口入屋用心棒(47) 猿兄弟の絆

口入屋用心棒(47) 猿兄弟の絆』とは

 

本書『口入屋用心棒(47) 猿兄弟の絆』は『口入屋用心棒シリーズ』の第四十七弾で、2020年12月に文庫版で刊行された、339頁の長編の痛快時代小説です。

 

口入屋用心棒(47) 猿兄弟の絆』の簡単なあらすじ

 

富士山の噴火が収まりをみせない中、人心の乱れる江戸の町を義賊・猿の儀介一味が跳梁していた。今宵も本郷の油問屋に押し入った儀介一味は二千両を奪い、人を殺めて闇に消えた。時を同じくして、市中の夜回りをしていた倉田佐之助らは、とある長屋の屋根から小判をばら撒く忍び頭巾の男と遭遇する。そんな折、湯瀬直之進のもとに悪い噂のたえない米問屋・岩田屋の用心棒仕事が舞い込むが…。江戸庶民怨嗟の商家から金を奪い、その一部を貧しき民に分け与える儀介一味の真の目的とは!?書き下ろし大人気シリーズ第四十七弾!(「BOOK」データベースより)

 

数日前に老中首座についたばかりの堀江信濃守和政から、自分の懐を豊かにするために取り潰すにいい藩を問われた岩田屋恵三が出羽笹高を領する高山家の名をあげたことから、高山家の取り潰しが決まった。

その頃、江戸の町を猿(ましら)の儀介と呼ばれる盗賊がすでに三軒もの商家を襲って大金を奪い、その金を庶民にばらまいていたため、義賊とあがめられていた。

二人の門弟を連れて市中見廻りをしていた倉田左之助は、猿の儀介が油問屋の加藤屋を襲い人を殺し逃走する場面に出会うもののこれを取り逃がしてしまう。

翌朝、口入屋である米田屋の琢ノ介が用心棒の依頼を願ってきた。依頼主は阿漕な商売をしている商家として西の大関に挙げられている岩田屋だというのだ。

その仕事を直之進が請けることとなったが、その夜早速猿の儀介が忍び込んできたのだった。

 

口入屋用心棒(47) 猿兄弟の絆』の感想

 

本書『口入屋用心棒(47) 猿兄弟の絆』では、噴火した富士山の爆鳴が轟くなかの殺伐とした江戸の町が舞台となっています。

ただ、物語自体はある必要から、非道な商売をしている商家を襲う猿の儀介と呼ばれる義賊の物語であって、富士山の噴火とは関係はありません。

猿の儀介の行動自体は、本書をもって終わることになるのでしょうが、もしかしたらこのシリーズの今後の展開にもかかわってくることになるかもしれません。

また、今回直之進が詰めることとなった岩田屋に関しても次巻に続く事件が勃発しており、こちらの面でも新たな展開へと繋がっています。

 

しかしながら、ここしばらくなんとなく思っていたことではあるのですが、このシリーズの面白さが薄れていくばかりになっているように思えます。

かつては鈴木英二という作者の魅力の一つでもあった登場人物の独特な会話にしても、日常の会話の中で普通は話さないだろう内心を対話の中でそのままに発し、会話として普通に成立させたりと微妙に変化してきているようです。

また、痛快小説ではある程度仕方のないご都合主義的なストーリー展開も、このシリーズではその程度がはなはだしいと感じられたり、違和感が大きくなって来るばかりです。

極端を言えば、少なくとも本シリーズに関しては続編を読むだけの魅力が薄れてきているのも事実です。

 

単に物語の展開がマンネリなどに陥っている、ということよりも、ストーリー展開自体に魅力を感じなくなっているのですから致命的です。

どうにも、私の肌に合わなくなってきているのかもしれません。

あと一巻くらいは読んでみて、そのときに判断しようかと思います。

本書『口入屋用心棒(47) 猿兄弟の絆』の印象としても、そのようなことを思うほどに魅力を感じなくなってきている、と言うしかない作品でした。

口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛

口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』とは

 

本書『口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』は、『口入屋用心棒シリーズ』第四十六弾の長編の痛快時代小説です。

