真夏の雷管

真夏の雷管』とは

 

本書『真夏の雷管』は『北海道警察シリーズ』の第八弾で、2017年7月に刊行されて2019年7月に419頁で文庫化された、長編の警察小説です。

若干冗長な印象はあったものの、サスペンス感満載のストーリー展開はやはり読みごたえのある作品でした。

 

真夏の雷管』の簡単なあらすじ

 

夏休み。鉄道好きで“スーパーおおぞら”に憧れる僕は、ある日出会った男性に小樽の鉄道博物館へ連れて行ってもらえることに。最高の夏になると信じていたのに、こんな大ごとになるなんてー。生活安全課の小島百合は、老舗店で万引きした男子小学生を補導した。署に連れて行くも少年に逃げられてしまう。一方、刑事課の佐伯宏一は園芸店窃盗犯を追っていた。盗まれたのは爆薬の材料にもなる化学肥料の袋。二つの事件は交錯し、思わぬ方向へ動き出す。北海道警察シリーズ第八弾。(「BOOK」データベースより)

 

生活安全課少年係の小島は、模型の専門店で工具を万引きした少年を補導しますが、連れて行った警察署でちょっとした隙に逃げられてしまう。

その少年の身元はすぐに判明するものの、母親は育児放棄ともいえる態度であり、少年の保護もままならずにいた。

一方、佐伯と新宮は通報で藻岩山の麓にある園芸店へとやってきていた。話を聞くと、どうも硝酸アンモニウムが無くなっているらしい。

硝安は爆弾の原料ともなる薬品であり、普通の窃盗事件とは異なる感触を得、周辺の地取りを行う佐伯たちだったが、その結果一台の不審な車の情報を得るのだった。

 

真夏の雷管』の感想

 

本書『真夏の雷管』は、『北海道警察シリーズ』の第八弾となる長編作品です。

北海道警察札幌方面大通署刑事三課所属警部補の佐伯宏一と同巡査新宮昌樹のコンビが担当する硝安(硝酸アンモニウム)窃盗事件と、同生活安全課巡査部長の小島百合が担当した少年による万引き事件とがしまいには一つの事件へとまとまっていきます。

今回は北海道警察本部機動捜査隊の巡査部長津久井卓の出番はほとんどないと言ってもいいかもしれません。

 

本書『真夏の雷管』のシリーズ内の物語の構造としては第三話『警官の紋章』のストーリー展開と似ているという印象を持ちました。

警官の紋章』でも、全く無関係と思われていた事件が一つの事件に纏まっていき、四人の活躍により終盤のイベントでの事件を阻止するという構造を持っているのです。

 

 

といっても、『北海道警察シリーズ』では、まずは無関係と思われていた複数の事件が一つの事件へと収斂するなかで、佐伯宏一と新宮昌樹、小島百合、それに津久井卓というシリーズ中心メンバーの活躍が語られるという構造が基本です

つまりこの構造は本シリーズを通しての構成でもありますから、この点だけでは類似点は言えないでしょう。

ただ、加えてクライマックスでのイベントでのより大きな事件の発生を阻止するという構造まであるところからの印象です。

 

基本的に本『北海道警察シリーズ』ではサスペンス感がうまく醸成されていて飽きることはありません。

ただ本書『真夏の雷管』においては、佐伯たちの序盤の捜査状況など、若干ですが冗長な印象がありました。

佐伯たちが臨場した現場で盗まれた硝安という肥料が簡単に爆薬をつくることができる材料であり、現在爆弾犯の模倣犯と思われる人物が逮捕されていないところからこの窃盗事件の危険性を感じ取ります。

この窃盗事件の捜査の過程で現場付近の聞き込みや、浮かび上がってきた不審な車の捜索など、実際の捜査もこうだろうと思わせるほどに緻密に描き出されるその様子が少々長く感じられたのです。

 

ただ、この緻密な捜査の描写は少年係の小島の活動でも同じであり、その描写を冗長に感じても良さそうです。

小島は部下の吉村と共にその店名にも拘らず模型の専門店である「溝口煙管店」で工具を万引きした水野大樹という少年を補導しますが、警察署まで連れて行ったもののちょっとした隙に逃げられてしまいます。

少年の行方を捜すなか、小島が少年の保護観察官の尊大な態度に接したときに瞬時に質問の中身を変えるなどの描写は、いかにも有能な捜査員ならばそうしそうな態度であり、このような描写こそが物語の真実味を増すのだと思ったものです。

つまり、佐伯の捜査を描くなかでの緻密な描写を冗長と感じたことは、読み手の気分、体調などによりそうした細かな描写の受け取り方が違ってくるのではないかと思えたことでした。

そうした観点であらためて小島についての描写を見ると、育児放棄が疑われかねない母親の態度が描かれていて、どのようにも取れそうな母親の態度は作者の意図ではないかとも思えてきました。

 

話は変わりますが、本書の『真夏の雷管』というタイトルが良い、と最初にこのタイトルを見たときから感じていました。

「雷管」という普段の生活に馴染みのない単語が、「真夏」というありふれた日常の言葉と結ばれることで、何となくの郷愁、詩情を感じるのは私だけでしょうか。

本書の続編である『雪に撃つ』という言葉も興味をそそりますが、『真夏の雷管』というタイトルはそれだけで本を手に取りたくなります。

こう書いていたら、ネット上に「佐々木譲の新作はタイトルだけで読みたくなる」という題の一文がありましたが、タイトルについての言及は殆どありませんでした( デイリーBOOKウォッチ : 参照 )。

 

