群青色の波-口入屋用心棒(41)

謎の読売屋主人、庄之助に叩きのめされた湯瀬直之進は以来、庄之助の影に苛まれ、秀士館の稽古も精彩を欠いた。見かねた倉田佐之助は、友として庄之助の正体を探る役目を買って出る。その頃、表には出ないものの、江戸の大店が大金を強請り取られる事件が立て続けに起きていた。探索する南町奉行所同心の樺山富士太郎と、庄之助の身許を洗う佐之助の目が、徐々に同じ像を結んでいく。緊迫の展開を見せる、大人気書き下ろしシリーズ四十一巻!(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの四十一弾の長編痛快時代小説です。

 

庄之助の登場してきた前巻から話の面白さが増してきています。

 

前巻で庄之助と立ち合い完敗した湯瀬直之進は、夢の中では真剣で斬られる自分を感じるほどに打ちのめされていた。直之進の様子がおかしいことを見抜いた倉田佐之助は、庄之助に勝つために、自分に庄之助のことを調べさせろと言う。

一方富士太郎は、岡っ引きの金之丞は庄之助の秘密を知り殺されたと推測して、金之丞の下っ引きの伊助から聞きだした金之丞の言葉をもとに、例繰方の高田観之丞から七年前の事件について調べてもらっていた。

それは、御政道批判を繰り返した息吹屋千之助という読売屋の事件であり、その事件で息吹屋が「雪谷」という言葉を口にしていたというものだった。その上、息吹屋千之助の暮らしていた場所が、かわせみ屋のある牛込原町というのだ。

同じ頃、剣術道場を訪ね歩いていた佐之助も庄之助の人相書きの男は「雪谷」という名であることを聞きこんでいた。

翌日、富士太郎は、上役の与力の荒俣土岐之介から、五軒の大店がそれぞれに二千両という大金を強請られているらしく調べるようにと命じられる。

 

謎に隠された敵役の正体が次第に明らかになっていきます。その過程で活躍するのは富士太郎であり、そして佐之助です。

ここらはいつもの通りの物語の流れで、富士太郎と佐之助という二人のそれぞれの探索の道筋が、次第に一本の流れにまとまっていきます。

庄之助の企図が次第に明らかになっていく中で、佐之助も庄之助の剣の腕を知り、その強さに驚きます。

剣の腕が圧倒的に強い庄之助を直之進は、そして佐之助はどのように倒すのか、関心はその点に移っていく中で、本書のクライマックスは意外な結末でを迎えるのです。

赤銅色の士-口入屋用心棒(40)

読売屋の新しい主人、庄之助に、なぜか武士のような威厳がある。しかも日に焼けた逞しい体つきからして、かなりの遣い手のようだ―乾物屋への強請をとっちめた琢ノ介が、直後に襲われた。悪評芬々の読売屋「かわせみ屋」の仕業と見られたが、養子に入った庄之助が跡を継いだ昨今は、奉公人を厳しく取り仕切り、行状は改まっているはずだ。定廻り同心の樺山富士太郎と湯瀬直之進らが琢ノ介襲撃の下手人を追うなか、独自に探索を始めた旧知の岡っ引の姿が消えた。大人気の書き下ろしシリーズ第四十巻。(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの第四十弾の長編痛快時代小説です。

 

金杉町の乾物問屋「出水屋」を訪れていた米田屋琢ノ介は、出水屋に難癖をつけてきた男を叩き出してしまう。その男はかわせみ屋の公造という男だった。

米田屋の近くまで帰ってきた琢ノ介は、待ち構えていた三人の男に木刀で殴られて大怪我を負ってしまう。さいわい大事には至っていない琢ノ助だった。

駈けつけた富士太郎は、読売屋であるかわせみ屋先代の恒五郎が怪しいという琢ノ介の言葉でかわせみ屋に行くが、かわせみ屋の今の主人である庄之助も、先代の恒五郎琢ノ介を襲ったことはないというのだった。

