カウントダウン

市長選に出ろ。オフィスに現れた選挙コンサルタントは、いきなりそう告げた。夕張と隣接し、その状況から双子市と称される幌岡市。最年少市議である森下直樹に、破綻寸前のこの町を救えというのだ。直樹の心は燃え上がってゆく。だが、二十年にわたり幌岡を支配してきた大田原市長が強大な敵であることに違いはない。名手が北海道への熱き想いを込めた、痛快エンターテインメント。(「BOOK」データベースより)

 

北海道の夕張市をモデルにした、とある地方自治体の破綻を描く長編の政治小説です。

 

作者の佐々木譲と言えば、警察小説もしくはハードボイルド小説の第一人者として名の通った作家さんです。

しかし、本書は警察小説やハードボイルド小説ではなく、財政再建団体に転落しようとするとある市の市長選に立候補しようとする一人にの若手市議の奮闘を描いた作品です。

 

そもそも、作者は何のために本書を描いたのかという点が気になります。

つまり、仮に、本書の惹句にあるように、夕張の状況をもとに痛快小説を書こうとしたのであれば、端的に言って、人気の警察小説ほどの面白さはありませんでした。

仮に夕張市が財政再建団体へと転落していく原因を作った、「夕張の中田哲司元市長とその多選を支え続けてきた翼賛的な市議会」への告発だとすれば、今度は幌岡市の現状描写が物足りない気はします。

どちらにしても、本書の惹句にある「痛快エンターテインメント」だとは言えず、どうにも消化不良の印象です。

 

本書の「解説」を書かれている佳多山大地氏によれば、本書は読売新聞北海道版に連載されたルポルタージュ「夕張ふたたび」の時の長期取材時の蓄積をもとに小説化されたものだそうです。

確かに、作者である佐々木譲自身の出身地でもある北海道夕張市の事情についてはよく調べられているし、夕張市の財政再建団体への転落に次いでの悲憤も強く感じます。

そして、長期政権による放漫財政と監視機能を失った議会という夕張市の状況を双子市とも称される本書の舞台幌岡市に置き換えている点もわかります。

しかし、痛快小説としての爽快感はありません。

 

本書の主人公である幌岡市の最年少市議である森下直樹が立候補を決心し、マスコミにその意思を公開したのは全体の三分の二を過ぎたあたりです。

そのこと自体は別にいいのですが、主人公の立候補を明言するまでの物語の動きは幌岡市の現況を説明するだけのものでしかありません。

それはつまりは夕張市への悲憤であり、告発であるとしか思えず、物語としての興味は半減しています。

 

また、いざ明言したのちに主人公に降りかかる反対派からの切り崩しや怪文書などの嫌がらせもあまりインパクトはなく、そうした事実があったという報告でしかありません。

つまりは痛快小説としての面白さがないとしか感じませんでした。

 

本書が告発小説でも痛快小説でも、どちらにしても物足りない印象を持ってしまったということになります。

佐々木譲という作家でしたらもう少しいわゆる面白い小説を期待できたはずだと思うだけに残念でした。

警官の条件

警部に昇任し、組織犯罪対策部第一課の係長に抜擢された、安城和也。彼は自らのチームを指揮し、覚醒剤の新たな流通ルートを解明しようと奮闘していたが、過程で重大な失策を犯してしまう。重苦しいムードに包まれる警視庁に、あの男が帰ってきた。かつて、“悪徳警官”として石もて追われたはずの、加賀谷仁が!警察小説の頂点に燦然と輝く『警官の血』―白熱と慟哭の、第二章。(「BOOK」データベースより)

 

大河警察小説として高い評判を得ている『警官の血』の続編として書かれた長編の警察小説です。

 

さすがに警察小説の第一人者と言われる著者佐々木譲が、自身の人気ベストセラー小説の続編として書いた作品だけあって十分な面白さをもった作品でした。

ただ、本書『警官の条件』が『警官の血』という名作の続編ということ、また前巻『警官の血』の終わりで強烈な印象を残した加賀谷仁が帰ってくるという惹句の文言をそのままに本書を読むと期待外れに終わるかもしれません。