 

結局、本書『真夏の雷管』は、佐々木譲の作品らしくサスペンス感はやはり満載であって、その中でのストーリー展開が読みごたえのあるものでした。

憂いなき街

憂いなき街』とは

 

本書『憂いなき街』は2014年4月に刊行され、2015年8月に379頁として文庫化された長編の警察小説です。

シリーズで初めて佐伯や津久井、小島といった主要登場人物たちのプライベートにまで踏み込んだ、しかし変わらずに面白い作品です。

 

憂いなき街』の簡単なあらすじ

 

サッポロ・シティ・ジャズで賑わい始めた初夏の札幌・市内で起きた宝石商の強盗事件を追っていた機動捜査隊の津久井卓は、当番明けの夜に立ち寄ったバー「ブラックバード」でピアニストの安西奈津美と出会う。彼女は、人気アルトサックス・プレーヤーの四方田純から声がかかり、シティ・ジャズへの出演を控えていた。ジャズの話をしながら急速に深まる津久井と奈津美の仲。しかし、そんななか中島公園近くの池で女性死体が見つかり、奈津美に容疑がかかってしまう…。大好評、“北海道警察”シリーズ、第七弾。

 

津久井は、あるホテルのピアノラウンジでの強盗事件の被疑者逮捕の時のピアニストの安西奈津美とブラックバードで再開した。

奈津美は「サッポロ・シティ・ジャズ」に出演予定の四方田純カルテットの一員として出演を予定しており、遠ざかっていたジャズピアノをまた始めたいというのだ。

自らもピアノを弾いていた津久井は奈津美と意気投合するが、津久井は奈津美の隠された過去に気付いてしまう。

翌日、中島公園の池の近くで女性の死体が発見され、奈津美の名前が捜査線上に浮かんできた。

一方、佐伯はある事件の張り込みの手伝いに来てもらった小島と共にブラックバードへと行き、そのまま小島の部屋で飲み直すことになるのだった。

 

憂いなき街』の感想

 

本書『憂いなき街』は、本『北海道警察シリーズ』序盤の警察組織との対立の構図を持っていた作品からすると、随分と作品の雰囲気が変わった気がします。

というのも、本書では単に佐伯、津久井、小島らを中心とした警察小説という以上に、佐伯と小島の関係の変化、そして津久井の淡い恋心と、彼らのプライベートな事柄にまで踏み込んだ描写が為されている点でこれまでとは異なっているのです。

「ブラックバード」というバーが息抜き場として登場する本シリーズはもともとジャズのメロディーが背景に流れていますが、本書は特にその雰囲気が強く、警察小説としてはもしかしたら異色なのかもしれません。

でも、登場人物たちが息抜きに集まる場所としてのジャズを聴かせる「ブラックバード」という酒場の存在が、本『北海道警察シリーズ』の魅力の一つでもあることは異論のないところだと思います。

 

とは言っても、佐伯、津久井らの個々の捜査が最終的に結びつくという意味ではこれまでのシリーズ作品の流れと同一です。

その上で、サスペンス感に満ちている点も同様であり、ただ、佐伯や津久井らの個人的な事柄にまで踏み込んだ描写が為されているという点が異なるのです。

シリーズが巻を重ねるにつれて読者も登場人物たちに感情移入するようになるのは当然であり、というよりはそれこそが人気シリーズとなる由縁の一つでしょうから、本書での流れも当然とは言えるのかもしれません。

事実、本書での佐伯と小島との関係や津久井の恋心など、捜査の進展に伴うサスペンス感や痛快さなどとは別の新たな関心事が付加された本書はまた異なった魅力を持っていると言えます。

 

本書『憂いなき街』がシリーズの中で異色だという点に関しては、本『北海道警察シリーズ』は当初は三部作の予定だったものが、全十作品の構想へと変更されたとのことですから、シリーズ冒頭の三部作の組織対個人という構図からすると異なっているのが当たりまえではあります。

シリーズ第四巻の『巡査の休日』から少しずつ事件の態様を変化させてきた本シリーズが、登場人物のプライベートに目を向けたというだけのことだとも言えるのです。

 

とはいえ、繰り返しますが、シリーズの中での本書の位置付けはそれほど特異なものだとは個人的には思っていません。

これまでも描かれてきた二人の関係がそのまま描かれているというだけであり、ただ、シリーズの幅がちょっとだけ膨らみ、色合いが少しだけ変化しただけだと思っています。

作品としての面白さは相変わらずであり、王道の警察小説であることに間違いはないのです。

 

何よりも、本書『憂いなき街』では津久井の悲しみに満ちたラストが印象的でした。

ジャズの深く昏い音色が流れるラストであり、哀しみ満ちたラストでした。こういう場面を読ませられたらもうこの登場人物たちの物語が終わりが近いとはとても寂しくなります。

しかしながら、佐伯と津久井、小島それに新宮らの活躍そのものの面白さは何ら変わることがないのはさすが佐々木譲というべきでしょう。

 

ちなみに、ここで津久井が弾いていたのは「ジャズのスタンダード・ナンバー」で「自分は愚かであるという意味のタイトルがついている曲」だとありました。

どうでもいいことですが調べてみると、多分「My Foolish Heart」という曲ではないかと思われます。勿論、間違っている可能性も大いにあり、そのときはごめんなさい。

人質

人質』とは

 

本書『人質』は『北海道警察シリーズ』の第6弾で、2012年12月に刊行され、2014年5月に吉野仁氏の解説まで入れて334頁で文庫化された長編の警察小説です。

これまでのシリーズ作品とは少しだけ異なった趣きの、一軒のワインバーだけを舞台にした作品であり、好みにより評価が分かれるかもしれません。

 