その帰り道で、金之丞という男が富士太郎に声をかけてきた。岡っ引きだった五十過ぎの男で、庄之助という男が何かと怪しく、見張っているというのだ。

他方、直之進も琢ノ介から話を聞いてかわせみ屋に向かうが、かわせみ屋から出てくる巨大な気を持った庄之助思われる男に出会う。

庄之助をつけているほっかむりの男に気づいた直之進はその後をつけるが、庄之助の合図で現れた八人の侍襲われているほっかむりの男を助け、庄之助を見失ってしまうのだった。

 

本書に至り、マンネリ感を感じていたこのシリーズも本来の面白さを取り戻しつつあるかもしれないという印象を持ちました。それほどに読みごたえを感じた物語であったのです。

本書ではかわせみ屋の庄之助という男が登場します。この男については未だ何も分かっていません。

ただ、直之進や佐之助が勤める秀士館に対し含むところがあると思われます。また、何か大望があるらしく、その邪魔になるかもしれない男を本書冒頭で簡単に殺してもいます。

その上で、直之進をして「巨大な気を持っている男」を言わせるほどの存在感を有しているのです。

 

本書自体では殆ど何も起きないと言ってもよさそうです。ただ、庄之助の正体を探ろうとしている男がいて、その身が危ういことになるだけが語られています。

そのなかで庄之助の正体が少しずつ見えてくることが本書で描かれていることです。その正体不明感で最後まで引っ張られます。そして、意外な終わり方をするのです。

 

こうしてみると、痛快小説では悪役の描き方が一つのポイントになっていることは間違いなさそうです。魅力的な敵役がいて初めて主人公も活躍できるということでしょう。

そういうことはあらためて言うことでもないのですが、本書のように、面白さを取り戻してきた作品を読むとそのことが思い知らされるのです。

面白が復活してきたこのシリーズの続編が期待されます。

隠し湯の効-口入屋用心棒(39)

秀士館の門人が、相次いで頭巾の侍に襲われた。侍は捨て台詞に湯瀬直之進の名を出したという。だが渦中の直之進は、館長の大左衛門から大山・阿夫利神社への納太刀を頼まれる。同行する塚ノ介、珠吉との賑やかな旅路に、邪悪な影が忍び寄る。道中知り合った訳あり父娘の厄介事も背負い込み、大山詣は益々穏やかならざるものに。因縁の対決の火蓋が切られ、山間の清流に鋭い刃音が響き渡った。書き下ろし人気シリーズ第三十九弾。(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの第三十九弾の長編痛快時代小説です。

 

秀士館の門人が、何者かに暴行を受けるという事件が発生します。犯人は去り際に湯瀬直之進の名を挙げたということでした。

左腕の治りがおもわしくない直之進は、秀士館館長の佐賀大左衛門の配慮により、相模国伊勢原にある大山の阿夫利神社への木刀の奉納と、その帰りに信玄の隠し湯といわれる中川温泉へと旅立つことになりました。

その旅立ちには、門人への暴行事件の犯人をひきつける意味もありましたが、何故か自分の子が欲しい琢ノ助や、富士太郎の嫁の智代の安産を願う珠吉も同行することとなります。途中ヤクザから親子連れを救い出しながらの旅となるのでした。

 

前巻まで、御前試合の顛末のあと、秀士館医術方教授の雄哲の行方不明事件がおき、直之進も何かと忙しい日々を送っていました。

ところが、御前試合やその後の雄哲の失踪に伴う事件で怪我をした腕の怪我もいま一つおもわしくないところから、館長の大佐衛門の配慮により、震源の隠し湯へと行くことになった直之進です。

本巻は、シリーズの途中の息抜きといった立ち位置にある、物語としては前後の繋がりには全く関係のない独立した話になっています。

本書の出来事としては、秀士館門人への暴力を働く暴漢の存在でしょうが、分かってしまえば取り立てて言うほどのこともありません。

また、旅の途中で知り合った、ヤクザに追われている親子にしても今回の物語のためにとってつけたような話であって、単に話を膨らませるだけでしかありません。

 

結局は、次巻へのつなぎでしかない本巻だったと言えます。というのも、次巻『赤銅色の士-口入屋用心棒(40)』がかなり面白く仕上がっていて、久しぶりにこのシリーズらしさが出ていると感じた物語になっていたからです。