本書だけの単発の物語のようで、シリーズとしての醍醐味はあまり感じられない作品でした。

 

口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』の簡単なあらすじ

 

富士山の噴火によって江戸市中が混乱する中、江戸湾の入り口に三艘の船が碇を下ろし、湊に入ろうとする船を攻撃した。海上を封鎖しようとする一党の真の目的は何なのか!?秀士館の師範代、湯瀬直之進と倉田佐之助がその真相に迫る!人気書き下ろしシリーズ第四十六弾。(「BOOK」データベースより)

 

富士山が噴火する中、五十部屋唐兵衛は三艘の船で江戸へと荷物を運ぶ船を大砲で足止めし、江戸湊を封鎖しようとしていた。

一方、たまたま通りかかった倉田左之助たちが夜陰に紛れて上陸しようとする不審者を見つけその後をつけると、武家屋敷や長屋の井戸の中に何かを投げ入れる姿があった。

翌日、樺山富士太郎のもとに、その井戸の水を飲み死人が出たとの連絡が入る。

また老中の本田因幡守は、南町奉行の曲田伊予守に対し川崎沖に停泊中の三艘の大船を見てくるようにと命じ、また船手頭の清水矢右衛門に三艘の大船を沈めるようにと命じるのだった。

 

口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』の感想

 

本書『口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』では五十部屋唐兵衛という新たな人物が登場し、何故か突然に江戸への物資搬入を阻止しようとします。

丁度富士山が爆発し、世情不遜な折でもあり、五十部屋唐兵衛の思惑は成就しそうになりますが、その暴挙を、湯瀬直之進や倉田左之助らが、というよりも左之助が中心となってこれを食い止めようと活躍するのです。

 

このところの本『口入屋用心棒シリーズ』では、物語の流れに全く関係のない事件や、日々の出来事などについての意味のない会話などが目立ってきたような気がします。

読み終えてから見ても、その場面は意味のない挿入としか思えない場面です。作品の雰囲気造りなどに役に立っていると言えばそうかもしれませんが、その頻度も限度があります。

本書『口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』でもそうで、湯瀬直之進が煮売り酒屋で暴れている浪人者を取り押さえる場面など、富士山の噴火ですさんだ雰囲気を表現するにしては長すぎる印象です。

 

このところ、鈴木英治という作家の本シリーズ以外の作品はあまり読んでいません。

一年ほど前に『義元、遼たり』という作品を読んだだけです。しかし、そこでもある人物の会話を「意味を見出せ」ないと記しています。

つまりは、鈴木英治の他の作品の表現に対して違和感を書いているのですから、本書に限ったことではないのです。

 

 

本書『口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』の内容にしても、五十部屋唐兵衛の江戸湊封鎖という前代未聞の行いに際し、その部下として少なくとも百人近くの者が参画しています。

そして、そのほとんどが死地に赴くことを理解し、納得しているというのです。五十部屋唐兵衛の個人的な思惑に、それだけの人数が一人も欠けることなく参画するというのは信じられません。

ただ、この点は部下個々人がそれぞれの遺恨を抱えていると考えればまだ理解できるかもしれません。

しかしながら、いち私人が西洋と取引をして大砲や最新式の銃などを手に入れるということ自体、無理があると思えます。さらに、大砲の訓練などを人目に触れることなく行ってもいます。

どうにも納得できないことが多すぎるのです。

 

痛快時代小説として少々の無理な設定は、それなりの舞台を用意するということで許容されても、本書のような設定は個人的には許容範囲外です。

少なくとも本『口入屋用心棒シリーズ』は、本来は本書『口入屋用心棒(46) 江戸湊の軛』のような荒唐無稽、というか緩すぎる舞台設定を受け入れるような世界観ではないと思うのです。

 

言うまでもなく以上は個人的感想であり、多くの読者は今の鈴木英治作品を支持しているのでしょうから素人の感想でしあありませんが、どうも近時の鈴木英治作品には違和感を感じる場面が多々あります。