人質』の簡単なあらすじ

 

「謝ってほしいんです。あのときの県警本部長に。ぼくが要求するのはそれだけです」5月下旬のある日。生活安全課所属の小島百合巡査部長は、以前ストーカー犯罪から守った村瀬香里との約束で、ピアノのミニ・コンサートへ行くことになっていた。香里よりひと足先に、会場である札幌市街地にあるワイン・バーに着いた小島は、そこで人質立てこもり事件に遭遇する。犯人は強姦殺人の冤罪で4年間服役していた男。そのコンサートの主役は、来見田牧子、冤罪が起きた当時の県警本部長の娘だったのだ―。一方、同日の朝に起きた自動車窃盗事件を追っていた佐伯宏一警部補は、香里から連絡を受け、事件現場へ向かったのだが…。(新刊書用 「BOOK」データベースより)

 

佐伯宏一と新宮昌樹が捜査を始めた札幌の住宅街で起きた自家用車盗難事件は、盗まれた車は近所に乗り捨ててあるという奇妙な事件だった。

一方小島百合は、村瀬香里に誘われ先に一人で訪れたワインバーで立てこもり事件に巻き込まれ、ほかの客と共に人質に取られてしまう。

この事件の犯人は、冤罪で四年間服役していた中島喜美夫とその刑務所での仲間だという瀬戸口という男であり、中島逮捕当時の県警本部長である山科邦彦に謝罪を要求していた。

というのも、このワインバーで当日のピアノコンサートを予定していた来見田牧子が山科邦彦の娘だというのだ。

津久井は機動捜査隊の長正寺の下で現場へと駆けつけ、佐伯もまた村瀬香里の連絡を受け現場へと急行するが、この事件の裏には隠された目的があった。

 

人質』の感想

 

本書『人質』は、この『北海道警察シリーズ』では初の一幕ものともいえそうな、一軒のワインバーで起きた立てこもり事件を描く作品です。

ですから、これまでの『北海道警察シリーズ』の各作品とは違い、佐伯や津久井たちの捜査の様子が描かれているわけではありません。

この店の内部で起きた事柄が詳細に語られていくだけです。

その意味ではドラマチックな展開も殆どなく、これまでの作品同様のダイナミックな展開を期待して読むと期待外れということにもなりかねません。

しかしながら、そこは佐々木譲の作品であり、サスペンス感はあり、それなりに面白い作品ではあります。

またスマートフォンが出始めのころのスマホの遣い勝手についての話や、佐伯の「でかくて、指でぬぐって使うやつ」などの言葉などがある、時代を感じさせる会話も盛り込んであります。

その上、単に時代を反映させるだけではなく、そのスマホを物語の中にうまいこと活躍させているのも佐々木譲の作品の特徴といえるかもしれません。

 

ただ、『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が書いている「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」によるリアルな捜査の描写がこのシリーズの魅力だと思うのですが、佐伯、津久井、小島という三人の捜査の様子が削がれているのはやはり残念な気はします。

 

 

もちろん、『人質』のあとがきで吉野仁氏が書かれている「様々な人間模様」や「デッドエンドのサスペンス」、「携帯電話やSNSを多用した現代的な展開」などが満喫できるという点は言うまでもありません。

ですから、これまでのタッチと本書の違いをどう捉えるかだけの差であって、単に個人の好みの問題として私はこれまでのタッチの方が好きだというだけです。

でも、シリーズの中の一作品として本書のような傾向の作品があることはシリーズのマンネリ化を防ぐ意味でも好ましいことだと思います。

 

本『北海道警察シリーズ』は全十作品の予定だということですから、残りはあと四作品です( 佐々木譲/北海道警察シリーズ : 参照 )。

シリーズが終了するのは残念ですが、残りの作品をじっくりと味わいたいと思います。

密売人

密売人』とは

 

本書『密売人』は『北海道警察シリーズ』の第五弾で、2011年8月に刊行され、2013年5月に文庫化された作品で、文庫本は368頁の長編の警察小説です。

北海道警察との対峙姿勢は薄れていてもその残滓は残っていたりと、サスペンス感に満ちた物語が展開される一編です。

 

密売人』の簡単なあらすじ

 

十月下旬の北海道で、ほぼ同時期に三つの死体が発見された。函館で転落死体、釧路で溺死体、小樽で焼死体。それぞれ事件性があると判断され、津久井卓は小樽の事件を追っていた。一方、小島百合は札幌で女子児童が何者かに車で連れ去られたとの通報を受け、捜査に向かった。偶然とは思えない三つの不審死と誘拐。次は自分の協力者が殺人の標的になると直感した佐伯宏一は、一人裏捜査を始めるのだが…。道警シリーズ第五弾、待望の文庫化!(「BOOK」データベースより)

 

十月下旬の北海道で、釧路市の漁港で水死体が見つかった。

次いで同日函館市の病院で転落死体が発見され、さらには小樽市の奥沢浄水場で車が炎上し、中から両手首に玩具の手錠がかけられた焼死体が発見された。

津久井卓巡査部長は、小樽の乗用車炎上事件の応援のために機動捜査隊の長正寺武史警部の依頼に応じて共に現場へと向かっていた。

その一時間後、札幌のある小学校の正門前で二年生の米本若菜という女の子が、迎えに来たという男の車に乗り走り去ってしまったという通報を受け、小島百合が乗り出していた。