というのも本書は前巻とは異なり、あくまで安城家としての物語というよりは三代目である安城和也の物語であり、また加賀谷はそのアクセントに過ぎず、ないからです。

つまりは、本書では安城家の歴史を描いたという側面は薄く、また加賀谷という存在も前作ほどではないのです。

 

 

それはひとつには前作を貫く、安城清二が追っていた事件や安城清二自身の死にまつわる謎が一応の解決を見ていることからくる、安城家という背景の希薄さからくるものと思われます。

また加賀谷に関しても、あくまで本書『警官の条件』は安城和也が主人公であるということからくるものでしょう。

 

とはいっても、加賀谷というキャラクターがあってこその本書であることもまた事実であり、その存在感は強烈です。

この加賀谷のような悪徳警官として個性をもった人物として、まず 逢坂剛の『禿鷹の夜』から始まる『禿鷹シリーズ』の主人公である禿富鷹秋刑事を思い出します。

ハゲタカこと禿富鷹秋刑事は、「信じるものは拳とカネ。史上最悪の刑事。・・・ヤクザにたかる。弱きはくじく。」とアマゾンの内容紹介にもあるように、その存在自体が強烈です。

 

 

またその存在感という点では 柚月裕子の『孤狼の血』の大上刑事もそうです。加賀谷とキャラクターの類似という点ではハゲタカよりもこちらの大上刑事の方が似ているかもしれません。

具体的な類似性は実際読んでいただく方がいいでしょう。ここで書くとネタバレになりかねないのです。

 

 

本書での加賀谷というキャラクターの処理はある意味ベタと言っても間違いのない扱いであって、そのベタさこそが魅力だとも言えます。

本書『警官の条件』が『警官の血』の続編である以上は、和也が中心になるのは当たり前のことであって、その中で和也がどのように成長するかという観点こそが主眼であり、加賀谷はあくまで脇役なのです。

だからこそ加賀谷の扱いがベタであって、和也が生きてくると思われます。

そうはいっても本書の中ほどまでを読み進める過程では、本書は『警官の血』での魅力と比して半減しているとの思いを持っての読書でした。

安城和也という男が主人公ではあるものの、他の人物を主人公として設定しても物語として成立し、警察小説として評価は低くはないのだろうなどと思っていました。

 

しかし、クライマックス近くになると、本書『警官の条件』の小説としての面白さが次第に迫ってくるようになります。

そして、警察内部の縄張り争いを主眼に描かれていくこの物語が、クライマックスにいたり先にも述べたある意味ベタな結末を迎えることになるのです。

この点に拒否感を抱いた読者も少なからずおられるのではないかと思われます。しかし、個人的には本書のような終わり方は決して嫌いではありませんでした。

もしかしたら、私にとっては、この終わり方だったからこそ本書の評価が高くなったのかもしれません。

 

一方、前巻でもこの加賀谷というキャラクターをもう少し読みたいと思っていたこともあり、せっかく本書で加賀谷を復活させたのであるならば、もう少しこのキャラクターのも物語を読みたいと思ったのも事実です。

できれば、サイドストーリ的に、もしくは本書のスピンオフ作品として加賀谷を中心にした作品を読んでみたいと思うのです。

警官の血

昭和二十三年、警察官として歩みはじめた安城清二は、やがて谷中の天王寺駐在所に配属される。人情味溢れる駐在だった。だが五重の塔が火災に遭った夜、謎の死を遂げる。その長男・安城民雄も父の跡を追うように警察学校へ。だが卒業後、その血を見込まれ、過酷な任務を与えられる。大学生として新左翼運動に潜りこめ、というのだ。三代の警官の魂を描く、空前絶後の大河ミステリ。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

安城民雄は、駐在として谷中へと還ってきた。心の傷は未だ癒えてはいない。だが清二が愛した町で力を尽くした。ある日、立てこもり事件が発生し、民雄はたったひとりで現場に乗り込んだのだが―。そして、安城和也もまた、祖父、父と同じ道を選んだ。警視庁捜査四課の一員として組織暴力と対峙する彼は、密命を帯びていた。ミステリ史にその名を刻む警察小説、堂々たる完結篇。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