本来、私の好みに合致した、とても面白い作品を書かれている作家さんなので、以前のような面白さを取り戻してもらいたいと思うだけです。

義元、遼たり

幼いころに仏門に出され、師父・太原雪斎とともに京都での学びの日々を送っていた栴岳承芳(今川義元)。兄氏輝に呼び戻されて駿府に戻り、やがて『花蔵の乱』と呼ばれる家督争いに巻き込まれていく。仏門を捨て、武将として生きる道を選ぶまでの青年期の義元を描いた。(Amazon「内容紹介」より)

 

「海道一の弓取り」と称され、桶狭間の戦いでの敵役として有名な今川義元の姿を描いた長編の歴史小説です。

 

本書は「義元生誕500年」にあたり、静岡県在住の夫婦作家鈴木英治・秋山香乃のそれぞれが義元・氏真の今川父子の一代記を歴史小説として描く、という静岡新聞社出版部の企画により刊行された作品です。

奥さんの秋山香乃氏は、『氏真、寂たり』という今川義元の子の今川氏真の生涯を描いた作品を同時刊行されています。

 

 

ということで、夫婦で戦国大名の今川義元とその子氏真とを描いた作品として、それなりの仕掛けがあることを期待して読んだ作品でした。

しかし、少なくとも本書は、結果的には若干の期待はずれがあった、と評価せざるを得ない作品でした。

本書『義元、遼たり』を著した鈴木英治は、普段は『口入屋用心棒シリーズ』などの痛快時代小説を書かれている人気作家です。

もともとは角川春樹小説賞特別賞を受賞した『駿府に吹く風』(後に『義元謀殺』に改題)という歴史小説作品がデビュー作であったことからもそれなりの内容を期待していました。

ところが、秋山香乃の作品とは異なり、鈴木英二の本書はかなり期待から外れるものでした。

 

 

 

本書は、当時は栴岳承芳と称し京で仏門に入り修行をしていた後の今川義元が、師匠の太原崇孚雪斎と共に、今川家の当主である氏輝から呼び戻されたところから始まります。

その後、氏輝の死去に伴い氏輝の後継者へと名乗りを上げた承芳と、承芳の兄の恵探との後継者争いの戦いである「花蔵の乱」の様子を経て、義元の最後へと至ります。

 

登場人物の側面から見ると、義元の師匠としてあった太原崇孚雪斎が当然のことながら全編で重要人物として登場し、この雪斎との交流はかなり詳しく描かれています。

しかし、かなり強い結びつきがあったと思われる北条氏や武田氏との関係は少ししか触れられていません。承芳の実母であり、かなりの力を有していた筈の寿桂尼についても同様のことが言えます。

本書はどちらかというと、兄弟間の、それも心の交流に重きを置かれているようで、今川家の跡目争いである「花蔵の乱」の敵役である異母兄の恵探との関係も好意的に書いてあるほどです。悪いのは恵探の外祖父にあたる福島越前守であるというのです。

ただ、この福島越前守の人となりについてはあまり書いてはありません。

 

つまりは、本書の構成がかなり違和感が残るものでした。

まず、氏輝の命により京から駿府へと戻る旅だけで390頁弱の本書のうち第二章から第三章の最初まで80頁ほどを費やしてあります。

実際は、第一章で京を出立する前に兄の象耳泉奘に会いに行き、語り合う様子が描かれていますので、駿府行きが決まり、実際駿府に着くまでに本書の三分の一強を費やしてあります。

家督争いに関心がないとされる兄泉奘に会いに行くこと、駿府への旅程の途中で異母兄の恵探に会うことで、これからの承芳の行く末を明確にする意図でもあったかとも思われますが、兄弟の交流にそれほどまでこだわられたのでしょうか。

その後氏輝逝去まで100頁余りあって、恵探との戦いに80頁ほど、そして残りの70頁程で義元の最後までを描いてあります。

 

結局、義元の人となりを描き出すうえで、どこに重きを置くか、によって描き方が異なるのは当然でしょう。

鈴木英二の場合、兄弟間の闘争はあったものの、本当は争うことなく仲良く暮らしたい、たとえ争うにしても正々堂々と戦いたいということ、そのものを示したかったのでしょうか。