また佐伯宏一は、たった一人の部下である新宮昌樹の運転する車で、車上荒らしの通報があった札幌市旭丘の集合住宅前に到着したところだった。

 

密売人』の感想

 

本書『密売人』でも、本北海道警察シリーズの中心となる佐伯津久井小島の三人のそれぞれを中心にした個別の事件が描かれ、それが最終的に一つとなり事件が解決する、という流れになっています。

この点を、青木千恵氏が本書のあとがきで、前作の『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が述べた、現実と同様に「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」が本作でも採られている、と指摘されています。

もともと佐々木譲という作家の持ち味である真実味に満ちた表現力が、こうした手法をとることによって、さらに佐伯ら捜査員の捜査の様子がリアルに描かれることになっています。

そのことはまた、サスペンス感もまた増幅されていくことになり、本書においてのクライマックスの緊張感にもかなりなものがあるのです。

 

青木千恵氏はまた本書のあとがきで、登場人物の人間味が本『北海道警察シリーズ』の魅力の一つにもなっている、と書かれています。

まさにその通りで、こうした点は素人の私があらためて言うことでもないでしょう。

この青木千恵氏のあとがきでは、本北海道警察シリーズが本来三部作であったこと、第四作目からの第二期では警察小説の定番素材を取り上げてあることなども書かれていて、シリーズのファンとしては読みごたえがあります。

 

その登場人物としては、中心となるのは佐伯宏一警部補であり、「道警最悪の一週間」を経て、その部下の新宮昌樹巡査部長と共に大通署刑事課盗犯係の遊軍という懲罰人事を受けています。

『笑う警官』での物語の中心となり「裏切者」となった津久井卓巡査部長は教養課拳銃指導室に異動させられていましたが、今回長正寺武史警部の要望で北海道警察本部機動捜査隊を手伝うことになっています。

小島百合巡査は大通署生活安全課総務係にいて、佐伯と微妙な関係のままです。

この五人が本『北海道警察シリーズ』の第一話から登場している人物ですが、詳しい人間関係などは「佐々木譲/北海道警察シリーズ」を参照してください。

 

彼ら登場人物とは別に、かつて警官だった安田というマスターのいる「ブラックバード」という彼らの行きつけのバーがあり、この店の存在がシリーズに独特な雰囲気を与えています。

かつて角川映画で本北海道警察シリーズ第一作『笑う警官』を原作として、角川春樹監督の手で映画化が為されされましたが、その映画がジャズを背景にした渋さのある映画として作成されていたのもこの店の存在があるからでしょう。

 

 

それはともかく、本書において冒頭に起きた三件の人が死んだ事件は、調べていくうちに三人の共通点が浮かび上がってきます。

その共通点から、また北海道警察内部の腐敗の一端が垣間見えることになります。

さらには、クライマックスに向かってのサスペンス感の盛り上がりは相当なもので、佐伯らの活躍が見応えのある作品として仕上がっています。

そこで、警察官としての矜持を見せる彼らの姿が読者の共感を呼び、この北海道警察シリーズに魅せられていくことになるのです。

やはり、佐々木譲の作品は面白いと感じさせてくれる一冊でした。

警官の紋章

警官の紋章』とは

 

佐々木譲著の『警官の紋章』は『北海道警察シリーズ』の第三弾で2008年12月に刊行され、2010年5月に出版された文庫版は細谷正充氏の解説まで入れて435頁になる長編の警察小説です。

北海道警察の暗部を描くこのシリーズの本来の構想では最終巻になる筈だった本巻らしく、対組織の物語として非常に読みがいのある作品でした。

 

警官の紋章』の簡単なあらすじ

 

北海道警察は、洞爺湖サミットのための特別警備結団式を一週間後に控えていた。そのさなか、勤務中の警官が拳銃を所持したまま失踪。津久井卓は、その警官の追跡を命じられた。一方、過去の覚醒剤密輸入おとり捜査に疑惑を抱き、一人捜査を続ける佐伯宏一。そして結団式に出席する大臣の担当SPとなった小島百合。それぞれがお互いの任務のために、式典会場に向かうのだが…。『笑う警官』『警察庁から来た男』に続く、北海道警察シリーズ第三弾、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

 

北海道警察本部安全部企画部長の日比野一樹警部補は、「郡司事件」の件の百条委員会で証言するする予定の日の前日、「守るべきものを間違えるな。お前は津久井とは違うはずだ。」と言われ、そのまま踏切へ侵入し、自殺してしまう。

そして二年後、佐伯宏一は過去の覚醒剤密輸事件おとり捜査の再調査を始め、津久井は洞爺湖サミット警備の遊軍として本部警務部へ出向となる。

また、小島百合は本部の警備部警護課へ出向し、サミット特命担当大臣の上野麻里子の警備に就くことになった。

ところが、自殺した日比野一樹警部補の息子の日比野伸也巡査が拳銃を所持したまま行方不明となる事件がおきたのだ。

そこで一旦は大臣の警護のSPたちの運転手に回された津久井だったが、すぐに日比野巡査の捜索を命じられるのだった。

 

警官の紋章』の感想

 

作者の佐々木譲によれば、「そもそもこのシリーズの最初は『笑う警官』に始まる三部作の構想だった」そうです。

そこらで角川春樹社長から、「十作は続けようと発破を掛けられました。」とのことですから、その当初の構想通りに「組織悪と個人の戦いという構図」で書き進められた三作目が本書『警官の紋章』ということになります。