 

親子三代にわたる警察官の姿を描き出す、大河警察小説で、2007年に日本冒険小説協会大賞を受賞し、2008年版の「このミステリーがすごい!」で第一位を獲得しています。

前評判通りの読みごたえのある小説で、入院先のベッドで他に何もすることがなく、殆ど丸一日、朝六時から夜十時の消灯時間まで食事や診察以外の十時間近くで文庫本上下二巻、千頁弱を一気に読み終えました。

警察小説の第一人者として挙げられることの多い佐々木譲という作家さんですが、その中でも本書は代表作といえるのではないでしょうか。それくらい骨太の読みごたえのあるミステリー小説です。

 

本書は安生清二民雄和也という親子三代の警察官の姿を描くことで、戦後すぐの昭和二十三年からおよそ六十年の間の警察の歴史を描き出してあります。

それはまた、警察官としての夫婦の物語でもあり、また駐在員の家族の物語としての要素も強く持った作品です。

清二、、民雄、和也というそれぞれの恋人、夫婦の抱える問題は勿論、子供から見た父親像などの父親と子供の関係も濃密に描き出してあります。

清二が万引き少年の父親に対し息子の非行は「あんたのせいだよ。」と叱りつける場面など、確かに若干出来すぎとの印象も持ちましたが、それでもなお子供にとって親の背中は大きいものだと感じたものです。

 

本書は同時に昭和、平成の事件史でもあると言えます。それだけの世相を反映した物語なのです。

警察の職務という視点から見ると、清二の場面では警察学校と駐在所勤務、民雄の場面では公安警察、和也の場面では警務と第四課つまりは警視庁内部の警察と暴力団対策について描かれていると、大まかにはそう言えます。

 

歴史的には、戦後の浮浪者のたむろする上野での取り締まりから、昭和四十年前後の学生運動の高まりとともにあった新左翼運動、そして赤軍派に代表される過激派問題、そして多分ですが警察の裏金問題などにみられる警察不祥事などが取り上げられていると思えるのです。

その中でも、全体を貫く視点として、駐在所という本庁の指揮命令系統の中にありながらも独自の判断が要求される駐在さんの仕事を重視しているようです。

とくに清二が気にかけていた二件の殺人事件と自殺として処理された清二の死にまつわる謎の解明が、民雄、そして和也と三代にわたって次第に明らかにされていく様が、ミステリーとしての醍醐味を満喫させてくれます。

 

こうして警察の多様な職務についての描写を個別にみると、様々な作品が思い出されます。

まず警察学校に関しては 長岡弘樹の『教場』という作品があります。

 

 

また駐在所勤務といえば、本書の作者佐々木譲の『制服捜査』がありますし、 笹本稜平にも『尾根を渡る風』という作品を含む『駐在刑事シリーズ』があります。

 

 

公安警察では 麻生幾の『ZERO』を始めとする一連の作品群があり、和也の加賀谷仁を見ると 柚月裕子の『孤狼の血』に登場する大上刑事を思い出します。

 

 

ほかにも裏金問題を扱った作品など、挙げ始めればきりがありません。

 

ちなみに、本書は江口洋介、吉岡秀隆、伊藤英明というキャストでテレビドラマ化されており、2009年2月にテレビ朝日の開局50周年記念番組の一つとして放映されています。

わたしはこのドラマを先に見ていてその壮大さに触れていたので、原作を今日まで読んでいませんでした。

しかし、もっと早くに読むべきだったと思っています。

沈黙法廷

本書『沈黙法廷』は、ある殺人事件の捜査と、その捜査を受けて為される裁判の様子を緻密に描き出した長編のミステリー小説です。

法手ミステリーとしての要素を見据えた緻密な捜査描写もあり、いつもの佐々木譲の作品とは若干異なった印象の、しかし面白い物語でした。

 

