇子チャグムを助け(第一巻『精霊の守り人』)、以後二人の物語が始まります。

 

本『守り人シリーズ』は、人類学者である著者上橋菜穂子が著した児童文学で、野間児童文芸賞新人賞、産経児童出版文化賞他多数の賞を受賞しています。

児童文学とは言いつつも十分大人の鑑賞に耐えうる、安定感のある構成の作品です。ハリーポッターシリーズが幅広く大人に受け入れられたのを思えば良いでしょう。

というより、ハリーポッターシリーズよりはずっと大人向けではないでしょうか。

上橋菜穂子の作品の『獣の奏者』(講談社文庫全四巻)+(外伝一巻)にも言えることですが、個人的には本『守り人シリーズ』は大人向けの物語だと思っています。

ただ、その文章、物語の内容が分かりやすく、子供が読んでも面白い物語だと言えるのです。

 

 

この作品の面白さの一つに、主人公の女用心棒バルサが児童文学であるにも拘らず「三十歳の女用心棒」という設定であることにもあるかもしれません。

作者によれば、編集の担当者には怒られたけれども「短い槍を担いだ三十代のオバサンが、小さな男の子の手をひいて逃亡している姿が浮かんできた」のだから仕方が無いのだそうです。

 

このシリーズは「守り人」とという言葉と、もう一つ「旅人」という言葉がつけられた書名とに分かれます。

バルサが主人公の作品は「守り人」がつき、皇子チャグムが主人公の作品には「旅人」がつけられているのです。

 

全26話としてアニメ化され2007年にNHK-BS2で放送されました。

 

 

更に、2016年の春から3年かけて全22回の4Kでの実写ドラマとして、綾瀬はるかの主演で放映されました。

同様のNHKドラマのシリーズ作品である『坂の上の雲』の出来栄えがとてもよかったことを考えると、同様に力の入ったシリーズのようで期待していました。

しかし、残念ながら日本人の役者さんたちが演じるカタカナの名の登場人物やファンタジーの世界は今一つリアリティに欠け、綾瀬はるかのアクション意外に見るべきものはあまりありませんでした。