この点は、本書の解説を担当されている細谷正充氏も、「本書は、『笑う警官』から始まった、ひとつの事件を軸にした三部作の完結編である」と書いておられます。

シリーズ第四巻目の『巡査の休日』で感じた、第四作目ともなると組織体個人の対決の構図はあまり感じられなくなった、との私の印象はあながち的外れではなかったということです。

 

 

本書『警官の紋章』では、日比野巡査の行方を追う津久井卓巡査部長と、サミット担当大臣の警護を命じられた小島百合巡査、そして自分が外された密輸事件の再捜査をおこなう佐伯宏一警部補が、それぞれに自分の職務を忠実に執行している様子がただ淡々と、しかしリアルに語られます。

そもそも津久井卓巡査部長は、『北海道警察シリーズ』第一巻の『笑う警官』で北海道警察の腐敗の象徴であった郡司事件についての百条委員会で、自分の信念に基づいて警察に不利な証言をしようとして射殺命令の対象となったのでした。

そして佐伯警部補と小島巡査もまた自分の信念に基づいて道警という組織に逆らい、津久井の無実の証明に助力したのですから、やはり彼らなりの正義を身をもって貫いた人物たちです。

その彼らが、本書においても自らの警察官としての仕事を全うする姿がリアルに描かれているのです。

 

本書『警官の紋章』では、場面は三人の視点が次々に入れ替わり、それでいてそれぞれの仕事の内容が絡み合うことなく素直に読み取れます。

加えて、佐々木譲という作家の持ち味でもあると思うのですが、主観描写があまりなく、さらには登場人物たちの行動が信念に基づいたものであるというハードボイルドタッチで進む点も私の感覚に合うと思われます。

まさに王道の警察小説であり、三人の姿自体が作者の思う正義の体現者であると言っても良さそうです。

 

そうした意味ではこの『北海道警察シリーズ』は高村薫の『マークスの山』や乃南アサの『凍える牙』と同系統の作品と言えるのかもしれません。

しかし、共に重厚で読みごたえのある作品という点では似ているとは言えても、なにより少なくとも本書までの三部作においては腐敗した道警という個人対組織という観点で描かれているところはかなり異なります。

 

 

本書のタイトル「警官の紋章」という言葉の抱える意味がクライマックスで明かされます。

その意味が情緒過多と取れそうであっても、それまでの物語の運びの内容からすると素直に、いやそれ以上に真っ直ぐに読み手の心に迫ってくる点は見事なものです。

本書は、ここでいう「警官の紋章を胸に刻んだ者」すなわち「法のまっすぐな執行官とろうとするもの」を描いた作品だと言えるのです。

ただ、本書『警官の紋章』の後始末のやり方は現実味に乏しいともいえるかもしれません。

しかし、そうした処理もまあいいかという気にさせられるのはやはりこれまで語られてきた物語の力かもしれません。

警察庁から来た男

警察庁から来た男』とは

 

本書『警察庁から来た男』は『北海道警察シリーズ』の第二弾で、2006年12月に新刊書が刊行され、2008年5月に文庫化された作品で、文庫本は細谷正充氏の解説まで入れて346頁の長編の警察小説です。

前巻の『笑う警官(「うたう警官」改題)』でメスが入った筈の北海道警察に再び疑惑が生じ、警察庁から職員が派遣されてくるとことになり、再び佐伯や津久井たちが活躍することになる、面白さは保証付ののサスペンス感満載の作品です。

 

警察庁から来た男』の簡単なあらすじ

 

北海道警察本部に警察庁から特別監察が入った。監察官は警察庁のキャリアである藤川警視正。藤川は、半年前、道警の裏金問題の為に百条委員会でうたった(証言した)津久井刑事に監察の協力を要請した。一方、札幌大通署の佐伯刑事は、ホテルでの部屋荒らしの捜査を進めていた。被害者は、すすき野の風俗営業店で死んだ男の父親だった。大通署に再捜査の依頼の為、そのホテルに泊まっていたのだという。佐伯は、部下の新宮と事故現場に向かうのだが…。『笑う警官』に続く道警シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

札幌の繁華街である薄野の派出所に、ボランティアで女性の駆け込み寺を運営している酒巻純子と共にタイ人の十六歳の娘が暴力団の手から逃がれて逃げ込んできた。

タイ人の娘は酒巻が電話をかけている間に迎えに来た車に乗せられたが、その車は暴力団員の男が運転をしていたのだ。

同じ年の冬、薄野のキャッチバーの客が転落死するという事件がおきた。

薄野特別捜査隊の河野春彦巡査部長が駆けつけたものの、事件性の調査をする前に別の警官の不手際のために事故として処理するしかなくなってしまっていた。

翌年、北海道警察本部に警察庁長官官房監察官室の藤川春也警視正と種田主査という二人がやってきた。

 

警察庁から来た男』の感想

 

久しぶりに佐々木譲の『道警シリーズ』を読んだのだけれど、やはりこの人の警察ものは面白いと再認識させられた作品でした。

シリーズ第二巻の本書では、シリーズ第一巻の『笑う警官』で北海道警察の膿をすべて切除しあるべき警察の姿をとり戻したはずだったのですが、どうもそうではない気配があるとして監察が動くこととなったのです。

 

 

本書の構造は、大きく二つの流れがあります。

まず、北海道警察の正面から乗り込んですべての情報を洗い直し調査をする警察庁から派遣されてきた監察官が、前巻での主人公の一人である津久井巡査部長の力を借りて捜査するという話です。