本書の意義としては、信玄の隠し湯の中川温泉に入ったおかげなのか、直之進の腕の怪我も一気によくなる、ということくらいでしょうか。

ただ、その点も一日温泉に入ったくらいでそんなに即効性があるのかという疑問はありますが、そう言う点は追求しないことにします。

 

とにかく、本巻はシリーズ中のちょっとしたちょっとした休憩、という程度に思っていたほうがいいと思われます。

武者鼠の爪-口入屋用心棒(38)

友垣を見舞いに品川に行くと言い残し、秀士館から姿を消した医者の雄哲。さらにその後を追うように、雄哲の助手だった一之輔も行方を晦ました。二人を案じる湯瀬直之進ら秀士館の面々は、南町同心の樺山富士太郎と中間の珠吉に品川での探索を依頼する。一方、倉田佐之助と秀士館教授方で薬種問屋古笹屋のあるじ民之助は江戸を発ち、川越街道を北上していた。書き下ろし人気シリーズ第三十八弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十八弾の長編痛快時代小説です。

 

前巻で上覧試合も終わり、優勝こそ逃したものの見事な成績を収めた直之進でした。しかし、決勝では室谷半兵衛に打たれ骨折した右腕を治療しようにも、前巻で行方不明になった秀士館の医術方教授の雄哲は未だ秀士館には帰ってきていませんでした。

そこで、秀士館館長の佐賀大佐衛門らは、共に雄哲を探しに行くと言って出掛けたまま帰らない一之輔の生国だと思われる川越へ、佐之助と薬種教授方で薬種問屋古笹屋主人の民之助とを探索へと送り出します。

また、怪我のために留守番をしていた直之進も、雄哲が川越行きの船に乗り込んだことを聞き込んできた富士太郎からの知らせで川越へと向かうことになったのでした。

そのころ、川越の新発田従五郎の屋敷では、藩内の権力闘争に巻き込まれた八重姫を助けるために、雄哲が必死の看病を続けて居ました。しかし、その新発田屋敷を見張る目があったのです。

 

なかなか秀士館に帰ってこない医術方教授の雄哲ですが、今度は雄哲を探しに行くと言って出掛けた一之輔まで帰った来ない事態となり、雄哲を探索する秀士館の仲間らの姿が描かれています。

シリーズとして特別なことが起こるわけではありません。秀士館の日常のちょっとした異常が描かれるという程度です。

直之進や佐之助らの剣戟の場面もそれなりに準備してはありますが、今ひとつの盛り上がりでした。それは、今回の倒すべき相手の姿が妙にはっきりとしていない、曖昧な印象があるところからきているようです。

 

このところの本『口入屋用心棒シリーズ』は、少々物語としての緊張感というか、勢いがなくなってきているように感じます。

それは、やはり何度も書いているように直之進と佐之助との間の対立が無くなった頃から感じていたことと思えます。そのことがより鮮明になってきているのではないでしょうか。

本シリーズの場合、キャラクターは悪くないと思うのですが、何とも微妙なところで物語が進んでいると思います。つまらないということではなく、だからといって絶賛できる、ということもないのです。

 

本作品『武者鼠の爪-口入屋用心棒』にしても、物語の進み方に必然性というか、納得感があまり感じられないうえに、敵役の存在があまり存在感がありません。

面白いと思える物語の条件は、魅力的な主人公の存在に加えて、説得力のあるストーリーと存在感のある敵役があってこその話なのでしょう。

 

残念ながら、私の書き込みにしても同じようなことばかりを書いている気がします。このシリーズは私の好きなシリーズでもあり是非、大きな転換を期待したいものです。

御上覧の誉-口入屋用心棒(37)

寛永寺御上覧試合に東海代表として出場が決まったものの、未だ負傷した右腕が癒えない湯瀬直之進は、稽古もままならず、もどかしい日々を送っていた。続々と各地の代表が決まる中、信州松本で行われた信越予選では、老中首座内藤紀伊守の家臣室谷半兵衛が勝ち名乗りを上げる。だが、江戸では内藤家に仕える中間の首なし死体が発見され、内藤紀伊守の行列を襲う一団が現れた。不穏な気配が漂う中、遂に御上覧試合当日を迎える!人気書き下ろしシリーズ第三十七弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十七弾の長編痛快時代小説です。