東京・赤羽。絞殺死体で発見されたひとり暮らしの初老男性。親譲りの不動産を所有する被害者の周辺には、多くの捜査対象が存在する。地道な鑑取り捜査の過程で、家事代行業の女性が浮上した。しかし彼女の自宅に赴いた赤羽署の捜査員の前に、埼玉県警の警察車両が。彼女の仕事先では、他にも複数の不審死が発生していた―。舞台は敏腕弁護士と検察が鎬を削る裁判員裁判の場へ!無罪を主張する被告は証言台で突然、口を閉ざした。有罪に代えても守るべき何が、彼女にあるのか?丹念な捜査、緊迫の公判。新機軸の長編ミステリー。

 

本書『沈黙法廷』は佐々木譲の描くこれまでの警察小説とは若干ですが、その雰囲気が異なっています。捜査状況の描き方が実に緻密なのです。

現実の捜査の状況もそうなのだろうと思い描くことが楽にできそうなまでに克明な描写です。

 

その捜査ですが、本書では本殺人事件を管轄する赤羽署の捜査員と、もう一件の埼玉県警で起きた事案に関連して埼玉県警の捜査状況とが並行して描かれます。

メインの描写は赤羽の事件ですが、ここで赤羽署のベテラン刑事と組んでいる本庁から送り込まれた一課の刑事が若干問題のある刑事であり、この先の見込み捜査が示唆されています。

本事案ではすぐにある家事代行業者の女性が被疑者として浮かびますが、この女性に関しては埼玉県でも疑わしい事案が発生しており、両警察の面子をかけた捜査になってきて、本庁の刑事の意見が重視されるのです。

 

両警察の競い合いの描写もさることながら、警察上部の判断に、捜査をする中で浮かんできた事実以外の要素が入り込んでくることも、その先は冤罪へと道が続いているのだと痛感させられます。

彼らの捜査が進んで犯人と目される家事代行業者の起訴までたどり着くと、この物語の後半部に入り、法廷での場面が展開されます。ここからは、視点が容疑者の恋人と思われる一人の傍聴人の目線になり、客観的な視点での物語となります。

前半で捜査状況が克明に描写されていたのは、捜査現場のあり方が、本書後半での裁判員裁判の法廷での弁論の在り方、つまりは裁判の方向性に反映するからなのかもしれません。

勿論、裁判の実際は基本的に事務的な手続きの連続ですので、回想の場面などは入るのですが、極力現実の裁判に即した描写が為されています。でも、ここの第三者目線での法廷描写はなかなかに読み応えのあるものでした。

 

これまでの法廷小説と言えば、名作と言われる 高木彬光の『破戒裁判』にしても、近年ミステリー作家として評価の高い 柚月裕子の「佐方貞人シリーズ」の一巻目『最後の証人』にしても、裁判を進める中で、捜査権を持つ警察なり、弁護士の調査などで新事実が見つけられ、意外な展開になるという筋立てが一般ではありました。

 

 

前者『破戒裁判』は全編が法廷での検察、弁護人のやり取りで成り立っている珍しい構成の本です。ただ、主人公である弁護士の豊富な資金で十分な調査をし、被告人の有理な証拠を探し、法廷で新事実を提示して真実を見つけ出すという物語でした。

また『最後の証人』もまた、新しい事実を探り出して圧倒的不利な状況にある被告人を救い、かつ、事件の真実の姿を暴き出すという話でした。ただ、その真実が必ずしも被告人の有利になるものではない、という何とも微妙な、しかしながら物語としては面白い作品でした。

しかし、本書『沈黙法廷』はそうした派手な展開はありません。勿論ミステリーとしての意外性はそれなりに有したままで、現実の裁判の進行過程を忠実になぞりながらの真実解明、という点に重きを置かれています。

 

 

本書の最後に作者が本書の監修をされた弁護士に対する謝辞を書かれているように、ミステリーとしての面白さは抱えながらも実務からの目線にも耐えうる物語として裁判員裁判の実情が描かれているのです。

一方、そうしたメインとなる物語とは別に、本書『沈黙法廷』では被告人となっている家事代行業者の女性と、後半の視点の主である男性との恋模様とがサブストーリー的に描かれていて、それがこの物語の救いの話、として生きているようです。