もう一つが、薄野のキャッチバーで昨秋に起きた酔客の落下死亡事故の裏を暴くもう一人の主人公である佐伯らの捜査の様子です。

二組の捜査が次第に接近していく様子が描かれているときの緊張感は心地よく、道警の腐敗の残滓を暴いていく過程は十分な読み応えのあるものでした。

 

本書の登場人物は、シリーズ第一弾の『笑う警官(「うたう警官」改題)』に登場した津久井巡査部長や、佐伯宏一警部補を始め佐伯と組んでいる新宮昌樹巡査部長小島百合巡査といった津久井を救い出すために力を貸してくれた仲間も登場しています。

そして、本書のキーマンである警察庁長官官房監察官室所属の監察官である藤川春也警視正種田主査がいます。

佐伯警部補は部下である新宮巡査部長とともに、前巻での報復人事をうけることなく現在も大通署刑事第一課盗犯係にいますが、大きな事件は担当させてもらえず、大手柄をあげることのできるような大きな事件は担当させてはもらえません。

津久井はいわゆる懲罰人事のために警察学校で雑用係を命じられている毎日ですが、藤川監察官が北海道警察の闇を暴こうとした津久井ならば役に立ってくれると手伝いを頼むことになります。

 

本書は警察小説の雄である佐々木譲らしいリアリティーに満ちた、そしてストーリーの面白さが光った作品です。

シリーズ第二巻の本書は、第一巻の『笑う警官』で北海道警察の膿をすべて切除し、真っ白なあるべき警察としての姿をとし戻したはずだったのですが、どうもそうではない気配があるとして監察が動くこととなったのです。

そこに佐伯と津久井がかつて従事し、失敗した潜入捜査に隠された謎まで絡んで佐伯らの活躍が読めるのですからたまりません。

佐々木譲には『廃墟に乞う』という北海道を舞台にした第142回直木賞を受賞した作品がありますが、他にも北海道を舞台とした作品が少なからずあります。

佐々木譲の故郷が北海道であり、北海道という土地に愛着があるのでしょう。

この『廃墟に乞う』という作品は、まさにハードボイルドであり私の最も好きな小説の中の一冊でもあるのですが、『道警シリーズ』にも『廃墟に乞う』の匂いを感じるのですが、私だけの印象だと思われます。

作者が同じなので当然と言えば当然でしょうが、北海道警察の闇に立ち向かう佐伯と津久井という二人の警察官に、『廃墟に乞う』の主人公の仙道孝司という腕利き刑事の影を見てしまうのです。

 

 

いずれにしろ、本シリーズはまだまだ続きます。

続編を読むのが楽しみです。

北海道警察シリーズ

北海道警察シリーズ』とは

 

実際に北海道で起きた不祥事である稲葉事件や裏金事件をベースに組織体個人という構図で書かれた、北海道警察を舞台とする警察小説です。

ただ、この項を書いた時点で読んだ第四作では組織体個人という構図が揺らいできているので、その後の展開がどのようになるか、あらためて書き直したいと思います。

 

北海道警察シリーズ』の作品

 

 

北海道警察シリーズ』について

 

本『北海道警察シリーズ』第一作の『笑う警官(「うたう警官」改題)』がまずあり、それが好評だったのでシリーズ化されたのではないかと思われます。

それほどに第一作の衝撃は強く、登場人物たちに魅力があります。

まだシリーズ全部を読み終えていないので明言できませんが、最新刊の『雪に撃つ』の内容紹介を読む限り、登場人物には変化がないように思えます。

つまり本『北海道警察シリーズ』の主人公は、シリーズ第一弾の『笑う警官』で北海道警察の不祥事について道議会の百条委員会で証言した津久井卓巡査部長や、その津久井の無実を信じて救出に動いた佐伯宏一警部補と言えるでしょう。

その他の登場人物としては佐伯の部下である新宮昌樹巡査部長、そしてコンピューター操作に長け、剣道の有段者でもある小島百合巡査を挙げるべきだと思われます。

 

 

ここで北海道警察の不祥事とは、現実に起きた北海道警察での「稲葉事件」や裏金事件で、本シリーズ内では「郡司事件」と呼ばれている事件や道警の裏金事件などの不祥事のことです( 北海道警裏金事件 / 稲葉事件: 参照 )。

現実の「稲葉事件」に関してはこの事件を参考に「日本で一番悪い奴ら」というタイトルで映画化もされています。

 

 

さらには、第一作の『笑う警官』を原作としてタイトルも「笑う警官」そのままに、佐伯を大森南朋、津久井を宮迫博之が演じて映画化されています。

 

 

この『北海道警察シリーズ』第一作『笑う警官』が『うたう警官』というタイトルで 2004年12月に刊行され、2020年12月には最新刊の『雪に撃つ』が刊行されている超人気シリーズとなっています。

カウントダウン

カウントダウン』とは

 

本書『カウントダウン』は新刊書は2010年9月に刊行され、2013年10月には462頁の文庫本として出版された長編の政治小説です。

北海道の夕張市をモデルにした、とある地方自治体の破綻を描いていて、佐々木譲の作品にしては面白いと言い切ることはできない作品でした。

 

カウントダウン』の簡単なあらすじ

 

市長選に出ろ。オフィスに現れた選挙コンサルタントは、いきなりそう告げた。夕張と隣接し、その状況から双子市と称される幌岡市。最年少市議である森下直樹に、破綻寸前のこの町を救えというのだ。直樹の心は燃え上がってゆく。だが、二十年にわたり幌岡を支配してきた大田原市長が強大な敵であることに違いはない。名手が北海道への熱き想いを込めた、痛快エンターテインメント。(「BOOK」データベースより)

 