 

沼里で行われた東海地方予選を勝ち抜いた直之進は、沼里で退治した盗賊の首領から受けた傷が未だ癒えていないままに、近く行われる上覧試合本選へと出場しなければならないのだ。

「秀士館」の医術方教授の雄哲の治療を期待していたものの、雄哲は他出していて不在であり、治療もままならないでいた。そんなときに訪ねてきた新美謙之介の持っていた霊鳴丸という薬を飲んで本選へと臨む直之進だった。

一方、富士太郎は老中首座内藤紀伊守の中屋敷に奉公する中間のものと思われる首なし死体の探索に振り回されていた。

また佐之助は、淀島登兵衛の頼みで内藤紀伊守の警護を頼まれる。普段は四月ほど前の襲撃を防いだ室谷半兵衛を召し抱え、その者に警護を任せているというが、室谷半兵衛は内藤紀伊守の為した理不尽な移封で家禄半減となった遠州浜松井上家の家臣だったのであり、佐之助への依頼にはその室谷の監視もあるということだった。

 

御上覧試合という一大イベントでもう少し物語を続けていくものかと思っていたところ、本巻で試合は終わってしまいます。

代わりに、本書冒頭から不在だった「秀士館」の医術方教授の雄哲は、物語の最後になっても「秀士館」に戻っていません。次巻はこの雄哲不明の謎が軸になるものだと思われます。

ともあれ本書では、直之進は勿論上覧試合を勝ち抜いていきます。天下一の剣士は誰なのかは実際に読んでもらうとして、その試合の様子も読みごたえがあります。

また、それとは別に佐之助の見せ場も作ってあります。かつては互いに仇敵のように闘っていた相手ではありますが、今では死線を越えた者同士の交流があり、繋がりがあるのです。

それに加えて、富士太郎の探索が絡んでくるのもいつものパターンです。

ただ、特に富士太郎の探索の場面は簡潔です。物語の流れの上であまり必要がないからということもあると思われますが、もう少し丁寧に描いて欲しいという印象はありました。

でも、痛快時代小説としてテンポよく読み進めることができる物語です。そして鈴木英治という作家の代表シリーズの一作として、一定水準の面白さは確保できているのです。面白いシリーズであり、作品であるのも当たり前でしょう。

ついでに言えば、本作の四分の一ほどは上覧試合の試合の描写が為されています。このように、剣術の立ち合いのみで見せる物語といえば、海道龍一朗の『真剣 新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱』があります。剣聖と言われた上泉伊勢の守信綱の生涯を描いたこの作品は、求道者の一つのあり方を描いた作品としては最高の作品の一冊だと思います。

天下流の友-口入屋用心棒(36)

将軍家の肝煎りで、日の本一の剣客を決める御上覧試合の開催が決まった。主君真興の推挙を受け、湯瀬直之進は予選が行われる駿州沼里の地を踏んだが、城下を押し込みの一団が跳梁していた。その探索に乗り出そうとした矢先、直之進の前に尾張柳生の遣い手が現れる。果たして直之進は故郷に平穏を取り戻し、上野寛永寺で行われる本戦出場を果たせるのか!?人気書き下ろしシリーズ第三十六弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十六弾の長編痛快時代小説です。

 

日本一の剣客を決める御上覧試合が行われることになり、駿州沼里城主真興とその弟房興とが秀士館の直之進のもとを訪れ、沼里藩の代表として出て欲しいと言ってきました。

寛永寺で開催される御上覧試合は、全国が十二の地域に分けられており、東海地方での予選は沼里で行われるそうです。そのため、御上覧試合を勝ち抜くためには、同じ東海地方の強豪である尾張藩の柳生新陰流を倒す必要がありました。