秋山香乃の『氏真、寂たり』の場合、信長の掲げた「天下静謐」という言葉が要でした。

そこには義元、その子氏真、家康、そして信長と、つまりは皆「天下泰平」を目指していたとする作者の解釈、主張があります。

しかし、本書ではその点が明確ではありません。

確かに、「世の中の平和」を目指していたという記述はあります。しかし、本書全体として見えてくるのは「兄弟仲良く」という主張なのです。

当時の大名間の政治力学や経済的視点などについては言及がなく 主に兄弟間の関係性を描きたいとしか思えませんでした。

そうした観点で見ると、本書で描かれている義元の戦いは「花蔵の乱」と「桶狭間の戦い」以外は書いてないと言っても過言ではない点も納得できます。

 

鈴木英二の文体の特徴である感情をそのままに独白のように吐露する描き方は、鈴木節ともいうべき鈴木英二を特徴づける文体だとは思います。

例えば大井川渡河の場面で、将監と右近との間で交わされる駿府まであとどのくらいかと聞く場面など、歴史小説としては全く意味を見出せません。

巻を重ねる痛快小説であればまだしも、本書のような特定の人物に焦点を当てた歴史小説ではもう少し人物の描写に力を入れたほうがいいのではないかと思われるのです。

でないと、人間描写が浅薄に感じられ、登場人物を描く客観的な視点が抜け落ちてしまうことになります。

 

何はともあれ、歴史の間隙を作家の想像力で埋め、歴史上の人物を作家の解釈で紙面上に生き返らせるという意味では決して成功しているとは思えませんでした。

残念です。

火付けの槍 – 口入屋用心棒(45)

江戸の町は騒然としていた。相次ぐ地鳴りに、連日の大火。さらに顔を潰された浪人の仏が見つかった。南町奉行所同心・樺山富士太郎はただちに探索を始め、木場および老中の下屋敷、この二つの火元に疑いの目を向ける。するとそこに、さる大名家の“奇妙な取り潰し”との関係が浮かび上がってきた!大人気書き下ろしシリーズ第45弾。(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの四十五弾となる長編痛快時代小説です。

 

仲林左衛門之尉満春は登城を引き留める小姓の近田蔵兵衛の進言にもかかわらず登城したが、自分でもわからないままに刃傷沙汰を起こしてしまうのだった。

一方、樺山富士太郎の嫁智代の出産も数日のうちとなったが、江戸の町では日々地鳴りが続く不気味な日々が続いていた。

皆が天変地異の前触れかとおののくなか、胸を一突きにされ、その上顔をつぶされた浪人の死体が見つかる。

死体の身元を調べる富士太郎だったが、今度は木場町の岩志屋の木材貯木場で火付けと思われる火事が起きるのだった。

 

今回も樺山富士太郎を中心とした話となっています。次巻が本書に連続した話にならないとは断言できないものの、珍しく本書のみで完結すると思われる話になっています。

身元不明の顔をつぶされた死体から冒頭で示された仲林家当主の不祥事へとへ話はつながり、富士太郎の探索の様子が語られるのですが、その合間に描かれるのは、近時のこのシリーズの特徴でもあるそれぞれの夫婦の互いを思いやる様子です。

そこにはホームドラマのようなほのぼのとした雰囲気が漂ってます。

そうした様子は、直之進・おきくの夫婦や赤子の誕生間近の富士太郎・智代夫婦のみならず、その上司の荒俣土岐之助・菫子夫妻までも同様に描かれているのです。

 

本来、本シリーズは湯瀬直之進を中心として倉田左之助が敵役として配され、そこに今では米田屋琢ノ介となっている平川琢ノ介樺山富士太郎などが絡んで、剣戟の場面も十分に描かれた痛快時代小説としての王道を歩んでいたと思います。

しかし、それが今では湯瀬直之進も妻おきくを娶り、倉田左之助でさえもかつての直之進の嫁であった千勢と子のお咲と共に住み、直之進を追いかけていた富士太郎も恋女房を貰い、琢ノ介も米田屋に婿に入っているという変貌ぶりです。

それがいけないというのではなく、それこそがシリーズ物の、それも長年にわたり続くシリーズ物の醍醐味だと言えるのでしょう。

 