 

カウントダウン』の感想

 

作者の佐々木譲と言えば、警察小説もしくは冒険小説の第一人者として名の通った作家さんです。

しかし、本書は警察小説や冒険小説ではなく、財政再建団体に転落しようとするとある市の市長選に立候補しようとする一人にの若手市議の奮闘が描かれています。

 

そもそも、作者は何のために本書を描いたのかという点が気になります。

つまり、仮に、本書の惹句にあるように、夕張の状況をもとに痛快小説を書こうとしたのであれば、端的に言って、この作者の人気の警察小説ほどの面白さはありませんでした。

仮に夕張市が財政再建団体へと転落していく原因を作った、「夕張の中田哲司元市長とその多選を支え続けてきた翼賛的な市議会」への告発だとすれば、今度は幌岡市の現状描写が物足りない気はします。

どちらにしても、本書の惹句にある「痛快エンターテインメント」だとは言えず、どうにも消化不良の印象です。

 

本書の「解説」を書かれている佳多山大地氏によれば、本書は読売新聞北海道版に連載されたルポルタージュ「夕張ふたたび」の時の長期取材時の蓄積をもとに小説化されたものだそうです。

確かに、作者である佐々木譲自身の出身地でもある北海道夕張市の事情についてはよく調べられているし、夕張市の財政再建団体への転落に次いでの悲憤も強く感じます。

そして、長期政権による放漫財政と監視機能を失った議会という夕張市の状況を双子市とも称される本書の舞台幌岡市に置き換えている点もわかります。

しかし、痛快小説としての爽快感はありません。

 

本書の主人公である幌岡市の最年少市議である森下直樹が立候補を決心し、マスコミにその意思を公開したのは全体の三分の二を過ぎたあたりです。

そのこと自体は別にいいのですが、主人公の立候補を明言するまでの物語の動きは幌岡市の現況を説明するだけのものでしかありません。

それはつまりは夕張市への悲憤であり、告発であるとしか思えず、物語としての興味は半減しています。

 

また、いざ明言したのちに主人公に降りかかる反対派からの切り崩しや怪文書などの嫌がらせもあまりインパクトはなく、そうした事実があったという報告でしかありません。

つまりは痛快小説としての面白さがないとしか感じませんでした。

 

本書が告発小説でも痛快小説でも、どちらにしても物足りない印象を持ってしまったということになります。

佐々木譲という作家でしたらもう少しいわゆる面白い小説を期待できたはずだと思うだけに残念でした。

警官の条件

警部に昇任し、組織犯罪対策部第一課の係長に抜擢された、安城和也。彼は自らのチームを指揮し、覚醒剤の新たな流通ルートを解明しようと奮闘していたが、過程で重大な失策を犯してしまう。重苦しいムードに包まれる警視庁に、あの男が帰ってきた。かつて、“悪徳警官”として石もて追われたはずの、加賀谷仁が!警察小説の頂点に燦然と輝く『警官の血』―白熱と慟哭の、第二章。(「BOOK」データベースより)

 

大河警察小説として高い評判を得ている『警官の血』の続編として書かれた長編の警察小説です。

 

さすがに警察小説の第一人者と言われる著者佐々木譲が、自身の人気ベストセラー小説の続編として書いた作品だけあって十分な面白さをもった作品でした。

ただ、本書『警官の条件』が『警官の血』という名作の続編ということ、また前巻『警官の血』の終わりで強烈な印象を残した加賀谷仁が帰ってくるという惹句の文言をそのままに本書を読むと期待外れに終わるかもしれません。

というのも本書は前巻とは異なり、あくまで安城家としての物語というよりは三代目である安城和也の物語であり、また加賀谷はそのアクセントに過ぎず、ないからです。

つまりは、本書では安城家の歴史を描いたという側面は薄く、また加賀谷という存在も前作ほどではないのです。

 

 

それはひとつには前作を貫く、安城清二が追っていた事件や安城清二自身の死にまつわる謎が一応の解決を見ていることからくる、安城家という背景の希薄さからくるものと思われます。

また加賀谷に関しても、あくまで本書『警官の条件』は安城和也が主人公であるということからくるものでしょう。

 

とはいっても、加賀谷というキャラクターがあってこその本書であることもまた事実であり、その存在感は強烈です。

この加賀谷のような悪徳警官として個性をもった人物として、まず逢坂剛の『禿鷹の夜』から始まる『禿鷹シリーズ』の主人公である禿富鷹秋刑事を思い出します。

ハゲタカこと禿富鷹秋刑事は、「信じるものは拳とカネ。史上最悪の刑事。・・・ヤクザにたかる。弱きはくじく。」とアマゾンの内容紹介にもあるように、その存在自体が強烈です。

 

 

またその存在感という点では柚月裕子の『孤狼の血』の大上刑事もそうです。加賀谷とキャラクターの類似という点ではハゲタカよりもこちらの大上刑事の方が似ているかもしれません。

具体的な類似性は実際読んでいただく方がいいでしょう。ここで書くとネタバレになりかねないのです。

 

 

本書での加賀谷というキャラクターの処理はある意味ベタと言っても間違いのない扱いであって、そのベタさこそが魅力だとも言えます。

本書『警官の条件』が『警官の血』の続編である以上は、和也が中心になるのは当たり前のことであって、その中で和也がどのように成長するかという観点こそが主眼であり、加賀谷はあくまで脇役なのです。