予選に参加するために、直之進は、おきくや、主持ちではないために試合に参加できない佐之助と共に沼里に赴きます。

沼里に来る船の中で、沼里で跳梁しているという押し込みの一団の話は聞いていましたが、突然に直之進の屋敷を訪ねてきた尾張柳生の剣士新美謙之介とともに、この一団を退治した直之進らは予選試合へと臨むのでした。

 

今回は、これまでとは異なる話の流れになっていて、シリーズのマンネリ化を感じていた私としては待ちかねた展開になった物語でした。

剣術の勝ち抜き戦という舞台設定自体は決して珍しいものではないにしても、これまでのこのシリーズの流れからすると毛色が変わってきたと思われ、何にせよ期待したい流れなのです。

その中で、特に尾張柳生の剣士新美謙之介というキャラクターは、多分ですが今後も登場する人物として設定されている気がします。

それほどに、この人物の登場の仕方や人物像にが軽い意外性があり、簡単に退場する人物像では無さそうな描き方をしてあるのです。

しかし、近時再読している池波正太郎の『剣客商売』シリーズを読んでいて改めて思うのですが、小説のストーリーの運び方、登場人物像の描き方などのうまさにおいて、どうしても比較してしまい、若干の物足りなさも感じています。

それは、本シリーズのみならず、近年の時代小説全般に対して思うことでもあります。近年の時代小説のありかたそのものに関わるものかもしれません。それは本シリーズも同様なのですが、ただ本シリーズの持つ独特の個性を失うことなく、更なる魅力的な物語を提供して欲しいと思うばかりです。

木乃伊の気-口入屋用心棒(35)

雨上がり、家族とともに和やかなときを過ごしていた湯瀬直之進が突如黒覆面の男に襲われた。さらに同じ日、秀士館の敷地内にある古びた祠のそばから、戦国の世に埋葬されたと思しき木乃伊が発見され、日暮里界隈が騒然となる。野次馬を巻き込んでの騒ぎが一段落したと思われたその矢先、今度は新たな白骨死体が見つかり…。人気書き下ろしシリーズ第三十五弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十五弾の長編痛快時代小説です。

 

三人田をめぐる物語も一応の決着を見、直之進の秀士館での日常も戻ってきたと思われた矢先、理由も不明のまま、何者かが直之進を襲ってきました。

からくも襲撃を退けた直のしいでうすが、今度は秀士館の敷地内から木乃伊が発見され、秀士館は大騒ぎとなります。そのさなか、直之進と共にいた佐之助はこの様子を冷めた目で見つめる一人の侍に気づきます。

永井孫次郎と名乗るその侍の後をつけ、その男の幸せそうな家庭を確認した後、秀士館に戻った佐之助ですが、今度は秀士館内で白骨死体が見つかり、富士太郎が探索に乗り出すことになります。

富士太郎は、秀士館敷地の従来の持主の山梨家が、伊達家当主とのいさかいがきっかけで取り潰しにあい、山梨家当主の手により焼失した屋敷跡に秀士館が建っていることを調べ上げ、定岡内膳という目付の名前を突き止めます。

一方、直之進は自分を襲った賊と姿が良く似た桶垣郷之丞という伊沢家の家臣に目をつけます。桶垣は「侍は死を賭して主君に仕えるもの」と言い、富士太郎や佐之助のの探索にも繋がってくることになるのでした。

 

本書では、やっと活動を始めた秀士館の建つ土地にまつわる物語が展開されます。本書の軸となる直之進と佐之助、そして富士太郎らの中心人物が各々に事件の探索に動き、その探索の流れが一つに収斂していくというこのシリーズのパターンの形に収まっています。

このシリーズについては毎回同じようなことを書いていますが、このごろ物語の世界がこじんまりと小さな世界で完結しているように思います。

それは、このシリーズ当初は敵対していた直之進と佐之助が親友となり、二人共に家庭を持ち、かつては直之進に懸想していた富士太郎も今では普通に女性を愛し、家庭を設けるまでになっている、という事情にもよるのかもしれません。

結局普通の痛快時代小説の設定と変わるとことが無いようになってきているのです。際立っていた個性が減少してきたとも言えます。

物語として魅力的な敵役を作るなり、もっと大きな活躍の舞台を設定するなりのテコ入れを期待したいと思います。

痴れ者の果-口入屋用心棒(34)