ただ、中心となる二人が秀士館に落ち着いている今、シリーズの初めほどの直之進と左之助との間の緊張感はなくなっています。

また、それぞれに家庭を構えたいま、各々の妻に対する慕情などが前面に押しだされ、何となく物語としておとなしく、ホームドラマめいた雰囲気になっているのは物足りなくもあります。

そうしたこともあり、話の中心が同心である富士太郎の捕物帳的な物語になるのは仕方のないことなのかもしれません。

 

しかしながら、本書では左之助に若干の変貌が示されており、今後の展開に新たな要素が加わりそうな雰囲気があります。

続編を待ちたいと思います。

拝領刀の謎ー口入屋用心棒(44)

寺社奉行・本山相模守が神君家康公より拝領した刀を盗まれた。困った本山は幼馴染みの南町奉行・曲田伊予守を頼り、定廻り同心の樺山富士太郎に密命が下る。折しも謎の墜落死を調べていた富士太郎は探索を中断し、わずか一日で拝領刀の行方を突き止めてみせる。ふたたび墜死事件を追う富士太郎に、大石に上半身を潰された死体発見の一報が届く。摩訶不思議な連続死と拝領刀の盗難は、何の繋がりもないと思われたのだが…。大人気書き下ろしシリーズ第44弾!(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの四十四弾となる長編痛快時代小説です。

 

前巻であらたに登場してきた、南町奉行所与力の荒俣土岐之介の妻である菫子が秀士館の師範代となる試験を受けることになった。

一方、空から人が降ってきて地面に突き刺さったり、大石につぶされたりと奇妙な事件が続き、南町奉行所定町廻り同心の樺山富士太郎は江戸の町を奔走していた。

そこに、南町奉行の曲田伊予守から、寺社奉行の本山相模守が家康公からの拝領刀を盗まれたためその拝領刀を探すようにとの命が下る。

ところが、こんどはその本山相模守自身が行方不明となり、ふたたび富士太郎に寺社奉行を見つけ出すようにとの命が下るのだった。

 

前巻で感じたように、南町奉行所与力荒俣土岐之介の妻の菫子がこのシリーズで需要な役割を担うようになりそうです。本巻では、その菫子の秀士館師範代の試験の場面を冒頭近くで描いてあります。

 

しかし、本巻の本筋はこの菫子ではなく、樺山富士太郎にあります。

人が空を飛んだり、大石の下敷きになったりという不可思議な事件の探索に振り回されたり、南町奉行の曲田伊予守の命で、曲田の幼馴染みでもある寺社奉行の本山相模守のために探索する姿が描かれます。

湯瀬直之進や倉田左之助の活躍も見られないという点では、富士太郎の上司である荒俣土岐之介とその妻の菫子を中心とした話であった前巻に続いているともいえます。

 

ただ、富士太郎の拝領刀探しが案外楽に済んでしまったり、曲田自身が探索に乗り出すというまず見られない事態が描いてあったりと、このシリーズの常の進み方からするとかなり変則的な一冊であり、その意味では特異な一冊ともいえます。

直之進や左之助の活躍の代わりに菫子の薙刀の場面があったりと、今後の菫子の活躍が楽しみでもあります。

御内儀の業 – 口入屋用心棒(43)

南町奉行所与力・荒俣土岐之助を突如、頭巾の侍が襲った。辛くも難を逃れた土岐之助は、襲撃者をかつて“人頭税導入”に絡んで因縁が生じた、前南町奉行・朝山越前守と見て取った。配下の同心・樺山富士太郎と女丈夫の奥方・菫子の奮闘が始まる!大好評シリーズ、待望の第43弾!(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの四十三弾の長編痛快時代小説です。

 

富士太郎は、庄之助に殺された岡っ引の金之丞の下っ引だった伊助の迎えで寒い朝から殺しの現場へと向かった。

殺されたのは養吉というヤクザの嫌われ者だったが、すぐに元大工の棟梁だった源市という男が浮かび捕縛する。しかし、源市は捕縛の際も、また入牢の際もまた笑みすら浮かべていたのだった。