ちなみに、本書『沈黙法廷』は2017年9月より、WOWWOWにおいて、全五話のドラマとして、永作博美、市原隼人他のキャストで放送されています。

廃墟に乞う

13年前に札幌で起きた娼婦殺害事件と、同じ手口で風俗嬢が殺された。心の痛手を癒すため休職中の仙道は、犯人の故郷である北海道の旧炭鉱町へ向かう。犯人と捜査員、二人の傷ついた心が響きあう、そのとき…。感激、感動の連作小説集。(「BOOK」データベースより)

オージー好みの村 /  廃墟に乞う / 兄の想い / 消えた娘 / 博労沢の殺人 /  復帰する朝

本書は警察官が主人公の物語です。しかし警察官ではあるものの組織としての警察が動くのではなく、個人としての一人の男の物語が収められた連作の短編小説集で、第142回直木賞を受賞した作品です。

著者は、日本では探偵を主人公にした作品は成立しにくい、ということで警察官ではあるものの休職中という設定にしたと語っておられます。これは、矢作俊彦の小説の『二村永爾シリーズ』にならったらしいのです。この作品はまさに一昔前のハードボイルドという言葉のイメージ通りの人物設定であり、なかなかに取りつきにくい小説でした。

(ちなみに、右の書籍イメージに掲げている『ロング・グッドバイ』は、二村永爾を主人公にしたシリーズの第3作で、2004年度の日本冒険小説協会大賞に選ばれています。)

それはさておき、本書は私の好みに見事に合致した作品でした。物語の湿度が低く、また派手なアクションがあるわけでもありません。読み終えてから心のどこかにストンとはまり落ち着いている余韻を楽しむ、そんなことができる作品にはなかなか出会えるものではないのですが、本作品はまさにそのような物語でした。

そういう意味では上記の『二村永爾シリーズ』はまさにチャンドラーであり、本書『廃墟に乞う』とはかなり世界が異なります。

全部で六編の短編からなっている本書です。どの作品もいわゆる巻き込まれた事件ではなく、「博労沢の殺人」を除き、知人からの助けの要請に応じ出かけた主人公の仙道が、事件の隠された真実を暴き出すという物語です。「博労沢の殺人」にしても、新米捜査員であった頃に迷宮入りした事件の容疑者であった男が殺された事を知った主人公が現地に行く物語です。

つまり、普通の人が事件に遭遇してそこでストーリーを展開するのではありません。著者自らが語るように「自分の刑事の経験と、その人脈をフルにつかって、北海道のさまざまな街に登場」し、事件の真実を露わにし、そこに隠された人間模様を暴き出すのです。

そこでの主人公のあり方が読み応えがあります。依頼者や捜査対象者の生活に過分に踏み込むことなく、現地警察官とも衝突せずに、逆にアシストしながら真実にたどり着きます。あくまで第三者としての立ち位置で事件を見つめ、言葉の裏を読み説くのです。

第一話「オージー好みの村」はオージー(オーストラリア人)の友人を助けて欲しいという友人の依頼に応える話であり、導入編というところでしょうか。個人的には普通です。

でも表題作の第二話「廃墟に乞う」は、今はさびれてしまっている荒涼とした炭鉱の町の描写が心に残ります。この町の描写こそが主人公仙道の、そして犯人に通じる心象なのでしょう。

第三話の「兄の想い」はオホーツク沿岸の漁師町に暮らす朴訥な男たちの物語であり、第四話の「消えた娘」は、娘を思う父親の姿が浮き彫りにされています。その後に「博労沢の殺人」で家族を、「復帰する朝」で女の持つ怖さ描かれていますが、個人的には第二話が一番で、次いで第三話というところでしょうか。

様々な人たちの思いを受けて依頼に応える仙道の姿は、この作者の描くもう一つのハードボイルドタッチの物語『制服捜査』などとも異なります。この作品は保安官小説と評されており、駐在の川久保篤の力量こそが見せ場になっています。それに対して本書『廃墟に乞う』の仙道は私立探偵であり、独り静かに情景を、そしてそこで行われた事件を見つめているのです。