定廻り同心樺山富士太郎を凶刃から救った米田屋のあるじ琢ノ介が倒れ、危篤状態に陥った。湯瀬直之進と倉田佐之助は急ぎ米田屋に駆けつけるが、そこには鎌幸をかどわかした張本人撫養知之丞の配下と思しき男らが様子をうかがっていた。二振りの名刀「三人田」を我が物にせんと企む撫養の狙いは一体何なのか。そして直之進は無事鎌幸を救い出せるのか!?人気書き下ろしシリーズ、第三十四弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十四弾の長編痛快時代小説です。ここ数巻では名刀三人田に絡んだ話が続いていましたが、本巻でも三人田の話が続きます。

 

前巻の終わりで賊に襲われている富士太郎を危機一髪のところで救った今では米田屋の主となっている琢之介でしたが、本書冒頭ではその琢之助が危篤状態に陥っているところから始まります。

その話を聞きつけた直之進と佐之助が駆けつけたところ、米田屋を見張る、前巻で鎌幸を攫った撫養知之丞の配下の者らしい気配がするのでした。とすれば、富士太郎を襲ったのは撫養知之丞ということになります。

撫養知之丞が江戸に出てきたのは、三人田の存在がありました。三人田の正と邪のふた振りの剣が揃うと天変地異が起きるそうで、撫養知之丞はそのことにより乱世を導こうとしていると考えられるのです。

一方、富士太郎は、太田源五郎殺しの下手人のおさんから、おさんの店に撫養知之丞が来たことを聞き、また、佐之助は撫養知之丞が故郷を出奔した理由が、忍びである撫養家が作っていた薬に関わるものであることを調べ出します。

ここで、おさんが犯した殺人や奉行所の不審な人事などの不審な出来事の裏に、撫養知之丞の薬による操作があったことを知るのでした。

 

本書でもまた、筋立ての粗さを感じてしまいました。撫養知之丞の行いの裏に、荒唐無稽としか言いようのない、ふた振りの三人田が起こすであろう天変地異により天下の転覆を企てがある、というのは少々乱暴に感じます。

この物語が、これまでの運びとしてこのような設定を受け入れる要素など全くない物語であったのですから、突然に伝奇的な事件を持ちだされても戸惑うばかりです。それであれば、伝奇的な要素を持ちこむ要素をもう少し設けておいてほしい、と思うのです。

直之進、佐之助、富士太郎、それに琢之助らのキャラクターの面白さ、それに鈴木英治独特の文章という救いがあるために読み続けていますが、もう少し丁寧なストーリーを願いたいものです。

ともあれ、本書で三人田の物語は終わったものと思われます。次巻からはまた新たな物語が始まると思われるので、そちらを期待したいと思います。

傀儡子の糸-口入屋用心棒(33)

江都一の粋人・佐賀大左衛門の構想によって創設された文武両道の学校“秀士館”。その剣術指南役に就いた湯瀬直之進は、幻の名刀“三人田”の持ち主鎌幸が姿を消したと知り、その行方を追いはじめる。そんな中、南町奉行所の定廻り同心坂巻十蔵の死体が発見された。早々に下手人を捕らえた樺山富士太郎だったが、さらなる殺しの一報がもたらされ…。人気書き下ろしシリーズ第三十三弾。(「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十三弾の長編痛快時代小説です。

前巻では三人田という刀をめぐり、鎌幸が何者かに狙われ、また富士太郎の屋敷に賊が侵入するなどの事件があったものの、三人田をめぐる猟官騒ぎは一応の決着を見ました。

 

それから一年後、直之進と佐之助はやっと設立された「秀士館」の剣術指南役として働いており、また直之進には直太郎という跡取りも生まれています。

直之進が「三人田」を返すために旅から帰った鎌幸のもとへ向かうと、鎌幸の家を見張る何者かの眼を感じます。はたして鎌幸の家からの帰りに何者かに襲われる事件が起きます。その後、鎌幸自身が拉致されてしまい、直之進が預かっている三人田を狙って、直之進もまた何者かに襲われるのでした。