荒俣土岐之介は、井倉家用人の村上孫之丞から、井倉下野守宛に「人頭税を確実に実行せよ」との文が届いたことを聞いた。

しかし、その帰りに、荒俣土岐之介は朝山越前守と思われる人物から斬りかかられるが、住吉のおかげで何とかその場を逃れることが出来たのだった。

奉行は富士太郎に荒俣の陰警護をつけるように命じ、結局左之助が警護をすることになる。

一方荒俣は、一昨日に富士太郎が捕らえた源市が吟味方与力の岩末長兵衛によって解き放ちになっていることに気付くのだった。

 

今回の話はこのシリーズには珍しく、富士太郎の上司である荒俣土岐之介と、その妻の菫子を中心とした話になっています。

荒俣が何者かに襲われたため、左之助が荒俣の陰警護を願うことになります。その際、荒俣土岐之介の妻の菫子が薙刀の遣い手であり、夫の警護まで任せておけるほどのものであることが判明するのです。

 

荒俣土岐之介を狙う朝山越前守のいう「人頭税」とは、「納税能力に関係なく、全ての国民1人につき一定額を課す税金」のことを言うそうです( ウィキペディア : 参照 )。

本書でも、荒俣土岐之介の上司でもある南町奉行曲田伊予守などは、朝山のいう「人頭税」は公儀の要人にごまをするだけのために話を持ち出したに過ぎないのであり、庶民のためになるはずもなく、悪法でしかない、と言い切るほどです。

 

そもそも、「人頭税」を持ち出し、その後職を辞する頃の朝山は常軌を逸しており、心を病んでいるとしか思えなかったのでした。

この設定自体、荒俣土岐之介を守るべき状況を作り出すためのものでしょうから、朝山越前守の人物設定もあまり丁寧にできているとは思えません。

多分ですが、作者は菫子の薙刀の腕を物語の舞台にあげることによって、このシリーズの今後の展開に、具体的には左之助の剣の修行に役立つ相手として登場させたのではないかと思われます。

ですから菫子本人のことについてはまだあまり詳しくは描かれてはいません。

それでも、荒俣土岐之介の妻女であり、薙刀の遣い手であって、気が強く、武士の妻はあっても鈴木作品らしく夫のことは心から慕っていることは分かります。

今回は直之進はほとんど出てきません。出てはくるのですが、すぐにいなくなり、左之助と菫子の活躍の場面になるのです。

 

これだけ長いシリーズになるとなかなかにストーリーを考えるのも大変だとは思いますが、薙刀の遣い手の登場とは意外でした。読み手としては大いに期待したいと思います。

黄金色の雲-口入屋用心棒(42)

目明しの金之丞ら三人を平然と殺め、江戸有数の大店から大金を強請りとった読売かわせみ屋・庄之助の魔の手は、ついに、南町奉行所・樺山富士太郎にも及び、身を挺して主人を守った中間・珠吉が斬られる。湯瀬直之進、倉田佐之助、米田屋琢ノ介らの必死の探索にもかかわらず、包囲網を突破する庄之助。業を煮やした与力・荒俣土岐之助が打った秘策とは!?大迫力の攻防戦、書き下ろし人気シリーズ四十二弾。(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの四十二弾の長編痛快時代小説です。

庄之助が登場してきて三作目になり、いよいよ庄之助との対決が迫ります。

 

庄之助に命じられた高田兵庫によって富士太郎の身代わりになり斬られた珠吉だったが、いまだ生死の境をさまよっていた。

翌朝、奉行所を出た富士太郎に湯瀬直之進、倉田左之助、米田屋琢ノ介の三人が、玉吉を斬った下手人の探索を手伝わせてくれと言ってきた。

そこで、直之進には想願寺の住職の臨鳴を、左之助には桜源院で見たという一万両の金があるか否かを調べてもらうことにし、琢ノ介には富士太郎の用心棒を頼むことになった。

まずはお吟の不在を確かめた富士太郎は、かわせみ屋にいる庄之助に会いに行き、直之進は、墓暴きの一件を庄之助に知らせたのは想願寺の住職の臨鳴だったことを確認する。

一方、桜源院に忍び込んだ左之助は住職の沢勢の書斎で、沢勢の父親向島の家を手に入れた証文を見つけるが、沢勢に見つかり、宝蔵院流の槍の手練れの沢勢と一線を交え、これを倒すのだった。