出来ればシリーズとして続編を読みたいところですが、残念ながら今のところその気配はなさそうです。

犬の掟

迷わず撃て。お前が警官ならば――。緊迫の四十時間を描く王道の警察小説。東京湾岸で射殺体が発見された。蒲田署の刑事は事件を追い、捜査一課の同期刑事には内偵の密命が下される。所轄署より先に犯人を突き止めよ――。浮かび上がる幾つもの不審死、半グレグループの暗躍、公安の影。二組の捜査が交錯し、刑事の嗅覚が死角に潜む犯人をあぶり出していく……。比類なき疾走感で描ききる本格捜査小説。(「内容紹介」より)

蒲田署管内で暴力団の幹部が射殺されます。管轄の蒲田署は警視庁による捜査本部設置の前に解決をするべく意気込みますが、なかなか捜査は進展しません。そのうちに暴力団抗争の線が薄くなり、代わりに半グレ集団の線が浮かびあがってきて、蒲田署盗犯係の波多野涼巡査長と先輩である門司孝夫巡査長も捜査の手伝いをすることになるのです。

一方、警視庁捜査一課の管理官は他の事件とのかかわりから、犯人が警察官である可能性を疑い、警視庁捜査一課の松本章吾とその上司である綿引警部補に特命を下し、蒲田署とは別に極秘裏の捜査を命じるのでした。

波多野と松本は警察学校の同期であり、ある事件で松本が波多野の危険を救ったという関係もありました。


このふた組の捜査状況が交互に、それも克明に描写され、緊迫感を高めていくのです。これまでの佐々木譲の作品では、『警官の血』でも直木賞受賞作品である『廃墟に乞う』でも、重厚な物語の流れの中での人間ドラマを描いてありました。

しかし、本作では四十時間という時間制限を設け、迫りくる時間的制約の中で捜査状況を緻密に描写することでサスペンスフルに盛り上げていくのです。それは具体的な警察捜査の実況を見ているようでもあり、読者が感情移入をするに十分な精密さだと思います。

もちろん、これまでの佐々木譲作品とは少しですがタッチが異なるにしても、描かれている人間模様は変わらずに面白く、警察小説の中でも異色といっていいかもしれません。

ただ、このふた組を交互に、それも頻繁に描写しているため、ともすれば話がもつれ、ストーリーを見失いがちになりかねないところはありました。しかし、それは読み手がほんの少しだけ気をつければいいだけのことであり、物語が面白いものであることに変わりはありません。

それどころか、かえって物語が緊迫感を持ってきて結末へ向けての疾走感をももたらしてくれるようです。

確かにこれまでの佐々木譲作品とは少々異なる物語にはなっていますが、やはり面白い作品でした。

巡査の休日

神奈川で現金輸送車の強盗事件が発生し、犯人の一人に鎌田光也の名が挙がった。鎌田は一年前、ストーカー行為をしていた村瀬香里のアパートに不法侵入したところを小島百合巡査に発砲され、現行犯逮捕された。だが、入院中に脱走し指名手配されたまま一年が経ってしまっていたのだ。一方、よさこいソーラン祭りで賑わう札幌で、鎌田からと思われる一通の脅迫メールが香里の元へ届く。小島百合は再び香里の護衛につくことになるのだが…。大人気道警シリーズ第4弾。(「BOOK」データベースより)




笑う警官』を第一作とするいわゆる「道警シリーズ」の第四作の長編警察小説です。

笑う警官』は、北海道警察で起きた一大不祥事といわれるいわゆる北海道警裏金事件や「稲葉事件」などを題材に描かれた作品で、角川映画で映画化もされました。また、「稲葉事件」は2016年に綾野剛主演で「日本で一番悪い奴ら」として映画化されヒットしています。

シリーズ第三作の『警官の紋章』で捕まった鎌田光也でしたが、本書冒頭で入院先から脱走してから一年が過ぎ、依然その行方は分かっていません。そんな中、鎌田の起こした事件の被害者である村瀬香里のもとに鎌田からのものと思われる脅迫メールが届きます。そのため、鎌田逮捕に尽力した大通署生活安全課の小島百合巡査は、村瀬香里の密着警護のために、村瀬香里が参加するよさこいソーラン祭りの演舞にも参加することになるのでした。