一方、同僚の同心が殺害され、その下手人を捉えた富士太郎でしたが、そのすぐ後に今度は同僚の先輩同心が殺されるという事件が起きます。その上、奉行所では何とも奇妙な人事が行われているのでした。

 

三人田という刀をめぐる話はいまだ終わってはいませんでした。三人田という名刀にはまだ隠された秘密があり、その秘密をめぐる暗闘が続いているのです。

とまあ、名刀三人田をめぐる話は尽きません。それは良いのですが、何とも筋立てが雑に感じられてしまいます。三人田に隠された秘密があることは良いのですが、その秘密が話の流れの中であまり必然性を感じません。

とってつけたように「秘密」を持ちだされても、読者としては話について、いや物語の世界に入っていきにくいのです。その上、その秘密に関わる敵役の設定も半端な印象です。

このところ、このシリーズに関しては筋立てに文句をつけてばかりいるようです。好きなシリーズだけに、もう少し感情移入しやすい設定を設けてほしいものです。

三人田の怪-口入屋用心棒(32)

徒目付の山平伊太夫にかどわかされた南町定廻り同心樺山富士太郎を救い出したものの、下手人の伊太夫を取り逃がしてしまった湯瀬直之進。そんな直之進の前に、名刀の贋作売買を生業とする鎌幸が現れ、用心棒仕事を依頼してきた。名刀“三人田”を所有する鎌幸を付け狙う者の正体とは!?富士太郎かどわかし事件の真相が遂に明かされる!人気書き下ろしシリーズ第三十二弾。 (「BOOK」データベースより)

口入屋用心棒シリーズの第三十二弾の長編痛快時代小説です。

前巻では富士太郎の拉致事件が語られましたが、最後は犯人である徒目付の山平伊太夫には逃げられてしまったものの、山平伊太夫らしき死体が発見されたところで終わっていました。

 

采謙こと鎌幸は、待ち合わせ場所に来ない相手を不審に思いつつも、自分の隠れ家に帰りついたところを襲われてしまいます。そこで、鎌幸は身の安全を図るために直之進に用心棒を頼むのです。その襲撃の裏には、三人田という名刀の行方を追う黒崎欽之丞とその手先である袋先伝平という男の存在がありました。

直之進は鎌幸と共に三人田の写しをこしらえた三河島村の貞柳斎という刀工の元へ行きますが、そこでも何者かに襲われたため、鎌幸らを連れて勘定奉行配下の淀島登兵衛のもとへ連れていきます。

しかし鎌幸は藤兵衛のもとから抜け出すなど不審な動きを見せます。そこで鎌幸から詳しい話を聞き出すと、三人田という刀をめぐる猟官の企みが隠されていることが判明します。

一方富士太郎の家に賊が入ったものの、何も取られた様子はありませんでした。しかし、天井裏からほこりをかぶった帳面が見つかります。その帳面には、ある人物を陥れようとする痕跡が見受けられるのでした。

 

本書でも新しい学問所の話には入りません。変わらずに三人田という名刀をめぐる話が続きます。

前巻から続く富士太郎の父親の残したという帳面に隠された猟官運動に関わる謎も明らかになり、そこに直之進のもとに逃げ込んだ鎌幸という刀の贋作でひと儲けをたくらむ男の話が関わりを見せてくるのです。

しかしながら、この物語の筋立て自体は粗さが目立つことは否定できません。例えば、新たに見つかった首なし死体の身元が判明しなかったのですが、富士太郎が関わった途端に身元が判明したり、鎌幸が三人田という刀を盗み出した話を聞いていながらも若年寄が何もしないでいることなど、疑問符が付きそうな個所があります。

それでもこのシリーズを読み続けるのは、やはり鈴木節とでも言うべき文章のタッチや、物語の醸し出す雰囲気が気にいっているからでしょう。少々の筋立てに対する疑問は、登場人物らの活躍でどこかへ行ってしまいます。

山本周五郎や藤沢周平などという大御所たちの作品にはない、俗な面白さがあり、シリーズを読むのをやめられないでいます。