 

いよいよ庄之助との対決となります。

直之進が全く歯が立たないほどの剣の腕を持つ庄之助ですが、この庄之助をどのようにして倒すのか、が気になるところです。

また、直之進と同程度の腕である左之助と庄之助との対決も見どころではあります。

 

と、本書の見どころを挙げることはできるのですが、実際読み終えてみると、私の好みとは若干ずれた結果に終わりました。

せっかく庄之助という強烈なキャラクターを持ってきたのに、そのキャラクターをうまく生かし切れていない印象に終わってしまったのです。

天下の転覆を目指す庄之助ですが、それにしては計画が雑に過ぎますし、他にも庄之助の異常なまでの強さの理由も今ひとつはっきりとしませんでしたし、直之進との対決も尻すぼみ気味だったのです。

 

このシリーズも四十巻を超える一大シリーズとなってきました。この後どのような展開になっていくものなのか、大きな期待をもって読み続けたいと思います。

果断の桜 沼里藩留守居役忠勤控

駿州沼里藩の江戸留守居役を務める深貝文太郎は妻殺しの犯人を見つけられず、忸怩たる思いを抱いていた。ある日、家中の賄頭が自殺する。遺書で公金横領を告白していた。半月後、今度は留守居役の同輩が乱心して通行人を次々に斬り殺すという事件が勃発。お家取り潰しもあり得るほどの大事件である。文太郎は殿直々にこの事件を解明するよう命じられる―。持ち前の粘り強さと機転を武器に、文太郎が事件の真相を暴く!(「BOOK」データベースより)

 

沼里藩留守居役忠勤控シリーズの第二弾です。

 

賄頭の大瀬彦兵衛が二百両を横領して自害し、その事情を知っていると思われる中間の耕吉も行方不明になった。文太郎は駿州沼里藩藩主の水野靖興から、文太郎自らの手でこの事件を調べるよう命じられる。

ところが次に、藩士の植松新蔵が僧侶や若い女らを斬殺するという事件を起こしてしまう。早速、水野家代々頼みの与力伊豆沢鉦三郎からの報告を藩主に報告すると、藩の浮沈に関わることでもあり、直接に調べるよう命を受ける文太郎だった。

 

前巻から五年の歳月が経っています。

本書での文太郎はやはり前巻同様、いや今回は藩主の直接の命があるぶん違うかもしれませんが、探索の手を広げていき、植松新蔵の行為の裏に隠された本当の意味を探り出します。

本書をミステリーと言い切っていいのか分からないほどに厳密な謎が設定されているわけではありません。また、主人公も人並み以上の剣の腕は持ちながらも普通のヒーロー像とは少々異なります。

それでも痛快時代小説としてはありがちであり、特別なことではないでしょう。

 

前巻で、妖刀「三殿守」を用いて辻斬りを繰り返していた浦田馬之助を捕らえた際、馬之介の発した「必ず苦しませてやる。」との言葉が妻の死と関わっていないとは思えない文太郎です。

そして、この謎こそがシリーズを貫く謎になるのだろうとの予感はありますが、鈴木英治という作家の思惑は分かりません。意外な展開になるかも知れず、今後の作品を待ちたいと思います。

信義の雪 沼里藩留守居役忠勤控

11代家斉将軍の時代。駿州沼里藩江戸屋敷において留守居役を務める深貝文太郎。沼里から江戸に出て5年たったある日、相役の高足惣左衛門が殺人の科で大目付に捕縄される。文太郎は、高足の残した「さんずのかみ」という謎の言葉を手がかりに、真犯人の探索を開始する。保身ばかりで怠惰な上役に無理難題を言われるが、高足の無実を信じる文太郎はそれに負けることなく探索に励む。やがて解決の糸口をつかむが…。

 