笑う警官』『警察庁から来た男』『警官の紋章』というこれまでのシリーズ三作は、第一作の『笑う警官』が「稲葉事件」などを背景にしていたことを受けて組織対個人という図式で描かれていたのですが、第四作目の本書ともなるとその構図はあまり感じられなくなったようです。ただ佐伯の行動などを見ていると、まだその腐敗組織との対立構造の図式が無くなったとまでは言えないようです。

本書では、小島百合巡査の行動を中心に、小島巡査らの鎌田の加害行為を何とか食い止めようとする姿が描かれています。津久井卓や佐伯宏一といったいつもの面々も登場し、シリーズものの強みもあります。

ただ、対組織という対立構造色が薄れているためか、若干焦点が定まらない印象はありました。物語のもつ緊張感もあって、佐々木譲作品としての面白さは勿論あるのですが、何となくの間延び感があるのは何故でしょう。

シリーズ前作『警官の紋章』でも、結末が少々現実感に欠けるところがあり、まとめ方として無理があるのではないかと感じたのですが、本作は少しですが話の筋自体がまとまりを欠いているという印象でした。

暴雪圏

三月末、北海道東部を強烈な吹雪が襲った。不倫関係の清算を願う主婦。組長の妻をはずみで殺してしまった強盗犯たち。義父を憎み、家出した女子高生。事務所から大金を持ち逃げした会社員。人びとの運命はやがて、自然の猛威の中で結ばれてゆく。そして、雪に鎖された地域に残された唯一の警察官・川久保篤巡査部長は、大きな決断を迫られることに。名手が描く、警察小説×サスペンス。(「BOOK」データベースより)

前作『制服捜査』に続く、駐在警官川久保篤シリーズの第二弾です。連作短編集だった前作とは異なり、本作は文庫版でも504頁という長編の警察小説です

物語の形式としても、前作は川久保巡査の勤務状況を描写するスタイルで物語が進んでいましたが、本作はいわゆるグランドホテル形式で、同時多発的に発生した場面ごとに物語が進行します。すなわち、めずらしく強烈な「彼岸荒れ」が道東を襲い、同時多発的に発生した事柄に遭遇したそれぞれの人たちが、思惑が多いに外れ、北の大自然に振り回される姿がサスペンスフルに描かれているのです。

その発端となるのが、川久保巡査長が発見した死体でした。事故か他殺か、関係者に当たるなかで他殺の疑いが濃くなりますが、「彼岸荒れ」のために捜査もはかどりません。地域に密着した駐在さんが事件に絡む状況を作り出した「彼岸荒れ」とも言えるのでしょう。

不倫関係清算を願う妻、ヤクザの組長の家を襲った強盗犯、家出女子高生、会社の金を持ち逃げした会社員といった人々が、季節外れの「彼岸荒れ」に振り回されながら、次第に一軒のペンションに集まっていきます。このペンションの中でも一編のドラマが繰り広げられるのだけれども、なかなかに読み応えがありました。

ちなみに、本書「解説」の香山二三郎氏によると、著者は本シリーズのことを「保安官小説」だと言っておられるそうです。そう言えば、本書のラストはまさに保安官の物語だと納得がいったものです。

グランドホテル形式の作品は数限りなくありますが、なんと言ってもまず思い出すのはアーサー・ヘイリーの『大空港』です。かなり古い作品で、私が読んだのも数十年前のことですが、この作家の作品はどの作品をとっても小説としての面白さを十分に備えた、読み応えのある作品ばかりでした。特に『大空港』は、ある雪に閉ざされた空港で巻き起こる様々な事件を描いた、パニック小説としても十二分な面白さを負った作品だったと覚えています。バート・ランカスター主演で映画化もされました。

駐在さんの物語といえば 笹本稜平駐在刑事がありました。本書『暴雪圏』のようなサスペンスに満ちた物語ではなく、山を舞台に、そこで繰り広げられる人間ドラマが描かれている作品です。私はシリーズ二作目の『尾根を渡る風』しか読んでいませんが、物語の雰囲気は一巻面も同じであり、本書とは少々趣きは異なるものの、こちらもまたかなり面白い作品でした。