だからこそ加賀谷の扱いがベタであって、和也が生きてくると思われます。

そうはいっても本書の中ほどまでを読み進める過程では、本書は『警官の血』での魅力と比して半減しているとの思いを持っての読書でした。

安城和也という男が主人公ではあるものの、他の人物を主人公として設定しても物語として成立し、警察小説として評価は低くはないのだろうなどと思っていました。

 

しかし、クライマックス近くになると、本書『警官の条件』の小説としての面白さが次第に迫ってくるようになります。

そして、警察内部の縄張り争いを主眼に描かれていくこの物語が、クライマックスにいたり先にも述べたある意味ベタな結末を迎えることになるのです。

この点に拒否感を抱いた読者も少なからずおられるのではないかと思われます。しかし、個人的には本書のような終わり方は決して嫌いではありませんでした。

もしかしたら、私にとっては、この終わり方だったからこそ本書の評価が高くなったのかもしれません。

 

一方、前巻でもこの加賀谷というキャラクターをもう少し読みたいと思っていたこともあり、せっかく本書で加賀谷を復活させたのであるならば、もう少しこのキャラクターのも物語を読みたいと思ったのも事実です。

できれば、サイドストーリ的に、もしくは本書のスピンオフ作品として加賀谷を中心にした作品を読んでみたいと思うのです。

警官の血

昭和二十三年、警察官として歩みはじめた安城清二は、やがて谷中の天王寺駐在所に配属される。人情味溢れる駐在だった。だが五重の塔が火災に遭った夜、謎の死を遂げる。その長男・安城民雄も父の跡を追うように警察学校へ。だが卒業後、その血を見込まれ、過酷な任務を与えられる。大学生として新左翼運動に潜りこめ、というのだ。三代の警官の魂を描く、空前絶後の大河ミステリ。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

安城民雄は、駐在として谷中へと還ってきた。心の傷は未だ癒えてはいない。だが清二が愛した町で力を尽くした。ある日、立てこもり事件が発生し、民雄はたったひとりで現場に乗り込んだのだが―。そして、安城和也もまた、祖父、父と同じ道を選んだ。警視庁捜査四課の一員として組織暴力と対峙する彼は、密命を帯びていた。ミステリ史にその名を刻む警察小説、堂々たる完結篇。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

 

親子三代にわたる警察官の姿を描き出す、大河警察小説で、2007年に日本冒険小説協会大賞を受賞し、2008年版の「このミステリーがすごい!」で第一位を獲得しています。

前評判通りの読みごたえのある小説で、入院先のベッドで他に何もすることがなく、殆ど丸一日、朝六時から夜十時の消灯時間まで食事や診察以外の十時間近くで文庫本上下二巻、千頁弱を一気に読み終えました。

警察小説の第一人者として挙げられることの多い佐々木譲という作家さんですが、その中でも本書は代表作といえるのではないでしょうか。それくらい骨太の読みごたえのあるミステリー小説です。

 

本書は安生清二民雄和也という親子三代の警察官の姿を描くことで、戦後すぐの昭和二十三年からおよそ六十年の間の警察の歴史を描き出してあります。

それはまた、警察官としての夫婦の物語でもあり、また駐在員の家族の物語としての要素も強く持った作品です。

清二、、民雄、和也というそれぞれの恋人、夫婦の抱える問題は勿論、子供から見た父親像などの父親と子供の関係も濃密に描き出してあります。

清二が万引き少年の父親に対し息子の非行は「あんたのせいだよ。」と叱りつける場面など、確かに若干出来すぎとの印象も持ちましたが、それでもなお子供にとって親の背中は大きいものだと感じたものです。

 

本書は同時に昭和、平成の事件史でもあると言えます。それだけの世相を反映した物語なのです。

警察の職務という視点から見ると、清二の場面では警察学校と駐在所勤務、民雄の場面では公安警察、和也の場面では警務と第四課つまりは警視庁内部の警察と暴力団対策について描かれていると、大まかにはそう言えます。

 

歴史的には、戦後の浮浪者のたむろする上野での取り締まりから、昭和四十年前後の学生運動の高まりとともにあった新左翼運動、そして赤軍派に代表される過激派問題、そして多分ですが警察の裏金問題などにみられる警察不祥事などが取り上げられていると思えるのです。

その中でも、全体を貫く視点として、駐在所という本庁の指揮命令系統の中にありながらも独自の判断が要求される駐在さんの仕事を重視しているようです。

とくに清二が気にかけていた二件の殺人事件と自殺として処理された清二の死にまつわる謎の解明が、民雄、そして和也と三代にわたって次第に明らかにされていく様が、ミステリーとしての醍醐味を満喫させてくれます。

 

こうして警察の多様な職務についての描写を個別にみると、様々な作品が思い出されます。

まず警察学校に関しては長岡弘樹の『教場』という作品があります。

 

 

また駐在所勤務といえば、本書の作者佐々木譲の『制服捜査』がありますし、笹本稜平にも『尾根を渡る風』という作品を含む『駐在刑事シリーズ』があります。

 

 

公安警察では麻生幾の『ZERO』を始めとする一連の作品群があり、和也の加賀谷仁を見ると柚月裕子の『孤狼の血』に登場する大上刑事を思い出します。

 

 

ほかにも裏金問題を扱った作品など、挙げ始めればきりがありません。

 

ちなみに、本書は江口洋介、吉岡秀隆、伊藤英明というキャストでテレビドラマ化されており、2009年2月にテレビ朝日の開局50周年記念番組の一つとして放映されています。

わたしはこのドラマを先に見ていてその壮大さに触れていたので、原作を今日まで読んでいませんでした。

しかし、もっと早くに読むべきだったと思っています。