口入屋用心棒シリーズ』で人気を博している鈴木英治氏の新しい痛快時代小説シリーズ、沼里藩留守居役忠勤控シリーズの第一弾です。

 

このシリーズは、『口入屋用心棒シリーズ』の主人公湯瀬直之進の郷里である駿州沼里藩の江戸屋敷の留守居役である深貝文太郎を主人公としています。

 

ある日、高足惣左衛門という文太郎の相役が、町屋の女を殺したとして捕縛されます。文太郎は、高足が残していった「さんずのかみ」という言葉を頼りに真犯人の探索に乗り出すのです。

 

まだまだシリーズは始まったばかりで、このシリーズがどのような内容を持つものなのか、主人公の性格設定など分からないことばかりです。

しかし、「沼里藩留守居役忠勤控」というシリーズ名でも分かるように、留守居役の深貝文太郎の活躍、それも捕物帳的なミステリータッチの物語だと推測されます。

そして本書では、その予想通りに早速事件は起き、文太郎の探索の様子が語られます。

 

ただ、クライマックスにおいて思いもよらない展開が待ち受けていて、少々驚きました。その意外な展開がこのシリーズの全体を貫いていく大きな謎として待ちうけているのだと推測できます。

 

文之介の探索方が少々場当たり的か、などの印象もありますが、今後の展開を楽しみに待ちたいと思います。

沼里藩留守居役忠勤控シリーズ

沼里藩留守居役忠勤控シリーズ(2018年11月22日現在)

  1. 信義の雪
  2. 果断の桜
  1. 流転の虹

 

『口入屋用心棒シリーズ』の主人公湯瀬直之進の郷里である駿州沼里藩を舞台にした物語です。とは言っても、主人公は江戸屋敷の留守居役であり、つまりは舞台は江戸の町ということになります。

第一巻では、沼里藩江戸屋敷留守居役の深貝文太郎は、相役の高足惣左衛門が町屋の女を殺したという罪を着せられたことから、彼の無実を張らずべく探索を開始します。

こうして深貝文太郎の探索作業が始まりますが、この流れは第二巻目の『果断の桜 沼里藩留守居役忠勤控』においても同様です。

というよりも、第二巻の『果断の桜 沼里藩留守居役忠勤控』では二百両という金を横領し自裁して果てた賄頭の大瀬彦兵衛の事件について、藩主の靖興から、直々に探索方を命じられるのです。

即ち、まだ二冊しか読んでいないので明確なことは言えないのですが、このシリーズは現在の『口入屋用心棒シリーズ』のように、捕物帳的な色彩が強いシリーズになると思われます。

口入屋用心棒シリーズ』も、当初の直之進と佐之助との闘い中心の物語から捕物帳的な話へと変化していきましたが、本シリーズの場合当初からミステリータッチで進みます。

実を言えば、本シリーズなどをミステリータッチと言っていいか疑問もありますが、一応提示された謎を解いていくという形態からして、少なくともミステリー風と言えるとは思うのです。

 

そしてもう一点。第一巻『信義の雪 沼里藩留守居役忠勤控』の終わりで第一巻ながら衝撃的な終わり方をするこのシリーズの全体を貫く大きな謎が設定されているようです。

文芸評論家の細谷正充氏の文章を借りれば、記憶力が抜群で、雲相流剣術の免許皆伝。腰には、駿州の刀工が打った、摂津守道重を佩いている。愛妻の志津は当然として、義母の八重や、中間の弦太との関係も良好。こすっからい上役の右田主水助に怒りを覚えることもあるが、まずは充実した毎日である。魅力的な主人公と衝撃の結末、鈴木英治の新シリーズが始動 : 参照 )、とあります。

痛快小説の面白さはキャラクター造形がどれくらいうまくいっているかにあると思われますが、本『沼里藩留守居役忠勤控シリーズ』の場合、主人公深貝文太郎の魅力は今ひとつ良く分かりません。

それなりの剣の腕を持つ、ほどほどに頭も切れる、幸せな家庭を持っている侍として、特段の特色がありとも思えないのですが、今のところ重しくないと言い切ることもできません。

 

もうしばらくシリーズの進行を見て見たいと思います。