制服捜査

札幌の刑事だった川久保篤は、道警不祥事を受けた大異動により、志茂別駐在所に単身赴任してきた。十勝平野に所在する農村。ここでは重大犯罪など起きない、はずだった。だが、町の荒廃を宿す幾つかの事案に関わり、それが偽りであることを実感する。やがて、川久保は、十三年前、夏祭の夜に起きた少女失踪事件に、足を踏み入れてゆく―。警察小説に新たな地平を拓いた連作集。(「BOOK」データベースより)

昨年(2016年)の6月に綾野剛主演で『日本で一番悪い奴ら』という映画が上映されました。現実に北海道警察に勤務していた稲葉圭昭警部(当時)が惹き起こしたいわゆる「稲葉事件」の真実を、当の本人が書いたという『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』という本を原作にした映画です。

この北海道警察の不祥事はかなり大騒ぎになり、勿論小説の題材としても取り上げられています。例えば同じ 佐々木譲の手になるものとして『笑う警官』がありますし、東直己も『熾火』他の作品で道警の裏金問題をこっぴどく取り上げています。

道警はこの事件の後始末の一つとして、同一地域での長期勤務は癒着を生むとして、数年おきの異動という手段に出ました。その結果、札幌で刑事の職にあった本書の主人公も片田舎の駐在所勤務になったのです。個々の警官の経験など考慮されていない人事だったと聞いています。

主人公の川久保巡査は、慣れない交番勤務ではありますが、町の生き字引の力も借りて、小さな町での顔見知りという利点を存分に生かし、細かな違和感をつぶしていきながら起きた事件の真相にたどり着きます。

主人公の川久保巡査の行動が丁寧に描写され、また所轄の刑事らとの衝突をも辞さない川久保巡査の構えが実に小気味良く、読んでいることが心地よくなってきます。

本書には「逸脱」「遺恨」「割れガラス」「感知器」「仮装祭」という五つの短編が収められていて、それぞれに偽装殺人や中国人研修生の問題や排他的な地域性の絡んだ事件、そして放火に誘拐という事件が扱われています。

小さな町にしては大事件が起きすぎとも思えるのですが、それはそれとして主人公の造形がうまく、さらに物語の運び方に遅滞がなくて読みやすいのです。続編の『暴雪圏』も出ています。こちらもなかなかに読み応えのある作品でした。

本書は内藤剛志主演でテレビドラマ化もされているようです。私は見ていないので何とも言えませんが、内藤剛志というキャスティングは個人的には違和感を感じませんね。

地層捜査

新しいシリーズということで読んでみました。

どうもテレビで見たような感じがしてならないので、調べてみても放映された記録がありません。

谷の底から見上げ、主人公が独白するシーンや、その町の古い料理屋(?)の主人に話を聞くシーンなど視覚的に残っている感じがあるのです。他の作品の見間違いなのでしょうか。

公訴時効撤廃という刑事法関係では結構大きな改正があったので、それに合わせて書かれたのでしょう。

十五年前に四谷の荒木町で起きた未解決の殺人事件の洗い直しに、加納というすでに退職している元刑事と、まだ若い警部補の水戸部とで捜査し直すという、言ってみればただそれだけの物語です。道警シリーズとは異なり、実に地道です。

しかし、丹念に丹念に荒木町を歩きまわり、事実を積み上げていく、これだけの話に引き込まれてしまいました。少しずつ事実が明らかになっていくその過程の見せ方がうまいですね。

決してスピーディーでもないし、派手でもありません。しかしじっくり書き込まれた本がお好きな方などには特にお勧めです。面白いです。

なお、本書で描かれている「特命捜査対策室」とは、2009年の11月に警視庁捜査一課に設置された、過去の重要未解決事件(コールドケース)などを捜査するための特命捜査班を言います。

「特命捜査対策室」を舞台とした小説として今野敏の『スクープシリーズ』や、曽根圭介の『TATSUMAKI 特命捜査対策室7係』などがあります。

また、堂場瞬一の『警視庁追跡捜査係シリーズ』は架空の部署ですが、第一作の発表後に現実の「特命捜査対策室」が設けられたらしく、その趣旨を同じくしています。